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【inv13】『襲来! (=ω=)』
襲来! (=ω=)
(2011/04/17)
 一人の女性が大空を舞う。
 クロスロード有視界範囲外での単独飛行は自殺行為。この地に来た者なら当たり前のように知っているタブーを彼女は迷わず侵していた。
 純白の翼は大気を打ち、少女は極限にまで伸ばした魔法感覚で周囲を探る。
 地面は白に埋め尽くされている。この距離でこのありさまだ。明日には圧倒的な数のナニカが北砦を襲撃するだろう。
「……っ」
 不意に少女は進行方向を歪め、一点を見据えて魔力の一撃を放つ。白の大地に吸い込まれたそれは怒涛の爆発を生み出す。ナニカの波状自爆は少女の肢体を風圧で舞いあげるが、すぐさま周囲の風を支配下に置いて姿勢を維持する。
「……散りましたか。でも……」
 100mの壁はあまりにも厚く、そして広がる荒野は余りにも広い。
「……」
 少女の表情には迷い。普段であれば冷静で賢明であるとされる彼女は焦りと葛藤に苛まれながら赤と黒に彩られる大地を睨む。
 十数秒ののち。
「……っ!」
 少女は身を翻し、その翼でその身を加速させる。
 やみくもに探しても仕方ない。無理やり、そう自分に言い聞かせながら。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「来やがった!」
「砲撃開始!」
「ま、待て! 誘爆するぞ!」
「気にする前に撃て! 近づかれた方が危険だ!」
 そして爆音。大地が燃え上がったかのような光と炎と爆煙の狂乱に誰もが息を飲む。
「っ! 上空へ掃射! 来るぞ!」
 本体はかなり軽い。爆発によって数百のナニカが巻き上げられて北砦へと降り注ごうとする。
「くっ、あんな小さいのどうやって当てろって言うんだ!」
「空は魔法使いに任せろ! 銃撃系は地上を撃ちまくれ!」
 言うや、光や氷の矢が上空を貫き、新たな爆発を生み出す。
「手榴弾とかじゃなくて何よりだな、マジで」
 手榴弾の恐ろしい所は爆発と同時に破片をまき散らす所だ。これが体に潜り込み、治療の難しい怪我を生む。回復魔法の治療でも破片を抜きだす行為を事前にしなければならない事が多く、厄介この上ない。
「くそ、迎撃装置が生きていれば……!」
 元々機関砲の殆どには自動補足装置がセットされており、手動制御の必要がなかったのだが、先の破壊行動によりそれらは全損。手動操作に頼らざるを得なくなっている。
「……」
 それらの様子を見ながらザザは彼らの見る反対側────即ち砦の内部へと視線を這わせていた。
 迎撃の手ならば正直十分だと思う。だからこそ、今ここでテロリストに再度破壊活動をされては大事になる。
 それに、もはやこの戦場は近付いて殴るという行為を許さない。徹底的な射撃攻撃のみが許されている。もちろん射れば何処かに当たる状況だ。腕前等関係なくとにかく矢でも弾でも撃ち放てば良いため、近接戦闘系もとにかく弾をばら撒く作業に従事している。
「ちっ、壁際まで転がり込んできてるぞ!」
「投石でも良い。早く破壊しろ!」
 連鎖爆発ですさまじい数のナニカが消失しているはずなのだが、その勢いは全く衰えない。挙句の果てには降り注いだ数体のナニカのために砦内でも爆発が起こり、被害は着実に累積していた。
「ちぃ!」
 テロは確かに怖いが、座して警戒している場合ではない。そんな焦りがじりじりとザザを苛んでいた。
「に、逃げれるうちに撤収すべきじゃねえか?!」
「馬鹿言え! ただでさえ少ない数がクロスロード方面へ抜けてるんだぞ! やれるだけやるんだ!」
「で、でもよぅ!」
「ここでやらなきゃ逃げる場所なんかねえ! それに最悪は攻撃放棄してしまえばここは安全なんだ。やれるまでやって損はない!」
 ナニカは自分で攻撃してこない事も多い。一切の攻撃をやめてしまえばナニカはそのまま北砦を素通りしてクロスロードへと殺到する事は想像に難くない。もちろん完全に取り囲まれた後にどれかが爆発した時にどうなるかは……想像したくはないが、一度ならばまだ何とかなるだけの防壁は維持されていた。
「ちぃっ!」
 ここまで押し込まれてはテロもなにもあったものじゃない。
「寄越せ」
 言い争う探索者を押しのけて機関砲を乱射。遠くで爆発が起こり、即座に熱風が頬を焼いた。
 大の大人でも肩を外しそうな衝撃をあっさり抑え込んでとにかく爆発の少ない所へと弾を叩きこんでいく。台風が生易しく感じるほどの風にもその両足は揺るがない。
