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【inv16】『その祈りは誰がために』
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/07/05)


「おい、その指輪……!」
「ん? どうした?」
「なんだ、知らないのか?
 その指輪を付けてたやつが変死する事件が多発してるらしい」
 同業の言葉を鼻で笑い、しかしその真剣な表情にハッとした男が問う。
「そりゃ……本当なのか?」
「もうそこいらで噂になってる」
「……いや、だが、どうしていまさら?」
「なんでも変死した奴からは指輪が消えるんだそうだ。
 だから今まで気付かれなかったらしい。残るのは変死体だけって寸法さ」
「っ!」
「何よりも、誰ひとりとしてそれが癒しの力を発揮する原理を解けていないらしい。
 噂が真実かの確証もできないが、嘘の検証もできないらしい」
「……」

 マナが流した噂は尾ひれをふんだんに纏いながらクロスロードに広がりつつあった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「ここに製造元があるっスか?」
 武装列車から降り、遮る物のない日差しを睨みあげながらトーマが問いかける。
「あたしが手に入れた情報だとね。
 ダチョウ型の来訪者が製造元って話だけど……」
 Ke=iは手早く大迷宮都市の地図を購入して参照し始める。公共料金が換金手数料程度しか存在しないクロスロードと違い、大迷宮都市では地図を購入するのにも多少の費用がかかる。これは今なお大迷宮都市が拡張を続けているのでそれを修正する手間がかかっているからだ。
 また、事実上荒野のど真ん中にあるこの場所では水も動力もクロスロードや衛星都市から運び込んでくる必要があるため、どうしても間接費用が発生してしまう。
 その辺りを手早く取りまとめたのがラビリンス商業組合である。
「名前は分かってるっスか?」
「いいえ。珍しいタイプの来訪者だから聞けばわかるかなって。
 工場を持ってるって言うならなおさらでしょ?」
「それもそうっスね」
 頷いて近くの駅員に視線をむけ
「ちょっと教えてほしいっスが」と問いかける、
「なんだね?」
「この街に工場とか建築した人居るっスか?
 鳥系らしいんスが」
「ああ、トリメスさんかな」
「その人はどこに?」
 Ke=iが続けて問いかけると、駅員は少し困惑した顔をする。
「どこにって……流石にそれはね。あの人は忙しい人だし」
「ちょっとお話したいだけっすけどね」
「ラビリンス商業組合のトップの1人だから、簡単には会えないよ。
 他の人は自分のお店に出ていたりするけど、特にトリメスさんは貿易を主にしてるからしょっちゅういろんなところに飛びまわってるし」
「今は大迷宮都市に居ないっスか?」
「いや、確か居るはずだけどね……。
 しかし、君たち、トリメスさんに何の用だい?」
「あたしはこういう体だからね。工場を作ったと聞いてちょっと興味がわいたのよ」
 体のマシンの部分を見せると男はほんの少し目を見開き、「なるほど」とどうやら納得したらしい。
「まぁ、今言った通りだからトリメスさんに会うのは難しいかな。
 工場を外から見るくらいならいつでもできるだろうけど」
「じゃあそれで今日は我慢するっス!」
「そうね」
「じゃあ、場所を教えよう」
 親切な駅員に地図を書いてもらいながら、二人はどうするかを脳裏に描いていた。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「リリーさん、あなたは本当はどこまで知っていて、何が目的なんですか?」
 工場を目前にし、不意にヨンはそんな言葉を放つ。
「……どこまで、と申しますと?」
 きょとんとした顔を向けて、可愛らしく小首を傾げる。
 一瞬見当違いなことを言ってしまったかと後悔しかけるほどの純粋な動作だが、ヨンはふるりと首を振って
「あなたがこの工場を今まで疑わなかった理由が私にはわからないんです。
 それを教えていただきたい」
「……」
 しばらくの沈黙。それからリリーは柔らかな笑顔を浮かべる。
