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【inv14】『舞い散るは花の』
舞散るは花の
(2011/05/03)
「……」
 彼女は自分の部屋で一人悩んでいた。
 彼女の前には一台のノートパソコン。話に聞くメールの設定とやらを試してみようとしたのだが。
「どうすればいいの?」
『ターミナルでは『100mの壁』が存在するため、あらゆる電気的、魔法的通信手段は使われておりません』
 反応したPBが無機質な回答を示す。
『糸電話でも100mを越えるとその声は意味のある音として聞こえなくなります。
 そのためクロスロードでの通信手段は手紙か、掲示板か、あるいは煙花火などとなっています。PBに通知される情報については『派出所』の傍を通った時に自動更新されます』
「作戦決行の時の告知は?」
『派出所で受け取ったデータの中に桜前線に関する物があればお伝えします』
 沈黙すること数秒。
「つまり……メールはできないと言う事?」
『はい』
「……」
 アインはほんの少しだけがっかりしたようなそんな空気を漂わせると、気を取り直したかのようにノートPCを扱い始める。
 レポートを書く分には問題無いはずだ。
 桜前線関係の作戦連絡を確認すると3時間後に交代の枠が参加できそうだ。
PBにその枠への参加を依頼して、アインはキーを叩き始めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「さーてと」
 クネスは双眼鏡を手に事態の推移を見守っている。
 バリアシステムのおかげで不確実で散発的になりやすい遠距離砲に頼らないやり方で進められるので南砦の砲撃部隊はラインを突破して来た相手を殲滅するという仕事にとどまっている。たまに抑えが利かなくなった時に、わざと大量に進行させて一網打尽にしたりもしている。
「青三つ」
 上がった煙の色と数を確かめてクネスは周囲に呼びかける。
「一団が進行してくるから飽和攻撃用意。間違っても前線に当てないようにね」
 色つきの光がすっと伸びる。投光機に示された地点に向けて一斉に魔法と銃弾が雨あられと降り注いだ。
「何とかなりそうね」
 とはいえ。どうもすっきりしない物をずっと感じているのもまた事実だ。
「気にしすぎ?」
 誰にと無く呟く。
 この世界はまだまだ謎だらけだ。魔法とも科学ともそりの合わない法則が平然と存在し、来訪者達の首をひねらせる。安易に安心できないのは当然の事だ。
 逆に、心配し過ぎても精神が持たないという意見もあるだろが。
 びゅうと吹きつける生温かい風。冬の寒さを忘れたような心地よいそれにクネスは眉根を寄せる。
 南砦ではその風向きは南方向となっている。これは風を操る能力持ちによる行使の結果で、実際は今も南からの風が吹き続けている。
 この都合の悪い風がどうしても疑わしくて仕方ない。が、桜前線のさらにその先へ調べに行くのは容易ではない。
「……今は確実にお仕事、よね」
 次々と上がる色煙に周囲への指示を飛ばしながらクネスはただ南を睨みつけた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ヒッヒッヒ……!」
 さて前線である。
 当初の緊迫感はおおよそ薄れ、前衛組は指示に従いつつ木々の進路妨害を続けていた。
 そんな中、こっそりと前線部隊に紛れ込んだトーマは巨大な装置を設置しつつ怪しい笑いを振りまいていた。
 ちなみにそんなでかい装置を設置しながら『こっそり』できていると思っているのは当然彼女だけである。前線部隊のみなさんはなるべく気付かない振りをしつつ彼女の方へ桜たちが行かないようにと剣や槍を振っていた。
 ちなみに、当初装置を召喚する方法を試そうとしたのだが、そもそも前線の位置は南砦から見ても2〜3kmは離れている。100mの壁にあっさりと阻害されて召喚するのは不可能と言う事に気付いたため『こっそり』大型車両を借りて、『こっそり』現場まで乗りつけたのである。
 あくまで『こっそり』だ。問題無い。皆こちらを注目していないし。
「じゃあ行くっスよ!」
 その『こっそり』の宣言に周囲がぎょっと振り返る。
「いっけー! タイタンストンパー!!」

「「「「ちょ、おまっ!?」」」」

 果たして複数人からなる突っ込みは間に合わなかった。

 ずずぅううん!!

 激しい衝撃と共に大地が強く震え、そうすると当然であるが桜たちを含む多くの地に足を付けている者たちは足元を掬われて────

 何もかもが盛大にすっころんだ。

「ぐっれいとぉーーー! 絶好調っスね! さすがはあたしっス!」
 確かに戦果だけ見れば周囲数十メートルに渡り、木々が根っこを地表に露出させて転倒している風景を生み出したそれは素晴らしいと言えるかもしれない。
 だが、彼女の周りに居たのはもちろんそれだけではない。

「ぶ、ぶえぇええっくしゅん!」
「う、うわぁあああ!? 痒っ! めっちゃ痒っ!!」
「目がぁあああ。目がぁああああ!?」
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!!」

 彼女作のこのバリアシステム。
 『転倒するだけで破れる』ような脆いものであることは彼女も当然把握している。
「あ、あるぇ?」
 敵味方に絶大な被害を出した被疑者の腕を慌てて駆けつけてきた浄化・回復部隊ががっちり掴む。
「え、あ、こ、これはっスね。ほら、何事も失敗は付き物と言いましてね?」
「連行しなさい」
「ゆ、許して欲しいっスぅぅぅうう!?」

