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【inv11】『にあですぱらだいす』
にあですぱらだいす
「く……くふ……」
 老人がニタリと笑った。
「できた。ついに……できた!」
 老いた体を歓喜に震わせ、周囲に展開するスクリーンを蹴散らすようにばっと白衣を翻す。
 男は科学者だ。飽くなき探究心からかるーくマッドな道に突入し、色々逃げ回った先で『扉』を潜って来たような存在だ。
 その先で魔法や未来の技術に触れ、狂ったようにそれを吸収し、そしてまた一つの成果を生み出した。
 男は間違いなく天才だろう。殆どの世界に措いて魔術は単なる努力で習得できる物ではない。ましてや男の世界では魔法はオカルトの産物だった。それを実物があるというだけで受け入れ、習得して見せた。
 さらには男にとって未来の産物であろう技術も貪欲に飲み込み、そして彼独特の技術体系を作り出したのである。
「私は神の領域に踏み出すのだ」
 男の前にあるのは種。数種類の種が静かに眠りに就いている。
「さあ、実験の時間だ!」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「随分と涼しくなったもんですね」
 若い戦士がパーティメンバーにそう話しかける。
「ホントね。夏は嫌いだわ。私の故郷にあんな暑くてじめじめした場所なんてないもの。
 夏の間だけ故郷に帰ろうかと思ったくらいよ」
 エルフの女性が同意し、パーティリーダーの男が苦笑いを浮かべる。
「勘弁してくれ。夏の間は稼ぎ時なんだから」
「別に冬でも怪物は着ますけどね」
 神官服を着た男の言葉に「まぁな」とリーダーは同意する。
「故郷ってやっぱり森なんですか?」
 戦士が興味本位で問う。エルフは気をよくしたようで耳をぴくりと跳ねさせると
「ええ。年中気温が穏やかで綺麗な花や木の実が生るの」
 自慢げに返答をし、それから戦士の顔が感心というよりも惚けているように見えてちょっと気を悪くする。
「聞いてる?」
「え、ええ。聞いてますけど……」
 そういいながらすっと指差すのはエルフの背後。
「あんな感じですか?」
「え?」
 今の会話は『森』についてだ。少なくともクロスロードの周囲に森なんて物はない。
 なかったはずだ。
「な!?」
 森と言うにはやや小さいかもしれないが、そこには確かに緑が繁茂する土地があった。
「新手の怪物!? サクラみたいな……」
 春に大行進してきたサクラの集団を思い出して身構えるが移動している様子は無い。
「昨日までは無かったよな?」
「記憶にないですね」
 神官が神妙な顔で周囲を見渡すと、気付いた者がぽかんとそちらの方を見ている。
「なんか妙な事が始まりそうだなぁ」
 戦士の呟きはおおよそ的を得ていた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「森だなぁ」
 立派な大木や草木が茂り、見上げればみずみずしい果実が多く実っている。
「森というより乱雑な果実園ですね。木の実が生ってる木がかなり多いです」
 男は管理組合のスタッフで、女の方は施術院から駆り出された人員だ。突然現れた森の先行調査にやってきている。踏み込む前に目に付く木がどの世界の植物なのかを確認していると
『うわぁあああ!?』
 奥から悲鳴が響き、顔を見合わせる。
「もう踏み込んだ探索者が居るのか」
「その可能性は高いですね。どうします?」
 女の方が聞くが、男は逡巡する。こんなわけの分からない現象に飛び込むのは間違いなく探索者で、シロウトじゃない。それが悲鳴を上げているのだからただ事ではないだろう。

 ヒュッ

 何かが掠めた。男が自分の頬に触れるとぬるりという感触。溢れた鮮血が顎を滴った。
「矢……!?」
「い、いえ。違うみたいです」
 女が走り、地面に刺さったそれを見下ろす。矢というよりランスだ。細長く茶色い三角錐の棒が地面に深く刺さっている。
「これは……」
「えーっと。多分ですけど」
 施術院では薬草調合を行うために管理組合の協力の下、PBのデータベースに植物、薬品類が追加されている。彼女はそれらを確認し
「栗という植物のイガ……ですね」
「イガ?」
「トゲです」
 確かに材質は植物のように見える。が、表面は金属のようにつるつるで光沢があり、掠めただけで皮膚を切り裂く鋭さとそして速さは実感した通りだ。
「……じゃあ今の悲鳴は」
「このイガに襲われたんでしょうね」
 こんなの直撃したら普通に致命傷だ。単なる調査に来た二人が踏み込むには危険が過ぎる。
「調査は切り上げ。捜索隊を上申しよう。ある意味、充分に調査できたよ」
 男は気遣うように森の方を見て、次にイガを引き抜きバギーに乗せる。
「行こう。運がよければ彼らを助けられる」
「はい」

 こうして突如生まれた森に対し『進入注意』の通達が為され、同時に探索部隊の募集がかけられる事となったのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
どもども。神衣舞です。どーも。
毎度挨拶を無駄に考えてる自分わほーい。それはさて置き。
新しいイベントは森林探索です。森はざっと直径1kmの円状に広がっています。そして植物はやたら巨大だったりします。
この森が出来た理由の調査と、そしてどんな状況なのかを調べるのが目的となります。
さてはて。皆様の参加を心よりお待ちしております。

……まぁ、犯人捕まえても仕方ないケドネw
にあですぱらだいす
(2010/10/16)
 目にまぶしいほどの緑。
 クネスはまばらに集まる人の中でそれを同じく遠目に見る。
 管理組合からの調査依頼はクロスロードの間近に派生したと言う事もあり多くの探索者の関心を集めているようだ。すでに数組のパーティが中に入り込んだと言う話も耳にした。
 彼女はそこから視線をはずすとすたすたと少し離れた所へ移動する。そこでは掘削機を手にしたセンタ君がせっせと穴を掘っているところだった。
「どうかしら?」
「どうやら『水源』はサンロードリバーではないようですね」
 その掘削工事を見守っていた狼系の獣人が白衣のポケットに手を突っ込んだまま応じる。
「100mより下であればお手上げですが、空洞も確認できませんし」
「サンロードリバーの水深ってどのくらいだっけ?」
「もっとも深い所で400mを越えると言われています。なので地下水脈の可能性は無いとは言えませんね」
 男は設えられた機材に視線をやり、毛むくじゃらの手で器用にデータを精査する。
 ちなみにクネスと彼は旧知というわけでもなく、調査に来ていた施術院の彼にちょっと思い付きを提案したところ、調べてみる価値があるという事で協力をしてもらっているという状況だ。
「でもあれだけの森が水源無しに発生する物かしら」
「水源があっても普通一晩であんな状態にはなりませんよ」
 つまり『普通でない何か』があったということだ。
「少し踏み込めば肥大化した植物が多数見受けられるという報告も聞いていますし、バイオ系か魔術系による改造植物の可能性が一番ありそうなんですけどね。
 砂漠に植物を生やす研究もあると聞きましたし」
「へぇ。そんなのもあるのね。でもそれならさっさと実用化しても良いんじゃないかしら?」
 クロスロード最大の弱点は食料自給率であるというのは興味が無くても耳にする言葉だ。
「したことはあるらしいですよ。結果は10日以内に怪物に踏み荒らされたらしいですけどね」
「ああ、まぁそうなるか」
 最近は砦を基軸にした防衛も効率良く運用できており、クロスロードから見える範囲で怪物を見ることはまず無い。
 それでも『再来』や『桜前線』のように、あるいは突発的に発生した大規模『MOB』など怒涛のように怪物がクロスロードに詰め寄る事は無い事態ではない。
「現実的にクロスロードの食料をまかなおうとするならばクロスロードから半径五キロ圏内をそういうスペースに開拓しなければならないでしょう。
 それは街から砦までの約半分の距離ですから……守りきるのは苦しいでしょうね」
 畑があるからと攻撃を渋っては居られないし、火急の際に家畜を避難させるだけで一苦労だ。
「そうなると」
 あの森はどういう仕組みで青々とした葉を茂らせて居るのか。
「まぁ、その調査のために乗り込むんだけどね」
「お気をつけて。あの森からはなんというか、罠の臭いがしますから」
「罠?」
 科学者のナリをしていても獣人か。男は森を見据えて頷く。
「感覚的なものだから説明し辛いですけどね」
 まぁ、この世界で起こる事が一筋縄ではいかない事は重々承知しているつもりだ。
「せいぜい気をつけるわ」
 クネスは肩を竦めて探索メンバーの集合する場所へと向かった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「んー?」
 森の外延部にしゃがみこむ男が居た。
 五分経過。十分経過。
 何をしているのだろうと怪訝そうにその背中を見る探索者も居たが、彼は気付かなかったらしい。
 やがて「ふぅ」と一息付くと、彼は立ち上がってぐいと体を伸ばした。
「どうやら移動しているというモノではなさそうですね」
 春の桜前線の光景を思えば一晩のうちに生えるよりも一晩のうちに移動してきたという方がしっくり来る。そう考えての行動なのだろうか。
 遠巻きに確認し、近付いてもなんら反応がない事を確認しつつの行為だったが、そっと植物の一つに手を伸ばしても噛み付かれるような事は無いらしい。
「何の植物なんでしょうかね」
 触れたその草は特に花も実もつけているようには見えず、気にしないならば「雑草」で片付けそうなシロモノだ。荒野の一部を緑で染め上げるのはそれだけではないのだが、外延部は森のおこぼれに預かるようにそういう小さな雑草が目立つ。
 視線を奥に向ければ立派な木々の姿も見える。時期的には紅葉や落葉のある季節ではあるはずなのだが不気味なまでに瑞々しい葉が何処までも続いていた。
「ん……?」
 その境界に長く居たためにふと気付く。
「暖かい?」
 焚き火や暖房ほどに顕著ではないが森側が俄かに暖かい気がする。この森の中が秋の気候でないのならばこの青々しい賑わいは納得が出来る。
「結界系の魔法でしょうか?」
 一定空間内を暖房しているという考えは脳裏に描いてた一つの解だ。しかし先行して入っている探索者を見ればそれほど強固な物ではないと推測できる。科学系に詳しければエアフィルタを思い浮かべたかもしれない。
 手を伸ばし手近な植物を一本抜き取る。特に迎撃も爆発も無い。見る限りは普通の植物だ。まぁこれほど色んな世界が混じった場所で何が普通だという突っ込みは存在するが。
「とりあえずこれを適当なところで調べてもらいますか。いきなり踏み込むのもぞっとしま─────」
 ばっと振り返る。
 しかし視線の先には静寂に包まれた森の姿のみ。
「……」
 油断無く視線を左右に彷徨わせるが、特におかしな様子は無い。
「……気のせい?」
 経験がそうではないと訴えている。何かが迫ろうとしていた。それを感じた背中がぴりぴりと名残のような引きつりを残す。
「……」
 遠くで今から森に入ろうとする一団を見る。
 無事帰ってくると良いんですが。
 そう願わざるをえなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ん〜」
 集合場所でクネスは困ったように周囲を見る。
 精霊使いが居ればと考えていた物の、同じ事を考える人は多かったらしい。
 先行組みがこぞって精霊使いを募集したためにフリーで残っている精霊使いはどうやら見つかりそうに無い。パーティ単位で参加しているところにお邪魔するのもやや気まずい。彼らが未だ此処に居るのは出遅れではなく様子見だからだろう。そこにお邪魔して楽しくおしゃべりというのもどうかと思うし。
「明日また来ようかしら」
 明日の朝イチなら潜り込めるところもあるだろう。そう呟いた瞬間────

 ぱぁぁぁぁん

 森の中で破裂音がした。
 誰もが何事かと森の方を見て────
「うわぁ!?」
 誰かの悲鳴。次の瞬間、何かが凄い速度で飛来して地面にめり込んだ。
「……な、何?」
 もうもうと上がる土煙を取り囲む一同。誰かが気を利かせて土ぼこりを吹き払うと、そこにあったのは球体を何分割かにしたような黒い物体だった。ただしそう考えるのであれば元の球体の直径は2mを軽く越えて居ることだろう。
「種?」
 誰かが呟いた。確かに言われて見ればそうとも思える。
 そしてそれは正しかった。
 突如黒い外殻が割れ、白い物がにゅるりと伸びたかと思うと地面に突き刺さり、ぐいと黒の半月を持ち上げる。白の触手はすぐに緑色を帯び、黒の皮をずんと振り落とすと大人でも乗れそうな双葉を堂々と開いた。
「は、早っ!?」
 留まらない。見る間に成長したそれは見事に真っ赤な花を咲かせるまで一気に成長し、呆気にとられる一堂の前に堂々と居座ったのだ。
「鳳仙花……?」
 とある女性の呟き。その世界の花なのだろうか。視線が集まった事を悟った人間種の女性は少し顔を赤らめながら
「えっと、私の世界の植物に、そういう花があって……種が出来たあとはじけるように周囲にバラ撒くんです」
 周囲にばら撒いた結果がこれか?
 言葉の意味を悟るや皆慌てて花から離れるが、花は悠々と赤の色を誇らせるばかりだ。
「その花は、こんな急激な咲き方をするのかい?」
「ち、違いますよ! というか、こんなに大きくないです! 花だって掌に乗るくらいですし!」
 誰かの質問に慌てて頭を振る。
「魔法か科学か分からないけど、原種はそのホウセンカとやらで、改造された種である可能性が高い、か」
 クネスは先ほどの会話を思い出し顎に手を当てた。

