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【inv15】『ヒーローの名は?』
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/05/28)
『すべてのヒーローに告ぐ!
6の月 ●日に我々はコロシアムを占拠する!
貴様らが正義をほざくならば阻止してみるがよい!』
 そんな文章がPBを通して通達され、クロスロードを緩く震撼させたのは、雨の多くなりはじめた頃だった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 さて、このクロスロードには数多の有名人が居る。
 『探偵』アドウィック・ノアス
『英雄』メルキド・ラ・アース
『館長』スガワラ翁
『断罪人』ルマデア・ナイトハウンド
『運び手の長』マルグスロスなどなど……
大抵が能力的に優れ、或いは組織の長として名が知られるのに対し、彼女は全く違う面での有名人だった。
 『悪の秘密結社 ダイアクトー』の長。ダイアクトー三世。
 名前だけ聞けば悪魔も神も暮らすこの土地で『悪』の名を背負う彼女に少なからず脅威を覚えるだろう。
 が────
「お嬢様っ!」
黒づくめの男が小柄な少女に切羽詰まった声をかける。
貧相───もとい、未発達な姿態を黒を基調とした皮のスーツで多い、背には黒マント。肩にはトゲトゲのついたショルダーパットで顔に仮面を付け、赤い髪を風に踊らすその姿はコスプレにしては堂に入ったものである。
「なに?」
少女特有の高い声。それでも精いっぱい『悪』っぽく威厳を持たせようとした響きに黒ずくめは困ったように数瞬黙りこくり、
「どうしてあのような告知を!」
「どうして?」
 ばさりとマントを払って振り返る。仮面の奥、赤の瞳が黒ずくめを睨んだ。
「……あたしはなに?」
「はっ?」
「あたしはなに、と聞いている!」
「あ、悪の秘密結社の長にして我らの主、ダイアクトー三世閣下です!」
 咄嗟に取り繕って放たれた言葉だが、気にする事も無く少女は頷く。
「そうよ。そして───いえ、だからこそ、あたしはやらなきゃいけないの」
「と、言いますと?」
「決まってるじゃない! 全ての偽善を叩き潰し、このクロスロードをあたしの支配下に置くのよ!」
 どどーんとSEが入りそうなほど、気迫の籠った声に黒ずくめは沈黙。
「し、しかしこれほどの大作戦。我々に相談の一つがあっても……」
というより、今までの彼女なら「●●がやりたーい!」とダダをこねるだけで、詳細を詰めるのは彼ら黒づくめやその配下である黒タイツ軍団こと戦闘員の仕事であった。
「あたしの行動に不満があるようね?」
「そ、そのような事は!」
 慌てて平伏するが、その内心は疑念ばかりだ。
「なら余計な事は良いわ。戦いなさい?」
「……はっ!」
 黒服はただそれだけを返し、その場を離れる。
「むぅ……」
 ダイアクトー三世から十分に離れた所で、黒服は6人に増えていた。正しくは背丈も身なりも同じ黒づくめが待っていただけではあるが。
「やはり、おかしい」
「ああ、おかしいな」
「お嬢様がここまで手はずを整えられるとは思えん」
「断言できる。誤字の1つも無いのはおかしい!」
 部下にして酷い言いようだが、それがダイアクトー三世である。
 秘密結社ダイアクトーは一般的にファンクラブとして認知されている。自分を悪の枢軸として疑わない天然少女ダイアクトーを愛でる者達が集まり、彼女のやりたいようにやらせるための環境づくりをするのが主な活動である。まぁ、この6人に関してはやや事情は異なるのだが、やってる事は相違無い。
 そして悪と名乗って行動する彼女は最後の最後でとてもほほえましいポカをする。人を襲えば実は逃亡中の賞金首だったり、人を突き飛ばせば暴れ馬から助けたり、破壊工作を行えば取り壊す手間が省けたと感謝されたりと、やってる事全てが害が無かったり、感謝されたりするのである。
「コロシアムの方はどうだ?」
「流石に良い顔はされないな。我々の責任では無いとは言え、下手をすれば大量殺戮となったやもしれん事件があったのだから」
「流石にこの状況であの過激派どもが動かぬ道理は無いからな……」
「保守派に抑えては貰えんか?」
「保守派は数名のてだれが居る物の、総兵力では過激派に大きく劣る。それにやつらからすればそもそもお嬢様がコロシアムに現れなければ大事ない」
「それもそうだがな。そうもいくまいよ」
「しかし……」
「ああ、本気になったお嬢様は止められん。少なくとも我々ではな」
 沈黙。ただ風が逝く音だけがしばらくその場を支配し、やがて彼らは視線を交わした。
「終にすべきは決まっている。顔を突き合わす前にやるべき事をやろう」
 そして黒服たちはクロスロードに散って行った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ガリっ……

 ケイオスタウンの路地裏。
 一人の少女が壁に背を預け、瞑目していた。
 ゆらりと動くロリポップの棒。やおらそれを指でぴんと弾き、しかしその行為もどうでも良いとばかりに、ただ静かに吐息を漏らす。
 『ヒーロー』
 彼女の脳内はただその単語がマグマのようにゆっくりと、しかし熱を持って蠢いていた。脳内だけでは無い。まるで血流そのものが熱を持ったかのように彼女の中を駆け巡っている。
 言葉は無い。
 正義のヒーロー。そこに言葉はいらない。ただ行為だけがあれば良い。ただまっすぐに、正道を貫き、悪道を砕く無私の戦士であれば良い。
 あだその体内を駆け巡る熱があれば良い。

「貴様もヒーローか?」

 新たな音がそこに加わる。
 少女はほんのわずかに息を止め、それも幻だったと、ゆっくり吐き捨てる。
 十数秒。初夏にはまだ至らない、湿気を含んだ生ぬるい風が頬を撫で行くのを感じ、少女はゆっくりとその視線を動かした。
「貴様『も』っスか?」
 本人は酷く渋く言っているつもりだが、年相応かつ女の子な声は今までの雰囲気ブチ壊しで裏路地に響いた。
「ああ。ならば共に正義を貫く者へ助言をと思ってな」
 その視線の先にあるのはヒーローと言うには黒を基調としすぎたシルエット。言わばダークヒーローと表現すべき者が立っていた。
「確か……『V』とか言ったっスね」
「そうだ」
「聞こうじゃないっスか」
 あくまでハードボイルドに自称天才<ヒーロー>は言葉を促す。
「騒動の主は悪の秘密結社ダイアクトー。この街の支配を狙う者だ」
「ほぅ……」
「強いっスか?」
「掛け値なしに。これまで多くのヒーローが彼女の前に膝をついてきた」
 これは事実だったりする。というのもダイアクトーと腹心たる黒づくめ達の戦闘力は侮れない物がある。少なくとも彼らに単身で抗える者はクロスロードに数えるほどしかいないだろう。もしもダイアクトーがちゃんと悪であるならば彼女らはこの街最大の問題として看做されていたかもしれない。
「私も以前戦った」
「負けたっスか?」
「横槍が入った。痛み分けというところだ」
 かつての茶番劇を思い出しながら一応ヒーロー的に脳内補完して告げる。
「因縁の相手と言う事っスか」
「そうとも言う」
「あたしは邪魔だと?」
「いや、我らヒーローにとって己の我を通す事は二の次だ。何よりも正道を貫き、悪を滅する。そうではないか?」
「……」
 少女は沈黙し、蠢いた右腕はかさりとポケットからもう一つロリポップを引っ張り出す。
「じゃあ?」
「傲慢なる悪にひと泡吹かせよう。君の協力が欲しい」
 包装紙をポケットに突っ込み直してからんと口内で飴を転がす。溢れる糖分が脳をフル回転させていく。
「……良いっスね。手を取り合う展開も燃える物があるっス」
「ならば共に戦おう」
「応っス!」
 手を差し出す仮面のヒーロー『V』
 彼はそうやりながら心のうちで静かに呟いていた。
『あっれー? もしかしてトーマさん、気づいてないんですかね……?』

