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【inv16】『その祈りは誰がために』
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/06/24)
「お嬢様」
 執務室に現れた執事は恭しくこうべを垂れる。
「お客様がお見えになっております」
「依頼した探索者の方かしら?」
「はい。この大迷宮都市に『工場』かそれに類するものが無いかを尋ねに来たとか」
「……。
そうですか。私が直接お会いします。それまではもてなしておいてください」
「かしこまりました」
 部屋を出た執事を見送り、少女は吐息を吐いた。
 深く────忌々しげに。

「ようやくこっちに来やがったか。ったく」

 清楚で可憐を絵に描いたような少女には余りにも不似合いな、粗野な言葉が漏れる。
「俺が依頼したんだからこっちを疑ってろってんだ。
 まぁ、良い。ようやく話が進められる」
 もしこれを見る者が居れば二重人格でも疑ったかもしれない。それほどの豹変をまたあっさり微笑に隠して少女は歩き始める。
 客人を待たしている応接間へ向けて。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「あら、お兄さん、その指輪」
 ふわりと宙に浮く少女から声をかけられた男がニィと笑う。
「良いだろ? こいつ便利なんだぜ?
 最近じゃ欲しがる奴が増えてるらしいんだが、さっさと手に入れた俺は勝ち組だな」
 と、自慢するように手を掲げた男は、少女の可哀そうな物を見るような視線に表情を困惑へとシフトチェンジ。
「な、なんだよ?」
「知らないの? その指輪付けてた人が急死したという話」
「は?」
「他にも早いうちから使ってる人が酷い不運に見舞われて死にかけたりとか……」
「お、おいおいお嬢さん。この指輪が欲しいからって嘘を言ってるんじゃ……」
「嘘かどうかなんて調べれば分かる事だわ。
 ……と、言いたい所だけど。その指輪がどうして癒しの力を発するのか、誰ひとり調べる事ができていないのよね」
 やっぱり嘘かよと言いかけた男の口が止まる。
 それを見て取って少女───マナは酷薄な笑みを浮かべる。
「どんな原理で動いているかもしれない物をずっと身に付けておくなんて私にはできない事よ。お兄さんは勇気があるのね」
「っ!」
 実際この指輪の原理が分からないという話は耳にしている。だから安易に「奇跡」などという言葉でくくられているのだが、実際にはどんな「代償」が支払われているのかだれにも分かっていないという事。
「お兄さんがそんな不運に見舞われない事をお祈りしておくわ」
 言いたい事だけを言ってふらりと去っていく少女を追いかける事も出来ず、男はじっと指輪を見つめた。
 便利と思っていた道具をとても恐ろしい物を見るような、そんな様子で────

 ◆◇◆◇◆◇◆

「どうにも方法が間違ってるような気がするのよねぇ」
 Ke=iはため息半分に呟いた。
 科学的にも、そして他の探索者の言葉を信じれば魔法的にもこの指輪がなんなのかさっぱりわからなかった。超能力や超科学と呼ばれる物もこのクロスロードには存在するが、そう言う物だとしても一切解析ができないというのはちょっと考え難い。
 誰もかれも八方ふさがりと言う事で、同じ調査をしている面々には情報をやりとりする話は付けているが、芳しい話は全くない。
「この世界で作られた物なのかしらね?」
 よっぽど独創的な世界から持ち込まれた物なのだろうか?
 それにしたって
「ねぇ、例えば三千世界を見渡してオンリーワンの魔法技術とか物理法則を使った物って解析可能なのかしら?」
『正確な回答は不可能。ただし共通言語の加護は魔術式や化学式にも適応します』
PBからの不正確な回答はまぁ、当然だろう。
「つまり、どんな独特な式でも『結果は回復する』っていう記述は読めると思って良いわけね?」
『共通言語の加護に措いて、例外は報告されていません。
 唯一『怪物』の使う言語のみがこの適用外となります』
「そう」
 なにか引っかかるような気がするが、とりあえず今自分が調べられる事と言えば卸し主を見つける事だろうか。
「エンジェルウィングスとかで金属の流通を調べる事ってできるのかしら?」
『エンジェルウィングスでは輸送品の情報を公開していません』
「……問屋的な物は?」
『数件あります。金属に限定すれば4店』
「大量にこういう鋳物を作れそうな工場は?」
『クロスロードに該当する建物はありません』
 ふむと頷き悩んで
「まずは問屋を当たってみようかしら」
 止まっていても仕方ない。
 そう考えて動き出したKe=iは2件目でひとつの情報を得る事になる。
「やたら喋るダチョウみたいな探索者が大量に購入して行ったよ。
 大迷宮都市に送ってくれなんて言われたねぇ」

