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【inv16】『その祈りは誰がために』
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/05/25)
「おお、こいつは凄えや」
 獣人が眉と声を跳ね上げる。
「インチキじゃなかったんだな」
 仲間のドワーフが意外そうな声を返しつつ、ゴブリンを打ち払った。
「俺も話半分と思っていたんだがな。こいつは使えるぞ」
「ふむ、戻ったらわしも貰おうかな」
「そうしとけ。祈るだけで回復できるんじゃ、ポーションなんかよりもよっぽど安いじゃねえか」
「確かにな」
 会話もそこそこに、二人は残党処理を再開するのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「指輪、ですか?」
 すっきりとした執務室で美しい少女が机に置かれたそれに視線を向ける。
 簡素な指輪。そうと称するしかない装飾品がそこに鎮座していた。
「はい。出回っている物は基本指輪です」
 執事服をびしっと纏った男が恭しく応じる。
「回復魔法を付与されたマジックアイテムは珍しいですね」
 回復魔法は大抵神聖術に通じる。そうすると『奇跡』となるため、奇跡を安易に再現できてしまうマジックアイテムは信仰の敵となりやすく、そういう組織からの抹消対象になりやすいのだ。
「いえ、お嬢様。これは『マジックアイテム』ではないのです」
「……え?」
 眉根を寄せる。それから引き出しからレンズを取り出して右目に当て───
「術式が、無い?」
「はい。あるいは解読できないだけかもしれませんが……
 おおよそ発動時にも魔術的な反応は観測できません」
「では?」
「『奇跡』に近いかと」
 神聖術系も魔術系も術式を元に発動する物だが、
「奇跡なんて解析できていない事象の総称では?」
「そうとも言えますが」
 執事は言葉を濁す。どうにも言いづらいだけだろう。
「……あえて言うのであれば概念系の効果に近いようです。『祈り』をトリガーに『癒す』という結果を招く媒体、と言うべきでしょうか」
「つまり、これを使えばアンデッド系でも癒せると?」
「そのようです」
「そして、使用者に制限はない、と」
「はい」
「厄介ですね」
 夢のようなアイテムを前に少女はきっぱりとそう言いきった。
「配布している主はまだ見つからないのですか?」
「はい。やはり数名の商人がただ同然に受け取り、売りさばいているようです」
「そこからの聴取は?」
「芳しくありません。受け取った場所も相手もばらばら。しかも追跡調査を行いましたが、渡した相手が何者かも掴めませんでした」
「たしかアドウィックという人探し屋が居ましたね? そこに依頼は?」
「断られました」
 形のよい眉がきゅっと寄せられる。
「ただ、断られたと?」
「はい。理由は『答えの無い問題を解く趣味は無い』と」
「……。指輪を配布した人を探すように依頼したのですね?」
「はい」
「つまり……」
 少女は数秒黙考し、それからふぅと小さな吐息を漏らす。
「相当数出回っている状況で派手に調査をするわけにも行きません。適当に数名の探索者を雇い、調べさせてください」
「かしこまりました」
 執事が恭しく一礼をし、去っていくのを見送って少女は立ち上がると、忌々しそうに顔を歪めた。
「チッ……きなくせえな。こいつは」
 先ほどまでの清楚な空気はどこへやら。口汚く呟いて少女はぎらついた瞳を窓の外へと向けたのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
はい、次のシナリオの第ゼロ話です。
依頼文では分かりにくくなると思いましたので簡単に中身を。
第一話から早速捜索にうつってもらう予定ですよーっと。
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/06/04)
「教会からの依頼と思っていたのに」
 ぽつりと少女の唇から零れる呟きが広い談話室に溶けて消える。
 クロスロードで教会と言えばサンロードリバーを跨いで同じ姿を示す双子神殿が有名だが、彼女が今居るのはそこから約50km離れた場所である。
「大迷宮都市の方とは」
 隣に座るポリゴンロボがうんうんと頷きながら応じた。彼もアインと同じく依頼主に詳しい話を聞きに来たのである。
 彼の言葉の通り、ここは大迷宮の地下一階に広がる都市、その一角を占める屋敷の中だ。
「お待たせして申し訳ありません」
 芳しく紅茶が香る中を涼やかな声が凛と響いた。
 癖っけはあるものの美しい銀の髪の少女が恭しくも優雅な礼を見せる。
「私がリリー・フローレンです」
 年は二十歳に届くかどうかだろうか。しかし童顔で愛らしい顔立ちをしているためにそれよりもずっと若く見える。
「この度は私の依頼に応じていただき感謝いたしますわ」
「いえいえ。それで、詳細をお聞かせ願いたいのですが」
「では分かる限りの事を」
 二人の正面に座ると執事が湯気の立つ紅茶を彼女の前に差し出す。
「まず指輪の出所は不明です。これがあなた方に一番調べてもらいたい所でもあります」
 アインが頷き続きを促す。
「次に指輪による回復効果についてはその原理が一切分かっていません。
 『祈りに反応し、回復の効果を齎す』という事象のみが確認されています」
「偽物とかは無いのですか?」
 スティルの問いにリリーはかぶりを振る。
「いくつかは出回ったかもしれませんが、供給量は結構なものなのです。
 これから噂が広まればどうなるかは分かりませんが、まだそういう事態には至っていません」
「なるほど」
 ポリゴンロボが頷くのを見て、リリーは続ける。
「販売を行った者の証言からは複数の入手先が上がっていますが、最後までは追えていません。その全ては見ず知らずの者にタダ同然で貰ったと言う物です」
「……外見は?」
「多種多様です。種族、性別を問わずに。変身か幻影ではないかとも疑っていますが確証はありません」
「……厄介」
 だからこその依頼なのだろうが。
 実際アインはここに来る前に調査を行っていた。が、やはり有力な情報を得る事はできなかった。その反面、指輪についての噂は広まりつつあるように思えた。
「任務の達成条件は……制作者の発見?」
「はい、そうなりますね」
「失礼ですが、その目的は?
 神殿関係者では無いようですが」
 スティルの言葉にリリーはふと笑みをこぼす。
「はい。私は大迷宮都市で商いをさせていただいています」
「……商人? じゃあ、買い付けをしたいの?」
「それも選択肢の一つではありますが……」
 彼女は穏やかに紅茶をひとすすり。静かにそれをソーサーに戻し
「市場の安定化が主目的です。これが広まれば回復アイテムの市場は混乱するでしょうから。それに一つの市場の動揺は他の商品にも影響を与えます。自由気ままなクロスロードはその辺りの抑えを全くしませんからね」
 困った物ですと、ほんのわずかに柳眉を歪めて、リリーはほうと吐息を漏らした。
「……神殿も?」
「『双子神殿』そのものはある意味無宗教ですよ?」
 さらりと応じる言葉にアインは訝しげに眉根を寄せる。
「あれは祈りの場として用意されているもので、あの神殿特有の神が設定されているわけではありません。そもそも万単位の世界とアクセスしているこのターミナルで特定宗教が幅を利かせられる道理がありませんから。
 唯一の例外は数千人単位でこの地に住まう永遠信教世界の天使ですが……。彼らは帰る手段が優先であり、布教活動なんて一切行っていませんからね」
「……だから、神殿は動かない?」
「個人単位で動いている司祭は居るかもしれませんが」
 なるほどとアインは頷く、よくよく考えれば宗教云々の前に普通に神族がそこら辺を歩いている可能性もある土地だ。本人達を前に不況もあったものではない。特に単一神教はその教義を口にするだけ恥をかくと言う物だ。少なくともクロスロードで唱える物ではない。
「地道に追っていくしかないようですね」
「だから人手を求めたのです。よろしくお願いしますね」
 花が咲いたような笑みを受けて二人は頷いた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ただ同然で配られる奇跡の指輪ね……」
 ころりと掌で転がして、胡散臭そうに眺める。
 彼女はその生い立ちからして神に近い立場にある。だからそんな陳腐な文句は酷くきな臭いと感じていた。
「……ただで起きる奇跡なんてあるはずが無い」
 彼女の常識から言えばそれは絶対だ。
 しかし問題としてそれが現実に起きている。
 街を彷徨い指輪を売っていた彼女は2人の商人を見つける事に成功していた。共に「たくさん欲しい」と申し出て見たところ彼らは酷く渋った。よくよく話を聞くとどうも転売を恐れて嫌ったようであったので仕方なく一つずつ手に入れて来たという状況だ。
 ほっそりとした指に飾り気のない指輪をはめる。特に呪いだとか外れないだとか、そう言う感じは無いようだ。
 それからピとナイフで指先を小さく斬り、ちょっとした痛みに顔をしかめると、指輪へと意識を向けた。
 ほんの少しの虚脱感は魔法を行使するときの物と似ている、が、戦闘をしている最中なら気にもならない程度だろう。しかし確かに奇跡は成った。
「……本当に治ったわね」
 傷は無く、名残のように血が残るばかりだ。それを拭えば跡も無い。
「魔術反応は……分からなかったわね」
 なにかは起きた。しかしその正体は判然としない。精霊が干渉したようにも思えない。確かにこれを『奇跡』と称されれば信じかねない代物だ。
 もう一つをころりと机の上に転がすと、彼女は先ほどのナイフを突き立てて見る。

