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【inv13】『襲来! (=ω=)』
襲来! (=ω=)
(2011/02/15)

「「「「ひぃぃいいいいひゃっっっっはぁああああああああああああああああああ!」」」」

 冬特有の澄み切った空気に男達の声とバイクの轟音が響き渡る。
 全員が全員モヒカンやらスキンヘッドやらで、服は鋲打ちのトゲ付きジャンパーとボロボロの皮ズボン。鍛え上げられた肉体は寒気に曝されているが気にする様子は無い。
 彼らが跨るバイクも異様だ。無駄に出張ったハンドルや騒音を撒き散らすように調整されたマフラー(但し無音タイプに切り替え可能)。そんな車体には物々しいなんてレベルではない重火器がこれでもかと積載されている。
「アニキ! そろそろ未探索区域ですぜ!」
 最後方を走る大型トレーラからの声が操られた風の精霊越しに届く。
「OKベイベー! 俺達はこの区画を締め上げる!!!
 お前ら、覚悟は良いな!!??」

『ヒャッハーーーーーーーーーーー!!』

「良い返事だ!!」
 リーダー格の大男はニヤリと笑いエンジンを高らかに吼えさせる。

 ナリは色々突っ込みどころ満載だが、彼らは圧倒的な火力で未探索地域を巡る外回りのプロ集団だった。その機動力と卓越した制圧力で大型『怪物』撃破数も指折りである。
「アニキ、狙うんですか!?」
「なんだぁ? びびってんのか?! アア!?」
「違います! 高ぶってんですよ!! やっと証明できるんですからYO!」
 彼らが踏み込んだ未探索地域は北方方面で特に行方不明者数が多い区域だ。再来で発覚したとおり、ここにはフィールドモンスターが居ると目されており、一行のPBからはそれを伝える警告文が揃って読み上げられていた。
「アニキ! 右斜め前からなんかきやすぜ!」
「よっしゃぁ! ぎりぎりまで引き付けてぶっといのお見舞いしてやれ!」
「ヒャッホーーーー!」
「あ、いやっ!」
 声はトレーラーから。その荷台の上に設えられた銃座に座る男が双眼鏡を手に声を揺らす。
「顔野郎ですぜ、アニキ! 大よそ50!」
「ちぃ、面倒だな。近付かれる前に狙撃しろ!」
 顔野郎。それは一言で言うと『(=ω=)』な顔がどういう方法かわからないがずどどどと接近してきては自爆するというはた迷惑な『怪物』だ。
「よっしゃ喰らいやがれぇええええ!」
 ハンドミサイルを担いだ男が目視標準で(=ω=)の先頭へとぶっ放す。

「(=▽=)アヒャ」

 まだ100m以上も離れているのにそんな声を響かせてミサイルが顔面直撃。どんと爆風が周囲に広がり直後に凄まじい数の爆音が連続した。
「ヘッヘッヘ、野郎、アヒャヒャ言ってるぜぃ!」
「次だ! 右方から……なんだぁ? また顔野郎だぞ!?」
「左からも顔野郎だ!」
 ハイテンションを維持していた男達が沈黙し、ぎょっとして周囲を見渡す。
「な、なんじゃこりゃ!?」
 右から左から『(=ω=)』が湧いて出てこちらに迫ってくるのだ。
「う、撃て! 撃ちまくれ!!」

「(=▽=)アヒャ」どーーん
「(=▽=)アヒャ」どーーん
「(=▽=)アヒャ」どーーん
「(=▽=)アヒャ」どーーん
「(=▽=)アヒャ」どーーんどーーん
「(=▽=)アヒャ」どーーんどーーんどーーん
「(=▽=)アヒャ」どーーんどーーんどーーんどーーんどーーん

 数が多いだけで別に強い個体が出てきたわけでもない。次から次に『(=ω=)』は吹き飛んでは自爆するが、

「や、ちょっ!?」
 
 どーーん
 どーーんどーーん
 どーーんどーーんどーーん
 どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど

 爆発が隣の(=ω=)を巻き込み、自爆が連鎖し始めると男達は慌てて身を屈める。そこに襲いかかってくるのは莫大な音と圧力。音と衝撃がぶつかり合って大気を乱暴に叩いてはシェイクする。その震動が男達の体を貫いたのだ。

「が、あ……!」
 手榴弾やミサイルの扱いにも長けた彼らだから耳を押さえ、口を半開きにするという耐爆姿勢を咄嗟に取る事ができたが、そうでなければ鼓膜を破って気絶していたことだろう。
「動ける奴から撤収! 奴ら、まだ来やがる!!」
「動けないやつを車に投げ込め!」
「ぐずぐずするな!」
 立ち直った者から即時の対応。周囲の地面が吹き飛ぶほどの爆発は『(=ω=)』も一時的に退けていた。
「急げ! 次は無ぇぞ!!」
 死に物狂いの逃走劇が始まった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
「いい天気ですねー。寒いけど」
 フードを被ったヨンが澄み渡った空を見上げて朗らかに、しかしややげんなりとそんな事を呟く。
「あなた日光が苦手なの?」
 クネスが呆れたように問いかけるが「得意ではありませんね」と苦笑いで応じる。
「お前ら元気だな」
 ザザの呆れ声はタイヤが土を噛み、車体が揺れる音に消えた。
 彼らが居るのはトラックの荷台だ。そこには彼らの他に二週間の工程を支える食料や道具が積載されている。
 トラックはもう一台追走してきており、合計10人が1つのチームとして移動している。
「元気というか、拍子抜けかしらね」
 クネスは肩を竦めてどこまでも広がる荒野に視線を這わす。
「いきなり管理組合が北の探索を始めるなんて言い始めたからまた何か見つかったんだと思ってたんだけど」
「特にそういう噂は聞きませんでしたね」
「……巡回任務の拡大版のような感じだな。学者のような連中がゾロゾロ居るわけでもなし、目的地があるわけでもなし」
 出発前の説明では5つの班が管理組合の設定したルートをただ走ってくるだけと分かり、あからさまに落胆を見せた者も少なくない。
「北側って特に何か見つかったとかそういう情報には乏しいらしいんですよね」
 ヨンが少しだけ上を見つつ思い出すように呟く。
「大襲撃も再来も南側からの侵攻ですし、桜前線も南方向からですよね。
 東と西はサンロードリバーが通って居て、それぞれにヌシって言われるフィールドモンスターだろう何かが居るって事が噂されているらしいですけど」
「北には話題らしい話題も無いって事ね」
「ええ。防衛任務も北側は襲撃回数も少ないそうで」
 出立前に大図書館のサンドラから聞きかじった事を披露しつつ、思案顔を作る。
「でもそうなると益々なんで北の探索なんてするんだろうって感じですけどね」
「何か掴んだと見るべきか」
 ザザの言葉は誰もが僅かながらに考えた事だが、さりとて公表しない理由が分からない。
「フィールドらしき場所はいくつか目測が付いているらしいのですけどね。そこにアタックを仕掛けるわけでもないですし」
「のんびり揺られてるだけでお金を貰えるなら万々歳と思うんだけど。
 ……でも、暇ね」
 変わり映えのしない景色が延々と続くというのは眠気を誘うが、舗装されても無い荒野ではガタガタと揺れまくるのでオチオチ寝ても居られない。
「怪物でも出ないかしら、と言うのは不謹慎すぎるわね」
「クロスロードから随分離れているんだ。消耗は少ないに越した事は無い」
 ザザが遠くを見ながらぶっきらぼうに応じた。
「そろそろ休息予定のポイントだぜ」
 助手席に座ったサイボーグ男が身を乗り出してそんな事を告げてきた。
「一日目は無事終了と言う所ですかね」
「夜番は必要だがな」
 やれやれと言う感じでザザが窘めた。

 その時──────────────

 ぉぉおおおおおん

「何だ?」
 遥か前方からくぐもった音が響いてくる。太鼓のようでもあるが、
「爆音か?」
 サイボーグの言葉にザザが眉根をひそめる。
「煙も炎も見えないような場所からの音だぞ。メガトン級の爆弾でも使った奴でも居るのか?」
 ファンタジー世界出身のヨンとクネスは爆弾の意味こそ知っているが、見た事あるのはせいぜい手榴弾かマイクロミサイルくらいだ。
「分からねえ。だがフィールドモンスターの攻撃たぁ思いたくないな」
「でも、ルート通りに進んでいるとすればあの方向に進んでいる別パーティは居ないはずですよね?」
 ヨンが慌てて地図を広げて確認する。音の方向は北だ。
「未探索地域探索をやってる連中が居ないとも限らないわよ?」
「それもありますね……でも、どうします?」
「どうもこうもな。どれだけ北上すれば問題の場所に到着するかも分からないし、その脅威も知れない。
 報告するに留めるべきだとは思うぜ」
 サイボーグの言う事は尤もだ。
「どうせもうすぐキャンプを張る地点だ。後ろと相談して方針を決めるべきだろうな」
 それもそうだと皆は頷き、後方のトラックに停止の指示を行ったのだった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 その夜。
 
 野番をしていた獣人とドワーフのコンビに叩き起こされた一行はこちらに近づいてくる一団を迎える事になる。
「助かったぜ、悪いがクロスロードまでこいつを乗っけて行ってくれねえか?」
 モヒカンに世紀末ファッションという一団は誰もかれも土に汚れ、傷を手当する間も無いままここまで来たという有様だった。
 そして彼の指さす先、ボロボロになった彼らの車両には応急手当だけをしたと言う有様の、同じファッションの男が4人ほど苦しげに呻いている。
「何があったんだ?」
 ザザの問いにリーダー格らしい男は何もかもが馬鹿馬鹿しいとばかりに一つ肩を竦めた。
「ちょっと地獄の淵を覗いてきたのさ」

 僅かな話合いの結果、一行は重症者を乗せてクロスロードへの撤退を決定する。
 何よりも、彼らの持ちこんだ情報を早急に伝えるために。

「大量の顔野郎がクロスロードに向かって進軍してやがる」

 それが次なる混乱の幕開けであった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
(=ω=)
さて、常時クエストでおなじみのこれです。
これがわんさか沸いてくるというお話です。
正直何がどうなったらハッピーエンドかはさっぱりです、わはーw

この後、他のパーティも撤収という運びになり、対『(=ω=)』作戦が立案される事になるのでしょーが。

次回は良いアイディア募集回という感じですかねー。
ではよろしゅー。


襲来! (=ω=)
(2011/02/26)
 それはまるで遠雷のようだった。

 数十キロ先から響き渡る音。
 夜には地平が輝く事すらままあった。
 クロスロードの住人はもちろん何が起きているのかは知っている。管理組合は情報統制などはまずしないし、得た情報はほとんど垂れ流すからだ。
 だから疑問はただ1点。

 一体、どれだけの数が居るんだ?

◇◆◇◆◇◆◇◆

「現状を報告します」
 管理組合のスタッフが居並ぶ幹部の前で一声を挙げた。
「現在クロスロードより約70km離れた地点で先行部隊が迎撃中。少しずつ撤退しながら食い止めている状態です。幸い敵は誘爆を起こすので少ない攻撃でまとまった数を撃破できていますが、その爆風による被害もあり前線を維持できる状態ではありません」
 大型のディスプレイに概略図が映し出される。
「敵は1種類。『顔野郎』『得体のしれない何か』など様々な呼称がありますが、ある程度広まっている『ナニカ』と言う名前を当作戦時の呼称とします。
 ナニカは目測でもすでに万単位発生。北東、北、北西の三方向から防衛地点に殺到しており、その発生源は不明です。感覚での報告となりますがその数は次第に増えているとのことです」
「このまま前線が下がれば北砦までどのくらいだ」
 参加者の一人がそう問いかける。
「被害が現状に留まれば5日ほど猶予はあります。しかしクロスロードからの距離もありますし、広い前線を敷けているわけでもありません。
 包囲される危険を考えるならば早めに前線をクロスロードに引き付けるべきでしょう」
「しかし、それだけ離れているにも関わらずここまで響く轟音だ。
 街への被害はどうなのかね?」
「それに引き付ければ引き付けるほどナニカの量も増えるだろう。
 つまりそれは被害も増えるという事になりかねん」
「いや、しかしそれでは各個撃破されていくようなものだ。敵の戦力は今のところ無尽蔵なんだろ?」
 がやがやと意見の交換が始まるのを黙って見つめる。
 実際どこまでが安全か。そんな基準はどこにも見出せていなかった。
「その前にナニカの性質を説明したらどう?」
 どこからかの声に議場は静まり返る。
「そうですね」
 説明員は頷いて周囲を一度見渡した。
「まずこの生物を目標とした攻撃は必ず命中しません」
 頷く者ときょとんとする者の二者に別れるのを彼は見た。
「ナニカがクロスロード近辺まで侵入する一因でもあるのですが、どういう原理かは分かりませんが、このナニカを標的にした攻撃は必ず外れるのです。
 対処法は巻き込みを狙った攻撃となります。また今回のように密集している状態であれば狙った物以外に命中する事が期待できます」
 ざわめきが収まるのを待つ。
「活動は夜間の方が活発です。昼間に動けなくなるということはありませんが動きは鈍くなります。攻撃手段は無し。対峙するとじっと見つめるような行動をとる事があります。
 そして一番の問題が自爆能力です」
 映像が切り替わり饅頭に「=ω=」を書き込んだだけのような、シンプルな物体が映し出される。
「一般的に確認されている自爆持ちの怪物の数倍の爆発力を持ち、しかも爆発の後1度だけ起き上がる事が確認されています」
「《復活》持ちで《自爆》持ちなのか」
「それから壁に垂直に張り付いて登る事も確認されています」
「自爆は自分で行うのかね?」
「いえ、外部衝撃が必要です。しかし日光に弱いらしく昼間は弱っていますので勝手に転んで自爆する事もあります」
「迷惑だな、オイ」
 場違いな突っ込みだが、皆思いは一緒らしく黙殺。
「つまり、なるべく距離を開けた状態で二度倒さねばならぬ、ということだな?」
 老練を思わせる声に呻きが漏れる。
どう考えても厄介だ。
「やる事は変わらない。遠距離攻撃と機動戦力による迎撃で削るしかあるまい。
 奴らは導火線と火薬が一緒になったようなものだ。一度火が付けばまとめて吹き飛ぶ」
「空爆ができれば楽なんだけどね」
「空爆を行うつもりならばせめて北砦から有視界内での戦闘を行う必要がある。そこまで前線を下げて良いものか?」
「北砦が持たない可能性すらあるぞ」
「しかしこのまま遠方に前線を置いていて良い事はあるまい。まともな救援どころか、状況すらも分からないのだからな」
「削りは継続的に行うべきだ。背水の陣を敷くわけにはいかない」
「要するに」
 凛とした声が会場を制圧する。
「ナニカの底が見えない。それが問題ということですね」
 東砦管理官メルキド・ラ・アースの言葉に皆が同意を込めた沈黙を返す。
「あらゆる作戦を立案するための当たり前の情報。この世界はそれを知る事すら許さない、か。無限ではないと思うが大襲撃や再来の規模を思えば更に万の数が出てきても不思議じゃないね」
 どこか他人事のように言葉を継いだのは南砦管理官のイルフィナ・クォンクースだ。
「街でも結構対応策が紛糾していてね。そこから面白そうな案をいくつかピックアップしてみたんだ」
 立ちあがったイルフィナはカツカツと進行を務める管理組合員の横へと進み出た。
「前線基地を作ろう」
 そして彼はそう言い放つ。
「前線基地、だと?」
「そう。ポイントはクロスロードより北に30km。ここに即席の陣を張る。
 目的は『再来時』の衛星都市と同じだ。ハリネズミとして可能な限り敵戦力を削る」
「陣など敷いてしまえば囲まれるだけだ。そうなれば爆風で何もかも吹き飛ぶぞ」
「だからアースを連れていく」
 間髪入れない言葉に誰もが口を噤む。彼女が作り上げる防壁の堅固さを知らない者は居ない。
「連れて行くってよ。お前が行くのかよ?」
 やや嫌の籠る声音に青髪の青年は涼しげな視線を向けた。
「接近バカのお前に任せる理由がないだろうに」
「自爆の一つや二つ、避ければいいじゃねえか」

