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【inv15】『ヒーローの名は?』
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/06/19)

「どう動きますか?」
 コロシアムの一角に極端に人気の少ない客席がある。
 いわゆるVIP席と呼ばれるそこに座するのは異世界から来訪した王族や大商人など。このクロスロードに着てまで見栄を張る必要は無いと思うのだが、そういうことが当たり前になっている人はいくらでも居るということだ。
 それとは別に。クロスロードで余りにも有名すぎておいそれ一般観客席に入り込めない人も少なからず存在する。
 そのうちの一人にして、しかし気弱そうな少女にしか見えない彼女に男が静かに問いかけた。
 男の方も少女の方も人間種。男の方はおおよそ20を超えたほどで、細面ながら戦士としての体格を有していた。
「……彼らは?」
 憂いを帯びた問いかけに青年は視線を一般客席へ向ける。
「ナイトハウンド氏は定期連絡では本部に陣取ったままとの事。
 1から4番隊は巡回。おそらくここに展開しているのは5番隊以降でしょう」
「本腰を入れていない、というのですか?
 『あれ』を目覚めさせようとしているのに」
「或いは、彼らはその積りが無いのかと」
 青年の返答に少女はほんの少し目を見開く。
「『あれ』を覚醒させてまともに対抗できる戦力は極一握りです。そしてそれが揃うまでにクロスロードは壊滅的な打撃を受ける可能性があります。
 少なくともナイトハウンド氏と番隊長が揃って然りでは」
「……では、他の誰かの画策だと?」
 少女は舞台で吹き荒れる暴力に悲しげな視線を向けて問いを重ねる。
「……『猫』」
 青年がやや間をおいてそう呟いた。
 少女がゆっくりと視線を青年へと移す。
「私は、そして恐らくはルマデアさんもその詳細を知りません。
 リヒトさん。貴方はどこまで知っているのですか?」
「……」
 青年は応じない。少女の瞳を受けたまま、胸の痛みを無理に打ち消すようにまっすぐに見つめ返すのみ。
「……では、問いを変えましょう。
 私が、動く必要があると考えますか?」
「場合によっては」
 即答。それは少女にとっても問う必要の無い問いであったが、しかしあえて問うていた。
「……わかりました。
 タイミングは貴方にお任せします」
 少女の言葉に青年は無言で頭を下げ、視線を舞台へと移した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「それで、どう出るつもりなの?」
 マナの問いかけにアインは視線を投げかけ、それかからややあって「……ありがとう」と返した。
「回答になっていないわ」
「……さっきスティルさんを見かけた。情報が欲しい」
 ほんの少しだけマナが嫌そうな顔をする。精霊という存在からかどうにも機械系の存在には拒絶感がある。とはいえ、興味もあるため、反射的に出た表情もすぐに引っ込められた。
「呼ばれた気がしました」
「きゃっ!?」
 にゅと背後から現れたポリゴンロボに不意を突かれたマナがかわいらしい悲鳴を上げてアインにすがりつく。
「おや、失礼」
「……いえ、丁度良い」
「下の件ですね?」
「……そう」
 うなずくアイン。そしてスティルもマナも暴風のように拳を振るい、ヒーローを壁に叩きつけては緊急防御バリアで保護される様を睨み付ける。このクロスロードであってもあの暴力はケタ違いだ。古竜がぶん殴ったとしか思えない穴が地面に空いていた。
「機会が機会でなければ実に、実に一対一で戦ってみたいです。
 武器を持たずに身一つであの境地に至ることは私の望みでもありますから」
「あれは、常識外と思うわ」
「ええ? そうですか?」
 意外そうな声を出すポリゴンロボをいぶかしんで視線を追えば、その先にいるのは黒服の方だったりする。
「……ああ、ダイアクトーさんは対象外です。あんなのムリムリ」
「……妥当な判断。でも目標としてはどうかと」
「ロボットですから現実的なのです」