 がぎっ

 鉄か、それに近い物を抉った感覚と共に指輪は机と刃から逃げるように飛び、壁に当たって落ちた。それを拾い上げ見てみるとしっかりと傷が付いている。
「思った以上に脆いわね」
 呟いて宙に投げ、
「えいっ」
 魔法一閃。
 それで指輪はあっさり力に飲み込まれぐずぐずの金属片になってしまった。
「……」
 拍子抜けするほどに脆い。マジックアイテムであればもう少し強度があっても良い物ではないかと思うぐらいに。
「ただの金属指輪? じゃあ、どうして回復するの?」
 問いに応じる者は居ない。
 しばし考えを巡らせるがやがて彼女はひとつ大きな息を吐いて残った一個を手に外へと歩き出す。
 もう少しいろんな情報が必要だ。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「主成分は鉄。内部に機構は無し」
 出てきたデータにきゅっと眉根を寄せる。
 Ke=iは台座の上で沈黙する指輪に訝しげな視線を向けた。
 手に入れた指輪を機械的に捜査しているのだが、出てきたデータだけを見ればそこらの露店で売っているアクセサリーと何ら変わりない。むしろ貴金属系を使っていない上に余りにもシンプルなデザインのため、それよりも劣るかもしれない、
「これがなんで奇跡を起こすのか、ね」
 なにか特殊な成分でも含まれているならそこから追う手もあったが、どうにもそんな様子は無い。含有率がコンマ以下の金属が妙な効果を起こすということも多重に世界が繋がるこの世界ではありえない事では無いが、考え難い話ではある。
「多分加工は機械ね。手作りにしては流通量が多すぎるし、加工が正確だわ」
 念のために2つほど入手したのだが、どちらも形状はほぼ一致していた。二つを握りこんでぐるりと回せば、どっちがどっちだか分からなくなるだろう。
「確か入市管理場では持ち物検査はしていないのよね……」
 そのためにクロスロードではたまに麻薬やそれに準じる物を無作為に売りさばいた『行者』が賞金首に挙げられる事もある。
「でも鋳造ではないのよね……。確かに『加工』の跡がある。
 つまりは誰かがなにかを意図しているとは思うんだけど……」
 それが見えない、掴めない。
「魔法的な物かしら?」
 確か他にも調査をしている者は居るはずだが……。
そもそれならば『奇跡』だなんて珍妙な表現はせずに最初から『マジックアイテム』と称されている気もする。
「なにか奇妙なのよね。同じ形に意図して加工されているけど、その中身は一切分からない。でも効果は確実に出ている」
 量産できる奇跡。免罪符のような形だけの物で無い奇跡。
「なにか、見落としている気がする」
 がしりと頭を掻いて天井を見上げる。
「とにかく流通を追いかけ直してみましょうか。卸し主に会えれば一気に進展しそうだけど……」
 どうにも会える気がしないのは何故だろうか。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 原人が松明を掲げていた。
 その目には強い意志と達成感。自分が一番上手く火を使いこなせるんだと言う強い主張が全身から満ち溢れていた。
 周囲の原人がそれを湛える。それは同時に自分達の未来への賛辞。
 感動的な光景だった。
 本当に────感動的な──────