 可哀そうな物を見るような視線が集まる。

「セイ、貴方は黙っていてください。居た堪れません」
 ため息を吐きつつアースが頭を抱えた。
「俺、おかしなこと言ったか?」
「一つや二つなら誰も苦労してないって事だよ。とにかくお前はクロスロードで待機だ」
 セイ・アレイ。西砦管理官は更に文句を重ねようとするがアースの冷たい視線にうぐと言葉を飲み込む。それから不貞腐れたようにどがりと椅子に座り直す。それを見届けてからイルフィナは改めて皆を見渡した。
「陣の2つ目の目的は行動パターンの精査。あちらがその陣にどれほど興味を持つか。そしてこちらの攻撃に対してどう対処してくるか。
 何よりも、アースの作る防壁にどう対処してくるかは水際で戦わなければならなくなった時にどうしても必要なデータでしょう」
 確かにという声は数か所から漏れた。
「三つ目は最後の打撃を与える地雷です。
 破棄の際に派手に爆発でもさせましょう」
「で、その砦にはどれだけの人員を持ちこむのかね?」
「私達2名を含む10名」
 ざわりと空気が振動する。
「少なすぎる」
「多ければ良いという物じゃない。それに撤収の際に多い事は命取りだ。
 食料などの問題もある。身軽であるのが一番の条件だろう?」
「……メンバーの選抜は?」
「目を付けてる探索者が数名いる。受けてもらえるかは今からだけどね」
 言いながら、イルフィナは会場のある一点に目を向ける。
 そこには大柄な男と、線の細い美女が並んで座っている。男は憮然と、女は苦笑気味に。
「思いついた対策案を進言しただけなんだけどね」
 女の方───クネスの囁きに男───ザザが憮然としたままに注目を浴びて微笑を振りまく青年を見据えた。
「俺たちも提案者と言う事で含めるつもりか?」
「今の口ぶりだと選択の自由はありそうよ?」
 口元をへの字にしてザザは瞑目。クネスは改めて苦笑を浮かべて会場を見渡す。
 面白そうではあるけれども一歩間違えれば塵となりそうな話だ。
「本当に、どうしようかしらね」

◇◆◇◆◇◆◇◆

 その日の北砦はやや閑散とした雰囲気があった。
 元々大襲撃、再来、お花見と、怪物は南から来るような雰囲気があり、常時でも南側の方が対応件数が多い事から北砦の賑わいは他よりも一歩引く感じではある。
 逆に未探索地域調査という点では怪物に出くわさないに越した事は無いため、防衛任務のために訪れる者よりも未探索地域探索のための探索者が見受けられるような場所だった。
 しかし今回の件が発生してなお北方向への未探索地域調査を開始しようという物好きはそう居ない。引き返してきたばかりの者たちがまとまった情報をようやく得て目を白黒させているという光景がちらほら見られる。
「流石にアポイントも紹介も無しに直接会いに行くのは難しかったかな?」
 ヨンは苦笑しながら砦内を歩く。できれば管理官に会って話をしたいと考えてここまで来たのだが、
「まぁ、私みたいな突発の面会者にいちいち対応してたら時間が無くなりますよね」
 せめてそれなりの人に紹介状でも書いてもらえば良かったと反省しつつ、折角来たのだからと情報収集を行っている。情報が欲しいのは誰も同じだ。情報は比較的容易に集まった。
「臨時の防衛ラインですか」
 忘れたころに轟音の名残がここまで届く。何名かの猛者が遠く離れた場所での迎撃戦───それが継続している事を示すように。
 北砦ではすでに迎撃用の兵装の取りつけや爆風対策の土嚢積みなどが開始されている。これからそういう人足が詰めかける事になるのだろう。
 それを手伝うのも良いかと考えながら彼が歩いていると
「あれ? 吸血鬼ちんじゃん。キミもここに来たの?」
 聞きなれた声。おや?と思いつつ視線を向ければ若草色の髪と目を持った猫耳少女がこちらを見上げていた。
「おや、アルカさん」
「……」
 ちょっとした違和感。言葉を詰まらせたような、見間違いのような一瞬。
「にゅ」
 彼女はひょいと手を挙げてそれに応じる。
「お店の方は良いんですか?」
「問題ないにゃよ」
 まったく気兼ねもない言いっぷりに苦笑。
「出張サービスって感じだしね」
「なるほど。これからここも忙しくなりそうですしね」
 再来の時も(いろいろとサボってたらしいが)貴重な職人としていろいろ呼ばれていたらしいから今回も同じような理由なのだろう。特にユイが作る兵器群は今回の件には適していそうだ。
「まぁ、今からここも大変な事になりそーだから、さっさと安全な所に避難しておいた方が良いにゃよ?」
「考えておきますよ」
 ヨンは二コリと微笑んでしこりのように残る違和感に視線を走らせる。
「そんなに女の子をじろじろと見るものじゃないにゃよ?」
 にこりとそんな事を言われては「あ、いや、すみません」と引き下がるしかない。
「にふ。んじゃあちしは忙しいから行くにゃね。……またにー」
 ひらりと手を振ってゆらゆらと去っていく小さな背中を見送り、胸中の嫌な予感をどう処理していいものかと吸血鬼は天上の日を薄目で見上げた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
やっふい。神衣舞だお。
今回はアイディア提出回だったのでクネスさんとザザさんの意見はイルフィナさんが拾って持ちあげたという形にしました。代わりに管理組合の打ち合わせに強制参加です(笑
次回実験調査砦組には希望すれば行く事は可能です。
今回出てるアイディアもそこで実地調査を行うという事になります。
では次回リアクションよろしくお願いします。
襲来! (=ω=)
(2011/03/05)
「随分と大胆な作戦ですね」
「そーいえば、アレ預けっぱなしだからまー、なんとかなるんじゃない?」
「……多用しても良いのでしょうか?」
「わっかんない。でも出し惜しみしてもしゃーないしねぇ」
「……」
 ため息。そして視線は遥か北へと向けられる。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「よし、ここに陣を作ろう」
 ジープから飛び降りた青年がそう声を響かせた。
「予定通り展開を頼むよ」
 やたら爽やかな声音に向けられるのは冷めた半眼。ややあって彼女は車を降りて周囲を見渡した。
 僅かな集中とそして魔力の放出。

 ゴゴゴゴゴゴ

 地面が揺れる。探索者達はただ茫然とその光景を見ていた。
「話には聞いた事があるけど、凄いわね」
 クネスが呆れを通り越した苦笑を持ってそう呟いた。
 一同を囲む12体のゴーレム。その体長は10m近い。それを一瞬で作り出した少女はさっと杖を奮う。
 ゴーレム達は地響きをまき散らしながら移動し、突如その形を崩す。しかしそれは崩落ではない。適切な場所で変化をしただけ。あっという間に半径20mほどの円形に1メートル半ほどの高さを持つ塹壕が構築されたのだ。
「手を加える必要もねぇな」
 力仕事ならと考えていたザザも肩を竦める。
 そうしているうちに小さなゴーレムが作り上げられて移動。数秒後には土壁の家が2つ、その中に作り上げられていた。
「……」
「何ですか?」
 周囲の探索者達が圧巻という雰囲気になるのは当然だろう。しかしそれを知って指示したはずの青髪の青年が抱く何かを透かし見るような眼にアースは訝しげな表情を作って睨み返す。
「いや、御苦労さま。さぁ、みんな。とりあえず1時間休憩しよう。作戦についてはそれから改めて説明する」
 この地に訪れた探索者は計12名。
 死地のど真ん中とも言える場所での偵察作戦が始まった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「あれ? おかしいなぁ」
 各砦は大襲撃を想定した出城としての機能を想定されているためそれなりの規模を有する。しかし建物はそう多くなく、人探しに苦労するという程でもない。
 きょろきょろと周囲を見渡すが、どこを見ても忙しそうに防衛任務の準備をする探索者ばかりが目にとまった。
「アルカさん、どこに行ったのかな?」
 ヨンは先ほど会った猫娘を探していたのだがこれがどうにも見つからない。
「もしかしてもう帰ったのかな?」
 出張と言ってたから何かしらの作業をしていると踏んだのだが。
「んー」
 ぐるっと砦内を一周して砦の管理所に戻ってきてしまった。ここでは防衛任務の受け付けや割り振りを行っており、内部は区役所兼公民館のようになっている。
「ああ、管理組合の依頼かもしれませんね」
 そう呟いて内部へ。それからいつもよりは賑わいの薄いカウンターへと向かう。
「あのぅ」
「はい?」
 受付をしている有翼種の男性がヨンへと視線を向けた。
「ここに『とらいあんぐる・かーぺんたーず』のアルカさん、来ていませんか?」
「……? 少々お待ちください」
 男は立ちあがって背後でデスクワークにいそしむスタッフの方へと歩いていく。いくばくか話をすると話を振られたスタッフも知らないとばかりに首を振る。
 やがて戻ってきた彼は「いえ、今日はいらっしゃっていないと思います。少なくとも管理組合で彼女を招聘などはしていません」と答えた。
「ああ、そうですか。お手数をおかけして申し訳ありません」
「いえ」
 こうなると帰ったという可能性が高いなと考えて、ついでにと何か手伝いを雇っていないかと尋ねようとした彼は近づいてくる女性に気付く。
 青銅色の髪の女性────彼女はどこか遠くを見ているような、感情が薄い瞳をヨンに向けていた。
「管理官」
 有翼の男が漏らす言葉に確信する。彼女がこの北砦を任された管理官。スー・レインだ。
「あなた、ケルドウム・アルカを知っているの?」
「え、まぁ、お客としてですけど」
 抑揚の薄い声音に頷きを伴って返答すると「そう」と呟き、「丁度良い」と続けた。
「あなた、街に戻るつもりはある?」
「街に、ですか?」
「彼女に依頼している物を取ってきて欲しいの。お使いの手が欲しかったから知り合いなら好都合」
 淡々と続けられる言葉に「え」と声を漏らす。だってその相手はこの北砦にまでわざわざ来ていたはずだ。
「アルカさんなら先ほどここで見ましたけど?」
「……?」
 整った美貌がほんのわずかに歪む。それは訝しむという表情だろうか。
「私宛に届け物、ある?」
「いえ、受け付けていません」
 翼の男はスーの問いかけに即答した。それを受けて彼女は天井をほんの少し見て、ヨンへと視線を戻す。
「あなたが見たのはエンチャンターのケルドウム・アルカ?」
「え、ええ。そのつもりですけど」
「……」
 どういう事だ?と疑問が脳裏に疼く。
 サボって歩きまわっていたというのが一番ありそうな回答だろう。しかしそこらの探索者相手ならまだしも管理官なんていう人の依頼を放り投げて?
「……」
 またしばらくの沈黙。それから彼女は眼を数秒伏せた。
「その件はどうでもいいか。あなたが街に戻って彼女から荷物を受け取ってここまで戻ってくればなにも問題は無い。お願いできる?」
「……」
 先ほど猫娘と出会ったときにあった嫌な予感が彼の胃をぐるりと威嚇した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「来やがったぜ。間もなく地雷原に突入する」
 翼を生やし、その巨体を空へと持ちあげたザザが下へと声を飛ばす。
 その数秒後

 どどどどどどどどどどーーーーん

 一つの爆発が連鎖爆発を生んだ。
「あいつら……」
 ザザの声はもはや届きようがない。そんな音の嵐の中で彼の両目はその爆発を避けようともせず、むしろ「ひゃっほい」と飛びこまんばかりの(=ω=)を見た。爆風に飛ばされて空中で爆発する個体も次々と発生している。
「知性が無いのか?」
 まるでレミングスの集団自殺だ。次々に吹き飛んで、集団ひとつが爆発に散っていく。
 と─────

 どどどどどどどどどどーん

 爆発が違う場所で華を咲かせる。
 一度爆発し、吹き飛ばされたナニカが空中で復活し、着地の衝撃で再爆発したのだろう。
「《復活》か、タチが悪いな」
 起き上がるならもう一度ブン殴れば良い。それだけの事だったはずだが存在自体が爆弾であるナニカがこの能力を持つと別種の脅威に変貌している。
 無事に(?)復活したナニカが行軍を再開する。折角設置した地雷原は全て最初の爆発で吹き飛ばされており最早意味を為していない。
「自爆兵ってのは人間でも厄介だからな」
 怪物の脅威はその数、性能の多様性と同時に自らの命を顧みない突撃にある。その上爆発されてはたまった者では無かった。
 足元で攻撃の光がきらめいた。残ったナニカがあっけなくその攻撃に爆発していく。
 やがて静かになるとザザは地面に降り立つ。
「罠を避けたりする事を懸念してたけど、それ以前の問題だったわね」
「踏んで吹き飛ばす。あれじゃ資源の無駄だ。銃弾一発の方が効率が良い」
 クネスの言葉にザザが苦みを湛えつつ応じる。
「それに対しても爆発自体でナニカが周囲にまき散らされ広範囲に二次被害が発生する。これは北砦まで近づけるとどれだけ被害を受けるか分かった物じゃないね」
 イルフィナも苦笑を禁じ得ない。
 数度の実験ではナニカがこちらからのアクションに一切の抵抗も反応もせずただ近づいてくるという結果だけが残された。そして許容量を超えた攻撃の結果はやはり自爆である。
「怪物連中とは意思疎通はできないが、それでもやりあっていれば恐れや警戒という内心が透けて見える事がある。だがあいつらはわけがわからねぇ。兵器の類と思って相手した方がいいのかもな」
「そうなるとますます相手の総量次第になるわね……」
「総量か。キミは確かあのナニカがフィールドモンスターの使い魔か何かではないかと言っていたね?」
「可能性としてはあり得ると思っただけよ。もしかしたらあの第一発見のパーティがターゲットになっててそこに向かっているかもと思ったけど」
 時間を決めてヒャッハーズには場所の移動をしてもらっているはずだが進行に特別な変化は見られない。
「だが。フィールドモンスターがこれの発生源であるというのは私も予想していた事だ」
 イルフィナの言葉に皆言葉を留める。
「が、余り想像したくない真実でもある。もしそうであるならば、我々はこれだけの数のナニカを生み出す怪物の足元にまで近づかねばならないのだから」
「……」
 確かにぞっとしない話だ。しかし────
「でも、できない事でもない」
 アースの発言はクネスが提案した実験に則する。全員の視線が集まる先、そこには小さな土の囲いがあった。
「(=ω=)」
 その中に一匹。ナニカがぷるぷると震えて収まっていた。
「まさか手を出さなければ本当に何もしないとは」
「このまま放っておくといつかは自爆しそうではあるけど。壁にぶつかって勝手に傷ついたりとかね」
 クネスはそう言う物の今のところ大した動きは見せていない。1人上から観察しているのだが、大人しいものである。
「……視線に弱いとかか? いや」
 ザザがふと思いつきを言うが、自分で否定する。そうならばそもそも近づいては来ないだろう。
「ともかく出足は順調だ。可能な限りいろいろな事を試してみよう」
 一同は頷いて次の準備へと取りかかり始めた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