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「つまり、本来コメディアンのような存在なのですね」
「い、いや。本来は悪の秘密組織ですよ。一応」
「難しいですね」
「まぁ、確かに」
 ポリゴンロボことスティルは、全身黒タイツとそんな会話をしていた。特徴的なのは顔の部分に赤く書かれた『D』の文字だろう。
「少なくともダイアクトー様にそんな事を言ったらだめだぞ?」
「留意しましょう」
 彼はダイアクトーの戦闘員と言う名のファンクラブ会員である。さっそくと挑戦をしたスティルに土下座で待ってくださいとお願いしたあと、こうして情報提示を行っているのである。
「しかし、本質が悪の秘密組織であるのなら、討伐されても仕方ないのでは?」
「そもクロスロードに正しい正義も悪も無いんだけどな。法律も存在してないし」
「なるほど。悪の基準が無いのですね」
「ダイアクトー様の『悪』は『悪役(ヒール)』と言うべきものだからな。
 それを真面目にやられているのがまた愛らしいのだがっ!」
 ぐっと右手を握り込み、力説する戦闘員。
「では、彼女は討伐しない方が良いのでしょうか?」
「ダイアクトー様を害するなんて言語道断だが……誰も集まらないとそれはそれで拗ねるからなぁ。まぁ、拗ねる姿もまた愛おしいのだが」
「……どちらなのですか?」
 要領を得ない上に、毎度妙な感想が入るので理解しがたい。
「応じる分には良いと思うぞ。どうせ幹部が相手してくれるだろうし」
「幹部?」
「ダイアクトー様の直属の部下だよ。羨ましい」
「強いのですか?」
「恐ろしくな。『律法の翼』の過激派を退けているのは実質あの6人だからなぁ」
 ふむと情報整理。
「まとめると、コロシアムに向かい、幹部と戦えば良いと?」
「そうなるが……どうせ過激派の連中も仕掛けてくるからなぁ。どうなる事やら」
「過激派とは?」
「『律法の翼』を知らないのか? この街に法を制定しようとしている連中なんだが、悪と断じた者を容赦なく攻撃してくるのが居てな」
「良い人達なのですか?」
「馬鹿言うな。実質ダイアクトー様はなに一つ被害を出していないのに、奴らときたら大規模破壊魔術だって平気でぶっ放してくる。どっちが正義だかわかったもんじゃない」
 なるほど、確かにそれは危険だ。
「しかし、そのダイアクトーさんは一体なにをしようとしているのでしょうか?」
「閣下は悪のカリスマとしてやるべき事をやってるだけだと思うぞ。可愛いなぁコンチクショウ。まぁ、大抵の事は俺たちがサポートして被害の抑制や修繕をするから気にしなくても良いんだが」
「が?」
「今回はちょっと事情が違うらしい。幹部連中がやや焦り気味だからなぁ。
 おかしなことにならなきゃ良いが」
 情報を再整理。
「とりあえず、当日に現場に向かう事にしましょう。
 ダイアクトーさんには直接手を出さなければ丸く収まるということですね?」
「そんなところだ。と言っても幹部連中以外は『住人』も混ざってるからなぁ。お手柔らかに頼むぜ」
「こちらこそよろしくお願いします」
 はて、データとして有しているヒーロー物とは展開が大きく違うが異世界である以上仕方ないのだろうと結論付け、スティルは当日を待つのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ふよりと少女が浮いていた。
 今日のコロシアムは満員御礼だった。無理も無い、すでにダイアクトーの出した宣告は知る人ぞ知ると言う状態になっており、巻き起こるであろう騒乱に胸躍らせている者は少なくない。が、同時に不安も会場に渦巻いていた。
「変だわ」
 マナはひとりごちて客席を見渡す。どいつもこいつも楽しそうにあれやこれやと会話を交わしている。
「危ないと思わないのかしら?」
 彼女の居る位置はコロシアムでも隅っこだった。別に大して期待もしていないし、眺め見るだけならここの方が安全だという言い訳を自分にしつつ中央の舞台を眺め見───
「……」
 はっとして隣を見ればこちらを無表情に見ている双眸があった。
「あ、貴方は……」
「……奇遇」
 無表情を絵にかいたような少女がマナを見上げていた。覚えがある、桜前線の際に精霊と会話しようとした自分を止めた片割れ。
「……貴女も観戦?」
「一緒にしないで欲しいわね」
 アインは小首を傾げ
「……じゃあ、何故ここに?」
「あ、貴女には関係ない事だわ」
「……そうね」
 あっさり引き下がるアインにマナは拍子抜けしつつ、しかし離れる様子の無い人形のような少女を訝しげに見る。
「見に来たのならもっと前に行けばいいじゃない」
「人が多すぎて落ち着かない。あと動きにくい」
 確かに舞台寄りの席は何かあった時に容易に移動するには不向きなほど込み合っている。
「それに」
 とすんと手に持っていた包みを置く。
「……なにか?」
「頼んだら多く作られた。……食べる?」
「……」
 その問いかけにマナはしばし対応に悩み、しかし断る理由も得には無いかとため息。そも一人でこっそり眺めようと思っていたからと言って、見つかったから逃げ出すのはなにか癪だ。
「戴くわ」
「……そう」
 そんなやりとりを余所に、不意に周囲が静まり返る。
 ぐわんという空間の歪むような音。
 直後に中央舞台に現れたのは黒い球体だった。
 なんだ? という言葉が異口同音に放たれる中、その答えを示すかのように球体の中から現れたのは黒を纏う小柄な少女。
 際立つ赤の髪がばさりと広がり、彼女はゆっくりと顔を挙げた。
「これよりこのコロシアムはダイアクトーが占拠するわ!」
 拡声器も必要としないほど凛と張った声に周囲は静まり返り、そしてわぁと歓声が膨らんだ。
「ふふ、どうやらすんなりと認められたようね」
 そんな言葉を呟いている間に最前列から黒ずくめの戦闘員がわらわらと舞台に飛び込み、いろいろとセッティングを始める。よくよく見れば舞台セットと共に衝撃吸収用のマットレスなんかもこっそり敷いている。
「ここは最初の足がかりよ! この街全てをあたしの支配下に置いてあげる!」
 これを完全にショウと決め込んでいる観客たちが好き勝手に囃したてる中で────

「「「まてぇえええええいいい!!」」」
 客席の数か所から声が放たれる。
「現れたわね」
 余裕綽々に口元に笑みを浮かべるダイアクトー三世。それを知ってか知らずか制止のひと声を挙げた者達は各々の方法で舞台へと飛び込んだ。
 ヒーロー。
 あからさまに戦闘スーツを着込んでいる者や仮面を付けている者、あからさまに場違いな格好をしている者も居るが、十数人のヒーローが舞台への乱入を果たす。
「ダイアクトー! 好き勝手にするのもこれまでだ! 貴様の野望、ここで打ち砕いてみせる!」
 代表してか、赤の装束をまとうヒーローがびしりと指さしてそう告げる。
「始まったわね」
 マナが貰ったサンドウィッチをはむと咥えつつ、もごと呟く。
「意外と物好きが多いのね。この街は」
「物好き?」
 アインがどういう意味だと首を傾げる。
「茶番劇に付き合うんだから物好きだわ」
「……確かに見世物。でも」
 黒髪の少女は目を細めた。
 ヒーローたちの手にする武具は間違いなく殺傷能力を有している。その流儀からか芝居がかってはいるが、彼らは真面目に戦いの場に赴いている。
「それに……」
 ダイアクトーが現れた瞬間、会場内に殺気が湧いた。
「酷い敵意だわ」
 どうやらそれはマナも感じたらしい。
「単なるショウでは終わりそうにないわ」
「……うん」
 その時どう動くかはそれぞれだろうが────
 確かな事はただ一つ。いろいろな物を混ぜ込んで魔女の鍋となったコロシアムで、今、新たな騒乱が始まったのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
ダイアクトーどーん☆
 てなわけで神衣舞です。久々っても12月にやったから半年ぶりかな。それでも半年か(=ω=;
 次回はダイアクトーvsヒーロー‘sの戦いが繰り広げられます。
 果たしてその勝者は!?
 ……。ええ、まぁ、そんな前哨戦どーでもいいんですけどね。うけけ。
 ではそれを元にリアクションなんかよろしくおねがいしますだ。
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/06/07)
「正義なんてどうでも良い事だけど、なんだか面白そうな事になってるじゃない」
 ビール片手に一人の女性が観客に交じっていた。
 とはいえ、背にはフライトユニットをアクティブにしており、なにかあった際にはすぐに逃げられる準備は怠っていない。
 眼下では数十人のヒーローがダイアクトーとその一味を囲むように構えていた。構図からすれば善悪が逆かもしれないが、黒の集団とカラフルな集団という視覚的な分かりやすさがそこに展開している。
「これを使う羽目にならなきゃ楽しい見世物なんだけどね。
 それで終わってくれないかしら」
 腰にはビームガン。しかしあくまで護身用、あるいは補助用としての出力設定にしてあるものだ。
「さて、どうなることやら」
 ぐびりとビールを喉に流し込んでKe=iは目を細めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 クロスロードには2種類のヒーローが存在する。
 一つはその行為から、自然と英雄───ヒーローと呼ばれるようになった者。
 そしてもう一つは『ヒーロー』という存在として生れついた者。
 後者の場合その行動、思想全てがヒーローであり、悪は断罪すべき物である。しかしそのほとんどの者は単独、或いは固定メンバーでの戦闘を好むため、律法の翼に所属している者は僅からしい。

 彼ら存在がヒーローである者にとって、このダイアクトーの宣布は無視するわけにはいかない物だった。

「でも、つまんないわ」
 舞台に乱入して来たヒーローを見渡して、しかしダイアクトー三世はぽつりと呟いた。
 クロスロードで唯一明確に悪を表明する彼女とヒーロー達の交戦など日常茶飯事だった。そして未だ一人たりとも彼女に手を届かせた者は居ない。
 ───たった二人を除いて。

