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【inv14】『舞い散るは花の』
舞散るは花の
(2011/04/20)
わざわざすみません」
「なに、これも司書院の仕事じゃ。地下階層ともなれば妾のような本の化身か、余程禍祓いに長けておらんと無理じゃろうし」
 先を歩くのはふくらはぎまである黒髪を揺らし幻想のように歩く女性。顔立ちも物腰も純和風で、それゆえに司書院の制服が際立つ。
「無理、でしょうねぇ」
 ちらりと視線を横に振ろうものなら強烈な欲求ががつんと脳を叩いてくる。
読みたい。
 何の本すらかも理解できないのに、呪いじみた衝動がぐぉんと脳裏を駆け巡る。
「やめんか」
 それはヨンへの言葉ではない。しかしその言葉に衝動ははたりと消え去り、彼は安堵の息を吐いた。
「やはり無理なようです」
「目を閉じ、ただ往けば良いのじゃが……容易な事ではないからの」
 くすりと妖艶な笑み。
 大図書館地下階。その1階と2階には一般公開するには危険すぎる書物が山と詰め込まれていた。探索者だらけのこのクロスロードでなにが危険かと言うかもしれないが、内容もさることながらここにある本は読み手に、そしてその周囲に多大な影響を与える物ばかりだ。
「故に、下に住みつく輩は狂人と揶揄されるのであろうが。中にはまじないも知らぬ者もおるのじゃが」
「集中力だけで言えば驚異的な人達ばかりですからね」
 二人が向かうのはそのさらに下。当初特別閲覧室として設けられ、今ではこんな場所を選んで住みつく研究者の巣窟となっている。
「さて着いた」
 本棚だけの回廊を抜けた先。薄暗く、心身ともに圧迫されそうな道の先にあるのは近代的で無機質な扉だった。
「妾はそこらで時間を潰しておく故、ゆるり話してくるとよいぞ」
「はい。ありがとうございます」
 フと笑って文車妖姫は軽い足取りで本の樹林へと姿を消す。
 守り手の不在を知った本が誘惑してくる前にヨンがその扉をくぐると、迎えたのはリノリウムの白く清潔な廊下と、一定間隔にある扉の列。
「ええと。ニギヤマさんの研究室は?」
 問いに応じたPBが道順を示す。その通りに歩いていくとやがて一つの扉の前に辿り着く。
「ニギヤマさん、いらっしゃいますか?」
 呼びかけに扉が開く。ひょこりと顔を出したのは小学校低学年程度の女の子だ。
「ヨン ダ」
「こんにちわ」
 ひょこりと手を挙げるその少女に挨拶をすると、「パパ?」とその上に全く同じ顔の少女がのっかかってひょこり手を挙げる。
「ええ。ニギヤマさんは?」
「オクニ イル」
「パパ。ヨン」
 双子、というわけではない。ある意味双子みたいなものだが彼女らのそっくりさんはまだ数百は居る。彼女たちは『森』と呼ばれるクロスロードの外をゆっくり巡る樹木群のコア、そのコピー体である。常識の勉強のためにコピーの数体がニギヤマの研究を手伝っているということだ。まぁ、マッドサイエンティストの近くに居てなんの常識を学ぶのだろうかという突っ込みはとっくにスルーされている。
「んん? おお、ヨン君か。どうしたのかね? あの子の本体なら森だよ?」
「いや、私がなにしに来たと思っているんですか?」
「仮にも生みの親にどういう質問をしているのかね?」
「本気で言ってますか?」
「君にその気があるのなら」
 ふと生み出される笑みは冗談と言うよりも純粋な興味。
「恋愛感情というものがあの子にどんな影響を与えるのかというのもかなり興味があるのだよ。なにしろ精霊種のドライアードは人間を誘惑して虜にするらしいからね。あの子は私の作品ではあるが、共通点はあるかもしれない!」
「……」
「というわけでお父さんは公認するぞ。ささ、男なら据え膳……」
「本題に入って良いですか?」
 にこやかにドスを利かせると「はっはっは。なんだい?」とわざとらしい笑顔を作る。
「これです」
「ん? 袋? ……ほう。外のアレかね?」
 流石というべきか。ぱっと見空気を詰めただけの袋を見てニギヤマは興味深そうに眼を細めた。
「解析をお願いしたいと思いまして。森への影響も心配ですし」
「影響はもちろんあるさ」
 袋を受け取りながら初老の男はさらりと言ってのける。
 背を向けてガラスケースの中に袋を放り込み、密閉。中のロボットアームが袋の密閉を解くように操作しながら彼は語る。
