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【inv12】『まっかなはなのぷれぜんと』
まっかなおはなのぷれぜんと
(2010/02/12)
「いいでしょう」
 しばし沈黙が横たわり、それを払いのけたのはトゥタールの回答、その音。
「こちら、と言いますか、彼女にとっては破格の条件ですね。
 もっとも、ダイアクトー一味にとっては随分と迷惑な話のようにも思えますが」
 目の前に居る少女は、その姿、声をダイアクトー三世と同じものとしながら、狐のように狡猾な笑みが口元に浮かんでいる。
「別にあの子……あたしは悪の秘密結社なんだから、悪評万々歳よ?」
 偽者ということを隠そうともしないわざとらしい言い間違いをする。
 レイヤーはただ息を呑んでやり取りを見つめていた。自分たちの起こしたことをまるで無かったようにする。魅力的な提案は根が善人である彼女にとっては苦さを堪え切れないようだ。
 それを横目にトゥタールは思考を整理。
「部下の方に伝言があればお伝えしますよ、ダイアクトー殿」
「無いわよそんなもん」
 即答。秘密結社ダイアクトーに恨みも何も無いと言い放った言葉に嘘は無いと言わんばかりだ。
「あたしが欲しいのはそこの女が取引を飲むかどうかの回答。
 その結果がどうなろうと取引を反故にするような事があればペナルティは受けてもらうよ?」
「……」
 女は視線を幾度とさ迷わせ
「……後で彼を殺すようなことにはならないの……?」
「そのつもりなら一番確実な口封じをさっさとするわ」
 死人に口無し。確かに黙らせるならそれ以上に効果的な方法は無い。このターミナルでは死者の復活は不可能とされている。死んだ瞬間その核となる魂がもとの世界に強制連行されるからと言われている。
「……その通りね。受けるわ」
「おっけー。マドウィックとか言うのの確保と取引はこっちでもするけど、あんたたちが先に見つけたらさっさと説得するんだよ?
 嫌だなんて言ったら」
 すっと首の前で手を引く。
「善処しましょう」
 息を呑むレイヤーに代わってトゥタールは恭しく頷いた。
「んじゃ、取引は終わり。悪目立ちしないよーにね」
 笑顔を浮かべると彼女はひらりと適当に手を振って無防備に背を向ける。それは余裕の表れだろうか、そうこう考えている間に少女の姿は街角に消えていった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「変装の名人と光使い?」
「ええ。心当たりはありませんか」
 ヨンの問いかけにアドゥイックはふむと考えるそぶりをする。
「で、何十人列挙すれば気が済むかな?」
「……」
 十万の人口を抱え、その半分以上が探索者としての能力を有するこの町に措いて、それだけの情報では絞り込むまでに至らないらしい。
「で、でもダイアクトーさんのところの黒服さんを撒ける程と限定すればどうですか?
 それに随分とクロスロードの事情に精通しているような感じらしいですし」
「はっはっは。ヨン君。僕はパソコンじゃない。そんな簡単にぽいぽい答えは出ないさ」
 珍しく謙虚な物言いをする探偵にヨンは接ごうとした言葉を呑む。
「……」
「うん。まぁ、そういう事だ」
 頷いてコーヒーを呷る。
 沈黙。その裏にある言葉は「踏み込むな」の一言。
「律法の翼ではないのですか?」
「そうだともっと簡単だったんだけどね」
 急に喉が渇いたような気がして、出された紅茶に口を付けた。
 この男にしてそう言わしめる何か。そう、それはあの時以来。
「もしかして」
「世間話をしようじゃないか」
 遮ってアドゥイックは身を乗り出す。
「この前、この町では『久々』のテロ活動だったと言ったよね?」
「ええ。……」
 チリと記憶が疼き、先ほどの話と合致する。
 詰まるところ『かつてのテロは『5人目』の関与で収束した』という話。
「この町は創設以来何かと騒ぎが多い。そりゃあこれだけの種族を内包してるんだ、ごたごたの十や二十どこからでも生えてくる」