 どーん

 音ははるか彼方から響いた。
 一様にそちらを見れば、クロスロードの防壁がもうもうと土煙を上げている。そしてその中から顔を出したのはそこにあるホウセンカと同じ物だ。
「……あそこまで飛んだわけ?」
「あ、あれは何だ!?」
 誰かが別方向を指差すと、巨大な白い物がふわりふわりと飛んでいる。
「……た、タンポポの種?」
 風に乗って舞うそれが、風の煽りを失ったか急に失速したと思うと────
「そこ、逃げろ!!」
 まるで投擲槍のように真下に落下。声で気付き、管理組合のスタッフが慌てて逃げ出した後に仮設テントを巻き込んでずんと沈み込んだ。その直後にやはりにゅっと芽を出し、黄色の花を咲かせる。その高さはざっと3mほどの位置ではあるが。
「これ、放っておくと拙くないか?」
 サイズが大きいだけなら可愛げがあるが、種の飛散方法がすでに攻撃兵器と同じ威力を有している。このままではいつクロスロードが種に砲撃され、緑に蹂躙されるか分かった物ではない。
「う、うわぁああああ!?」
 今度は何だと振り返れば、ホウセンカの触手に男が一人捕まっていた。
「……って、は?」
 それは暴れる男を鬱陶しそうにぶんぶん振ると、おもむろに花の方へと移動させ────

 がばりと巨大な口が花弁の中に開いていた。

「こ、攻撃っ!」
 誰かの声に我に返った探索者が慌ててホウセンカに攻撃を仕掛ける。恐怖に手加減を忘れた攻撃にホウセンカは身を捩るように蠢き、男を取り落とす。
「畳み掛けろ!」
 集中砲火。まるで怪獣映画の有様だが
「っ! こいつ、どんだけ頑丈なんだ!?」
 銃弾も魔法も確実にダメージは与えているが植物本来の耐久力を遥かに凌駕しているのは間違いない。
 木の幹よりも太い茎が裂けたのを見てそこへと集中攻撃を開始。それからややあってそこから折れたホウセンカはずんと大地に沈んだ。しかしそれでもまだうにょうにょと蠢いている様は驚愕を通り越して恐怖である。
「な、中に踏み込んだヤツらは大丈夫なのか?」
 無論それに応じる言葉は誰からも上がらなかった。
 
 *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 あっはっは。神衣舞です。あっはっは。
 というわけで新シナリオ『にあですぱらだいす』の開幕でございます。
 もちろんこのタイトルは 「にあ」「です」「ぱらだいす」と分けるのが正解。
 死に近い楽園は危険が危ない状態です。うひ。
 次回の探索者の行動としては

 @内部調査
 A調査員救出
 B森の拡大防止

 の3つがメインのお仕事になります。
 果たして探索者達は無事森の侵攻を抑え、クロスロードを守れるか!
 ぶっちゃけ『再来』よりタチ悪いな、これ(笑
にあですぱらだいす
(2010/10/27)
「う、うわぁあああ!?」
 声が高いところで響いた。

「た、助けてくれっ!?」
 恐怖と困惑に彩られた悲痛な叫びは厚く茂る木々に飲み込まれていくが、間近の彼らにはしっかりと届いていた。
 が、
 緊急事態だということは皆理解できている。理解できないのは────
「なんで花の真ん中に口やら牙やらあるんですかね?」
 ヨンが呟く。
 吊り下げられた男の足は花弁の真ん中にどんと広がる口にがっちりかまれており、逆さまにぶら下げられていた。その周囲で蔓が鞭のようにしなり、次の目標を狙いを定めているように見える。
「と、とにかく助けましょう!」
 ヨンの一言に同行している数名は我に返ってそれぞれの武器を握り直す。と、花弁がぶんと上を向き、男がぽんと浮遊。

 ごっくん。

「あ」
 飲み込まれた。人間が楽に入れそうな茎が丸呑みした蛇のように膨らんでずりずりと地面方向に────
「ってぇえええいっ!」
 慌てての一撃。根と茎の境目くらいにヨンの強烈な一撃が入り、植物が悶える。
「こ、攻撃です! 見えてる間に!」
 地面の下まで行ってしまえば助ける方法すら思いつかない。あらん限りの攻撃を茎に向け始めると、暴風雨のような茎の乱舞が全員を打ちつけ、あるいは切り裂く。
「こいつ、燃えないぞ!」
 魔術師風の男が放ったファイアーボールが直撃するが、傷一つない。
「火に耐性があるのか……?」
「植物じゃないのかよ!? やたら堅いし!」
 剣を持つ男が痺れる手を癒すように振って、横からの触手の一撃をかわす。
「と、とにかく全力です!」
 洒落にならない。そんな思いを飲み込んで攻撃を再開するのだった。
 ここは外延からまだ30mも入っていない浅い場所。このような光景が何箇所と発生していた。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「でかいな」
 大柄の男が森の上空から眼下を見下ろし、顔を顰める。
 下にあるのは森……と呼ぶには不可解なシロモノだ。
「管理を放棄した植物園だな」
 やたらでかいため遠目には森と映るが畑や道端に生えていそうな植物が多く、食べられそうな実を生しているのも見受けられる。とはいえ、実一つがこの大男の体がすっぽりと入りそうなサイズなのだが。
 緑は深く濃く、何人か潜り込んでいるだろう人影は見ては取れない。ただ中央だけ少し様子が違うようではあったが、外延からの距離があり、近付くべきかと悩む。実際ターミナルの空の危険性は飛ぶ前にPBからの警告を受けている。誰の目にも届かなくなった瞬間空を舞う者は謎の消失を遂げるのだと言う。
 そんな言葉を思い出しつつザザは同じく周囲で何人かが空からの偵察をしている姿へと視線を転じた。彼らもまた同じような『怪談』を脳裏に抱いているのだろうか。
 と────

 ばしゅっ

 空気を切り裂く音。
 振り返ればグリフォンらしき物に跨った騎士が乗騎ごと森へと落ちていく。何事かと思った瞬間

 ばしゅっ ばしゅっ

 同じ音が連発。
「う、上っ!?」
 誰かの声に視線を上げると空に雲よりも淡い白が広がっていた。
「なんだ、ありゃ……」
 目を凝らそうとして、その白の中に黒に近い茶褐色が紛れて居ることに気付き────
「うぉっ!?」
 それが、いきなり落下してきた。
 間近を抜け「ずん」と轟音を立てて緑の中に沈むそれは、眼下で黄色の花を咲かせる。
「タンポポとか言うやつか?」
 外縁でも種の落下に注意が促されていた植物だ。どうやら何かしらの方法で空に打ち出され、あの落下傘みたいな白い何かである程度滑空したあと落下するらしい。
「空も安全ではない……か」
 流石に今の光景を見て空中偵察組は撤退を始めている。彼もそれに倣い引き上げながらもう一度森の中央部を眺め見る。
 見たわけではないが、音の方向からタンポポが打ち上げられたのはそちらの方向だと思えたのだ。
 さて、どこかの探索チームに合流できればいいが。
 彼は一人ごちて着地のための滑空を始めた。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 表示されたデータを前に顎を撫でる。
「まず、森の拡大については種の射出によりその版図を広げ、他の植物が周囲に自生しているものと見られますね」
 珍妙アフロでも学者は学者。調査のために研究者っぽい集団のところへ足を向けたところ、エディは蠢くアフロと遭遇。まぁ嘘を言わなきゃ誰でも同じかと調査結果を聞いている。
「特殊な植物ばかりなのか?」
「現時点で発見されている特殊な……まぁ、どの世界原産か定かではないので本当に異常かどうかは分かりませんが。
 主要な植物は7種類報告が上がっています」
 カーターがふわりと浮いて空中にディスプレイを投影した。
「まずホウセンカ。生み出した種を物凄い速度で周囲に放射します。
 次にタンポポ。これも上空に種を射出後、落下傘のように暫く滑空した後で地面に落下します。ホウセンカが鉄鋼弾、タンポポが貫通弾の性質を帯びてますね。
 まだこれが原種かどうか調査中ではありますが、類似するというか元になったであろう植物は地球世界で確認されています」
 と、説明したところで「だすっ、だすっ」と何かが突き刺さる音が響いた。どうやらタンポポの種が落下してきたらしい。
「版図を広げる基本植物はこの2種類。次いで生えてくるのが人面華です。花弁の真ん中に顔があり、触手で捕まえた獲物を丸呑みします。茎は非常に堅いくせに飲み込むときに膨らむんですよね。どういう素材なんでしょうか」
 首と一緒にアフロを傾げながら言う言葉ではないと思うが、面倒なので突っ込まない。
「それから周囲に下草みたいなのが広がります。これについては特に特徴も無く、成分調査次第ですがまぁ、雑草ですね」
「爆撃後に制圧、って感じか」
「言いえて妙ですね。この四種の共通する特徴は一定状態までの成長が異様に早い事です」
 右を見れば先ほどまではなかった黄色い花が2輪ほど咲き誇っている。目を凝らせばその周囲はうっすら緑が広がりつつあった。
「あと3種類は?」
「これは無事生還した調査団の報告なんですが、まず巨大栗です。木の大きさは5m程度。小さな振動でイガの付いた実を落とし、着地と同時に周囲にイガを発射します。ナチュラルトラップですね」
 不用意にその木に近付けばハリネズミになりかねない。
「あとはラドヴィアンカ。猛毒を持つ実を作る植物で、うっかり実を割るとそれだけで死ぬ可能性があります」
「……なんだそれ?」
「魔法系世界の植物らしいのですが。萎れて種になるころには毒も消えるらしいんですよね。殻が固いのが幸いですが、事故例は栗とのコンボですね」
 つまり射出されたイガがラドヴィアンカの実に刺さり、猛毒の何かが噴出したということか。
「萎れた巨大ラドヴィアンカは確認されてないし、本来のそれは割れただけで周囲を毒殺するような物ではないらしいので、解析結果待ちですね」
「……最後の一つは?」
「ウィンデネイダ。水袋毬とか言う意味だそうですけど、名前の通りに水が詰まった風船みたいな実をつける植物です。
 森のやつはやっぱり巨大化してまして、1つの実に20リッターくらい入ってるらしいですね。飲めるらしいですよ」
「そいつが森の水源ってことか」
「でしょうね。元の水をドコから引っ張ってきてるかは謎ですが」
 こうして見ると突然出来た生態系にしては余りにも段取りが良すぎる。
「これらの植物が繁茂した後で別の植物───まぁ大抵が巨大サイズなんですが、生えてくるという感じですね」
「温度分布や魔法関係の反応はどうだ?」
「残念ながらサーモグラフィーは100mの壁に引っかかるので進入範囲内だけのデータですが……。
 外縁エリアは大体25℃前後に保たれているようですな。熱源は未確認ですが有力候補は『雑草』でしょうかね」
 一番役割が不明な草だが、そう位置づけられるならば納得もいく。
「また、魔法反応も微弱にありますね。もっとも、何に反応してるかはまだまだ調査不足です。場合によっては100mの壁を越えた地点からの『誤った観測』を受けてる可能性がありますし。
 こればっかりは魔法の精度が機械に及ばない故に避けようの無い事故ですからね」
「神気や瘴気は?」
 ピートリーはぺらりと資料をめくり「報告は無いですね」と、応じる。
「温度を保つ必要性がある、と考えるべきだろうか」
 一通り聞きたい事を聞いたエディはそう呟いて少し離れた所を見遣る。
「可能性は高いでしょうね。もっとも、耐火性能はすこぶる高いらしいですが」
 そんな言葉に頭の中を纏めつつ、エディはぽつり呟いた。
「あんた、ちゃんと学者だったんだなぁ」
「失礼ですね!?」
 日ごろの行いが行いだから仕方ない。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ダメです。感応はできそうにありません」
 ふるふると頭を振り、すまさそうにする女性にクネスは「それが分かっただけでも充分よ」と笑みを見せた。
「こっちもダメだ。ドライアードみたいなのは居るんだが、話を聞きやしない。
 植物系の怪物の反応とも違うしなぁ」
 エルフっぽい男もお手上げと座り込んだ。
 彼らが集まるのは今しがた生えたばかりのタンポポの前だ。花が咲いた後は成長速度が遅くなるため種を作る前に調査を行っているのだ。
 ホウセンカと違い、タンポポの方は暴れる様子が無いのもその理由である。
 クネスはエディが呼んでおいた特殊技能者の言葉を聞いて、どうしたものかと黄色い花を見上げる。
「話を聞かない感じですよね。なんというか、こっちに注目をしてくれないというか」
「ああ、俺もそんな感じ」
 テレパスと精霊感応の違いは科学者に任せるとして、二人が同じような感想を抱くというのに興味を向ける。
「女王みたいなのが居るのかしら」
「その可能性はあると思うぜ。ただ真っ当な精霊じゃないのも事実だからなぁ。
 ターミナルで言葉が通じないって事は無いと思うんだが」
「通じなかったら怪物ですっけ?」
 もしこれが怪物ならクロスロードは最悪の接近を許した事になるが、どうやらその心配は今のところ考えなくていいらしい。
「そろそろ良い?」
 不意に、後ろから声を掛けてきたのは10の月も半ばというのに薄い着物を羽織っただけの女性だった。日に焼けた事もないような白い肌の美女だ。
「ああ、よろしくね」
 クネスが頷くと彼女はタンポポに近付き、ふぅと息を吹きかける。

