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【inv13】『襲来! (=ω=)』
襲来! (=ω=)
(2011/02/26)
 それはまるで遠雷のようだった。

 数十キロ先から響き渡る音。
 夜には地平が輝く事すらままあった。
 クロスロードの住人はもちろん何が起きているのかは知っている。管理組合は情報統制などはまずしないし、得た情報はほとんど垂れ流すからだ。
 だから疑問はただ1点。

 一体、どれだけの数が居るんだ?

◇◆◇◆◇◆◇◆

「現状を報告します」
 管理組合のスタッフが居並ぶ幹部の前で一声を挙げた。
「現在クロスロードより約70km離れた地点で先行部隊が迎撃中。少しずつ撤退しながら食い止めている状態です。幸い敵は誘爆を起こすので少ない攻撃でまとまった数を撃破できていますが、その爆風による被害もあり前線を維持できる状態ではありません」
 大型のディスプレイに概略図が映し出される。
「敵は1種類。『顔野郎』『得体のしれない何か』など様々な呼称がありますが、ある程度広まっている『ナニカ』と言う名前を当作戦時の呼称とします。
 ナニカは目測でもすでに万単位発生。北東、北、北西の三方向から防衛地点に殺到しており、その発生源は不明です。感覚での報告となりますがその数は次第に増えているとのことです」
「このまま前線が下がれば北砦までどのくらいだ」
 参加者の一人がそう問いかける。
「被害が現状に留まれば5日ほど猶予はあります。しかしクロスロードからの距離もありますし、広い前線を敷けているわけでもありません。
 包囲される危険を考えるならば早めに前線をクロスロードに引き付けるべきでしょう」
「しかし、それだけ離れているにも関わらずここまで響く轟音だ。
 街への被害はどうなのかね?」
「それに引き付ければ引き付けるほどナニカの量も増えるだろう。
 つまりそれは被害も増えるという事になりかねん」
「いや、しかしそれでは各個撃破されていくようなものだ。敵の戦力は今のところ無尽蔵なんだろ?」
 がやがやと意見の交換が始まるのを黙って見つめる。
 実際どこまでが安全か。そんな基準はどこにも見出せていなかった。
「その前にナニカの性質を説明したらどう?」
 どこからかの声に議場は静まり返る。
「そうですね」
 説明員は頷いて周囲を一度見渡した。
「まずこの生物を目標とした攻撃は必ず命中しません」
 頷く者ときょとんとする者の二者に別れるのを彼は見た。
「ナニカがクロスロード近辺まで侵入する一因でもあるのですが、どういう原理かは分かりませんが、このナニカを標的にした攻撃は必ず外れるのです。
 対処法は巻き込みを狙った攻撃となります。また今回のように密集している状態であれば狙った物以外に命中する事が期待できます」
 ざわめきが収まるのを待つ。
「活動は夜間の方が活発です。昼間に動けなくなるということはありませんが動きは鈍くなります。攻撃手段は無し。対峙するとじっと見つめるような行動をとる事があります。
 そして一番の問題が自爆能力です」
 映像が切り替わり饅頭に「=ω=」を書き込んだだけのような、シンプルな物体が映し出される。
「一般的に確認されている自爆持ちの怪物の数倍の爆発力を持ち、しかも爆発の後1度だけ起き上がる事が確認されています」
「《復活》持ちで《自爆》持ちなのか」
「それから壁に垂直に張り付いて登る事も確認されています」
「自爆は自分で行うのかね?」
「いえ、外部衝撃が必要です。しかし日光に弱いらしく昼間は弱っていますので勝手に転んで自爆する事もあります」
「迷惑だな、オイ」
 場違いな突っ込みだが、皆思いは一緒らしく黙殺。
「つまり、なるべく距離を開けた状態で二度倒さねばならぬ、ということだな?」
 老練を思わせる声に呻きが漏れる。
どう考えても厄介だ。
「やる事は変わらない。遠距離攻撃と機動戦力による迎撃で削るしかあるまい。
 奴らは導火線と火薬が一緒になったようなものだ。一度火が付けばまとめて吹き飛ぶ」
「空爆ができれば楽なんだけどね」
「空爆を行うつもりならばせめて北砦から有視界内での戦闘を行う必要がある。そこまで前線を下げて良いものか?」
「北砦が持たない可能性すらあるぞ」
「しかしこのまま遠方に前線を置いていて良い事はあるまい。まともな救援どころか、状況すらも分からないのだからな」
「削りは継続的に行うべきだ。背水の陣を敷くわけにはいかない」
「要するに」
 凛とした声が会場を制圧する。
「ナニカの底が見えない。それが問題ということですね」
 東砦管理官メルキド・ラ・アースの言葉に皆が同意を込めた沈黙を返す。
「あらゆる作戦を立案するための当たり前の情報。この世界はそれを知る事すら許さない、か。無限ではないと思うが大襲撃や再来の規模を思えば更に万の数が出てきても不思議じゃないね」
 どこか他人事のように言葉を継いだのは南砦管理官のイルフィナ・クォンクースだ。
「街でも結構対応策が紛糾していてね。そこから面白そうな案をいくつかピックアップしてみたんだ」
 立ちあがったイルフィナはカツカツと進行を務める管理組合員の横へと進み出た。
「前線基地を作ろう」
 そして彼はそう言い放つ。
「前線基地、だと?」
「そう。ポイントはクロスロードより北に30km。ここに即席の陣を張る。
 目的は『再来時』の衛星都市と同じだ。ハリネズミとして可能な限り敵戦力を削る」
「陣など敷いてしまえば囲まれるだけだ。そうなれば爆風で何もかも吹き飛ぶぞ」
「だからアースを連れていく」
 間髪入れない言葉に誰もが口を噤む。彼女が作り上げる防壁の堅固さを知らない者は居ない。
「連れて行くってよ。お前が行くのかよ?」
 やや嫌の籠る声音に青髪の青年は涼しげな視線を向けた。
「接近バカのお前に任せる理由がないだろうに」
「自爆の一つや二つ、避ければいいじゃねえか」

