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【inv15】『ヒーローの名は?』
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/07/11)

「派手にやってるな」
 長銃を肩に担いだ女が阿鼻叫喚の舞台を眺め見る。
「お前も来たのか?」
 腹に響くような低音。体長ゆうに2mの鬼族が、しかし音も無くその傍らに降り立つ。
「ああ。そりゃあな。ったく、下位番隊長が功を焦りやがって」
「功か。そんなものは無意味だとわからんからいつまで経っても成長できんのだ」
 鬼の言葉に女は肩を一つ竦める。
「去年のリベンジはしないのかい?」
「あれは3番隊の作戦だ。俺には何の禍根も無い。
 それに、あのイレギュラーを完全に殺しきるつもりなら、流れに身を任せた作戦なんぞ無意味を通り越して自殺行為だ」
「違い無い。しかし部下連中を共連れにするのは忍びない」
 女は銃身をゆっくりと撫で、すっと目を細める。
「番外隊へ通達。5番隊隊長が作戦中に殉死。体勢立て直しのために総撤退せよ、だ」
 応じる声は無いが、二人には微かに揺らめく気配は掴めている。
「ひでぇ話だ」
 鬼が苦笑を浮かべ、女は口の端をぐぃと吊りあげた。
「あそこで眺めているお嬢様に介入されりゃ、こっちの株が下がるだけさ。
 正義とは高潔であるべしだ。泥沼の展開なんて醜く浅ましい」
「故に正しき制裁を、か」
 大混乱の中でその発砲音はかき消されて誰の耳にも届かない。
 否────例え騒乱が無くともほとんどの者の耳には届く事は無いだろう。
 彼ら二人が居るのは『扉の塔』の中層。
 コロッセオまで10kmは離れたその場所から一発の銃弾は放たれた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「こいつを止めれば……」
 バリアの制御室も兼ねる空港の管制塔のようなそこに入り込んだ男はにぃと笑みを浮かべてスイッチへ手を伸ばす。
 コロシアムはあくまでもスポーツの舞台という点を重視している。その象徴たる機能が舞台に立つ者を致死ダメージから守るバリアだった。
「止めたらあなたのお仲間の方がまずいんじゃないの?」
 ビームソードを突き付けてKe=iが問いかける。
「っ!」
「確かにそうですね。それでも止めようとする意図はどこにあるのでしょうか?」
 同じく部屋に飛び込んできたスティルが構えつつ追従した。
「あいつらは尊い犠牲さ」
 男は血走った瞳で口元を笑みの形に吊り上げる。
「クロスロードの連中は知らない。あのダイアクトーがどれほどの悪かを!
 騙されているんだ! だから教えてやらなきゃなんねえ」
「……意味が分からないわ」
「分からないだろうなぁ。だが、このバリアを止めれば分かるだろうよ。
 あれがクロスロードから見ても規格外れの化け物だってことがよ!」
「私にはあなたのその思考こそが異常と判断できます。
 犠牲者を作り上げ、彼女を悪という偶像に仕立て上げるだけではありませんか」
「違うっ! あれは悪なんだよ! 俺はそれを気付かせてやるだけなのさ!!
 悪は殺せ! 悪は滅ぼせ! 許すな! 許すな! 許すな!!!」
 Ke=iは顔をしかめ、スティルは判断に困ったように硬直する。
「存在その物が悪である者は未来に必ず悪となる。許すな、断罪せよ。断罪だ! そのための礎となり、世にかの悪を知らしめよ!!」
「煩い。あんた、異常だわ」
 埒が明かない。そう割り切ってKe=iは前へと飛び出す。とにかく装置の傍から離さないといつ凶行に走るか分かった物じゃない。
「なめるなっ!!」
 至近距離からの一撃を男は逆に踏み込み、手首を弾きながら更に前進。ハッとした時には左足がずいと前へ踏みだし、フック気味の一撃がKe=iの右肩を打ち抜いた。
「っ!?」
 たまらず転倒した所に追い打ちのスタンピング。女性であろうと容赦するそぶりは無い。顔面を踏みつけ、鼻を折り砕く一撃をスティルの蹴りが迎撃する。
「格闘家ですか」
「邪魔をするなぁああああ!!」
 ダンと床が震えるほどの震脚。大気を打つような鋭い一撃をポリゴンロボは正確に打ち払い、カウンター。
 男はそれを打ち払い、即座に腰を落として足払い。やや無茶な体勢ながら小さく跳ねてかわしながら右足を大きく蹴りあげて男の顎を打ち抜く。
「やったっ!?」
 は、やってないフラグである。錯覚だろうかスティルの表情に焦りのようなものが浮かんだ。手ごたえが無い。男は自ら身をそらし、つま先に顎で乗るようにしながら身を上げ上段蹴りをスティルの左肩に叩き込んだ。
「舐めるなと言っただろう! 下位番隊とはいえ、番隊長にお前程度が敵うと思ったか!」
「スティルさんっ!」
「ダメージはありますが、戦闘の継続は可能です。
 あちらも無理な体勢での攻撃でしたから」
 素早く体勢を立て直し、構えを取りながら、ポリゴンロボは男を見据えた。
「彼がスイッチを押そうとするならばその瞬間にケリをつけます。
 押そうとしなければ足止めができます。何も問題はありません」
「ぬかせ! てめえの頭には豆腐でも詰まっているようだな!」
「いえ、……そういえば何が詰まっているのでしょうね」
 本気の自己疑問なのだが、馬鹿にされたと思ったか男が一気に間合いを詰める。スティルは対応しようとして、左腕が上がらない事に今更気付く。ダメージ計算は当然やっている。が、不可解なしびれが彼の動きを阻害していた。
「震動と言う毒に苛まれろ。テメエの体はもう自由には動かねえ。そっちの女もだ!」
 言われればKe=iも蹴られた腹に不可解な痺れがあり、なかなか立ち上がれない。
「終わりだっ!」
 有無を言わせぬ一撃。
 それがスティルへ届く刹那の瞬間

