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【inv11】『にあですぱらだいす』
にあですぱらだいす
(2010/12/24)
「事情はわかりました。協力しましょう」
 Ke=iが駆け込んだのはヘブンズゲートにあるエンジェルウィングスの分署だ。そこの分署長であるケットシーは可愛らしい外見とは裏腹に渋い声音で頷く。
「しかし問題は対空迎撃能力だ。タンポポが居る限り空輸は危険すぎる。また植物が生い茂っていては車も使えない」
「人力……だと手が足りないわね」
「……いや、うん。ちょっと掛けあってみましょう」
 ふと何かを思いついたらしい彼はぴょこんと椅子から飛び降りると、ポケットに入っていた何かしらの機器を操作。
「これを本部に」
 伝声管のような物にそう言ってそこにその機器を投げ込んだ。
「何をしているの?」
「速達を依頼したんですよ。今から探索者をかき集めてもたかが知れている。なら手っ取り早い人足を募集すべきだ」
 彼はニヤリと笑って天井越しに空を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふぅ……!」
 もう何度目かわからない。尖兵であるはずの食人植物を砕いて迫りくるホウセンカの弾丸種を剛拳で打ち落とし、ザザは荒い息を吐く。
 一時はヨンの甘言に乗ってかなりの数のコピーユニットが森の中に散って行ったはずだったが、しばらくして現れたのは先ほどのコピーとは比べ物にならないほどその姿を模倣しきれない劣化に劣化を重ねたユニットだった。
『ギ……ガ……』
 もはや言語すらまともに話せていない。これでは説得の言葉も意味を持たず、ただただ応戦を続けるしかなかった。
 幸いなのは能力も劣化しているらしく引き連れる植物の数が少ない。そのおかげでなんとかキノコに被害を出さないまま今に至る。
「そろそろ来ますかね」
「何度目だ、それは」
「何度だって言いたくなりますよ」
 もう何日も戦い続けている気がする。うっそうと茂った木々に陽光は遮られ、時間感覚は完全に壊れていた。全周から忍び寄る劣化コピーに打って出るわけにもいかない。彼らの取る方針は逆にキノコの防衛を諦め、オリジナルコアのみを防衛するという手法だった。
 今に至ってこれは正解だと言える。劣化を含むコピー集団の目的はあくまでオリジナルという存在であり、その攻撃は当然オリジナルへと集中する。直径100mの円状に広がるキノコを立った二人でカバーするなど不可能だが、オリジナルだけを防衛するならばなんとでもなる。代わりにオリジナルコアには流れ弾がキノコを破壊しない事だけを優先してもらっている。
 彼らにとって幸いだったのは劣化しようともユニットたちは森を破壊する者ではない事だ。ホウセンカやタンポポの弾丸はともかくとして、その移動は故意に植物を破壊する事がないらしい。
「植物を成長させてドームとか作れませんかね」
「デキルケドムイミ」
 一見何もせずにぼうっと立っているだけのオリジナルが単調に応じる。
「タエラレナイ」
「まぁ、鉄の壁も大砲叩き込まれ続ければ砕けるわな」
 ザザの言葉にヨンは舌打ち。
「ソレニソノタメニショクブツヲツカッタラ、ゲイゲキスルテガタリナイ」
「それもそうでしたね」
 防戦と言えど多勢に無勢。余計な策に裂く手は足りていない。
「ほんと、早くしてくださいよ」
 こちらに向かっているはずの探索者達に、本当に何度目かわからない呟きを漏らした。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ここね」
 術を操作して天井に穴をあける。薄明かりが作られた地下道に差し込み、そんなにまぶしくもないがつい薄眼となる。

 ぐぉんっ!

 それが幸いだった。衝撃と共に土くれが酷い勢いでクネスの顔面を襲い、とっさに防ぎきれなかったいくつかが頬を浅く切り裂く。
「大丈夫ですか?!」
 雷堂が焦った声を出すが大怪我には程遠い。大丈夫と声だけ返して彼女は地上に飛び出す。
「何だっ?!」
「ちょ、ザザさん、それ味方です!」
 咄嗟に迎撃しようとしたザザの剛拳が大気を打って止まる。それでもその余波がぶぉんとクネスの髪をたなびかせた。
「こ、怖いわね」
「悪いな。しかし増援とは有り難い」
「ええ、一番良い増援を連れて来たわ」
 くいと首だけで穴を指すとそこから老人が一人飛び出してくる。
『パパ!』
「おお、立派に育ったな。よきかなよきかな」
 うんうんと頷くニギヤマ。
「いや、何とかしてくださいよ!」
 悠長な事をしているニギヤマにヨンがたまらないと怒鳴りつけると「ああ、そうだったね」と彼は微笑み
「……」
 ふと考え
「……」
 腕を組んで悩み
「……」
 それからぽんとひとつ手を打った。
「対抗策を全く考えていなかったな!」

