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【inv15】『ヒーローの名は?』
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/05/28)
『すべてのヒーローに告ぐ!
6の月 ●日に我々はコロシアムを占拠する!
貴様らが正義をほざくならば阻止してみるがよい!』
 そんな文章がPBを通して通達され、クロスロードを緩く震撼させたのは、雨の多くなりはじめた頃だった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、このクロスロードには数多の有名人が居る。
 『探偵』アドウィック・ノアス
『英雄』メルキド・ラ・アース
『館長』スガワラ翁
『断罪人』ルマデア・ナイトハウンド
『運び手の長』マルグスロスなどなど……
大抵が能力的に優れ、或いは組織の長として名が知られるのに対し、彼女は全く違う面での有名人だった。
 『悪の秘密結社 ダイアクトー』の長。ダイアクトー三世。
 名前だけ聞けば悪魔も神も暮らすこの土地で『悪』の名を背負う彼女に少なからず脅威を覚えるだろう。
 が────
「お嬢様っ!」
黒づくめの男が小柄な少女に切羽詰まった声をかける。
貧相───もとい、未発達な姿態を黒を基調とした皮のスーツで多い、背には黒マント。肩にはトゲトゲのついたショルダーパットで顔に仮面を付け、赤い髪を風に踊らすその姿はコスプレにしては堂に入ったものである。
「なに?」
少女特有の高い声。それでも精いっぱい『悪』っぽく威厳を持たせようとした響きに黒ずくめは困ったように数瞬黙りこくり、
「どうしてあのような告知を!」
「どうして?」
 ばさりとマントを払って振り返る。仮面の奥、赤の瞳が黒ずくめを睨んだ。
「……あたしはなに?」
「はっ?」
「あたしはなに、と聞いている!」
「あ、悪の秘密結社の長にして我らの主、ダイアクトー三世閣下です!」
 咄嗟に取り繕って放たれた言葉だが、気にする事も無く少女は頷く。
「そうよ。そして───いえ、だからこそ、あたしはやらなきゃいけないの」
「と、言いますと?」
「決まってるじゃない! 全ての偽善を叩き潰し、このクロスロードをあたしの支配下に置くのよ!」
 どどーんとSEが入りそうなほど、気迫の籠った声に黒ずくめは沈黙。
「し、しかしこれほどの大作戦。我々に相談の一つがあっても……」
というより、今までの彼女なら「●●がやりたーい!」とダダをこねるだけで、詳細を詰めるのは彼ら黒づくめやその配下である黒タイツ軍団こと戦闘員の仕事であった。
「あたしの行動に不満があるようね?」
「そ、そのような事は!」
 慌てて平伏するが、その内心は疑念ばかりだ。
「なら余計な事は良いわ。戦いなさい?」
「……はっ!」
 黒服はただそれだけを返し、その場を離れる。
「むぅ……」
 ダイアクトー三世から十分に離れた所で、黒服は6人に増えていた。正しくは背丈も身なりも同じ黒づくめが待っていただけではあるが。
「やはり、おかしい」
「ああ、おかしいな」
「お嬢様がここまで手はずを整えられるとは思えん」
「断言できる。誤字の1つも無いのはおかしい!」
 部下にして酷い言いようだが、それがダイアクトー三世である。
 秘密結社ダイアクトーは一般的にファンクラブとして認知されている。自分を悪の枢軸として疑わない天然少女ダイアクトーを愛でる者達が集まり、彼女のやりたいようにやらせるための環境づくりをするのが主な活動である。まぁ、この6人に関してはやや事情は異なるのだが、やってる事は相違無い。
 そして悪と名乗って行動する彼女は最後の最後でとてもほほえましいポカをする。人を襲えば実は逃亡中の賞金首だったり、人を突き飛ばせば暴れ馬から助けたり、破壊工作を行えば取り壊す手間が省けたと感謝されたりと、やってる事全てが害が無かったり、感謝されたりするのである。
「コロシアムの方はどうだ?」