「簡単な話です。私から彼を疑えば円卓会にとって不和の元になりますわ。
 けれども、あなた方が得た疑惑からであればある程度、強引な事も可能になりますわ」
「……」
 それは予想した回答の一つだ。
 本当にそれは真実か?
 疑えばキリは無い。とりあえずその回答に頷きを返し、先へと進む少女の後ろへ続く。
 工場の前には一人のダチョウが立っていた。変な表現だがどんな形でも来訪者は「1人」「2人」と数えるので問題は無い。
「なんやリリー。わしの工場に用があるんやて?」
「はい。トリメスさん。実は私、最近クロスロードで流行っている指輪の調査をしていたのです。ポーションの売り上げに酷く影響を与えているために」
「……それがどないしたん?」
「彼らの調査の結果、ここが怪しいと言われまして……」
「わしが犯人やて言いたいんか?」
「犯人だなんて。なにか悪い事でもしているような言い方じゃないですか」
 んぐと言葉を詰まらせるダチョウ。
「い、いや、ほら。調査で押し入ってくるんやからそんな風やなと」
「押し入るつもりなんてありませんよ」
 笑顔で応じながら彼女は一枚の紙を取り出す。
「貴方以外の円卓会からの委任状です。
 代表して中を拝見させていただきます」
「なっ、なんやて!?」
 鳩が豆鉄砲食らったような顔をするダチョウ。
「では、中を拝見させていただきますね」
「ま、待ちぃ!
 し、視察やったら事前に連絡するんが礼儀っちゅうもんやろ!!」
「視察ではありませんわ?」
 二コリと天使の微笑みを浮かべ
「強制査察です。では、参りましょうか」
 すたすたと先へと進もうとするリリーにヨンとクネスは顔を見合わせる。
「我々の仕事はこの口実造りということでしょうかね」
「としても……まだ不可解な事が多すぎるわ」
 クネスの一番の懸念点はこちらへと放たれ続ける力のかけら。その意味についてだ。
「踏みこんでみてからね」
「そうですね」
 査察その物に焦りを浮かべているようだが、そんなに簡単に行かないかもしれない。
 そういう予感ほど当たるのだ。残念な事に。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「……随分と噂は広まった」
「タダより高い物は無い、ってね。
 むしろ当然だわ」
 楽しそうに微笑むマナにアインは神妙な顔で頷きを返す。
「……勉強になる」
「今回の場合不審がっておかしくない代物だもの。
 当然の結果よ」
「製造方法や、原理は……私の手にはおえないもの。
 だから、できる事をする」
 とは言え
「……でも、貴女が囮になるのは危険」
「危険は承知だわ。それに実被害を受けた人はまず以内はずだから被害者に取り囲まれるようなこともないしね」
「……なるほど。じゃあどうして特徴を?」
「この噂を流されて困るのは制作者だけよ。
 それが来てくれたら話が早いじゃない?」
「……」
 返事はない。どうしたのかしらと振り返ったマナは処刑鎌を構えるアインの後ろ姿を目にした。
「……言う通りだった」
 ひと気のない路地。その奥にぼんやりと小柄な影がある。
「……黒幕?」
「単なる協力者」
 アニメ声と言うべきか、高い声音が楽しげに路地に響く。
「って感じかにゃ。でも、君たちはその一番痛いところを突いてきたにゃね。
 感心感心」
「のこのこと出て来たものね。貴女を捕まえれば全て───」
 すっとその言葉を遮るようにアインの背が迫る。
「ちょっと!」
「駄目……。この人、強い」
「にふ。か弱いか弱い子猫ちゃんにゃよ。
 でもまぁ、うん。今回はゲームオーバーみたいだし、君たちの勝ちでいいにゃよ?」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味にゃ。こんぐらちゅれーしょん。おめでとー」
 ぱちぱちと気のない拍手。
「……貴女の目的は、何?」
 アインが鋭く問いを飛ばす。闇の向こうの少女は拍手をやめて、肩を竦める。
「そこまで教えてあげる義理はないかな?」
「じゃあ───!」
 マナが続けて問う。
「あなたは何者なの!?」
 闇の向こうで少女はくるりと反転。その先に溶けるように消えて行きながら声だけを残す。