『降りる駅です』
「はい」

 トーマは妄想をさっくり切りあげて座席から腰をあげた。
 路面電車から降りて珍しく晴れ渡った空を見上げる。それから方向を確認して歩き始めた。
 はて、自分は何故原人達の感動ドキュメンタリーの妄想をしていたのだろうか? そこに今回の事件にまつわる重要なヒントがある気がして仕方ないのだが、どうしてもその真理にたどり着けない。
 たどり着けないのでぽいと投げ捨てて正面を見れば『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の看板と扉。
「鼻ちょうちん居るっスか?」
 からんとカウベルの音を頭上に聞きつつ鎮まった空気の店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
 カウンターに座るのは背に純白の翼を背負った女性だった。
「あ、鼻ちょうちん居るっスか?」
「……え? 鼻……?」
 女性が面くらったような顔をしたのでおかしいなぁと思いつつ
「青い髪ですぐ寝る子っス」と説明を追加すると、女性はその表情を苦笑に変えて
「ユイさんの事ですか? そこにいますよ?」
 その視線を追えば、右手のテーブルにつっぷして寝てる少女の姿。
「ああ、居たっス。おーい、鼻ちょうちん!」
「……多分起きないと思いますよ。さっき上がってきてそのまま倒れましたから」
「徹夜っスか?」
「多分3日くらい」
「良くある事っスね」
 興が乗ればその程度はザラというのが研究畑だ。
「どういった御用件ですか?」
「いや、鼻ちょうちんに『指輪』の解析の手伝いをと思って」
 その言葉に女性は穏やかな顔にほんの少しだけ渋みを持たせて「ユイさんは機械工学専門ですから、ご期待には添えないと思います」と告げた。
「まるで機械じゃ分からないような言い方っスね」
「確かリリーさんが出した依頼ですよね?」
 ずばり良い当てられてトーマは「何者っ!?」とずざり下がりつつ警戒をあらわにする。
「ああ、申し遅れました。私はこの店の従業員のアーティルフェイム・ルティアと申します」
「これはこれはご丁寧に。トーマ=リピンスキーっス」
 お辞儀を返してそれからしばらく停止。
「して、鼻ちょうちんでは分からないというのはどういう意味っスか?」
「えっと、ユイさんって呼んであげて欲しいのですけど……」
 苦笑いをしつつ、彼女は一旦瞼を閉じ、
「『概念』を御存知ですか?」
「概念っス? 「こんな感じのもの」って言う抽象的なヤツっすよね?」
 トーマの回答にルティアは頷き
「原理は私にもわかりませんが、効果に関しては『概念魔術』に近いものだと考えています」
「がいねんまじゅつ?」
 聞いた事のない単語にトーマは首をぎゅんと傾げる。
「言葉としては聞きませんがこのターミナルでは珍しい話では無いのです。
 例えば『来訪者』。私達『来訪者』は等しく『共通言語の加護』を得ていますよね?」
「ああ、異世界の人とでもおしゃべりできるのはそれのおかげって話っスよね?」
「本来術式には『対象』と『変化の内容』を定義する必要があります。
 そうですね……犬用のお薬を人間に与えてはいけないような物です」
「でもみんなその恩恵を受けてるっスね?」
「はい。これは『この地に訪れた者に等しく共通言語能力を与える』という加護だからです。先ほどの例で言えば犬や人間という種族の差はもとより、木や岩でさえ効果を及ぼす薬を作るような物なんです」
「そんなのアリなんスか?」
 と言いつつ、確かにロボットだろうが人間だろうがはたまた神や悪魔でも『来訪者』である限り共通言語を話しているのは事実だ。
「一部世界でも概念魔術は存在しています。起きる事象を定義するだけの主語を持たない魔術です」
「じゃあ、これもそうだと言うんスか?」
「分かりません」
 きぱりと言われてトーマはつんのめる。
「ただ似ていると言うだけです。それならば死霊でもなんでも『祈る』事ができれば『回復』するのですから」
「確かにそうっスね」
 ふむりと頷いてちょっと考えるが、結構『だから何だ』状態である。
「どちらかと言うと私はその指輪を配っている意図の方が気にかかります。
 制作者が何故『祈り』を媒介にしようとしたのか、を」
「分かりやすい集中つーか、起動方法だからじゃないんスか?」
「確かに、その可能性もありますね」
 だが、別の可能性もあるとでも言うように、しかしそれは言葉にならずに沈黙へと消えた。
「とりあえず参考にしてみるっス。ではっ!」
「はい。暗いですからお気をつけて」
 ばんと外に飛び出せば確かに外は真っ暗だ。
「あれ? 今何時っスか?」
『0時21分です」
 それほど長い時間話しこんでいたのか……
 なんとなく店に着いた時にすでにどっぷり深夜だった気もするが、原人達が大喜びしてたので問題無いということにして、トーマは次なる場所はどこかと走り始めた。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
原人って何だよ!?(笑
はい、神衣舞です。トーマのリアクションが毎度酷くなっていってる気がしますが、全部乗っけるわけにもいかんなーと悩む今日この頃。
さて、今回各参加者が得た情報は別ルートで得た事にしても構いません。もちろん情報交換に向かうというのもアリです。
次回も調査パートの予定です。
それではリアクションをお願いします。
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/06/13)
 少女が一人、やや不機嫌そうに座っていた。