「「「「何しに来たんですかあんたは!」」」」

 全員の心が一つになった。

「まぁ、それはともかく。うん、とりあえず状況をもう少し詳しく聞きたい。それからだ」
「ったく、このジジイ、役に立つのか!?」
「残念ながら、現在頼らざるを得ない唯一の存在ね」
 ザザの苛立ちにクネスが苦笑半分に応じる。
「で、状況は?」
「コイツのコピーがわんさか襲ってきやがっている。狙いはオリジナルになる事に見えるな」
「なるほど。そもそもコピーして増えるという考えが無かったからな。全員がオリジナルに準ずる行動をするために行動しているのか」
「大半は口車にのって貴方を攻撃しないようにと森に散りました。半分拉致が目的でしょうけどね。
 今攻撃しているのは言葉も喋れない劣化バージョンのようです」
「……ふむ。こいつらに関してはどうにもならんから迎撃するしかないな」
「とは言え、後ろに爆弾を抱えてやり合い続けるのはしんどいぞ」
 ザザがくいと後ろを指さす。
「一次コピーに関しては私を守ろうと考えているのだから説得は可能か。
 いや、むしろコピーをコピーとして定義した方が早いな」
「どういう意味?」
 クネスが訝しげに問うと「なに、私の命令は聞く個体を味方につけるのさ」と嘯いてにぃと笑う。
「恐らく私の上位権限は上位のコピーには有効のようだ。味方につけてオリジナルの護衛にしてみよう。
 劣化コピーは支配力もそうでもないからその時点でここの安全はまず守られる」
「……大丈夫ですよね?」
 思いつきの策とわかっているのでヨンが不安げに問うとニギヤマは何がそんなに自信を持たせるのか、大仰に頷いて見せる。
「なに、何とかなるさ。
 ともあれ確かにこのキノコは早い所森から出した方が良いな。守りを固めて取りだす方法を考えよう」
「そんなに簡単に何とかなるならさっさとしてほしかったぜ」
 愚痴り、ザザは周囲を見渡す。
「そういやぁ、攻撃が止んでるな」
「あのレベルのコピーでも博士の事が分かるんですかね」
 とは言え油断はできないとヨンは構えを解くことはしない。
「……それはこのオッサンが反逆したらえらい事になるって事か?」
 ザザが思いついたように口にする言葉に視線が集まる。が、
「下らん考えだな」
 ニギヤマは一笑に伏す。
「確かにこの状況を見る限りそれは可能かもしれない。が、それをしてどうなる?
 考えても見たまえ。管理組合が折角研究に都合のいい街を維持してくれているのに、そんな面倒を請け負うつもりは無い!」
「すっごい後ろ向きだけど、なんか納得したわ」
 クネスの苦笑にヨンもザザもやれやれと視線を外した。
「とにかく、行動に移ろう。仲間を増やすぞ。協力してくれ」
「今はそれが最善ですか。役割分担をしてここの防衛と同行者に分けましょうか」
「だったら私と鏡さんがそのまま継続して付いていくわ。どうもあの子達地下に居てもこっちを感知できるみたいだから近くうろついていたら向こうから接触してくれるでしょ」
「ふぅ、なるべく早く頼むぜ。こっちとそろそろ疲れが溜まってるんでね」
「ご期待に添えるようにしますよ」
 雷堂も苦笑いして応じる。
 作戦は開始された。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ある意味壮観ね」
 腰に手を当てて周囲を見渡すと、そこは青に染まっていた。
「ま、クロスロードの危機でもあるからね。応じてくれるのも当然だろう」
 ケットシーが腕組みして森を見つめる。彼はその青の上にちょこんと座っていた。
「しかしこれにはほとんど戦闘能力が無いらしいから、はたして問題なく中央まで行けるか」
「……大丈夫と思うわ。イベリって子が最初に中央まで行った見たいだけど、多分ちっこいから無視されたのよ」
「希望的観測で動くには危険じゃないかい? センタ君達はともかく、森の中に居る連中には致命傷になりかねない」
「……のんびりしていられる状況なら良いんだけどね。とにかく、じっとしていても始まらないでしょ?」
 Ke=iの言葉にケットシーは少し沈黙し「だね」と頷く。
「進軍開始、目標は中央。キノコを持ち帰ること」
 きゅいんとセンタ君達がケットシーの方を向き、コミカルな動きで敬礼をするとざっざっざと二列縦隊になって森へと進行していく。
「一応結界術や医療術式に長けた人たちも要請しておいたから時期にここに到着すると思うよ。後は幸運を祈るばかりだ」
「そうね……。ん?」
 影に顔を上げて
「のわぁっ!?」
 迫りくる巨大な影に思わず尻もちをつく。驚いたのは彼女だけではない。突然巨大な獣が森の方から飛来したのだから周囲は大騒ぎだ。
『っと、撃つのはやめてくれよ。こっちはへとへとなんだ』
 苦笑じみた声音がびりびりと大気を撃つ。
「その声、ザザって人かい?」
 Ke=iが起き上がりながら問うと獣は幻のように小さくなり巨漢の男となって降り立つ。
「道を確保したから連絡に来たんだ。キノコの運び出しの手を借りたい」
 そう言いながら目は行進するセンタ君を見ている。
「用意が良いな」
「任せてよ」
 Ke=iは半ば苦笑じみた声で応じたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「報告書が届いたよ」