「空だ! 気をつけろ!!」
 涙とか汁とかまき散らしながら降り注いでくるナニカ矢弾が突き刺さるが、数が多い。
「調子に乗りすぎたかっ!」
「いや、それで良いよ。
─────アリス!」
足元に声。
そちらへ視線を向ける前に、空からあまた降り注ぐ光の矢に視界が釘付けになる。
その一矢は弱く、大した事はないだろうが問題はその数、範囲だ。

『 ( T△T)アヒャっ!?』

 空を舞う者にも、地上を行く者にも、弱く、しかし白饅頭を貫くには十分な一撃が降り注ぐ。
「耐爆姿勢っ!」
 数か所で状況を把握した者が叫ぶ。ザザも慌てて耳を塞ぎ、身を伏せる。
 キンとした音に耳が痛む。だが、それは予想した音では無い。逆だ。一切の音が無くなったが故の鼓膜の痛み。改めて足元を見ればフリルドレスの少女が金髪のどこかおどおどとした少女を伴って荒野を見据えていた。恐らく音を殺したのだろう。しかし爆風は消えやしない。少女たちはちゃっかりザザの背後に潜り込んでそれを凌ぐと、直後に音が戻ってくる。
「もう一撃じゃて」
 続くのは金の雪。それは彼にも見おぼえがあった。
これもあの時見た限りでは一撃にそれほどの威力は無いのだろう。だが先ほどの光と同じくナニカに対しては十分すぎた。

『 ( T△T)アヒャアアアアアっ!?』
 
 復活を果たしたはずのナニカが一斉に泣き、そして自爆する。
 二度目の爆風に耐えきれずに壁から転がり落ちる者も居た。
 再びの静寂にザザは苦笑。この二人だけで何とでもなるんじゃないかという思いでちらりと再び二人を見るが、毅然としていてもその顔に疲労の色は濃い。
「……連打できりゃ今頃出てはこないか」
 空気の振動を許されなくなった世界でザザは呟く。
『皆さんにお伝えします。周囲数キロに渡って爆発が観測されました。今のうちに補給をお願いします。また負傷者は管理事務所に搬送をお願いします』
 中央にある管理事務所の放送施設からの音声に安堵が各所で漏れた。
「大したもんだな」
「MOB狩り連中の調整がようやく付いたからの。じゃがそう何度もできるものでない」
 元の世界でどうであったとしても、この世界ではその力を大きく制限される。大きな力はそれだけのリスクを術者に共用する。
 『対MOB専門』とは広範囲攻撃を得意としているわけではなく、広範囲攻撃ができる者達を指していた。その威力は範囲の分だけ弱まるのは必然で「MOBと呼ばれる弱くて数だけは多い怪物にしか通用しない」という意味でもあった。
 だがそこにさげすみは無い。無限と湧いてくる怪物に対して、その数を削るという能力は防衛の要である。
「この調子が続くならば恐らく4日が防衛の限度じゃろうな」
 少女は呟き、ザザは荒れ狂った荒野を睨む。
「厄介なのは2度穿たねばならぬと言う事。対してわしらはそう何度も広範囲の攻撃はできぬ」
 要するに回避ボム。その数は通常の攻撃がどこまで使う機会を減らせるかにかかっているということか。
「まぁ、ぬしらの頑張り次第じゃな」
「……テロのやつは出てくると思うか?」
「……わからんよ。世の中、破壊衝動だけのも居るからの」
「そんな奴が的確に防衛の要だけを破壊するのか?」
「そんな奴かも分からん。
 ────それよりも、あれをなんとかせん限り、警戒もあったものでないがの」
 確かに。そもそもナニカの襲撃があるからこそ北砦のテロ活動が厄介なのだ。どうにかして止めなければじり貧になるのは確実である。
「反攻作戦か」
 それが頭にないままに防衛戦などしては居ないだろう。ザザは中央の建物を睨み、言葉を零した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「護衛?」
 どこか冷めた感じのある瞳がヨンを見据える。
「ええ。今襲撃されて一番まずいのはスーさんですから。テロリストに一番狙われておかしくないと思うんです」
「……それは誤った認識」
 ずばりと否定されてヨンは鼻白む。
「私はあくまで管理官。実際の指揮は管理組合と副管理組合長が行えますし、アースが戻ってきています。防壁の修繕の目途が立ちましたから私が抜けてもそう問題はありません」
「……さ、さいですか」
「いや、過小評価しすぎじゃないかな?」
 と、ソファーに座ってくつろいでいた青髪の青年がフォローを入れる。
「貴方はさっさと南砦に戻る」
「おや、冷たいね」
 イルフィナは肩を竦めて紅茶のカップを持ちあげた。