「こんなに簡単な事なのにね」
 ここではないどこかで呟きが漏れる。
「気付かないなんて……。違うか。気付いてて口にしてないだけ?
 ……多分そーだろうねぇ」
 そしてそれは生み出された。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
ちゃお。(=ω=)です。
自爆していいですか?(うずうず
余談ですがナニカは最初管理人のPCとして用意した経緯とかあったりなかったり。うひひ。久々にデータ見て「うわ。なんでこんなスキル持ってるんだよ!?」って驚いた自分がいますがw
もう一回だけ斥候組は現地派遣です。次はどういう展開になるかは分かると思いますが。ええ、お約束です(くふ
一方でクロスロードの方でもいろいろ起きます。新規参加誰かしねーかなぁ。
ヨンさんが一人でどこまで行けるか!(笑
襲来! (=ω=)
(2011/03/16)
 どーん、と。もう聞き慣れ過ぎた爆音が響く。それを見守る人々の表情は一様に困惑を表していた。
「一言で言うと子供の思考回路だな」
 代表するようにイルフィナが口を開いた。
 ナニカは興味を引く者があれば近づき、火があれば怯えたり、何故か飛びこんだりする。近くの爆発に怖がるように逃げる者も居れば、はしゃいだ様に周囲を飛び跳ねる者も居る。
 まるで子供の反応とはそういう一連の行動を指した物だ。
「しかし一通り興味が離れると南下───クロスロード方面に進行を開始するようですね」
 アースがコホンと咳払い一つ、言葉を継ぎ足す。
「正確には『扉の塔』へ向かって、だろうがね」
「ねえ、アースさん?」
 クネスがひょこりと現れてそう声をかける。
「はい? 何かありましたか?」
「ちょっと質問なんだけどナニカと同じ機能を持ったゴーレムって作れるかしら?」
「……それは自爆や再生の能力を持ったゴーレムと言う事ですか?」
「ええ。例えば内部に炎の魔術を閉じ込めたり」
「いや、別に魔術でそこまで仕込まなくても爆弾を内包すればいいだけだね」
 困惑するアースを横目に青髪の青年が口を挟む。
「ただ、私のゴーレムはあくまでストーンゴーレムやマッドゴーレムです。
 爆薬のような物を内部に仕込めば歩行の衝撃で爆発しかねません。かといってリモコン式では100mの壁に遮られて実用的ではありません」
 ナニカは手ごたえ的にはゴムボールと言う感じだ。
「爆弾抱えてナニカが来る方向へ歩いて、接触したら爆発するようなのって作れないのかなぁと思ったんだけど」
「いや、それなら普通のゴーレムに直進させれば同じさ。ゴーレムの質量で踏みつければまず爆発するよ」
「……確かにそれもそうね」
 クネスはやや考えるような素振りを見せる。
「それともアースが犯人とか考えてるのかい?」
「……」
 冷たい視線に「冗談だよ」と軽い口調で応じ「しかし、同じような事ができるのであれば、そんな事をしでかしている誰かを疑う事もできるって事かな?」とクネスへ視線を向ける。
「森の一件があったばかりだもの。でも前々から四方八方から来てたから流石にそれは無いと思うけど」
「妥当な判断だね。フィールドモンスターを相手にする事を考えたらそっちの方が対処は楽だろうけど」
 再来の時にもフィールドモンスターの討伐は数十人単位で当たって辛勝という有様だった。相手にしなくて済むならそれに越した事は無い。
「しかしよ」
 ぬぅと巨体の影が一同にかぶさる。
「斥候の一つも出さなくていいのか? 発生させてる元があるって考える方が妥当なんだろ?」
 ザザの言葉に一様に口ごもる。その必要性は感じているが何を措いても危険なのだ。
「俺なら飛べるし速度も出せる。斥候には最適だが?」
「駄目だな」
「駄目ですね」
 管理官二人の即答にザザはやや不機嫌そうに眉根を寄せる。
「理由はあるんだよ。一人で荒野を行けばまず返ってこれない。飛行ならなおさらだ」
「やってみなければ分からない」
「わかるんだ。これまで何度も試して来たんだからね」
 イルフィナがぴしゃりと言い放つ。
「ガイアスが戦闘機や無人偵察機までこの世界に持ち込んで航空調査を行った記録がある。それをはじめとした全ての単独飛行のうち、目視可能な観測距離────つまり4km以上離れたユニットが帰還した例は1つたりともないんだ」
 そう言われては流石に返す言葉も無い。
「何より恐ろしいのは失踪の原因が未だに分からない事です。原因が分からなければ対策の取りようがない。それがクロスロードに航空機器が無い理由でもあります」
 アースの補足に苛立たしげに頭を掻く。
「なれば単独でなければ良いか?」
 少女特有の甲高い声。しかし老人のような言葉づかいで新たな問いが差し込まれる。
「ザザとか言うたな。わしくらいなら乗っけても平気そうじゃな」
 見た目の年齢は10歳くらい。場違いとも言えるふわふわのドレスとそれに負けないくらいにふわふわした銀髪。ビスクドールが人に化けたような少女にザザは訝しげな視線を向ける。
「ティア君。君が離れるといざという時に困るんだけどね」
「アリスがおれば問題あるまい。管理官が二人もおって泣き言もなかろうがの」
 まいったなと頭を掻くイルフィナにクネスも疑問顔を浮かべる。
「管理組合の子なの?」
「違うよ。南砦でMOB対応組の子なんだけどね」
 MOBとは数十から数百といった大軍で押し寄せる雑魚怪物を指す言葉だ。こういう手合いには範囲攻撃をぶつけなければあっさりのみ込まれてしまう事もあり、各砦には範囲攻撃を得意としたチームが専任として詰めている。
「二人になった所で消失の可能性が薄れるとは限らないのですよ?」
 アースが咎めるように言うが「こやつの言う事はもっともじゃろ? まぁ、ぬしの言う事もまた一理ある。ザザとやら、ぬしがそれでも行くならわしは付き合ってやろう」と少女は言い放つ。
「オーケイ、アリス君の説得は君がするってのがティア君への条件だ。
 あとはザザ君が今の話でどう判断するかだな。必要性はごもっとも、いずれ行くならここからの方が効率は良い」
「イルフィナっ!」
 アースが咎めるが、青年は取り合わない。ゴーレム使いの女性は射殺しそうな視線をしばらく向けていたが諦めたように一度閉じ、それから周囲に目線を巡らせる。
やおらふうと疲れた吐息を漏らした。
「危険です。できればやめてください」
 最後にそうとだけ口にしてザザの判断を待つように視線を向けたのだった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「なにか妙な流れに巻き込まれている気がするなぁ」
 そうぼやきつつ路面電車に揺られるヨン。
 北砦でスー・レインに頼まれたお使いは『とらいあんぐる・かーぺんたーず』に荷物を取りに行く事。しかしその前に遭遇した事件がどうにも腑に落ちていない。
 近くの駅に着いた。路面電車から降りたヨンはどこかあわただしい町並みを横目に『とらいあんぐる・かーぺんたーず』へと向かう。その店構えが見えてまずは足を止めると周囲をよく確認。
「ミサイルとか今日は無いですよね?」
 無論答えてくれる人など居ない。深呼吸して一歩、また一歩と前へ。とりあえず今日は大丈夫そうだ。何故か長く感じる数秒を抜けると木製のドアをゆっくりと押しあけた。からんからんとカウベルの軽い音がゴールのファンファーレに聞こえるのはどうかと思う。
「にゃ? いらっしゃーい」
 一瞬誰も居ないと思ったがカウンターの向こうからひょこりと猫耳が飛びだす。
「V様じゃん。どーしたの?」
「……」
 引っかかりを覚える。
「V様?」
「V様っしょ?」
 なにを言ってるの的な雰囲気でちょこんと小首をかしげる。
「……吸血鬼ではなく?」
「にゅ? 確かに吸血鬼にゃけど。ヴァンパイア様って言った方がいい?」
 確かにV様のVはヴァンパイアのVでもある。
「……。ちなみにアルカさん。今日北砦に行きました?」
「み? あちしは今日はお仕事でずーっと工房にいたけど? いましがたできたからこれからお届けのつもりだったんだけど。なにか急ぎの用でもある?」
 でんとカウンターの上に置いたのはリュックサック。カウンターの後ろでごそごそやってたのはそれに荷物を詰め込んでいたらしかった。
「スーさんへの依頼品ですか?」
「にゅ? なんで知ってんの?」
 口を噤み、状況整理。あれだけ真正面から出会い、会話してとぼける意味が分からない。
「いえ……スーさんから荷物の引き取りをお願いされたんです」
「にゅ? あちしが届けるって言ったのになう。まぁ、行ってくれるなら楽ちんにゃけど」
「……えっと、ホントに北砦には行ってないんですよね?」
「んー? なーにー? まるであちしのドッペルゲンガーでも見たような感じにゃけど」
 くいくいと首を傾げつつ、ふいにその動きを止め
「もしかして、あちしを見たとか言う?」
 すっと目が細められる。身長と共に子供じみたくりくりとした若草色の目が鋭い光を宿した。どう答えた物かと迷う間に「ふーん。そうなんだ……」と彼女は考え込むようにして呟く。
「可能性は考えてたけど……ドッペルじゃなきゃ厄介にゃね」
「アルカさん?」
 ぶつぶつと独り言をつぶやく猫娘にヨンはどんどん嫌な予感が膨らむのを感じる。
「ああ、うん。V様お使いだったにゃね。だったらこれ、届けてくれるかな?」
 ずいとリュックサックを差し出される。
「え? アルカさんは?」
「あちしはちょっと用事ができたにゃ。んじゃよろしくね☆」
 ひょいとカウンターを飛び越して外に出て行く猫娘に手を伸ばすがあっという間に扉を抜けて居なくなってしまった。
「……」
 どういう事だ?
 ヨンはうっすら思い浮かびそうな回答を形にすべきかどうかから悩みつつずしりと重い荷物を抱えたのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
斥候案が出ましたが、一応出張組は帰宅準備です。
 ちゃお神衣舞だお。
 本当に斥候をやるんであれば返ってくるまでは待機と言う事になるかと思われます。
 一方のヨンさんはどこまで深みにはまるやら。

 さて、次のリアクションをお願いします。
 次回こなしたら「転」のターンに入る予定です。
襲来! (=ω=)
(2011/03/27)
「出る」
 ザザはしばしの沈黙の後で力強く言い放つ。
「そもそも敵の情報を得るのも陣を作った目的の一つだ。危険は承知で参加したはずだ。それにな、一度にこれだけの手練が集まる機会もそうそう無い筈だろう。
危険な状況に対して、強い対応力を持ったチーム……。
……不安は解るが、機は逃すな。」
 イルフィナはいつもの含んだ笑みを崩さず、アースはしばらく沈黙のまま、大男を見つめ、ややあって深くため息を吐いた。
「情報は持ち帰らねば意味がありません。無理はしないでください」
「分かっている。あくまで斥候だからな」
 ニィと笑みを作り、皆から少し距離を取る。
 ミチリ……と、ザザの体から音が響く。次の瞬間彼の巨体は何倍もの大きさに変貌していた。ただ巨大化しているだけではない。長大な角を有した長毛の獣がそこにある。
「お嬢ちゃん。速ぇぞ。振り落とされねえように、俺のたてがみを腰に結ぶんだ。
……人を乗せるのは初めてだぜ」
「ふむ。高速での飛行は慣れておるから気にせんでもよい。
 最近はワイバーンに乗っておるしな」
 その服を見る限り突風が吹けば風に乗って飛ばされそうにも思えるのだが、銀髪の少女は虚栄を張る事も、おじけつく事も無くただ事実と口にする。
「ティアロット君は分かっていると思うけど、なるべく低空スレスレを飛ぶようにね」
『何故だ?』
 体長が10mほどにもなったザザの問いにイルフィナはひょいと視線をあげる。
「さっきも言ったけどね、今まで単独飛行をして帰ってきた例は一件も無いんだ。ただホバークラフトはその限りにない。戦闘や回避の時に一旦空に逃げるのはアリかもしれないけどね、移動に限れば低空に居た方が良いだろう」
『なるほどな』
 元より危険な行動だ。そこに得られる安全があるのならば選択するに越した事は無い。
「多少囲まれてもティアロット君が居れば活路を作るのは難しくないだろう」
「まぁ、できる事はするよ」
 少女の体がふわりと浮き、ザザの上に乗る。彼女が触れていないのに毛がざわめくのは
『風か?』
「高速移動用の防風術じゃよ。本来は飛行魔術と併用するんじゃが、節約のために移動はぬしに任せるよ」
 事も無しと少女は言い、ザザはほんの少しだけ口の端を吊り上げる。
「地上で手の開いている奴は、陽動もやるだけやってみてくれ。……なんでもいい。ナニカが興味を引くなら、阿波踊りでも何でもやってみろ。」
「阿波踊りが分かりそうな人、居なさそうな……」
 アリスとか言う金髪の少女が呆れ気味に呟く。地球世界の中でもごく一地方の踊りを知っている可能性は限りなく低いだろう。
「こちらでもいろいろはやるさ。問題は視界外まで出た時だろうけどね。
 とりあえずは3時間。丁度日暮れ頃だ。それまでに戻って来なければロスト扱いとする」
 酷薄な言葉だが長逗留できる場所でもない。そして捜索する事もほぼ不可能だ。
『置いていかれないようにするさ』
「期待してるよ」
 ばさりと巨大な翼が大気を打つ。
『嬢ちゃん、いいか?』
「うむ」
 短い応答を聞き、彼はその身を陣の外へと向けた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 再度北砦に向かう前にヨンは最近行き慣れた感のある場所へと向かっていた。
 アドウィック探偵事務所。
 自称名探偵、通称人探しの達人の元へと足を進めながらヨンはぶつぶつと思いだすように独り言を口にする。
 実のところ彼にはアルカによく似た他人に心当たりがあった。しかし彼の時間からして100年も前の出来事だ。その記憶はやや曖昧としている。
「あの人、自分の事を異次元同位体みたいな言い方をしていた気がしますけど。
 ……あれ? 二重存在ってまずいんでしたっけ?」
『《ターミナル》を基礎とする理論上、二重存在という物は存在しないとされています』
 PBの声が脳裏に響く。どうやら質問と捉えたらしい。
「どういう意味?」
 丁度良いと問う。
『ユーザー様と良く似通った世界からユーザー様と姿かたち、来歴の似通った方が《ターミナル》に訪れる可能性はあります。しかしユーザー様とその方は別人です。ユーザー様視点で言う『他種族の見分けがつかない』という状況に等しいだけです』
「……つまり、私には見分けがつきにくいだけで別の人から見れば全然他人……ってこと?」
『正確な表現ではありませんが、契約等で魂の形を見極める種族等は間違える事は無いかと』
「……じゃあ、あれは別の世界のアルカさんである可能性はあるわけだ」
『ただ補足して申し上げると、これまで《別世界の自分》との遭遇例は1件もありません』
「……え?」
 それは少し気になる話だ。
『例としては数万確認されているはずの《地球世界》から、唯一個体とされる神族はそれぞれ1柱ずつしか確認されていません。これが偶然か必然かは今のところ不明です。
 ただ別名や別の姿とされる存在は稀に2重に見られる事もあります』
「……つまり、私は別世界の私に遭う可能性は低いって事かな?」
『報告件数0の事象です』
 何とも機械的な答えだ。今の理解としては「まずあり得ない事」と思うべきだろうか。
「じゃあ彼女は?」
 PBは沈黙。説明は機能にあるが解析や判断は仕事ではないという事か。
 そうやっているうちにアドウィック探偵事務所の看板を見る。
「すみません。居ますか?」
「やぁ、いらっしゃい。今度はどうしたんだい?」
 今度は、と言う言葉がやや引っかかるが最近そう言われてもおかしくないペースで着ている気もする。
「実はですね。アルカさんを探してもらいたいんです。いや、なんというかもう一人のアルカさんと言いますか……」
「ドッペルゲンガーでも見たのかい?」
 人探しを得意とする彼ならば先ほどのPBの説明はすでに知っているのだろう。さらりとそんな言葉が返ってくる。
「そうか、誰かの変身である可能性もあるのか」
 管理組合や大組織の幹部ほどではないが彼女も十分に有名人だ。
「……ん? 今度はどんな厄介事を引いて来たんだい?」
「……いや、まぁ厄介事と言いますかね」
 反論しても仕方ないと事のあらましをアドウィックに語って聞かせると探偵は考えるように視線を宙へ彷徨わせる。
「で、その偽物らしいアルカ嬢を探してほしい、と。
 しかし本物が追っているんじゃないのかな?」
「そう思うんですが……知り合いの可能性もあるので少し気になって」
「気になるくらいじゃ僕の所には来ないだろう?」
 まったくもってその通りだ。
「……私の知っている通りのあの人であれば、なにかやらかしても不思議じゃないんですよね……」
「……君は本当に正義の味方が似合ってるねぇ」
 楽しげに探偵は言葉を吐く。
「わかった。その依頼は受けよう。すでにアルカ嬢が動いているのであれば結果が出せるかは微妙だけどね」
「はい、お願いします」
 その瞬間。

 ぉぉおおおおおん

 遥かかなたからの音。またナニカが大量に爆発したのだろうか?
 音の方向をしばらく見つめ、思い出したように視線を戻す。
「これは正式な依頼と言う事で構いませんから」
「うん。わかったよ」
「所長」
 メイドさんが現れていた。
「どうしたんだい?」
「先ほどの爆発、北砦です」
「え?!」
 声を挙げたのはヨン。なにしろここを辞したら行くつもりだった場所である。
「間違いないかい?」
「位置だけで言えば87%と言う所です」
「砦はどうなったんですか?!」
「分からないよ。本当に北砦なら知らせは早くても十数分後さ」
 確かにその通りだ。むしろその速報自体がどこからの情報か気になる所だが、この探偵がネタばれするとは思えない。
「……私は北砦に行きます」
「わざわざ渦中に飛び込まなくても」
「……お使いも頼まれてますからね」
 ヨンは無理に笑って探偵事務所を飛び出す。
「お気をつけて」
 飄々としたアドウィックの声がその背中をなでたのだった。

