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【inv12】『まっかなはなのぷれぜんと』
まっかなおはなのぷれぜんと
(2010/12/15)

 雪がちらほら舞う季節────冬。
 ある程度の文明レベルの者からすれば冬とは死の季節だ。全ての色が白と灰に染まり、人々は春の到来を待ちわびるように家に閉じこもる、それだけの季節。
 それが色鮮やかにめかしこまれ、ニュートラルロードには人が楽しげに歩く様は圧巻かもしれない。
 クリスマスの文化は地球世界からの来訪者を比較的多く有するこの街に確実に影響を与えている。白と灰の季節を電球飾りが彩り、大量生産品である化学繊維のコートが閉じこもるだけのはずだった人々を外へと向かわせていた。

 だが、クロスロードにとって冬とはあまり良い季節ではない。
 旧暦の末に起きた『大襲撃』。そして新暦一年の末に起きた『再来』。未探索地域を巡る探索者達もこの時期は遠出を控え、しかし周囲への警戒を強くする。
 二度ある事は三度ある。その可能性は誰の頭にもあるのか防衛任務の参加数はぐんと増えていた。
 しかし、広がる荒野にうっすらと積もる雪。
 そこを踏み荒らす足音も遠く、クロスロードは静かで華やかな冬の日々を続けていた。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「プレゼント、ねぇ?」
 Ke=iは白い息を吐きながら純白の酒場へと続く道を歩いていた。
 プレゼントを配り歩く奇妙な種族が居るらしい、とは聞いたが酔狂だなと思うだけだ。
「しかしまぁ、落し物を懐に入れても誰も咎めないからねぇ」
 クロスロードに落し物を届けるようなルールは無い。センタ君が拾った物は管理組合の落し物管理センターに届けられるらしいが、まぁ落とした方が悪いと考える者の方が圧倒的に多い。それが人に贈るような立派な品物であるならばなおさらだ。
 この町の排熱量はかなり低い。また石畳は雪が積もりやすく、たまにセンタ君が並んで雪かきをしている姿が目に入る。気温は氷点下に行かない程度で溶けてべちゃべちゃにならないからマシかと思う程度だ。
「車が走るにはしんどい環境だね」
 この調子だと四輪はともかくバイクは厳しいだろう。
 そんな事を考えながら歩いているとやがて純白の酒場に辿り着いた。
「こんにちわ」
 店内の暖気がぶわっと体を包んでほっとする。暖炉の日は昼間とあって控え目だが、外と比べれば圧倒的に暖かい。
「いらっしゃーーい」
 可愛らしいウェイトレス服を着たヴィナがとててと空いた皿を手にしながら声を掛けてくる。最近は寒いせいかいつも足をニーソックスが覆っている。
「ごちゅーもん?」
「いや……ああ、あったかい物何か頂戴」
「はーい」
 一休みするのも良いかと適当な席に座り、周囲を見渡す。午後過ぎとあって客足はひと段落したらしく、ぽつぽつと残る客は暇を持て余してのんびりしに来ただけかもしれない。
「どうぞ」
 ホットココアを持ってきたのはアルティシニだった。丁度良いと受け取りながら
「ねぇ、この辺りにプレゼント落ちてなかった?」
「プレゼントですか? ああ、あのサンタとか言う人たちの?」
 依頼関係は把握しているらしい。
「私は見ていませんね。フィルさんのほうが詳しいかと思いますが」
「ふぃるは仕入れに行っちゃったよ?」
 ててこと歩くハム君の上に乗っかったヴィナがそんな事を言う。
 と─────
「……」
「……」
 アルとKe=iの視線がハム君へ。正確にはその顔の、膨らんだ頬へ。
「ハム君。それは?」
「うにゅ?」
 ヴィナが覗き込むと、目だけでハム君が見返す。
「……ハム君。べえしなさい、べえ」
 暫くじーっとしていたハム君だが、観念したかのようにべえと口から出したのは梱包された箱だった。
「……」
「えっと、拭くもの持ってきますね」
 アルティシニが苦笑いしつつ店の奥に引っ込むのを見送りながら、これ持っていくのかなぁと彼女はココアを啜った。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「ええとですね!」
「ああ、なんだい!?」
 パンクな格好をした男が顔を顰めて耳を寄せる。