 ◆◇◆◇◆◇◆

「『ゆっくりしていってね!』」
 いきなりそんな事を言い始めたポリゴンロボにアインはいつもの冷淡な視線を更に温度下げて見つめる。
「……いえ、なんとなく言わねばならない気がしました」
 謎の使命感がスティルを突き動かした結果だった。全く以て意味は無いのは間違いないのだが。
 とりあえずアインとスティルは気を取り直して情報交換を行う。芳しくないという結果のみの空しい物ではあるのだが。
「クロスロードに最近来た人の仕業というセンも考えたのですが」
「……持ち込んだ?」
「ええ。もちろんこの地で可能不可能を論じるのは無意味と考えますので、可能性の一つではありますが、こうも探してこれだけ大規模な行動を見咎める事が出来ないというのは不可解ですからね」
「……方法はあるのかしら?」
「地道に聞きこみでしょうかね。これを配布し始めた最初の一人を見つける頃ができれば一番なのですが」
「……時期がそこまで明確ではない」
「なんですよね。同じ日、あるいは翌日くらいの差で複数人の商人に卸していればどこが最初かなんてさっぱりですし」
「……派手に探す方が良いのかも」
「つまり、あちら側に出てきてもらうという事ですか?」
「……マナさんがそう言う方法を取り始めていた。
 指輪は危険って触れまわる」
「ふむ。現状得体の知れない物である事は間違いありませんからね。
 否定しきれない噂というわけですか」
「派手に探しながら同じ事をすれば、接触してくる可能性は増すと思う」
「犯人の目的は指輪の頒布と推測すれば、ですが。
 ただ同然で卸している以上、そう考えない方がおかしいですかね」
 腕組みするポリゴンロボは不意に背後を振り返る。接近する人影に覚えあり。
「くじけそうっス」
 半分涙目でふらーと歩くトーマをがしり掴み、空いている椅子に恭しく座らせてみる。
「おお、おおう? スティルさんにアインさんじゃないっスか」
「……なにか進展は?」
 アインが問いかけるとトーマはふたたびがくーんと頭を垂れて
「全くっス。何か変化があるかと思って指輪の仕様者をストーキングしてみたんスけどね。
 なにひとつ妙な事が起きないという有様っス」
 ハンディーカムをテーブルに置いて映像再生。そこには見知らぬ探索者が指輪を使っているシーンが映し出されるが、神聖術特有の光などのエフェクトも無く、まるでビデオを巻き戻したかのような回復をし、戦線に復帰する姿があった。
「まるで魔法のようですね」
「魔法ですらないから困っているっスよ」
「冗談です」
 ポリゴンロボの淡々とした返答にトーマは「あうー」とうなりを零す。
「……分かっていた事だけど。治癒でなく回復ね。正確には『原状回復』」
「そうですね。細胞分裂の活発化というわけではない。元に戻すという意味の回復です。
 このような効果を見せる魔術もあるとは伺っていますが」
「生半可な魔術じゃないらしいっスよ。それに時間巻き戻しはこのクロスロードではまず無いらしいっスし」
「……どうして?」
「100mの壁の制限の一部らしいっス。このターミナルでは未来視も過去視もまったく働いた事例がないらしいっスね。分析からの未来予想は働くらしいんスけど」
「……場合によってはターミナルの法則を無視している?」
「だとしたら驚愕の事実ですね。100mの壁はこの世界に措ける最大の障害ですし」
「ただ、そうと限らないから問題なんスけどね。
 あー、もう。科学でも魔法でもカケラも解析不可能なんてどういう事っスか!」
 がしがしと頭を掻いてわめくトーマに二人も思考に入る。
「……欠片も解析できない、か。一構文すら……。ただ結果が示されてるからそこから分かるだけ……」
 それはなにかのルールではなかっただろうか?
 どうにもそこに至れずアインはため息をひとつ。
「……私は派手に調査を続ける」
「嘘をばら撒きながら、ですかね」
「嘘? どういう意味っスか?」
 途中参加のトーマがきょとんとした顔を上げるのを横目に、難解な話だと呟きを漏らすのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「お話があると伺いましたが?」
 リリー・フローレンは完璧な微笑で小首をかしげて見せる。
「じゃあまず私から」