「流石に良い顔はされないな。我々の責任では無いとは言え、下手をすれば大量殺戮となったやもしれん事件があったのだから」
「流石にこの状況であの過激派どもが動かぬ道理は無いからな……」
「保守派に抑えては貰えんか?」
「保守派は数名のてだれが居る物の、総兵力では過激派に大きく劣る。それにやつらからすればそもそもお嬢様がコロシアムに現れなければ大事ない」
「それもそうだがな。そうもいくまいよ」
「しかし……」
「ああ、本気になったお嬢様は止められん。少なくとも我々ではな」
 沈黙。ただ風が逝く音だけがしばらくその場を支配し、やがて彼らは視線を交わした。
「終にすべきは決まっている。顔を突き合わす前にやるべき事をやろう」
 そして黒服たちはクロスロードに散って行った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ガリっ……

 ケイオスタウンの路地裏。
 一人の少女が壁に背を預け、瞑目していた。
 ゆらりと動くロリポップの棒。やおらそれを指でぴんと弾き、しかしその行為もどうでも良いとばかりに、ただ静かに吐息を漏らす。
 『ヒーロー』
 彼女の脳内はただその単語がマグマのようにゆっくりと、しかし熱を持って蠢いていた。脳内だけでは無い。まるで血流そのものが熱を持ったかのように彼女の中を駆け巡っている。
 言葉は無い。
 正義のヒーロー。そこに言葉はいらない。ただ行為だけがあれば良い。ただまっすぐに、正道を貫き、悪道を砕く無私の戦士であれば良い。
 あだその体内を駆け巡る熱があれば良い。

「貴様もヒーローか?」

 新たな音がそこに加わる。
 少女はほんのわずかに息を止め、それも幻だったと、ゆっくり吐き捨てる。
 十数秒。初夏にはまだ至らない、湿気を含んだ生ぬるい風が頬を撫で行くのを感じ、少女はゆっくりとその視線を動かした。
「貴様『も』っスか?」
 本人は酷く渋く言っているつもりだが、年相応かつ女の子な声は今までの雰囲気ブチ壊しで裏路地に響いた。
「ああ。ならば共に正義を貫く者へ助言をと思ってな」
 その視線の先にあるのはヒーローと言うには黒を基調としすぎたシルエット。言わばダークヒーローと表現すべき者が立っていた。
「確か……『V』とか言ったっスね」
「そうだ」
「聞こうじゃないっスか」
 あくまでハードボイルドに自称天才<ヒーロー>は言葉を促す。
「騒動の主は悪の秘密結社ダイアクトー。この街の支配を狙う者だ」
「ほぅ……」
「強いっスか?」
「掛け値なしに。これまで多くのヒーローが彼女の前に膝をついてきた」
 これは事実だったりする。というのもダイアクトーと腹心たる黒づくめ達の戦闘力は侮れない物がある。少なくとも彼らに単身で抗える者はクロスロードに数えるほどしかいないだろう。もしもダイアクトーがちゃんと悪であるならば彼女らはこの街最大の問題として看做されていたかもしれない。
「私も以前戦った」
「負けたっスか?」
「横槍が入った。痛み分けというところだ」
 かつての茶番劇を思い出しながら一応ヒーロー的に脳内補完して告げる。
「因縁の相手と言う事っスか」
「そうとも言う」
「あたしは邪魔だと?」
「いや、我らヒーローにとって己の我を通す事は二の次だ。何よりも正道を貫き、悪を滅する。そうではないか?」
「……」
 少女は沈黙し、蠢いた右腕はかさりとポケットからもう一つロリポップを引っ張り出す。
「じゃあ?」
「傲慢なる悪にひと泡吹かせよう。君の協力が欲しい」
 包装紙をポケットに突っ込み直してからんと口内で飴を転がす。溢れる糖分が脳をフル回転させていく。
「……良いっスね。手を取り合う展開も燃える物があるっス」
「ならば共に戦おう」
「応っス!」
 手を差し出す仮面のヒーロー『V』
 彼はそうやりながら心のうちで静かに呟いていた。
『あっれー? もしかしてトーマさん、気づいてないんですかね……?』

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「つまり、本来コメディアンのような存在なのですね」