 いけしゃあしゃあと言ってのけるスティル。
「それで、なんとかできるの?」
 気を取り直したマナの問いかけに二人が応じる前に
「その相談、お姉さんも混ぜてくれないかしら?」
 と、身を割り込ましたのはKe=i。
「また機械が増えたわ」
「あら? お邪魔?」
「……手が増える事は良いこと」
 アインの応じにKe=iは笑みを返す。
「では改めて状況を整理しましょう」
 スティルはこほんとわざとらしい咳払い。
「さて、恐らくこのままでは見世物ではなく笑えない事が起こるでしょう。
 ……念の為に破壊規模の予測を行うとしまして……」
「測定不能だわ」
 言葉を割り込ましたKe=iにマナはむっとした表情を向けるが、「その通りです」と割り込まれたスティルがそれを認める。
「彼女、急激に強くなりました。そして状況を見る限りあれがリミットではない模様。
 つまり、あれに足し算で強くなるのか、掛け算で強くなるのかすら私達には予想ができません」
「あれ以上って……今でもエンシェントドラゴンみたいな暴れ方してるのよ?」
「恐らくあと2回変身を残しています。古来からのお約束だそうで」
「回数はさておき、あたしもまだ強くなる可能性があるのは同意ね。
 急に強くなったときに側近の黒服が消えたわ。そして残るのはあと2人」
「……あと2人分、強くなる可能性がある」
 アインまで同意してしまえばマナは黙るしかない。
「……それで? わからないまま飛び込むのかしら?」
「……それは無謀」
 もちろんマナも解って言っている。
「……私達はこの状況を生み出した黒幕を叩くべき」
「黒幕?」
「律法の翼ですか?」
 スティルの言葉にアインは頷く。
「……いつものダイアクトーの動きじゃないみたい。ならばこの状況を待ってる人が居ると思う」
「確かに、いつもこうなら呑気に観戦なんかしに来ないわよね」
 すでに周囲では危険を察して会場から避難をはじめている者も少なくない。
 しかしさすがはクロスロード。これくらいでは余興の範囲と腰を据えているものの少なくなかった。
「律法の翼って、自警団みたいな連中かしら?」
「……そう。そしてダイアクトーと敵対している」
「1年くらい前にもここで一戦やらかしたらしいですね。
 現にエンブレムを付けた戦士を何人か確認しました」
「じゃあ、そいつらを倒せばいいのかしら?」
「そう簡単には行かないでしょうね」
 Ke=iが渋面を作る。ダイアクトーの声に彼らと、ついでに面白半分や名を上げることでも目的にしているだろう探索者たちが動き出していた。
「そもそもダイアクトーが狙いなら強くなる前に討てば良い筈だしね。
 今動いているのをどうにかして状況が改善されるかどうか」
「ダイアクトーは自称悪の秘密結社で実際はイベントマスコットみたいなものらしいですからね。
 強くして暴れさせる分には討伐の理由付けになると推測します。
 ただ、今はまだ動いていない何かが存在するというのには同意します」
「それを探すってことかしら?」
「……いざとなったら舞台に飛び込むことも辞さない。
 でも、今は無意味」
 アインが同意を示し、マナは嘆息。
「舞台は舞台であがいてる人たちが居るみたいだしね」
 景気良く吹き飛ばされるヒーロー達を一瞥し、それから広い会場を見渡した。
「二手に分かれて情報収集。黒幕探しかしら?」
「それでいきましょう」
「あたしもそれでいいわ。そっちの二人は仲良しみたいだからスティルさんと組めばいいかしら?」
「……うん。マナさん、行こう?」
「ええ。あ、ちょっと待って」
 小首をかしげるアインを横目にマナは手にしたバスケットを観客席にそっと置く。
「こんなときに持っていく人も居ないでしょうし」
 肩をすくめてそういう少女にアインは無表情ながらに、しかしほんの少しの微笑を作って見せた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「な、なんてことするっスか! あたしの傑作をよくも!」
 鉄くずと成り果てたグシケーンに手を置いて怒鳴りつけるトーマ。かぶっていた帽子を引きちぎるように取ってぎぃぎぃと噛む。
「鬼! 悪魔! ぺったんこ!
