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【inv16】『その祈りは誰がために』
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/06/04)
「教会からの依頼と思っていたのに」
 ぽつりと少女の唇から零れる呟きが広い談話室に溶けて消える。
 クロスロードで教会と言えばサンロードリバーを跨いで同じ姿を示す双子神殿が有名だが、彼女が今居るのはそこから約50km離れた場所である。
「大迷宮都市の方とは」
 隣に座るポリゴンロボがうんうんと頷きながら応じた。彼もアインと同じく依頼主に詳しい話を聞きに来たのである。
 彼の言葉の通り、ここは大迷宮の地下一階に広がる都市、その一角を占める屋敷の中だ。
「お待たせして申し訳ありません」
 芳しく紅茶が香る中を涼やかな声が凛と響いた。
 癖っけはあるものの美しい銀の髪の少女が恭しくも優雅な礼を見せる。
「私がリリー・フローレンです」
 年は二十歳に届くかどうかだろうか。しかし童顔で愛らしい顔立ちをしているためにそれよりもずっと若く見える。
「この度は私の依頼に応じていただき感謝いたしますわ」
「いえいえ。それで、詳細をお聞かせ願いたいのですが」
「では分かる限りの事を」
 二人の正面に座ると執事が湯気の立つ紅茶を彼女の前に差し出す。
「まず指輪の出所は不明です。これがあなた方に一番調べてもらいたい所でもあります」
 アインが頷き続きを促す。
「次に指輪による回復効果についてはその原理が一切分かっていません。
 『祈りに反応し、回復の効果を齎す』という事象のみが確認されています」
「偽物とかは無いのですか?」
 スティルの問いにリリーはかぶりを振る。
「いくつかは出回ったかもしれませんが、供給量は結構なものなのです。
 これから噂が広まればどうなるかは分かりませんが、まだそういう事態には至っていません」
「なるほど」
 ポリゴンロボが頷くのを見て、リリーは続ける。
「販売を行った者の証言からは複数の入手先が上がっていますが、最後までは追えていません。その全ては見ず知らずの者にタダ同然で貰ったと言う物です」
「……外見は?」
「多種多様です。種族、性別を問わずに。変身か幻影ではないかとも疑っていますが確証はありません」
「……厄介」
 だからこその依頼なのだろうが。
 実際アインはここに来る前に調査を行っていた。が、やはり有力な情報を得る事はできなかった。その反面、指輪についての噂は広まりつつあるように思えた。
「任務の達成条件は……制作者の発見?」
「はい、そうなりますね」
「失礼ですが、その目的は?
 神殿関係者では無いようですが」
 スティルの言葉にリリーはふと笑みをこぼす。
「はい。私は大迷宮都市で商いをさせていただいています」
「……商人? じゃあ、買い付けをしたいの?」
「それも選択肢の一つではありますが……」
 彼女は穏やかに紅茶をひとすすり。静かにそれをソーサーに戻し
「市場の安定化が主目的です。これが広まれば回復アイテムの市場は混乱するでしょうから。それに一つの市場の動揺は他の商品にも影響を与えます。自由気ままなクロスロードはその辺りの抑えを全くしませんからね」
 困った物ですと、ほんのわずかに柳眉を歪めて、リリーはほうと吐息を漏らした。
「……神殿も?」
「『双子神殿』そのものはある意味無宗教ですよ?」
 さらりと応じる言葉にアインは訝しげに眉根を寄せる。
「あれは祈りの場として用意されているもので、あの神殿特有の神が設定されているわけではありません。そもそも万単位の世界とアクセスしているこのターミナルで特定宗教が幅を利かせられる道理がありませんから。
 唯一の例外は数千人単位でこの地に住まう永遠信教世界の天使ですが……。彼らは帰る手段が優先であり、布教活動なんて一切行っていませんからね」
「……だから、神殿は動かない?」
「個人単位で動いている司祭は居るかもしれませんが」
 なるほどとアインは頷く、よくよく考えれば宗教云々の前に普通に神族がそこら辺を歩いている可能性もある土地だ。本人達を前に不況もあったものではない。特に単一神教はその教義を口にするだけ恥をかくと言う物だ。少なくともクロスロードで唱える物ではない。
「地道に追っていくしかないようですね」
「だから人手を求めたのです。よろしくお願いしますね」
 花が咲いたような笑みを受けて二人は頷いた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ただ同然で配られる奇跡の指輪ね……」
 ころりと掌で転がして、胡散臭そうに眺める。
 彼女はその生い立ちからして神に近い立場にある。だからそんな陳腐な文句は酷くきな臭いと感じていた。
「……ただで起きる奇跡なんてあるはずが無い」
 彼女の常識から言えばそれは絶対だ。
 しかし問題としてそれが現実に起きている。