 ビシッ

 一撃がスティルへと入る。
 しかしそれは完璧な強打には程遠い、ただ痛いだけの不完全な一撃だ。
「……な?」
 ばっと咲いたのは赤の花。
 壁に丸く描かれた血と脳漿の円。
 男は崩れ落ち、ほんの僅かに体を痙攣させてから沈黙した。
「どうなったのですか?」
「……狙撃?」
 男の顔半分が吹き飛んでいた。左から銃弾が飛び込み、脳で破壊力をまき散らした結果、右半分が吹き飛んだのである。そして、超硬質ガラスにはそれを証明するように一つの穴がぽっかり空いていた。
「……Ke=iさん。この銃痕から推測すると、この場所よりも高所からの狙撃と推定されますが」
「同じ意見だわ。そしてそんな場所、そしてその方向って」
 二人の視線が向けられた先には天を貫かんばかりに聳える扉の塔の姿。
「10km先からの狙撃なんて、あり得るわけ?」
「回答不能です。100mの壁がある以上、特殊な観測方法は不可能のはずですが」
 一応は助けられたのだろうから、文句を言うのもお門違いかもしれないが、余りにも常識外れの行為に二人は釈然としないままも、とりあえず目的は果たせたかと一息ついたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 舞台の上は混乱の極みにあった。
 なにしろまともに呼吸ができない。目を開ければ滲みるように痛い。
「────今の、うち……」
 涙目になりながらもアインはダイアクトーが居た位置へと進む。正直視界がかすんでわけが分からない。
(この……あたり?)
 一向に慣れない臭気から逃げ出したいと言う気持ちを抑えて進んだ先に黒服の姿があった。
「……ダイアクトーは?」
「気絶している。能力が悪い方向に働いたらしい」
 安堵ともとれる苦笑を口元に浮かべ、黒服は小柄な少女を抱き上げる。
「撤収、して」
「そのつもりだ。このままうやむやにするのがベストだろう」
 この臭いが全く堪えていないらしく、擦れ擦れな声のアインと違って黒服はしっかりとした語調で応じた。
「他の連中も分離できた。かく乱はまかせておけ」
 コクリと頷いて猛ダッシュ。とにかくこの臭気の立ち込めたエリアからは撤退したい。
それは切なる願いだった。
「あ、アインさん!」
 ガスの中から飛び出してきたアインに声をかけたのはV。彼は周囲の過激派から距離を取るようにアインへと近づき