 可哀そうな物を見るような視線が集まる。

「セイ、貴方は黙っていてください。居た堪れません」
 ため息を吐きつつアースが頭を抱えた。
「俺、おかしなこと言ったか?」
「一つや二つなら誰も苦労してないって事だよ。とにかくお前はクロスロードで待機だ」
 セイ・アレイ。西砦管理官は更に文句を重ねようとするがアースの冷たい視線にうぐと言葉を飲み込む。それから不貞腐れたようにどがりと椅子に座り直す。それを見届けてからイルフィナは改めて皆を見渡した。
「陣の2つ目の目的は行動パターンの精査。あちらがその陣にどれほど興味を持つか。そしてこちらの攻撃に対してどう対処してくるか。
 何よりも、アースの作る防壁にどう対処してくるかは水際で戦わなければならなくなった時にどうしても必要なデータでしょう」
 確かにという声は数か所から漏れた。
「三つ目は最後の打撃を与える地雷です。
 破棄の際に派手に爆発でもさせましょう」
「で、その砦にはどれだけの人員を持ちこむのかね?」
「私達2名を含む10名」
 ざわりと空気が振動する。
「少なすぎる」
「多ければ良いという物じゃない。それに撤収の際に多い事は命取りだ。
 食料などの問題もある。身軽であるのが一番の条件だろう?」
「……メンバーの選抜は?」
「目を付けてる探索者が数名いる。受けてもらえるかは今からだけどね」
 言いながら、イルフィナは会場のある一点に目を向ける。
 そこには大柄な男と、線の細い美女が並んで座っている。男は憮然と、女は苦笑気味に。
「思いついた対策案を進言しただけなんだけどね」
 女の方───クネスの囁きに男───ザザが憮然としたままに注目を浴びて微笑を振りまく青年を見据えた。
「俺たちも提案者と言う事で含めるつもりか?」
「今の口ぶりだと選択の自由はありそうよ?」
 口元をへの字にしてザザは瞑目。クネスは改めて苦笑を浮かべて会場を見渡す。
 面白そうではあるけれども一歩間違えれば塵となりそうな話だ。
「本当に、どうしようかしらね」