 びゅぉおと冷気が吹き荒れた。

「うぉっ!?」
「きゃぁ!?」
 彼女が何者か知らなかった二人が素っ頓狂な声を上げて跳び退く。
 女性が息を吹きかけるや、凍える冷気が吹きすさび、あっという間にたんぽぽを霜に閉ざしてしまったのだ。
「あー、びっくりした。フラウか?」
「失礼ね。雪女よ。西欧のガキと一緒にしないで欲しいわ」
 そんなやりとりはさておいて。
「見事に霜が張ったわね。さて、どうかしら」
 クネスがそんな事を呟くと、不意にはらりと黄色の花弁が落ちてきた。それを皮切りにはらりはらりと朽ちていくが、種が形成される雰囲気は無い。
「枯れてる?」
 感応能力者の言葉にクネスは満足そうに頷き、
「火には強いけど冷気には弱いらしいわね」とナイフで霜の張る茎をつつく。かつかつと大よそ植物でない響きがやや甲高く響く。
「枯れたにしては茎の色が変わらないな」
「瞬間冷凍して鮮度抜群って事じゃない?」
 冷蔵庫になじみの無い精霊使いは首を傾げる。
「そういう感じでもないのだけど」
 今度は斬るつもりで刃を当ててみるが、その感触は鉄の棒を撫でるが如くである。
「とにかく、冷気は有効だわ。飛来する種を冷やしてしまいましょ?」
 実験を遠巻きに見ていた管理組合員らしき人が頷いて連絡を始める。とは言え、いくら多種多様な存在の揃うクロスロードでも冷気を操る能力者がどれだけ居るか。それに─────
「あの森全部をどうにかするのは一苦労どころの話じゃないわね」
 すでに直径1km以上という広範囲に広がってしまった森が相手では対処療法でしかない。森全体を凍らせる手段があるとしてもクロスロードにまで被害が出るだろう。
「とにかく調べられる事は調べてしまいましょ。上手くいけば『拡大』だけは防げるかもしれないしね」
 さて、と森に視線をやって発射された種を見上げる。
 とはいえ──────のんびりしていると手遅れになりそうな雰囲気がひしひしとしていた。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うぉおおおおおおおおおおお、悪はどこだぁああああああ!!!」
 豚が奇声を挙げながら森の中を疾走していた。

 そのサイズ故に見逃されているのか。いつも通り勘違いというかもうそれ以外の何かで驀進する彼を止める物は何も
 ぐぅうううううううううう
 キキッと小さな土ぼこりを起てて子豚が動きを止めた。
 腹が減った。どうやら本能に近い何かで動く彼を止めるのは本能だけのようらしい。
 クンと鼻が動く。
 これは、キノコの臭いか?
 きゅぴんと目が光り、彼は再び走り出す。

