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【inv13】『襲来! (=ω=)』
襲来! (=ω=)
(2011/05/08)
「間に遭う?」
 クネスの自問自答に応じる者は居ない。応じられる余裕も無く、彼女自身も答えを望んでの言葉ではない。
 立体魔法陣。あるいは積層魔法陣。複数の魔法陣を組み合わせて作られたそれを解析する事は難しい。ただでさえ世界の異なる魔術を理解する事は難しいのに、この立体魔法陣、組み合う箇所が融合したり変化しているために、普通の解析をしていては全く理解ができない。
 ───ただでさえ時間が無いのに。と、焦りが更なる焦りを産む。
「いっそ────」
「無茶でもいいから陣を崩してしまいましょうか」
 ヨンがセリフを引き継ぐように言葉を零す。
「……ハイリスクよ?」
「明確ではありませんが……体が重いです。恐らくここはフィールドモンスターが持つという『フィールド』の中なんでしょう。ここで持久戦を行う事自体がすでにハイリスクです」
 言われてみて初めて自分に疲労が蓄積している事を自覚する。過度の集中もあるだろうが、しかしそれにしても確かに体が重い。
「不可解な点が1つ。動かないはずのフィールドモンスターに対して、何故『捕縛陣』が組み込まれているのでしょうか」
「……動くにしても固定するメリットが無いわね。立体魔法陣は巨大ナニカに張られているんだから別に移動しても……むしろ移動する方がいやらしいわ」
「魔法陣という性質上、動かれると効果が崩れるとか……そう言う事は無いでしょうかね?」
「あり得るかもしれないけど……」
 断言はできない。一手の指し違いが致命にまで結びつきかねないこの状況で喉がひりつくほどの迷いを産む。
「いっそ、強引にでも、解除に踏み切るべきかと」
「……」
 その決断を自分がしても良いのか、というのは責任転換でしかないとクネスは自嘲する。
「私もそれを支持します」
 背後からの涼やかな声。
「あの人は……」
 一瞬の言い淀み。しかしルティアは言葉を続ける。
「目の前に安易な回答を置くのが好きなんです。あまりにも安易過ぎて疑わしい程の。そうして迷って時間が切れてしまいかねない程の」
「……アルカちゃんの事を言ってるの?」
「……」
 犯人はアルカでは無い。そう信じているはずのルティアはそれには応じない。ただまっすぐな瞳を巨大ナニカへと向ける。
 クネスは数秒の時間を強く感じる。目の前に走っていく導火線の火を見守るような感覚。ただ踏み消す事が最善なのに、足が動かない数秒を幻視する。
「適当に解除しましょう」
 腹をくくったようにクネスは宣言する。
「時間を稼いで頂戴。とにかくバラしに入るわよ!」
「わかりました」
 その言葉を待っていたかのように、解析にあたっていた数名も強くうなずく。
「火属性錬金陣、吸収陣、地属性錬金陣の順番でいこうかしらね。みんな、良い?」
 自らに課す疑念と言う名のがんじがらめの鎖を今打ち捨てて、探索者達は行動を開始した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『シンプルな方が分かりやすくて良い』
 体を巨獣と変化させたザザが上空からナニカを見下ろす。
 巨大ナニカへの直接攻撃はNG。その周囲でノーマルナニカが弾けるのも極力避けたい所だ。解析、解除組の周囲は装甲車や他の探索者が防衛線を張っている。もこりもこりと地面が隆起したと思うとそこからナニカが顔を出し、近づいてくるのだ。どうやら巨大ナニカから発生したノーマルナニカは地中を潜って地面までやってきているらしい。幸いなのは発生点と出没点が離れる事。誘爆を避ける事を第一に攻撃を繰り返している。

『さて、と』

 ザザはある言葉を思い出しながら構える。
 ナニカの行動原理。子供の思考に酷似しているというその言葉。
『なら怯えさせてみるのも手だな』
 唸るような声で宣言し、巨獣は手にした機関砲を無造作に突きだした。武骨となった手はようやくそれを握るが、狙いなんて付けようがない。だが、構わない。当たらない所に適当にばら撒くまでだ。

 ガガガガガとすさまじい轟音が響き、巨大ナニカが沈む穴の壁面をえぐり取る。その音に巨大ナニカがびくんと大きく振動した。
 子供の落書きかと突っ込みたくなるほど適当な目がぐいんと白饅頭の表面を移動し、ザザを見上げる。それをニィと笑みで迎えて銃口を向け、放つ。