 そんなハプニングを巻き起こしつつも、桜前線の回避作戦は一応順調に推移しつつあった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「君は桜前線の方には行かんのかね?」
 ずんどうの中をかき回しながらコック姿の老人がカウンターに座る吸血鬼へと視線を向ける。
「ええ。荒事はそんなに得意ではありませんし、お願いしている事がありますから」
「ニギヤマ氏にかね?」
「そんなところです。それに、なんか悪い予感がしまして」
「悪い予感のぅ」
 味見をしつつ視線を虚空へ向けるスガワラ老。
「そんなもん、いつも通りではないかね?」
「そうとも言いますが。それにしても何か妙なんですよ」
「妙と言うと?」
「言葉にできません」
 ふむ、と老人は鼻を鳴らす。普通ならば訝しげな視線を向ける所だろうが、少なからず荒事に携わる者の感覚というものが一概に馬鹿にしてもよい物ではない事は彼もよく知っているのだろう。
「少なからず違和感を覚えている者は少なくないじゃろうなぁ。じゃが、ターミナルで起こる事に普通も異常も無い。それを言えるほど儂らはこの世界を知らん」
「その通りではあるんですけどね。いや、考えすぎならホント、越した事は無いんですが」

 ────その時だった。

 びぃぃいいうぅぅうううおおおおおおおおおおおおお!!!

 台風の日等に聞くであろう強烈な風が外を走り抜けていく音に二人は顔を上げた。

「随分と強い風ですね」
「……」
 ヨンの言葉にスガワラ老はしわだらけの顔を更に歪めて
「サンドラ君」
「はい。南風です」
 何時の間に現れたのか彼女はヨンの後ろに立って険しい顔をする。
「図書館の気密は確保しました。入りこんだ花粉がどの程度かは分かりませんが、大きな影響は見受けられません」
「南風ですって?」
「クロスロード中で軽微な影響がみられるようです」
 突然の突風が花粉を運んできたのだろうが、それにしても
「さっきの風、強すぎましたよね」
「はい。おおよそですが風速32m。花粉被害の前に歩いていた人達が転倒する騒ぎが起きているようです」
「っ……!」
 思わず立ち上がるヨンだが「待ちたまえ」とスガワラ老が制する。
「今外に飛び出しても花粉でのたうちまわるだけじゃよ」
「ですが……!」
「ずっと居ろとは言わん。舞っている花粉が落ち着くくらいはここにおれ」
「それが妥当だと思います。それから、ニギヤマ氏から」
 サンドラの言葉に視線を向ける。
「花粉について、魔法学に基づいた改変の形跡を発見したと」
「……それは!?」
 思い出されるのは先日起きたナニカの大量発生。
「断言はできないと。そもそも怪物の中には無人兵器等の元々作り手が居なければおかしい物も存在します。『もう一つの塔』の仮説から見れば何処かの世界で品種改良されこの世界に怪物として招かれた可能性も否定できません」
 『もう一つの塔』とはクロスロードの中央にある『扉の塔』が来訪者達を迎えるゲートだとすれば、怪物をこの世界へ迎えるゲートであるもう一つの塔があり、違う塔から出てきているために扉の付与能力である言語の共通化が図れないというものだ。
「ともあれ、こうなっては対策は雨を待つか、北からの風に期待するしかありません」
「……でも、それじゃ!?」
「駄目でしょうね。前線部隊のバリアがこの突風に対して性能を維持できる事を期待するばかりですが」

 びぃぃいいううううぅうううおおおおお!

「こうも突風が続けば姿勢を維持する事も至難でしょう。危険ですね」
「……っ!」

 なにか方策は?! それ以上にこの風は一体!?

 心中を荒れ狂うその問いかけの答えは南砦で確認されつつあった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……っ」
 咄嗟に姿勢を低くして、突風の影響から何とか逃れたアインは自分の体を守っているバリアがまだ維持されている事を確認する。
 前線に赴き武器を振っていた彼女は派手に転倒する敵味方。その背後にある強大な気配に顔を上げた。
 ────その視線の先。半透明のなにかが見えた。

「っ!」
 バリアの数は当然多くない。風術師の制御に花粉防御を任せていた南砦の面々は突然の突風に虚を突かれ、大混乱に陥っていた。
「っくしゅん! 迎撃組に浄化を!」
 体中が痒く、目も辛い。クネスは涙に滲む視界で南の方を見る。
「っ、あれ……」
 近くに居た風霊術師ににじり寄り、ゆすり起こす。
「あれ、なにか判る?!」
「っくしゅ。あ、あう」
 精霊使いの女の子は目をぐしぐしとしながらも必死に目を開けてそれを凝視する。
「あ、あんなの見た事ないですけど……恐らく精霊です。っくしゅ。か、風の。
 でも……強力すぎますし……うぅ。ゆ、歪んでいる」
「歪む?」
 狂った精霊。その本質を歪め、自然の存在でありながら自然を打ち壊すようになった者をそう称することもあると聞くが……
「クネスさん。大丈夫っスか?!」
 駆け寄ってくるのは南砦でお説教を受けていたトーマだ。彼女自身は先ほどまで前線に居たのでバリアを持っていたのだろう。
「これ、バリアっス」
「浄化が使える子に先に回しなさい。状況を復旧させないとまずいわ!」
「そ、そうっスね。じゃあこれと数個渡すんで配るの手伝って欲しいっス!」
 そう言われたら受け取らざるを得ない。だが花粉の影響を振りはらわないと歩くのもキツイ。
「ラスボスの登場ってやつっスかね」
「だったらさっさと倒さないとね……!」

 対桜前線は最終局面を迎える。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 ……
 ……
   ……

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つーわけで神衣舞です。GW中は遊び惚けているので若干更新が遅いです。サーセン。
というわけでおまたせしました。桜前線です。
次回が決戦回となります。張り切ってリアクションお願いします。

ちなみにバリアシステムについてはPCはなんだかんだで得られるという方向で構いません。また精霊については神霊級です。精霊が強大になって神様の域に踏み込んだって奴ですね。

 というわけでリアクションよろしゅー。
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