 ここはクロスロードにあるトアル酒場。がやがやと多種多様な声と会話が飛び交い、消えていくその端々を捕まえつつ、マナはこそりとため息を吐く。
 彼女が求める情報───詰まる所『指輪』に関する物はいくばくか混じっているが、そのほとんどが「便利だ」か「薄気味悪い」のどちらかだ。大抵は便利と思えば使うし、薄気味悪いなら捨ててしまう。探索者というのは実利主義が多い物である。
「……ちょっと良い?」
 不意に声をかけられて、鬱陶しげに振り返ると見た事あるような顔があった。
「……マナ、だっけ?」
「そうよ、アイン。私に何か用でもあるのかしら?」
「……」
 しばし如何しようかと逡巡したらしいが、やがて横に座って一息。
「回復効果のある指輪、知ってる?」
「貴方もそれを調べているのね」
 無表情がほんの僅かに動くのを見て、手慰みだったグラスをほんの少しあおぐ。
「……そっちも?」
「貴方と目的は同じと思うわ。成果が挙がっていないところまで同じようだけど」
 アインは「……そう」と呟いて目を閉じる。
「情報交換したい」
「構わないわ」
 無為に流れている会話にも意識を向けつつ見解を交わすが、大したことはやはりわからないというのがお互いの感想だった。
「十人近い人が調べ回って大した事が分かっていないのも妙だわ」
 やがて、マナはそう零した。
「……確かに。分からない事が分かった感じがする」
「面白い表現ね。でも魔法も科学も、それ以外の力もあるこの世界で調べが付かない事なんてあるのかしら?」
 その問いかけにアインは応じる事ができずに黙りこくる。
「少し考えたのはこの指輪自体には大した力が無いというパターン。
 つまり受信機でしかないから調べても何もわからないというシステム」
「……でも、そうなら送受信の術式か機械が仕込まれている?」
 そう突っ込まれるとマナは「む」と眉根を寄せる。
「……使用者には何人か話を聞けた。使う時にちょっと疲れるという話だけ。でもこれはマジックアイテムなら普通の事だからみんな余り気にしていなかった」
「何度使っても?」
「……うん」
「体が浸食されていると言う事もないのかしらね」
「詳しく調べないとそこは分からない。でも、そんな様子はなかった。
 ……体調、思考、習慣が変わったと言う事もないみたい」
「……ただ同然で配るって事しなければ怪しむ事さえなかったわね。それ」
 確かにとアインは頷く。
「お客さん、注文は?」
 席に着いたばかりのアインに店員が話しかけてくる。
「……なにか飲み物。聞いて良い?」
「なんでしょう?」
「……この指輪、知ってる?」
 掌に載せたそれを店員はちらり見ただけで「ああ、例の指輪ですか」と頷く。
「最近持つ人が増え始めてますね。気味悪がって着けない人も居ますけど、特に変なうわさも出てこないから注目が高まってますよ」
「小さなことでも良いんだけど、使った人に悪影響とか無いのかしら?」
「聞きませんね。強いて言えば若干疲労する事ですが、マジックアイテムならば珍しい話でもありませんし」
「……卸し元に覚えは?」
「いえ、とんと。
 ただひと気の少ない裏道で遭遇できるって噂なら聞きましたね。何人かの商人がそれを信じてうろついてるって話ですよ」
「……そう。ありがとう」
「いえ、じゃあエール持ってきますね」
 アインはこくんと頷いて店員の背中を見送る。
「……ひと気の少ない道、か」
「このクロスロードにどれだけあるのかしらね」
 そもそもこのクロスロードは居住可能人数30万人に対し、10万人以下の人口しか居ない。衛星都市や大迷宮都市ができたために拠点をそちらに移す者や、仕事のために街を離れている者も少なくなく、平時の人口は5万程度だと言われている。
「下手すれば普通の大通りでも人がまばらな時があるのに」
「……難儀」
 喧噪のなかで二人の少女はどうしたものかと天井を見上げるのだった。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