「雑魚に用は無いの。
 ────蹴散らしなさい」

 言葉に戦闘員達はさっと避難。代わりに前に出てくるのは六人の黒服。
「お嬢様の言葉にずいぶんとキてるようだな」
「手加減などできもせんか」
「それにこの前哨戦を長引かせるわけにはいかんだろ。
 嫌な殺気がまとわりついてくる」
「所詮ヒーローだ。英雄はまだ観戦を決め込んでいる」
「『宿命』に巻き込まれさえしなければどうという事は無い。
 ……そして、この舞台では『宿命』は発動しまいよ」
「ハァハァ。何でもいいからさっさと俺をぶって!」
 とりあえず最後の一人の尻を全員で蹴飛ばして五人の黒服は構えをとる。
 彼らの背後には仰ぐべき主が不満そうに立っていた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「律法の翼、ですか」
 コロシアムの一角を歩きつつポリゴンロボは情報の整理をしつつ状況を見守っていた。
「クロスロード成立前は自警団として発足し、クロスロード成立後もそれを自認して継続。しかし一部団員が無法を謳ったクロスロードに反発。過激派として同じ名前を名乗りつつも袂を別った。
 穏健派のリーダーはウルテ・マリス。過激派のリーダーはルマデア・ナイトハウンドですか」
 そう言えば街を何人かで歩きまわり、商店主とかと和やかに会話している一団をたまに見る事がある。彼らは恐らく穏健派の律法の翼なのだろう。
 一方で無法を働く者を問答無用で切り捨てる一団が居るという噂も聞いた事がある。その強引なやりくちは自らを賞金首にしてしまう程だ。しかし過激派内の賞金首が狙われる事は少ない。筆頭のルマデアを始め、かなりの武闘派揃いの集団に喧嘩を売るのと同意義であるためた。
「穏やかではありませんね」
 なまじ正義を標榜し、しかもクロスロードの賞金首を一番打ちとっている集団である事は間違いないので誰もが扱いに困っているというのが実際のところだろう。
「さて、一方だけなら兎も角として、に手を中止しなければならないのであれば必ずミスが出ますよね。というわけで助力を頼みましょう」
 ぐりんと周囲を見渡しつつ
 こういう騒ぎだったら絶対居ますよね。トーマさんとかアインさんとか」
 ある意味酷い言いようだが、間違ってないから困る。
 その目がそのかた割れ、アインの姿をしっかりととらえていた。 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さすが、殺試合(ころしあ)むと言うだけあるわね」
 含み笑いをしつつそう呟いたマナにアインは無感情な視線を向けた。
「貴方どうするのかしら?」
「……どうって?」
「あそこには加わらないの?」
 アインはゆっくりとかぶりを振る。
「────統率者のいない群れは……キョウキになる」
 下手に踏み込めば、どころではないとアインはその視線を周囲へ。
 周囲の観客は規模の大きな戦いにのんきな歓声を上げているようだ。
「確かに、好き勝手に攻撃してるようだし、危険ね」
「……ここも安全か分からない。いつでも飛べるようにした方が良い」
「ご忠告どうも。何を探しているの?」
「扇動者」
 この馬鹿騒ぎに居てもおかしくは無いだろうが、今舞台で戦っているヒーロー達には必要無いようにも思える。
「でも、何人か、熱狂の外に居る人も居るわね。
 貴方や私みたいに」
 その言葉にアインは頷く。祭りの傍観者を決め込むわけでなく、まるで期を待つように───あるいは、何か起きるそのタイミングを待つかのように。
「……戦ってるダイアクトーの人も多分手を抜いてる。
 まだ、これは前哨戦」
「随分派手だけどね。なにあの光線、ぎざぎざに飛んでるわ」
 もちゃのような銃から放たれたカラフルでじぐざぐ飛ぶ光線が着弾し、何故か蒼い爆煙が上がっている様子を指さして笑みを作る。
 そんなマナの目の前にずいとバスケットが差し出された。
「なぁに?」
「……あげる。
 観戦はもう少し避難しやすい場所の方が良い」
「もう一度聞くわ。
 貴方はどうするのかしら?」
 サンドイッチを一つだけ取り出してマナはうっすらと笑みを作り問う。
「……」
「意外とおせっかいなのね」
「……そうかもしれない」
「これのお礼があるもの。少しくらいは手伝ってあげるわ。
 それに、ここの方がよく見えそうだもの」
 その言葉にアインは返す言葉を見つけきれず、ただ頷いて視線を周囲に這わすのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 目の前でヒーローが宙を舞う。
 主にブン殴られて。
 黒服6人はぶっちゃけ強かった。別に武器を持っているわけでもない。素手だけで剣も光線も受けて弾き、拳一発で強化スーツのヒーローをなぎ倒してしまう。
 半分くらいが脱落した舞台の有後ろの方で一人の少女が目をきゅぴんと光らせていた。
「こいつの出番っスね……」
 かつてケイオスタウンのコロシアムで六度試合をして、その全てに勝利を収めた妖狐の拳闘士が居た。その身のこなしは軽やかで、拳は閃光の如く岩をも砕く。しかし最後の勝利の後にぷっつりを姿を消してしまったと言う。
「グシケーン、起動するっス」
 話では元の世界に帰ってしまったとも言われているが、彼女はその話を聞いた時に一つのインスピレーションを得ていた。
『ちょっちゅね』
 これはその妖狐グシケーンのデータを徹底的に分析し、瓜二つの戦闘力を持たせるのに成功したという格闘ロボである。しかし頭脳のほとんどを戦闘用プログラムに費やしたために発言が『ちょっちゅね』に限定されてしまったという点は残念だが、その性能は折り紙つきだ。
「天才科学者の生み出した正義のロボが、巨悪を討つために立ち上がるっス!
 行くのだグシケーン!」
『ちょっちゅね』
 その瞬間。
「貴様っ! 何をしている!!」
 近くにいたヒーローがすっごく怒った。
「え? な、なにか問題っスか!?」
 思わず素に戻ったトーマが目を白黒させるとヒーローはびりしとグシケーンを指さし

「悪がロボットを出す前にロボットを出すとは何事だ!!」
「なん……だと……!」

 衝撃を受けた。
 確かにそうだ。まだ相手は戦闘員同士の戦い。ここにロボを持ちだすのは

「────あたし、間違ってたっス」
 目からうろこがざらざらと落ちる気分だった。
「分かってくれたか。流石に君もヒー」
『ちょっちゅね』
 どごっ
 説教したヒーローがぽーんと飛んで行った。
「……ちょ、グシケーン?」
『ちょっちゅね』
 慌ててモバイルでデータ確認。するとどうやらトーマに喧嘩を売ったヒーローを敵と認識したらしい。
「き、貴様っ! 裏切り者かっ!」
「背後から攻撃するなど、何と卑怯なっ」
「ちょっ、みなさん落ち着いて!! 今こっちに怒りを向けたらっ!」
『ちょっちゅね』
 そしてグシケーンの目が光った。
「ちょ、待った! グシケーンかむばーーーーーーーっく!!」
『ちょっちゅね』
 しかし言う事聞かない。
 伝説の拳闘士の戦闘力を完全再現したロボットがヒーローの集団に留めを指すべく動き始めた瞬間だった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「トーマさん。なにやってるんですかね」
 背後で始まった大混乱に視線をちらり向けてヨン、もといV様は小さくため息を吐いた。
 前線の乱闘は終盤が見えてきた。そろそろこ頃合いとヨンは黒服へと踏み込む。
「お前はっ」
「少しお付き合い下さい」
 パンチを黒服がいなし、返しをVは紙一重でかわす。
 激しい攻防に見えて双方にダメージの無い演舞は前回のヒーローショウの時に打ち合わせた動きだったりする。
「で、これはどういう状況なんですか?」
「……誰かがお嬢様に吹き込んだらしいのだ」
「吹き込んだ? 確かに彼女らしくない宣告でしたけど……。
 その目的は?」
「分からん。お嬢様はあくまで自分のアイディアだと言い張っている。
 が、あのお嬢様がここまでの段取りをできるはずがない」
 きっぱり言い切る黒服。
「……だったらさっさと切りあげた方が良いんじゃないんですか?
 律法の翼も来ていると思いますし」
「そこは承知の上だが……、お嬢様が妙にやる気なのだ。
 しかもいつもと違って興奮している感じではない」
 視線を向ければ口を引き結んで仁王立ちするダイアクトーの姿。怒鳴りもしなければこちらに掛かっても来ない。
「調査できなかったと?」
「ああ。尻尾を掴ませない。目的が分からない状態で調べるには時間が足りなかった」
 打ち合いながらVは眉根を寄せる。
「お嬢様を止める事は我々にはできん。説得はしたが今回は全く耳を貸さなかったからなおさらだ」
「……しかし、このままでは本当に全てのヒーローを倒すまで終われませんよ?」
「……その時は戦い抜くしかあるまい」
 悲壮な決意と思いきや、しかしそこにはそれが可能だと言わんばかりの力強さがあった。
「……私がダイアクトーさんを敗退させましょうか?」
「……それも手段の一つか。
 ならば一度吹き飛ばされろ。もう少し状況が整理されてから頼む」
「わかり────」

「ねぇ、あのロボット鬱陶しいんだけど」

 不機嫌な、しかし凛とした声が舞台に響いた。
「は、はい! すぐに排除を!」
「良いわ。私がやる。
 ……うん。あいつが言う通り、できそうな気がするわ」

 そして彼女はその一言を呟く。

「フォースリミットリリース」

 その瞬間、四人の黒服が忽然と姿を消し、
「ば、馬鹿なっ! お嬢様がそこまでできるはずがっ!」
 残ったうちの一人、Vと打ち合っていた黒服が驚愕の声を挙げ

『ちょっちゅ────』
 めきょり。
 まるで瞬間移動をしたような速度。
 一瞬で数十メートルを走り抜けたダイアクトーの小さな拳がグシケーンの胴体に大穴を開けていた。
『ちょ……ちゅ……』
「ぐ、グシケーン!?」
 このコロシアムには相当のツワモノが集う。そこで無敗を貫いた男のコピーは伊達ではなかったはずだ。しかしそれが何の抵抗も無くボディを貫かれ機能停止した。
「い、いかんっ!」
「どういう事なんですかっ!?」
「説明は後だ。逃げろ! 今のお嬢様を相手にしたらお前など一撃でけし飛ぶぞ!」
 切羽詰まった声。しかしそれが事実であるかのように立ち向かった一人のヒーローが爆撃にも似た打撃音とともに壁に叩きつけられてがくりと倒れた。
コロシアムには緊急回避用バリアシステムが設置されており、命の危険がある攻撃を受けた時に自動的に防御をするはずなのだが、果たしてそれが有効だったのか疑わしい光景だった。
 突然の光景にコロシアム内は静まり返る。
「っく!
 下がれ! 我らが首領に立ち向かうなど、貴様ら十把一絡げのヒーローには過ぎた行為よ!」
 黒服がコロシアムを震撼させる程の声量で放った言葉は、いましがたの光景と相まって全てのヒーローの動きを止めた。
「……ふん、つまない。
 まだ足りないわ。もっと強いやつら、ここに居るんでしょ?」
 仮面の奥で赤の目が会場を見渡した。
「出てきなさい。あたしがみんな潰してあげる」
 その言葉に動く者が居た。
「まずい」
 呻き、黒服が奥歯をかみしめた。
「どういう、状況なんですか?」
「お嬢様が規定以上の力を出してしまった。
 このまま戦わせたら、クロスロードが壊れるぞ……!」
「……は?」
 流石に突拍子の無い言葉に目を見開くV様。しかし
「もしかして、彼女のお母さんがかけた封印が解けてるんですか?!」
「恐らく。いや、だったら最後まで解けているはずだ。
 ……正確には、解いている最中というべきか」
 せすじがぞっと冷える。
 今会場内で立ち上がり、舞台へ向かう者達が弱いと言う事は無いだろう。しかし黒服の弁が確かならばそれは破滅へ至るプロセスとしか思えなかった。
「くっ!」
 胸には運営から借りたピンマイク。
 自分はなにをすべきか。
 刻一刻と迫る非常事態を目の前に仮面のヒーローVは決断を迫られていた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
はーい、クロスロード壊れるフラグをお届けしました☆
 やふい。神衣舞です。というわけで今からが本番ですw
 参加者のみな様はダイアクトーの出力が異常な事には気付けます。
 感覚的に、また客観的に見てこのまま戦闘を続けさせるのはやばいんじゃないのかなー的な感じは十分にわかるでしょう。
 というわけで次回はクロスロードでも中〜上級レベルの来訪者が入り乱れる戦いになるのか! 或いは他の道に行くのか!
 リアクションよろしゅー☆
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/06/19)

