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【inv14】『舞い散るは花の』
舞散るは花の
(2011/05/16)
「さて」
 対非実体との戦闘マニュアル───照合なし。
 当たり前である。しかしスティルは落胆する事無く目の前の暴風を見上げた。
「……貴方も戦うの?」
 横に並んだのは先ほどまで収集作業を共にしていたアインだった。
「丁度良いです。あれをどうにかする方法を教えてください」
 ポリゴンロボの問いかけに無表情な少女はわずかにかぶりを振った。
「……相手に、実体が無いなら……私には何もできない」
「そうですか。では?」
「囮。……それに、トレントは追い払わないといけない」
「ごもっともです」
 同じく、対精霊攻撃を持っていない前衛は手当たり次第にトレントへの攻撃を再開していた。一方で非実体への攻撃手段を持つ者は攻撃を開始してはいるものの、その全容すら把握できない暴風にどれだけ通用しているのかさっぱりだ。
 スティルは己が道を示すように言葉を紡ぐ。
「直撃を受けなければ、囮にはなりましょう。
 静観するのは埒が明かないので時間稼ぎを行います。
 私が捕まるのが早いか、それとも他の方がどうにかするのが早いか────」
 ぐっと足に力を込めて、スティルは身を前へ。
「────意を持ち、志を以て対処しましょうか」
 アインがトレントへ接近、傷つけるのを開始したと同時にスティルは一直線に暴風へと飛び込む。
「……妙な機械」
 己の無感動を自覚する少女は自分よりも人間臭い事を言うロボを横目に大鎌を振り上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「どーするんスか! あんなデカブツ!!」
 さて、ポリゴンロボが信頼を告げた後方では、トーマがそんな悲鳴を上げていた。
「い、いやいやいやいや。こういう時こそ天才の出番っスよ! 退くな!あたし!
 デブでもはげでもとにかくパトロンをゲットするチャンスなのだわっ!」
「ほんとに落ち着きなさいよ」
 苦笑を浮かべてクネスがトーマの頭をぽむと叩く。
「お、おおおおちおちおちついてるっスよクネっさん!」
「クネっさんって……」
 こうなると呆れるしかない。
 クネスは前方に広がる光景に改めて目を向ける。
 ハリケーン。そうとしか見えない大気の渦に花びらも土埃もなにもかもが一緒くたに巻き込まれ揉まれている。不用意に近づけたそのまま飲まれて大空に放り出されるに違いない。
「これは困ったわね」
 予想はしていたが、まさかこれほどとは思わなかった。これではフィールドモンスタークラスではないか。
「残ってるバリアは?」
「もう全部配ったっスよ! からっけつっス!」
「そう……」
 当然花粉も花びらもここまで届いている。バリアを持つか、自分で風を操れない者はくしゃみに苛まれながら酔っぱらっていることだろう。
「おひょうっ!」
 混乱の余り奇声を発している発明娘はとりあえず置いておくとして。
「無事な人達はすぐに前衛のフォローを!」
「駄目です。暴風のせいで矢弾が……!」
 立っているのも難しいほどの風が時折吹く中だ。弾などまっすぐ飛ぶはずもない。下手に撃てばそんな中で奮戦している前衛部隊を後ろから撃つ事になりかねない。
「っ! そうっス! これ! バリアコーティング弾っス!!」
 ふいにシャキンと立ち上がったトーマがカバンからごそりと弾丸を取り出す。
「こいつなら風を切り裂いて飛ぶっスよ!」
「何発あるの?」
「う……け、結構バリアシステムに転用したっスからね……。30あるかどうか」
 あの狂った精霊に対し、たった30でどうにかなる物か? 
「一応純エネルギー系魔術は届きますが……風を使う術は届く前に支配下に捕らわれてしまいます」
 近くに居た魔術師がそんな事を言ってくる。
「あ、あとこれがあるっす」
 ごろりと出てきたのは弾丸というよりも砲弾と言うべきサイズの弾」
「……武装列車、近くに停めているのよね?」
「確かそう聞いてるっス」
「……対精霊系の魔術か道具を持ってる子は居ない!?」
 クネスの声に反応は無い。ダメかと舌打ちをした瞬間
「あるぞ。コボルト銀の対精霊剣だ」
 目を真っ赤にしてゼイゼイと荒い息を吐く男がそれを杖に歩み寄ってくる。
「単なるコレクションに過ぎん……ゴミだ。どうにでも使ってくれ」
「トーマさん。これ、弾丸に加工できる?」
「ちょ、すぐには……!」
「溶かして弾丸にコーティングするなら?」
「それなりの熱量があれば」
「なら、私が何とかする」
「俺もだ」
 名乗り出た二人の術師がふらつきながらも地面に練成陣を引く。どうやら仙術使いのようだ。描かれた八卦炉陣の中央でぼっと炎が点った。
「そこに投げ込め。長くは持たん」
「わかったっス」
 ぽいと剣をそこに突っ込むと一体何℃あるのか、剣はあっさりと溶けて行く。それはまるでスライムのようにうねり、弾丸へと絡みついた。
「これで、どうだ」
「後は、お願いね」
 気力を使い果たしたらしい。花粉か、花びらかどちらのせいは分からないが、真っ赤な顔をした二人はそのまま崩れ落ちる。
「トーマさん。武装列車に行くわよ」
「分かったっス! あ、この余りのコーティング弾は誰かあれにぶち込んでおいてほしいっス!」
 バリアを確保していた数人の銃師がそれを受け取って構えをとる。
 それを背に二人は走り出した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 その少女は暴風の中をふわりふわりと浮いていた。
「ずっと関係ないって傍観してるつもりだったけれど、この状況……同じ精霊として見過ごすわけにはいかないわね」 
 帽子とスカートをしっかり押さえたまま、精霊の中核へと近づく。
「……聞いて」
 問いかける声。この風が精霊であるならば、ここからの声も届くはずだ。
「どうして貴方は歪んでしまったの?」