 あんたなんかに科学の……」
 あらん限りの罵声を向ける傍らを物凄い速度でヒーローが吹き飛ばされ、掠めていく。
 ぎぎぎと自分の首がロボットになったように振り替えると、壁にべちゃりと張り付いた男の姿があった。コロシアムの防護システムが無ければ赤いシミになっていたかもしれない威力である。
「…………………………」
 視線をダイアクトーに戻す。
 話に聞いていた少女はそこには無く、細い手足の一発でそれなりの力を持つであろうヒーローを力任せに吹き飛ばしている怪物がそこに居た。

 コホンと咳払い。

 幸い先ほどの罵声は戦いの渦中にある少女には届いていなかったらしい。ほっと一安心。
 それから周囲を確認。基本的にヒーローという人種は相手がどんなに強大でも退く訳には行かない。しかしその暴風っぷりにさすがは戦いあぐねいて戦況を見守る者も増えてきた。
 とりあえず結論。今あれに狙われたら確実に「痛い」じゃ済まない。
 熟れたトマトも真っ青な潰れっぷりが自分の身に降り注ぐ可能性大。
 そしてそれは全力でノーサンキュー。
「せ、洗脳がとけたっス!」
 突然珍妙なことを叫びだした少女に周囲のヒーロー達の視線がギロリと向けられた。
 そこで気づく。そういえばさっきグシケーンで思いっきりヒーローを襲撃してしまった。これは失策。
 しかも肝心のダイアクトーからは完全に無視されていた。
「……え、ええとっスね」
 右からも痛い視線。左からも痛い視線。
「やられたー」
 仕方ないのでそのまま仰向けに倒れた。これぞ十八番の死んだフリである。
 周囲のヒーロー達はその余りにも駄目な演技に逆に気を殺がれ、それよりも直接的な脅威であるダイアクトーへと視線をシフト。
「た、たすかったっス」
 そんなことをぽつり呟いたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 そんな光景を視界の端で捉えていたヨンは苦笑いを浮かべて、周囲のヒーローと同じくダイアクトーへと視線を戻す。
「黒服さん」
 足に力を込めて前へ。黒服の間合いに入って呟く。
「私が死んだら家の猫は責任を持って引き取ってくださいね」
「っ! お前っ!」
 その脇をすり抜けてダイアクトーの前へ。
「あんたか。確かVとか言ったかしら?」
 仮面の奥で冷徹な瞳が背筋を凍らす。しかしここで怯んでは手足がまともに動かない。
「まだだ! まだ私の正義は折れていないぞ!」
 ダイアクトーへ、というよりも周囲へとその言葉を発する。
「へぇ。だったらどうするのかしら?」
「決まっているじゃないですか」
 ヨンは───いや、ヒーロー『V』はここでダイアクトーに背を向ける。
「同胞達よ!」
 マイクを使った一声に舞台は静寂を得る。
「悔しいが今は退け! この戦いにはダイアクトーすら裏で操る黒幕が居る!」
 その言葉は動揺を与えるには十分な威力があった。
「なっ! あたしが誰かに操られているとでも言うわけ!」
 背中への怒声をさらに無視。
「いつの日か……いつの日かそれらを打ち倒し、真の平和を導いてくれっ!」
 動揺はヒーロー達も同様。目線を交わし、その言葉を吟味する。
「あんたはどこまでもあたしを馬鹿にするのねっ!」
 急速に膨らむ殺気。ヨンはそこでようやく振り返り構えを取る。
「だ、だが、お前一人で食い止めるつもりか!」
 恐らく種族ヒーローであろう一人がノッた言葉を投げかける。
「少しくらいの時間なら私一人で十分。そしてその時間があればあなた方が真の平和を手に入れるにもまた十分でしょう!」
 その言葉に問いかけたヒーローは身を震わせ
「間違いないのだな……!」
「無論」
「よし、解った。お前が稼ぐその時間、決して無駄にはしない!」
 そう言ってヒーロー達はそれぞれに散っていく。無論何がどう黒幕なのかさっぱり理解していないのだが、彼らはこういうノリに逆らえない生き物なのである。
 それ以外のヒーロー───英雄という名のお節介達はそもそも今回のダイアクトーには不信感を抱いていた。ヨンの言葉の意図を汲み取ってそれぞれに動き出だす。
「一人では荷が重かろう。サポートくらいならしてやる」
「ですね」