 十数分後、ヘルズゲートに辿り着いたヨンはメイドの言葉が事実であった事を知る。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「要するに、怪物が知性を持っているかどうか、ということだね?」
 クネスの言葉をイルフィナはそう要約した。
「……そう言う事になるかしら」
「確かに大襲撃や再来、それ以外の怪物の襲撃を見る限り、怪物に知性は無いように見えるね」
 大襲撃といい再来といい、作戦行動らしい動きは一つも見られない。
「だが、戦争に置いてそれは珍しい事じゃない。数が圧倒的に勝っていれば下手な策を弄する前に突撃をする方が被害も費用も減るという物だ」
「でも結果はクロスロード側が守りきっている」
「その通りだね」
 一度言葉を切って考えをまとめなおす。
「あんな数の怪物、どこからくると考えているのかしら?」
「私は『もう一つの塔』はあると考えているよ」
 『もう一つの塔』。
それはクロスロードの真ん中にそびえ立つこの世界の建築物。そして来訪者たちをこの世界へ導いた扉の集合体である『扉の塔』と同じく、『怪物』を導き続ける『扉の塔』があるという説だ。
「もっとも、四方八方から『怪物』は襲来しているからね。数からしても1つかどうかは怪しいところだけど」
「もしそうならこの世界には悪意しかなさそうね」
 イルフィナは苦笑で応じる。その可能性は無いとは言えない。
「ただ、大迷宮のフィールドモンスターは大量に『怪物』を生む能力を持っていた。他のフィールドモンスターがその能力を持っていても不思議ではないだろうね」
「彼らが探しに行ったのは『それ』ってことよね」
「まぁ、そうなるかな。フィールドモンスターと呼ばれる強力な種がこの世界に本来あった建造物や自然物が変化したものであるというのは既に証明された事だ。そしてある程度姿や能力は元の形に依存する。今回もフィールドモンスターが居るとすれば工場か火山か……そんなところじゃないかな」
「でもそれなら『もうひとつの塔』は理論上必要無いじゃない」
「まぁ、そうなるかな。今回のナニカの発生源がフィールドモンスターである可能性は高いと思う。これは怪物が一種類のみであるという事実に基づくものだ。『大迷宮』のフィールドモンスターも1種類の怪物しか生まなかったからね。春に襲来する『桜前線』にしてもその親となるフィールドモンスターが居るかもしれない」
 だが、とイルフィナは言葉を接ぐ。
「大襲撃。再来の際の怪物の多様性、そして共に南からの進軍であったこと。この2つと我々が背負う『扉の塔』が存在するという事実。これらを鑑みれば『もう一つの塔』があるという推論は見当違いということは無いだろうね。
 さらに言うならば……前文明と言うべきこの世界固有の文化は恐らく怪物によって滅ぼされている。この世界の自然物や人工物がこの世界の特性として『変容し、怪物になる』というのならば……自然物は仕方ないとしても人工物を作るという文明は生まれないと思わないかい?」
 確かに、それは身近に脅威を生みだす行為に他ならない。
「だからこう推測する。
 前文明は2つ、ないしはそれ以上の『扉の塔』を作った。しかしそこから現れた怪物に文明の全てを蹂躙された。
 ……何故我々の知る『扉の塔』だけが残っているのかは分からないけどね」
 穴だらけの予想にクネスはきゅっと眉根を寄せた。穴だらけである事は彼とて承知なのだろう。
「じゃあ怪物は蹂躙だけが目的なのかしら?」
「知性の話だね。基本的にはそうであると考えているよ。本能として怪物以外を蹂躙する事を刻まれた獣、というのがふさわしい表現じゃないかな?」
 確かにそういう傾向はある。個としての戦い方はあっても集団戦という思考は欠片も無い。獣の群れを相手にしている風というのは言い得ている。
「ただ、それは油断でしかないからね。そうは考えない方が良い。
 決めつけてしまえば視界は狭まるばかりだ」
「それもそうね……
 ……あとは、そうね。怪物の発生って無尽蔵なのかしら?」
「『もう一つの塔』があるとすれば無尽蔵だろうね」
「フィールドモンスターからは?」
「何とも言えない。が、そうである可能性は否めない。
 そもそも怪物の特性のひとつとして、彼らは寝る必要も、食事をする必要も無いということだ。血も肺も、消化器官もあるというのに数百キロ以上の距離を彼らは不眠不休で踏破する。我々が既知としない方法でエネルギーを得ているか、或いは消費という概念が無いか……どちらにせよリミットがあるとは考えづらい」
「三流ホラーね」
「吸血種の君が言うかい?」
 イルフィナの苦笑に応じて黙考。
「あたしたちが勢力をのばせば伸ばすほど、向こうが強くなる可能性は?」
「分からないね」
「異世界から物や人材を持ち込めば持ち込むほど、消費したそれらが循環して怪物になってるって可能性は?」
「あり得るというだけだ。ただ、怪物の特性に破壊した物を怪物に再構成するという物もある。死者がゾンビになって起き上がってはいないから全てがそうと言うわけではないんだろうけど、循環でなく取り込みはあり得るというくらいだろうね」
 ふぅとため息一つ。
「結局まだまだ何も分かっていないということさ」
「そうみたいね」
 今回の一件で新たになにかを知る事はできるのだろうか。
 クネスはザザ達の向かった方向を眺め見て小さく呟いた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『うじゃうじゃ居やがるな』
 高度は僅か3m程度。距離は陣から数キロというところか。迷子になるのを避けるために今のところまっすぐ北へ直進している。一応PBの地図機能は優秀なのでそれほど心配しているわけではないが。
 当初地表を滑るように飛んでいたが、次第にナニカの数が増え、今は地面の方が割合が少なくなっている。不意に爆発でもすれば巻き込まれかねないため、僅かに高度を挙げたという所だ。
「密度からすれば北に直進すべきのようじゃが」
 かなりの速度を出しているが少女は苦しげな様子も無く言葉を届かせる。これも風の精霊を従えての行為だ。淀みなく会話は成立している。
「一撃くれてやれば地平の果てまで吹き飛びそうじゃな」
『……一発やってみるか?』
 応答はしばらくない。ややあって「まだやめておこう」と少女は呟いた。
「この先を調べてからでも遅くは無いし、今は密度の濃い方向に行くという指針になる」
『しかしなぁ』
 この高さは正直ぞっとしない。爆風は容易に届くし、複数の爆発は空中に多重の衝撃波を生む。運が悪ければボロ雑巾のようにされてしまうだろう。
「なに、いざと言う時は手段がある。気にするでない」
『先にその手段とやらを教えてもらいたいんだがな』
「成功するか分からんし、慢心にもなろう。そうならぬ事を願っておく事じゃ」
 随分と手厳しいというか、酷薄なものである。ただ魔術の扱いと肝の据わり具合だけは認めて良いだろう事はわかった。
『確かにな。万が一の時は期待してるさ』
「うむ」
 翼が風を食んで体を前へと押し出す。ぐんと加速する先は白饅頭に埋め尽くされた大地のみ。
 ティアロットの手には小型の双眼鏡がある。カメラのズームは当てにできないので小型のハンディカメラは首にぶら下げられていた。
『30分経過』
 PBからの思念。距離や時間など特定のタイミングで知らせるように設定しているのだ。帰りを考えれば工程の三分の一を経過した事になる。
『クロスロードからだいたい50kmってところか』
「うむ。しかし妙じゃな」
『妙だと?』
「うむ。ナニカ以外の怪物がおらぬ」
 そう言えばそうだ。大地は真っ白。それ以外の怪物はトンと見た覚えがない。
『あらかた吹き飛んだんじゃないか?』
「じゃが飛行能力を持つのは残る」
 即答に口籠る。
「ロストの原因がどこから忍び寄るかも分からんと思っておったが……これはこれで不気味じゃ」
『確かにな。どうする?』
「……予定通り直進じゃな。いまさら行くも戻るも変わらぬ。
 そもこの辺りは未探索地域でもない。なにも無い荒野とは言え地図には記されておる」
 一応未探索地域は避ける事にしている。現在クロスロードから100km圏内で未探索の地域はフィールドモンスターが居る可能性が高いからだ。
『豪胆な意見だが、悪くはない。下の連中、俺たちを余り気にしてないようだしな』
 地面を這うというか転がるというかのナニカはこちらに気づいて見上げる事はあっても特に何かをしようとはしない。元々クロスロードまで来るナニカも積極的な攻撃は行わない。
『この先、未探索地域あり』
 PBからの警告。
『ギリギリまで寄せるぞ』
「うむ」
 速度を落として未探索地域までの距離を詰める。もちろん明確な境界線があるわけではないので地図上に表記された境界線からおおよそ50mを目指す。
「クロスロードから北方向にまっすぐ進んだ時に当たる未探索地域じゃな」
『ある意味本命だな』
 完全に速度を殺して滑空。周囲を見渡すとこころなしかこの先からぞろぞろと湧いて出てくる気もする。先入観かもしれないが。
『強硬偵察……はリスキーだな。周囲をぐるっとやってみるか?』
「……」
 返事がない。まさか落としてしまったかと訝しむが、感覚はある。
『おい、お嬢ちゃん』
「……ああ、すまぬ。ちと異様な物を見たでな」
『異様な物、だと?』
 目を凝らすが相変わらず地面は白い。
『何を見たって言うんだ?』
「……術式じゃ」
 重い一言にザザは怪訝な声を挙げる。
『術式だ?』
「この先の地面に術式が刻まれておる。……ついでに言えば見覚えがある形式じゃ」
『……はぁ?』
 地面に魔法陣だかなんだかがある、それだけならまだあり得る話だが、それに見覚えがあるというのはどういう事か。
「正確には地面で無く地中なのじゃろうな。多重魔術による立体魔法陣────」
『分かるように言ってくれないか?』
「……この先で何者かが魔術で仕掛けをしておるようじゃ」
『なにものって言うと?』
「即断はできぬ。言えるのは生半可な術者ができる事ではない、と言う事じゃ」
『お嬢ちゃんにもか?』
「多重起動くらいならできんでもないが、魔法陣を多重展開して長期間維持させるという離れ技は無理じゃ」
『だが、見覚えがあると言ったな?』
 ザザの言葉に少女は沈黙。ややあって「うむ」と弱い音を返す。
「……あの陣は恐らく圧縮言語による瞬間構築を行っておる。独特なんじゃよ」
『それは……犯人が特定できてるって事じゃないのか?』
「この世界において、特定はできぬじゃろう」
 ありとあらゆる世界と繋がる世界。そういう魔術を開発している世界があってもおかしくは無い。
「が、……もう少し考えをまと────」
 声が途切れ、詠唱へと変化。足は前へと蹴りだされ、それがサインだとザザは気づく。
『チィっ!?』
 なにかが───違う、ナニカが飛んできた。まるで砲弾のように数十の何かがこちらへと飛んでくる。

≡≡( T ДT)

 明らかに自分で飛んだというよりも、分投げられたような荒々しい飛行。飛んでくるナニカは涙をまき散らしながらこちらに迫ってくる。
「高度を上げよ!」
『応っ!』
 つけ根が軋むほどに強くはばたかせて急上昇。次の瞬間、ザザは己が金色の雪の中を舞っている事に気づく。
『こいつは……!?』
「─── 煉獄より至りて吼え猛れ
 ───《輝夜》」
 飛来したナニカが金の雪に当たった瞬間

『(T△T)アヒャ』

 爆発を起こす。だがナニカは1度復活する。それもすぐに次の雪に当たって再爆発し、塵となって消えた。雪は空だけでは無い。地面にも降り注ぎ

「来るぞ」
 腹が焼けるようだった。
 爆風、熱風が、翼を折りたたんだにも関わらず10m級の巨体を押し上げる。
『グォォオオオオオオオオオ!!』
 姿勢制御をする余裕もないが、少女をあんな爆発地獄の中に叩き込むわけにもいかない。必死に腹を下にするようにして上昇させられるがままにする。
『お嬢ちゃん、無事かっ!』
 錯覚かもしれないがぐいと毛を引っ張られたような感覚。今はそれを信じるしかない。
 一瞬か永遠か。時間の感覚が無くなるとはこの事か。
どれだけの時間、爆風にもまれただろうか。
 不意に圧力が薄れたと思うとその体は重力に引かれて────

 再びの衝撃。

 二度目の爆発が白の大地を灰と紅蓮で汚されていく姿が脳裏に焼き付く。
 しかしすでに20mほどまでに押し上げられている。その衝撃は前に比べればそれほどでもない。
『ぉぉおおおおおおお!』
 翼をこじ開けるように開き、浮力を得る。不規則な衝撃に揺られるがなんとかいなしていく。
『落ちてないよな!?』
「なんとかの……」
 応答にほっとする。しかしまぁ、良くもあの細腕で耐えた物だ。
 そう思っていると少女の姿が眼前へと舞い降りる。最後の最後で落としたかと焦るがどうやら彼女自身の魔術で飛んでいるらしい。
「悪いがぬしの体を盾代わりにさせてもらったぞぃ」
『いや、無事で何よりだ』
 よくよく考えてみれば、もし少女が自分の毛に体を巻きつけていたら腰やら腕やらがねじり砕けていたかもしれない。
『しかし……あんな不規則な爆風でよく吹き飛ばされなかったな』
「多少運を操る事もできるでな。ぬしも大した事が無かったじゃろう?」
 言われてみればそうだ。
『後で悪運に見舞われるなんて事は無いだろうな?』
 もうもうと土煙りを上げる大地を横目に軽口を叩く。今はとにかくほっとした。
「かもしれぬな。……」
 だが帰ってくる言葉は重い。その視線は恐らく魔法陣だかなんだかがあるという未探索地域の方向。
「急いで戻るぞぃ。今なら低空飛行でも大丈夫じゃろ」
『……わかった。飛ばすぞ』
 少女は再びザザの背に着地し、ぐっと一度毛が引っ張られる。
 翼は痛む事なく己を前へと押し出してくれている。その感覚を確かめながら思う。
 あのナニカは明らかに自分達へと向けて投げつけられていた。あのナニカの顔を見る限り……まぁ、そこを理由としていいかは分からないが、自分で飛んできたようには思えない。
『なにが居やがるんだ……?』
 独り言に少女は応じなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「状況は?」
 青銅色の髪の少女の声音はいつも変わらない。が、今日に限ってはやや厳しいと管理組合員は感じていた。
「全32箇所に設置されている迎撃兵装のうち北側を主とした12箇所が大破。8箇所が中破……」
「原因は?」
「魔術の痕跡があります。恐らく遅延発動型かと」
「……人的被害は?」
「負傷者28名。幸い死者は居ません。
 ただ……兵装の所に居たスタッフの誰ひとり犯人らしき姿を見ていないのです」
「……」
 これほど大掛かりな仕掛けをしておきながら誰ひとりその姿を見ていないという事があり得るのか?
 姿を隠したり、消したりする手段はある。しかし魔術行使をすれば誰か気づく物だし、種族の中には光学的な視界で無い者も少なくない。
「どうやって? ……それよりも、何故?」
 昨年末、クロスロードでテロ事件は発生した。しかし『住民』の少ない砦でそれを行う理由は薄い。しかもこのやり方は北砦を落とそうとしているとしか思えない。テロの目的はクロスロードの支配権を掌握する事、或いはそれに準じるなにかのはずだ。どうにせよ防衛力が落ちる事は好ましくない。
「防壁の強度は?」
「北方向でかなりの損傷があります。今全力で復旧していますが……」
「作業を続けて。それから本部に連絡と応援要請。
 他の砦やクロスロードでも同じ事をやられるかもしれない」
「了解!」
 組合員が走っていくのを見送り、スーはもうもうと煙があがる防壁を見上げた。
「……」
 そのはるか先で調査をしている連中も予定を超過して戻って来ない。
「イルフィナとアースが居るから死にはしないだろうけど」
 今からの指示をどうするかを脳裏に描きながら彼女は執務室へと戻って行った。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
長くなりそうDAZE!
はい、神衣舞です。すでに予定よりも2回くらい話増えてます(笑
次回の開始時までに斥候部隊は全員戻ってきます。
なので情報整理してさてどうしようという事になりますが……
北砦ではテロ?が発生してしまいその警備も強化される事になりそうです。

