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【inv14】『舞い散るは花の』
舞い散るは花の
(2011/04/11)
「衛星都市からの連絡員が全滅だと?」

 ヘブンズゲートで統制をおこなっていた管理組合員が信じられないという顔で聞き返す。
「はい。今全員治療に回されているのですが、喋れない状態でして……」
「酔っぱらったのか? 防毒マスクは一定数用意していたはずだが……」
「それが……昨年の酩酊とは症状が違うのです」
「……なん、だと?」
 変化がないとたかをくくっていた組合員は緊急救護施設のある方向を見やる。
「それで……?」
「はい。酷い風邪に似た症状を出していまして……。困った事に機械系の方もくしゃみに似た挙動を繰り返していてまともに話ができないんです」
 男は考え込む。このターミナルに巣食う怪物の中には種族を問わず同じ状態異常を起こさせる怪物もいくつか確認されている。完全耐性を持っていればもちろん抵抗は可能なのだが……
「防毒マスクも効果なし、か」
「皮膚にかゆみもあるようで、恐らく吸引だけが原因ではないと」
「……衛星都市の状況は全く分からないのか?」
「残念ながら。唯一幸いな事は症状が命にかかわる物ではないということです」
 男は「そうか」と深刻さを隠しきれない声で呟いた後に「本部に連絡は?」と問う。
「すでに……。しかし急になんなんでしょうね」
「……観測隊が桜前線に緑が混ざっているという報告をしてきたからな。もしかすると花が落ちた後はそういう症状を発生させるのかもしれん」
「……しかし……」
 どうやってもそれはこのクロスロードまでやってくる。地下都市である大迷宮都市はまだ被害は少ないだろうが、クロスロードでは迎撃せざるを得ない。間違っても扉の園に侵入させるわけにはいかないのだ。
「観測隊の追加派遣を上申しよう。まずは情報を得る事が先決だ」
「はい」
 男は目を細めて遥か南を透かし見る。
 迎撃部隊はすでに出発している。無事に帰ってくると良いのだが。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「確かに緑っぽい色が見えますね」
 防毒マスクのせいか、くぐもった声が漏れる。
「よーし、適当に攻撃を開始する。迎撃部隊の目的はクロスロードにまっすぐ来るコースの桜前線を攻撃。進路をひん曲げる事にある。まぁ、気楽にいこうや」
 軍人風の大男がライフルを担いでそんな事を言う。
「まずは砲撃開始。接近を許したら適当にけん制して重火器部隊の撤収を待つ。
 また数キロ後ろに築陣して砲撃というのを繰り返す」
 周囲には設置型の機関銃なんてものもいくつも見られる。これらは設置も回収も時間がかかるため、前衛部隊の仕事は砲撃終了後の防御行動だ。
「では打ち方はじめ!」
 重なり合う轟音が耳朶を撃つ。いくつもの放物線が虚空に線を描き、ピンクと緑が淡く入り混じる平原へと吸い込まれていった。
 遅れて響く爆音。出だしは上々というところか。
「近づく前に全滅させてやんよ」
 気分よさげにそんな事を言う魔法使いがふいに詠唱を止めたのはびゅうと強い南風が吹いたときだった。
「……?」
 彼だけではない。急に煩いばかりの爆音がぐんと減った。訝しがってヨンは周囲を見ると大量のくしゃみが代わりとばかりに耳朶を撃つ。
「な、なんだぁ?」
 軍人が驚いたように周囲を見渡す。
「花びらは全然遠いぞ。どういう事だ?! っぶえっくしゅん!」
「……」
 なんというか、まずい。そう思った時にぞわりと皮膚にむず痒さを感じた。
「に、逃げましょう!」
「な……い、いや。そう、ぶえっくしゅん! そう、だば。おばえば! ええい。おまえら、撤収だ!」
 鼻水のためにまともに会話できなくなりつつある軍人の声に慌ただしく周囲は動こうとして
「ぶえっくしゅん」
「うぁ。目が! 目がぁあああ!!」
「痒いっ! 何だこりゃ!」
「思考にノイズがっ! 運動系も低下、言語データにえらぶえっくしゅん」
 なんとロボットまでくしゃみのようなものをし始めた。これではアンデッド族とかもう関係ない。
「に、逃げれる人から早く!」