 ─────────

「っ!?」

 返ってきたのは声どこの音ではなかった。言葉が変質したわけでもない。完全な異音。意味の欠片すらうかがわせない程の雑音。
「言葉が交わせない程に歪んでいるの?」
 問いかけに応じるは暴風の拳。くすねておいたバリアでは流石に防ぎきれない。ひらりひらりとなんとか避けながらも同じ精霊がただ討伐される様を見ては居られないという思いでもう一度問いかける。
「……返事を聞かせて」
「危ないですよっ!」
 どん、と横からの衝撃に目を白黒させる。思わず離れてしまった帽子をメタリックな腕ががっちりキャッチし、マナを抱えたまま着地する。
「貴方……何をするの」
 ほんの少しだけ顔に出そうになった嫌悪感。精霊に相対する機械に抱きすくめられてると悟ったマナは帽子を奪い取るように取り返すと、ひょいとその腕からも逃れた。
「御存知ないのですか? 怪物とはあらゆるコンタクトが不可能なんですよ?」
「……」
 PBがそれを事実だと肯定する。しかし、と見上げる暴風は猛威の拳を二人に向けていた。
「くっ!」
 バリアの手前、乱暴に突き飛ばすわけにはいかないが、庇うには間に合わない。しかし同時に視界に感あり。
 黒の少女が代わりにとばかりにマナを引っ張って大きく後方に退避する。その直後、地面が抉れるほどの一撃がずんと響きを立てて打ちおろされた。
「説得は……無理」
「無理……」
 耳にこびりつく意味を為さない雑音に反論の意思は揺らぎ、やがてたち消えた。
「助けてくれた事を感謝すべきかしらね」
 幼女と言って差し障りない容姿の少女はやや落胆を込めてそう、言葉を漏らす。
「貴方は貴方のやれる事をしようとしただけです」
「……成功すれば、それはそれで良かった」
 責められると思ったのに、二人はそんな言葉をかけてくる。
 調子が狂うと少女は少しだけ視線を逸らし、そうして暴風の精霊を見上げた。
「最後まで見届けたいわ。怪物でも同胞だもの」
「……もう少し後退」
「ですね。これ以上の前身はなんとか防ぎたい所ですし」
 二人の背をしばらく見つめ、精霊の少女は祈るように怪物となり果てた同胞へと視線を固定した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「まったく。次から次に奇妙な事が起きますね」
 ヨンは戦場となっている区域から大きく迂回するように暴風の背後へと回り込もうとしていた。
「なんでぇ。祭り騒ぎと楽しめば良いじゃねえか。
 もっとも、この惨状じゃ、今年はちぃと収穫は見込めねぇだろうがな」
 応じた声はただ豪胆。声の一音一音に畏れを詰めたようなびりびりとした何かを圧縮していた。
「っていうか、シュテンさん、何をやってたんですか?」
 この事態、背後に何か居ると踏んだヨンは一人隊列を離れ、背後に回り込もうとしていたのだが……流石に一人は不安ときょろきょろしていたところ、彼に声をかけられたのだ。
「花びらをちょいと集めようとな。あれを集めたらうちの衆が酒を作ってくれんのよ」
 カカと笑い、鬼は恐ろしい脚力で疾走。ヨンは肩につかまりながらも眉根を寄せた。
「あんな物でお酒を……?」
「おう。俺様くらいになるとそこいらの酒じゃ酔うに酔えなくてな。だがよ、この花びらは問答無用で良い気分にしてくれるからな。絶好の品物ってわけよ」
 確かに怪物の死骸をいろいろと再利用することは珍しい話ではない。場合によっては肉を食う事すらある。
「毒を飲むようにしか聞こえませんね……!」
「なに、酒に漬ければなんでも毒は抜けるって相場が決まってるんだよ。んで、どこまで行けば良いんだ?」
「もう少しあっちの方向へ。風を迂回して線路上へ行きたいんです」
「何がある?」
「……勘が外れていなければ何かあると思います」
「面白れえ」
 防毒マスクも付けている事もあるが、何よりも恐ろしい速度が出ているために会話をするのも一苦労だ。
「っ、停まってください」
「おうよ」
 暴風が線路を正面にしてすでに左斜め、クロスロード側に見える。ここまでくると風は緩やかだった。恐らく精霊はただクロスロード方面へとその猛威を突き付けているためだろう。
 ヨンは用意していた双眼鏡を手に線路上を舐めるように見渡す。
「なんでぃ、あのオッサン」
 が、それより先にシュテンがその人影を見つける。
「あれは……人?」
「ああ、そう見えるな。馬鹿笑いしてやがっぞ?」
 双眼鏡の先、そこには細面の男がクロスロードの方を見て馬鹿笑いをしていた。腹を抱えて笑っているわけではない。そこには『笑い』ではなくただ『狂気』があった。
「気味の悪い奴だな。凶鳥の鳴き声にそっくりだ」
「あれが、元凶でしょうかね」
「知らねえが、気に食わねえな。叩き潰すか?」
 どうするべきか。ここには妖怪種の首領を辞任する鬼が居る。戦力としては申し分ないだろう。
「……やりましょう。どう考えてもあんなところにまっとうな人が居るはずがない」
 ここは踏み込むべきだと判断したヨンがそう呟いた瞬間。