「……」
「だが思い返せば町がひっくり返るような騒ぎは大襲撃に再来。それから創設初期にあったテロ活動くらいなものだ。
 随分と平和なものだと思わないかい? こんな司法組織も警察機構もない町にしてはね」
「……」
 言葉は出せない。これはただ聞くだけの話だと悟っていた。
「これは奇跡なのだろうかね?」
「……紅茶、ご馳走様でした」
 ヨンは立ち上がり探偵事務所を後にする。
 奇跡────そんな都合の良い物でないとするならば。
 そこにはカラクリがあり、そして今現在それは人々に見えない場所に隠されている。
「……どうしたものですかねぇ」
 言葉に白を混じらせて、寒空を見上げる。
「まずはプレゼントを届けておきますか」
 暗闇に踏み込むには明かりも地図も足り無すぎる。吸血鬼はゆっくりと石畳の上を歩き始めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「そろそろ時間か」
 男は細い路地で空を見上げていた。彼の腕にはPBは無い。もしあの腕輪にGPSのような機能があれば大事だ。だから彼は携帯食料だけで数日を凌いでいた。
 もうすぐすべての爆弾は爆発し、この町は混乱に陥るだろう。所詮は50程度の爆弾で、捜索の手も入っている。無事起爆するのは数個だけかもしれないが5個も炸裂すれば彼の任務は成功と言える。爆発さえしてしまえば発見された物にも脅威という心理的な爆発が起こる。
 馬鹿げた町だと声に出さず、白い吐息を零す。自分の故郷は同じ人間同士が様々な組織に分かれて殺し合っている。なのに化け物としか思えないような連中が当たり前のように闊歩して談笑してやがる。
 俺は今からその幻想を破壊する。
 不信と疑念を刻み付ける。
 そうすればこの町は変わる。曖昧な体制に疑問を抱き、同じカラーに染まった者たちが個々に集まるだろう。そして別のカラーを攻撃し、主権を抱こうとする。
 そこに上は介入する。武器を売り、人を売り、そして乗っ取る。そのやり口は身体のスペックが一番劣る人間が最も得意とするところだ。
「マドゥイック……!」
 ただでさえ冷たい空気に痛む肺が心臓と共に引きつった。
「っ……!」
 無意識に銃を向けた先、息を切らせて立っているのは
「レイヤー……! 何をしてるんだ! 俺たちはまだ……!」
「聞いて! もうテロなんてやらなくて良いの!」
「何を言ってるんだ! 組織に逆らったら殺されるぞ!」
 彼女の体には爆弾が仕掛けられている。そのスイッチは組織の人間が握っていて……何よりも忌々しいのはその爆弾が俺の作品だという事実。
「体の爆弾なら処理してもらったわ」
「処理……? できるはずが無い。だってあれは」
 自分で作ったから良く解っている。体温を感知し、一定温度以下になると炸裂する。つまり遠隔操作でSTOPしない限り外科手術で取り出そうものなら執刀医もろとも肉くずに変える。
「この町ならできたの。その可能性に早く気づけば良かった……」
 その言葉にさび付いた思考がぎしりと音を立てる。確かにこの町はあまりにも馬鹿げている。だって魔法や超能力が当たり前のように存在しているのだ。
「……じゃあ、本当に……?」
「本当よ。だからもう組織に使われる必要は無いの。この町で静かに暮らしましょう!」
 できるはずが無い。組織に逆らって逃げ延びるにはあの世に行くくらいしか方法は無い。ノータイムで浮かぶ結論がこの町の異常性に霞む。
 ───はっとする。
「やっぱり……無理だ」
「……どうして!!」
「あと1分。それで俺はこの町でもとびっきりの賞金首さ」
 時限装置が作動するまでのリミット。
「だからレイヤー、君だけでもこの町で平穏に暮らしてくれ」
「マドゥイック、仕掛けた爆弾の数を教えて」
「……52だ」
「52……」
 レイヤーは繰り返すように呟いて、そして空を見上げる。
「そう、良かった……」
「え?」
 言葉の意味が解らずにきょとんとする。
「見て」
 彼女は振り返り、空を見上げる。