「これは推測だけどね。この花粉も、花びらも。魔術がどうとか、成分がどうとかじゃないんだよ」
 うぃんうぃんと動いていたアームが突然妙な動きを始める。ニギヤマは肩を竦めて電源を落として、別の操作を行う。
「ああ、やっぱりなぁ」
「どういう意味ですか?」
「花びらは防毒マスクで防げた。これはこの花びらに含まれる臭いが問題なのだよ」
 再度立ち上げる。するとアームは何の問題も無く作業を始め、しばらくしても挙動におかしい所は無い。
「臭い、ですか?」
「正確には花弁から香るなにかとそれを知覚する能力が問題、ということになるかな」
 とたんに意味が分からなくなる。
「それはどういう?」
「花弁の臭いを嗅いだ者は酔う」
 ずばりと研究者は言い切った。
「それを前提にすれば、この花粉は『触れた者の免疫を過剰反応させる』だな。免疫と定義してしまえば機械類にも当然備わっているからな」
 科学関係に疎いヨンは眉をしかめるしかない。
「簡単に言えば人には害悪に対しての抵抗力がある。病気であっても呪いであっても、それに抵抗する事ができる。病気や呪いに負ければその影響を受けるが、抵抗力が勝ればそれを受ける事は無い。
けれども抵抗力というものは常に発揮しておけない。
抵抗力は害悪から逃げる時だけ全力疾走するようなものだね。常に全力疾走していれば体は当然ばててしまう」
「……はぁ」
「だがこの花粉はその全力疾走にドーピングしてしまうのだよ。無理やり全力を越えた疾走を強いられた体は当然壊れる。これが被害者に起きている現象だ」
「……ええと、それで?」
「それだけだが?」
 訝しげに言い切る博士。
「いや、ほら。解決策とか」
「皮膚を露出しない事」
 ずばり言い切られてヨンは数秒沈黙。
「……。ええと。森の方は?」
「放っておくしかあるまいな。症状からすれば死ぬ事もなさそうだから通り過ぎるまでの我慢というところか」
「……解毒剤とか、そういうものは?」
「だから毒では無いのだよ。あえて言えば全ての抵抗力を捨てる事だな。無論そんな事をすれば病気にかかってもっとひどい目に遭うがな」
 役に立たないと内心ぼやくが従来の毒とは趣が違う難解な状況を改めて認識する。
「何にせよ一定量以上の花粉に触れたら免疫系にエラーが発生してしまう以上触れないのが一番だ。今回もあの『前線』はただ進行するだけなのだから完全密閉の防護服を着て動きの少ない兵装でやり合えば良い。無論コンピュータ内蔵な武器はシステム保全系からのエラーが発生する可能性があるからシンプルな武器に限られるな。人力の破城鎚あたりが理想じゃないかね?」
「そうですか……それで、森の方は?」
「あの子は心配かね。いやぁ、流石だねぇ」
 ニヤリと笑みを作るおっさんをジト目で制する。
「まぁ、命には関わらんさ。休眠モードに落ち着かせて雨を待つのが一番だからな。そうすれば影響は最小限だ」
「そうですか」
 確か外ではニギヤマが言った通り完全防護状態で攻撃を仕掛けるという手段に動き出しているはずだ。結局それが有効であるだろうという確認をしただけかもしれない。
「私はもう少しこれを解析して見るよ」
「はい、お願いします」
 一礼してヨンは研究所を後にしようとして
「……ん?」
 2人のコピーコアが裾にぶら下がっている。
「これはお父さんとして嫉妬すべきなのだろうか」
 ニィと笑って言う男に「知りませんよ!」とヨンは怒鳴り返すのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「気象操作はこのターミナルでは非常に難しいのですよ」
 スティルの提言に学者風の男があごをさすりながら応じる。
「ほら、気象というのは空だろう? 魔術は100mの壁に遮られるからね」
「なるほど」
「ただ、放水するのは意味があるだろうね。あれが本来のスギなんかと似た特性があるのなら雨の日にはそもそも花粉を飛散させないかもしれないし」
 男は言葉を紡ぎながらスティルの胸元に拳サイズの玉を付ける。
「よし。展開はPBからの指示でできるよ。連続効果時間は30分程度。車両にチャージャーがあるから20分の警告がなったらチャージするように。
 あと、解除の前には必ず浄化を受けるように」
「わかりました。