 びくんびくんと巨大ナニカは身をよじるように反応するがそこから動く事は無い。そもノーマルナニカを生み出すためか、直下に掘られた穴からそれが逃げ出す手段は無いように思えるが、壁際に寄るという行為さえできないようだ。びくんびくんと震えながら涙目を作って見せる。
『こいつは……』
 苛めをしているような空気に手が緩みかけるが────

 不意に、すぐ近くで爆発が起きた。

『こいつはっ!』

 その爆炎の向こうに更にいくつかのナニカの飛来を見とがめ、それを地上からの攻撃が撃墜するのを見た。
『ヨンのやつか。……しかし、あの時と同じだな』
 視線を更にその向こうへ。そこに鎮座しているのはドラム缶から管を伸ばし、その先に白手袋を付けたような、安直過ぎるデザインのロボット。その手袋が足元のナニカを掴みあげてはぶんぶんとザザへと投げ込んでくるのだ。
『前回のもあれかっ! ……『怪物』なのか!?』
 ロボット系の怪物は確かに確認されている。が、人工物であり、なおかつ巨大ナニカへの干渉が明白となった今となっては安易な断言はできない。
『持って帰りたい所だが……悠長な事は言ってられんか』
 ザザはぐんと翼をはためかせるとドラム缶へと突撃を仕掛ける。ドラム缶のサイズはざっとみて高さ5mほど。人が見上げればでかいが、ザザから見れば
『蹴り飛ばせるっ!』
 ひゅんひゅんと飛来するナニカを間一髪で避け、身をひねって放つ一撃は

 ガゴン

 とドラム缶特有の音を周囲に響かせる。
 トドメとばかりに銃口を向けて適当にボディにぶち込むと、弾切れになったそれで思いっきり殴りつけるとそれは完全に沈黙した。
『これで……』
 がしょんと不穏当な音。まさかと思って周囲を見ればさらに5体のドラム缶がうにょんうにょんと手を動かし、モノアイでザザをロックしていた。
『……やってやろうじゃねえか』
 ニィと笑みを浮かべて彼は空へと駆けた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「なんとか間に合いましたね」
 接近専門故に周囲の観測を主軸にしていたヨンはザザがドラム缶に応戦するのを遠目に確認しつつ、ナニカを迎撃した3号車の銃座の男へ手を上げる。
 話を聞いたときからそれが出てくる可能性を危ぶんでいたのだが、勘が当たって何よりである。
「さて、どうなるでしょうかね」

 そして─────

 魔法陣が崩された。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 まるで崩落を見るかのように、最初の一つを解除した瞬間、全ての魔法陣は崩壊を始める。その光景に数名が失敗したかと息を飲む。

「綺麗すぎるわね」

 ただ、冷静な者はその崩壊を苦笑いと共に見送る。
 それは『崩壊』と言うには余りにも流麗で、まるで計画的にダイナマイトを仕掛け、周囲に被害を出さないようにビルを崩すそれに似通っていた。
「性格が窺えるわ。何も考えずに解除すればよかったのにってあざ笑うんでしょうね、間に合わなかったら」
 崩壊に遭わせナニカの発生は止まっているようだ。しかし巨大ナニカは依然としてそこにあり、探索者達の方をじっと見つめている。

「……」
「(=ω=)」
「……」
「(=ω=)」
「……」
「(=ω=)」
「……」
「(=ω=)」

「おい、どうなってるんだ?」
 戻ってきたザザがこの妙な停滞を訝しんで声をかけるが、誰もが困ったように巨大ナニカを見るばかりだ。
「確か……フィールドモンスターってなんらかの建造物とか自然物が怪物に変化しているんじゃなかったんでしょうか?」
「……うん、でもまぁ、倒したわけじゃないっていうのは確かだしね」
「とは言え、ちっちぇえのを作るのはやめてるようだな。こっちをガン見しているが……」
「……あの、皆さん?」
 おずおずと声を上げたのはルティアだ。
「その……、あれ、見間違いじゃないですよね?」
 彼女が指さす先。巨大ナニカの表面にノーマルナニカが集まって

