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【inv12】『まっかなはなのぷれぜんと』
まっかなおはなのぷれぜんと
(2011/01/06)
「それでうちに来たと」
 マホガニーの机に肘をついて折角の二枚目を緩める男がそう問うた。
「はい、貴方なら何か知っているかなと思いまして」
「V様は交友関係の結び方と使い方を心得ているようだ。なるほど、正義の味方にはバックアップが必要。孤高の正義のヒーローはもはや流行らないか」
 遠い目をしつつ良くわからない事を呟くのは自称探偵のアドウィックだ。
「V様はやめませんか?」
「いいじゃないか。いつでも変身できるんだろ?」
 何故知っている?という言葉をぐっと飲み込む。ことこの男の調査能力について信頼しているからここに居るのだ。
「……ということは、アンゼンリナさんの件も御存知で?」
「もちろんだとも。よっ、人妻ハンター」
 身に覚えがありませんと言っても言いくるめられそうなので無視。
「……で、爆弾をばら撒くメリットのある人に心当たりはありますか?」
「つれないねぇ。
 それについては犯行声明を出したのが居るじゃないか。おっと、娘の不始末を────」
「アドウィックさん?」
 ちょっとばかし声のトーンを冷やすと「冗談だよ」と笑みと共に引いて
「まぁ、ダイアクトー一味で無いのは間違いないだろうね。首領は爆弾を使っても時限爆弾なんてものは使わない。取り巻き連中も後片付け前提で動くから取り返しのつかないような事はしでかさない」
 もちろんそれはヨンだって分かっている。黒服の言は納得していた。
「で、他には?」
「山ほど居る」
 アドウィックはさらりと言った。
「最新の世界コード数、知ってるかい?」
「世界コード……? つまり、扉が通じている世界、ですか?」
 しばらく前に7万だかという数字を聞いた覚えはある。
「そろそろ10万に届きそうらしい。
 その中で、この街を欲しがるのはどれだけ居ると思うかい?」
「……」
 この町の魅力は彼にも重々わかる。暮らしの一つにしたってこれほどの充実ぶりだ。そこには魔法、科学を織り交ぜた確かな技術力が存在している。それを手に入れられるだけでもその価値は計り知れない。
「でも、どうして急に」
「急に、というのは確かにそうだね。だが無かったわけじゃないんだ。
 単にこれほど明確な『結果』が出たのは今回が久々だったと言うだけさ」
「久々、ですか?」
「ああ、久々だね。再来の時にさえそういう企みは実を結ばなかった」
 含んだ物言いにヨンは眉根を寄せる。
「隠すような物言いをする必要があるんですか?」
「ある」
 てっきり趣味だとか言いだすかと思っていた吸血鬼はムと黙り込む。
「正直知らない方が身のためだと思うよ。
 そんなところに堂々と踏み込もうとするのは僕と文ちゃんくらいさ」
「……」
 神楽坂・文。その名前が出てきて思い浮かぶ言葉がある。
「テロの目的は明白だろう。管理組合に管理能力が無いと周知させること。不安は安定を求めさせるからね」
「……そんなにうまく行くんですか?」
「行かないだろうね。それが通用するとすればこの町がもっと単純な種族構成だった場合さ。
 だがテロリストにはその発想は無いのさ。こんなカオスな街、どこの世界にあるって言うんだい?
 これはあくまで無力な市民が居るからこそ意味がある。この町には到底意味を持たない」
「じゃあ……単に被害を出しているだけってことですか」
「そうなるね。だがそうでないとも言える」
 コトリと小さな音。メイドがヨンの前に香りのよい紅茶を差し出していた。
「どうも」
 軽く頭を下げると彼女は目礼して壁際まで下がる。
「で、そうでないと言うと?」
「律法の翼さ」
 やはりその名前が出るかとしかめっ面を強くする。
「彼らはぽっと出のテロリストと違ってこの町の思想、文化を把握している。
 ここぞと取り込める層を取り込むだろうね。まぁ、支持率が広がった所ですぐにどうこうと言うわけではないんだけど。それから」
「ダイアクトーですね」
「彼らは嘘とわかっていてもそれを真実と看做すだろうからね」
 V様の因縁を生んだあのコロッセオでも彼らはパフォーマンスと(ダイアクトー三世以外に)公表されている舞台に乗り込み、マジバトルを仕掛けて来た。
「そのテロリストを捕まえることはできないでしょうか?」
「難しいだろうね。捕まえた所で自害されては仕方ない。そういう種類の工作員ばかりだよ」
「……厄介を通り越してげんなりしますね」
 これまで爆弾が見つかった場所は管理組合本部にエンジェルウィングス本部、ニュートラルロード各所に南北の門と人通りが多いか重要かといういかにもな施設だ。確かに破れかぶれの工作という感じではない。
「なんにせよ、テロリストについての捜索は僕の方でもやっておこう。
 管理組合に報奨金をせしめれそうだしね」
「……お願いします」
 ヨンは一つ頭を下げて、それから湯気の立つ紅茶をぐっと飲み干した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「これを奥方様にですか?」
 黒服がサングラスの向こうで眉根を寄せる。
 今日のダイアクトー事務所にはひと気が無い。彼だけが留守居で残っていたらしい。
「ええ、せっかくのクリスマスですしね」
「……」
 眉間のしわが濃くなる。そのクリスマスに混乱させられているのだから無理もないだろう。
「何を考えているかは知りませんが。奥方様はしばらくこちらへ出向くことはありませんよ?」
「いえ、そういう内容のつもりはありませんけどね。
 何でしたら中を確かめても構いませんよ?」
 トゥタールの言葉にしばらく迷ったふうの黒服は、やがて「失礼」と言って手紙を改める。
 そしてやはり困惑したようにしばし沈黙する。それからゆっくりとかぶりを振った。
「奥方様からのプレゼントだなんてお嬢様は嫌がるだけですよ」
「本当にそうでしょうかね」
「今のお嬢様であれば。もう少し時間を置いて心の整理がつけばまた話は違うでしょうけどね」
 そう言われると彼も一旦口を噤む。
「お嬢は見た目通りの年なんですよ。で、魔族でありながらもう一方の親が聖職者の長。しかも自分の力を抑えつけているとなると反抗しない方がおかしい。それに─────」
 と、黒服は言葉を飲み込む。
「ともかく……。いえ、この手紙は奥方様に届くようにはしましょう。しかし奥方様も承知していらっしゃると思います。
 それだけはご理解ください」
「いえ。余計なお世話だったかもしれませんが」
 黒服はようやく表情を和らげてもう一度かぶりを振った。
「お嬢のわだかまりが解ける事を望んでいるのは奥方様だけではありません。
 その気持ちをありがたく頂いておきます」
 そう言って、男は深々と頭を下げたのだった。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-うみょんと神衣舞です。
まっかなはなのぷれぜんと 第三話をお送りします。
今回はショートですが、次回は「転」のお話になるかと。
律法の翼、いっきまーす☆
うひひ、リアクションよろしくお願いしますね。
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