「ですからーーー! プレゼントをですね!!」
「ファンからのプレゼントはあのバンド受け取らない主義だぞ!!」
「違いますって!」
 まぁ、何をやってるかというと爆音に近いレベルでガンガンに鳴り響くロックサウンドの中、トゥタールは近くのスタッフにプレゼントの事を確認しようとしていたのだ。
「ですからーー!」
 まぁ、そんなやりとりをいくらか重ねた後、今日参加しているバンドの1つがそんな物を拾ったという話を聞きつけた。しかし楽屋へ入ることはNGだからとライブ終了時に出待ちをすることになった。
「いやはや、凄いですね」
 ロックサウンドは彼にとっては聞きなれたものではないし、クロスロードのかなりの人が聞いた事もないかもしれない。なのに───いや、だからこその人気なのかもしれない。
 出待ちをする人は彼だけではなく、ざっと十数人が参加者にプレゼントを渡すために待ち焦がれるような目でじっと出口を見つめていた。
「これは日を改めた方がいいかもしれませんね」
 とてもじゃないが会話ができそうな雰囲気ではない。
 出直すかと振り返ると
「っ!?」
 目の前に女性が立っていた。
「あんたかい? アタシに用があるのは」
 色鮮やかな着物に色々なメタルアクセサリーをつけた彼女は整った顔立ちをにぃと笑みの形に歪める。
「え、あ、えっと。貴女がプレゼントを拾われた方ですか?」
「プレゼント、ねぇ」
 意味深に呟き、ジロジロとトゥタールを上から下へと見る。
「あれはあんたのかい?」
「いえ、依頼で探していまして。落し物の回収ってやつです」
「ふぅん」
 気がつくと、女の手には綺麗にラッピングされた箱がある。
「どういう依頼人かは知らないけど、気をつけることだね」
「え?」
 疑問を呈する瞬間を押し付けられた箱が塞いでしまう。
 と、慌てて顔を上げた時にはその女性の姿は無かった。
「……」
 色々と腑に落ちないことはあるが、とりあえず目的の物は1つゲットした。まずは届けておくとしよう。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「これで終わりと」
 返却本を整理し終えたヨンはんーと大きく伸びをする。
 大図書館の蔵書は日に日に恐ろしい量で増えているが、その貸し出し方法、返却方法は古来からあまり変わっていない。パソコンなどで書庫を検索し、その棚まで行って引き出してくる。返却は返却箱に入れておくという形だ。
 余談だが図書館の所蔵印には魔術式が組み込まれており、返却しないと色々と災いが降りかかる。なんでも地下に巣食う研究者達がここを使用させてもらってる感謝とネタで創り上げたシロモノで、呪いに対する免疫を食って威力を増すというとんでもない術式らしい。
 まぁそれはさておき、日に行き来する本の数は数千冊。これを手作業で戻すのはやはりひと苦労だ。
「おや、そちらはおわりかや?」
 ふわりと黒髪の美女が上から降ってくる。文車妖姫を名乗る彼女は書物への思いから生まれた妖怪だそうだ。
 純粋な本好きも多いが、司書員の多くは本に纏わる妖精、妖怪である。そのため本の処理に対してはプロフェッショナルを通り越している彼女達が居るからこそこの図書館は成り立っているとさえ言えるだろう。
 もっとも、そんな彼女達でさえ尊敬する人間種が居るらしいのだが、その人は司書員でもなんでもないらしい。
「ええ、なんとか。妖姫さんに比べれば少ない数ですけどね」
「いやいや、量はあまり関係ない」
 にこりと微笑んで彼女は棚の書物に触れる。
「わらわなどは本への愛情から生まれた存在よ。故に愛情を持って触れてくれる者が居ることが幸いなのじゃ。
 司書員にまでなって本に触れようと言う者は好みこそすれ、批難する理由も無い」
「ありがとうございます」
 本心からの言葉にヨンは頭を下げる。
「これ、礼を言われてはこちらの立つ瀬が無い。ふふ、まぁよい。素直な事は良い事じゃ」
 上機嫌にそう言って彼女はまたふわりと浮かぶ。
「そういえば館長殿がけえきを差し入れてくれたそうじゃ。休憩としよう」
「ああ、はい。あ、ところで」
「なんじゃ?」
「大図書館でプレゼントが落ちてたっていう話聞きませんでしたか?」
「むむ? くりすますとやらの贈り物か?」
「ええ」
「ほぅ、そなた、誰に贈るつもりかや?」