 ……ちなみに、あのスギは桜が突然変異を起こした物、という推測は成り立ちますか?」
「……分からないね。植物学的に言えば交配もしない別の種だが、このターミナルで起き得ないとは誰も言えない。我々はこの世界をまだまだ知らないからね」
「それでは……人為的に作り出された可能性もある、と?」
「……」
 男は眉根を寄せて、それからしばらくするとフッと苦笑を作って首を振った。
「いやぁ、無いだろうな。それは」
「可能性の上ではあるのでは?」
「人為的に作られたのであれば、あれは怪物ではないさ」
「意思疎通の壁を指していると推測しますが」
「ああ、その通り。やっこさんらが素直に改造手術を受けるもんか」
「強制ということは?」
「無いとも言えないが、衛星都市よりもさらに南下して、あれだけの数のスギやブナを生み出すほどの干渉ができる奴が果たしているかどうか。
 居るとすればそいつ、あるいはそいつらはクロスロードの誰よりも有能な探索者だな」
「つまり、現実味が薄いと」
「そういうことだ。よし。そっちの嬢ちゃんはどうだ?」
「問題無い」
 平坦な声音で応じる黒髪の少女───アインはゆっくりと体を動かしてみている。薄い光を体にまとていることからバリア展開中であることが窺えた。
「そろそろ連中から距離300ってところだ。よろしく頼むぜ」
「はい」
「できる事をやる」
 彼らを含む一行が乗っているのは改造したトレーラーだ。後部のハッチが開くと荷台の奥に設置された送風機が動き出し、外へと風を吹かせる。それに押し出されるように数人の探索者が荒野に降り立つ。
 すぐにハッチは閉まり、代わりに外に設置されたスピーカーから『残量警告が出る前にトレーラー横にある魔力球に触れるように』と声が響いた。
「私たちの任務は倒す事でなく適度に進路を変える事ですね」
「そうね」
 僅かに空気が黄色に見えるのは花粉が濃いからだろう。しかしくしゃみやかゆみという影響は出ていない。
「だが、倒してしまっても良いのだろう?」
 同じ車に乗っていた男がそんな事を言ってニィと笑う。
「こっちとまともに外に出られなくてうっぷんが溜まってるんだ。派手にやらせてもらうぜぇえええ!」
 と、大きな斧を持ってどがどがと走り出し────
 やる気出し過ぎたのかいきなり足をもつれさせて転んだ。
 白けた空気が広がる中、
「うぎゃぁあああ?! かゆぃいい!? ぶえっくしゅん!」
 いきなり男は悶え苦しみ、くしゃみを連発し始める。
「……これは?」
「バリアを破ってしまったのでしょう。
 打撃を受けたりしない限りは普通に攻撃する分には問題無いというスペック表示でしたが」
「……悲惨」
 目を充血させ、顔を真っ赤にした大男を横目にああはなるまいと他の探索者達は動き出す。
 先んじて飛び出したアインがびゅんと大鎌で大気を引き裂く。木の幹を直接切りつけても切断するのは至難の業だ。故に反応を見るために幹を浅く切り裂く。
 悲鳴を上げるようなことはない。ただ傷を嫌がるようにぶるりと身を震わせると彼女を避けるように方向転換。
 今度はなにもせずに近づいてみるが、相手は構わずこちらに近づいてくる。ギリギリまで待っても止まる事がなさそうなのでそれを避けるとそのブナはまっすぐ歩いて行ってしまった。
「なるほど」
 どうやらクロスロードというより北方向へ直進するという特性は聞いた通りらしい。目立った反撃は他に視線を巡らせても起きていないようだ。
 あまり大きな動きになって木にぶつかるのも面白くないが彼女は舞うようにデスサイズを振い、次々に木の幹を傷つけて行くと木々は次々と外側に逃げるように進路転換した。
「反撃は無いようですね」
 いつもは素手だが、今回それではバリアが破損する可能性があるので借り物の小手を身に付けたスティルががんと近くの木を殴りながら確認するように呟く。
 一方的な攻撃が可能と知った探索者達が攻撃の密度を上げていくと周囲は桜吹雪の幻想的な風景と化す。
「……」
「貴女もですか?」
 やや視界が悪くなった空間で、アインはこっそりと持ってきた袋を手にしていた。密閉が可能なジッパー式のもので、採取したサンプルを本国に送るためのものだ。見ればポリゴンロボも同じような袋を手にしている。
「……」
「お互い様ですし、咎めるつもりはありません。そもそも同じような目的の方は数名いらっしゃるようです」
