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【inv16】『その祈りは誰がために』
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/06/13)
 少女が一人、やや不機嫌そうに座っていた。

 ここはクロスロードにあるトアル酒場。がやがやと多種多様な声と会話が飛び交い、消えていくその端々を捕まえつつ、マナはこそりとため息を吐く。
 彼女が求める情報───詰まる所『指輪』に関する物はいくばくか混じっているが、そのほとんどが「便利だ」か「薄気味悪い」のどちらかだ。大抵は便利と思えば使うし、薄気味悪いなら捨ててしまう。探索者というのは実利主義が多い物である。
「……ちょっと良い?」
 不意に声をかけられて、鬱陶しげに振り返ると見た事あるような顔があった。
「……マナ、だっけ?」
「そうよ、アイン。私に何か用でもあるのかしら?」
「……」
 しばし如何しようかと逡巡したらしいが、やがて横に座って一息。
「回復効果のある指輪、知ってる?」
「貴方もそれを調べているのね」
 無表情がほんの僅かに動くのを見て、手慰みだったグラスをほんの少しあおぐ。
「……そっちも?」
「貴方と目的は同じと思うわ。成果が挙がっていないところまで同じようだけど」
 アインは「……そう」と呟いて目を閉じる。
「情報交換したい」
「構わないわ」
 無為に流れている会話にも意識を向けつつ見解を交わすが、大したことはやはりわからないというのがお互いの感想だった。
「十人近い人が調べ回って大した事が分かっていないのも妙だわ」
 やがて、マナはそう零した。
「……確かに。分からない事が分かった感じがする」
「面白い表現ね。でも魔法も科学も、それ以外の力もあるこの世界で調べが付かない事なんてあるのかしら?」
 その問いかけにアインは応じる事ができずに黙りこくる。
「少し考えたのはこの指輪自体には大した力が無いというパターン。
 つまり受信機でしかないから調べても何もわからないというシステム」
「……でも、そうなら送受信の術式か機械が仕込まれている?」
 そう突っ込まれるとマナは「む」と眉根を寄せる。
「……使用者には何人か話を聞けた。使う時にちょっと疲れるという話だけ。でもこれはマジックアイテムなら普通の事だからみんな余り気にしていなかった」
「何度使っても?」
「……うん」
「体が浸食されていると言う事もないのかしらね」
「詳しく調べないとそこは分からない。でも、そんな様子はなかった。
 ……体調、思考、習慣が変わったと言う事もないみたい」
「……ただ同然で配るって事しなければ怪しむ事さえなかったわね。それ」
 確かにとアインは頷く。
「お客さん、注文は?」
 席に着いたばかりのアインに店員が話しかけてくる。
「……なにか飲み物。聞いて良い?」
「なんでしょう?」
「……この指輪、知ってる?」
 掌に載せたそれを店員はちらり見ただけで「ああ、例の指輪ですか」と頷く。
「最近持つ人が増え始めてますね。気味悪がって着けない人も居ますけど、特に変なうわさも出てこないから注目が高まってますよ」
「小さなことでも良いんだけど、使った人に悪影響とか無いのかしら?」
「聞きませんね。強いて言えば若干疲労する事ですが、マジックアイテムならば珍しい話でもありませんし」
「……卸し元に覚えは?」
「いえ、とんと。
 ただひと気の少ない裏道で遭遇できるって噂なら聞きましたね。何人かの商人がそれを信じてうろついてるって話ですよ」
「……そう。ありがとう」
「いえ、じゃあエール持ってきますね」
 アインはこくんと頷いて店員の背中を見送る。
「……ひと気の少ない道、か」
「このクロスロードにどれだけあるのかしらね」
 そもそもこのクロスロードは居住可能人数30万人に対し、10万人以下の人口しか居ない。衛星都市や大迷宮都市ができたために拠点をそちらに移す者や、仕事のために街を離れている者も少なくなく、平時の人口は5万程度だと言われている。
「下手すれば普通の大通りでも人がまばらな時があるのに」
「……難儀」
 喧噪のなかで二人の少女はどうしたものかと天井を見上げるのだった。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

「概念魔術……ねぇ」
 その言葉を施療院のスタッフから得たKe=iはどうしたもんかと呟きを漏らす。
「科学的分析は手詰まり。なにか判ると思って来て見たものの」
 施療院の建物を振り返って肩をすくめる。
 彼らの回答は「治癒ではなく回復である。健全と推測される状態に戻る現象が起きている」との事。そして物質を問わないこの性質は数多ある魔術の中でも時間に属する魔術か、はたまた概念に属する魔術であると推測される。
 『推測』という言葉が付くのは発動している力を彼らも様々な方向から解析したがひとかけらの情報も得られなかった事による。