 街を彷徨い指輪を売っていた彼女は2人の商人を見つける事に成功していた。共に「たくさん欲しい」と申し出て見たところ彼らは酷く渋った。よくよく話を聞くとどうも転売を恐れて嫌ったようであったので仕方なく一つずつ手に入れて来たという状況だ。
 ほっそりとした指に飾り気のない指輪をはめる。特に呪いだとか外れないだとか、そう言う感じは無いようだ。
 それからピとナイフで指先を小さく斬り、ちょっとした痛みに顔をしかめると、指輪へと意識を向けた。
 ほんの少しの虚脱感は魔法を行使するときの物と似ている、が、戦闘をしている最中なら気にもならない程度だろう。しかし確かに奇跡は成った。
「……本当に治ったわね」
 傷は無く、名残のように血が残るばかりだ。それを拭えば跡も無い。
「魔術反応は……分からなかったわね」
 なにかは起きた。しかしその正体は判然としない。精霊が干渉したようにも思えない。確かにこれを『奇跡』と称されれば信じかねない代物だ。
 もう一つをころりと机の上に転がすと、彼女は先ほどのナイフを突き立てて見る。

 がぎっ

 鉄か、それに近い物を抉った感覚と共に指輪は机と刃から逃げるように飛び、壁に当たって落ちた。それを拾い上げ見てみるとしっかりと傷が付いている。
「思った以上に脆いわね」
 呟いて宙に投げ、
「えいっ」
 魔法一閃。
 それで指輪はあっさり力に飲み込まれぐずぐずの金属片になってしまった。
「……」
 拍子抜けするほどに脆い。マジックアイテムであればもう少し強度があっても良い物ではないかと思うぐらいに。
「ただの金属指輪? じゃあ、どうして回復するの?」
 問いに応じる者は居ない。
 しばし考えを巡らせるがやがて彼女はひとつ大きな息を吐いて残った一個を手に外へと歩き出す。
 もう少しいろんな情報が必要だ。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「主成分は鉄。内部に機構は無し」
 出てきたデータにきゅっと眉根を寄せる。
 Ke=iは台座の上で沈黙する指輪に訝しげな視線を向けた。
 手に入れた指輪を機械的に捜査しているのだが、出てきたデータだけを見ればそこらの露店で売っているアクセサリーと何ら変わりない。むしろ貴金属系を使っていない上に余りにもシンプルなデザインのため、それよりも劣るかもしれない、
「これがなんで奇跡を起こすのか、ね」
 なにか特殊な成分でも含まれているならそこから追う手もあったが、どうにもそんな様子は無い。含有率がコンマ以下の金属が妙な効果を起こすということも多重に世界が繋がるこの世界ではありえない事では無いが、考え難い話ではある。
「多分加工は機械ね。手作りにしては流通量が多すぎるし、加工が正確だわ」
 念のために2つほど入手したのだが、どちらも形状はほぼ一致していた。二つを握りこんでぐるりと回せば、どっちがどっちだか分からなくなるだろう。
「確か入市管理場では持ち物検査はしていないのよね……」
 そのためにクロスロードではたまに麻薬やそれに準じる物を無作為に売りさばいた『行者』が賞金首に挙げられる事もある。
「でも鋳造ではないのよね……。確かに『加工』の跡がある。
 つまりは誰かがなにかを意図しているとは思うんだけど……」
 それが見えない、掴めない。
「魔法的な物かしら?」
 確か他にも調査をしている者は居るはずだが……。
そもそれならば『奇跡』だなんて珍妙な表現はせずに最初から『マジックアイテム』と称されている気もする。
「なにか奇妙なのよね。同じ形に意図して加工されているけど、その中身は一切分からない。でも効果は確実に出ている」
 量産できる奇跡。免罪符のような形だけの物で無い奇跡。
「なにか、見落としている気がする」
 がしりと頭を掻いて天井を見上げる。
「とにかく流通を追いかけ直してみましょうか。卸し主に会えれば一気に進展しそうだけど……」
 どうにも会える気がしないのは何故だろうか。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 原人が松明を掲げていた。
 その目には強い意志と達成感。自分が一番上手く火を使いこなせるんだと言う強い主張が全身から満ち溢れていた。
 周囲の原人がそれを湛える。それは同時に自分達の未来への賛辞。
 感動的な光景だった。
 本当に────感動的な──────

『降りる駅です』
「はい」

 トーマは妄想をさっくり切りあげて座席から腰をあげた。
 路面電車から降りて珍しく晴れ渡った空を見上げる。それから方向を確認して歩き始めた。
 はて、自分は何故原人達の感動ドキュメンタリーの妄想をしていたのだろうか? そこに今回の事件にまつわる重要なヒントがある気がして仕方ないのだが、どうしてもその真理にたどり着けない。
 たどり着けないのでぽいと投げ捨てて正面を見れば『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の看板と扉。