では、リアクションをお願いしますね。
襲来! (=ω=)
(2011/04/07)
「それは間違い無いんだね?」
「うむ。……結論を出すのは早計じゃが、見た物は間違いない。
 複合魔術展開による魔法陣の立体構築。難易度の高い術じゃ」
「高いなんて物じゃないね。ばら撒いた水を凍らせて狙った形を作り上げるようなものだ。できたとしても自重で壊れて当然」
 内心を整理するように呟き、イルフィナは視線を横へ。
「そのレベルの魔術が使える人は百人単位で居はします。しかし未探索地域に踏み込み、このような仕掛けをする意味が分かりません」
 アースの言葉に異論は無い。二人の表情を見て彼女は続ける。
「それに魔法陣を立体化する意味を私理解しかねています。仕掛けるだけならばいくつかの陣を並列化する方が何倍も楽ですから」
「フィールドの傍だから余り時間を掛けたくなかった、とか?」
「……いえ、そもそも並列布陣できるのであればわざわざ複合立体化する必要性が薄い。トランプを並べる事に意味があるのであって、それでタワーを作る必要は無いのです」
「ティアロット君が知るその魔法陣の特性は?」
「……正直分からん。あれを見たのは数回じゃし、おおよそ下らない目的で構築されておったからなぁ……」
 どこか嫌そうに眉を寄せる少女に二人は訝しげに顔を見合わせる。
「高位の魔術師にはクセ者が多いと言いますけど」
「どうして私を見て言うのかな?」
「貴方も性格に難のある一人だからです」
 誤魔化そうともせずに言い切られ、イルフィナは言葉に詰まる。
「ま、まぁ、それはともかく。
 その魔術を使う人物に私は心当たりがある」
 咳払いをしたイルフィナの言葉に2人の少女は表情を消す。二人も覚えがあるのだ。
「だが、動機が無い。これがフィールドを抑制する術であるならばまだしも、現状を鑑みればあれはこのナニカの大量発生に一役買っていると予想してもあながち間違いではないだろう」
「ですが……」
「だから言っただろう? 動機が無い、と。なんだかんだ言って彼女は鍛冶打ちの中では顔役のような立ち位置だし、不平や不満を抱いている様子も無い。内心に隠しているとしても彼女には理解者が多い。凶行に走ると思えない」
 沈黙。推理は手詰まりと言ったところか。
「で、その彼女って?」
 話の成り行きを見守っていたクネスが言葉を掛けると、アースは困ったように顔をしかめ、イルフィナに視線を振った。
その視線を受けて、青年は微苦笑と共にその言葉を口にする。
「ケルドウム・D・アルカ嬢……『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の店主さ」
「……マジックアイテム屋だったかしら?」
「ああ。まぁさっき言った通り彼女が犯人とは考えづらいがね」
「……んー。まぁそこを悩んでも今は仕方ないかな?
 それよりもあれを消す手段を検討すべきじゃないかしら?」
「……ああ、ひとつだけあったのぅ。立体魔法陣を構築する意味」
 ティアロットが不意にそう呟く。
「わしはある程度の魔術であれば発動時に構成を見る事が出来るんじゃが……
 あれだけは未だに理解しきれぬのじゃよ」
 ほんの少しだけ渋面を作り、銀髪の娘は続ける。
「複数の魔法陣が堆積するように重なり、どの術式がどの術式と絡んでおるのか読み解く事が困難じゃ。さりとて不用意に手を出せばどんな仕掛けが含まれておるかも分からぬ」
「消すのは難しいってこと? じゃあ抑制は?」
「抑制も改編も同じじゃ。爆薬の潜んだ瓦礫の山を撤去するようなものじゃからな」
「……お手上げじゃない?」
「いや、時間をかければ無論可能じゃ。もしくは瓦礫ごと一度に吹き飛ばすほどの消去魔術か、攻撃か」
「それができるなら苦労はしません」
 そう、そこに至るまでに気が遠くなるほどの数のナニカが待ち受けているのだ。不用意に集団で近づけばあっという間に爆発の嵐に呑まれて消えるだろう。
「……いや、最終的には彼女の言う手段に辿り着くだろうね」
 黙り込んでいたイルフィナが重さを伴いつつも口を開く。
「導火線に火を付けるが如くだ。火力でナニカを吹き飛ばし、速攻で目標地点へ移動。解析や解呪を担当する術者を防御しながらフィールド、或いはその魔法陣の排除を目指す」
「……数に限りが無いナニカに対してですか?」
 言っても仕方ない事もついつい口を吐いて出る。
「アルカ嬢が解法を持っていればやる必要もなくなるのだけどね」
 なんとなくだが。彼らも、聞いている他のメンツも
 そうはならないという予感がしていた。

 ようやく戻ってきたクロスロード。
 しかし彼らをまず出迎えたのは外壁に多大な痛手を受けた北砦の姿と、頼みの綱のアルカが行方知れずという二重苦だった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「…………」
 そこらかしこで作業の音が響く中、ザザは座して瞑目する。
 先日ミッションに同行した少女が一緒であれば迎撃にとも考えていたが近接攻撃が主体の彼では現状ナニカの迎撃には向いておらず、また少女も飛竜に乗っての一撃離脱戦術が基本のため護衛の必要も無いとあって防衛の任に就く事にした。
 防衛とは言うが一時間もすればそれがナニカに対してではないという事は理解できていた。
一週間少々の斥候任務を終え、戻ってきた彼が目にしたのは損壊した北砦の壁だった。
────テロ行為。
 そう称するに適切な惨状はすでに対ナニカシフトで人も増えていた北砦で堂々と、しかし姿なく行われたという。
 防衛とはそのテロの再発に対する警備という面が強かった。
「とはいえ」
 目を凝らし耳を欹てても、誰ひとり気づく事叶わなかったテロリストの動向を掴めるとは思えない。事が起こって動くべきだと考え、彼は未だに傷と疲れが残る体の休息を兼ねる事にしていた。
 思考は内面へ。
 心を落ち着かせてみれば、突き上げるような、胸が沸き立つ感覚を知覚する。
 自分が得てしまった獣の力は純粋な暴力としては上位に属するだろう。しかしそれで何とかなる状況ではない今を歓迎しているようだと他人事のように思う。
 富でも名声でもない。己の力を忌む事無く奮える場所があるという事が高揚の源泉であると悟る。

 ふぅと長く息を吐く。

 己を呪いのように扱った日々が遠いと感じるとは。
 秒刻みに力を蓄えて行く体を感じながら、感覚は内面から外へ。
 不意に、驚きの声とそれをかき消すけたたましい音に耳朶を打たれ、ゆっくりとそちらを見やった。
「ったったた。いくら間に合わせだからってこの機銃でかすぎるだろ!」
「仕方ないだろ! ほんとにある物を備え付けてるんだからよ!」
「まともに撃てなきゃ意味がないだろ!」
「稼働域さえ制限しちまえば、あとは下手な鉄砲なんとやらだ!」
 技術屋が口論だかなんだか分からない言葉を吐きながら作業をしている。
 どれ、と体を動かして彼はそちらへ向かう。
「使ってみて良いか?」
「ん? ぉぉう。アンちゃんでかいな。いけるか?」
 確かにでかい。常人よりもふた回りほどでかい自分が丁度良いと思えるサイズだ。
 機関砲と呼ばれる類の物だ。並みの人間が握れば吹き飛ばされるに違いない。
『敵反応。1時の方向』
 放送が鳴り響き、慌ただしく備え付けの終わった兵器が動かされる中、ザザはにぃと笑って銃口をそちらへと向けた。
「ロックは外した。やっちまえ、アンちゃん」
「おぅ」
 引き金を引いた瞬間、すさまじい衝撃が腕を、肩を駆け上り心身を奮わせる。
 腕を引きちぎらんとばかりに暴れる銃身を鋼の筋肉で押さえつけて、16の銃口から合計毎秒千発以上という馬鹿馬鹿しい数の弾丸をぶちまけるマズルフラッシュを睨んだ。
 僅か10秒。周囲に薬きょうを散らかしまくって機銃はカラカラと残弾が無い事を訴える。直後、はるか先で大爆発が起きた。
「おう、成功成功」
 技術屋が気持ちよさそうに笑い、ザザの背中を叩いた。
「よっしゃ。あとは誰でも使えるようにするだけだ。アンちゃん協力感謝するよ」
「いや。……仕事だからな」
 にぃともう一度笑みを浮かべザザはしびれに似た腕の感触を確かめるのだった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ええと。お届け物、です」
 リュックサックを降ろしつつ、おずおずと言う。
 通された執務室。スー・レインと言う名の美貌の管理官はいつも通りの無表情だがその周囲は氷河の牢獄を幻視させるほど張り詰めていた。
 無理も無い。自分が管理する砦をいきなり破壊され、しかもその方法も犯人も未だに分かっていないという有様だ。これでは今再発したとしてもおかしくはないし、呆れるほどのナニカが発生している事も斥候組から報告を受けている。
「御苦労様。感謝する」
 淡々とした言葉を受けて「いえ、仕事ですから」と頭を下げる。と、『4万C入金確認しました』とPBが伝える。お使いにしては多すぎる額に片眉を挙げる。
「中身は見た?」
「いえ、見ていません」
「そう。なら良い」
 見られて困るような物なのだろうか?
 ふとそんな言葉が浮かぶが突っ込むと面倒に巻き込まれそうな気がしたのでここはラッキーと思うだけにして早々に辞する事にする。
「……そうだ」
 が、止められた。
「なにか……?」
「この荷物はケルドウム・D・アルカさんから受け取ったの?」
「……はい」
「依頼前にあなたが見たのもアルカさん?」
「……」
 答えに窮する。すでに彼の頭の中にはもう一つの回答が蠢いていたがそれが正解で合って欲しくないという思いもあって音にならない。
「……」
 氷のような視線に冷や汗をかく気分だ。
「心当たりが?」
「……」
 もし彼女であるならば、自分の手に余る可能性がある。彼女は、なんというか滅茶苦茶なのだ。この世界でも同じように力を奮えるかどうかは分からないが、やりかねないと心のどこかが納得しているのも事実。ならば彼女に話す事も一つの手段ではあるが……
「すみません。確たる話ではないので」
「手がかりすらつかめない状況。貴方の証言が一番有力」
「……」
 数秒の沈黙。
「申し訳ありません。別にかばってるとかじゃなくて、本当に可能性があるくらいの話なんです。少しでも確信が持てたら報告しますから、今は勘弁してください」
「……そう」
 食い下がるかと思ったが、彼女は意外とすぐに視線を下げ、「悪かった。ありがとう」と告げた。
「いえ、では失礼します」
 彼女は彼女でいっぱいいっぱいなのだろうか。ほんの少しだけ罪悪感を覚えつつヨンは砦の管理施設を出る。
 しばらく歩いて、さて、と頭を切り替える。

 爆発は魔術で行われた。しかし目撃者はゼロ。
 すると内部犯か空間制御能力持ちか。はたまた知覚を誤魔化す術を持つ者か。
 政治争い等が背景にあるならともかく、今この段階で北砦に破壊工作を行うメリットは考えづらいため内部犯である可能性は捨てて良いと思う。そうすると空間跳躍か知覚認識操作か……。空間跳躍はもちろん100mの壁に影響する。砦の広さは軽く直径でも500m以上。同時に破壊するにしては距離がありすぎる。設置型で100mギリギリの場所から時限式の魔術を仕掛けた……というのは流石に難しそうだ。全部仕掛け終わる前に発見されかねない。
 そうなると認識操作も怪しい。この世界に光学知覚な人しか居ないならそれもありえるが、ゴーレムや精霊等は普通に魔力を知覚できる。そう言う手合いにはカモフラージュの魔術の方が悪目立ちしかねない。
 理由も集団も不明。
 その言葉が脳裏にちらつく姿が濃くなる。そういう事をしでかすのだ。彼女は。
「でも、本当に?」
 PBの説明では『別の世界の自分』との遭遇例は皆無だと言う。もちろん初の事例があってもおかしくはないのだが……
「確かめるしかないんですよね」
 はぁとため息一つ。北砦内を歩きつつ感覚を研ぎ澄ます。
 視覚、触角を鋭敏にし、代わりのように周囲の音は切り捨てる。まるで1個の機械のようにただ異常を見つけるためだけの器官となる。

 ふと気付くと。

 時間はどれほど流れたか。太陽の位置が目に見えて分かるほど移動していた。
 ふらふらとあてどなく歩いたヨンは立ち止り、その先を見る。
「……アルカさん」
 その言葉に赤い猫耳がピクリと動く。
「いえ」
 それでも顔はこちらを見ない。だからヨンは訂正する。
「アルルムさんですか?」
「にふ」
 彼女特有の、いや、最早この世界においては特有では無くなったであろう笑みの音。
「君まで居るとは思わなかったにゃよ。吸血鬼ちん。幼女ちんが仕掛けを見つける事は想定済みだったんだけどねぇ?」
 彼女の言うところの『幼女』 とはティアロットの事を指す。
「貴女が砦を壊した犯人なのですか?」
「違うにゃよ?」
 にぃと少女は笑みを浮かべる。
「アルルムなんてのは居ないにゃ。そうすると犯人は一人に絞られる」
「……それは……!」
「旧知のよしみにゃ。
君は何も見らず、聞かず。大した結果も無く家に帰ってぐっすり寝るといいにゃよ?」
でなければ、と言葉に出さずに若草色の瞳が薄く向けられる。
「頷くと思いますか?」
「にふ」
 笑み。それから少女は肩を竦めて空を見上げる。
「どっちでもいいにゃよ。ここで君に遭ってしまったのなら、あちしはそれを元にした計画に切り替えるだけにゃ」
「計画……!? 貴女は一体何が目的なんですか!?」
「今は教えてあげない。でも全部終わったら教えてあげるにゃよ?」
 アルカにそっくりの少女はくるりと背を向けて歩き去ろうとする。
「待ってください! 一体────!?」
 その姿が消える。転移魔術かと慌てて知覚を総動員するが、その姿は捉えられない。
 100m程度のジャンプならと走り回るが影も形も見えない。
「……っ!」
 全部終わったら。それがどんな結末を指しているのか。
古い記憶にある、単純に楽しいからと悪戯をしていた時の目であれば苦笑と共に納得をしたかもしれないが────
どうやっても傍観して良いとは思えない。ヨンには差し向けられた若草色の瞳には燻ぶるような闇の気配が垣間見えていた。
「どういう事なんだ……!?」
 自分はどうするべきか。
 厄介な『犯人』の背を思い浮かべ吸血鬼はぎりと奥歯を噛んだ。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
ティアロット嬢は某PBWに参加させていただいていましたキャラクターです。ヨンさんも同郷でして、今回(と言いつつ本当はもーっと先のシナリオの予定だったりw)はその辺りの絡みが出てきていますが、別にそのあたりの内情を知る必要は全くありませんのでご安心ください。ヨンさんはアルカの事はよく知らないはずですしね。