「概念魔術……ねぇ」
 その言葉を施療院のスタッフから得たKe=iはどうしたもんかと呟きを漏らす。
「科学的分析は手詰まり。なにか判ると思って来て見たものの」
 施療院の建物を振り返って肩をすくめる。
 彼らの回答は「治癒ではなく回復である。健全と推測される状態に戻る現象が起きている」との事。そして物質を問わないこの性質は数多ある魔術の中でも時間に属する魔術か、はたまた概念に属する魔術であると推測される。
 『推測』という言葉が付くのは発動している力を彼らも様々な方向から解析したがひとかけらの情報も得られなかった事による。
「天下の施療院がこの有様とすれば……、まっとうな方法で調べるのは無理なのかしらね」
 そもそもKe=iは科学系世界の出身だ。魔術は畑違い。なんとなくイメージができてもその中身は欠片も想像が及ばない。
「他に動いている人達捕まえて話を聞くか同行させてもらおうかしら。
 アプローチの仕方からしてあたしと違うだろうし」
 そう呟いていると
「夢を見ていたんだ」
 なんかささやかれた。
「とても遠く長く悲しい夢を。
 そして君に出会った────」
 ポエムを口ずさむのは良いが、どことなくというか全体的に単調に言われてKe=iは訝しげにポリゴンロボを見据えた。
「いや、場を和ませる冗談ですが。だってプログラムは夢を見ませんし」
「ごめん、展開が早すぎて着いて行けないわ」
 失敗ですかと首を傾げるスティルをうろんげに見つつ
「ところでKe=iさんも指輪関係の調査ですか?」
「ええ、あなたも?」
「はい。しかし行き詰っています。アインさんとも協力しているのですが同じような話ばかりでして」
「みんな同じ、か」
 まるで入口が最初っから存在していない家への侵入方法を調べているような気分だ。壁を壊したいが、下手に壊せばあっさり倒壊してしまう。
「これ、魔法の産物だと思う?」
「確率的には魔術サイドの技術かと。機械技術は汎用性と確実性がウリで、奇跡と呼ばれる現象には縁遠い物です」
 プログラムが人格を得て物質化したなどと言う奇跡じみた生い立ちのポリゴンロボがしたり顔でそんな事を言う。
「なので調べるのはもうアインさんに任せて私は売り手を探そうと考えまして」
「確かにそっちの方が実入りはありそうだけどね」
「とは言え、何人かの人に聞いても場所がまちまちでして。
 適当に歩いていたところKe=iさんを見つけたと言う経緯です」
 なるほどと呟いて黙考。
「つまり、手がかりは無しって事ね」
「その通りです」
 きっぱりと言い切られてちょっと疲れが出た。
「ちなみにあちらの方も同じ境遇のようです」
「え?」
 スティルの指さす先に視線を向けると
「つまり、あれっスね。挫折を知らない天才少女が初めての壁にぶち当たって意気消沈するという、あれっス……」
 道のど真ん中で打ちひしがれている少女が一人。
「あたしのプライドはボロボロっスよ。魔術にも少しは見識を得て来たと思ったのに、全く手が届かないなんて屈辱っス……!」
 余りにもアクションも声も大げさなので、通行人が演劇の練習かなにかと訝しげに取り囲んでいた。
「ええと、どうする?」
「回収しましょうか」
「もう少し人が捌けてからの方が気持ちが楽なんだけど」
 発明少女の自嘲劇は壮大な領域にぐいぐいと入っていくばかりで止まりそうにない。仕方ないとKe=iは一つ頷いた。
 それに応じ、スティルがすたすたとトーマへと接近。
「立つのです!」
 声を張り上げた。
「なっ! 誰っスか!?」
「貴方はこんなところでくじけるような人では無いはず!
 困難が何ですか! 苦悩が何ですか! 立ち上がり前に進めば開けない道は無く、破れない壁は無いのです!」
「ちょっとこら、誰が演劇に加われって言ったのよっ!!」
 手持ちのスパナを投げつけて怒鳴ると、それを頭部に衝突させスコーンと良い音を響かせたスティルが「演劇のプログラムも多少持ち合わせておりまして」としたり顔で返答。
「って、スティルさんとKe=iさんじゃないっスか。偶然っスね」
 今さっきまでの悲嘆はなんだったのかと言う程さっぱりした顔であいさつしてくる。
「偶然は偶然なんだけどね……。なにをしてたわけ?」
 もう終わりかと野次馬が散るのを横目に問いかけると
「実験をしてたっスよ」
 右手に着けた指輪をひらひらと見せながらトーマは軽く応じた。
「これを付けて歩いたりたまに使ってみたりしてたっス」
「ねえ、どうして演劇しなきゃならなかったわけ?」
「演劇? なんのことっスか?」
「……いえ、別に良いわ。それで、なにか判った?」
 Ke=iの問いにトーマは突然顔に縦線を引いて
「……ふ。あたしはダメダメっス。何一つ分からない小娘っスよ」
 といじけ始めた。
「面倒な子ね……」
「非常にトーマさんらしいと考えます」
 ポリゴンロボの冷静な見解に肩を竦めるしかない。
「やっぱり使ってもつけっぱなしでも異常はないわけね。
 となるとますます原理が分からないのが気に入らないわね」
「他の人も調べてるらしいっスけどさっぱりっスよ。
 こー、なんて言うんスかね。基本的な事を間違えたまま続けて、完成させてしまったような感じっス。で基本的過ぎてどこ間違えてるのかわからない感じ」
「我々はなにかを見落としていると、そうおっしゃりたいのですか?」
「わっかんないっス。なんとなくっスよ。これじゃ天才少女失格っス! うぉおおおん」
 なんか無き真似はじめたトーマはさておき
「確かになにか見落としている事はあるかもしれませんね」
「……そうね。大元が何を企んでいるのかはさっぱりだけし、あたしたちに不用意に接触してくるかもわからないし」
「アプローチを変えないと駄目ですかね」
「とはいえ、どう変えるかが難問なのよね」
 一体この街でなにが起ころうとしているのか。
 言われてみれば確かに胸裏を掠める「根本的な間違い」を探るようにKe=iは目を閉じた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「こんなもの大量生産できるんですかね?」
『大量生産技術は機械技術がある程度発達した世界では広く見られる』
「クロスロードでも?」
『クロスロード内に該当する工場は存在せず』
 ですよねとPBの回答に頷きを返す。
 クロスロードの生産品と言えば工房を持つ職人が作る程度だ。中〜大規模な工場などどこにもない。一番大きい所で施術殷が有するポーション精製炉や用途は違うがエンジェルウィングスの本部集分配場というところか。
「加工自体は難しくないんですか?」
『鋳造であれば炉と型があれば技術的には用意。ただし急速に冷却させた場合ひび割れなどが発生するため長いコンベアが必要』
 しかしそれはクロスロードには無い。
「……外の世界から持ってきているんですかね」
 だとすれば指輪の事が広まりつつあるこの時期、持ち込んだ人が目立ちそうな者だが。
「すみません」
 と、顔を出したのは小さな工房の一つだ。
「こういう物を作ってる所を探しているんですが、心当たりはありませんか?」
「ああ? ……こいつは鋳造品か? ちゃちな仕事だな」
 ドワーフの男は不機嫌そうに指輪を睨む。
「ちゃち、ですか?」
「溶かした鉄を型に流し込んだだけのシロモンだ。魂が籠ってねえよ」
 これまで聞いてきたどの工房でも大体同じ事を言われたのでヨンは「なるほど」と軽く流す。
「やはり作っている所に心当たりは無いですかね」
「無いな。いや、」
 またハズレかと落胆しかけたが、ふいにあごひげを撫でて考え始めたドワーフに視線を戻し
「なにか心当たりが?」
「いや、ちと聞いた話なんだがな。
 大迷宮都市で適当な生活用品を作る工場を作るだかなんだかは聞いた覚えがあるな。
 そんな場当たり的な品物じゃすぐ壊れるんだろうけどよ」
「……大迷宮都市、ですか」
 今もダンジョンの一部を改装し変化し続けるその都市は依頼主が住む場所でもある。
「兄ちゃんも悪い事は言わねえ。そんな安物よりも俺が作るもんを買っておくんだな。一生使えるぜ」
 ヴァンパイアが一生使えると言うのもなかなかの発言だが、ドワーフの作った品物なら確かにそれもあり得る。
「……一つお願いしましょうか」
 情報のお礼として、とは口に出さずにヨンは視線を周囲に走らせる。
 さて、これは当たりの情報でしょうかね。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふぅ」
 実験をはじめてもう何時間になるだろうか。
 クネスが居るのは特殊な結界の中だ。その中から魔力を一切排除し、指輪だけを持ちこんで立っている。
 祈り。それに対してしかしこんな空間でも指輪は確実に反応した。
「反応した上で、力の一部が何処かに漏れている……?」
 回復の力は明確に働いている。しかしほんのわずか、どんなに注視しても見逃しそうなほどの小さな力が指輪から漏れ出て何処かへと行こうとしている。
 こんな魔力的真空を作らない限り、大気に含まれる魔力に交じって気付かない程度の力だった。
「……抽出できても何の力なのかさっぱりね」
 それが単なる特異的な現象で無い事は繰り返しの行使ではっきりした。しかしいずれもその漏れた力の解析は失敗に終わっている。
 漏れだす方向は上。天空に立ち上るようにして微かな力は彷徨い漏れる。
「上、ねぇ」
 ターミナルに置いて空は何に増しても危険領域だ。おいそれ見に行くなんて事をすればどうなるか知れたものではない。
「まさか天空城があるなんて事は無いと思うけど」
 そんな物があれば多種多様な感覚器を持つこのクロスロードの住民から逃れることなどできないだろう。例え100mの壁に魔術的な広域探査が阻害されるとしても太陽の光などの妙な屈折に気付く人種は存在する。
「……でも、空なのよね」
 クネスは指輪を掌に転がして呟く。
 正確にはやや南寄りの空。
 そこに何があると言うのか。
「あったとしてもろくなものじゃないと思うけどね」
 そうひとりごちて、クネスは結界を解き始めるのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
はぁーい(=ω=)ノ 神衣舞です。
 というわけでその祈りは誰がために?その2をお送りします。
 調査組は難航しておりますが、流石に数名妙な所を突いてくるのが居ますな。うひ。
 さてリアクション次第では次回は「転」に入ると思われます。
 場合によってはこのシナリオもかるーく世界の危機に突入しますので張り切ってリアクションをおねがいしますね☆
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/06/24)
「お嬢様」
 執務室に現れた執事は恭しくこうべを垂れる。
「お客様がお見えになっております」
「依頼した探索者の方かしら?」
「はい。この大迷宮都市に『工場』かそれに類するものが無いかを尋ねに来たとか」
「……。
そうですか。私が直接お会いします。それまではもてなしておいてください」
「かしこまりました」
 部屋を出た執事を見送り、少女は吐息を吐いた。
 深く────忌々しげに。