「うぉおおおおおおおおおおお、キノコはどこだぁああああああ!!!」
 既に彼の頭の中はキノコのことでいっぱいである。
 彼は突き進む。
 その方向は────森の中心へと一直線だった。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「報告します」
 南砦の管理官執務室。その部屋の主は眺めていた景色から視線を引き離し、組合員を見た。
「最初に持ち帰えられたイガについてですが。その構成物質は99%金属でした」
 青年はふむと眉根を潜め「有機物は?」と問うと
「残り1パーセントが有機物です」
 組合員が資料を見ながら応じる。
「金属の構成は?」
「解析中ですが、様々な物質が混ざり合った特殊な合金という結論になりそうです。
 判明しただけでも、鉄、銅、亜鉛、ニッケル、ミスリル、ヒヒロイカネ、銀、マナマテリアリウス、ロイトーロイ、ドラゴンズボーン……」
 ずらずらと並べられる金属は数多の世界を跨いでいる。
「つまり?」
 流石にこれ以上聞いても鉱物学者でない彼には無意味だ。
「ホウセンカの種の殻、茎からも似た物質が検出されており、あの森のいくつかの植物は有機物を含んだ金属を外郭にしている、ということです」
「それが耐火性の理由か」
 有機物で構成される普通の木々に比べて格段に燃えにくいのも当然だろう。
「ただ、そういう種の葉は花弁の部分は有機物のようです。とは言えやはり鉱物の比率が高く、耐火性はかなりの物ですね」
「やはり誰かが弄った物か?」
「十中八九そうだろうという見解です」
「そうすると目的が何かという問題が出てくるな」
 場合によっては「単に作った作品を植えてみた」という事もありえるが、考えないわけにもいかない。
「……まぁ、いい。それで荒野にあれほどの森を維持できている理由は何だ?」
 その構成に金属が多分に含まれているとしても成長する植物だ。無から有の創造は神の領分であり、ターミナルにおいては神族はそこまでの力を振るえないはずである。故に何かしらカラクリがあるはずだ。
「単純に、栄養が豊富なんです」
 率直な回答に青年は珍しくきょとんとし、それから僅かな焦燥を浮かべて窓の外へと視線を向けた。
「そういう意味か……!」
「はい」
 先ほど並べ立てた物質にはミスリルやヒヒロイカネ等、それが確認されている世界でも極限られた鉱脈からしか算出されない物質が多数含まれていた。しかしターミナルの荒野の土を掘り返した所で鉱脈など出ては来ないことは確認済みだ。山が姿を変えたフィールドモンスターを倒せば話は別かもしれないが。
「あの森はかつての『大襲撃』で打ち捨てられ、埋められた死体、残骸を養分にしている可能性が非常に高いです」
 大量の死体の中には打ち捨てられた武具の類や矢弾、ゴーレム系やロボット系の残骸など様々な物が溶け込んでいる。というのも、クロスロードを建築するに当たり、ある程度の特殊素材は回収し再練成などをしているのだがいかんせん多すぎたため、クロスロードの外壁を作る材料を掘り起こした穴に捨てたのである。
 つまりそびえる外壁と同じだけの死骸などがクロスロードの外周をくるりと取り囲んでいるのだ。流石に疫病対策に消毒や焼却をし、その上二年以上も経過しているのでアンデッドとして蘇るようなことは無いが、その量は推して知るべしである。
「あの森がそれをターゲットにデザインされているとすれば」
 大襲撃。その時点でクロスロードという街は存在しておらず、来訪者達は『扉の園』を陣として戦った。外周ほどではないとは言え────
「────クロスロードが森に食われる可能性があるということか」
 敵味方合わせて数十万もの躯を飲み込んだ地。その過去の上に来訪者の拠り所である街はある。
「この可能性を各部門、事件に当たっている探索者へ通達。特にクロスロードに落下した種は早急に排除するように」
 現在、飛来する種の侵略に対しては対空砲などで対応をしているが、森の規模が拡大するにつれそれも限界を迎えるだろう。増強は急務だ。
「了解しました!」
 早足に立ち去る組合員を見送り、青年は椅子に深く腰掛ける。
「『再来』よりもタチが悪いな。本当に……」
 恐らく怪物ではないため『扉』への損害が無いであろう事だけは幸いだが、仮にもニュートラルロードや武装鉄道線に種が被弾した場合、交通───強いては物流に多大な被害が予想される。種の落下方法からして地面の舗装くらいあっさり貫通する事は明白だ。
 クロスロードへ飛来する種の迎撃強化に解析人員の増員。流石に一人で指揮を採るのは辛そうだ。
「セイの脳筋は置いておいて、スーとアースに助力願うかな」
 そう呟いて、彼は行動を開始するのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけで神衣舞です。どういうわけかは考えていません。
 人数が増えるとシーンを変えての登場がちっと難しいので書いていただいてるリアクションのすべてを消化していませんが、他の人が代わりにやってくれてると思ってください。
 増えると嬉しいのは内緒です。話もスピーディになりますしね。
 さて、現状分かってることをまとめておきますと
 ・植物は耐火性能を有している。
 ・寒さには弱いかもしれない。
 ・種やイガの外殻、茎は金属分豊富。
 ・空は種の砲撃注意(地上でも同じですが)
 ・水は水袋的な物を作る植物が供給してるらしい。
 ・養分は『大襲撃』の名残
 ・森の真ん中の様子だけ少し違うっぽい。(キノコ臭がするとかしないとか)
 こんな所ですかね。次回までにキノコの臭い以外は共通認識でOKです。
 ちなみにヨンさんは戻れる位置にいますので進んでも戻ってもOKです。戻った状態で調査という選択もできます。
 イベリについては、まぁ、いつも通りにどうぞ(笑
 ではでは、次回リアクションを宜しくお願いします。 
にあですぱらだいす
(2010/11/08)
 子豚が一匹走っていた。
 彼は走っていた。
 腹が減っていた。
 もはや理由はそれだけだった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 耐火性、強度に非常に優れるが、冷気には弱い事が周知された結果必然として氷系の攻撃方法を有したチームが作られる事となった。
「随分と戻ってきていないパーティも居るらしいな」
 周囲を警戒しつつ前を行くのはザザ。視界を塞ぐ植物を払い除けながら先へと進む。本来ならばマチェットなどを持って切り払いながら道を作るべきなのだが下手に刺激するのも危険だし、そもそも簡単に刃が通らない植物も多い。
「ウチも危うくでしたね」
 ヨンがその後ろに続きながら周囲を警戒する。なんとか森を脱出した彼は改めて募集されたパーティへの参加を決めてここにある。
「ともあれ中心部、恐らくは発生地点が周囲と違うことが見えてきてますし、そこに至れれば何かしら分かるでしょう」
 落ちた葉っぱでアフロを飾りつつ歩くピートリーが周囲の植物をしげしげと見ながら
「おや?」
 しゅるりと触手が伸びてアフロをキャッチ。
「ちょ、おま!?」
 そのままスルスルと持ち上げられて巨大な花弁の中の口へ
「面倒を掛けさせる毛羽毛現ね」
 同行する雪女が吹雪を吹きかけて凍りつかせると、長身のザザが凍りついた触手を打ち砕いて救出する。
「『けうけげん』とは何ですか?」
「髪の毛の妖怪よ?」
 ヨンの問いかけに雪女が当然とばかりに応じる。
「綺麗な髪が妖怪化するもののはずだからすっごい亜種よね」
「失礼な! キューティクルは完璧ですよっ!?」
「お前らなぁ。もうちっと真剣になれや」
 ザザの呆れた声にヨンは苦笑して頭を下げる。
 彼ら以外にも後方に重装鎧の戦士が1人とレンジャーが2人。氷雪系の魔術を使える魔法使いが2人と精霊使いが1人。最後に植物学者が1人という大所帯だ。
「幸い森の中だとホウセンカの種が直撃する可能性は低いですし、タンポポも葉っぱが傘になる。
 気をつけるべきは食人植物ですから無闇に近付かないようにしてください」
 植物学者の忠告に「も、もちろん分かってますとも」とアフロが白々しい事を言う。
「とは言え、密度が随分上がってきやがったな」
 ザザが周囲を見渡すと左右に分かれているレンジャーが頷きを返した。彼らが把握しているだけでも5m以内に3体の食人植物が潜んでいる。
「一定以内に踏み込まなければ大丈夫とは言え、触手がどこまで伸びているか分からないのが厄介ですね」
 ヨンもまた周囲を見渡して呟く。足元は『雑草』がふくらはぎ程度にまで伸び、これがまた蒸し暑い。これが熱を排出している事はまず間違いなく、食人植物のカモフラージュにもなっているから二重に厄介だ。金属コーティングをしたような植物は露出した皮膚をいとも簡単に切り裂くためどうしても厚着をする必要があるため一行の体力を酷く奪っていた。
「大丈夫ですか?」
「んー。まぁまだ何とか」
 この環境が一番辛いのは雪女なのは間違いない。
 そろそろ歩き始めて2時間にもなる。ザザはレンジャー2人に目配せして周囲の安全確保を始める。
「一旦休憩しよう」
「そうですね」
 ヨンが用意した鉈を振るい雑草を狩って場所を確保。精霊使いは周囲を確認して栗の木が近くにない事を再確認する。
「ありがたい」
 もう一人、重装歩兵な戦士がどがりと座り込む。そんな彼に植物学者が水筒を差し出した。
「しかし、この調子だと強引に突破しなければ進めなくなりそうですね」
 アフロは周囲の食人植物を見てそんな事を言う。中心に向けて進むにつれ特定のヤバイ植物の密度が増えている。
「迂回しても仕方ないとすれば強引な突破を考えざるを得ませんが……引き時も重要ですね」
「ああ。折角開いた道も種が落ちれば埋められちまうからな。まったく厄介だ」
 帰りもあるのだから消耗の計算を失敗すれば遭難者の仲間入りである。
「異常な成長速度がネックですね。凍らせてもこの熱量だとものの数時間で溶けてしまうでしょうし」
 ピートリーが刈られた雑草を手にくるくると回してみせる。
「そいつは、何かの魔法なのか?」
「いえ……これはまだ推測なのですが」
 アフロの代わりに植物学者が口を開く。
「植物内での化学変化時に発生する熱だと思われます。地中に含まれる物質を合成、分解して熱を生み、それで体内の金属分を変化、成長しているんではなかろうかと」
「まるでカラクリの話ですね」
 魔法世界系のヨンが肩を竦めると「植物には元々そういう物質変化の性質があるんです。一番有名なのは動物の吐く二酸化炭素を吸い、酸素を吐き出すというシステムですね」と応じた。
「プラントって工場も意味しますしね」
「ええ。なので引き続き推測なのですが……この森自体ばふ────」
「ばふ?」
 見れば植物学者の顔に丸いのが直撃していた。
「おや、これは」
 突然のできごとに呆気に取られる周囲をさておき、学者の顔から丸いのを引き剥がししたピートリーは丸いのに付いているスカーフでぶらんぶらんさせながらその正体を確認する。
「イベリーですな」
「え?」
 確かにぶらんぶらんして目を回しているのは突撃正義の味方のイベリーだ。
「大よそいつも通りに突撃したんでしょう」
「……でも、イベリさんが飛んできた方向って」
 ヨンが振り返り見上げる先は森の中央部方面だ。
「小さいサイズだったから食人植物に見逃された、というところでしょうね」
 ピートリーがぺちぺちと豚の頬を弾くが目を覚ます様子は無い。
「とは言っても、彼が真っ当な証言をしてくれるかどうかは微妙なのでコレを期に一時撤退というのも微妙な判断です」
「そういうやつなのか?」
 初対面のザザが問うとヨンが苦笑交じりに頷く。
「おや?」
 ぶらんぶらん揺れていたイベリの背中から一本のキノコが落ちる。赤い下地に白い斑点の毒キノコっぽいが食べると巨大化しそうな色合いのものだ。
「キノコ、ですね」
 ひとまずいべりを置いてアフロが拾い上げる。サイズはシイタケと良い勝負だ。
「もっと奥に生えていたということでしょうか。彼のお弁当という可能性もありますが。調べてみる価値はありますね」
 言いながら大事にパックに詰めたアフロを横目にザザは遠くを眺め見る。
「問題はコイツがどうしてここまで吹っ飛んできたか、だな。
 ホウセンカの種にでも乗ったか?」
「生態系がやや違うようですし……話を聞くだけ聞いた方が良いかもしれませんね。
 とにかく、学者先生にも起きてもらわないと」
 ヨンが精霊使いが介抱している学者を困ったような笑みを浮かべて見詰めた。
 のちの相談でキノコの調査とイベリーへの事情調査。このあたりを含めて一度帰るべきとなった一行だが、今はとりあえず休憩だと腰を下ろした。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「……少なくともターミナルでは死者の復活例はありません……。
 ……一度死んで蘇るタイプの吸血鬼化は発生しないんですよ……。
 もちろん……人形としての魂を持たないアンデッド化はありえますけどね……。あ、えっとククク」
 真っ黒のローブで顔から何からを隠したネクロマンサーは取ってつけたような陰鬱な笑い声を響かせた。
「えーっと無理しないでいいわよ? 普通で普通で」
「ふ、普通ですよ! あ、えっと。……そういうことだから……あたしの仕事は主にアンデッド系のメンテナンスなんです……ククク」
 良く分からないこだわりを持ったネクロマンサーの言葉にクネスは苦笑を浮かべるしかない。
「……生きているうちに魂を汚染して、アンデッド化するならば別ですけどね。レイスフォームとか……ククク。
 それに、血を持たないのに吸血鬼化なんて出来るんですか? ……ククク」
「できるわよ、私の世界ならね。ただ、ここの法則的には厳しそうかしらね」
「中には無機物を吸血鬼化するような非常識な吸血種が居るとも聞きましたが……ククク。そういう特殊な能力が制限されやすいターミナルでは余程修練をして力を得なければ再現は難しいかと。クククク」
「んー。ちなみに知り合いにキメラ関係の研究をしてる人居ない? 金属混じった植物なんてそっちの分野だと思うんだけど」
「そこそこは分かりますよ。ククク。死体を動かす事にかけては似たようなもの」
「じゃあこの植物の見解は?」
「キメラとは言いがたいです。あ、ククク。
 品種改良の結果……魔法生物に近い感じですね。ククク」
 陰鬱な笑いをしすぎてちょっと苦しそうにケホケホ言ってるネクロマンシーはさておき。
「これと会話する方法って無いかしらね」
「……幾らネクロマンサーでも植物と会話するほど寂しくは……」
「そういう意味じゃないわよ! ウィッカあたりに植物と簡単な意思疎通する能力とか無かったかしら?」
「冗談です。ククク。けほ。 あると思いますが、植物の意思などほとんどあって無いようなものかと。クク」
 あまり期待していない方法だったがだめかと嘆息。
「となると、錬金術かしらね」
「もしくは遺伝子工学ですね。ククク」
 魔法世界の住人のクネスにとって、遺伝子だかなんだから聞き覚えすらない単語である。
「科学技術系の話?」
「ええ。かの世界系の防腐技術はとてもスバラシイので勉強させていただいています。ククク」
 なんだか前向きに生きているネクロマンサーだなぁと改めて感心。
「キメラとは詰まる所つぎはぎですが、この植物は生まれながらにしてコレが正しい形なのです。……ククク
 故にキメラ用の対策は無意味かと……クク。この植物専用の除草剤などの開発の方がまだ建設的でしょうね。ククク。
 ただ、こんな大規模になった森に使うとどんな悪影響がでるか分かりませんがね。ククク」
 それは彼女だって懸念している事だ。むしろそれが安易に出来ているなら既に誰か試している事だろう。
「女王か何かの命令を受けているのなら、その意思だけでも分かればと思ったのにね」
「埋めよ増やせよを繰り返している気もしますがね。ククク」
 確かにそう言われるとそうなのかもしれない。
「仕方ない。森への突入組の成果に期待して迎撃の手伝いでもしてこようかしらね」
「それが妥当かと思いますよ。ククけほっ。けほけほっ」
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
 本格的にむせ始めたネクロマンサーを介抱しつつ、クネスは凍りつかせた種に視線を向けるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 時間は少し遡る。
「キノコはどこだ?!」
 既に目的を見失ったイベリがひた走る。元々彼はキノコを見つけるのは得意だ。そういう正義を実践していた。故にその鼻が指し示す先にキノコがある事は間違いなかった。
「キノコだ!」
 近い。そう思った彼は超ダイブした。華麗に舞う豚。空から降り注ぐ木漏れ日がきらきらと彼を照らした。
 そしてきりもみしながらダイブ。赤やら青やら緑やらとやたら原色の多いキノコ畑に飛び込んだ彼はとりあえず目の前の物に大きく口を開いた瞬間。
『ナンダコレハ』
 がちんと歯が空を噛む。
 拾い上げられたイベリは「く、悪の手先め! 私からキノコを取り上げるつもりか!」と騒ぐが、背中をむんずと掴まれているためどうしようもなくじたばたするしかない。
「は、腹さえ空いていなければ……!」
『……ヘンナイキモノ』
 甲高い、ガラスを磨り合わせるような声に「おのれ……! これくらいで正義が折れると思ったらおおまちががががが」急に視界が大旋回。ぶんぶんと振り回されて。
『ステル』
 斜め四十五度の角度で発射したいべりははるか彼方へと飛んでいったのだった。
『……チョット、オシカッタ?』
 それを為した何者かはそんな事を呟いて────
 原色キノコの群れの中を中心へ向かって歩いていった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 どーも。神衣舞です。
 何もしないせいで元凶にニアミスするいべりが怖くて仕方ありません。
 さて、次回はいよいよ中心部にまともな人たちが突入する回かなぁと思ってます。
 ……いべりもまともだよ? うん。多分イベリの心の中では。
 これの公開に先んじて管理組合からの追加告知も出ていますので確認をお願いします。
 では次回リアクションお願いしますね。
にあですぱらだいsy 幕間
(2010/11/18)
「正気でしょうか」
 やや感情に欠ける声音が静かな室内に響いた。
 青にび色の髪の少女───スー・レインの言葉にイルフィナは笑みを向け、
「正気だろうね。理想論でなければ確かにメリットは大きい。
 ────もっとも、主犯を捕まえてシステムを解明しない事には話は始まらない」
 と応じて肩を竦める。
「ターミナルにとってこの植物が魅力的である事は理解できますが……」
 アースが資料を眺めながら呟く。そこに記されるのは『ウィンデネイダ』と呼ばれる種に似た植物だ。
「どこから水を調達しているのかは不明なのですよね?」
「別に雨が降らない砂漠というわけでもない。地下に根を張る以上地下からだ……と言えないところが難しいな」
 クロスロードの食料自給率が上がらない理由は端的に言えば怪物の襲撃があるため充分な農地を確保できない事にある。が、これだけが原因ではない。もしそうであるなら防壁付きの農園でも作ればいい。対費用効果は芳しくないがいざと言う時に食料を僅かなりにも確保できるという安心感は非常に大きい。
 だが現実これが出来ないもう一つの理由が土にある。クロスロードの大地は決定的に水分が足りないのだ。サンロードリバーの周辺はともかくヘブンズゲートの前まで行くと握れば砕けて砂になるような土ばかりになってしまう。百メートルほど掘ると粘土層に到着するのだが、水が浸透し粘土層との間にできるであろう地下水脈は発見された事が無い。
「大気中から」
 スーがぽつりと言葉を紡ぎ落とす。
「ロウタウン側の湿度が下がってる」
 海かと見紛うサンロードリバーから立ち上る水気は半端な量ではない。特に『扉の塔』の直下では建造物に当たるため水しぶきが常に上がり続けており、これが『扉の園』が瑞々しい地面を有している理由だと言われている。
「大気中から集め、地面に落として染みこませる。その上朽ちた植物で土を肥やし繁茂を続けるか。計算され尽くしているな」
「種への対策さえ取れれば歓迎すべき状況なのですけどね」
 ホウセンカもタンポポも機銃程度では迎撃できない質量を持つのが厄介だ。だがその対策さえ取れるのであれば森は名の通り『天然の要塞』に早変わりする。耐火性能に優れるという特性が更に素晴らしい。
「安全を考えるのであれば森を潰すのが一番です」
「だが将来性を見るなら利用の目を摘むのは宜しくない」
 イルフィナの返しにアースは溜息一つ。お互いの考え方など百も承知で、一応の確認に過ぎない。
「森の拡大ペースは減少しているとは言え、すでに種の砲弾は防壁に届くほどです。
 防壁の土も大襲撃の血肉を吸っているのは承知しているのですよね? 壁に繁茂する事は確認されているのですよ?」
「オートシールドシステムの実験に丁度いいじゃないか。
 『再来』の時に正式稼動と思っていたんだが使う機会がなかったからね」
「『AS2』は不完全な事は承知しているはずです。時速700kmを越えれば防壁の展開が間に合わない」
「もちろんだとも。だがそんな攻撃をする怪物も稀だし、ホウセンカもタンポポもその弾速は許容範囲内だろ?
 それに現状知りうる限りで最速の魔術展開式を使用しているんだ。少なくとも速度に関しては改善の余地が無いよ」
 自動機械または魔法式であるためにその探索範囲は100mに限られる。リレー式を採用する事も可能だが正確性と求められる迎撃機構である以上それを主の監視網にするのは危険のためそちらは予備のシステムとして用意されているに過ぎない。
「予備の目を含めれば倍の速度でも反応は可能さ」
「留意すべきは速度ではなく物量」
 スー・レインが淡々と告げるが、二人はそこに溜息のようなものが混じった事を感じ取る。それにイルフィナは苦笑を漏らし、アースは若干の安堵を漏らす。
「森の殲滅をしない。これは『副管理組合長からの通達』で間違いない?」
 聞かされていなかったアースは目を見開いてからイルフィナを睨む。
「その通りだ。森のシステムをある程度解析すれば制御が可能。
 だから拡大を阻止しつつ調査を続行せよ。だそうだよ」
「どうしてそれを最初から言わないのですか!」
「知らない上での意見を聞きたかった。私だってその通達を鵜呑みにできるほど自体を甘く見ていないさ」
「半分はからかい」
 スーのコメントにイルフィナは肩を竦めるだけで否定はしない。
「君が言った通り、種の問題さえ解決できるならばこの森は歓迎すべき産物なんだ。
 とは言え、その核となる目的も未だ不明となればどんなどんでん返しが待ち受けているかも知れたものじゃない」
「……森の拡大を防ぐとなると半端な労力ではありませんよ?」
「全滅はさせないまでも削りは入れたいところだね」
 と───言った彼自身に二人の視線が集中する。
「……何かな?」
「適任」
「ですね」
 二人は見解の一致を見たらしい。
「……どうして耐火能力なんて付けたのかね。でなければセイのやつにやらせるのに」
 にやけ笑いを一転させ盛大に溜息を吐いた青髪は、世を嘆くかのようにそう呟いて天井を見上げた。
にあですぱらだいす
(2010/11/20)
 結果を言うまでも無くイベリから真っ当な話が聞けるはずもなく────