さて次回は応急修理の北砦に大軍が押し寄せますよん。
防衛に徹するのか。はたまたフィールドの撃破に向かうのか。
皆さんの行動次第ですのでお楽しみにー☆
襲来! (=ω=)
(2011/04/17)
 一人の女性が大空を舞う。
 クロスロード有視界範囲外での単独飛行は自殺行為。この地に来た者なら当たり前のように知っているタブーを彼女は迷わず侵していた。
 純白の翼は大気を打ち、少女は極限にまで伸ばした魔法感覚で周囲を探る。
 地面は白に埋め尽くされている。この距離でこのありさまだ。明日には圧倒的な数のナニカが北砦を襲撃するだろう。
「……っ」
 不意に少女は進行方向を歪め、一点を見据えて魔力の一撃を放つ。白の大地に吸い込まれたそれは怒涛の爆発を生み出す。ナニカの波状自爆は少女の肢体を風圧で舞いあげるが、すぐさま周囲の風を支配下に置いて姿勢を維持する。
「……散りましたか。でも……」
 100mの壁はあまりにも厚く、そして広がる荒野は余りにも広い。
「……」
 少女の表情には迷い。普段であれば冷静で賢明であるとされる彼女は焦りと葛藤に苛まれながら赤と黒に彩られる大地を睨む。
 十数秒ののち。
「……っ!」
 少女は身を翻し、その翼でその身を加速させる。
 やみくもに探しても仕方ない。無理やり、そう自分に言い聞かせながら。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「来やがった!」
「砲撃開始!」
「ま、待て! 誘爆するぞ!」
「気にする前に撃て! 近づかれた方が危険だ!」
 そして爆音。大地が燃え上がったかのような光と炎と爆煙の狂乱に誰もが息を飲む。
「っ! 上空へ掃射! 来るぞ!」
 本体はかなり軽い。爆発によって数百のナニカが巻き上げられて北砦へと降り注ごうとする。
「くっ、あんな小さいのどうやって当てろって言うんだ!」
「空は魔法使いに任せろ! 銃撃系は地上を撃ちまくれ!」
 言うや、光や氷の矢が上空を貫き、新たな爆発を生み出す。
「手榴弾とかじゃなくて何よりだな、マジで」
 手榴弾の恐ろしい所は爆発と同時に破片をまき散らす所だ。これが体に潜り込み、治療の難しい怪我を生む。回復魔法の治療でも破片を抜きだす行為を事前にしなければならない事が多く、厄介この上ない。
「くそ、迎撃装置が生きていれば……!」
 元々機関砲の殆どには自動補足装置がセットされており、手動制御の必要がなかったのだが、先の破壊行動によりそれらは全損。手動操作に頼らざるを得なくなっている。
「……」
 それらの様子を見ながらザザは彼らの見る反対側────即ち砦の内部へと視線を這わせていた。
 迎撃の手ならば正直十分だと思う。だからこそ、今ここでテロリストに再度破壊活動をされては大事になる。
 それに、もはやこの戦場は近付いて殴るという行為を許さない。徹底的な射撃攻撃のみが許されている。もちろん射れば何処かに当たる状況だ。腕前等関係なくとにかく矢でも弾でも撃ち放てば良いため、近接戦闘系もとにかく弾をばら撒く作業に従事している。
「ちっ、壁際まで転がり込んできてるぞ!」
「投石でも良い。早く破壊しろ!」
 連鎖爆発ですさまじい数のナニカが消失しているはずなのだが、その勢いは全く衰えない。挙句の果てには降り注いだ数体のナニカのために砦内でも爆発が起こり、被害は着実に累積していた。
「ちぃ!」
 テロは確かに怖いが、座して警戒している場合ではない。そんな焦りがじりじりとザザを苛んでいた。
「に、逃げれるうちに撤収すべきじゃねえか?!」
「馬鹿言え! ただでさえ少ない数がクロスロード方面へ抜けてるんだぞ! やれるだけやるんだ!」
「で、でもよぅ!」
「ここでやらなきゃ逃げる場所なんかねえ! それに最悪は攻撃放棄してしまえばここは安全なんだ。やれるまでやって損はない!」
 ナニカは自分で攻撃してこない事も多い。一切の攻撃をやめてしまえばナニカはそのまま北砦を素通りしてクロスロードへと殺到する事は想像に難くない。もちろん完全に取り囲まれた後にどれかが爆発した時にどうなるかは……想像したくはないが、一度ならばまだ何とかなるだけの防壁は維持されていた。
「ちぃっ!」
 ここまで押し込まれてはテロもなにもあったものじゃない。
「寄越せ」
 言い争う探索者を押しのけて機関砲を乱射。遠くで爆発が起こり、即座に熱風が頬を焼いた。
 大の大人でも肩を外しそうな衝撃をあっさり抑え込んでとにかく爆発の少ない所へと弾を叩きこんでいく。台風が生易しく感じるほどの風にもその両足は揺るがない。
「空だ! 気をつけろ!!」
 涙とか汁とかまき散らしながら降り注いでくるナニカ矢弾が突き刺さるが、数が多い。
「調子に乗りすぎたかっ!」
「いや、それで良いよ。
─────アリス!」
足元に声。
そちらへ視線を向ける前に、空からあまた降り注ぐ光の矢に視界が釘付けになる。
その一矢は弱く、大した事はないだろうが問題はその数、範囲だ。

『 ( T△T)アヒャっ!?』

 空を舞う者にも、地上を行く者にも、弱く、しかし白饅頭を貫くには十分な一撃が降り注ぐ。
「耐爆姿勢っ!」
 数か所で状況を把握した者が叫ぶ。ザザも慌てて耳を塞ぎ、身を伏せる。
 キンとした音に耳が痛む。だが、それは予想した音では無い。逆だ。一切の音が無くなったが故の鼓膜の痛み。改めて足元を見ればフリルドレスの少女が金髪のどこかおどおどとした少女を伴って荒野を見据えていた。恐らく音を殺したのだろう。しかし爆風は消えやしない。少女たちはちゃっかりザザの背後に潜り込んでそれを凌ぐと、直後に音が戻ってくる。
「もう一撃じゃて」
 続くのは金の雪。それは彼にも見おぼえがあった。
これもあの時見た限りでは一撃にそれほどの威力は無いのだろう。だが先ほどの光と同じくナニカに対しては十分すぎた。

『 ( T△T)アヒャアアアアアっ!?』
 
 復活を果たしたはずのナニカが一斉に泣き、そして自爆する。
 二度目の爆風に耐えきれずに壁から転がり落ちる者も居た。
 再びの静寂にザザは苦笑。この二人だけで何とでもなるんじゃないかという思いでちらりと再び二人を見るが、毅然としていてもその顔に疲労の色は濃い。
「……連打できりゃ今頃出てはこないか」
 空気の振動を許されなくなった世界でザザは呟く。
『皆さんにお伝えします。周囲数キロに渡って爆発が観測されました。今のうちに補給をお願いします。また負傷者は管理事務所に搬送をお願いします』
 中央にある管理事務所の放送施設からの音声に安堵が各所で漏れた。
「大したもんだな」
「MOB狩り連中の調整がようやく付いたからの。じゃがそう何度もできるものでない」
 元の世界でどうであったとしても、この世界ではその力を大きく制限される。大きな力はそれだけのリスクを術者に共用する。
 『対MOB専門』とは広範囲攻撃を得意としているわけではなく、広範囲攻撃ができる者達を指していた。その威力は範囲の分だけ弱まるのは必然で「MOBと呼ばれる弱くて数だけは多い怪物にしか通用しない」という意味でもあった。
 だがそこにさげすみは無い。無限と湧いてくる怪物に対して、その数を削るという能力は防衛の要である。
「この調子が続くならば恐らく4日が防衛の限度じゃろうな」
 少女は呟き、ザザは荒れ狂った荒野を睨む。
「厄介なのは2度穿たねばならぬと言う事。対してわしらはそう何度も広範囲の攻撃はできぬ」
 要するに回避ボム。その数は通常の攻撃がどこまで使う機会を減らせるかにかかっているということか。
「まぁ、ぬしらの頑張り次第じゃな」
「……テロのやつは出てくると思うか?」
「……わからんよ。世の中、破壊衝動だけのも居るからの」
「そんな奴が的確に防衛の要だけを破壊するのか?」
「そんな奴かも分からん。
 ────それよりも、あれをなんとかせん限り、警戒もあったものでないがの」
 確かに。そもそもナニカの襲撃があるからこそ北砦のテロ活動が厄介なのだ。どうにかして止めなければじり貧になるのは確実である。
「反攻作戦か」
 それが頭にないままに防衛戦などしては居ないだろう。ザザは中央の建物を睨み、言葉を零した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「護衛?」
 どこか冷めた感じのある瞳がヨンを見据える。
「ええ。今襲撃されて一番まずいのはスーさんですから。テロリストに一番狙われておかしくないと思うんです」
「……それは誤った認識」
 ずばりと否定されてヨンは鼻白む。
「私はあくまで管理官。実際の指揮は管理組合と副管理組合長が行えますし、アースが戻ってきています。防壁の修繕の目途が立ちましたから私が抜けてもそう問題はありません」
「……さ、さいですか」
「いや、過小評価しすぎじゃないかな?」
 と、ソファーに座ってくつろいでいた青髪の青年がフォローを入れる。
「貴方はさっさと南砦に戻る」
「おや、冷たいね」
 イルフィナは肩を竦めて紅茶のカップを持ちあげた。
「折角紅茶をいれてきてあげたのに見向きもしないし」
「状況をわきまえて。暇なら前線に出向いてきて」
「私がかい? まぁ、それもありだけど、私とセイは単体向きだからね」
 なんというか、居心地の悪い空気が流れる中でイルフィナは飄々とした態度を崩さない。
「あの……ですから」
「それで? わざわざ彼女に忠告をしに来たって事は、テロリストに心当たりがあるって事じゃないのかい?」
 イルフィナの言葉にスーの鋭い視線がヨンへ突き刺さる。
「……はい。先ほど会いました」
「会った? 会って逃がしたと言う事?」
「まぁまぁ。それで?」
「転移魔法で逃げられたんです」
「追えないものでもない」
 転移とはいえこの世界では100m以内。確かに探して見つからない物では無い。
「もちろん追いましたけど、逃げられました」
「ふむ……」
 イルフィナが意味ありげな嘆息を漏らす。
「で、犯人の名前と特徴は?」
「……名前はアルルムさん。……特徴は、その。アルカさんと瓜二つです」
「アルカ本人ではないの?」
 すでに容疑者として名前の挙がっている彼女に疑いが行くのは当然だろう。
「私は元の世界で彼女に遭っているんです。オリジナルが居て、異次元同位体だかなんだかって言ってました」
「オリジナルが居て、で異次元同位体というのは言葉が矛盾しているね。並列存在ならばどちらもオリジナルだ」
「何しろ100年も前の事なので……少々記憶が曖昧なところは勘弁してください」
「並列存在がターミナルで確認された例は無い」
「無いとは言え、未来永劫無いとも言えないだけどね。
 しかし……動機がわからないな。アルカ嬢と類似する存在であると言うならばなおさらだ」
「……予想なんですが。アルカさんを嵌める気じゃないかなと」
「アルカ嬢を? また何で?」
「理由はわかりません。でも自分をアルルムだと暗に認めた上で『アルルムなんて居ない』と。そうすれば犯人はおのずと限られる……」
「……確かにその理屈から言えばアルカ嬢が犯人になるか」
「ならない」
 スーが短く否定。
「貴方の証言、アルカ嬢の普段の言動。これでアルカ嬢が犯人とする意味がない」
「……私に知られたから計画を変更する、と」
「……そう」
「だからスーに護衛、か。だが、どうしたものかね」
「どうも無い。早急に原因を討つ」
 ぴしゃりと言いきってスーは席を立つ。
「早急にって」
「フィールドモンスターを討伐する」
 確かにそれができれば何も言う事は無い。
「これ以上待ってもじり貧の可能性は高いし。そうなるか」
 イルフィナは紅茶のカップを手に執務机まで行くと湯気の立つ紅茶を注いで差し出す。
「方法については本部で検討中だ。責任を感じるのもわかるが、肩の力を抜かないと緊張で折れるよ?」
「……貴方はいつもそう」
 奪い取るようにカップを取り、一口だけ口をつける。
「え、あ。とりあえず行方不明のアルカさんはアドウィックさんにお願いして探してもらってますから、何か分かったら連絡しますね」
 そこはかとなく感じる信頼関係というか、雰囲気にお邪魔虫な立場を感じたヨンはそうとだけ告げて部屋から出る。
 慌ただしい管理施設の廊下を歩き、すさまじい爆音に足をとめた。びりびりと空気が震える。特大の攻撃でも行ったのだろうか。
「それにしても……どうしたものですかね」
 この世界でのアルルムの性能がどれほどのものかは分からない。しかしフィールドに細工をしたり、誰にも気づかれずに北砦の防衛設備を半壊させたりしたのが彼女であるとすれば単騎でどうにかなるとも思えない。
「いつもながら非常識な人ですね……。アルカさん、無事だと良いけど」
 アドウィックの結果報告を再度心待ちにしつつヨンはその場を後にした。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「誰か居る?」
 からんからんとカウベルの音を頭上に受けてクネスはとらいあんぐる・かーぺんたーずの扉をくぐった。
 出迎えたのはシンと凍りついたような静寂。
「留守、かしら?」
 アルカは行方不明だと言う。だとしても後二人ばかり店には居るはずだが。
「あ、お客様ですか?」
 声は背後から。振り返ると聖女然した雰囲気を持つ翼の少女がこちらを見ていた。
「お店の人?」
「はい。御用でしょうか?」
「アルカちゃん居る?」
「……アルカさんですか……」
 やや沈んだ声音に不在を察する。
「そう。ちょっと顔を見に来たんだけど」
「えっと……お店のお客様ではないのでしょうか?」
「もっと親密な関係よと言うべきなのかしら?」
 翼の少女──ルティアは「はぁ」と怪訝そうな顔を一瞬だけ見せて、ふると一回だけかぶりを振る。
「申し訳ありません。アルカさんは今はちょっと」
「まだ戻ってきてないの?」
「……御存知でしたか」
 落胆は本当に心配しているからだろう。
「簡単にどうにかなる子じゃないとは思うけど」
「……ええ。でも、この町には居ないみたいで」
「街に居ない?」
 直径数十キロという広さを持ち、さらに『100mの壁』に探知系も通信系も封じられているクロスロードに『居ない』と断言したルティアにクネスは訝しげな視線を向ける。
「……ええと、その」
「……まぁ、いいわ。今は聞かないであげる。それは間違いない情報なの?」
「何とも言えません」
 それに隠そうとしているのではなく、純粋に分からないという意思を垣間見る。
「北砦に居るとかは?」
「可能性はあると思います。その……誰かを探しに行ったようなので」
「その人が北砦に居るから?」
「それも何とも」
 曖昧すぎる話だが、このターミナルでは仕方ない事なのかもしれない。
「ナニカを生み出しているフィールドでアルカちゃんが使うらしい術式が見つかった事はもう知ってる?」
「……はい。管理組合から問い合わせがありましたから」
「アルカちゃんはそれを聞いて出て行ったの?」
「いえ、その前に。……先に、アルカさんを訪ねて来た人が居て。その人の言葉を聞いたら急に」
「訪ねてきた人?」
「確か『V様』とか」
 ああとクネスは一人の吸血鬼を思い出して思考。
「つまり、事態が自分に関係していると思って動いてる可能性が高いのね」
「……恐らく」
「ふーむ。これは事件だね」
 突然の第三者の声に二人が振り向くと、そこには二枚目と言うには何処か緩んだ探偵があごに手を当てて立っていた。
「アドウィックさん?」
「やぁ、お嬢さんがた。私も依頼でアルカ嬢を探して居てね。やはりクロスロードには居ないか」
「やはりって?」
「ふふ。探偵の名推理さ」
 あやしさ大爆発だが、人探しにおける彼の性能は折り紙つきである。
「探偵さんはどこに居ると思っているの?」
「そうだねぇ。怪しいのはクロスロードから北砦をまっすぐ繋いだライン。そして北砦でもクロスロードでも無い場所かな」
「……それって」
 そのラインをまっすぐ進めば例のフィールドにぶち当たる。
「いや、そのフィールドまでは恐らく行かないさ。その途中だろうね」
「どういう根拠?」
「探偵の勘さ」
 ずばりとどうしようもない事を言われては開く口も無い。
「私……」
「おっと、ルティア嬢。今は軽々しく動かない方が良い。時期にフィールド攻略部隊が編成されるはずだ。その時まで待つ方が確実だよ」
「貴方の言う事が正しいのなら、そんな時間は────!」
「アルカ嬢ならその程度の時間ならなんとかしそうだと私は推理するがね」
 ぐっと喉に言葉を詰まらせ、しばし探偵を睨むが、やがて肩の力を抜いて目を伏せる。
「本当に、勘ですか?」
「名探偵の直感は何にも勝るのさ」
「まぁ、アルカちゃんならそのくらいはやれそうよね」
 臆面も無く言ってのける探偵にクネスが追従する。その言葉を受けてルティアはと顔を挙げた。
「そう、ですね」
「さて、しかし探偵として特定できないのは沽券に関わるね。何かしら手を打つとしよう。
 有益な情報をありがとうお嬢さん方」
 颯爽と去っていく探偵にクネスは苦笑を伴って手を振る。
「ああ、そうそう。アルカちゃんの立体魔法陣。アレのサンプルか何か無い?」
「……サンプルですか?」
「破壊できれば話は早いんだけど。場合によっては現地のアレを解析、解除しなきゃいけない可能性もあるしね」
「……わかりました。探してみます」
 店に引っ込む純白の翼を見送りながらクネスは近くにあった椅子に腰かける。

 反攻作戦が立案されるのは間違いないだろう。
 それまでにどれだけヒントを掴めることやら。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
どっかーん。あひゃー☆ さて神衣舞です。
次回は反攻作戦はっじまるよー☆
と言っても斥候部隊と同じく少人数による突貫となるかと。もちろん街の防衛も重要ですね。人が多いに越した事はありません。
というわけでリアクションよろー。
襲来! (=ω=)
(2011/04/29)

 世界が爆音と光と熱の三つで埋め尽くされた。

 時間感覚を軽くブチ壊す長い長い数秒。
「……何と言いますか」
 自分の声が遠い。鼓膜がきんきんと痛い。
「本当に、何を考えてるんですかね。これ」
 爆発は続いているが、ひとまず被害を受ける範囲のものは終わったらしい。
 果てしない連鎖反応。あまりにも増えすぎ、密集したナニカが一度の攻撃で誘爆を果てしなく繰り返している。
「何にせよ進むしか無いな」
 目標地点まで自動車を飛ばせば2時間程度で到着する。