「い、いや。本来は悪の秘密組織ですよ。一応」
「難しいですね」
「まぁ、確かに」
 ポリゴンロボことスティルは、全身黒タイツとそんな会話をしていた。特徴的なのは顔の部分に赤く書かれた『D』の文字だろう。
「少なくともダイアクトー様にそんな事を言ったらだめだぞ?」
「留意しましょう」
 彼はダイアクトーの戦闘員と言う名のファンクラブ会員である。さっそくと挑戦をしたスティルに土下座で待ってくださいとお願いしたあと、こうして情報提示を行っているのである。
「しかし、本質が悪の秘密組織であるのなら、討伐されても仕方ないのでは?」
「そもクロスロードに正しい正義も悪も無いんだけどな。法律も存在してないし」
「なるほど。悪の基準が無いのですね」
「ダイアクトー様の『悪』は『悪役(ヒール)』と言うべきものだからな。
 それを真面目にやられているのがまた愛らしいのだがっ!」
 ぐっと右手を握り込み、力説する戦闘員。
「では、彼女は討伐しない方が良いのでしょうか?」
「ダイアクトー様を害するなんて言語道断だが……誰も集まらないとそれはそれで拗ねるからなぁ。まぁ、拗ねる姿もまた愛おしいのだが」
「……どちらなのですか?」
 要領を得ない上に、毎度妙な感想が入るので理解しがたい。
「応じる分には良いと思うぞ。どうせ幹部が相手してくれるだろうし」
「幹部?」
「ダイアクトー様の直属の部下だよ。羨ましい」
「強いのですか?」
「恐ろしくな。『律法の翼』の過激派を退けているのは実質あの6人だからなぁ」
 ふむと情報整理。
「まとめると、コロシアムに向かい、幹部と戦えば良いと?」
「そうなるが……どうせ過激派の連中も仕掛けてくるからなぁ。どうなる事やら」
「過激派とは?」
「『律法の翼』を知らないのか? この街に法を制定しようとしている連中なんだが、悪と断じた者を容赦なく攻撃してくるのが居てな」
「良い人達なのですか?」
「馬鹿言うな。実質ダイアクトー様はなに一つ被害を出していないのに、奴らときたら大規模破壊魔術だって平気でぶっ放してくる。どっちが正義だかわかったもんじゃない」
 なるほど、確かにそれは危険だ。
「しかし、そのダイアクトーさんは一体なにをしようとしているのでしょうか?」
「閣下は悪のカリスマとしてやるべき事をやってるだけだと思うぞ。可愛いなぁコンチクショウ。まぁ、大抵の事は俺たちがサポートして被害の抑制や修繕をするから気にしなくても良いんだが」
「が?」
「今回はちょっと事情が違うらしい。幹部連中がやや焦り気味だからなぁ。
 おかしなことにならなきゃ良いが」
 情報を再整理。
「とりあえず、当日に現場に向かう事にしましょう。
 ダイアクトーさんには直接手を出さなければ丸く収まるということですね?」
「そんなところだ。と言っても幹部連中以外は『住人』も混ざってるからなぁ。お手柔らかに頼むぜ」
「こちらこそよろしくお願いします」
 はて、データとして有しているヒーロー物とは展開が大きく違うが異世界である以上仕方ないのだろうと結論付け、スティルは当日を待つのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ふよりと少女が浮いていた。
 今日のコロシアムは満員御礼だった。無理も無い、すでにダイアクトーの出した宣告は知る人ぞ知ると言う状態になっており、巻き起こるであろう騒乱に胸躍らせている者は少なくない。が、同時に不安も会場に渦巻いていた。
「変だわ」
 マナはひとりごちて客席を見渡す。どいつもこいつも楽しそうにあれやこれやと会話を交わしている。
「危ないと思わないのかしら?」
 彼女の居る位置はコロシアムでも隅っこだった。別に大して期待もしていないし、眺め見るだけならここの方が安全だという言い訳を自分にしつつ中央の舞台を眺め見───
「……」
 はっとして隣を見ればこちらを無表情に見ている双眸があった。
「あ、貴方は……」
「……奇遇」
 無表情を絵にかいたような少女がマナを見上げていた。覚えがある、桜前線の際に精霊と会話しようとした自分を止めた片割れ。