 少しだけ離れた。

「……流石に失礼」
「い、いや、あの、……すみません」
 臭気の酷さは悲しいほどに体験済みなのでそれ以上は言わずにアインは周囲を確認。
 舞台の上で立ち回る者は随分と数を減らしていた。
「状況は?」
「なんとなくですが、少しずつ撤退しているようです。このまま有耶無耶になれば良いんですがね」
「……ダイアクトーは黒服が確保した」
「それは朗報」
 小さな声で囁く言葉にVは満足げにうなずく。
「ではほんの少し、時間を稼ぐとしましょう」
「……早く終わらせてお風呂入りたい」
「……、ええと。すみません」
 仮面のヒーローVは先ほどの発言をもう一度謝るのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そこからじりじりと離れていたトーマは沈痛な面持ちで収束しつつある戦場を眺めた。
 思えばグシケーンは強かった。話を聞く限り、グシケーンが強かったからダイアクトーがあれほどパワーアップしたということなのでグシケーンはやはり強かったのだろう。
 すぐ鉄クズになっちゃったけど。
「……だが、こんな所っス」
 戦うだけが能ではない。科学者のあるべき場所は戦場もさることながらその後にも続く。
 自分の活躍の場はそこだ!!

「……早く終わらせてお風呂入りたい」

 そんな言葉が耳に届く。
「……ま、まずは消臭剤っスかね……」
 さすがにこのままだととても恨まれそうだ。なにしろこの臭気ガスは戦闘用。ちょっと洗ったくらいで落ちるほどヤワなものではない。
「じゃないと、怒られるじゃ済まなそうっス」
 とりあえずひと段落つくまでは黙ってようと心に決め、トーマは事の成り行きを見守るのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さーて、どうしよっかな」
 気の抜けたそんな言葉に即座に反応し、剣は少女の眼前へと突きつけられる。
 が、少女は身じろぎひとつすることなく、視線を舞台の上に固定したままに笑みを零した。
「貴女が、『猫』ですか?」
「にふ。あちし好みの幼女ちん。やふー」
 ひらひらと手を振り、にっこりと笑顔。余りにも人を食った態度だが、少女もまた動じる事は無い。
「……。本当に、ケルドウム・D・アルカ氏にそっくりなのですね」
 その言葉に『猫』は一つ肩をすくめて立ち上がる。
「あちしはケルドウム・D・アルカにゃよ?」
「いえ、彼女とは別人です」
 きっぱりと言い放たれた言葉に猫は初めて不快そうに表情を歪めた。
「あいつとそんなに親しそうじゃないのに、どうして言い切るにゃ?」
「あり方が違います。そして、その胸の内にある恨みが貴女を大きく歪めています」
 青年が動く。首を刎ねる剣の軌道────一流の戦士の息を飲む暇すら与えぬ一撃。それよりもなお早く猫は少女にキスせんばかりに顔を突き合わす。
「気に入らない言葉にゃね」
「……貴女の恨みはクロスロードにも向けられているのですか?」
「……だったら?」
 にこりと、目だけが笑まぬ微笑みを前に少女は歪む事無きまっすぐな意志で告げる。
「貴方は私たちが討つべき悪だと断じます」
「……っ! くく……あははははは」
 一足。それだけで大きく距離をとった猫が、しかしお腹を抱えて笑いを零す。
「いいにゃよ。みんなで楽しむにゃ。
 あちしはもっともっともっと騒ぎを起こすにゃ。もーっとね?」
「……貴女は────来訪者なのですか?」
 少女の問いに猫は笑いを止めてすっと目を細める。
「来訪者でなければ、何だと思うにゃ?」

 問いに返された問い。
 それに少女は一拍の間を置いて応じる。

「『怪物』です」

 猫の姿が消える。
 まるで幻だったかのように。
 それは高速での移動ではなかった。そう、術式は全く分からないが、残留する魔力は明白。つまり────
「……」
 少女と青年はそれぞれの思いを胸に秘めつつ沈黙した。

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さて、そろそろお気づきでしょうが。
ここしばらくの事件の実行犯は猫、あるいはアルルムと呼ばれるアルカそっくりの少女でございます。
どーも、神衣舞です。
本当は彼女の出番はかなり後だったのですが、いろいろとフラグが立った結果、彼女が大暴れする状況となっております。それに引きずられるようにちらほら達人級の存在が舞台に上がってきました。
が、あくまで話の主役は参加者のみなさんです。今回は少々裏を補強ということで彼らの出番を増やしましたが、今後は今まで通りPCの出番がメインとなりますので楽しんでいただけると幸いです。

事件はこれにて収束。
次回は後片付け回となる予定です。
思い思いのリアクションをお願いしますね。
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