「どう動きますか?」
 コロシアムの一角に極端に人気の少ない客席がある。
 いわゆるVIP席と呼ばれるそこに座するのは異世界から来訪した王族や大商人など。このクロスロードに着てまで見栄を張る必要は無いと思うのだが、そういうことが当たり前になっている人はいくらでも居るということだ。
 それとは別に。クロスロードで余りにも有名すぎておいそれ一般観客席に入り込めない人も少なからず存在する。
 そのうちの一人にして、しかし気弱そうな少女にしか見えない彼女に男が静かに問いかけた。
 男の方も少女の方も人間種。男の方はおおよそ20を超えたほどで、細面ながら戦士としての体格を有していた。
「……彼らは?」
 憂いを帯びた問いかけに青年は視線を一般客席へ向ける。
「ナイトハウンド氏は定期連絡では本部に陣取ったままとの事。
 1から4番隊は巡回。おそらくここに展開しているのは5番隊以降でしょう」
「本腰を入れていない、というのですか?
 『あれ』を目覚めさせようとしているのに」
「或いは、彼らはその積りが無いのかと」
 青年の返答に少女はほんの少し目を見開く。
「『あれ』を覚醒させてまともに対抗できる戦力は極一握りです。そしてそれが揃うまでにクロスロードは壊滅的な打撃を受ける可能性があります。
 少なくともナイトハウンド氏と番隊長が揃って然りでは」
「……では、他の誰かの画策だと?」
 少女は舞台で吹き荒れる暴力に悲しげな視線を向けて問いを重ねる。
「……『猫』」
 青年がやや間をおいてそう呟いた。
 少女がゆっくりと視線を青年へと移す。
「私は、そして恐らくはルマデアさんもその詳細を知りません。
 リヒトさん。貴方はどこまで知っているのですか?」
「……」
 青年は応じない。少女の瞳を受けたまま、胸の痛みを無理に打ち消すようにまっすぐに見つめ返すのみ。
「……では、問いを変えましょう。
 私が、動く必要があると考えますか?」
「場合によっては」
 即答。それは少女にとっても問う必要の無い問いであったが、しかしあえて問うていた。
「……わかりました。
 タイミングは貴方にお任せします」
 少女の言葉に青年は無言で頭を下げ、視線を舞台へと移した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「それで、どう出るつもりなの?」
 マナの問いかけにアインは視線を投げかけ、それかからややあって「……ありがとう」と返した。
「回答になっていないわ」
「……さっきスティルさんを見かけた。情報が欲しい」
 ほんの少しだけマナが嫌そうな顔をする。精霊という存在からかどうにも機械系の存在には拒絶感がある。とはいえ、興味もあるため、反射的に出た表情もすぐに引っ込められた。
「呼ばれた気がしました」
「きゃっ!?」
 にゅと背後から現れたポリゴンロボに不意を突かれたマナがかわいらしい悲鳴を上げてアインにすがりつく。
「おや、失礼」
「……いえ、丁度良い」
「下の件ですね?」
「……そう」
 うなずくアイン。そしてスティルもマナも暴風のように拳を振るい、ヒーローを壁に叩きつけては緊急防御バリアで保護される様を睨み付ける。このクロスロードであってもあの暴力はケタ違いだ。古竜がぶん殴ったとしか思えない穴が地面に空いていた。
「機会が機会でなければ実に、実に一対一で戦ってみたいです。
 武器を持たずに身一つであの境地に至ることは私の望みでもありますから」
「あれは、常識外と思うわ」
「ええ? そうですか?」
 意外そうな声を出すポリゴンロボをいぶかしんで視線を追えば、その先にいるのは黒服の方だったりする。
「……ああ、ダイアクトーさんは対象外です。あんなのムリムリ」
「……妥当な判断。でも目標としてはどうかと」
「ロボットですから現実的なのです」
 いけしゃあしゃあと言ってのけるスティル。
「それで、なんとかできるの?」
 気を取り直したマナの問いかけに二人が応じる前に
「その相談、お姉さんも混ぜてくれないかしら?」
 と、身を割り込ましたのはKe=i。
「また機械が増えたわ」
「あら? お邪魔?」
「……手が増える事は良いこと」
 アインの応じにKe=iは笑みを返す。
「では改めて状況を整理しましょう」
 スティルはこほんとわざとらしい咳払い。
「さて、恐らくこのままでは見世物ではなく笑えない事が起こるでしょう。
 ……念の為に破壊規模の予測を行うとしまして……」
「測定不能だわ」
 言葉を割り込ましたKe=iにマナはむっとした表情を向けるが、「その通りです」と割り込まれたスティルがそれを認める。
「彼女、急激に強くなりました。そして状況を見る限りあれがリミットではない模様。
 つまり、あれに足し算で強くなるのか、掛け算で強くなるのかすら私達には予想ができません」
「あれ以上って……今でもエンシェントドラゴンみたいな暴れ方してるのよ?」
「恐らくあと2回変身を残しています。古来からのお約束だそうで」
「回数はさておき、あたしもまだ強くなる可能性があるのは同意ね。
 急に強くなったときに側近の黒服が消えたわ。そして残るのはあと2人」
「……あと2人分、強くなる可能性がある」
 アインまで同意してしまえばマナは黙るしかない。
「……それで? わからないまま飛び込むのかしら?」
「……それは無謀」
 もちろんマナも解って言っている。
「……私達はこの状況を生み出した黒幕を叩くべき」
「黒幕?」
「律法の翼ですか?」
 スティルの言葉にアインは頷く。
「……いつものダイアクトーの動きじゃないみたい。ならばこの状況を待ってる人が居ると思う」
「確かに、いつもこうなら呑気に観戦なんかしに来ないわよね」
 すでに周囲では危険を察して会場から避難をはじめている者も少なくない。
 しかしさすがはクロスロード。これくらいでは余興の範囲と腰を据えているものの少なくなかった。
「律法の翼って、自警団みたいな連中かしら?」
「……そう。そしてダイアクトーと敵対している」
「1年くらい前にもここで一戦やらかしたらしいですね。
 現にエンブレムを付けた戦士を何人か確認しました」
「じゃあ、そいつらを倒せばいいのかしら?」
「そう簡単には行かないでしょうね」
 Ke=iが渋面を作る。ダイアクトーの声に彼らと、ついでに面白半分や名を上げることでも目的にしているだろう探索者たちが動き出していた。
「そもそもダイアクトーが狙いなら強くなる前に討てば良い筈だしね。
 今動いているのをどうにかして状況が改善されるかどうか」
「ダイアクトーは自称悪の秘密結社で実際はイベントマスコットみたいなものらしいですからね。
 強くして暴れさせる分には討伐の理由付けになると推測します。
 ただ、今はまだ動いていない何かが存在するというのには同意します」
「それを探すってことかしら?」
「……いざとなったら舞台に飛び込むことも辞さない。
 でも、今は無意味」
 アインが同意を示し、マナは嘆息。
「舞台は舞台であがいてる人たちが居るみたいだしね」
 景気良く吹き飛ばされるヒーロー達を一瞥し、それから広い会場を見渡した。
「二手に分かれて情報収集。黒幕探しかしら?」
「それでいきましょう」
「あたしもそれでいいわ。そっちの二人は仲良しみたいだからスティルさんと組めばいいかしら?」
「……うん。マナさん、行こう?」
「ええ。あ、ちょっと待って」
 小首をかしげるアインを横目にマナは手にしたバスケットを観客席にそっと置く。
「こんなときに持っていく人も居ないでしょうし」
 肩をすくめてそういう少女にアインは無表情ながらに、しかしほんの少しの微笑を作って見せた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「な、なんてことするっスか! あたしの傑作をよくも!」
 鉄くずと成り果てたグシケーンに手を置いて怒鳴りつけるトーマ。かぶっていた帽子を引きちぎるように取ってぎぃぎぃと噛む。
「鬼! 悪魔! ぺったんこ!
 あんたなんかに科学の……」
 あらん限りの罵声を向ける傍らを物凄い速度でヒーローが吹き飛ばされ、掠めていく。
 ぎぎぎと自分の首がロボットになったように振り替えると、壁にべちゃりと張り付いた男の姿があった。コロシアムの防護システムが無ければ赤いシミになっていたかもしれない威力である。
「…………………………」
 視線をダイアクトーに戻す。
 話に聞いていた少女はそこには無く、細い手足の一発でそれなりの力を持つであろうヒーローを力任せに吹き飛ばしている怪物がそこに居た。