「ようやくこっちに来やがったか。ったく」

 清楚で可憐を絵に描いたような少女には余りにも不似合いな、粗野な言葉が漏れる。
「俺が依頼したんだからこっちを疑ってろってんだ。
 まぁ、良い。ようやく話が進められる」
 もしこれを見る者が居れば二重人格でも疑ったかもしれない。それほどの豹変をまたあっさり微笑に隠して少女は歩き始める。
 客人を待たしている応接間へ向けて。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「あら、お兄さん、その指輪」
 ふわりと宙に浮く少女から声をかけられた男がニィと笑う。
「良いだろ? こいつ便利なんだぜ?
 最近じゃ欲しがる奴が増えてるらしいんだが、さっさと手に入れた俺は勝ち組だな」
 と、自慢するように手を掲げた男は、少女の可哀そうな物を見るような視線に表情を困惑へとシフトチェンジ。
「な、なんだよ?」
「知らないの? その指輪付けてた人が急死したという話」
「は?」
「他にも早いうちから使ってる人が酷い不運に見舞われて死にかけたりとか……」
「お、おいおいお嬢さん。この指輪が欲しいからって嘘を言ってるんじゃ……」
「嘘かどうかなんて調べれば分かる事だわ。
 ……と、言いたい所だけど。その指輪がどうして癒しの力を発するのか、誰ひとり調べる事ができていないのよね」
 やっぱり嘘かよと言いかけた男の口が止まる。
 それを見て取って少女───マナは酷薄な笑みを浮かべる。
「どんな原理で動いているかもしれない物をずっと身に付けておくなんて私にはできない事よ。お兄さんは勇気があるのね」
「っ!」
 実際この指輪の原理が分からないという話は耳にしている。だから安易に「奇跡」などという言葉でくくられているのだが、実際にはどんな「代償」が支払われているのかだれにも分かっていないという事。
「お兄さんがそんな不運に見舞われない事をお祈りしておくわ」
 言いたい事だけを言ってふらりと去っていく少女を追いかける事も出来ず、男はじっと指輪を見つめた。
 便利と思っていた道具をとても恐ろしい物を見るような、そんな様子で────

 ◆◇◆◇◆◇◆

「どうにも方法が間違ってるような気がするのよねぇ」
 Ke=iはため息半分に呟いた。
 科学的にも、そして他の探索者の言葉を信じれば魔法的にもこの指輪がなんなのかさっぱりわからなかった。超能力や超科学と呼ばれる物もこのクロスロードには存在するが、そう言う物だとしても一切解析ができないというのはちょっと考え難い。
 誰もかれも八方ふさがりと言う事で、同じ調査をしている面々には情報をやりとりする話は付けているが、芳しい話は全くない。
「この世界で作られた物なのかしらね?」
 よっぽど独創的な世界から持ち込まれた物なのだろうか?
 それにしたって
「ねぇ、例えば三千世界を見渡してオンリーワンの魔法技術とか物理法則を使った物って解析可能なのかしら?」
『正確な回答は不可能。ただし共通言語の加護は魔術式や化学式にも適応します』
PBからの不正確な回答はまぁ、当然だろう。
「つまり、どんな独特な式でも『結果は回復する』っていう記述は読めると思って良いわけね?」
『共通言語の加護に措いて、例外は報告されていません。
 唯一『怪物』の使う言語のみがこの適用外となります』
「そう」
 なにか引っかかるような気がするが、とりあえず今自分が調べられる事と言えば卸し主を見つける事だろうか。
「エンジェルウィングスとかで金属の流通を調べる事ってできるのかしら?」
『エンジェルウィングスでは輸送品の情報を公開していません』
「……問屋的な物は?」
『数件あります。金属に限定すれば4店』
「大量にこういう鋳物を作れそうな工場は?」
『クロスロードに該当する建物はありません』
 ふむと頷き悩んで
「まずは問屋を当たってみようかしら」
 止まっていても仕方ない。
 そう考えて動き出したKe=iは2件目でひとつの情報を得る事になる。
「やたら喋るダチョウみたいな探索者が大量に購入して行ったよ。
 大迷宮都市に送ってくれなんて言われたねぇ」