「折角紅茶をいれてきてあげたのに見向きもしないし」
「状況をわきまえて。暇なら前線に出向いてきて」
「私がかい? まぁ、それもありだけど、私とセイは単体向きだからね」
 なんというか、居心地の悪い空気が流れる中でイルフィナは飄々とした態度を崩さない。
「あの……ですから」
「それで? わざわざ彼女に忠告をしに来たって事は、テロリストに心当たりがあるって事じゃないのかい?」
 イルフィナの言葉にスーの鋭い視線がヨンへ突き刺さる。
「……はい。先ほど会いました」
「会った? 会って逃がしたと言う事?」
「まぁまぁ。それで?」
「転移魔法で逃げられたんです」
「追えないものでもない」
 転移とはいえこの世界では100m以内。確かに探して見つからない物では無い。
「もちろん追いましたけど、逃げられました」
「ふむ……」
 イルフィナが意味ありげな嘆息を漏らす。
「で、犯人の名前と特徴は?」
「……名前はアルルムさん。……特徴は、その。アルカさんと瓜二つです」
「アルカ本人ではないの?」
 すでに容疑者として名前の挙がっている彼女に疑いが行くのは当然だろう。
「私は元の世界で彼女に遭っているんです。オリジナルが居て、異次元同位体だかなんだかって言ってました」
「オリジナルが居て、で異次元同位体というのは言葉が矛盾しているね。並列存在ならばどちらもオリジナルだ」
「何しろ100年も前の事なので……少々記憶が曖昧なところは勘弁してください」
「並列存在がターミナルで確認された例は無い」
「無いとは言え、未来永劫無いとも言えないだけどね。
 しかし……動機がわからないな。アルカ嬢と類似する存在であると言うならばなおさらだ」
「……予想なんですが。アルカさんを嵌める気じゃないかなと」
「アルカ嬢を? また何で?」
「理由はわかりません。でも自分をアルルムだと暗に認めた上で『アルルムなんて居ない』と。そうすれば犯人はおのずと限られる……」
「……確かにその理屈から言えばアルカ嬢が犯人になるか」
「ならない」
 スーが短く否定。
「貴方の証言、アルカ嬢の普段の言動。これでアルカ嬢が犯人とする意味がない」
「……私に知られたから計画を変更する、と」
「……そう」
「だからスーに護衛、か。だが、どうしたものかね」
「どうも無い。早急に原因を討つ」
 ぴしゃりと言いきってスーは席を立つ。
「早急にって」
「フィールドモンスターを討伐する」
 確かにそれができれば何も言う事は無い。
「これ以上待ってもじり貧の可能性は高いし。そうなるか」
 イルフィナは紅茶のカップを手に執務机まで行くと湯気の立つ紅茶を注いで差し出す。
「方法については本部で検討中だ。責任を感じるのもわかるが、肩の力を抜かないと緊張で折れるよ?」
「……貴方はいつもそう」
 奪い取るようにカップを取り、一口だけ口をつける。
「え、あ。とりあえず行方不明のアルカさんはアドウィックさんにお願いして探してもらってますから、何か分かったら連絡しますね」
 そこはかとなく感じる信頼関係というか、雰囲気にお邪魔虫な立場を感じたヨンはそうとだけ告げて部屋から出る。
 慌ただしい管理施設の廊下を歩き、すさまじい爆音に足をとめた。びりびりと空気が震える。特大の攻撃でも行ったのだろうか。
「それにしても……どうしたものですかね」
 この世界でのアルルムの性能がどれほどのものかは分からない。しかしフィールドに細工をしたり、誰にも気づかれずに北砦の防衛設備を半壊させたりしたのが彼女であるとすれば単騎でどうにかなるとも思えない。
「いつもながら非常識な人ですね……。アルカさん、無事だと良いけど」
 アドウィックの結果報告を再度心待ちにしつつヨンはその場を後にした。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「誰か居る?」
 からんからんとカウベルの音を頭上に受けてクネスはとらいあんぐる・かーぺんたーずの扉をくぐった。
 出迎えたのはシンと凍りついたような静寂。
「留守、かしら?」
 アルカは行方不明だと言う。だとしても後二人ばかり店には居るはずだが。
「あ、お客様ですか?」
 声は背後から。振り返ると聖女然した雰囲気を持つ翼の少女がこちらを見ていた。
「お店の人?」
「はい。御用でしょうか?」
「アルカちゃん居る?」
「……アルカさんですか……」
 やや沈んだ声音に不在を察する。
「そう。ちょっと顔を見に来たんだけど」