 コホンと咳払い。

 幸い先ほどの罵声は戦いの渦中にある少女には届いていなかったらしい。ほっと一安心。
 それから周囲を確認。基本的にヒーローという人種は相手がどんなに強大でも退く訳には行かない。しかしその暴風っぷりにさすがは戦いあぐねいて戦況を見守る者も増えてきた。
 とりあえず結論。今あれに狙われたら確実に「痛い」じゃ済まない。
 熟れたトマトも真っ青な潰れっぷりが自分の身に降り注ぐ可能性大。
 そしてそれは全力でノーサンキュー。
「せ、洗脳がとけたっス!」
 突然珍妙なことを叫びだした少女に周囲のヒーロー達の視線がギロリと向けられた。
 そこで気づく。そういえばさっきグシケーンで思いっきりヒーローを襲撃してしまった。これは失策。
 しかも肝心のダイアクトーからは完全に無視されていた。
「……え、ええとっスね」
 右からも痛い視線。左からも痛い視線。
「やられたー」
 仕方ないのでそのまま仰向けに倒れた。これぞ十八番の死んだフリである。
 周囲のヒーロー達はその余りにも駄目な演技に逆に気を殺がれ、それよりも直接的な脅威であるダイアクトーへと視線をシフト。
「た、たすかったっス」
 そんなことをぽつり呟いたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 そんな光景を視界の端で捉えていたヨンは苦笑いを浮かべて、周囲のヒーローと同じくダイアクトーへと視線を戻す。
「黒服さん」
 足に力を込めて前へ。黒服の間合いに入って呟く。
「私が死んだら家の猫は責任を持って引き取ってくださいね」
「っ! お前っ!」
 その脇をすり抜けてダイアクトーの前へ。
「あんたか。確かVとか言ったかしら?」
 仮面の奥で冷徹な瞳が背筋を凍らす。しかしここで怯んでは手足がまともに動かない。
「まだだ! まだ私の正義は折れていないぞ!」
 ダイアクトーへ、というよりも周囲へとその言葉を発する。
「へぇ。だったらどうするのかしら?」
「決まっているじゃないですか」
 ヨンは───いや、ヒーロー『V』はここでダイアクトーに背を向ける。
「同胞達よ!」
 マイクを使った一声に舞台は静寂を得る。
「悔しいが今は退け! この戦いにはダイアクトーすら裏で操る黒幕が居る!」
 その言葉は動揺を与えるには十分な威力があった。
「なっ! あたしが誰かに操られているとでも言うわけ!」
 背中への怒声をさらに無視。
「いつの日か……いつの日かそれらを打ち倒し、真の平和を導いてくれっ!」
 動揺はヒーロー達も同様。目線を交わし、その言葉を吟味する。
「あんたはどこまでもあたしを馬鹿にするのねっ!」
 急速に膨らむ殺気。ヨンはそこでようやく振り返り構えを取る。
「だ、だが、お前一人で食い止めるつもりか!」
 恐らく種族ヒーローであろう一人がノッた言葉を投げかける。
「少しくらいの時間なら私一人で十分。そしてその時間があればあなた方が真の平和を手に入れるにもまた十分でしょう!」
 その言葉に問いかけたヒーローは身を震わせ
「間違いないのだな……!」
「無論」
「よし、解った。お前が稼ぐその時間、決して無駄にはしない!」
 そう言ってヒーロー達はそれぞれに散っていく。無論何がどう黒幕なのかさっぱり理解していないのだが、彼らはこういうノリに逆らえない生き物なのである。
 それ以外のヒーロー───英雄という名のお節介達はそもそも今回のダイアクトーには不信感を抱いていた。ヨンの言葉の意図を汲み取ってそれぞれに動き出だす。
「一人では荷が重かろう。サポートくらいならしてやる」
「ですね」
 そんな声が背にかけられ、支援の魔術が身に宿る。
「ありがたい」
「……遺言はそれくらいで良いかしら?」
 それは静かな声だった。
 しかしまるで暴風が吹きつけたような圧迫感がヨンの体を貫く。
「あたしが誰かに良い様に扱われてるなんて、そんな侮辱許せない」
 ゴッと鳴ったのは彼女の踏み込んだ足。地面を抉り取って迫る小さな体をヨンは間一髪で回避。速度に伴う風だけで体が持っていかれそうになる中で、必死に体勢を保ち、次の攻撃も回避。
 思ったとおり、その攻撃は余りにも稚拙だ。例えるならば投石器で人間を攻撃するようなもの。当たれば粉みじんになるがその動きは単調で読みやすい。
 唯一の計算外はその速度に伴う暴風だが先ほどかけてもらった支援魔法が地味に利いていた。
 だが、一発貰えば即戦闘不能に持ち込まれるだろう。
「ちょこまかとっ!」
 鋭い一撃を左手で打ち払おうとして、ごぎゃりと嫌な音が響く。圧倒的なパワーに裏づけされた速度が受け流す速度をはるかに超えて左手をねじ折ったのだ。
「ぐっ!」
「これでおしまいっ! あんたなんかじゃ足りないのよっ!」
 足りないという言葉に自分の予想が正しい事を悟る。彼女に英雄と呼ばれるような相手を与えてはいけない。恐らく彼女がこの段階まで力を解放できた理由はトーマのロボットが相応に強かったからだ。
 が、痛みと崩された体勢では次の一撃に対応しきれない。
「吹き飛びなさい!!」
 轟と空気を抉る音を従えた一撃。
 しかしそれはヨンに届く一瞬前に割り込んだロボットへ直撃。同時展開したバリアがその拳を弾きかけて
「邪魔っ!!」
 先に過負荷を起こして破裂する。しかし稼いでもらった一瞬でヨンは安全圏まで退避して、体勢を立て直す。
 ほんの少しだけ視線を向ければKe=iが軽く手を振って自分の目的へと走っていく。
「感謝しますっ!」
「鬱陶しいって言ってるのっ!」
 なお怒りを増しためちゃくちゃな乱打を心臓が凍りつくような恐怖を抱えて避けていく。受け流すことさえ許されず、一歩間違えば衝撃だけで体が崩される恐怖が背を駆け抜けていく。
 相手の体の方が小さいために前に逃げることは難しい。横も小回りが利く分相手が有利。となれば後ろしかなく、しかしこの舞台は無限ではない。
「っ!」
 マントを殴るようにとってダイアクトーへと放つ。暴力はこういうひらひらしたものには力を発揮しづらく、見事に絡まったので一旦リセット。しかしもう同じ手は使えない。
「ジリ貧という言葉が生易しく感じますね」
「っ! あたしはっ! あんたごときにっ!」
「……じゃあ、私も手伝う」
 マントを取り払った瞬間、足が払われて大転倒。
 それをやった主はさっさと距離をとって処刑鎌で風を凪ぐように振るう。
「アインさん」
「……二人ならもう少し時間、稼げる」
「ふっざけるなあぁあああああああ!!」
 爆弾でも爆発したかのような轟音はダイアクトーが地面を叩いた物。
「絶対許さないっ! 泣いても許さないっ!!」
「……危険ですよ」
「……大丈夫。多分」
 ちらり向ける視線の先には憮然としたマナの姿。
「私の防御魔法はそう何度も使えないから。わかっているわよね?」
 こくりと頷いて視線をぎらぎらとしたダイアクトーの瞳と合わせる。
「……戦い方はヨンさんので解った」
「私はヒーロー『V』だ」
「……そこ、重要?」
「重要です。終わった後的な意味で」
 なるほどと頷いて弾丸のように突貫してくるダイアクトーを見据えた。
 ぎりぎりの戦い。その第二幕が開始された。

 *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 はーい。神衣舞ですにょろ。
 というわけでギャグシナリオのつもりがなんかとんでもないことになってます。
 私が一番困ってry
 な、ナンデモナイヨ?

 さて、いろいろと明らかになったことはありますね。
 解決のための手段はいくつか用意されていますが、どこかにたどり着くことを切に願っておりますw
 ではリアクションよろしゅう。 
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/06/29)

「……ノーコン」
 颶風を巻き起こすパンチをなんとかかわしたアインは持ち前のポーカーフェイスを最大限に生かし、そう呟く。
「っ! なんだとぉおおおお!!!」
「制御が甘い」
 下手に紙一重を狙うとあっさり巻き込まれてひき肉にされかねない。それでも単純なパワーに裏打ちされた速度が彼女の体を木の葉扱いするように翻弄していた。
「確かに、甘いですねぇ」
 ヨンが手を抜きまくったパンチをダイアクトーの肩に当てる。彼女が振り返る前に距離をとり、やれやれと肩をすくめる。
「それじゃあ暴れ雄牛と同じですよ。このマントをひらひらさせてあげましょうか?」
 ばさりとマントを広げて見せるVに本当に闘牛のような突進を見せる。
「っ!」
 流石にこれに乗ってくるとは思わなかったヨンの行動が一瞬遅れるが────

「ふぎゃぁっ!?」

 咄嗟にアインが鎌で足を払ったためにどっしゃーーーーっとすさまじい土煙りを上げてダイアクトーが壁際まで滑って行く。
「た、助かりました」
「……構わない。それよりも、これじゃラチが明かない」
 ちらりと周囲に視線を這わせればKe=iとスティルが黒幕探しに奔走している姿がある。しかし千人規模を収納するこの場所ではなかなか成果を出せていないらしい。
「分かっていますがね。今は気を逸らさせるしかないでしょう」
「誘導尋問を仕掛ける」
 きぱりと言い放ったその言葉にヨンは半瞬黙り、
「お任せします」
「こぉぉおおのぉおおおおおおおおおお!」
 どんと地面が音を立てて陥没し、その反動をすべて動エネルギーに変換したダイアクトーが弾丸の勢いで迫ってくる。
 咄嗟にヨンはマントをちぎり取って進路上へ。
「ちょっ!?」
 そのまま二人の傍を暴風を伴って通過、十数メートル先でまた派手な土煙りを上げる。
「本当に闘牛ですね。あれ」
「……何とかなる?」
「次はありませんよ。まさか同じように剣を突き刺すわけにもいかない」
「……わかった」
 うがーと吠えながらマントと格闘している少女に視線を向けて
「時間稼ぎ」
「それしかありませんね」
 ついにマントを取っ払ったダイアクトーは仮面の奥の目を真っ赤にしてそれだけで人を殺せそうな殺意を向けてくる。
「……滑稽ね」
「っ……!」
「……まだ、気付かないの?
 貴方の今の状態が……私たちの作戦で生み出されたって」
 今にも突進しようとしていたダイアクトーの動きが止まる。
「今のあなたは御者のいない暴走馬車。
 真正面に立てば危ないかもしれないけど、そんなものはなんとでもなる」
「……! なんとでもなるって言うなら!」
「して見せた」
 ずばりと言葉が切りこむ。
「……何度地面とキスしたの?」
「があぁあああああああああ!!」
 羞恥が理性を吹き飛ばす。しかしいくら早くともまっすぐの突撃。少なからず武人としての鍛錬を積んだ二人にはなんの事は無い。
 十分に引き付けて左右に分かれるようにステップを踏めば、目標を失ったダイアクトーは左右どちらを追うべきかと迷い、そのまま足をもつれさせてしまう。
「……今の貴女なら簡単に倒せる」
「っさい!!!」
 がばりと立ち上がった所にヨンが踏み込む。
 咄嗟に防御しようとしたダイアクトーだが、しかしヨンは攻撃するわけでもなく、真横をすり抜けるようにして
「ところで貴方をそそのかした『猫』は、こんな喋り方をしていたんじゃないかにゃ?」
 と、一言。
 駆け抜けたヨンが構えをとるが、ダイアクトーは固まったままだ。
 