「天下の施療院がこの有様とすれば……、まっとうな方法で調べるのは無理なのかしらね」
 そもそもKe=iは科学系世界の出身だ。魔術は畑違い。なんとなくイメージができてもその中身は欠片も想像が及ばない。
「他に動いている人達捕まえて話を聞くか同行させてもらおうかしら。
 アプローチの仕方からしてあたしと違うだろうし」
 そう呟いていると
「夢を見ていたんだ」
 なんかささやかれた。
「とても遠く長く悲しい夢を。
 そして君に出会った────」
 ポエムを口ずさむのは良いが、どことなくというか全体的に単調に言われてKe=iは訝しげにポリゴンロボを見据えた。
「いや、場を和ませる冗談ですが。だってプログラムは夢を見ませんし」
「ごめん、展開が早すぎて着いて行けないわ」
 失敗ですかと首を傾げるスティルをうろんげに見つつ
「ところでKe=iさんも指輪関係の調査ですか?」
「ええ、あなたも?」
「はい。しかし行き詰っています。アインさんとも協力しているのですが同じような話ばかりでして」
「みんな同じ、か」
 まるで入口が最初っから存在していない家への侵入方法を調べているような気分だ。壁を壊したいが、下手に壊せばあっさり倒壊してしまう。
「これ、魔法の産物だと思う?」
「確率的には魔術サイドの技術かと。機械技術は汎用性と確実性がウリで、奇跡と呼ばれる現象には縁遠い物です」
 プログラムが人格を得て物質化したなどと言う奇跡じみた生い立ちのポリゴンロボがしたり顔でそんな事を言う。
「なので調べるのはもうアインさんに任せて私は売り手を探そうと考えまして」
「確かにそっちの方が実入りはありそうだけどね」
「とは言え、何人かの人に聞いても場所がまちまちでして。
 適当に歩いていたところKe=iさんを見つけたと言う経緯です」
 なるほどと呟いて黙考。
「つまり、手がかりは無しって事ね」
「その通りです」
 きっぱりと言い切られてちょっと疲れが出た。
「ちなみにあちらの方も同じ境遇のようです」
「え?」
 スティルの指さす先に視線を向けると
「つまり、あれっスね。挫折を知らない天才少女が初めての壁にぶち当たって意気消沈するという、あれっス……」
 道のど真ん中で打ちひしがれている少女が一人。
「あたしのプライドはボロボロっスよ。魔術にも少しは見識を得て来たと思ったのに、全く手が届かないなんて屈辱っス……!」
 余りにもアクションも声も大げさなので、通行人が演劇の練習かなにかと訝しげに取り囲んでいた。
「ええと、どうする?」
「回収しましょうか」
「もう少し人が捌けてからの方が気持ちが楽なんだけど」
 発明少女の自嘲劇は壮大な領域にぐいぐいと入っていくばかりで止まりそうにない。仕方ないとKe=iは一つ頷いた。
 それに応じ、スティルがすたすたとトーマへと接近。
「立つのです!」
 声を張り上げた。
「なっ! 誰っスか!?」
「貴方はこんなところでくじけるような人では無いはず!
 困難が何ですか! 苦悩が何ですか! 立ち上がり前に進めば開けない道は無く、破れない壁は無いのです!」
「ちょっとこら、誰が演劇に加われって言ったのよっ!!」
 手持ちのスパナを投げつけて怒鳴ると、それを頭部に衝突させスコーンと良い音を響かせたスティルが「演劇のプログラムも多少持ち合わせておりまして」としたり顔で返答。
「って、スティルさんとKe=iさんじゃないっスか。偶然っスね」
 今さっきまでの悲嘆はなんだったのかと言う程さっぱりした顔であいさつしてくる。
「偶然は偶然なんだけどね……。なにをしてたわけ?」
 もう終わりかと野次馬が散るのを横目に問いかけると
「実験をしてたっスよ」
 右手に着けた指輪をひらひらと見せながらトーマは軽く応じた。
「これを付けて歩いたりたまに使ってみたりしてたっス」
「ねえ、どうして演劇しなきゃならなかったわけ?」
「演劇? なんのことっスか?」
「……いえ、別に良いわ。それで、なにか判った?」
 Ke=iの問いにトーマは突然顔に縦線を引いて
「……ふ。あたしはダメダメっス。何一つ分からない小娘っスよ」
 といじけ始めた。
「面倒な子ね……」
「非常にトーマさんらしいと考えます」
 ポリゴンロボの冷静な見解に肩を竦めるしかない。
「やっぱり使ってもつけっぱなしでも異常はないわけね。
 となるとますます原理が分からないのが気に入らないわね」
「他の人も調べてるらしいっスけどさっぱりっスよ。
 こー、なんて言うんスかね。基本的な事を間違えたまま続けて、完成させてしまったような感じっス。で基本的過ぎてどこ間違えてるのかわからない感じ」
「我々はなにかを見落としていると、そうおっしゃりたいのですか?」
「わっかんないっス。なんとなくっスよ。これじゃ天才少女失格っス! うぉおおおん」
 なんか無き真似はじめたトーマはさておき
「確かになにか見落としている事はあるかもしれませんね」
「……そうね。大元が何を企んでいるのかはさっぱりだけし、あたしたちに不用意に接触してくるかもわからないし」