 イベリの飛んできた方向や報告のない奇妙なキノコから「恐らくより中心部に近いところに踏み込んで何らかの方法で飛ばされた」という推測をするしかなかった。
「悪だ。あの中心に悪が居る……! おのれ……キノコを独り占めするなど……!」
「……まぁ、食べなくて正解だったわけですが」
 調査結果を手にアフロがわさわさとアフロを揺らす。
 イベリがくっつけてきたキノコはよくよく調べると2種類。
「片方の含有物質がウラニウム。もう片方が重油に似た何かですね。というか放射性物質なのに調査でバラすまでキノコの外側に漏れないとかどういう仕組みなんですかね」
 軽く被爆騒ぎが発生したが高位神官が駆けつけて事なきを得ている。ただ何故かピートリーの頭を見てコレは手に負えませんと心苦しそうにしていたのは何故だろうか。
 クロスロードだったので助かったが、何も知らない探索者が森の中央なんかでついうっかり食べたり裂いてみたりすると大惨事である。
「イベリーさんがもう少し詳しく説明してくれれば話も早かったんですが。
 まぁ、言っても仕方ありませんね」
 気になるのは1点。
 『キノコを独占する悪』という言葉。考えようによっては何者かが居たようではないか。
「主犯か、はたまた番人か」
 それらもイベリからすればまとめて悪の一言で終わってしまうのだが。
「ともあれ再度突入するみたいですし、分かった事だけでも伝えましょうかね」
 ひとりごちて、アフロはアフロを揺らしながらその場を後にした。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……さて、と」
 周囲を見渡す。うっそうとした緑の世界。
 相変わらず巨大植物が不気味な沈黙を保つ中で、食人植物だけには近づかないようにと警戒を怠れない。
「前回踏み込んだあたりまでは来れましたかね」
 ヨンの呟きに先頭を往くザザが足をとめた。
「少し飛んで見るか?」
「やめた方が良くない? 食人植物の数は減ってるけどタンポポの数が異様に多いわ」
 クネスの指摘にザザが嫌そうな顔をする。少し前に上空からの偵察を敢行した時も、中心部に近づいた瞬間種に迎撃されたのだ。
「作為的ですね」
 和服姿の雷堂が一息つくように言葉を漏らす。かなり歩きにくそうな装いだが気にしてないらしい。
「森がひとつのシステムというイメージは確かに持てますね。
 イベリーさんの言い様だと中央に何か居てもおかしくない」
「中央だけキノコが生えているんだったか」
「ええ。そのキノコはくれぐれも傷つけないように、ですって」
 残念ながらこのメンツの中に放射性物質だとか重油という単語を理解できる者は居なかった。危険な毒という認識がせいぜいである。
「それにしても、何が目的なんでしょうね」
 雷堂の言葉は未だ誰も結論を手に入れていない問いだ。
「広げるって事だけを目的にしてるのならそれそのものに価値があると見るべきだわ」
 クネスがあごに手を当てて応じる。
「一つはネットワークの拡大。この草木が何者かの感覚器であるならば処理される情報量は莫大な物よ?」
「大規模な術でも使うつもりなんですかね?」
 ヨンの挟んだ言葉に「推論にすぎないわ」とクネスは首を横に振る。「それに中央にあるキノコの意味も不可解だしね」
「確かに森は神域にも魔境にもなりますからね」
 何か思う事があるのか、雷堂がしみじみと緑の天井を見上げた。
「進めばわかるさ」
 考えても結論が出そうにない。さっさと見切りをつけたザザが草をかき分けてさらに先へと進むと後ろの面々もそれに続く。
 食人植物さえ把握していれば進む分には問題ないし、氷が有効とわかっている以上、早々ピンチにはならない。怖いのは種の爆撃唯一つだが中央に近づくにつれそれは減少している。そもそも外に広がる事が目的なのだから当然のことだろう。
 先ほどの会話から三十分ほど経過したか。不意に森が開ける雰囲気に誰からともなく足を止める。
 植物の間、その先に広がるのは緑一色の世界とは打って変わり、目が痛いほどの原色の園だ。良く見ればその一つ一つは同じ形ながらそれぞれ赤、青、黄色、緑等など絵の具で塗ったような派手派手しい色を誇っている。
「これがあの豚が言ってたキノコか」
「となれば、中心である可能性が高いですね」
 ザザと雷堂は喋りながらも周囲を注意深く見渡す。それはヨンとクネスも同じだ。
『ダレ?』
 弾かれたように構える。声は頭上から─────
『マタ、ダレカキタノ?』
 ガラスをすり合わせたようなキンキンとした声。目を凝らせば巨大な葉の上に何者かの影がある。
「ドライアードかしら?」
 クネスの言葉にヨンは確定させないまでも近いと判断する。フォルムは人間種の女性に近く、しかし人間とは雰囲気が異なる。
「あんたがここの管理人か?」
『……ソウダヨ。ココヲコワシニキタノ?』
「話合いができるならそれに越したことはないのですけどね」
 雷堂の言葉に番人は考えるような沈黙を返す。
「このままではこの森がクロスロードを壊してしまう。もし貴方が管理人ならば森の拡大を止めてくれませんか?」
『ソレハダメ。ヒロガルコト。ソレガノゾミダカラ』
「随分とシンプルで迷惑な望みね」
 クネスの皮肉に人影は首をかしげるようなしぐさをする。
『コレハクロスロードノタメ』
「ああ? クロスロードのため、だと?」
 思いっきり食い違う主張に眉根を寄せる。
『ソウ。パパガイッテタ』
「パパ? ……黒幕って所ですかね」
「そうじゃない? とすると彼女を説得しても無駄かもしれないわね。
 化身とかだと倒しても無駄かも知れないし」
「あのー。ちなみにこのキノコは何ですか?」
 雷堂の問いかけに番人は首を傾げ「プラント」とだけ応じる。
「プラント? ってどういう意味ですか?」
『植物という意味の他に工場を意味するためそう訳されたと推測します』
 PBからの回答に雷堂は少し考えると
「工場って意味でしょうかね?」
 と問いかけるが、残念ながら大がかりな工場に親しみを持つ人はおらず、またキノコの群れにしか見えないそれを工場と呼ぶにはいささか違和感がある。
『セイブンノチュウシュツノタメノプラント。コワサセナイ』
 キンキン声のために聞き取りづらい。この世界の翻訳機能も妙な所に拘りすぎだとは誰が思ったか。
「えーっと、成分のちゅうしゅしゅしゅう?」
「言えてないわよ?」
「妙な漫才してる場合か。どうすんだ?」
 ヨンとクネスに視線をやって一つため息。
「そのパパという方の命令なら聞くんですか?」
『パパノメイレイハゼッタイ』
 雷堂の問いかけに即座の回答。
「えーっと。じゃあキノコをいくつかもらっていくなら良いですか?」
『……』
 逡巡。
『10コナライイ』
「……」
 10個という数に果たして何の意味かあるのかと考えるが、じっと伺うような感じからすると思いついた数字のようだ。
「どうします?」
 知能は会話できるほど。そして会話が成立する以上『怪物』でない事は明らかだろう。そして彼女をここで討伐する事が正解かどうかかなり怪しい。
「会話くらいはできるけど、余り頭良くなさそうだし、これ以上聞いても無駄だとは思うけどね」
「俺も同意だ。どのくらいの事ができるかは知っておきたいが……」
「せっかく話ができるくらいには有効的なんですから、それは最終手段にするべきかと。
 種の集中砲火なんて受けたらシャレになりません」
 一通りの意見が出て、ザザがふと思い出して上を見上げ
「空飛んでるのを撃ったのもお前の刺しがねか?」
『……ソウ。チカヅクノアマリヨクナイ。……アレ?』
 きょとんとして、何か考える。
『オマエタチ、ココニイルノ、ヨクナイ?』
「あたしたちは例外よ。そうお友達でしょ?」
 咄嗟にクネスが叫ぶと『……トモダチ? ……レイガイナラシカタナイ』と何やらあっさり納得してしまった。
「このまま騙せませんかね?」
「難しいんじゃねえか? 純粋に広がる事を目的にしてんだ。それをどういう言葉であれ否定されたらどんな反応するか見当もつかねえ」
 確かにとヨンは頷く。
「ここは『パパ』とやらに命令解除してもらうのが一番でしょうか」
「そうなりそうね。じゃあ許された通り色違いを10種類もらって一回帰りましょ?」
「やれやれ。また往復か。エスコートでもしてくれりゃ楽そうなんだが」
 先陣を切るために一番生傷の絶えないザザがうんざりしたように言葉を零す。
『ワタシハココカラハナレナイ』
 人影の言葉に肩をすくめる。
「パパの名前、教えてもらっていいかしら?」
 クネスがとりあえずと問うとそれは『ドクターニギヤマ』とあっさり回答。
「ドクターニギヤマ? ドクター・ニギヤマって事かしら」
「ある意味一番の収穫ですね。聞いてみるもんだ」
 雷堂は苦笑半分に頷いてキノコの選別を開始した。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 どどんがどん神衣舞です。総合GMです。わほい。
 大きく遅ればせて申し訳なかとです。
 さてさて、無事森の奥地まで到着しました。で、番人に遭遇。
 そろそろクライマックスが見えてきました。イベリが突っ込まずに荒っぽいメンバーが飛び込んだりすると漏れなくキノコのやっばい成分で死んでたというステキストーリーもあり得たわけですが……w
 まぁ、それはさておき次回リアクションをよろしくおねがいしますね。
にあですぱらだいす
(2010/11/30)
「とりあえず確認なんだけど」
 独り言のようだが、もはやクロスロードでは珍しい光景ではない。
「PBでの金銭のやり取りって管理組合に残ってるの?」
『回答不可。但し管理組合のスタンスから例えデータを残していても公開することはありません』
「クロスロードの危機でも?」
『最終判断は副組合長となりますが、個人の要請に応じ、個人にのみ情報提供することはありません』
 絶対に公開しない、というわけではないらしいが腕輪一つに一つに判断を委ねるほど緩い管理ではないらしい。
「じゃあニギヤマ、あるいはDr.ニギヤマの家は案内できる?」
『該当1名。自宅への案内は可能です』
「なんだ? あんたもニギヤマってのを探してるのか?」
 不意に、クネスを影が覆った。正確には巨体が丁度太陽を背にするように立ったのだ。
「あら、ええと、ザザさんだったかしら?」
「ああ。そいつの家に行ってみたがダメだ。ありゃ暫く立ち寄った形跡がない」
 偉丈夫の言葉に首を傾げ
「どういう意味?」
「丁度エンジェルウィングスの配達と鉢合わせてな。3ヶ月ほど前から直接手渡し指定の荷物を渡せずに居るらしい」
「夜だけ帰ってるとかじゃなく?」
「可能性が無いとは言わないがな」
 とは言え、家に行ったところで遭う事は望めそうに無い。
「んー、そうね。PBで確認するのにも限度が有りそうだし、本部にでも顔を出してみるかしら。貴方は?」
「俺は俺で調べるさ。情報屋の連中もいい金づるだろうからな。いくらか情報を握ってるだろ」
「そう、じゃあ互いに幸運が有るといいわね」
 クネスの言葉にザザは「全くだ」と応じてその場を立ち去った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「凄いわね、これ」
「毒物の展覧会って所でしょうかね」
 Ke=iとピートリーは同じ資料を眺めて呆れたような顔をする。
 一団が持ち帰った10個のキノコ。それを調査すると出てくるのは発言の通り毒物のオンパレードという有様だった。それも少量でもさくっと大量殺戮が可能なレベルの物である。
「良く枯れないわね、これ」
「一つ一つ構成主成分が異なってますね。これらの毒物を精製していると言う事でしょうか?」
「でもそれじゃ放射性物質を含んでたタイプがおかしくない?」
「そうでしょうか? 錬金術あたりを併用すれば放射性重金属の練成も可能では?」
「植物内で錬金? ……それなら植物を使う必要がわからないわ。フラスコでやった方がよっぽど効率が良いと思うけど?」
「確かに。では……地中内のこれらを栄養として吸収していると言う事でしょうか」
 アフロの言葉にKe=iは返事を返さずに黙考する。もちろんその案は彼女の脳裏にも既にある。
「うん、まぁそう考えるのがベターね。何しろコレだけの毒物だもの」
「この紫のヤツ3つ4つ刻んで浄水施設に投げ込んだらクロスロードくらいの街ならあっさり全滅させられますからね」
 それには水溶性の毒が蓄積されており、数ミリリットルの摂取で酷い神経障害を起こす事が可能である。流れの比較的早く水量が莫大なサンロードリバーに影響を及ぼすには莫大な量が必要だろうが、上水道に投入されれば悪夢の発生は間違いない。
「しっかし……こんなヤバイキノコ作って何をするつもりなのかしらね」
 食べなくても恐ろしい放射性物質キノコなどなど、森の中心で確認された量をクロスロードにばら撒けばどんな事態になるか。
「ニギヤマという男を捕まえなくては分かりませんがね。ただ、テロの武器庫の番人にしてはフレンドリーというか幼いというか」
「ああ。話を聞く限りじゃそう感じるねぇ」
 別段戦闘をするわけでもなく、分けてもらったらしい。破壊活動を目論むのなら手の内を晒したような物である。
「ともかくこのデータを管理組合に届けて配信してもらいましょう。それからニギヤマ氏探しですえね」
 言いながらよいしょとリュックを担ぐアフロ。
「どこに行くんだい?」
「いえ、ちょっと番人だかにお話を聞ければと」
「聞いて何とかなるものかねぇ」
「単なる興味本位ですよ。では」
 しゅたっと手を挙げて去っていくアフロ。
 Ke=iは物好きなと肩を竦めてデータの取りまとめに入った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ええと、少々お話いいですか?」
『ナニ?』
 一人森に残ったヨンはしばし間を空けて問いかけてみると、案外あっさり返事があった。
「ええと、ニギヤマさんにどういう命令をされたんですか?」
『ヤクメヲハタセルクライヒロクヒロクヒロガレ』
「……役目、とは?」
『マダキイテナイ』
 まだ、と言う事は次のステップがあると考えるべきか。
「ではどんな成分を抽出しているのですか?」
『ドクブツ』
 何の事もないような感じで物騒な単語が返ってきた。確かにイベリにくっついていた2つも、そしてまだ彼は知らないが持ち帰ったキノコにも各種猛毒というしかない成分が詰まっていた。
「どうやって抽出してるんですか?」
『ソレゾレタイオウシタキノコガアル。セイチョウスルサイニイッショニキュウシュウシテタメコム』
「……キノコの内部で生成してるわけではないのですか?」
『チガウ』
 ん?と考える。
「そのキノコは貴女の体の一部ということは?」
『……チガウ、ト、オモウ』
 曖昧な回答。自分でも良く分かっていない感じだ。
『ソレハワタシノシハイカニアルモノ。ワタシダケドワタシジャナイトオモウ』
「……もしかして森の植物を操れたりします? 進行方向をクロスロードの反対側にしたりとか」
 もしそれが可能ならば広がる事を止めずにその進行方向だけでも変えられるのではないだろうか。
 そう期待しての問いかけに彼女は─────