────当たり、ですか。あの人は何がしたいんですかね。

 ひとりごちて、しかし構えは解かない。
 「お嬢様! このままではやつらの思うつぼです!
 解除してください!!」
 これを機と見て黒服が叫ぶ。
 しかし葛藤故か、ダイアクトーに返事は無い。

「なるほど。今なら確かになんとでもなるな」
「護衛も少なくなったしな」

背後からの声に反応が遅れた。
「ぐぅっ!?」
 横なぎの一撃がVの腹部を襲い、吹き飛ばす。
「随分と硬いスーツだな。ふん、寝てろ」
 刀を持った男がVを薙ぎ払った刀を肩に担いで言い捨てる。
「く……、やめ、ろ!」
「俺たちを邪魔するんならてめえも悪だ」
「まったくね。殺しましょう?」
 もう一人、男につき従う獣人の女が手に持った銃を向けて
「───無垢なる凶弾を我が手より、エーテルロアー!」
 そこに趨勢を見守っていたマナがインターセプト。女の銃を弾きあげ、銃弾は青空へと飲みこまれていった。
「っ! そこのチビ! あんたも殺すよ!」
「いきなり割り込んできて随分な言いぐさね!
 乞食の行いと気付かないのかしら?」
「なにぉううう!!」
 挑発しながらも目は彼らの衣服へ。それぞれにあるのはエンジェルウィングスとは意匠の異なる翼のエンブレム。
「やめとけ。相手にする必要はない。
お前らも余計な事はすんな。もしするというなら────」
周囲に降り立つ人、人、人。
人種も格好もばらばらだが共通するのはそのエンブレム。
「五番隊がお前ら全員を正義の刃の元に切り捨てる」
 飛び道具も魔法も揃った中で動くに動けず「何が正義よ。腐れ外道じゃない!」と憤慨する他ない。
「……」
 そんな中、ゆらりとダイアクトーが動き始める。
「ここまで、お膳立て通りって言うの?」
 無論これだけの戦力が乗り込んでくるとは想定していなかったアインは答えに窮する。
「なら……」
 ぎ、と。大地が鳴る音を聞いた。
「全部踏みつぶせばいいのよね?」
「お、お嬢様っ!?」
「いいわ。全部────全部吹き飛ばしてあげる」

 まずい。
 何かが崩壊した、そんな音が幻と響いた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「飛びこまれてしまいましたか」
 数人の過激派を打倒したものの、流石に人数が人数だった。
 観客席から舞台を見下ろすポリゴンロボはどう動こうかと思考を巡らせる。
「あいつらが黒幕なのかしら?」
 同じく舞台を見下ろすKe=iの言葉にスティルは首を横に振る。
「その割には随分と躊躇っていたようですから」
「そうよね?
 過激派の連中が黒幕じゃないのかしら?」
「……すると、まだ何か起きるのでしょうかね?」
 とりあえず足元で伸びている男をぐいと掴みあげ
「というわけで尋問タイムです。
 貴方達がこれを仕組んだのですか?」
「な、なんでてめえに教える必要が……ぐぎゃぁああああ!?」
 ばちんと音が響き、男が悲鳴を上げる。
「痛覚だけを刺激して見たんだけど。まだ欲しい?」
「ちょ、おま……ぎゃぁああああああああ!?
 しゃ、しゃべります! しゃべります! 俺たちはここでダイアクトーが暴れるって聞いたから確認のためにっ!!」
「つまり、ダイアクトーのあの凄いパワーは貴方達の誘導では無いと?」
「ち、違う! 今だって、好機だからって隊長がっ!」
「……どう思います?」
「まぁ、嘘を吐いているようじゃないわね。
 となると……他に誰が?」
「わからないわよ。わかったら苦労は無いわね」
「なにか心当たりはありますか?」
 ぐいと締めあげて見る。
「な、ないです! ないですってば!
 ……あ」
「あ?」
「い、いや、心あたりと言いますか……。
 バリアの制御装置を解除しようという話が」
「……それ、死人が出ますよね?」
「だねぇ。……で、それはアンタ達が?」
「あ、ああ。
 だが、俺たちだって流儀がある。討伐すべき相手以外をむやみに傷つけるつもりは無い」
「でも、準備はしていると?」
 視線を情報へ。舞台を見渡せる場所に放送室や管制室があるというのは地図で知っている。
「あ、ああ。そうだ」
「……どうします?」
「放っておくと────」
 視線を振り向ける先、取り囲まれたマナが何事か怒鳴りつけている光景が見える。
「シャレじゃ済まなくなりそうね」
 手に余るような状況の中、自らがすべきは何か。
 気を抜けば暗澹たる思いが湧きあがりそうな中で、思考だけが高速で巡っていた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 集団────

 制御を投げ捨てた少女に対し、動きがどうしても鈍化するこの方法はまさしく愚策だったと彼らは思い知る。
 重い音が連続で響く中、包囲の一角があっという間に吹き飛んだ。
「馬鹿がっ! 今お嬢様を取り囲むなどっ!」
 黒服が歯を食いしばるようなくぐもった声で呟く。
「……どういう事?」
「……お嬢様のあの馬力の原因は……『飽食』の罪業によるものだ」
 一瞬の逡巡の後。黒服は呻くように応じる。
「周囲の者の力を食らい、自らの物として振う。
 ……つまり、強き者と、或いは圧倒的な戦力差に相対すればその力は相対的に上がっていく……!」
「……無茶苦茶ね」
 マナの呟きはアインも心を同じくする。
「それだけじゃない。今のお嬢様は4つの罪業を開放している。
 そして……残りも解放しようとしている。このままでは……私も耐えきれん……!」
「つ、つまり、散らせばいいっスか?」
 不意に足元からの声。
 三人が視線を下に向けると
「……っ!?」
 めずらしくアインが表情をひきつらせる。そこには舌をびろんと飛びださせ、黒目がどこかにぐりんと行方不明の少女があった。
 おおよそ女の子がして良い表情ではないのだが、これが彼女の完璧な死んだふりということらしい。
「放送事故レベルね。見苦しいから戻してくれないかしら?」
「し、失礼っスね。……まぁ、鏡を見たくなかった気分っスが」
 表情をノーマルに戻したトーマが銃口のやたらでかいハンドガンのようなものを差し出す。
「……これは?」
「超臭気ガスっス。とりあえず目を空ける事も息すらも拒否したくなるほどの臭いがばら撒かれるっスね」
「……時間稼ぎには使えそうね」
「……遠慮したいけど。背に腹は代えられない」
 少女二人が他に策は無いと暗澹な気持ちでそれを受け取る。
「Vは私が引っ張り出そう。ひと思いに頼む」
「……マナは先に下がってて」
「……うん。悪いけどそうさせてもらうわ」
 そして。

 すぽんという間の抜けた音とともに放たれた弾丸がこつんと騒乱の中心に炸裂し

 阿鼻叫喚の地獄が開幕を告げたのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
はいはーい。神衣舞ですよん。
 というわけで次回か、その次くらいがラストになると思います。
 超臭気ガスのせいで戦闘は一旦中断。モロに食らったダイアクトーはしばらく気絶しますが、精霊術師とかが臭いを散らすので五分も持たない事でしょう。
 さて、クロスロード崩壊の危機がwktkですが、張り切ってリアクションをお願いしますね☆
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/07/11)