「えっと……お店のお客様ではないのでしょうか?」
「もっと親密な関係よと言うべきなのかしら?」
 翼の少女──ルティアは「はぁ」と怪訝そうな顔を一瞬だけ見せて、ふると一回だけかぶりを振る。
「申し訳ありません。アルカさんは今はちょっと」
「まだ戻ってきてないの?」
「……御存知でしたか」
 落胆は本当に心配しているからだろう。
「簡単にどうにかなる子じゃないとは思うけど」
「……ええ。でも、この町には居ないみたいで」
「街に居ない?」
 直径数十キロという広さを持ち、さらに『100mの壁』に探知系も通信系も封じられているクロスロードに『居ない』と断言したルティアにクネスは訝しげな視線を向ける。
「……ええと、その」
「……まぁ、いいわ。今は聞かないであげる。それは間違いない情報なの?」
「何とも言えません」
 それに隠そうとしているのではなく、純粋に分からないという意思を垣間見る。
「北砦に居るとかは?」
「可能性はあると思います。その……誰かを探しに行ったようなので」
「その人が北砦に居るから?」
「それも何とも」
 曖昧すぎる話だが、このターミナルでは仕方ない事なのかもしれない。
「ナニカを生み出しているフィールドでアルカちゃんが使うらしい術式が見つかった事はもう知ってる?」
「……はい。管理組合から問い合わせがありましたから」
「アルカちゃんはそれを聞いて出て行ったの?」
「いえ、その前に。……先に、アルカさんを訪ねて来た人が居て。その人の言葉を聞いたら急に」
「訪ねてきた人?」
「確か『V様』とか」
 ああとクネスは一人の吸血鬼を思い出して思考。
「つまり、事態が自分に関係していると思って動いてる可能性が高いのね」
「……恐らく」
「ふーむ。これは事件だね」
 突然の第三者の声に二人が振り向くと、そこには二枚目と言うには何処か緩んだ探偵があごに手を当てて立っていた。
「アドウィックさん?」
「やぁ、お嬢さんがた。私も依頼でアルカ嬢を探して居てね。やはりクロスロードには居ないか」
「やはりって?」
「ふふ。探偵の名推理さ」
 あやしさ大爆発だが、人探しにおける彼の性能は折り紙つきである。
「探偵さんはどこに居ると思っているの?」
「そうだねぇ。怪しいのはクロスロードから北砦をまっすぐ繋いだライン。そして北砦でもクロスロードでも無い場所かな」
「……それって」
 そのラインをまっすぐ進めば例のフィールドにぶち当たる。
「いや、そのフィールドまでは恐らく行かないさ。その途中だろうね」
「どういう根拠?」
「探偵の勘さ」
 ずばりとどうしようもない事を言われては開く口も無い。
「私……」
「おっと、ルティア嬢。今は軽々しく動かない方が良い。時期にフィールド攻略部隊が編成されるはずだ。その時まで待つ方が確実だよ」
「貴方の言う事が正しいのなら、そんな時間は────!」
「アルカ嬢ならその程度の時間ならなんとかしそうだと私は推理するがね」
 ぐっと喉に言葉を詰まらせ、しばし探偵を睨むが、やがて肩の力を抜いて目を伏せる。
「本当に、勘ですか?」
「名探偵の直感は何にも勝るのさ」
「まぁ、アルカちゃんならそのくらいはやれそうよね」
 臆面も無く言ってのける探偵にクネスが追従する。その言葉を受けてルティアはと顔を挙げた。
「そう、ですね」
「さて、しかし探偵として特定できないのは沽券に関わるね。何かしら手を打つとしよう。
 有益な情報をありがとうお嬢さん方」
 颯爽と去っていく探偵にクネスは苦笑を伴って手を振る。
「ああ、そうそう。アルカちゃんの立体魔法陣。アレのサンプルか何か無い?」
「……サンプルですか?」
「破壊できれば話は早いんだけど。場合によっては現地のアレを解析、解除しなきゃいけない可能性もあるしね」
「……わかりました。探してみます」
 店に引っ込む純白の翼を見送りながらクネスは近くにあった椅子に腰かける。

 反攻作戦が立案されるのは間違いないだろう。
 それまでにどれだけヒントを掴めることやら。

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どっかーん。あひゃー☆ さて神衣舞です。
次回は反攻作戦はっじまるよー☆
と言っても斥候部隊と同じく少人数による突貫となるかと。もちろん街の防衛も重要ですね。人が多いに越した事はありません。
というわけでリアクションよろー。
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