 南砦管理官はいつも通りの薄笑みを浮かべつつ紙を机に放った。
「それで?」
「読まないのかい?」
「知っているなら話せばいいのです」
 アースのそっけない言葉に無言でうなずくスー。イルフィナは肩を一つ竦めて窓の外を見る。
「ニギヤマ博士の命令に応じたコピーユニットで森の制御を開始。自死の命令で森の縮小を行っているが……意外と命令を聞かない劣化個体も多いらしい」
「それでは根本的解決にならないのでは?」
 眉根を寄せるアースの問いに「ごもっとも」と頷き「だが、劣化種は制御能力に乏しい。拡大よりも縮小が早い」と続ける。
「完全に消すの?」
 ようやく口を開いたスーの問い。
「いや、完全に制御するには数カ月は必要らしいし、あの森の性能は捨てるに惜しい。
 探索者に森の探索兼制御を新たに発令し、森には自死と増殖を使ってクロスロード周辺の土地改造を望むべきじゃないかな」
「また暴走する可能性は?」
「無いとは言えないね。だが、土地が持ってしまった毒素が度し難い事が判明してしまった以上、これは必須項目だ」
 回収されたキノコが有する毒素は研究者をうならせる物だった。中には異世界同士の物質が妙な化学変化を起こしシャレにならない悪影響を生んでいる物すらあったらしい。
「制御は可能だし、オリジナルユニットがこちらの制御化にあるならば挽回も可能だろう」
「上の意見?」
 挟まれた問いにイルフィナは瞑目。
「そう言ったら勝手にしろと帰って来たよ。上層部はあまり興味無いらしい」
「……そうでしょうか?」
 アースの言葉にイルフィナは反応しない。だから彼がその実どう考えているかはよく分かった。
「まぁ、それはいいでしょう。それで、森はどの程度まで制御できているのですか?」
「正確な数字は分からないが、半分以上はこちら側だ。ホウセンカやタンポポの砲撃に対する備えは気にすべき所だな」
「半分を握っているのなら物量で押しつぶす事も可能なのでは?」
「ともいかない。というのも劣化とは言えコピーの性能は他の植物とは一線を画している。単純にユニットの数ではこちら側が不利なのさ」
「大勢の傭兵団と少数の騎士団の戦い?」
「イメージはそうなるだろうね。押しつぶすシチュエーションにする前に各個撃破をするのが妥当だ。
 それに上位のコピーの中に『病んだ』個体が数体居るのも問題だ」
「病気、ですか?」
 ごくまともな解釈にイルフィナは困ったような笑みを浮かべる。
「なんというかね。虚無的というか退廃的というか。心中とか殺して永遠にするとかいう言葉を愛してやまない個体が居るんだよ。
 性能は上位コピーに近いから支配域もそこそこに広い。そこをあらかた落とさないと森の完全制御は難しいだろうね」
「厄介」
 ぽつりとスーが零す。理解できないという顔のアースは説明はそれだけかと視線を青年へ。
「ニギヤマ博士の方で上位のコントロール可能なユニットの増産を計画している。それまで最悪でも森の規模を維持。
 この方針で話を進めるけど、異論は無いかな?」
「……仕方ありませんね」
「無い」
「では決まりだ」
 イルフィナは満足そうに、しかし薄く笑って椅子に腰を下ろす。
「……そう言えばあの馬鹿は何をしてるんだ?」
「貴方が除け者にしたんじゃありませんか」
 はぁとため息をついてアースは替わるように席を立つ。
「ちゃんとイルフィナの指示って伝えた。後で来る」
「……あー、スーさん? 何をやりましたか?」
「伝えただけ。事実そのまま」
 あまり変わらない酷薄な表情がそれでも笑みの形を作っていると気付けたのは長年の付き合い故か。
「アース。君から────」
「仕事が溜まっていますのでこれで。残念ながらこの案件で彼と休みもずれましたからしばらく会えませんね」
 そう言い残してすたすたと去ってしまう。
 それを声無く見送り、青年は残る女性へと視線を向けた。
「私は職務を全うしただけなんだがね?」
「それは否定しない。でも趣味が絡んだでしょ?」
 反論の言葉は喉で止まり、苦々しい笑みを頬杖で潰す。
「せめて報告書だけでもかわってくれないかな?」
「イルフィナは優秀。大丈夫」
 さっきよりも明確に微笑んで、北砦管理官もその場を辞した。
「やれやれ」
 一人残された青年はやがて来るだろう煩い男に僻々としつつ今のうちにと報告書にとりかかるのだった。

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というわけでーーーーーーーーー
神衣舞です。これにて『にあですぱらだいす』はしゅーりょーではありません。
最後の話の通り、森はまだ残っていますので森での冒険は続きます。
というわけで続きは【常時】クエストに移行となりますのでよろしゅー。
新年1回目から選択可能になる予定です。わは。

それにしても。
相変わらず最初はキノコもコアユニットも頭の中になかったなんて口が裂けても言えない。
うひひひ。


……で、では次のイベントもよろしくお願いしますね☆
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