 そして、時間が来た。

 どぉーーーーーーーーーーーーん!

 遠雷のように響く爆音。しかし何の因果か爆弾作りという才能に卓越してしまった俺はそれが自作のそれでないことを聞き分けていた。それに、爆発の位置が酷く高い。

 どどどどどどどどどどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん

 そして、路地からでもそれが見えた。

 空に咲く大輪の花。

「……なんだよ、これ」
「花火よ」
 いつの間にか目の前に来ていたレイヤーが俺を抱きしめる。
「良かったわ。間に合った」
「……じゃあ……」
 52という数に「良かった」と言った理由は────
「全部、止めたのか?」
「私たちは幸運だったの」
 彼女は胸に顔を埋めるようにして、そう呟く。
 膝から力が抜けた。彼女を支えきれずに背中から路地へ倒れこむ。
 空いっぱいに広がる花火。同じ火薬を使いながら、その用途を大きく異ならせるそれが一瞬の輝きを描き続ける。
「……説明、してくれ」
「うん」
 言いながら、思う。
 自分は救われたのだろうか、と。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「何なのよこれはっ!!!!」
 ダイアクトー三世様は大変不機嫌だった。
「何と言われても、花火ですが」
 黒服はしれっと応じて「やぁ、冬の花火は映えると聞きましたが、見事なものですなぁ」とわざとらしい言葉を漏らして蹴られる。
「何で爆弾仕掛けないの!」
「いや、ほら。こちらの方が派手ですし」
「ちっがーう! こんなの悪の組織じゃなーーーーーい!」
 腕をぶんぶん振って憤るダイアクトーを周囲がテキトーにあやすのを遠目に、ヨンとトゥタールは空の花火を見上げた。最後にプレゼントを届けた先で行き会ったのである。そしてトゥタールに誘われたままにここまで来たヨンはこうして空を見上げている。
「つまり、川原で爆発したのは仕掛け損ねて暴発したもの、と?」
「そういうことになりますね」
 ヨンの問いにトゥタールはしれっと応じる。
 時限爆弾。そう思われていた物は時限制で打ち上がる花火だった。確かに共に火薬を使ってはいる。
 余りにも強引な展開にヨンはトゥタールを見るが、彼は視線を上空から逸らさない。
「どれだけの人が誤魔化されるんですか?」
「どうでしょうね。ただ随分とダイアクトー一味ががんばって回収したようですから」
 実物を見た人物はかなり少ない。つまり、そういうこととする積りらしい。
「ところでプレゼント、貰いました?」
「……ええ、まぁ一応」
「何が入っていますかね?」
 SANTAの話では願望に即したものが出てくると言う。ただ、願望とは実に曖昧なもので脳裏に浮かべている物と心のそこの願いには差異があると言う。その差異が結果に影響を与えることもあるとかなんとか。
「空けてみないことにはどうにも」
「空けてみますか?」
 トゥタールの問いにヨンは小さく微笑む。
「見られて恥ずかしい物が出てきたら嫌ですし、こっそり開ける事にします」
「なるほど、確かに」
 やがて花火が終わると、まるで計算されたかのように空が白の化粧を撒き散らす。
「雪が」
 ちらほら舞い降りるそれ。空を見上げていた人々は微笑みつつも身を縮めるようにして足早に家に戻る。
「私も帰るとしましょうかね」
「……」
 ヨンは何かを言おうとして、結局口を噤んだ。
「ではまた」
「……それでは」
 二人の探索者は挨拶をして分かれ、
「うがーーーーーーー! あたしは悪なのーーーーーーっ!」
 少女の叫びが寒空に高く響いたのだった。

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はいはい、神衣舞ですよー。
というわけでこれにて『まっかなおはなのぷれぜんと』は終わりです。
元々『真っ赤なお鼻』と『真っ赤なお花(爆炎)』を掛けたタイトルですが、最後は『真っ赤なお華(花火)』で締めくくるととなったりならなかったり。
参加者の問題もありまして裏で進行しているお話には余り関われなかった模様です。
人増えてほしぃなぁ(=ω=)
とりもあえず爆弾集めはダイアクトー一味の人海戦術で何とかした感じですねー。
さてはて裏話関係は今後の展開に期待ということで。

あとは報酬の所に最終獲得プレゼント数と「SANTAへのお願い」を書いておいてくださいませ。
うひひひ。
ではお疲れ様でした。
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