 確かにあからさまに戦闘とは無縁のような風体の探索者も混ざっていた。同じように報告のための採取か、或いは自分で研究するためにここまで出向いたのだろうか。
「派手に衝突しない限りはバリアも問題ないようですし、管理組合も特に咎めたりはしないでしょう」
「……そうね」
「そこで、あの枝あたりを切っていただけませんか? 折るには少々高くてですね」
 表情の起伏が元々少ないためか、それとも本気で飽きれているのか。判断に困るようなジト目でしばらくポリゴンロボを見ていたアインはややってひゅんとサイズを振うと、ぽとりと幾本かの枝が地面に落ちる。
「ありがとうございます」
 例を言うスティルにアインは袋を差し出す。
「これは?」
「私の分も。いくらか切るから」
「オーダーの通りに」
 恭しくポリゴンロボが応じるのを見て、アインは木々を傷つける作業へと向かったのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふーん」
 バリアのテストを兼ねた斥候部隊が戻ってきた後。
 斥候に混ざっていた風使いからの話を聞いたクネスは当てが外れたと空を見る。
 もしかすれば南から吹きつけるこの不都合な風も怪物に関係するのではないかと踏んでいたのだが、残念ながらと言うべきか、幸いと言うべきか。ともかくそのような不自然な物ではないという話だった。念のため他の風使いにも問いかけたが結果は同じような物だった。もっとも100mの壁がある以上或いはということもありえるのだが。
 ちなみに葉桜が混ざっているという噂が流れていたが実際はブナやスギの緑がそう見せていた原因であり、桜で葉を付けていた物は結局確認されなかったらしい。
「とにかく攻撃も防御も目途が立ったし、あとは乗り切るだけっぽいわね」
 彼女が居るのは南砦の防壁の上。そこでは北からの風が吹きすさび、彼女は風を背に受けたまま南を見据えている。
 南砦に用意されたのは巨大な扇風機。それから風精など風の操作に秀でた者だ。その全てを吹き飛ばしてしまえばあとは一方的な攻撃も可能になる。とはいえ相手は目視も難しいほどの微粒子。中にはくしゃみをし始める者も発生し、浄化系の術を使える者が砦内を走り回っていた。
「攻撃部隊が再編成されるようね」
 振りかえれば南側の門の内側でトレーラーやバリアの調整をしている姿が見える。可能な限りの迎撃戦を繰り返し、射撃圏内に入るまでに極力減らそうという試みを行う事になったらしい。
「まぁ、幸い準備がまるっきり無駄になったわけでもないし」
 南砦からさらに南側に広がる荒野には塹壕や柵が幾重にも用意されている。乗り越える事も可能だろうが少しでも進路がそれればそれでいいというシロモノだ。
 それ以外にも兵器とは別に投光機が用意されている。これは攻撃目標を指し示すためのもので、進路がクロスロードからそれている木を無視し、攻撃を集中させるために用意した物だ。むやみに攻撃して折角の準備を台無しにしないためでもある。
「とりあえず状況を見守りましょうかね」
 彼女の脳裏には「本当に風は偶然?」という思いが未だにわだかまる。
 しかしこの局面となっては木々を乗り越えて確認に行くというのもなかなかに難しい。
 何にせよ
「しっかりやらないとね」
 遠くから確実に迫りくる土煙りと花粉の色を眺め見て、クネスは目を細めるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 サァアテ……

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
にゃふー。神衣舞です。
というわけエンゲージです。木は基本的に反撃しないので一方的な展開となっております。当初は宇宙服みたいなの着せるつもりだったんですが。トーマの思いつきがこうも化学変化するとは。相変わらずノンプロットでお送りしております。
次回は南砦直前での攻防戦+αです。
そろそろラストに向けて話が加速します。
くふ。

PS.設定確認のためにアインのキャラシーみて爆笑したのはここだけの話(=ω=)
 トーマ似の母さんってw(いや、研究者なんだろうけどw)
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