 問われてえ?という顔をし、それから慌てて
「いえ、落し物を探して欲しいって依頼がありまして。
 なんでも空から大量に落としちゃったらしいですよね」
「ああ、あの依頼か。なんじゃつまらぬ」
 本当は違うんじゃないか?という視線を向けられるが、とりあえずヨンは回答をじっと待つ。
「わらわは知らぬ。休憩の時に皆に聞くのが早かろ」
「それもそうですね」
「いえ、私が一つあずかっていますが」
 突然現れた第三者の声ももう慣れたものだ。
「遅いから見に来ました。急がないと無くなりますよ?」
「おお、それはまずい」
 慌ててふわりと飛び上がった妖姫が「そなたらも急がぬか」とせかすのを微笑ましく見上げる。
「あの依頼を受けているなら預けておきますね」
 金髪の見事なプロポーションの美女がラッピングされた箱を差し出す。
「良いんですか?」
「届ける手間が省けましたから」
 サンドラの言葉にヨンは頭を一つ下げて受け取る。
「……」
 が、がっちりと掴んだまま何かを逡巡するように彼女はヨンの方向を見ている。
「えっと?」
「実は本物は外にあります」
「……え?」
 ひゅんとプレゼントが消えてヨンは思わずつんのめる体をなんとか起こす。
「ヨンさん。本当に今の箱を探して居るのですか?」
「……ええ、まぁ」
 ラッピングされ、カードのついた箱が集める目的の箱のはずだ。
「……この箱の中身は何か知っていますか?」
「プレゼントだと聞いていますけど」
「……ではやはり管理組合に連絡を入れた方がいいですね」
 サンドラの言葉の意味を掴みかねてヨンは眉根を潜める。
「この中身は爆発物です。トリニトロトルエンですね」
「……とりとろ?」
「TNT爆弾と呼ばれる物です」
 TNTの意味は分からないが爆弾の意味は分かる。
「ば、爆弾!?」
「簡易結界で被っているので今爆発しても平気とは思いますが、持ち運ぶのであれば爆発しない事をお祈りします」
「ちょっ、」
 本当ですかと口にしようとして口ごもる。彼女はその手の冗談を言うタイプではない。
「……そうですね。安全であるならばもう暫く預かっていただけますか?」
「わかりました。場合によっては下の人たちに解体させますので」
「お願いします。それから」
「はい、大丈夫ですよ。担当分は終わって居るようですし」
「ありがとうございます」
 一礼してその場を去るヨンを妖姫はきょとんと、サンドラは微笑ましそうに見送ったのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「さて」
 セラフィーンは夕暮れに染まるサンロードリバーを眺めて、傍らの袋を見た。
 今日一日、とりあえず色んなところを回った結果3つの箱を見つける事が出来たのはまずまずの収穫と言えよう。
 当初エンジェルウィングスを訪れたのだが、サンタの配送については積極的な関与をしていないため得られた情報は殆ど無かった。事故自体はサンロードリバーの川沿いで起きたということだがかなり上空に上がってたらしく広範囲にばら撒かれたと思われるらしい。
 今日一日ではエンジェルウィングスを経由したのでアドウィック探偵事務所とカグラザカ新聞社を回るのがいっぱいいっぱいで先ほど川辺にひっかっていた3つめを拾ったところだ。
 クロスロードは正直広い。南北の行き来こそ路面電車があるものの、東西の行き来の手段が限定的だったりする。そのため色々回ろうとするとどうしても時間が掛かってしまうのだ。また同じような建物が多く、PBが道路情報を元にした案内をするため上空から目当ての場所を探すのが大変であることも付記しておく。
「聖魔神殿まで足を伸ばしても良いでしょうか」
 河原から夕日に陰影を作る立派な神殿の姿が見て取れる。日が暮れる前にあそこまで行く事は充分にできるだろう。
 ふと視線を戻すと少し先のほうでのっぺりとした顔の人族?が集まってなにやら箱をじろじろと見ている。その顔が全部同じなのがなかなかに不気味であるがサンロードリバーで良く見る『インマウ』達だ。
「あの、それ、集めて居るんですけど」
 セラフィンがそちらの方へ声を掛けると同じ顔が一斉にセラフィーンを見た。ちょっとしたホラーだが竜人種の彼女にはそこまでのインパクトは感じられなかったらしい。すたすたと近付こうとした瞬間