「────世界の敵、その見習いってところにゃね」

 追いかけても、その闇の向こうには猫の子一匹居なかった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「それにしても」
 工場の裏手に潜り込んだトーマがぽつりと言葉を零す。
「科学、魔法の範疇でもなく時間的作用でもない……」
「指輪の話?」
「そうっス。もしかして、これ、全部気のせいとかじゃないっスかね?」
「……。いや、それは無いんじゃないかしら?
 実際傷も回復しているわけだし」
「強力な幻覚とか、そういうのという可能性は?」
「魔法の事は専門外なんだけど……そもそも幻覚としても魔法でもない幻覚ってあるのかしらね? 自然現象にそこまでの作用は無いだろうし」
「……そうっスね」
 またムーとうなり始めるトーマに苦笑を漏らし
「中に入れば分かりそうな気もするし、さっさと行くわよ?」
「やめておいた方がええじゃろ」
 不意の声に二人とも息を飲む。
「え、あ……?」
「い、良い天気っスね!」
 上は思いっきり天井だが。
「ほっほっほ。中については忍び込まんでももうすぐわかるじゃろうからな。
 やめておく事じゃ」
 そろり振り返ればそこにはいつの間に現れたのか、好好爺という風の老人が一人立っている。
「え、ええとっスね。これは忍び込もうというわけでなく、侵入かつサーチしようと言うっ!」
「いや、まって、同じ意味だからっ!」
「もが」
 ナチュラルにテンパって自供を始めるトーマの口をふさぎつつKe=iは老人を注視。
「……すぐにわかるとはどういう意味ですか?」
「そのままの意味じゃよ。
 才覚はあるんじゃが、人騒がせで詰めの甘い鳥がおっての。
 色々と迷惑をかけたようじゃな」
「……おじいさん、ここの関係者?」
「広い定義で言えばそうなるかの」
「もがっ。じゃあここで指輪を作ってるっスか?」
 拘束から抜けだしたトーマの言葉に老人はゆっくりと頷く。
「まぁ、その確証は今取りに入っておるところじゃがな」
「なら、教えてもらえる?
 あの指輪の力はなに?」
 老人はすっと目を細め、ほっほと笑みの音を発する。
「魔法じゃろうよ」
「魔力なんてなかったっスよ! 適当言わないで欲しいっス!」
「本当に、魔力は無かったのかのぅ?」
「……ほ、本当にっス! あたし以外にもいろんな人が調べて無いって結論づけた物っスよ!」
 それについてはKe=iも同意する所だ。
「ふむ。ちなみに赤外線や紫外線と言う言葉を知っておるかな?」
 共に機械系を得意とする二人は訝しがりながらも頷きを返す。
「ここにそれで文字を書いたとして、おぬしらに読めるかの?」
「……赤外線なら視覚モードを変えれば見えるけど……」
「Ke=iさん器用っスね。まぁあたしもゴーグル付ければなんとでも」
「つまり、そう言う事じゃないかね?」
 老人の言葉に顔を見合わせる二人。
「インターフェイス越しじゃないと分からないって意味かしら?
 そんなのとっくに─────」
「このターミナル特有の現象を見落としておるのぅ」
「……どういう意味っスか?」
「ほっほっほ。後は自分で考えると良かろう。
 人に聞いてばかりでは精進にならんからのう」
 老人はふらりと歩を進める。ごく普通ののんびりとした歩みのはずだが
「え?」
 気付けばその姿は遥か先。路地を曲がって見えなくなってしまった。
「な、なんスか、今の!?」
「……わからないわ。……あのおじいさんが黒幕とかじゃないわよね?」
 それにしても老人の言葉は一体どういう意味なのだろうか。
 忍び込む気も失せて二人は背後の工場を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「わしは何も悪いことはしとらへん!」
 トリメスの声がキンと響く。
「指輪の製造については認めるのかしら?」
「……確かに指輪は作っとる。じゃがしかし、あれは癒しの力があるだけや。なんも問題あらしまへん!」
「じゃあ、ごく微量の力がここに集まっている理由は?」
「っ!」
 鳥の分かりにくい顔なのにリアクションが分かりやすい。
「トリメスさん。あなたが沈黙を通すのであれば、私は円卓会の総意の上で強硬手段を取らざるを得ません。
 答えてください」
「……」
 たっぷり銃数秒の沈黙。
 それから観念したようにダチョウはがっくりと首を落とした。
「神さん造ろうと思ってんねん」
「神……? 神族、ですか?」
「せや。この世界だけの神さん。商売の神さん造ろうとしてんねん」
「そんな事が……?」
 ヨンが驚きの表情を作るが、クネスは得心いったように頷く。
「それで『祈り』を集めていたわけね?」
「せや。祈りは神さんの材料やからな。
 ギブアンドテイクで加護をくれる神さんつくろうとしたんや」
 突拍子のない話だが、信仰によりその力を増減させる神々を作る材料が祈りというのは、なるほど妥当かもしれない。
「では指輪の仕組みは?
 どうして誰が調べても解析できないのですか?」
「そりゃあ。ほら」
 ダチョウは口籠り
「わしもよう知らん」
「ちょっ!?」
 ヨンの突っ込みに「い、いやほら! それでできるんやったら問題無いやん!」と唾を飛ばして反論するダチョウ。が、リリーとクネスの視線に屈してがくりと肩を落とす。
「その技術をどこから手に入れたのですか?」
「貰ったねん」
「誰に?」
「『とらいあんぐる・かーぺんたーず』のケルドウム・D・アルカや」
 その回答に、苦い物を飲みこんだような顔をするヨンと、思案顔をするクネス。
「きっと、アルカさんでは無いのでしょうね」
「ヨンさんもそう思う?」
「え? え? どういうこっちゃ?」
 自供した矢先にそれを否定されたダチョウが長い首をきょろきょろさせる。
「トリメスさん。あなたは指輪の原理を知らない。
 ただ癒しの力を持ち、祈りをかき集める装置だと思っている。と言う認識でよろしいですね?」
「……せや。せやけど……わし、なにかごっつまずいことしてん?」
「すぐに指輪の生産をやめてください」
 どきっぱりと言い放ったヨンのお願いに、ダチョウははーとため息。
「もうとうにやめてんねん。
 変なうわさが広まって貰い手がおらんようになってなぁ」
「そうですか。ではラインの解体もお願いします。
 また今回の一件に対し、始末書を次の円卓会までに提出すること。
 よろしいですね?」
「……わかったわ」
 と、

 どぉおおおおん!

 建物の中心くらいから爆音が挙がったのはその時だった。
「な。なんや!? 火事か!? 火事かいな!?」
「これはっ! 消火を早く!」
「証拠隠滅かしらね……」
 すぐに自警団がわらわらと集まってきて消火活動が開始される中で、クネスはひとり神妙な顔で昇る黒煙を見上げていた。

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というわけで生産ラインは爆炎の中に消えてしまいましたとさ。
 はいはい。神衣舞です。やふー
 話の本筋はこれにて終了です。次回は予備回と言いますか、やり残したことがあればどうぞーという回です。
 何故指輪の解析を誰ひとりできなかったのか。
 この回答もぜひ考えてみてください。
 うひひ。
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