<< BACK
【inv11】『にあですぱらだいす』
にあですぱらだいsy 幕間
(2010/11/18)
「正気でしょうか」
 やや感情に欠ける声音が静かな室内に響いた。
 青にび色の髪の少女───スー・レインの言葉にイルフィナは笑みを向け、
「正気だろうね。理想論でなければ確かにメリットは大きい。
 ────もっとも、主犯を捕まえてシステムを解明しない事には話は始まらない」
 と応じて肩を竦める。
「ターミナルにとってこの植物が魅力的である事は理解できますが……」
 アースが資料を眺めながら呟く。そこに記されるのは『ウィンデネイダ』と呼ばれる種に似た植物だ。
「どこから水を調達しているのかは不明なのですよね?」
「別に雨が降らない砂漠というわけでもない。地下に根を張る以上地下からだ……と言えないところが難しいな」
 クロスロードの食料自給率が上がらない理由は端的に言えば怪物の襲撃があるため充分な農地を確保できない事にある。が、これだけが原因ではない。もしそうであるなら防壁付きの農園でも作ればいい。対費用効果は芳しくないがいざと言う時に食料を僅かなりにも確保できるという安心感は非常に大きい。
 だが現実これが出来ないもう一つの理由が土にある。クロスロードの大地は決定的に水分が足りないのだ。サンロードリバーの周辺はともかくヘブンズゲートの前まで行くと握れば砕けて砂になるような土ばかりになってしまう。百メートルほど掘ると粘土層に到着するのだが、水が浸透し粘土層との間にできるであろう地下水脈は発見された事が無い。
「大気中から」
 スーがぽつりと言葉を紡ぎ落とす。
「ロウタウン側の湿度が下がってる」
 海かと見紛うサンロードリバーから立ち上る水気は半端な量ではない。特に『扉の塔』の直下では建造物に当たるため水しぶきが常に上がり続けており、これが『扉の園』が瑞々しい地面を有している理由だと言われている。
「大気中から集め、地面に落として染みこませる。その上朽ちた植物で土を肥やし繁茂を続けるか。計算され尽くしているな」
「種への対策さえ取れれば歓迎すべき状況なのですけどね」
 ホウセンカもタンポポも機銃程度では迎撃できない質量を持つのが厄介だ。だがその対策さえ取れるのであれば森は名の通り『天然の要塞』に早変わりする。耐火性能に優れるという特性が更に素晴らしい。
「安全を考えるのであれば森を潰すのが一番です」
「だが将来性を見るなら利用の目を摘むのは宜しくない」
 イルフィナの返しにアースは溜息一つ。お互いの考え方など百も承知で、一応の確認に過ぎない。
「森の拡大ペースは減少しているとは言え、すでに種の砲弾は防壁に届くほどです。
 防壁の土も大襲撃の血肉を吸っているのは承知しているのですよね? 壁に繁茂する事は確認されているのですよ?」
「オートシールドシステムの実験に丁度いいじゃないか。
 『再来』の時に正式稼動と思っていたんだが使う機会がなかったからね」
「『AS2』は不完全な事は承知しているはずです。時速700kmを越えれば防壁の展開が間に合わない」
「もちろんだとも。だがそんな攻撃をする怪物も稀だし、ホウセンカもタンポポもその弾速は許容範囲内だろ?
 それに現状知りうる限りで最速の魔術展開式を使用しているんだ。少なくとも速度に関しては改善の余地が無いよ」
 自動機械または魔法式であるためにその探索範囲は100mに限られる。リレー式を採用する事も可能だが正確性と求められる迎撃機構である以上それを主の監視網にするのは危険のためそちらは予備のシステムとして用意されているに過ぎない。
「予備の目を含めれば倍の速度でも反応は可能さ」
「留意すべきは速度ではなく物量」
 スー・レインが淡々と告げるが、二人はそこに溜息のようなものが混じった事を感じ取る。それにイルフィナは苦笑を漏らし、アースは若干の安堵を漏らす。
「森の殲滅をしない。これは『副管理組合長からの通達』で間違いない?」
 聞かされていなかったアースは目を見開いてからイルフィナを睨む。
「その通りだ。森のシステムをある程度解析すれば制御が可能。
 だから拡大を阻止しつつ調査を続行せよ。だそうだよ」
「どうしてそれを最初から言わないのですか!」
「知らない上での意見を聞きたかった。私だってその通達を鵜呑みにできるほど自体を甘く見ていないさ」
「半分はからかい」
 スーのコメントにイルフィナは肩を竦めるだけで否定はしない。
「君が言った通り、種の問題さえ解決できるならばこの森は歓迎すべき産物なんだ。
 とは言え、その核となる目的も未だ不明となればどんなどんでん返しが待ち受けているかも知れたものじゃない」
「……森の拡大を防ぐとなると半端な労力ではありませんよ?」
「全滅はさせないまでも削りは入れたいところだね」
 と───言った彼自身に二人の視線が集中する。
「……何かな?」
「適任」
「ですね」
 二人は見解の一致を見たらしい。
「……どうして耐火能力なんて付けたのかね。でなければセイのやつにやらせるのに」
 にやけ笑いを一転させ盛大に溜息を吐いた青髪は、世を嘆くかのようにそう呟いて天井を見上げた。
niconico.php
ADMIN