 ───思えば、探索者はこれだけの技術を集めながら、未だそこまでしか版図を広げられずに居る。

 世界によっては音を越える早さ、或いは光を越える早さを得ているというのに、だ。

「ままならない世界よね」
 車は疾走する。
 ただ一点の目的地へ向けて。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「空恐ろしくなりますね」
 北砦の一角で管理官がぽつりとつぶやいた。その視線の先───僅か三日。テロにより破損した防衛設備ほとんどが復旧を果たしていた。
「不思議と言う程の事でもないがな。
 人間種のサイズ、視点から見れば大質量の操作も、目視不可能なサイズの作業も至難だが、でかい物は竜種や巨人種に任せればいいし、小さな作業は妖精種に任せればいい」
「それが成立しているんですよね。この世界は」
「他の世界の種族間戦争が馬鹿馬鹿しくなるほどにな」
 それもこれもともう一人の管理官は荒野の先を見る。
「『怪物』という共通の敵が居るからだろう」
「元々仲良くできるから、とは言わないんですか?」
「2人居れば争う理由は必ずある。同じ種族であってもな。その『自分』と『他人』……その『他人』役を『怪物』に任せているという事実を忘れると酷い目に遭う」
「我々の一番の天敵が一番の庇護者というのは皮肉に過ぎます」
「仕方あるまい。神々ですら争うのだから。
 そしてより幸せであろうとする意思と行動こそが向上心とも言えるのだからな」
「……それは本当に幸せなんでしょうかね」
「幸せを感じれば感じるほど不幸せになるらしいからな。気の持ちようだろ」
 若手の管理官はもう一度重厚な砲台を仰ぎ見る。
「今はこれに安心感を覚えていれば幸せなんでしょうかね」
「そう言う考えで十分だと思うぞ。さて、配給作業を続けようか」
「はい」

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『間もなく目的のフィールドに達する』
 ヘッドホンからの声に一同は先を見据えた。ちなみにこのヘッドホン、通信用兼鼓膜の防護───爆音への備えである。すでに数十回ものすさまじい爆音に晒されており、何の備えもなければ鼓膜が破れないにせよ三半規管が可笑しくなっても不思議ではないだろう。
『魔術解析可能圏内に入り次第、周囲への攻撃を開始する。誘爆を基調とする攻撃とし、無駄弾はなるべく避けるように。
 また迎撃役は爆風に飛ばされてきたナニカを撃ち落とす事だけを考えろ。質問は?』
 応じる言葉は無い。すでにここに至るまでにすべき会話は全て終わらせていた。
『よろしい。では作戦開始まであと5分』
 通信が一旦遮断される。ヨンはひとつ息を吐いて周囲を見渡した。
 車はホバー仕様の装甲車だ。高出力の魔力エンジンを搭載しており、そのエネルギーを使って射撃する事も出来る。
 今回の作戦にはこれが3台投入されており、ヨン、ザザ、クネスは2台目に乗っていた。
 10人はゆうに乗れるため広さ的には十分だろうが、大柄なザザが居ると少し窮屈に思える。
 彼ら3人の他にこの車には2人の乗客が居る。1人は良く知らない魔術師系のエルフだが、もう一人は───
「……アルカさんならきっと大丈夫ですよ」
「……ええ」
 ヨンの言葉に硬い表情のまま頷く有翼種の少女───ルティア。
 その会話をザザとクネスは視線を向けぬままに聞き流す。
 正直、無事という言葉はあまりにも白々しかった。
 なにしろここに至るまでに起こさざるを得なかった爆発は数えるのも馬鹿ばかしい程だ。もしアドウィックの予想が的中しているのならば、無事では済まない。
「それに、あくまであれはアドウィックさんの予想ですから」
「大丈夫です。それに、今は目の前の問題が先ですから」
 決して大きな音でないのに、強い言葉にヨンはしばしの間を措いて頷く。
 PBが作戦まで2分を切ったと告げる。車内に設えられたモニターが前面の爆発を映し出す。
「拳で殴れない相手ってのはな」
 ザザが立ちあがりながら嘯く。
「仕方ないわよ。相性の問題だから。
 逆に遠距離の攻撃を無効にするような怪物だって居るかもよ?」
 クネスも同じく立ち上がり、扉に手を掛ける。
『30秒』
 通信を聞いてザザは上部のハッチを開くと外に身を押し上げる。魔道砲のハンドルを握り、とりあえず一発を叩きこむ。派手すぎる音と光と熱風が容赦なく吹き荒れ、感染して行くのを見る。前後の2台も同じく砲撃を開始し、周囲は瞬く間に地獄絵図と化した。
「適材適所、か」
 荒れ狂う爆風の中でザザはびくともせずに砲塔を振り向ける。彼の巨体と頑健な筋肉ならばこその安定性だ。
 そうやっている間にヨンは運転席へと飛び込む。今までは前の車両についていくだけのオートパイロットだったが、以降はそうもいかない。感性を最大限に発揮してパイロットAIに進行方向を示していく。
「クネスさん。防護を掛けます」
「よろしく」
 ルティアの手に杖が現れ、収まる。詠唱も無しの術は絡みつくようにクネスに纏われ、防護する。
「……変な術式ね」
「解析すべきはあちらです」
「……それもそうね。じゃあ始めますか」
 強行突破。
 そうと言うしかない力強い走りで三台の装甲車が前へと押し進む。
 先頭車両に乗る数人の風術師と結界師が可能な限りの爆風を減衰させ、3台目に乗る攻撃魔術師が空中に舞うナニカの迎撃のために力を乱射していた。
『密度が濃い……っ! 攻撃の圧を高めるぞ!』
 その言葉に三台目の攻撃が一旦中断。砲台に人が座り込んだのを見て、ザザは素早く車内に引っ込む。

 シィィン!

 赤い光がぐるりと周囲を走った。
 その一瞬後────

 ごぅ、と周囲が一気に燃え盛った。
 
 三台目に積まれていたのはレーザー砲だ。射撃は一瞬。その威力も大したことは無いが薙ぎ払うような光が周囲をぐるりと走り、ナニカを貫いたのである。
 しかしこれ、燃費が非常に悪いため実は一度きりの切り札である。しかも周囲で一斉に巻き起こる爆風が竜巻のように中央を襲う。


 ─────カツン


 明確な音で無い、まるで頭の中に直接響いたようなそれ。
『……応戦再開っ!』
 やや唖然とした声音も無理は無い。
 暴風と言う言葉が馬鹿馬鹿しくなるレベルの風が一瞬で鎮められたのである。
「……貴方の魔術の方が解析のしがいがあるわ」
「今度にしてください。流石に何度もできる技ではありませんから」
「了解」
 そうして生み出された空白地帯に装甲車が滑りこみ、即座にクネスを含んだ数人の術師が魔術の解析を開始する。
 彼らはアルカの残したマジックアイテムを元にクネスがあらかじめ解析した式に準拠して役割分担を行う。似ている以上全く無駄な方法では無いだろうと踏んでの決め打ちだ。
『地面だ! 生えて着てやがる!』
 そんな中、先頭車両から吐き捨てるような声が届く。モニタを向ければ確かに地面からモグラが顔を出すようにナニカが次々と出てきているのである。
「まさか、フィールドモンスターって土に埋まってるんですかね……?」
 ヨンが苦笑いを浮かべながら車両に指示を飛ばす。間違って踏みつけてしまえば、そのまま連続の爆発に巻き込まれて
「笑いごとじゃねえな。どうやって掘り出すってんだ」
 ザザが地面を薙ぎ払うように砲塔を旋回させ、ナニカを吹き飛ばしながら応じる。
「今は考えません。とにかく解析の成功を祈るばかりです!」
「それもそうだ」
 次々湧いてきているとはいえ、先ほどの一撃は大きかった。十分に開いた空白地帯を掃討の連撃が吹き荒れ、状況の膠着を作り出す。
「捕縛陣……っ!?」
 クネスが漏らした声。
『どうした? 何が分かった!?』
「他の解析結果も知りたい所だけど。この魔法陣、フィールドモンスターを縛っているわ」
「縛る? どういう事だ。確かフィールドモンスターってやつは自分の陣地から動かないんじゃなかったのか?
 んなもん縛ってどうするってんだ?」
「……いや、動かないと決めつけるのはまだ早計だと思いますが……。問題はそうする理由ですね」
『錬金系の術式を発見しました。恐らく構成変換……これは……』
『こちらも錬金系の術式と思われる。地と火の術式と思う』
「……まさにナニカの生産工場になっている……?」
 ヨンの呟きは誰もが至る一つの結論だ。
「いや、あの顔野郎は昔っから湧いて出てきてただろう?」
 ザザの突っ込みにクネスは頷きを返しながら「でも、ここまでの量じゃなかったわ。つまりナニカを生み出すフィールドモンスターの生産能力を無理やり上げているんじゃないかしら」と推測に言葉を濁しながら応じる。
「っ!?」
 不意の急停車にクネスとルティアは体勢を崩して派手に転がる。ザザもシートに体を押し付けてぐぅと呻きを漏らす。
「停まってください!」
『な。うぉっ!?』
 その直後、突然先頭車両の足場がぐんと沈んだ。
「早く逃げて!」
 しかし悲しいかなホバークラフトはあくまで地面に対して『浮いている』だけで飛行とは違う。足場が崩れればそのまま落ちるしかない。
『風術師は飛び出せ! 拾ってもらうんだ!』
 声と共にハッチが開く音。数人の探索者が車から飛び出す間にも崩れた地面に車体が飲み込まれていく。
「ちっ、どうなってやがる!」
「地面が抜けている……まさか!?」
「そのまさかっぽいわね。土の錬金系術式……地面そのものがナニカの原材料になってるんだわ」
 泡を食って逃げ込んできた先頭車両の探索者達だが、その数は明らかに足りない。しかしそれをどうする時間も無く車両は地面の底に飲み込まれて行く。
「っ。あれは!?」
 そして、割れ砕け、ぽっかり空いた穴にそれはあった。

 大きさは100mは行かないにしてもそれくらいのサイズはあるだろう。
 巨大な穴の中で探索者が目視できるのは土にまみれながらも真っ白いボディ。

(=ω=)

 まさにこれが超巨大サイズで鎮座していた。
「……馬鹿げてるな」
「あれを倒すわけ?」
 二号車の上に先頭車両から脱出した者たちがなんとかという様子で着地する。
「隊長が……」
 先ほどまで指示を飛ばしていた男の姿は無い。車両と共に穴に飲み込まれたらしい。
「……おい、ヨン。テメエが指示を飛ばせ」
「わ、私がですか!?」
「私はまだ解析中だしね。頼りにするわ」
「どうなっても知りませんよ!?」
 とはいえ。指示を飛ばすもなにもこの巨大なナニカをどうしろと言うのか。
「ええと、術の解除はできそうですか!?」
『無理やり解除する事はできると思いますが……』
「下手な事をしたらどんな術になるかも分からないわね……。でもこのまま引き下がっても何も解決しないのも事実だわ」
 クネスが焦りを含む声で吐き捨てる。
「攻撃をぶち込んだらあれも爆発するんじゃねえのか?」
「この距離でそれは見たくないですね……」

 と、ぶるりと巨大ナニカが震えたかと思うと

 ずん、穴の壁面が震えて崩れた。するとナニカの表面に無数の(=ω=)がにゅっと生えてくる。サイズが巨大なだけあってその量も目視で計測するのはほぼ不可能。
『き、気持ち悪い』
 さぶいぼが全身に湧いて出たような光景は確かに見てて気持ち良い物ではないだろう。
「地面を食って増えてるのは間違いなさそうだな。……どうするよ?」

 どうするか。引くも進むも即座に決めなければ退路すら危うくなる。
「どうしましょうかね……」
 ヨンは祈るようにその言葉を唇でなぞったのだった。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

【分析結果(確認された魔術式。但し真実かどうかは明確ではない)】
・捕縛陣
・地属性錬金陣
・火属性錬金陣
・吸収陣
 etcetc......



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
次回クライマックスです。多分そのあと1回エンディング回かなぁ。
ども。神衣舞です。遅れてごめんさい。気分が乗らなかったんです。えへん。

というわけで超巨大ナニカご登場です。
参加者全員現地に来てますのでシンプルに「今からどーするか」になります。

ではリアクションよろしゅー。

PS.アルカの事は忘れてませんよ?(うふ
襲来! (=ω=)
(2011/05/08)
「間に遭う?」
 クネスの自問自答に応じる者は居ない。応じられる余裕も無く、彼女自身も答えを望んでの言葉ではない。
 立体魔法陣。あるいは積層魔法陣。複数の魔法陣を組み合わせて作られたそれを解析する事は難しい。ただでさえ世界の異なる魔術を理解する事は難しいのに、この立体魔法陣、組み合う箇所が融合したり変化しているために、普通の解析をしていては全く理解ができない。
 ───ただでさえ時間が無いのに。と、焦りが更なる焦りを産む。
「いっそ────」
「無茶でもいいから陣を崩してしまいましょうか」
 ヨンがセリフを引き継ぐように言葉を零す。
「……ハイリスクよ?」
「明確ではありませんが……体が重いです。恐らくここはフィールドモンスターが持つという『フィールド』の中なんでしょう。ここで持久戦を行う事自体がすでにハイリスクです」
 言われてみて初めて自分に疲労が蓄積している事を自覚する。過度の集中もあるだろうが、しかしそれにしても確かに体が重い。
「不可解な点が1つ。動かないはずのフィールドモンスターに対して、何故『捕縛陣』が組み込まれているのでしょうか」
「……動くにしても固定するメリットが無いわね。立体魔法陣は巨大ナニカに張られているんだから別に移動しても……むしろ移動する方がいやらしいわ」
「魔法陣という性質上、動かれると効果が崩れるとか……そう言う事は無いでしょうかね?」
「あり得るかもしれないけど……」
 断言はできない。一手の指し違いが致命にまで結びつきかねないこの状況で喉がひりつくほどの迷いを産む。
「いっそ、強引にでも、解除に踏み切るべきかと」
「……」
 その決断を自分がしても良いのか、というのは責任転換でしかないとクネスは自嘲する。
「私もそれを支持します」
 背後からの涼やかな声。
「あの人は……」
 一瞬の言い淀み。しかしルティアは言葉を続ける。
「目の前に安易な回答を置くのが好きなんです。あまりにも安易過ぎて疑わしい程の。そうして迷って時間が切れてしまいかねない程の」
「……アルカちゃんの事を言ってるの?」
「……」
 犯人はアルカでは無い。そう信じているはずのルティアはそれには応じない。ただまっすぐな瞳を巨大ナニカへと向ける。
 クネスは数秒の時間を強く感じる。目の前に走っていく導火線の火を見守るような感覚。ただ踏み消す事が最善なのに、足が動かない数秒を幻視する。
「適当に解除しましょう」
 腹をくくったようにクネスは宣言する。
「時間を稼いで頂戴。とにかくバラしに入るわよ!」
「わかりました」
 その言葉を待っていたかのように、解析にあたっていた数名も強くうなずく。
「火属性錬金陣、吸収陣、地属性錬金陣の順番でいこうかしらね。みんな、良い?」
 自らに課す疑念と言う名のがんじがらめの鎖を今打ち捨てて、探索者達は行動を開始した。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

『シンプルな方が分かりやすくて良い』
 体を巨獣と変化させたザザが上空からナニカを見下ろす。
 巨大ナニカへの直接攻撃はNG。その周囲でノーマルナニカが弾けるのも極力避けたい所だ。解析、解除組の周囲は装甲車や他の探索者が防衛線を張っている。もこりもこりと地面が隆起したと思うとそこからナニカが顔を出し、近づいてくるのだ。どうやら巨大ナニカから発生したノーマルナニカは地中を潜って地面までやってきているらしい。幸いなのは発生点と出没点が離れる事。誘爆を避ける事を第一に攻撃を繰り返している。

『さて、と』

 ザザはある言葉を思い出しながら構える。
 ナニカの行動原理。子供の思考に酷似しているというその言葉。
『なら怯えさせてみるのも手だな』
 唸るような声で宣言し、巨獣は手にした機関砲を無造作に突きだした。武骨となった手はようやくそれを握るが、狙いなんて付けようがない。だが、構わない。当たらない所に適当にばら撒くまでだ。

 ガガガガガとすさまじい轟音が響き、巨大ナニカが沈む穴の壁面をえぐり取る。その音に巨大ナニカがびくんと大きく振動した。
 子供の落書きかと突っ込みたくなるほど適当な目がぐいんと白饅頭の表面を移動し、ザザを見上げる。それをニィと笑みで迎えて銃口を向け、放つ。