「派手にやってるな」
 長銃を肩に担いだ女が阿鼻叫喚の舞台を眺め見る。
「お前も来たのか?」
 腹に響くような低音。体長ゆうに2mの鬼族が、しかし音も無くその傍らに降り立つ。
「ああ。そりゃあな。ったく、下位番隊長が功を焦りやがって」
「功か。そんなものは無意味だとわからんからいつまで経っても成長できんのだ」
 鬼の言葉に女は肩を一つ竦める。
「去年のリベンジはしないのかい?」
「あれは3番隊の作戦だ。俺には何の禍根も無い。
 それに、あのイレギュラーを完全に殺しきるつもりなら、流れに身を任せた作戦なんぞ無意味を通り越して自殺行為だ」
「違い無い。しかし部下連中を共連れにするのは忍びない」
 女は銃身をゆっくりと撫で、すっと目を細める。
「番外隊へ通達。5番隊隊長が作戦中に殉死。体勢立て直しのために総撤退せよ、だ」
 応じる声は無いが、二人には微かに揺らめく気配は掴めている。
「ひでぇ話だ」
 鬼が苦笑を浮かべ、女は口の端をぐぃと吊りあげた。
「あそこで眺めているお嬢様に介入されりゃ、こっちの株が下がるだけさ。
 正義とは高潔であるべしだ。泥沼の展開なんて醜く浅ましい」
「故に正しき制裁を、か」
 大混乱の中でその発砲音はかき消されて誰の耳にも届かない。
 否────例え騒乱が無くともほとんどの者の耳には届く事は無いだろう。
 彼ら二人が居るのは『扉の塔』の中層。
 コロッセオまで10kmは離れたその場所から一発の銃弾は放たれた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「こいつを止めれば……」
 バリアの制御室も兼ねる空港の管制塔のようなそこに入り込んだ男はにぃと笑みを浮かべてスイッチへ手を伸ばす。
 コロシアムはあくまでもスポーツの舞台という点を重視している。その象徴たる機能が舞台に立つ者を致死ダメージから守るバリアだった。
「止めたらあなたのお仲間の方がまずいんじゃないの?」
 ビームソードを突き付けてKe=iが問いかける。
「っ!」
「確かにそうですね。それでも止めようとする意図はどこにあるのでしょうか?」
 同じく部屋に飛び込んできたスティルが構えつつ追従した。
「あいつらは尊い犠牲さ」
 男は血走った瞳で口元を笑みの形に吊り上げる。
「クロスロードの連中は知らない。あのダイアクトーがどれほどの悪かを!
 騙されているんだ! だから教えてやらなきゃなんねえ」
「……意味が分からないわ」
「分からないだろうなぁ。だが、このバリアを止めれば分かるだろうよ。
 あれがクロスロードから見ても規格外れの化け物だってことがよ!」
「私にはあなたのその思考こそが異常と判断できます。
 犠牲者を作り上げ、彼女を悪という偶像に仕立て上げるだけではありませんか」
「違うっ! あれは悪なんだよ! 俺はそれを気付かせてやるだけなのさ!!
 悪は殺せ! 悪は滅ぼせ! 許すな! 許すな! 許すな!!!」
 Ke=iは顔をしかめ、スティルは判断に困ったように硬直する。
「存在その物が悪である者は未来に必ず悪となる。許すな、断罪せよ。断罪だ! そのための礎となり、世にかの悪を知らしめよ!!」
「煩い。あんた、異常だわ」
 埒が明かない。そう割り切ってKe=iは前へと飛び出す。とにかく装置の傍から離さないといつ凶行に走るか分かった物じゃない。
「なめるなっ!!」
 至近距離からの一撃を男は逆に踏み込み、手首を弾きながら更に前進。ハッとした時には左足がずいと前へ踏みだし、フック気味の一撃がKe=iの右肩を打ち抜いた。
「っ!?」
 たまらず転倒した所に追い打ちのスタンピング。女性であろうと容赦するそぶりは無い。顔面を踏みつけ、鼻を折り砕く一撃をスティルの蹴りが迎撃する。
「格闘家ですか」
「邪魔をするなぁああああ!!」
 ダンと床が震えるほどの震脚。大気を打つような鋭い一撃をポリゴンロボは正確に打ち払い、カウンター。
 男はそれを打ち払い、即座に腰を落として足払い。やや無茶な体勢ながら小さく跳ねてかわしながら右足を大きく蹴りあげて男の顎を打ち抜く。
「やったっ!?」
 は、やってないフラグである。錯覚だろうかスティルの表情に焦りのようなものが浮かんだ。手ごたえが無い。男は自ら身をそらし、つま先に顎で乗るようにしながら身を上げ上段蹴りをスティルの左肩に叩き込んだ。
「舐めるなと言っただろう! 下位番隊とはいえ、番隊長にお前程度が敵うと思ったか!」
「スティルさんっ!」
「ダメージはありますが、戦闘の継続は可能です。
 あちらも無理な体勢での攻撃でしたから」
 素早く体勢を立て直し、構えを取りながら、ポリゴンロボは男を見据えた。
「彼がスイッチを押そうとするならばその瞬間にケリをつけます。
 押そうとしなければ足止めができます。何も問題はありません」
「ぬかせ! てめえの頭には豆腐でも詰まっているようだな!」
「いえ、……そういえば何が詰まっているのでしょうね」
 本気の自己疑問なのだが、馬鹿にされたと思ったか男が一気に間合いを詰める。スティルは対応しようとして、左腕が上がらない事に今更気付く。ダメージ計算は当然やっている。が、不可解なしびれが彼の動きを阻害していた。
「震動と言う毒に苛まれろ。テメエの体はもう自由には動かねえ。そっちの女もだ!」
 言われればKe=iも蹴られた腹に不可解な痺れがあり、なかなか立ち上がれない。
「終わりだっ!」
 有無を言わせぬ一撃。
 それがスティルへ届く刹那の瞬間

 ビシッ

 一撃がスティルへと入る。
 しかしそれは完璧な強打には程遠い、ただ痛いだけの不完全な一撃だ。
「……な?」
 ばっと咲いたのは赤の花。
 壁に丸く描かれた血と脳漿の円。
 男は崩れ落ち、ほんの僅かに体を痙攣させてから沈黙した。
「どうなったのですか?」
「……狙撃?」
 男の顔半分が吹き飛んでいた。左から銃弾が飛び込み、脳で破壊力をまき散らした結果、右半分が吹き飛んだのである。そして、超硬質ガラスにはそれを証明するように一つの穴がぽっかり空いていた。
「……Ke=iさん。この銃痕から推測すると、この場所よりも高所からの狙撃と推定されますが」
「同じ意見だわ。そしてそんな場所、そしてその方向って」
 二人の視線が向けられた先には天を貫かんばかりに聳える扉の塔の姿。
「10km先からの狙撃なんて、あり得るわけ?」
「回答不能です。100mの壁がある以上、特殊な観測方法は不可能のはずですが」
 一応は助けられたのだろうから、文句を言うのもお門違いかもしれないが、余りにも常識外れの行為に二人は釈然としないままも、とりあえず目的は果たせたかと一息ついたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 舞台の上は混乱の極みにあった。
 なにしろまともに呼吸ができない。目を開ければ滲みるように痛い。
「────今の、うち……」
 涙目になりながらもアインはダイアクトーが居た位置へと進む。正直視界がかすんでわけが分からない。
(この……あたり?)
 一向に慣れない臭気から逃げ出したいと言う気持ちを抑えて進んだ先に黒服の姿があった。
「……ダイアクトーは?」
「気絶している。能力が悪い方向に働いたらしい」
 安堵ともとれる苦笑を口元に浮かべ、黒服は小柄な少女を抱き上げる。
「撤収、して」
「そのつもりだ。このままうやむやにするのがベストだろう」
 この臭いが全く堪えていないらしく、擦れ擦れな声のアインと違って黒服はしっかりとした語調で応じた。
「他の連中も分離できた。かく乱はまかせておけ」
 コクリと頷いて猛ダッシュ。とにかくこの臭気の立ち込めたエリアからは撤退したい。
それは切なる願いだった。
「あ、アインさん!」
 ガスの中から飛び出してきたアインに声をかけたのはV。彼は周囲の過激派から距離を取るようにアインへと近づき

 少しだけ離れた。

「……流石に失礼」
「い、いや、あの、……すみません」
 臭気の酷さは悲しいほどに体験済みなのでそれ以上は言わずにアインは周囲を確認。
 舞台の上で立ち回る者は随分と数を減らしていた。
「状況は?」
「なんとなくですが、少しずつ撤退しているようです。このまま有耶無耶になれば良いんですがね」
「……ダイアクトーは黒服が確保した」
「それは朗報」
 小さな声で囁く言葉にVは満足げにうなずく。
「ではほんの少し、時間を稼ぐとしましょう」
「……早く終わらせてお風呂入りたい」
「……、ええと。すみません」
 仮面のヒーローVは先ほどの発言をもう一度謝るのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 そこからじりじりと離れていたトーマは沈痛な面持ちで収束しつつある戦場を眺めた。
 思えばグシケーンは強かった。話を聞く限り、グシケーンが強かったからダイアクトーがあれほどパワーアップしたということなのでグシケーンはやはり強かったのだろう。
 すぐ鉄クズになっちゃったけど。
「……だが、こんな所っス」
 戦うだけが能ではない。科学者のあるべき場所は戦場もさることながらその後にも続く。
 自分の活躍の場はそこだ!!

「……早く終わらせてお風呂入りたい」

 そんな言葉が耳に届く。
「……ま、まずは消臭剤っスかね……」
 さすがにこのままだととても恨まれそうだ。なにしろこの臭気ガスは戦闘用。ちょっと洗ったくらいで落ちるほどヤワなものではない。
「じゃないと、怒られるじゃ済まなそうっス」
 とりあえずひと段落つくまでは黙ってようと心に決め、トーマは事の成り行きを見守るのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「さーて、どうしよっかな」
 気の抜けたそんな言葉に即座に反応し、剣は少女の眼前へと突きつけられる。
 が、少女は身じろぎひとつすることなく、視線を舞台の上に固定したままに笑みを零した。
「貴女が、『猫』ですか?」
「にふ。あちし好みの幼女ちん。やふー」
 ひらひらと手を振り、にっこりと笑顔。余りにも人を食った態度だが、少女もまた動じる事は無い。
「……。本当に、ケルドウム・D・アルカ氏にそっくりなのですね」
 その言葉に『猫』は一つ肩をすくめて立ち上がる。
「あちしはケルドウム・D・アルカにゃよ?」
「いえ、彼女とは別人です」
 きっぱりと言い放たれた言葉に猫は初めて不快そうに表情を歪めた。
「あいつとそんなに親しそうじゃないのに、どうして言い切るにゃ?」
「あり方が違います。そして、その胸の内にある恨みが貴女を大きく歪めています」
 青年が動く。首を刎ねる剣の軌道────一流の戦士の息を飲む暇すら与えぬ一撃。それよりもなお早く猫は少女にキスせんばかりに顔を突き合わす。
「気に入らない言葉にゃね」
「……貴女の恨みはクロスロードにも向けられているのですか?」
「……だったら?」
 にこりと、目だけが笑まぬ微笑みを前に少女は歪む事無きまっすぐな意志で告げる。
「貴方は私たちが討つべき悪だと断じます」
「……っ! くく……あははははは」
 一足。それだけで大きく距離をとった猫が、しかしお腹を抱えて笑いを零す。
「いいにゃよ。みんなで楽しむにゃ。
 あちしはもっともっともっと騒ぎを起こすにゃ。もーっとね?」
「……貴女は────来訪者なのですか?」
 少女の問いに猫は笑いを止めてすっと目を細める。
「来訪者でなければ、何だと思うにゃ?」