 ◆◇◆◇◆◇◆

「『ゆっくりしていってね!』」
 いきなりそんな事を言い始めたポリゴンロボにアインはいつもの冷淡な視線を更に温度下げて見つめる。
「……いえ、なんとなく言わねばならない気がしました」
 謎の使命感がスティルを突き動かした結果だった。全く以て意味は無いのは間違いないのだが。
 とりあえずアインとスティルは気を取り直して情報交換を行う。芳しくないという結果のみの空しい物ではあるのだが。
「クロスロードに最近来た人の仕業というセンも考えたのですが」
「……持ち込んだ?」
「ええ。もちろんこの地で可能不可能を論じるのは無意味と考えますので、可能性の一つではありますが、こうも探してこれだけ大規模な行動を見咎める事が出来ないというのは不可解ですからね」
「……方法はあるのかしら?」
「地道に聞きこみでしょうかね。これを配布し始めた最初の一人を見つける頃ができれば一番なのですが」
「……時期がそこまで明確ではない」
「なんですよね。同じ日、あるいは翌日くらいの差で複数人の商人に卸していればどこが最初かなんてさっぱりですし」
「……派手に探す方が良いのかも」
「つまり、あちら側に出てきてもらうという事ですか?」
「……マナさんがそう言う方法を取り始めていた。
 指輪は危険って触れまわる」
「ふむ。現状得体の知れない物である事は間違いありませんからね。
 否定しきれない噂というわけですか」
「派手に探しながら同じ事をすれば、接触してくる可能性は増すと思う」
「犯人の目的は指輪の頒布と推測すれば、ですが。
 ただ同然で卸している以上、そう考えない方がおかしいですかね」
 腕組みするポリゴンロボは不意に背後を振り返る。接近する人影に覚えあり。
「くじけそうっス」
 半分涙目でふらーと歩くトーマをがしり掴み、空いている椅子に恭しく座らせてみる。
「おお、おおう? スティルさんにアインさんじゃないっスか」
「……なにか進展は?」
 アインが問いかけるとトーマはふたたびがくーんと頭を垂れて
「全くっス。何か変化があるかと思って指輪の仕様者をストーキングしてみたんスけどね。
 なにひとつ妙な事が起きないという有様っス」
 ハンディーカムをテーブルに置いて映像再生。そこには見知らぬ探索者が指輪を使っているシーンが映し出されるが、神聖術特有の光などのエフェクトも無く、まるでビデオを巻き戻したかのような回復をし、戦線に復帰する姿があった。
「まるで魔法のようですね」
「魔法ですらないから困っているっスよ」
「冗談です」
 ポリゴンロボの淡々とした返答にトーマは「あうー」とうなりを零す。
「……分かっていた事だけど。治癒でなく回復ね。正確には『原状回復』」
「そうですね。細胞分裂の活発化というわけではない。元に戻すという意味の回復です。
 このような効果を見せる魔術もあるとは伺っていますが」
「生半可な魔術じゃないらしいっスよ。それに時間巻き戻しはこのクロスロードではまず無いらしいっスし」
「……どうして?」
「100mの壁の制限の一部らしいっス。このターミナルでは未来視も過去視もまったく働いた事例がないらしいっスね。分析からの未来予想は働くらしいんスけど」
「……場合によってはターミナルの法則を無視している?」
「だとしたら驚愕の事実ですね。100mの壁はこの世界に措ける最大の障害ですし」
「ただ、そうと限らないから問題なんスけどね。
 あー、もう。科学でも魔法でもカケラも解析不可能なんてどういう事っスか!」
 がしがしと頭を掻いてわめくトーマに二人も思考に入る。
「……欠片も解析できない、か。一構文すら……。ただ結果が示されてるからそこから分かるだけ……」
 それはなにかのルールではなかっただろうか?
 どうにもそこに至れずアインはため息をひとつ。
「……私は派手に調査を続ける」
「嘘をばら撒きながら、ですかね」
「嘘? どういう意味っスか?」
 途中参加のトーマがきょとんとした顔を上げるのを横目に、難解な話だと呟きを漏らすのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「お話があると伺いましたが?」
 リリー・フローレンは完璧な微笑で小首をかしげて見せる。
「じゃあまず私から」
 傍らに置いたゲージで子猫がにゃぁと声を挙げる。それはヨンが飼っている子猫であり、この大迷宮都市で拾った子だ。
 その鳴き声にリリーの視線が一瞬彷徨い、それをすぐに取り繕う。
「ああ、すみません。連れてきてしまって」
「いえ、構いませんわ」
 澄まし顔で応じるのを見て、ヨンは思考を説明へと戻す。
「まず調査の結果、大量の指輪が出回っている事が分かりました。
 しかし、『扉』から持ち込めば誰かが気付きそうなものです」
「……商人達の間では注目の商品ですしね」
「はい。なのでこれはターミナルで生産されているのではないか、という予測を立てました」
「それで?」
「噂程度の話なのですが……。
 大迷宮都市に大量生産を可能とする工場があると伺い、何か知らないかなと」
「……工場、ですか。
 心当たりはあります」
 あっさりと出て来た情報にヨンは眉を上げる。
「トリメス氏が数カ月前に建設した工場ですね。
 機械を導入し、生活用品を大量生産しています」
「生活用品と言いますと?」
「鍋やフライパンなどですね。主に金属加工をしています。
 ……まさか、そこで?」
「可能性は高いと思います。
 調査したいのですが、可能でしょうか?」
「……彼は大迷宮都市の円卓会の一員です」
 大迷宮都市には6人の商人で構成された円卓会というものが存在する。これは大迷宮都市の管理を行うラビリンス商業組合の首脳だ。
「……おいそれ触れないと?」
「大丈夫です。私も円卓会の一人ですから。
 立ち入り調査の準備をさせましょう」
 少女の言葉に少し意外な顔をするヨンだが、どこか納得した部分もあった。
「もしかして……どこかでお会いした事ありませんでしたっけ?」
「あら、ナンパですか?」
 ふんわり微笑まれてヨンは慌てて首を振って
「い、いえ。そう言うつもりでは!」
 と否定。
「あら、残念です」
 くすくすと笑みをこぼしてリリーは目を細めた。
「さて、そちらの方は、どういう用件でしょうか?」
「ちょっと実験してみたのよ」
 二人のやりとりを見ていたクネスが自分の番かと口を開く。
「実験、ですか?」
「指輪を使うと回復の作用が発生する。
 でも、それだけなのかしらって」
「違ったと?」
「ほんの微量だけど、力が放出されていたわ。クロスロードの南側へ向けてね」
「南……」
 南と言えばここ大迷宮かさらに南の衛星都市かというのは誰もが想像する事だ。
 クネスは掌の上で前回の縮小版の結界を展開。そこに力を吸引する術式を足して指輪を発動させる。
 僅かに漏れた力はその術式に捕えられたが、一切の解析はやはりできそうにない。
「可視化してみたけど、これが指輪から出て来た力。余剰なエネルギーと言うべきかもしれないけど」
「しかし、その力はどこかへと行こうとしているのですね?」
「ええ。ここで開放してみましょうか」
 吸引の術式を解除した瞬間
「あら?」
 その力は北方向へと移動して見えなくなる。
「おかしいわね?」
「いえ、ヨン様の推測が補強されましたわ」
 リリーは視線をその方向へと向ける。
「トリメス氏の工場、この屋敷の北方向にありますの」
「じゃあ……」
「緊急に手配させましょう。良からぬ事を考えていなければいいのですが」
 その言葉にクネスは指輪を掌で転がし、ヨンは子猫へと視線を落とした。
 ようやく尻尾が掴めそう……なのだろうか?