「鼻ちょうちん居るっスか?」
 からんとカウベルの音を頭上に聞きつつ鎮まった空気の店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
 カウンターに座るのは背に純白の翼を背負った女性だった。
「あ、鼻ちょうちん居るっスか?」
「……え? 鼻……?」
 女性が面くらったような顔をしたのでおかしいなぁと思いつつ
「青い髪ですぐ寝る子っス」と説明を追加すると、女性はその表情を苦笑に変えて
「ユイさんの事ですか? そこにいますよ?」
 その視線を追えば、右手のテーブルにつっぷして寝てる少女の姿。
「ああ、居たっス。おーい、鼻ちょうちん!」
「……多分起きないと思いますよ。さっき上がってきてそのまま倒れましたから」
「徹夜っスか?」
「多分3日くらい」
「良くある事っスね」
 興が乗ればその程度はザラというのが研究畑だ。
「どういった御用件ですか?」
「いや、鼻ちょうちんに『指輪』の解析の手伝いをと思って」
 その言葉に女性は穏やかな顔にほんの少しだけ渋みを持たせて「ユイさんは機械工学専門ですから、ご期待には添えないと思います」と告げた。
「まるで機械じゃ分からないような言い方っスね」
「確かリリーさんが出した依頼ですよね?」
 ずばり良い当てられてトーマは「何者っ!?」とずざり下がりつつ警戒をあらわにする。
「ああ、申し遅れました。私はこの店の従業員のアーティルフェイム・ルティアと申します」
「これはこれはご丁寧に。トーマ=リピンスキーっス」
 お辞儀を返してそれからしばらく停止。
「して、鼻ちょうちんでは分からないというのはどういう意味っスか?」
「えっと、ユイさんって呼んであげて欲しいのですけど……」
 苦笑いをしつつ、彼女は一旦瞼を閉じ、
「『概念』を御存知ですか?」
「概念っス? 「こんな感じのもの」って言う抽象的なヤツっすよね?」
 トーマの回答にルティアは頷き
「原理は私にもわかりませんが、効果に関しては『概念魔術』に近いものだと考えています」
「がいねんまじゅつ?」
 聞いた事のない単語にトーマは首をぎゅんと傾げる。
「言葉としては聞きませんがこのターミナルでは珍しい話では無いのです。
 例えば『来訪者』。私達『来訪者』は等しく『共通言語の加護』を得ていますよね?」
「ああ、異世界の人とでもおしゃべりできるのはそれのおかげって話っスよね?」
「本来術式には『対象』と『変化の内容』を定義する必要があります。
 そうですね……犬用のお薬を人間に与えてはいけないような物です」
「でもみんなその恩恵を受けてるっスね?」
「はい。これは『この地に訪れた者に等しく共通言語能力を与える』という加護だからです。先ほどの例で言えば犬や人間という種族の差はもとより、木や岩でさえ効果を及ぼす薬を作るような物なんです」
「そんなのアリなんスか?」
 と言いつつ、確かにロボットだろうが人間だろうがはたまた神や悪魔でも『来訪者』である限り共通言語を話しているのは事実だ。
「一部世界でも概念魔術は存在しています。起きる事象を定義するだけの主語を持たない魔術です」
「じゃあ、これもそうだと言うんスか?」
「分かりません」
 きぱりと言われてトーマはつんのめる。
「ただ似ていると言うだけです。それならば死霊でもなんでも『祈る』事ができれば『回復』するのですから」
「確かにそうっスね」
 ふむりと頷いてちょっと考えるが、結構『だから何だ』状態である。
「どちらかと言うと私はその指輪を配っている意図の方が気にかかります。
 制作者が何故『祈り』を媒介にしようとしたのか、を」
「分かりやすい集中つーか、起動方法だからじゃないんスか?」
「確かに、その可能性もありますね」
 だが、別の可能性もあるとでも言うように、しかしそれは言葉にならずに沈黙へと消えた。
「とりあえず参考にしてみるっス。ではっ!」
「はい。暗いですからお気をつけて」
 ばんと外に飛び出せば確かに外は真っ暗だ。
「あれ? 今何時っスか?」
『0時21分です」
 それほど長い時間話しこんでいたのか……
 なんとなく店に着いた時にすでにどっぷり深夜だった気もするが、原人達が大喜びしてたので問題無いということにして、トーマは次なる場所はどこかと走り始めた。
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原人って何だよ!?(笑
はい、神衣舞です。トーマのリアクションが毎度酷くなっていってる気がしますが、全部乗っけるわけにもいかんなーと悩む今日この頃。
さて、今回各参加者が得た情報は別ルートで得た事にしても構いません。もちろん情報交換に向かうというのもアリです。
次回も調査パートの予定です。
それではリアクションをお願いします。
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