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ん? ニギヤマを探してるのか?」
 雷堂が尋ねていったのはとある植物学者。彼は不思議そうに首を傾げた。
「アイツなら家に行っても居ないと思うぞ。あと管理組合にどう訴えても鍵は開けてもらえないと思うがなぁ」
「緊急事態なのにですか?」
「あいつら徹底してるからなぁ。まぁ、いいや。
 ニギヤマなら大図書館の地下に居るはずだよ」
 雷堂はぐっと眉根を寄せて「大図書館の地下とかありましたか?」と問うと
「ああ、あんまり知られてないもんな。大図書館の地下には核シェルター並みの封印施設があってな。今じゃ技術者の巣窟になってんだよ」
 核という言葉に親しみは無いが、封印施設という字面から大体どのような場所かを推測する。
「あそこならどんな実験しても外に漏れる事ないからな。魔窟だよ、マジで」
 ずぞぞぞと出来上がったカップ麺を啜って男は一息吐く。
「そこには入れるのですか?」
「誰でも入れるが、命の保障はしない」
「……といいますと?」
「大図書館の地下は3階層まであってな。地下第1階層が軽度禁書庫。読むと発狂するだとか、ちょっとした大量殺戮兵器とか魔術とかの本が収納されてるんだよ。
 まぁ、そこはまだマシなんだが第2階層が重度禁書庫でな。人を食う本や開けるだけで自動的に魔道式が起動して開いたやつの魂を生贄に魔人を召喚する本だとかそういうのがゴロゴロしてんのよ」
「……え、あ?」
 何の冗談だと目を瞬かせる。現にラーメン啜りながらでは与太話にしか聞こえない。
「強度の精神操作を兼ね備えた本とかまずいな。気がついたら本を開いていてそのまま本に取り込まれたヤツもいたっけか。元気にしてるかなぁ」
「いや、それ助けないんですか?!」
「一介の植物学者に何を求めてるんだ、君は?」
 極当たり前のように言われては絶句するしかない。
「まぁ、とにかくそこを突破して初めて第3階層の閲覧室に到着するんだ。ここがまた厄介でな。快適な環境を維持しつつ地下階層のヤバイ本やら呪いやらを外に出さないためにありとあらゆる世界の封印やら結界やらを張り巡らしてるんだが……こいつがかなり精神に来る」
 一応神仙系の雷堂はその言葉の意味は何となく分かった。結界に踏み込むと少しだけ肩が重いというか、息が詰まる気がする。
「そのせいで本来閲覧室のはずだったその場所で発狂するヤツが続出してな。
 今じゃそんな場所でも平気な顔してる一線外れた連中の実験場になってるのさ」
「……はぁ……。そんな場所にドクター・ニギヤマが?」
「数日前にちょっとだけ出てきたらしくてな。知り合いが目撃したってさ。
 さっきも言った通りあそこは入るのも出るのも一苦労だからなぁ。わざわざ一度出てきて戻ったって事は暫く篭るんじゃねえかな」
 喋りながらなのにあっという間に食べ終わった容器を机に置く。
「まぁ、話すだけなら内線電話があるはずだし、引っ張り出すだけなら司書院に頼めば行ってくれると思うけどな」
 余談だが本の呪力でその内線電話も妙な声が良く混じる。
「わかりました。ありがとうございます」
 道理で探し回ってるニギヤマが見つからないはずだと息を吐く。
「とにかく大図書館に行ってみるとしましょうか」
 そう一人ごちて彼は次の目的地へと足を向けた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 清潔すぎる真っ白な床や壁が、散乱する資料を汚らしく見せる。
 そんな部屋の扉が静かに開き、こつこつと小さな足音が無遠慮に進入した。
 それに従うのは銀の髪。その主を覆い隠さんほどの綺麗な銀糸が照明の光に輝きを見せる。
 しかし、この部屋の主はそれを全く見る事も無く、それどころか動きもしない。
 動かぬそれを見定めた侵入者は数秒の停止の後に再び無遠慮に近付くと
「起きぬか」
 げすと容赦なく寝袋を蹴っ飛ばした。
「ぬ、ぬぉお!?」
 びくんと危ない跳ね方をして、もぞもぞと妙な動きをすること数秒。自分が寝袋の中に居ることを思い出した老人は動きを止めて侵入者を見上げた。
「な、なんだ。いきなり!」
「何だではなかろ。ぬしの作ったもんのせいで大騒ぎしておるぞ」
 はぁと溜息を吐く唇は背丈に応じて小さい。人間種だろう少女の年齢は10かそこらに見える。青のロリータファッションに身を包んだその少女は寝袋の老人よりも老人ぽい口調と共に睨みつける。
「大騒ぎだと? なるほど、私の偉大な発明にもう気付いたか」
「戯け。被害の方じゃよ」
「……」
 老人はしばし目をぱちくりとして、それからジジジと寝袋のチャックを下ろすとそこから脱出する。しわくちゃになった白衣をピッと引っ張って正して
「私の計画に不備は無いはずだが?」
「一発ぶん殴った方が頭のめぐりが良くなるかのぅ」
 手にした処刑鎌にも見える杖をひゅんと振るった。
「いやいや、暴力反対。こんな年寄りにご無体な。ゲホゲホ。
 ……い、いや。本当だよ?! 計算どおりなら丁度いいサイズに育っているはずだ。このままサイズを維持してクロスロードを一周すればクロスロード周辺の土壌を農業に最適な土質に作りなおせるはずなのだよ」
「……現に森からの砲撃で市街や防壁に被害が出ておるのじゃが、それも計算どおりなのかえ?」
「なん……だと……!?」
 くわっと目を見開き、それから腕のPBを見遣り
「今日は何日だ!? ……な、何!? ……私とした事が寝過ごしただと!?」
 どうやら『計算』以上に森が育っているらしい。
「とにかく、上に探索者連中が集まってぬしを待っておる。何とかしてくるんじゃな」
「う、うむ。こうしてはおれん」
 ニギヤマは慌てて駆け出す。それを見送って少女はやれやれと肩を竦めた。
 
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『────ムリ』
 と、あっさり言い切った。
『ワタシノセイギョリョウヲ、オオハバニウワマワッタカラ、チュウシンブノ、セイギョデ、テイッパイ』
「ちょっ!?」
 確か既に外延部が防壁の300m近くにまで迫っているはずだ。駆除作業を続けているがじりじりとその範囲は拡大している。
『イチブノクカクニゲンテイスレバ、セイギョハカノウダケド』
「一部ってどのくらいですか!?」
『ンー? アレ? トオクノカンカクガワカラナイヤ』
「100mの壁かっ!?」
 ちなみに管理者は群体生物のような物だったのだが、余りにもその規模が大きくなりすぎて管理者のキャパシティをオーバー。制御を離れた部分が違う生物となり、100mの壁の適用を受けてしまったのである。
『コマッタ』
 いや、困ったとか言われても!?
 ヨンは途端に周囲の植物が空恐ろしく感じる。番人の言葉通りであればこの周囲の植物は彼女の制御下のはずだが
「っ!?」
 慌てて右に飛ぶと足元にホウセンカの種が突き刺さる。
「な、何をするんですか!?」
『ワタシジャナイ』
 ふるふると首を振る管理者。
『フ、フ、フ。ワタシヨ』
 全く同じ声が種の飛んできた方向から響く。
『アナタガコアナンテミトメナイ。ワタシガパパノタメニハタラクノ』
『ナニヲイウノ? コノモリノカンリシャハワタシダヨ』
『セイギョハモウワタシニハツウジナイ。ワタシニヒザマヅキナサイ!』
「……なんなんですか、この厄介な展開は……?」
 がっくしと肩を落としたヨンだが、更なる殺気に再び跳躍。するとやはり種が3発ほど地面に突き刺さった。
 しかも別方向から。
「……ま、まさか」
『ワタシコソガパパノタメニハタラクコアユニットニフサワシイノヨ』
『ナニヲイッテルノワタシノホウヨ』
『ミンナキエテシマエバイイノニ』
 わさわさと現れる管理人モドキにヨンはげんなりとした顔をしながらも構える。
「というか、なんで私を狙うんですか!?」
『『『『ナントナク?』』』』
 見事にハモった。
「どうにかできないんですか!?」
 背後のオリジナル管理者に問いかけるが、他の個体と同様感情の見えない顔のまま『ウーン』と唸る事数秒。緊張感のかけらも感じられないが同時に食人植物が触手をしならせモドキを攻撃。同じく食人植物がそれを迎撃するというバトルが発生している。
『パパガクレバナントカナルカモ。パパノイウコトナラキクダロウシ』
『トウゼンヨ。デモパパハワタシヲエラブワ。アナタノトコロマデハコラセハシナイ』
『ソウヨ。アナタニハワタサナイ』
『アナタニワタスクライナライッソ』
「なんで一人病んでるのが混じってるんですか!?」
 そんな突っ込みはさらっと無視。
『フフ、アナタハモリノチュウオウ。ソコマデパパガタドリツケルトオモワナイコトネ』
『ソシテワタシガパパヲテニイレルワ』
『ソシテパパハワタシノナカデエイエンニイキルノ』
「……ええと、どうするんですか?」
 ひゅんひゅんと飛んでくる触手や種を迎撃するオリジナル。ふとヨンが背後を見ればそこにはキノコの山。
 管理者連中はなんとも無いが、そこに直撃すれば殆どの種族がここに近づく事すら危険になる。
『ドウスル?』
 オリジナルの問いかけは自分の身の振りについてだろう。現状ここに居る価値がどれほどあるか。

 渾身の力を込めてホウセンカの種を迎撃冷却してヨンは考える。
 自分はどう動くべきか、と。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 エディさんもたいがい良いポジションに居るけどヨンさんもおいしいよね(=ω=)
 はい、神衣舞です。キリンさんが好きです。でもエリマキトカゲさんのほうがもっとry
 というわけで事件の真相はほぼ分かったと思います。そして更なる問題発生(笑
 早くニギヤマ氏を起こしてたらこうはならなかったかもしれませんね(笑顔
 ラストに向けて楽しく参りましょう。失敗するとますますやばくなってきましたな☆
 とりあえず1本幕間をもう一度挟むかもしれませんが、とりあえずリアクションをお願いします。
 ちなみにニギヤマ氏を探してたメンバーは『ニギヤマ君寝過ごしちゃったんだって』って話まで把握してOKです。
 あとアフロは森の中でも外でもOKだお。
 
 PS.当初のプロットからすると間違いなく『どうしてこうなった?』的展開です。ワハーw
にあですぱらだいす
(2010/12/01)
 Dr.ニギヤマの計画は以下の通りだった。
 大前提として、クロスロード周辺には多種多様な物質が埋蔵している。その理由は既に語られたとおり、大襲撃やその後続く怪物の襲撃による物だ。
 実は、と言うべきか。元々ターミナルでは腐敗が発生しない。その元となる微生物が存在していないのだ。
 クロスロード内に措いては来訪者に付着してやってきた各種微生物、菌がこの世界の法則に従い、それぞれの特性が共通する物と共に活動にいそしんでいるが、大襲撃の際に埋められたそれらは二年近く経過した今でも分解があまり進んでいなかったりする。
 一方で酸化等の化学変化は作用するが、別の世界を原産とする素材同士の化学(?)変化はおかしな作用をいくつも発生しており、最早新種とも言うべき素材がこっそり生成されていたり、危ないガスを作り続けていたりしていた。
 こんな状態で真っ当に植物が生育するはずも無く、農地開拓計画の妨げのひとつになっていたのである。
 そこで彼が考え出したのが「そんな土壌に適合した植物」による、土地改善である。
 農業には休耕地という考えがある。農耕により不足してしまった栄養分補給するための土地の休息時間の事を指すのだが、別の植物を植えそのまま枯れさせる事で補充すると言う方法もある。
 彼はそれを妙な形で発展させたのだ。

 ホウセンカやタンポポによる拡大と金属分吸収。
 同じく金属分を吸収しながら攻撃、防衛のために広がる食人植物と巨大栗
 毒性のある物を集めて無毒化する改良型ラドヴィアンカ。
 そして環境を整える下草とウィンデネイダ。
 これらが広がる事で下準備をし、そして最後に森の中心が仕上げを行う。
 ラドヴィアンカで吸収するには重過ぎる強毒性物質を各個吸収蓄積するキノコを繁茂させ、回収。後は研究に使うなり、復旧の目処すら立たない崩壊した世界に捨てるなりすればいいと考えていた。妖怪種の中には毒を好んで食べるのも居るらしいのでそういう処理方法もあるだろう。
 やがて植物が枯れるとそこには茎の部分が金属パイプのように残り、有機質はラドヴィアンカが生育するバクテリアで分解。豊穣な土地が残るはずだという仕組みである。
 そしてコアである番人がこの森を操り、まるでモップのようにクロスロード周辺をぐるぐると回るというのが全容だった。

 が─────
 彼は頑張りすぎた。
 実験の前日までハイテンションで作業を続けていた彼は最初の種を撒き、コアユニットにとりあえず拡大するように命じた後で気を抜きまくりそのまま深い深い、ちょっと深すぎる眠りに付いてしまったのである。
 その結果、コアユニットが自身の手足として認識できる範囲を突破、コントロールを失った森は際限なく増えていくだけでなく、失った管理者の代理を創り上げてしまったのである。しかも代行品であるためか性能が劣化しており、本来の目的をすっかり忘れる個体も数多く発生。それらが操る植物が調査に訪れた探索者をひたすら襲撃していたのだ。
 本来の目的を仮インプットされてたオリジナルコアユニットだけがややフレンドリーだったのは大まかな計画を予めインプットされていたためであると推測される。
 どうせだったら全部インプットすれば話は簡単だったのだが、睡眠不足のハイテンションでやりきってしまったニギヤマでは致し方ない。