「……貴女も観戦?」
「一緒にしないで欲しいわね」
 アインは小首を傾げ
「……じゃあ、何故ここに?」
「あ、貴女には関係ない事だわ」
「……そうね」
 あっさり引き下がるアインにマナは拍子抜けしつつ、しかし離れる様子の無い人形のような少女を訝しげに見る。
「見に来たのならもっと前に行けばいいじゃない」
「人が多すぎて落ち着かない。あと動きにくい」
 確かに舞台寄りの席は何かあった時に容易に移動するには不向きなほど込み合っている。
「それに」
 とすんと手に持っていた包みを置く。
「……なにか?」
「頼んだら多く作られた。……食べる?」
「……」
 その問いかけにマナはしばし対応に悩み、しかし断る理由も得には無いかとため息。そも一人でこっそり眺めようと思っていたからと言って、見つかったから逃げ出すのはなにか癪だ。
「戴くわ」
「……そう」
 そんなやりとりを余所に、不意に周囲が静まり返る。
 ぐわんという空間の歪むような音。
 直後に中央舞台に現れたのは黒い球体だった。
 なんだ? という言葉が異口同音に放たれる中、その答えを示すかのように球体の中から現れたのは黒を纏う小柄な少女。
 際立つ赤の髪がばさりと広がり、彼女はゆっくりと顔を挙げた。
「これよりこのコロシアムはダイアクトーが占拠するわ!」
 拡声器も必要としないほど凛と張った声に周囲は静まり返り、そしてわぁと歓声が膨らんだ。
「ふふ、どうやらすんなりと認められたようね」
 そんな言葉を呟いている間に最前列から黒ずくめの戦闘員がわらわらと舞台に飛び込み、いろいろとセッティングを始める。よくよく見れば舞台セットと共に衝撃吸収用のマットレスなんかもこっそり敷いている。
「ここは最初の足がかりよ! この街全てをあたしの支配下に置いてあげる!」
 これを完全にショウと決め込んでいる観客たちが好き勝手に囃したてる中で────

「「「まてぇえええええいいい!!」」」
 客席の数か所から声が放たれる。
「現れたわね」
 余裕綽々に口元に笑みを浮かべるダイアクトー三世。それを知ってか知らずか制止のひと声を挙げた者達は各々の方法で舞台へと飛び込んだ。
 ヒーロー。
 あからさまに戦闘スーツを着込んでいる者や仮面を付けている者、あからさまに場違いな格好をしている者も居るが、十数人のヒーローが舞台への乱入を果たす。
「ダイアクトー! 好き勝手にするのもこれまでだ! 貴様の野望、ここで打ち砕いてみせる!」
 代表してか、赤の装束をまとうヒーローがびしりと指さしてそう告げる。
「始まったわね」
 マナが貰ったサンドウィッチをはむと咥えつつ、もごと呟く。
「意外と物好きが多いのね。この街は」
「物好き?」
 アインがどういう意味だと首を傾げる。
「茶番劇に付き合うんだから物好きだわ」
「……確かに見世物。でも」
 黒髪の少女は目を細めた。
 ヒーローたちの手にする武具は間違いなく殺傷能力を有している。その流儀からか芝居がかってはいるが、彼らは真面目に戦いの場に赴いている。
「それに……」
 ダイアクトーが現れた瞬間、会場内に殺気が湧いた。
「酷い敵意だわ」
 どうやらそれはマナも感じたらしい。
「単なるショウでは終わりそうにないわ」
「……うん」
 その時どう動くかはそれぞれだろうが────
 確かな事はただ一つ。いろいろな物を混ぜ込んで魔女の鍋となったコロシアムで、今、新たな騒乱が始まったのだった。

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ダイアクトーどーん☆
 てなわけで神衣舞です。久々っても12月にやったから半年ぶりかな。それでも半年か(=ω=;
 次回はダイアクトーvsヒーロー‘sの戦いが繰り広げられます。
 果たしてその勝者は!?
 ……。ええ、まぁ、そんな前哨戦どーでもいいんですけどね。うけけ。
 ではそれを元にリアクションなんかよろしくおねがいしますだ。
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