 ───背後に熱が膨らんだ。

「え!?」
 次の瞬間、素早く動いたのはインマウ達だった。ぬるりとした動きでセラフィーンの前に立つや自らの体を即席のバリケードにしたのである。
 直後、凄まじい爆音が彼女の耳を打つ。隙間を抜ける熱風が衣服をはためかせ鱗をじりじりと焼く。びしりびしりと肉を打つ凶悪な音が正面で何度も響くが目を開けることもできない。
 やがて、何分くらい経過しただろうか。いや、実際は一分も経過していないかもしれない。身を起こしたセラフィーンが振り返るとぼろぼろになって倒れているインマウ達を別のインマウ達が無表情によっこらしょと担いで水の中へと歩いていく。
「だ、大丈夫なんですか?!」
 ロボットじみた淡々とした行動に上ずった声を上げるが、ボロボロインマウを担いだ一人がびしりとサムズアップを無表情でするので、もう何も言えない。
 麻痺した脳みそでゆるゆると爆心地を見ると、川辺に大穴が開いていた。その場所は間違いなく
「私がいたところね」
 考えられるのはそこを砲撃されたか、或いは────プレゼントが爆発したか。

 はっとして見ればさっきまでインマウ達が囲んでいたプレゼント箱がぽつんと残っている。

「……」
 触れることも逃げる事もできずに居ると何事かと人々が集まってくる中、管理組合の制服を着たドワーフがセラフィーンに近付いてきた。
「爆発したのはプレゼントですか?」
「え? え、ええ、そうと思います」
 いきなりのダイレクトな質問に驚きながらも頷くと、ぽつんと河原に置いてあるプレゼントに別の管理組合の制服を来たアンドロイドが近付く。
「これは大丈夫デス」
「これは?」
 その物言いを訝しく感じたセラフィーンの言葉にドワーフは「災難でしたな」と苦々しい顔をする。
「サンタの落し物を探していたのですね?」
「ええ、そうだけど」
「どうやら、それとは別に。プレゼントに偽装した爆弾をクロスロード中にばら撒いている輩がいるようでな」
「爆……っ!?」
 シッとドワーフが窘める。
「解析の結果、24日に爆発するようにセットされているようだが、機械式の物ゆえ、故障したのかもしれん」
 確かに先ほど水に浮かんでいたのを拾ったばかりだ。それが爆弾だったのだろうか。
「すぐに管理組合から告知が出ると思うが、それまで無闇にこの件を言いふらさないようにお願いします。
「え、ええ」
 別に従う義理は無いが、さりとて触れまわって良い話ではないとは確かに思う。……この街があっさりパニックになるとは思えないが。
「何が起きようとしてるのかしらね」
 ひらひらと落ちてきたプレゼントのリボンを掌に載せて、何が起こっているのだろうとくれなずむ空を見上げた。


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真っ赤なお花の爆弾さんは〜☆
はい、神衣舞です。真っ赤なお花のプレゼント、第一話いかがでしょうか。
ちなみにフラグ1。プレゼントを最初に2つ以上ゲットした人のところで爆発する(=ω=)b
欲張りすぎは禁物ですね。うひひひ
まぁ、群像劇なので1度のリアクションでいろいろ書いても全部するのは無理です。ご了承くださいませ。

さて、なんとか1.5話を書いてUPしておきたいのですが、間に合うか知らないので次回のリアクションもささりとお願いします。
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