 幸いと言うべきか。この部隊は武具を置き去りにしなければならないという大きな損失を被った物の一人の欠落を出す事無く撤収に成功したが、連絡の取れなくなった部隊も数多くあった。
 準備万端の防衛線はいきなり大混乱へと陥ったのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「大迷宮都市は閉鎖を決め込んだか」
「一応砲撃等は行ったらしいのですが、途中から例の症状を訴える人が増えて撤収を決めたそうです。自動攻撃装置にも原因不明の不具合が発生したらしく……」
 その言葉を聴覚に捉えつつポリゴン風ロボットは状況を整理しはじめる。
「……遊撃は中止らしい」
 同じ隊で遊撃を行うはずだった女性が声をかけてくる。
「そのようですね」
 データベース照合。アインと言う名前を引っ張り出し、そちらへと視線を向ける。
「昨年までに無い症状が発生しており、混乱しているようです」
「……予習は無駄だった?」
「いえ、桜の花弁からは酩酊のエフェクトが確認されたと」
「新型が混じっていると言う事?」
「管理組合はそういう認識のようです。大迷宮都市は迎撃行為を放棄したようですね」
「……そう」
 端正な顔立ちからか、表情を変えないからか。或いはポリゴンロボと並んでいるからか。人形のような少女は静かな視線を虚空へと向ける。
「……花粉症?」
「花粉症?」
『発作的で反復性のあるくしゃみ、鼻水、目のかゆみなどを誘発する花粉アレルギーの総称です』
 疑問符に反応したかPBの解説をデータとして受信し、確かに先ほど管理組合員が語っていた症状と一致すると判断。しかし────
「貴女の世界の症状ですか?」
「……流石にロボットが花粉症になったと言う話は知らない」
 スティルだってそうだ。そもそもロボットにアレルギーなんて聞いた事も無い。
「対策、あるのでしょうかね」
「……アレルギーだから抗アレルギー剤とか?」
「なるほど。と言ってもいきなりの調達は難しそうだ」
 数秒の思考。それからスティルはPBに確認。
「花粉を完全に落とす事は可能ですか?」
『浄化系の術式や、風霊系の術式、或いはそれに準ずる技術により可能と推測されます』
「すでに被害に遭われた方に試してみる価値はありそうですね」
「……それが有効なら風系の魔術で防ぐ事はできそう」
 その言葉でスティルはどこにあるのかイマイチ自分でも理解していないセンサーを働かせる。
「良くないですね」
「……?」
 不意に空を見上げてそんな事を言うロボットにイマイチ感情の掴めない視線が向けられる。
「南からの風がここ数日強いですね。このままでは……」
「……迎撃をする前に全滅しかねない……かもね」
 声音は静かだが、感情の発露が薄いその言葉から戦慄を感じる事ができるのはそれだけ彼女がその未来像に悪寒を抱いたからか。
「悠長に砲台を構えているわけにはいきそうにありません。エアクリーニングでも扇風機でも用意して早急に迎撃をしなければ手遅れになります」
「……私には当てがない」
「問題ありません。そのための管理組合らしいですから」