「で? どうにかする手段はあるんですか?」
「あるにはある。『枯れる』までがプロセスだからな。コアユニットには『自死』を行う機能がある」
 管理組合員の問いかけにニギヤマは鷹揚に頷く。
「ただ、どこまでの個体が私の言う事を聞くかさっぱりわからん。一番確実なのはオリジナルに制御権を奪わせて自死させるという方法だが、やはり問題がある。
 制御ユニットの操作は早い者勝ちだ。つまり奪うためには占有権のあるコアユニットを倒さなければならない。だが相手を倒しに行くには相手の制御する植物を削っていくか、単身乗り込むかの2択になる。前者は例え勝利しても他からの攻撃を受ける可能性が高く、後者は先に制御している植物を自死させれば目立つし、放置すれば乗っ取られる。丸腰で相手の懐に飛び込むようなもんだな」
「オリジナルユニットがあなたの命令を聞く事は確かなのか?」
「中心まで行った連中の話からすればまず問題ないだろう。第二世代くらいまでなら何とかなりそうだな。知能があまり高くないからぶっちゃけ怖いが」
 そこまで語って、ニギヤマはふぅと一息。
「ともかく一度オリジナルコアに会おう。少なくともあれの支配下にあるだろうキノコだけは処理しなければ攻めるも守るも危険だ。
 回収と護衛の依頼を出したいのだが良いかね?」
 問われた管理組合員は頷くしかない。
 彼の提案はすぐさま受理され、新たな依頼としてクロスロードに知れ渡る事になった。
にあですぱらだいす
(2010/12/13)
「ところで君達」
 ヨンは荒い息を吐きながら問いかける。
「こんなところまで来て、自分の管理区画の方は良いのかい?」
 雨霰と襲い来る触手をオリジナル・コアがその殆どを迎撃してくれているにせよ数本は自分で処理しなければならない。吸血種の彼でもそろそろ限界が見えてきていた。
『カンリクカク? ソレガドウカシタノ?』
 コピーの1人が反応した。
「君達の本分は管理することなんだろ? ほったらかしてパパに怒られないのかい?」
『フヨウ』
 即答は別の個体から。
『コノクカクガホシイ』
『ソレニワタシタチガイナクテモカッテニヒロガル。パパノメイレイドオリニ』
 植物は彼女(?)らにとって『道具』であって体の一部ではないのだろう。主命令が無くなれば基本的な生態に沿って勝手に生育するという意味か。
 上手く追い返せないと悟り舌打ち。それから半瞬考え────
「パパはもうすぐここに来る」
 ヨンはその声を森に響かせた。
『ジャア、イソガナイト』
「良いのかい? 君達の制御していない森なんて彼らはすぐに突破してくる。それまでに博士を捕まえてしまえば君達がオリジナルになれるんじゃないかな?」
 攻撃の勢いが目に見えて減る。
「それとも、君達の制御外になった植物がパパを殺してしまうかもね」
『ソレハヨクナイ』
『ドウシヨウ?』
『ココヲモラワナイトパパニハミトメテモラエナイ』
『デモパパがシンダラエイエンニミトメラレナイ?』
 自問自答を繰り返す声がざわざわと広がる中、ヨンはおやと周囲を見渡した。
「病んだ発言してるのが居なくなってませんか?」
『アア、ソイツナラ』
 取り囲むコピーの一人が言った。
『オマエノコトバヲキイテイソイデドッカニイッタ』
『ソノテガアッタトイッテイタ』
「……」
 彼はしばし呆然とし
「こ、殺しというか、心中に行きましたよね、あの個体!?」
『シンジュウ?』
「パパを殺して自分も死ぬつもりですよ! 止めないと!!」
『パパヲコロサレルノハヨクナイ』
『トメナイト』
 ざわざわという音が遠ざかり始める。それと同時に背後に居たオリジナル・コアも動こうとする。
「君はダメですよ」
『ドウシテ? パパガキケン』
「この区画を他の個体に奪われたほうが危険です。
 彼は探索者達が守ってくれますから待っていましょう」
『……ホントウニ?』
「本当です」
 口からでまかせのつもりは無い。なんだかんだ彼らは危機を乗り越え続けているのだ。
『ナラ、マツ』
 静まり返った森の中で彼はようやく一休みができそうだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「キノコはそこまで発育していたのかね」
 ようやく現場に到着したニギヤマは周囲からの冷たい視線を意ともせず、報告を吟味していた。
「とにかく。君たちの話からするとコアとは話ができそうだ。キノコを回収し、あの子を自由にしてから死滅プログラムを発動させて行けば収縮は可能だろう」
「ちなみに、キノコの無毒化はできるのかしら?」
 Ke=iの問いにニギヤマはかぶりを振る。
「あれはあくまで地中に埋没する有毒物質をキノコの毒として抽出するための物だ。自浄作用までは持っておらんよ」
「じゃあ埋めるとかするしかないのね」
「とんでもない!」
 できの悪い教え子を叱るかのような勢いで大声を出す。
「キノコが土中で分解されればせっかく抽出された汚染物質が再び戻ってしまう!
 回収し、しかるべき場所で処理をしなければならいんだよ」
「しかるべき場所って言うと?」
「廃棄世界でも良いし、ブラックホールへ投げ捨てるのもかまわないだろう。
 物質によっては再利用も可能だしな」
「少なくとも森の中では無理って事よね?」
「うむ」
 はぁと深々とため息。確かにその仕様ならば回収以外の道はなさそうだが
「回収班が全滅とかシャレにならないわよ?」
「まぁそのためのコアなのだがなぁ。彼女が全て支配している限り、そこは一番安全な場所だ」
 周囲のあの凶悪な植物全てが味方なのだから頷かざるを得ない。

 ─────ただ、この時点で彼らは知らないのだ。
   ─────オリジナルコアからの支配を逃れた結果、コピーコアが大量に発生して言えるというとんでもない事実を。

「オーライ。とりあえず処理方法をこっちの研究者と検討しておくわ。あなたはコアの説得をお願い」
「無論だ。では早速」
 ずかずかと森に向かおうとするニギヤマを慌てて数人が追いかける。
「……ホントに大丈夫なのかしら。あの人」

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ほほう。これは面白い」
 というわけで、再度森に入った一行はクネスの新しく構築した術により地中を歩いていた。
「最初っからこうしてれば良かったんですね」
 雷堂がそんな事を言うが「中心に何があるかもわからないし、根に感覚器が無いってお墨付きがなければとてもじゃないわよ」とクネスは苦笑いを反す。
「ああ、そうだ。お二人ともこれを」
 雷堂が思い出したように防護服と防毒マスクを渡す。
「借りてきました」
「あら、気がきくわね。でもできれば使わないで済むようにしたいけど」
 言いながら不意に足を止め、ほとんど直観のようにバックステップ。
 そこに数本の触手がどすりどすりと刺さり、トンネルに格子を作り上げる。
「なっ!?」
「話が違うんじゃない!?」
「おかしいな。仕様上コア以外はそういう機能は無いはずなんだが」
「じゃあ、コア?」
 ぼこりと音を立ててトンネルの天井に穴が開く。そこからにゅるりとさかさまに顔を出したのは確かにあの管理者だった。
『ミツケタ』
「おお、コア。悪かったな。これから周囲の植物を────」
「ちょっと、ここまだ中心じゃないわよ!」
 クネスの声、雷堂はその意味を測りかねてキョトンとするが
『パパ、アイシテル。エイエンニナリマショウ?』
 その言葉にぎょっとして、次の瞬間一直線に伸びてきた触手を撃ち払う。
「何をする、コア! 私だぞ!」
『ワカッテルワ。パパ。ワタシトエイエンニナルノヨ。シハエイエンナノ、イッショニシニマショウ。ウフフ』
「これって!?」
「壊れちゃったの?!」
「馬鹿な、機械じゃあるまいし、世代交代にはまだ……」
 言いかけた言葉を飲み込み、
「まさか、お前。コアのサブユニットとして自生した別のユニットか!?」
『ウフフ、ソンナコトハドウデモイイノ。パパ、アナタヲコロシテワタシモシヌワ』
「ぶっちゃけ偽物ってわけ?」
 クネスが格子の間から土の槍を叩きこむ。ガチンと酷い音がトンネルに響くが
『ギャァアアアアアアアアア?!』
 加護属性を付加した一撃は硬質の皮膚を貫き、コピーユニットから樹液を噴出させる。
「ってあぁあああ!!」
 好機と雷堂も二刀を振るうが、ギンと激しい金属音を響かせて弾かれる。
「っ! 硬いっ!」
『イタイイタイイタイイタイ、パパ、イッショニイタクナリマショォウウウウウウウ!?』
 ぎゅんと伸びる触手を雷堂がすんでで弾くと、興味が離れたと見たクネスが同じ一撃を叩きこむ。
『モット、モット! イタイィイイイイイ!』
 幸いはこのコピーの執着か。背後に回る形となったクネスを完全に無視して、その眼はニギヤマだけを見つめている。あまりの硬さに歯が立たないと踏んだ雷堂はとにかく防御に徹し、隙をクネスが突いていく。
 数分もするとコピーはふいに力を失い、くたり天井からぶら下がった。
「おわった、かしら?」
「……恐らく」
 警戒する雷堂の横をニギヤマはすっと通りすぎる。
「ちょっ! まだあぶないですよ!」
「大丈夫だ」
 そのまま、彼は緑の樹液を垂らすコピーに触れると何かを呟く。それからクネスを見ると
「急ごう。この調子ではコピーが何体発生しているかわからん」
「……オリジナルがやられてるとか無いわよね?」
「あの子が中心から動いていないのであれば早々陥落はせんよ。
 襲撃する方が別のユニットの支配地域に入り込むには部下となる植物を削らねばならない」
 なるほどとうなずき、けれども楽観できないと彼女は中心方向を睨んで歩を進めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『ナニカキタ』
 ばっと起き上がったヨンは思いのほか自分が疲労している事を悟る。
「どこからですか?」
『ウエ』
 上? と、見上げると

 ずぅうん

「ぬぉあ!?」
「よぅ、ずいぶんな有様だな」
 もぅもぅとあがる土煙の中から巨体がぬっと出てくる。
「うわぁあああああ?!」
 それは巨大な獣だった。コウモリの翼をぶんとひと振りしてヨンを睨み据える。
「な、何ですか、次は!?」
「俺だ。落ち着け」
 どこかシニカルな響きにヨンはきょとんとする。それからもうもうと上がる土煙りの中にその巨体は消失し。
「ザザさん!」
 出てきたのはここに来るときに同行した大柄な男だった。
『……メイワク』
 ボソリとコアユニットが呟いて触手を持ちあげていた。
「こいつとやり合ったのか?」
「うわ、待ってください。二人とも!!」
 戦闘態勢を取るザザにヨンは慌てて間に入って制止する。
 とりあえずかいつまんで事情を説明した所で彼は「厄介な事になってるな」と森の外方向へ視線をやった。
「で、ニギヤマ博士は?」
「今、他の連中が連れてきているはずだ。
 とはいえ、そんな敵は予想していなかったからな。ちとマズッたか」
「……一応ニギヤマ博士が居れば強引な真似はしないと思うんですが……約一匹を除いて」
『ワカラナイ』
 声はオリジナルコアから。
『コピーガススムトメイレイジョウホウノレッカガオキル。ソウナルトパパヲオボエテイルカスラワカラナイ』
「……ありがちな話ではあるな。それにしても。この分だと自死をさせれば自分だけ武器を捨てるようなもんか」
「……そうなりますね。方法はコピーを討伐していくこと、でしょうか」
「その前にキノコの処理が先だな。まぁここが無事なだけマシだ。なんとか運び出す手段を講じないとだが」
 広がるキノコは数にして数百個。変身したザザならば背中に乗っけて持って行けるかもしれないが、タンポポやホウセンカの迎撃を考えると取り落とさずに帰るのは難しそうだ。
「とにかく、博士を待ちましょう。他の人も来るでしょうし」
「……まぁ、そうなるか。それに、どうやら先客も来たみたいだしな」
 周囲の気配にいまさら気付いたヨンははっと戦闘態勢を取る。
「もうしばらく休んでても良いぞ」
「そういうわけにはいかないでしょう。……それにしても、博士を探しに行ったはずなのに」
『チガウ』
 コアユニットは首を振る。
『モットレッカシテル。ソレモイッパイ』
 雑草を踏み分けて現れる影はどれもこれもコアの面影を持ちながらも形が崩れたりしている。 
「ザザさんが着てくれて助かりましたよ」
「生き残ってから言いな」
 にぃと笑って構えをとる。