 傍らに置いたゲージで子猫がにゃぁと声を挙げる。それはヨンが飼っている子猫であり、この大迷宮都市で拾った子だ。
 その鳴き声にリリーの視線が一瞬彷徨い、それをすぐに取り繕う。
「ああ、すみません。連れてきてしまって」
「いえ、構いませんわ」
 澄まし顔で応じるのを見て、ヨンは思考を説明へと戻す。
「まず調査の結果、大量の指輪が出回っている事が分かりました。
 しかし、『扉』から持ち込めば誰かが気付きそうなものです」
「……商人達の間では注目の商品ですしね」
「はい。なのでこれはターミナルで生産されているのではないか、という予測を立てました」
「それで?」
「噂程度の話なのですが……。
 大迷宮都市に大量生産を可能とする工場があると伺い、何か知らないかなと」
「……工場、ですか。
 心当たりはあります」
 あっさりと出て来た情報にヨンは眉を上げる。
「トリメス氏が数カ月前に建設した工場ですね。
 機械を導入し、生活用品を大量生産しています」
「生活用品と言いますと?」
「鍋やフライパンなどですね。主に金属加工をしています。
 ……まさか、そこで?」
「可能性は高いと思います。
 調査したいのですが、可能でしょうか?」
「……彼は大迷宮都市の円卓会の一員です」
 大迷宮都市には6人の商人で構成された円卓会というものが存在する。これは大迷宮都市の管理を行うラビリンス商業組合の首脳だ。
「……おいそれ触れないと?」
「大丈夫です。私も円卓会の一人ですから。
 立ち入り調査の準備をさせましょう」
 少女の言葉に少し意外な顔をするヨンだが、どこか納得した部分もあった。
「もしかして……どこかでお会いした事ありませんでしたっけ?」
「あら、ナンパですか?」
 ふんわり微笑まれてヨンは慌てて首を振って
「い、いえ。そう言うつもりでは!」
 と否定。
「あら、残念です」
 くすくすと笑みをこぼしてリリーは目を細めた。
「さて、そちらの方は、どういう用件でしょうか?」
「ちょっと実験してみたのよ」
 二人のやりとりを見ていたクネスが自分の番かと口を開く。
「実験、ですか?」
「指輪を使うと回復の作用が発生する。
 でも、それだけなのかしらって」
「違ったと?」
「ほんの微量だけど、力が放出されていたわ。クロスロードの南側へ向けてね」
「南……」
 南と言えばここ大迷宮かさらに南の衛星都市かというのは誰もが想像する事だ。
 クネスは掌の上で前回の縮小版の結界を展開。そこに力を吸引する術式を足して指輪を発動させる。
 僅かに漏れた力はその術式に捕えられたが、一切の解析はやはりできそうにない。
「可視化してみたけど、これが指輪から出て来た力。余剰なエネルギーと言うべきかもしれないけど」
「しかし、その力はどこかへと行こうとしているのですね?」
「ええ。ここで開放してみましょうか」
 吸引の術式を解除した瞬間
「あら?」
 その力は北方向へと移動して見えなくなる。
「おかしいわね?」
「いえ、ヨン様の推測が補強されましたわ」
 リリーは視線をその方向へと向ける。
「トリメス氏の工場、この屋敷の北方向にありますの」
「じゃあ……」
「緊急に手配させましょう。良からぬ事を考えていなければいいのですが」
 その言葉にクネスは指輪を掌で転がし、ヨンは子猫へと視線を落とした。
 ようやく尻尾が掴めそう……なのだろうか?

 ◆◇◆◇◆◇◆

 その一方でマナが積極的に流し始めた噂は急速に広がっていた。
 否定する材料がないこの噂は、原理不明という後押しで一気に燃え盛ったのである。
「……痛いところ突くなー」
 言葉の割には楽しそうな声音が小さく響いた。

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さて、いよいよ尻尾の影が見えてきましたかな。
 神衣舞ですよ。わっほい。
 というわけでマナの流した噂はとても効果的な一手だったりします。健康になる壺に有害物質が大量に含まれていると知った感じでしょうか。学者じゃないと解析不能ですからね。
 というわけでクライマックスが見えてきましたので、みなさん張り切ってリアクションをお願いしますね☆
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