 その間後、風霊支配系の防御魔術をできるだけかき集め、迎撃を試す事となる。
 そしてそのメンバーの中に、発案者の2人の姿もあったのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「なにが役に立つかわからないものね」
 呆れ半分の言葉はクネスから。
「にゃっはー! この天才が作り上げた発明品は無限の可能性を持つっすス!」
 そんなのにミリ単位もめげはせず、薄い胸を張るトーマは先日のがっくしぶりはどこに行ったのか、自信満々だった。
 端的に言うと、突発的に思いついたバリア膜砲弾が管理組合のお眼鏡にかなったのである。
 まぁ、正確にはその『薄型バリア』という存在が、だ。
 迎撃部隊の証言から、桜前線に混ざる緑は葉桜ではなく、恐らくスギとブナに似たトレント系の怪物であることが推測された。その事からもこの新しい症状は花粉症によく似た物であるという確信が高まったのである。
 風霊系の術や浄化の術を得意とする魔術師に声がかかったのだがいかんせん数が足りない。そこに妙な発明品を持ってうろついているトーマがやってきたというわけである。ちなみにクネスは長距離砲撃用術式を作ってみたのでそのテストを兼ねて訪れていたところでカチあった。
「やれそうじゃな。自動車に乗せた魔道エンジンとエネルギーを直結させればある程度の時間バリアを維持できそうじゃわい」
 顔をあげたドワーフ────ドゥゲストの声に満足そうにうんうんと頷くトーマ。
「時間があれば無線式にしたい所だが、贅沢は言ってられんな」
「ふ、このあたしに任せてもらえれば無線式だろうと────」
「出発は3時間後らしいけど?」
「……、も、もうちょっと時間が欲しいっす」
 しゅんとしぼむ。流石に天才でも時間にはあらがえないらしい。
「でも、このバリア大丈夫なの?」
「し、失礼っスね!」
「防御性能は皆無」
 もう一人、作業を手伝っていた技術者の言葉に声を詰まらせるが、すぐに我にかえり、「そ、そうっす。これはあくまで空気抵抗を抑えるためのものっスから。開発目的が違うっスよ!」とマイフォロー。
「……花粉や花びらを弾くだけなら問題ない」
 青い髪の眠そうな目の少女がトーマの自己弁護にこっくりとうなずき、そのままこっくりこっくりと船をこき始めるが、何か知らないけど手は作業に動いている。
「だ、大丈夫なの? この子」
「……大丈夫。システムの無駄な所を省いて最適化したから」
 なんか質問に答えてきた。まぁ、大丈夫かの対象は思いっきり間違ってはいるが。
「最適化っスか? 砲弾に内蔵するために限界まで最適化してるっスよ!?」
「……」
 応じる代わりに差し出されたのはソフトボールサイズのメタリックなボールだ。武装列車に搭載されている砲塔を想定して作ったトーマ製の物より1周り近く小さい。もちろんトーマの作品は弾丸としての威力を確保するためにそれなりに金属密度が必要だから比較して良いかは微妙だが、確かにリサイズはされている。
「むむむ。言うだけの事はあるっスね」
「ZZzzzz」
「ね、寝るなっス!!!!!!」
 青髪の少女のタンクトップを掴んでがくんがくん振ったりしているトーマから気にせず作業を続けるドゥガストへと視線を移す。
「あたしも同行した方が良いのかしら?」
「超遠距離の攻撃方法があるなら南砦で十分だろうよ。それにこのバリアはさっきも言った通り衝撃にそれほど強くないし、魔力にも揺らめく可能性があるからな。数も用意できん。やる気と暇を持て余している前衛連中に託すのが一番じゃよ」
 この症状を花粉症ではないかと伝えてきた探索者をはじめとする十数人がすでにスタンバイをしているらしい。風霊系術師は浄化系の術を使える神官等のサポートに同行する。都合30人程度のチームだ。一陣として彼らには出てもらい、その間にバリアの量産や風霊系呪符の作成を行う算段で動き始めている。
「数が数じゃ。最後は砲撃が頼みの綱になる。予報じゃ明朝には南砦の有視界内に到達するからのぅ。慌てる必要もあるまいよ」
「それもそうね。彼らの頑張りに期待ってところかしら」
 クネスは軽く笑って自分の構築した術式を再度見直すのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ……クク
 …………クヒィッ……クヒヒィヒイイイヒイッ
 …………
 ……

 …

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にゃふー。神衣舞です。
今回は状況説明もいろいろと入りましたので直接の戦闘は少なめとなりました。
前衛系の人達にはちゃんと前で戦える準備ができましたので満足です。トーマちんに感謝(笑
というわけで次回はガチなバトルになります。遊撃戦から南砦での砲撃戦までってところでしょうか。前衛組も後衛組も張り切ってやっちゃってください。

……ああ、あとまぁ。いろいろ裏でたくらんだりとかしてないよ?
 えへ☆
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