『やぁ』

 と読める字が描かれていた。

「……ええと、確か怪物とは意思疎通ができないんじゃなかったんじゃ?」
「あたしもそう聞いてるわね。偶然かしら」
「誰か返事してみろよ?」
「ええと、それじゃ……」
 すぅと息を吸い込んで
「こちらの言葉が分かりますかー!?」
 穴の中に響く声。すると

『おk』

 と、人文字ならぬナニカ文字が変化した。
「……分かってるらしいわね」
「だな。するってとこれは……?」
 と、考えてもわかるわけがない。
「おい、てめぇは一体何なんだ!?」
 ザザの声にまたナニカがひょこひょこ動く。

『拠点防衛兵器』

「拠点防衛兵器……? いや、まぁ、確かに周囲に地雷をばら撒いているようなもんだが……」
 困惑はもちろんザザだけではない。皆顔を見合わせてやりとりを見守っている。
「あんたを作ったのは誰?」

『ggrks』

「あれ、撃って良いかしら?」
 意味は分からないが馬鹿にされたと判断したクネスが魔術を構成するのを「ま、まぁ、落ち着いてください!」と必死になだめるヨン。

『じょーだん、じょーだん』

 マイペースにナニカ文字がそんな言葉を紡ぐ。
「フランクにも程があるだろうに」

『央の国』

「央の国? ……中央の央って意味かしらね?」
「どうでしょうか。しかし『扉の塔』が世界の中心であるという認識は誰もが持ちそうですし……そう言う意味と取る事はできそうですけど」
「少なくとも。この世界に先住民が居たって事は違いなさそうだな。
 しかし、そいつらはどこに行ったんだ?」

『不明』

 ややしょんぼりしたように見える巨大ナニカ。

『私のログには何も残ってないな』

「さっきから思うんですが、あの兵器の作者、そうとうアレですよね」
「だから撃って良いと思うのよね。教育として」
「……ええとだな。お前のログとやらは何時からないんだ?」

『判断不能』
『ログ停止後に』
『時計も停止』
『経過時間不明』

 ナニカがぴょこぴょこ忙しそうに動くのは可愛らしいが、
 なんともシュールである。

「お前はずーっとナニカ……そのちっちゃいのを出し続けてたのか?」

『YES,YES,YES』
『それが私がここに居る理由だから』

「……どうします?」
「どうって言われても……管理組合に任せる方がいいんじゃないかしら」
「連れて帰るにしても、この穴から出すのはコトだしな。
 お前、自分でここから出られるのか?」

『うわーん、でられないよぉー』

「お前、結構余裕だろ」
 流石にザザもイラっとしてきたらしい。

『壁を削りながら』
『斜面を作って』
『登るのは可能』
『推定必要時間』
『約1000単位時間』

「この世界の翻訳性能からすると、あたしたちの感覚時間で良いのかしら?」
「そうすると一カ月以上ってことになりますね。その間に怪物にまた襲われたら怪物化しそうですけど」
「護衛、するほど戦力はねえしな。速攻で戻って管理組合ってセンしかねえだろ」
「あのっ!」
 黙っていたルティアが声を上げる。
「アルカさんを見ませんでしたか? こんな人なんですけど!」
 掌に載せたメダルから立体写真が飛び出してくる。
 ナニカはそれをじっと見つめたあと

『ログに残ってる』

 ナニカ文字がそう綴った。

「ど、どこにいますか!?」

『↓』

 矢印はナニカの下方を指し示す。ルティアは迷わずに翼を広げると、下へとダイブする。
「ちょっと、危ないですよ!」
「……そういえば、忘れていたが。先頭車両のやつらも下に落ちたんだよな」
 ザザも一度下を覗きこみ、それから再び巨獣化して穴の下へと降りて行く。
 ややあって、彼の背中に数人の探索者を乗せて戻ってくると回復魔法を使える者が集まり治療を開始する。運よく数人、まだ息があったらしい。それから
「居たのね」
「はい」
 気絶しているらしい。ぐったりとした猫娘を抱えたルティアが静かに着地する。
「さて。なんだかんだで一件落着のようですけどね」
 ヨンはそう呟いて周囲を見渡す。

 そんな騒ぎを気にしているのか、していないのか……。
ナニカは(=ω=)な顔をしたまま、じっと鎮座していた。
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にゅ。というわけで神衣舞です。
一応事態はこれにて決着です。次回は後始末回。どう処置したらいいかなーって御意見を募集します。もちろんそれ以外も。
うひひひひ。
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