 再び、森の中心での戦いは幕を開けた──────


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 はい、神衣舞です。
 なんというシリアス。ギャグはどこ!?
 まぁ、ともあれ次回最終回のつもりですのでラストアクションをお願いします。
 今回ノーリアクションの人が救援してくれるといろいろありがたいかもねー。
 それでは次回リアクションお願いします。
にあですぱらだいす
(2010/12/24)
「事情はわかりました。協力しましょう」
 Ke=iが駆け込んだのはヘブンズゲートにあるエンジェルウィングスの分署だ。そこの分署長であるケットシーは可愛らしい外見とは裏腹に渋い声音で頷く。
「しかし問題は対空迎撃能力だ。タンポポが居る限り空輸は危険すぎる。また植物が生い茂っていては車も使えない」
「人力……だと手が足りないわね」
「……いや、うん。ちょっと掛けあってみましょう」
 ふと何かを思いついたらしい彼はぴょこんと椅子から飛び降りると、ポケットに入っていた何かしらの機器を操作。
「これを本部に」
 伝声管のような物にそう言ってそこにその機器を投げ込んだ。
「何をしているの?」
「速達を依頼したんですよ。今から探索者をかき集めてもたかが知れている。なら手っ取り早い人足を募集すべきだ」
 彼はニヤリと笑って天井越しに空を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ふぅ……!」
 もう何度目かわからない。尖兵であるはずの食人植物を砕いて迫りくるホウセンカの弾丸種を剛拳で打ち落とし、ザザは荒い息を吐く。
 一時はヨンの甘言に乗ってかなりの数のコピーユニットが森の中に散って行ったはずだったが、しばらくして現れたのは先ほどのコピーとは比べ物にならないほどその姿を模倣しきれない劣化に劣化を重ねたユニットだった。
『ギ……ガ……』
 もはや言語すらまともに話せていない。これでは説得の言葉も意味を持たず、ただただ応戦を続けるしかなかった。
 幸いなのは能力も劣化しているらしく引き連れる植物の数が少ない。そのおかげでなんとかキノコに被害を出さないまま今に至る。
「そろそろ来ますかね」
「何度目だ、それは」
「何度だって言いたくなりますよ」
 もう何日も戦い続けている気がする。うっそうと茂った木々に陽光は遮られ、時間感覚は完全に壊れていた。全周から忍び寄る劣化コピーに打って出るわけにもいかない。彼らの取る方針は逆にキノコの防衛を諦め、オリジナルコアのみを防衛するという手法だった。
 今に至ってこれは正解だと言える。劣化を含むコピー集団の目的はあくまでオリジナルという存在であり、その攻撃は当然オリジナルへと集中する。直径100mの円状に広がるキノコを立った二人でカバーするなど不可能だが、オリジナルだけを防衛するならばなんとでもなる。代わりにオリジナルコアには流れ弾がキノコを破壊しない事だけを優先してもらっている。
 彼らにとって幸いだったのは劣化しようともユニットたちは森を破壊する者ではない事だ。ホウセンカやタンポポの弾丸はともかくとして、その移動は故意に植物を破壊する事がないらしい。
「植物を成長させてドームとか作れませんかね」
「デキルケドムイミ」
 一見何もせずにぼうっと立っているだけのオリジナルが単調に応じる。
「タエラレナイ」
「まぁ、鉄の壁も大砲叩き込まれ続ければ砕けるわな」
 ザザの言葉にヨンは舌打ち。
「ソレニソノタメニショクブツヲツカッタラ、ゲイゲキスルテガタリナイ」
「それもそうでしたね」
 防戦と言えど多勢に無勢。余計な策に裂く手は足りていない。
「ほんと、早くしてくださいよ」
 こちらに向かっているはずの探索者達に、本当に何度目かわからない呟きを漏らした。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ここね」
 術を操作して天井に穴をあける。薄明かりが作られた地下道に差し込み、そんなにまぶしくもないがつい薄眼となる。

 ぐぉんっ!

 それが幸いだった。衝撃と共に土くれが酷い勢いでクネスの顔面を襲い、とっさに防ぎきれなかったいくつかが頬を浅く切り裂く。
「大丈夫ですか?!」
 雷堂が焦った声を出すが大怪我には程遠い。大丈夫と声だけ返して彼女は地上に飛び出す。
「何だっ?!」
「ちょ、ザザさん、それ味方です!」
 咄嗟に迎撃しようとしたザザの剛拳が大気を打って止まる。それでもその余波がぶぉんとクネスの髪をたなびかせた。
「こ、怖いわね」
「悪いな。しかし増援とは有り難い」
「ええ、一番良い増援を連れて来たわ」
 くいと首だけで穴を指すとそこから老人が一人飛び出してくる。
『パパ!』
「おお、立派に育ったな。よきかなよきかな」
 うんうんと頷くニギヤマ。
「いや、何とかしてくださいよ!」
 悠長な事をしているニギヤマにヨンがたまらないと怒鳴りつけると「ああ、そうだったね」と彼は微笑み
「……」
 ふと考え
「……」
 腕を組んで悩み
「……」
 それからぽんとひとつ手を打った。
「対抗策を全く考えていなかったな!」

「「「「何しに来たんですかあんたは!」」」」

 全員の心が一つになった。

「まぁ、それはともかく。うん、とりあえず状況をもう少し詳しく聞きたい。それからだ」
「ったく、このジジイ、役に立つのか!?」
「残念ながら、現在頼らざるを得ない唯一の存在ね」
 ザザの苛立ちにクネスが苦笑半分に応じる。
「で、状況は?」
「コイツのコピーがわんさか襲ってきやがっている。狙いはオリジナルになる事に見えるな」
「なるほど。そもそもコピーして増えるという考えが無かったからな。全員がオリジナルに準ずる行動をするために行動しているのか」
「大半は口車にのって貴方を攻撃しないようにと森に散りました。半分拉致が目的でしょうけどね。
 今攻撃しているのは言葉も喋れない劣化バージョンのようです」
「……ふむ。こいつらに関してはどうにもならんから迎撃するしかないな」
「とは言え、後ろに爆弾を抱えてやり合い続けるのはしんどいぞ」
 ザザがくいと後ろを指さす。
「一次コピーに関しては私を守ろうと考えているのだから説得は可能か。
 いや、むしろコピーをコピーとして定義した方が早いな」
「どういう意味?」
 クネスが訝しげに問うと「なに、私の命令は聞く個体を味方につけるのさ」と嘯いてにぃと笑う。
「恐らく私の上位権限は上位のコピーには有効のようだ。味方につけてオリジナルの護衛にしてみよう。
 劣化コピーは支配力もそうでもないからその時点でここの安全はまず守られる」
「……大丈夫ですよね?」
 思いつきの策とわかっているのでヨンが不安げに問うとニギヤマは何がそんなに自信を持たせるのか、大仰に頷いて見せる。
「なに、何とかなるさ。
 ともあれ確かにこのキノコは早い所森から出した方が良いな。守りを固めて取りだす方法を考えよう」
「そんなに簡単に何とかなるならさっさとしてほしかったぜ」
 愚痴り、ザザは周囲を見渡す。
「そういやぁ、攻撃が止んでるな」
「あのレベルのコピーでも博士の事が分かるんですかね」
 とは言え油断はできないとヨンは構えを解くことはしない。
「……それはこのオッサンが反逆したらえらい事になるって事か?」
 ザザが思いついたように口にする言葉に視線が集まる。が、
「下らん考えだな」
 ニギヤマは一笑に伏す。
「確かにこの状況を見る限りそれは可能かもしれない。が、それをしてどうなる?
 考えても見たまえ。管理組合が折角研究に都合のいい街を維持してくれているのに、そんな面倒を請け負うつもりは無い!」
「すっごい後ろ向きだけど、なんか納得したわ」
 クネスの苦笑にヨンもザザもやれやれと視線を外した。
「とにかく、行動に移ろう。仲間を増やすぞ。協力してくれ」
「今はそれが最善ですか。役割分担をしてここの防衛と同行者に分けましょうか」
「だったら私と鏡さんがそのまま継続して付いていくわ。どうもあの子達地下に居てもこっちを感知できるみたいだから近くうろついていたら向こうから接触してくれるでしょ」
「ふぅ、なるべく早く頼むぜ。こっちとそろそろ疲れが溜まってるんでね」
「ご期待に添えるようにしますよ」
 雷堂も苦笑いして応じる。
 作戦は開始された。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ある意味壮観ね」
 腰に手を当てて周囲を見渡すと、そこは青に染まっていた。
「ま、クロスロードの危機でもあるからね。応じてくれるのも当然だろう」
 ケットシーが腕組みして森を見つめる。彼はその青の上にちょこんと座っていた。
「しかしこれにはほとんど戦闘能力が無いらしいから、はたして問題なく中央まで行けるか」
「……大丈夫と思うわ。イベリって子が最初に中央まで行った見たいだけど、多分ちっこいから無視されたのよ」
「希望的観測で動くには危険じゃないかい? センタ君達はともかく、森の中に居る連中には致命傷になりかねない」
「……のんびりしていられる状況なら良いんだけどね。とにかく、じっとしていても始まらないでしょ?」
 Ke=iの言葉にケットシーは少し沈黙し「だね」と頷く。
「進軍開始、目標は中央。キノコを持ち帰ること」
 きゅいんとセンタ君達がケットシーの方を向き、コミカルな動きで敬礼をするとざっざっざと二列縦隊になって森へと進行していく。
「一応結界術や医療術式に長けた人たちも要請しておいたから時期にここに到着すると思うよ。後は幸運を祈るばかりだ」
「そうね……。ん?」
 影に顔を上げて
「のわぁっ!?」
 迫りくる巨大な影に思わず尻もちをつく。驚いたのは彼女だけではない。突然巨大な獣が森の方から飛来したのだから周囲は大騒ぎだ。
『っと、撃つのはやめてくれよ。こっちはへとへとなんだ』
 苦笑じみた声音がびりびりと大気を撃つ。
「その声、ザザって人かい?」
 Ke=iが起き上がりながら問うと獣は幻のように小さくなり巨漢の男となって降り立つ。
「道を確保したから連絡に来たんだ。キノコの運び出しの手を借りたい」
 そう言いながら目は行進するセンタ君を見ている。
「用意が良いな」
「任せてよ」
 Ke=iは半ば苦笑じみた声で応じたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「報告書が届いたよ」
 南砦管理官はいつも通りの薄笑みを浮かべつつ紙を机に放った。
「それで?」
「読まないのかい?」
「知っているなら話せばいいのです」
 アースのそっけない言葉に無言でうなずくスー。イルフィナは肩を一つ竦めて窓の外を見る。
「ニギヤマ博士の命令に応じたコピーユニットで森の制御を開始。自死の命令で森の縮小を行っているが……意外と命令を聞かない劣化個体も多いらしい」
「それでは根本的解決にならないのでは?」
 眉根を寄せるアースの問いに「ごもっとも」と頷き「だが、劣化種は制御能力に乏しい。拡大よりも縮小が早い」と続ける。
「完全に消すの?」
 ようやく口を開いたスーの問い。
「いや、完全に制御するには数カ月は必要らしいし、あの森の性能は捨てるに惜しい。
 探索者に森の探索兼制御を新たに発令し、森には自死と増殖を使ってクロスロード周辺の土地改造を望むべきじゃないかな」
「また暴走する可能性は?」
「無いとは言えないね。だが、土地が持ってしまった毒素が度し難い事が判明してしまった以上、これは必須項目だ」
 回収されたキノコが有する毒素は研究者をうならせる物だった。中には異世界同士の物質が妙な化学変化を起こしシャレにならない悪影響を生んでいる物すらあったらしい。
「制御は可能だし、オリジナルユニットがこちらの制御化にあるならば挽回も可能だろう」
「上の意見?」
 挟まれた問いにイルフィナは瞑目。
「そう言ったら勝手にしろと帰って来たよ。上層部はあまり興味無いらしい」
「……そうでしょうか?」
 アースの言葉にイルフィナは反応しない。だから彼がその実どう考えているかはよく分かった。
「まぁ、それはいいでしょう。それで、森はどの程度まで制御できているのですか?」
「正確な数字は分からないが、半分以上はこちら側だ。ホウセンカやタンポポの砲撃に対する備えは気にすべき所だな」
「半分を握っているのなら物量で押しつぶす事も可能なのでは?」
「ともいかない。というのも劣化とは言えコピーの性能は他の植物とは一線を画している。単純にユニットの数ではこちら側が不利なのさ」
「大勢の傭兵団と少数の騎士団の戦い?」
「イメージはそうなるだろうね。押しつぶすシチュエーションにする前に各個撃破をするのが妥当だ。
 それに上位のコピーの中に『病んだ』個体が数体居るのも問題だ」
「病気、ですか?」
 ごくまともな解釈にイルフィナは困ったような笑みを浮かべる。
「なんというかね。虚無的というか退廃的というか。心中とか殺して永遠にするとかいう言葉を愛してやまない個体が居るんだよ。
 性能は上位コピーに近いから支配域もそこそこに広い。そこをあらかた落とさないと森の完全制御は難しいだろうね」
「厄介」
 ぽつりとスーが零す。理解できないという顔のアースは説明はそれだけかと視線を青年へ。
「ニギヤマ博士の方で上位のコントロール可能なユニットの増産を計画している。それまで最悪でも森の規模を維持。
 この方針で話を進めるけど、異論は無いかな?」
「……仕方ありませんね」
「無い」
「では決まりだ」
 イルフィナは満足そうに、しかし薄く笑って椅子に腰を下ろす。
「……そう言えばあの馬鹿は何をしてるんだ?」
「貴方が除け者にしたんじゃありませんか」
 はぁとため息をついてアースは替わるように席を立つ。
「ちゃんとイルフィナの指示って伝えた。後で来る」
「……あー、スーさん? 何をやりましたか?」
「伝えただけ。事実そのまま」
 あまり変わらない酷薄な表情がそれでも笑みの形を作っていると気付けたのは長年の付き合い故か。
「アース。君から────」
「仕事が溜まっていますのでこれで。残念ながらこの案件で彼と休みもずれましたからしばらく会えませんね」
 そう言い残してすたすたと去ってしまう。
 それを声無く見送り、青年は残る女性へと視線を向けた。
「私は職務を全うしただけなんだがね?」
「それは否定しない。でも趣味が絡んだでしょ?」
 反論の言葉は喉で止まり、苦々しい笑みを頬杖で潰す。
「せめて報告書だけでもかわってくれないかな?」
「イルフィナは優秀。大丈夫」
 さっきよりも明確に微笑んで、北砦管理官もその場を辞した。
「やれやれ」
 一人残された青年はやがて来るだろう煩い男に僻々としつつ今のうちにと報告書にとりかかるのだった。

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というわけでーーーーーーーーー
神衣舞です。これにて『にあですぱらだいす』はしゅーりょーではありません。
最後の話の通り、森はまだ残っていますので森での冒険は続きます。
というわけで続きは【常時】クエストに移行となりますのでよろしゅー。
新年1回目から選択可能になる予定です。わは。

それにしても。
相変わらず最初はキノコもコアユニットも頭の中になかったなんて口が裂けても言えない。
うひひひ。


……で、では次のイベントもよろしくお願いしますね☆
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