 そんな声が背にかけられ、支援の魔術が身に宿る。
「ありがたい」
「……遺言はそれくらいで良いかしら?」
 それは静かな声だった。
 しかしまるで暴風が吹きつけたような圧迫感がヨンの体を貫く。
「あたしが誰かに良い様に扱われてるなんて、そんな侮辱許せない」
 ゴッと鳴ったのは彼女の踏み込んだ足。地面を抉り取って迫る小さな体をヨンは間一髪で回避。速度に伴う風だけで体が持っていかれそうになる中で、必死に体勢を保ち、次の攻撃も回避。
 思ったとおり、その攻撃は余りにも稚拙だ。例えるならば投石器で人間を攻撃するようなもの。当たれば粉みじんになるがその動きは単調で読みやすい。
 唯一の計算外はその速度に伴う暴風だが先ほどかけてもらった支援魔法が地味に利いていた。
 だが、一発貰えば即戦闘不能に持ち込まれるだろう。
「ちょこまかとっ!」
 鋭い一撃を左手で打ち払おうとして、ごぎゃりと嫌な音が響く。圧倒的なパワーに裏づけされた速度が受け流す速度をはるかに超えて左手をねじ折ったのだ。
「ぐっ!」
「これでおしまいっ! あんたなんかじゃ足りないのよっ!」
 足りないという言葉に自分の予想が正しい事を悟る。彼女に英雄と呼ばれるような相手を与えてはいけない。恐らく彼女がこの段階まで力を解放できた理由はトーマのロボットが相応に強かったからだ。
 が、痛みと崩された体勢では次の一撃に対応しきれない。
「吹き飛びなさい!!」
 轟と空気を抉る音を従えた一撃。
 しかしそれはヨンに届く一瞬前に割り込んだロボットへ直撃。同時展開したバリアがその拳を弾きかけて
「邪魔っ!!」
 先に過負荷を起こして破裂する。しかし稼いでもらった一瞬でヨンは安全圏まで退避して、体勢を立て直す。
 ほんの少しだけ視線を向ければKe=iが軽く手を振って自分の目的へと走っていく。
「感謝しますっ!」
「鬱陶しいって言ってるのっ!」
 なお怒りを増しためちゃくちゃな乱打を心臓が凍りつくような恐怖を抱えて避けていく。受け流すことさえ許されず、一歩間違えば衝撃だけで体が崩される恐怖が背を駆け抜けていく。
 相手の体の方が小さいために前に逃げることは難しい。横も小回りが利く分相手が有利。となれば後ろしかなく、しかしこの舞台は無限ではない。
「っ!」
 マントを殴るようにとってダイアクトーへと放つ。暴力はこういうひらひらしたものには力を発揮しづらく、見事に絡まったので一旦リセット。しかしもう同じ手は使えない。
「ジリ貧という言葉が生易しく感じますね」
「っ! あたしはっ! あんたごときにっ!」
「……じゃあ、私も手伝う」
 マントを取り払った瞬間、足が払われて大転倒。
 それをやった主はさっさと距離をとって処刑鎌で風を凪ぐように振るう。
「アインさん」
「……二人ならもう少し時間、稼げる」
「ふっざけるなあぁあああああああ!!」
 爆弾でも爆発したかのような轟音はダイアクトーが地面を叩いた物。
「絶対許さないっ! 泣いても許さないっ!!」
「……危険ですよ」
「……大丈夫。多分」
 ちらり向ける視線の先には憮然としたマナの姿。
「私の防御魔法はそう何度も使えないから。わかっているわよね?」
 こくりと頷いて視線をぎらぎらとしたダイアクトーの瞳と合わせる。
「……戦い方はヨンさんので解った」
「私はヒーロー『V』だ」
「……そこ、重要?」
「重要です。終わった後的な意味で」
 なるほどと頷いて弾丸のように突貫してくるダイアクトーを見据えた。
 ぎりぎりの戦い。その第二幕が開始された。

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 はーい。神衣舞ですにょろ。
 というわけでギャグシナリオのつもりがなんかとんでもないことになってます。
 私が一番困ってry
 な、ナンデモナイヨ?

 さて、いろいろと明らかになったことはありますね。
 解決のための手段はいくつか用意されていますが、どこかにたどり着くことを切に願っておりますw
 ではリアクションよろしゅう。 
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