 ぎょろりとその男の首がヨンを見据えた。

「っ!?」

 ぞくりと走る悪寒。その瞬間、シュテンが大きく後ろに走っていた。
「シュテンさん!?」
「やめとけ。あれは触って楽しいもんじゃねえ」
 恐ろしい言葉を聞いた。百鬼夜行を引き連れ、それを襲う対魔師の集団を嬉々として迎い討った鬼の吐く言葉ではない。
「で、でも、あいつを何とかしないと!」
「だが俺たちじゃ無理だ。イバラギのやつが……いや、奴が居てもどうだか。
 とにかくあれ以上踏み込んじゃならねえ。あれは見た目なんかガン無視してやべえぞ」
 それは、ヨンも十分に感じた。
 あれは狂気だ。純粋な狂気だった。あのままあの男の顔を見ているだけでこちらが発狂しかねないほどの狂気。その狂った言葉が形をとって出てきた悪夢だ。
「どうすりゃ良いかわかんねえが。風のをブチ飛ばした方が百倍マシだぜ」
「……まったく、どうして私はああいうのばかり会うんでしょうかね」
「カカ、楽しいじゃねえか。平坦な人生よりもな」
「遠慮したいですね。しかし」
 どうした物か。ヨンは少しも出てこない対策と、思い出される狂気に難儀しながら速度を背に流した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「準備おっけーっス!」
 武装列車がその鈍重で巨大な砲塔を精霊へと向けた。今あの下では多くの戦士がカツカツの戦いを繰り広げている事だろう。
「コア部位の情報来ました。標準に転送します」
 武装列車のオペレータからの声。標準に補正が入り、暴風に一点のポイントが付いた。
「そいつは空気抵抗にも強いっスからね。下降修正は入れなくて良いっス!」
「って、トーマさんが撃ちなさいよ。あたし魔法使いよ?」
「動力系の制御代わってくれるんならやるっスよ!」
「無理ね。もう、こういう役割は御免なんだけど」
 武装列車のスタッフも暴風に押し込まれた花粉と花びらにほとんど壊滅しており、まともに動けるのは1人だけだという有様だ。
「外れても恨みっこなしだからね」
 言い放って標準を中央へ。
「当たりなさいっ!」

 豪砲一発。

 車体をぐんと揺らした一撃は空気を切り裂く音すら忘れて精霊の巨体へと吸い込まれ。

 そして消えた。

「やったっスか!?」
「そこ、フラグ立てないっ!」
 すかさず不穏当なセリフを吐くトーマにツッコミを入れつつ標準の先を覗きこむ。
「……風、弱まってます」
 武装列車のオペレータの声。そして周囲からのざわめき、そして歓声。
「ほら、やったっスよ!」
 ひゃっほーいと喜ぶトーマにクネスはようやく安堵の吐息を吐いたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「随分な被害だね」
 南砦管理官、イルフィナ・クォンクースは苦笑と共に報告書をテーブルに投げやった。
「それとも、あんなのが出てきてこの程度で済んだ、と言うべきかな」
 怪物の特性からか、死者は皆無。負傷者は千単位にのぼり、特に不意に花粉の爆撃を受ける事になったクロスロードでは不慮の事故が多発していた。
「それよりも……移動するフィールドモンスター級怪物、か」
 実際はアンチ武器を受けたとしても1撃で撃墜されたということだからそこまでの力は無かったのだろう。フィールドモンスター特有のフィールドも確認されていない。あの暴風圏がそうだと言えばまた認識も違うだろうが。
「なんにせよ、次から次に妙な事が起こる。まだ4の月だと言うのになぁ」
 青年は目を細め、戦勝祝いに湧く南砦広場を見下ろしたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 ……
 ……クシッ……ツギ……ハ。

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すっごーーーーーーーーーーーーーーーーーい。遅れてすみません。一週間かよ。あふん。
ども、神衣舞です。これにて今年のお花見は終了となります。
花びらも花粉も散々吹き飛ばされたのであとは丸裸のトレントを適当に蹴散らして終わりと言う感じですね。
さて、妙な連中がうろうろし始めました。今年はどうなるやら。
なにはともあれお疲れ様でしたー☆
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