◇◆◇◆◇◆◇◆

 その日の北砦はやや閑散とした雰囲気があった。
 元々大襲撃、再来、お花見と、怪物は南から来るような雰囲気があり、常時でも南側の方が対応件数が多い事から北砦の賑わいは他よりも一歩引く感じではある。
 逆に未探索地域調査という点では怪物に出くわさないに越した事は無いため、防衛任務のために訪れる者よりも未探索地域探索のための探索者が見受けられるような場所だった。
 しかし今回の件が発生してなお北方向への未探索地域調査を開始しようという物好きはそう居ない。引き返してきたばかりの者たちがまとまった情報をようやく得て目を白黒させているという光景がちらほら見られる。
「流石にアポイントも紹介も無しに直接会いに行くのは難しかったかな?」
 ヨンは苦笑しながら砦内を歩く。できれば管理官に会って話をしたいと考えてここまで来たのだが、
「まぁ、私みたいな突発の面会者にいちいち対応してたら時間が無くなりますよね」
 せめてそれなりの人に紹介状でも書いてもらえば良かったと反省しつつ、折角来たのだからと情報収集を行っている。情報が欲しいのは誰も同じだ。情報は比較的容易に集まった。
「臨時の防衛ラインですか」
 忘れたころに轟音の名残がここまで届く。何名かの猛者が遠く離れた場所での迎撃戦───それが継続している事を示すように。
 北砦ではすでに迎撃用の兵装の取りつけや爆風対策の土嚢積みなどが開始されている。これからそういう人足が詰めかける事になるのだろう。
 それを手伝うのも良いかと考えながら彼が歩いていると
「あれ? 吸血鬼ちんじゃん。キミもここに来たの?」
 聞きなれた声。おや?と思いつつ視線を向ければ若草色の髪と目を持った猫耳少女がこちらを見上げていた。
「おや、アルカさん」
「……」
 ちょっとした違和感。言葉を詰まらせたような、見間違いのような一瞬。
「にゅ」
 彼女はひょいと手を挙げてそれに応じる。
「お店の方は良いんですか?」
「問題ないにゃよ」
 まったく気兼ねもない言いっぷりに苦笑。
「出張サービスって感じだしね」
「なるほど。これからここも忙しくなりそうですしね」
 再来の時も(いろいろとサボってたらしいが)貴重な職人としていろいろ呼ばれていたらしいから今回も同じような理由なのだろう。特にユイが作る兵器群は今回の件には適していそうだ。
「まぁ、今からここも大変な事になりそーだから、さっさと安全な所に避難しておいた方が良いにゃよ?」
「考えておきますよ」
 ヨンは二コリと微笑んでしこりのように残る違和感に視線を走らせる。
「そんなに女の子をじろじろと見るものじゃないにゃよ?」
 にこりとそんな事を言われては「あ、いや、すみません」と引き下がるしかない。
「にふ。んじゃあちしは忙しいから行くにゃね。……またにー」
 ひらりと手を振ってゆらゆらと去っていく小さな背中を見送り、胸中の嫌な予感をどう処理していいものかと吸血鬼は天上の日を薄目で見上げた。

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やっふい。神衣舞だお。
今回はアイディア提出回だったのでクネスさんとザザさんの意見はイルフィナさんが拾って持ちあげたという形にしました。代わりに管理組合の打ち合わせに強制参加です(笑
次回実験調査砦組には希望すれば行く事は可能です。
今回出てるアイディアもそこで実地調査を行うという事になります。
では次回リアクションよろしくお願いします。
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