 問いに返された問い。
 それに少女は一拍の間を置いて応じる。

「『怪物』です」

 猫の姿が消える。
 まるで幻だったかのように。
 それは高速での移動ではなかった。そう、術式は全く分からないが、残留する魔力は明白。つまり────
「……」
 少女と青年はそれぞれの思いを胸に秘めつつ沈黙した。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
さて、そろそろお気づきでしょうが。
ここしばらくの事件の実行犯は猫、あるいはアルルムと呼ばれるアルカそっくりの少女でございます。
どーも、神衣舞です。
本当は彼女の出番はかなり後だったのですが、いろいろとフラグが立った結果、彼女が大暴れする状況となっております。それに引きずられるようにちらほら達人級の存在が舞台に上がってきました。
が、あくまで話の主役は参加者のみなさんです。今回は少々裏を補強ということで彼らの出番を増やしましたが、今後は今まで通りPCの出番がメインとなりますので楽しんでいただけると幸いです。

事件はこれにて収束。
次回は後片付け回となる予定です。
思い思いのリアクションをお願いしますね。
【inv15】ヒーローの名は?
(2011/07/25)

「一応収拾はついた……のかしらね?」
 憮然とした面持ちでKe=iがぼやきを漏らす。
「コロシアムの事?」
 昼下がりとあってか客の姿はまばらだ。純白の酒場はこの時間、主にカフェテリアとして機能しているが、嗜好品の類はは一定以上に第三次産業が発達している世界でなければ上流階級のたしなみとなってしまうため、どうしても客足は遠い。
 そんなこんなでやや暇そうなフィルからの問いかけに、Ke=iは気の乗らない視線を返した。
「ええ。有耶無耶って感じかしら。
 ……色々大惨事があった気がするけど」
「大惨事、ねえ。結構後引いてる感じではあるんだけど」
「?」
「律法の翼で大きないざこざが起きてるみたい。
 去年もコロシアムで神災級の魔術を発動させかけたし、それ以外でも過激派の行動は問題視されてたもの。今回の一件で過激派内でも意見が分かれてるらしくてね」
「……無理もないかな。あんな大惨事の中でバリアシステムを切るなんて真似までしてたし」
「らしいわね。そこで番隊長が一人殺されたって話だけど」
 それを目撃していたKe=iは口をへの字にする。魔術も科学もサポートできないはずの超遠距離からの狙撃。舞台では魔王もかくやという超戦闘能力を持った少女の暴走が起きていた中で、完全において行かれた感がどっと肩にかかった。
「浮かない顔ね?」
「……ええ、まぁ」
「大方状況に振りまわされて凹んだって感じかしら?」
 心中を見抜かれて彼女は苦い顔をする。
「ターミナルはいろんな存在が居るからね。たまにインチキみたいな能力持ちも居るから、気にするよりも、自分の立ち位置を間違えない事に注視した方が良いわよ?」
「インチキな能力ですか?」
「ええ。特に魔法と科学が組み合う時の反応が怖いわね。アルカの造る道具なんて良い例だわ」
 Ke=iも魔術を研究している。その理論はわからないでもない。
「ちわーーっスぅ……」
 へろりと一人の少女が入ってくる。
「いらっしゃい。随分とやつれてるわね」
「ちょっと徹夜した上にクロスロード中をめぐってたっスよ」
「ああ、消臭剤配ってたのね」
 トーマが放った臭気ガスはあの大混乱に終止符を打った一手ではあった。が、なにぶん結果が後引きすぎた。というわけで、特製消臭剤を作って配布していたのである。
「途中から配布を管理組合の人が引き継いでくれたっスから、まだマシっスけどね」
 それでもへにょりとしたトーマにKe=iは「おつかれさま」と苦笑を向ける。
「……なにか、揃ってる?」
 次いでふらりと入ってきたのはアインだった。長い髪がやや重そうなのは先ほどまで風呂にでも入っていたのだろう。
「何の話、してたの?」
「律法の翼がバタバタしてるって内容ね。そういえばダイアクトーの方はどうなったのかしら?」
「戦闘員がコロシアムで修復作業をしていましたね」
 ぬと現れたスティルが淡々と述べた。
「謝りに行ったらきょとんとされてしまいました」
「どうして誤ったんスか?」
「何もできませんでしたからね」
「……別に依頼でもなんでもない。ある意味巻き込まれただけ」
「……」
 ポリゴンロボはしばし停止。
「なるほど、報酬など元々無かったのですね」
 一人納得するスティルに全員首を傾げた。
「それで、ダイアクトーは?」
「ダウンしているそうです。暴れすぎが原因らしいですが。
 しばらくは自宅謹慎させるとのことですね。……外部からの接触を避ける意味でも」
 彼女に良からぬ事を吹き込んだ『誰か』の姿は結局表には出ていない。
 ダイアクトー自身は自分が利用されたとは欠片も思っていないのが一番問題だったりするのだが。
「……結局どういう展開だったの?」
 アップルジュースを注文しつつ、そう問いかけると誰もが口籠る。
「ダイアクトーが大騒ぎして、そこに集まったヒーローとトンパチ。
 そこに律法の翼が乱入して有耶無耶のうちに終わった。というところでしょうか」
 スティルの解説は流れとしてはほぼ完ぺきだろう。が、
「その流れの外側がきな臭すぎたのよね」
「……黒幕の目的も不明。律法の翼が黒幕……?」
「そうでもないっぽいっスよ。
 一番被害受けてるの律法の翼っぽいスからねぇ」
 その不透明さがKe=iの浮かない顔の原因なのだが。
「そういえば、ヨンさんは?」
 戻ってきたフィルが揃いも揃ったメンツを見つつ問いかけると、皆、そう言えばと顔を見合わせる。
「ああ、ヨンさんなら事務所っス」
 へにょりとしたままのトーマの言葉に一同不審げな視線を向ける。
「ヒーローの組織を作るらしいっス」
「ヒーローの組織ですか? ……反ダイアクトー的な?」
 ふむとスティルが質問すると
「本質的には逆じゃないっスかね。でもまぁ、あの乱戦はヒーロー側がばらばらだったのが原因ですし」
「そうね。なんかロボットがヒーローの方を襲ってたし」
 Ke=iの言葉にさりげなく全力で視線を来年の方まで向けるトーマ。「ま、まったく酷い有様だったっスよ」と震える声が店内に響く。
「でも、難しいんじゃないかしら?」
 ぐだぐだな空気をすっと切り裂くようにフィルが言葉を漏らす。
「……難しい?」
「協調性の取れる連中は大抵律法の翼に参加しているもの。
 過激派か、穏健派かはさておくけど、ヨンさんが集めようとしている連中は穏健派に属しそうなメンツでしょ?」
 確かにそう言われればそうかもしれない。
「単独で活動しているのって、結局そう言う所に参加できない人達だろうし……
 集めるのは難航しそうね」
「んー、そうでもなかったっスよ」
 トーマの言葉にフィルは不思議そうに小首をひねる。
「そこそこ人、集まってたっス。
 律法の翼から足抜けしたって人も居たっスね。あとは、やっぱりバラバラに戦ってはどうしようもないと感じたとかなんとか」
「どうしてトーマさんがそんなにお詳しいので?」
「ええと、あのですね。事務所の電球を交換してきたっスよ! 頼まれてっ!」
 グシケーンの事もあるので言えない!って感じでトーマは慌てて取り繕う。
「なるほどね。ただ、それだと過激派からかしら……。
 ますますとがった組織になりそうだわ」
 フィルの心配は恐らく間違ってはいないだろう。
 ───なにしろ、仲間であろうと、その額をぶち抜く連中なのだから。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「では、よろしく」
「ああ、正義のために!」
 固い握手を交わすV様とヒーロー。
 彼の呼び掛けに初日から応じたのは十数名のヒーロー達だった。
 それ以外にも様子を確認しに来たり挨拶だけと顔を出してくれた人も居た。
「先行きは好調、というところでしょうかね」
 組織とは言っても上下関係を持たせるつもりは毛頭なかった。言わばコミュニティだ。個人主義のヒーロー達に横のつながりを持たせ、巨悪に対し一丸となって戦えるための方針づくりである。
 少なくとも。その実は無害なコンパニオン集団であるダイアクトーに死闘を申し込むようでは今後何があるかわかったものじゃない。そんな状態は避けたかった。
「失礼する」
 次の客かと視線を向けたヨンは、その男を知りもしないのに硬直した。
「貴公がV殿か?」
「……え、ええ」
 喉から絞り出すように応じながら、臨戦態勢にもシフトしない体が脂汗だけを流す。
「どのような御用件で?」
「なに、同じ志を掲げる者に挨拶をと」
 その言葉で確信した。
「……失礼ですが。ルマデア・ナイトハウンド氏ですか?」
「自己紹介が遅れて申し訳ない。いかにも」
 律法の翼、その過激派と呼ばれる者達を取りまとめる鋼鉄の騎士。
 写真で見れば硬そうな軍人というイメージしか持たないかもしれないが、直に目の当たりにして、その威圧感は圧巻の一言ではとても足りない。
「できれば良い関係を」
「……え、ええ。そう望みたいところですね」
 殺気ではない。ただ存在が重いのだ。これと似た雰囲気を思い出しVは───ヨンは苦笑いをひきつった頬に拒まれた。
 これほど恐ろしくは無いが、戦場にあるときのある将軍がまさにこれと同じ空気を纏っていた。
「では、短い挨拶だが、これで失礼する」
 周辺の空気を支配し、何事もないかのように去りゆく男の背を見送ってヨンはようやく大きく息を吐いた。
「前途多難、と言うべきでしょうかね」
 その問いに応じる言葉は、彼自身にも見当がつかなかった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
わっほい、ヨン様がなんか面白い事はじめた☆
ども、神衣舞です。ちょっと雲の上な感じのシナリオでしたが、これにて完了となります。
次回はギャグシナリオでちょっと緩めるつもりですが、世界の行く末に関わるシナリオについてはたまにこのレベルのNPCがごろりと出てきますのでよろしゅう。
とにもかくにもお疲れさまでしたー。
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