 びくんびくんと巨大ナニカは身をよじるように反応するがそこから動く事は無い。そもノーマルナニカを生み出すためか、直下に掘られた穴からそれが逃げ出す手段は無いように思えるが、壁際に寄るという行為さえできないようだ。びくんびくんと震えながら涙目を作って見せる。
『こいつは……』
 苛めをしているような空気に手が緩みかけるが────

 不意に、すぐ近くで爆発が起きた。

『こいつはっ!』

 その爆炎の向こうに更にいくつかのナニカの飛来を見とがめ、それを地上からの攻撃が撃墜するのを見た。
『ヨンのやつか。……しかし、あの時と同じだな』
 視線を更にその向こうへ。そこに鎮座しているのはドラム缶から管を伸ばし、その先に白手袋を付けたような、安直過ぎるデザインのロボット。その手袋が足元のナニカを掴みあげてはぶんぶんとザザへと投げ込んでくるのだ。
『前回のもあれかっ! ……『怪物』なのか!?』
 ロボット系の怪物は確かに確認されている。が、人工物であり、なおかつ巨大ナニカへの干渉が明白となった今となっては安易な断言はできない。
『持って帰りたい所だが……悠長な事は言ってられんか』
 ザザはぐんと翼をはためかせるとドラム缶へと突撃を仕掛ける。ドラム缶のサイズはざっとみて高さ5mほど。人が見上げればでかいが、ザザから見れば
『蹴り飛ばせるっ!』
 ひゅんひゅんと飛来するナニカを間一髪で避け、身をひねって放つ一撃は

 ガゴン

 とドラム缶特有の音を周囲に響かせる。
 トドメとばかりに銃口を向けて適当にボディにぶち込むと、弾切れになったそれで思いっきり殴りつけるとそれは完全に沈黙した。
『これで……』
 がしょんと不穏当な音。まさかと思って周囲を見ればさらに5体のドラム缶がうにょんうにょんと手を動かし、モノアイでザザをロックしていた。
『……やってやろうじゃねえか』
 ニィと笑みを浮かべて彼は空へと駆けた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「なんとか間に合いましたね」
 接近専門故に周囲の観測を主軸にしていたヨンはザザがドラム缶に応戦するのを遠目に確認しつつ、ナニカを迎撃した3号車の銃座の男へ手を上げる。
 話を聞いたときからそれが出てくる可能性を危ぶんでいたのだが、勘が当たって何よりである。
「さて、どうなるでしょうかね」

 そして─────

 魔法陣が崩された。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 まるで崩落を見るかのように、最初の一つを解除した瞬間、全ての魔法陣は崩壊を始める。その光景に数名が失敗したかと息を飲む。

「綺麗すぎるわね」

 ただ、冷静な者はその崩壊を苦笑いと共に見送る。
 それは『崩壊』と言うには余りにも流麗で、まるで計画的にダイナマイトを仕掛け、周囲に被害を出さないようにビルを崩すそれに似通っていた。
「性格が窺えるわ。何も考えずに解除すればよかったのにってあざ笑うんでしょうね、間に合わなかったら」
 崩壊に遭わせナニカの発生は止まっているようだ。しかし巨大ナニカは依然としてそこにあり、探索者達の方をじっと見つめている。

「……」
「(=ω=)」
「……」
「(=ω=)」
「……」
「(=ω=)」
「……」
「(=ω=)」

「おい、どうなってるんだ?」
 戻ってきたザザがこの妙な停滞を訝しんで声をかけるが、誰もが困ったように巨大ナニカを見るばかりだ。
「確か……フィールドモンスターってなんらかの建造物とか自然物が怪物に変化しているんじゃなかったんでしょうか?」
「……うん、でもまぁ、倒したわけじゃないっていうのは確かだしね」
「とは言え、ちっちぇえのを作るのはやめてるようだな。こっちをガン見しているが……」
「……あの、皆さん?」
 おずおずと声を上げたのはルティアだ。
「その……、あれ、見間違いじゃないですよね?」
 彼女が指さす先。巨大ナニカの表面にノーマルナニカが集まって

『やぁ』

 と読める字が描かれていた。

「……ええと、確か怪物とは意思疎通ができないんじゃなかったんじゃ?」
「あたしもそう聞いてるわね。偶然かしら」
「誰か返事してみろよ?」
「ええと、それじゃ……」
 すぅと息を吸い込んで
「こちらの言葉が分かりますかー!?」
 穴の中に響く声。すると

『おk』

 と、人文字ならぬナニカ文字が変化した。
「……分かってるらしいわね」
「だな。するってとこれは……?」
 と、考えてもわかるわけがない。
「おい、てめぇは一体何なんだ!?」
 ザザの声にまたナニカがひょこひょこ動く。

『拠点防衛兵器』

「拠点防衛兵器……? いや、まぁ、確かに周囲に地雷をばら撒いているようなもんだが……」
 困惑はもちろんザザだけではない。皆顔を見合わせてやりとりを見守っている。
「あんたを作ったのは誰?」

『ggrks』

「あれ、撃って良いかしら?」
 意味は分からないが馬鹿にされたと判断したクネスが魔術を構成するのを「ま、まぁ、落ち着いてください!」と必死になだめるヨン。

『じょーだん、じょーだん』

 マイペースにナニカ文字がそんな言葉を紡ぐ。
「フランクにも程があるだろうに」

『央の国』

「央の国? ……中央の央って意味かしらね?」
「どうでしょうか。しかし『扉の塔』が世界の中心であるという認識は誰もが持ちそうですし……そう言う意味と取る事はできそうですけど」
「少なくとも。この世界に先住民が居たって事は違いなさそうだな。
 しかし、そいつらはどこに行ったんだ?」

『不明』

 ややしょんぼりしたように見える巨大ナニカ。

『私のログには何も残ってないな』

「さっきから思うんですが、あの兵器の作者、そうとうアレですよね」
「だから撃って良いと思うのよね。教育として」
「……ええとだな。お前のログとやらは何時からないんだ?」

『判断不能』
『ログ停止後に』
『時計も停止』
『経過時間不明』

 ナニカがぴょこぴょこ忙しそうに動くのは可愛らしいが、
 なんともシュールである。

「お前はずーっとナニカ……そのちっちゃいのを出し続けてたのか?」

『YES,YES,YES』
『それが私がここに居る理由だから』

「……どうします?」
「どうって言われても……管理組合に任せる方がいいんじゃないかしら」
「連れて帰るにしても、この穴から出すのはコトだしな。
 お前、自分でここから出られるのか?」

『うわーん、でられないよぉー』

「お前、結構余裕だろ」
 流石にザザもイラっとしてきたらしい。

『壁を削りながら』
『斜面を作って』
『登るのは可能』
『推定必要時間』
『約1000単位時間』

「この世界の翻訳性能からすると、あたしたちの感覚時間で良いのかしら?」
「そうすると一カ月以上ってことになりますね。その間に怪物にまた襲われたら怪物化しそうですけど」
「護衛、するほど戦力はねえしな。速攻で戻って管理組合ってセンしかねえだろ」
「あのっ!」
 黙っていたルティアが声を上げる。
「アルカさんを見ませんでしたか? こんな人なんですけど!」
 掌に載せたメダルから立体写真が飛び出してくる。
 ナニカはそれをじっと見つめたあと

『ログに残ってる』

 ナニカ文字がそう綴った。

「ど、どこにいますか!?」

『↓』

 矢印はナニカの下方を指し示す。ルティアは迷わずに翼を広げると、下へとダイブする。
「ちょっと、危ないですよ!」
「……そういえば、忘れていたが。先頭車両のやつらも下に落ちたんだよな」
 ザザも一度下を覗きこみ、それから再び巨獣化して穴の下へと降りて行く。
 ややあって、彼の背中に数人の探索者を乗せて戻ってくると回復魔法を使える者が集まり治療を開始する。運よく数人、まだ息があったらしい。それから
「居たのね」
「はい」
 気絶しているらしい。ぐったりとした猫娘を抱えたルティアが静かに着地する。
「さて。なんだかんだで一件落着のようですけどね」
 ヨンはそう呟いて周囲を見渡す。

 そんな騒ぎを気にしているのか、していないのか……。
ナニカは(=ω=)な顔をしたまま、じっと鎮座していた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
にゅ。というわけで神衣舞です。
一応事態はこれにて決着です。次回は後始末回。どう処置したらいいかなーって御意見を募集します。もちろんそれ以外も。
うひひひひ。
襲来! (=ω=)
(2011/05/17)
「随分とお疲れのようじゃないか、V様」
 とぼとぼと家路を歩くヨンに声をかける男。
「アドウィックさん」
「何処か飲みに行くかい? 良いバーがあるんだが」
「遠慮します。色々と疲れたんで」
 言いながら目の前を通り過ぎ
「……調査終了、じゃないですよね?」
「おや、それはどういう意味かい?」
 ハンチング帽をくいと指先で持ち上げ、自称ハードボイルド探偵はニィと笑みを作って見せた。
「……そのままの意味です」
「君はどんな結末を望んでいたんだい?」
「……」
 止まりかけた足を強引に進める。そんな背中に探偵は笑みの滲む言葉を続ける。
「無力感かい?」
 応じる気も無い。
「流石はヒーロー。誰もが笑顔になるハッピーエンドでなければ気が済まないらしい」
「……なにが言いたいんですか?」
「君は彼女らの事情を少なからず知っていた。だから何とかしようとして、なんにも出来なかった。ただそれだけじゃないか」
 ギと奥歯が鳴り、しかしその通りだと振り返ろうとする身を戒めた。
「その通りですよ。それでは」
「だがヒーロー? 君の動きは決して無駄じゃなかった」
「慰めですか?」
「賞賛さ」
 間髪入れずに探偵は言い切る。
「君は彼女にとってのジョーカーを動かしたんだ。間違い無くそれは君の功績さ」
「……アルカさんは……」
「なに、すぐに分かるさ。今回は彼女も退かざるを得ないだろうからね」
 探偵の人を食った笑みを背に感じながら、ヨンは首を振ってそのまま歩を進めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

『Meは』
『BAKUHATU』
『しないよ?』
 巨大ナニカはそう主張していた。
『あいあむ』
『製造工場』
『でも自爆ボタンは』
『完備』
『b』
 自由気ままにナニカ文字を走らせる巨大ナニカを横目にザザは嘆息する。
「殺すのはすぐにでもできることだが……」
 これの言う事を信じるのであれば、これは怪物に対抗するために設置された防衛装置らしい。それは明確な戦力ではないだろうか。
「おい、お前」
『なーに?』
「そのちっこいのはもう俺たちを襲わないのか?」
『元々』
『襲ってない』
『YO〜』
 むと眉根を寄せる。そういえばこのナニカと名付けられた生物。自爆する事はあっても攻撃してくる事は今まで無かった。
『ただ』
『近くで動く物に』 
『近づくだけ』
『シンプル2000しりーず』
「文字作ってるそいつらみたいに制御できないのか?」
『できるハズ』
『だけど』
『遠くのに』
『電波』
『届かない』
「……そりゃそうだろ、100mの壁があるんだから」
『ナニソレ?』
 むと眉根を寄せる。
「100m以上電波も念話も届かないだろうに」
『ナニソレコワイ』
「知らない……、だと?」
 これはこの世界の法則じゃないのか?
『でも』
『確かに届かない』
『制御離れると』
『動体捕捉モード』
『になっちゃう!』
 このやりとりを見ていた周囲の探索者も顔を見合わせる。
「てめぇは本来どの程度の距離まで制御できるんだ?」
『スペック上は』
『20km』
 20Kmという単語。それは『100mの壁』の全否定だ。
「かつて、この法則は無かったってことか?」
 無論答えられる者は居ない。
「……こいつを殺すのは簡単だが、防衛兵器として。なによりも色々と聞かなきゃならねえ事があるようだな」
『かつ丼出る?』
 まぁ、まともに話が聞けるか定かではないが。
「元々この世界での植民は綱渡りのようなものだ。今回の件は言うに及ばず、何度も危機を見て来た」
 ザザは周囲に良い聞かすように言葉を紡ぐ。
「俺たちがこの先、生き残るには危険を考慮しない大胆さも必要だろうな」
 そうと宣言したならば。どうやってこの穴ぼこの中のこれを引っ張り出すかが問題だ。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「土中を移動させる術式ですか?」
 クネスの言葉に研究者はうんと悩んで
「不可能ではないと思いますが、今は無理ですね」
「と言うと」
「我々用の傘をあれに使うようなものです」
 なるほど。あの巨体に適用させる程の魔術となると一人の手には余る。
「管理組合に相談ですね」
「そうね。さてと」
 クネスはくるりと振りかえって車へと向かう。2号車には彼女が寝ているはずだ。
「はろー、起きてるかしら?」
 その言葉に、猫耳少女は────目を閉じたまま、眉根をおもいっきり寄せた。
 それに満足そうな笑みを浮かべたクネスはすっと近づくと
「助けたわよ?」
 と、耳元で囁く。
「因みにお礼は感謝の言葉だけで良いわよ。あたしと貴女の仲だものね?」
 少しだけ身を離し、そして傍らに座るルティアに視線を向けた。
「───私の事を名前以外で呼んだ上で、ね?」
「……」
 視線の意味、そしてその言葉の意味を測りかねたルティアは少しだけおろおろと視線を彷徨わせるが、やがて悲しそうに目を伏せた。
「どうしたの? 起きてるんでしょ?」
「……」
「そんな風であたしはともかく────」
 クネスは満面の笑みで続ける。
「あの子を欺けると思ってるの?」
 それは決定打だった。少女はばちりと目を見開き、忌々しげにクネスを睨む。
「なんでお前が居るにゃ」
 なんで、と彼女は言った。そう、眉根を思いっきり寄せる前に、彼女がほんのわずか垣間見せた困惑は
「あたしが誰か、思い出せた?」
 応じる代わりに弾けるように猫娘は前に飛び出し、しかしその行動は光の縛鎖に遮られる。
「アルカさんは、どこですか?」
「にふ、るーちゃんどいて、そいつ殺せないっ!」
 殺気を一瞬で溶けさせた猫娘は冗談交じりにそう叫んでひょいと壁際まで退いた。
「ったく、吸血鬼ちんといい、なんでこんなイレギュラーが居るにゃよ」
「あなた、アルルムって子ね?」
「義母様って呼んで欲しいにゃ?」
「義理の娘が増えそうね」
 え?とルティアがほんの僅かに視線を動かした瞬間、車体の壁に赤の魔法陣が輝き、クレイモア地雷のごとく外側へと爆発。
「っ! 待ちなさい!」
「やだぴょん。ったく、オリジナルはオリジナルでよっけーな事してるしさ。
 ああもう、やり直しやり直し!」
 爆発に何事かとざわめく周囲の音を爆煙に巻きながらアルルムと言う名の少女は苛立たしげに
「アレなら逃げたにゃよ。そこらでのたれ死んでるんじゃない?」
「アルカさんが……!」
「どーせ生きてるだろうけどね。サバイバル系のマジックアイテムくらい常備してるだろうし」
「どうして殺さなかったの?」
 クネスの問いかけにアルルムはべーと舌を出して、魔法陣を展開。幻のように消え去ってしまった。
「転移魔法……? それより今はアルカちゃんかしら?」
 と、振り返ればすでにルティアの姿も無い。
「……あの子、大人し系に見えて心配性なのね」
 くすりと微笑むも、さてどう探した物か。
 それに。あのアルルムという少女はいったい何者なのだろうか。随分とアルカを恨んでいる……違う。
「我が血族にも困った物ね」
 ちょっと説教が必要かしらと考えつつ、クネスは人手を求めるために車を降りたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 結局本物のアルカはすぐ近くに隠匿の魔法陣を張って倒れていたのをルティアが発見し、無事回収された。
 その際にクネスが再度からかって大騒ぎになり、興奮しすぎたアルカがぶっ倒れたのはまた別の話。
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はいな。神衣舞です。これにて『襲来! (=ω=)』は終了となります。
あとはショートで(=ω=)の輸送計画がありますのでぜひ参加ください。(=ω=)は基本的にウザいです(ぉい
今回は裏話としてアルカとアルルムのやりとりがありましたが……これ、来年くらいに持ってくるつもりだったネタなんだよねぇ……。
 釣りあげたのはヨン様です。ヨン様のトラブル発掘率が酷くて怖いです。

 なにはともあれお疲れさまでした。
 次のシナリオにもぜひ参加くださいませ。
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