「アプローチを変えないと駄目ですかね」
「とはいえ、どう変えるかが難問なのよね」
 一体この街でなにが起ころうとしているのか。
 言われてみれば確かに胸裏を掠める「根本的な間違い」を探るようにKe=iは目を閉じた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「こんなもの大量生産できるんですかね?」
『大量生産技術は機械技術がある程度発達した世界では広く見られる』
「クロスロードでも?」
『クロスロード内に該当する工場は存在せず』
 ですよねとPBの回答に頷きを返す。
 クロスロードの生産品と言えば工房を持つ職人が作る程度だ。中〜大規模な工場などどこにもない。一番大きい所で施術殷が有するポーション精製炉や用途は違うがエンジェルウィングスの本部集分配場というところか。
「加工自体は難しくないんですか?」
『鋳造であれば炉と型があれば技術的には用意。ただし急速に冷却させた場合ひび割れなどが発生するため長いコンベアが必要』
 しかしそれはクロスロードには無い。
「……外の世界から持ってきているんですかね」
 だとすれば指輪の事が広まりつつあるこの時期、持ち込んだ人が目立ちそうな者だが。
「すみません」
 と、顔を出したのは小さな工房の一つだ。
「こういう物を作ってる所を探しているんですが、心当たりはありませんか?」
「ああ? ……こいつは鋳造品か? ちゃちな仕事だな」
 ドワーフの男は不機嫌そうに指輪を睨む。
「ちゃち、ですか?」
「溶かした鉄を型に流し込んだだけのシロモンだ。魂が籠ってねえよ」
 これまで聞いてきたどの工房でも大体同じ事を言われたのでヨンは「なるほど」と軽く流す。
「やはり作っている所に心当たりは無いですかね」
「無いな。いや、」
 またハズレかと落胆しかけたが、ふいにあごひげを撫でて考え始めたドワーフに視線を戻し
「なにか心当たりが?」
「いや、ちと聞いた話なんだがな。
 大迷宮都市で適当な生活用品を作る工場を作るだかなんだかは聞いた覚えがあるな。
 そんな場当たり的な品物じゃすぐ壊れるんだろうけどよ」
「……大迷宮都市、ですか」
 今もダンジョンの一部を改装し変化し続けるその都市は依頼主が住む場所でもある。
「兄ちゃんも悪い事は言わねえ。そんな安物よりも俺が作るもんを買っておくんだな。一生使えるぜ」
 ヴァンパイアが一生使えると言うのもなかなかの発言だが、ドワーフの作った品物なら確かにそれもあり得る。
「……一つお願いしましょうか」
 情報のお礼として、とは口に出さずにヨンは視線を周囲に走らせる。
 さて、これは当たりの情報でしょうかね。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふぅ」
 実験をはじめてもう何時間になるだろうか。
 クネスが居るのは特殊な結界の中だ。その中から魔力を一切排除し、指輪だけを持ちこんで立っている。
 祈り。それに対してしかしこんな空間でも指輪は確実に反応した。
「反応した上で、力の一部が何処かに漏れている……?」
 回復の力は明確に働いている。しかしほんのわずか、どんなに注視しても見逃しそうなほどの小さな力が指輪から漏れ出て何処かへと行こうとしている。
 こんな魔力的真空を作らない限り、大気に含まれる魔力に交じって気付かない程度の力だった。
「……抽出できても何の力なのかさっぱりね」
 それが単なる特異的な現象で無い事は繰り返しの行使ではっきりした。しかしいずれもその漏れた力の解析は失敗に終わっている。
 漏れだす方向は上。天空に立ち上るようにして微かな力は彷徨い漏れる。
「上、ねぇ」
 ターミナルに置いて空は何に増しても危険領域だ。おいそれ見に行くなんて事をすればどうなるか知れたものではない。
「まさか天空城があるなんて事は無いと思うけど」
 そんな物があれば多種多様な感覚器を持つこのクロスロードの住民から逃れることなどできないだろう。例え100mの壁に魔術的な広域探査が阻害されるとしても太陽の光などの妙な屈折に気付く人種は存在する。
「……でも、空なのよね」
 クネスは指輪を掌に転がして呟く。
 正確にはやや南寄りの空。
 そこに何があると言うのか。
「あったとしてもろくなものじゃないと思うけどね」
 そうひとりごちて、クネスは結界を解き始めるのだった。
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はぁーい(=ω=)ノ 神衣舞です。
 というわけでその祈りは誰がために?その2をお送りします。
 調査組は難航しておりますが、流石に数名妙な所を突いてくるのが居ますな。うひ。
 さてリアクション次第では次回は「転」に入ると思われます。
 場合によってはこのシナリオもかるーく世界の危機に突入しますので張り切ってリアクションをおねがいしますね☆
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