 ◆◇◆◇◆◇◆

 その一方でマナが積極的に流し始めた噂は急速に広がっていた。
 否定する材料がないこの噂は、原理不明という後押しで一気に燃え盛ったのである。
「……痛いところ突くなー」
 言葉の割には楽しそうな声音が小さく響いた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
さて、いよいよ尻尾の影が見えてきましたかな。
 神衣舞ですよ。わっほい。
 というわけでマナの流した噂はとても効果的な一手だったりします。健康になる壺に有害物質が大量に含まれていると知った感じでしょうか。学者じゃないと解析不能ですからね。
 というわけでクライマックスが見えてきましたので、みなさん張り切ってリアクションをお願いしますね☆
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/07/05)


「おい、その指輪……!」
「ん? どうした?」
「なんだ、知らないのか?
 その指輪を付けてたやつが変死する事件が多発してるらしい」
 同業の言葉を鼻で笑い、しかしその真剣な表情にハッとした男が問う。
「そりゃ……本当なのか?」
「もうそこいらで噂になってる」
「……いや、だが、どうしていまさら?」
「なんでも変死した奴からは指輪が消えるんだそうだ。
 だから今まで気付かれなかったらしい。残るのは変死体だけって寸法さ」
「っ!」
「何よりも、誰ひとりとしてそれが癒しの力を発揮する原理を解けていないらしい。
 噂が真実かの確証もできないが、嘘の検証もできないらしい」
「……」

 マナが流した噂は尾ひれをふんだんに纏いながらクロスロードに広がりつつあった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「ここに製造元があるっスか?」
 武装列車から降り、遮る物のない日差しを睨みあげながらトーマが問いかける。
「あたしが手に入れた情報だとね。
 ダチョウ型の来訪者が製造元って話だけど……」
 Ke=iは手早く大迷宮都市の地図を購入して参照し始める。公共料金が換金手数料程度しか存在しないクロスロードと違い、大迷宮都市では地図を購入するのにも多少の費用がかかる。これは今なお大迷宮都市が拡張を続けているのでそれを修正する手間がかかっているからだ。
 また、事実上荒野のど真ん中にあるこの場所では水も動力もクロスロードや衛星都市から運び込んでくる必要があるため、どうしても間接費用が発生してしまう。
 その辺りを手早く取りまとめたのがラビリンス商業組合である。
「名前は分かってるっスか?」
「いいえ。珍しいタイプの来訪者だから聞けばわかるかなって。
 工場を持ってるって言うならなおさらでしょ?」
「それもそうっスね」
 頷いて近くの駅員に視線をむけ
「ちょっと教えてほしいっスが」と問いかける、
「なんだね?」
「この街に工場とか建築した人居るっスか?
 鳥系らしいんスが」
「ああ、トリメスさんかな」
「その人はどこに?」
 Ke=iが続けて問いかけると、駅員は少し困惑した顔をする。
「どこにって……流石にそれはね。あの人は忙しい人だし」
「ちょっとお話したいだけっすけどね」
「ラビリンス商業組合のトップの1人だから、簡単には会えないよ。
 他の人は自分のお店に出ていたりするけど、特にトリメスさんは貿易を主にしてるからしょっちゅういろんなところに飛びまわってるし」
「今は大迷宮都市に居ないっスか?」
「いや、確か居るはずだけどね……。
 しかし、君たち、トリメスさんに何の用だい?」
「あたしはこういう体だからね。工場を作ったと聞いてちょっと興味がわいたのよ」
 体のマシンの部分を見せると男はほんの少し目を見開き、「なるほど」とどうやら納得したらしい。
「まぁ、今言った通りだからトリメスさんに会うのは難しいかな。
 工場を外から見るくらいならいつでもできるだろうけど」
「じゃあそれで今日は我慢するっス!」
「そうね」
「じゃあ、場所を教えよう」
 親切な駅員に地図を書いてもらいながら、二人はどうするかを脳裏に描いていた。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「リリーさん、あなたは本当はどこまで知っていて、何が目的なんですか?」
 工場を目前にし、不意にヨンはそんな言葉を放つ。
「……どこまで、と申しますと?」
 きょとんとした顔を向けて、可愛らしく小首を傾げる。
 一瞬見当違いなことを言ってしまったかと後悔しかけるほどの純粋な動作だが、ヨンはふるりと首を振って
「あなたがこの工場を今まで疑わなかった理由が私にはわからないんです。
 それを教えていただきたい」
「……」
 しばらくの沈黙。それからリリーは柔らかな笑顔を浮かべる。
「簡単な話です。私から彼を疑えば円卓会にとって不和の元になりますわ。
 けれども、あなた方が得た疑惑からであればある程度、強引な事も可能になりますわ」
「……」
 それは予想した回答の一つだ。
 本当にそれは真実か?
 疑えばキリは無い。とりあえずその回答に頷きを返し、先へと進む少女の後ろへ続く。
 工場の前には一人のダチョウが立っていた。変な表現だがどんな形でも来訪者は「1人」「2人」と数えるので問題は無い。
「なんやリリー。わしの工場に用があるんやて?」
「はい。トリメスさん。実は私、最近クロスロードで流行っている指輪の調査をしていたのです。ポーションの売り上げに酷く影響を与えているために」
「……それがどないしたん?」
「彼らの調査の結果、ここが怪しいと言われまして……」
「わしが犯人やて言いたいんか?」
「犯人だなんて。なにか悪い事でもしているような言い方じゃないですか」
 んぐと言葉を詰まらせるダチョウ。
「い、いや、ほら。調査で押し入ってくるんやからそんな風やなと」
「押し入るつもりなんてありませんよ」
 笑顔で応じながら彼女は一枚の紙を取り出す。
「貴方以外の円卓会からの委任状です。
 代表して中を拝見させていただきます」
「なっ、なんやて!?」
 鳩が豆鉄砲食らったような顔をするダチョウ。
「では、中を拝見させていただきますね」
「ま、待ちぃ!
 し、視察やったら事前に連絡するんが礼儀っちゅうもんやろ!!」
「視察ではありませんわ?」
 二コリと天使の微笑みを浮かべ
「強制査察です。では、参りましょうか」
 すたすたと先へと進もうとするリリーにヨンとクネスは顔を見合わせる。
「我々の仕事はこの口実造りということでしょうかね」
「としても……まだ不可解な事が多すぎるわ」
 クネスの一番の懸念点はこちらへと放たれ続ける力のかけら。その意味についてだ。
「踏みこんでみてからね」
「そうですね」
 査察その物に焦りを浮かべているようだが、そんなに簡単に行かないかもしれない。
 そういう予感ほど当たるのだ。残念な事に。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「……随分と噂は広まった」
「タダより高い物は無い、ってね。
 むしろ当然だわ」
 楽しそうに微笑むマナにアインは神妙な顔で頷きを返す。
「……勉強になる」
「今回の場合不審がっておかしくない代物だもの。
 当然の結果よ」
「製造方法や、原理は……私の手にはおえないもの。
 だから、できる事をする」
 とは言え
「……でも、貴女が囮になるのは危険」
「危険は承知だわ。それに実被害を受けた人はまず以内はずだから被害者に取り囲まれるようなこともないしね」
「……なるほど。じゃあどうして特徴を?」
「この噂を流されて困るのは制作者だけよ。
 それが来てくれたら話が早いじゃない?」
「……」
 返事はない。どうしたのかしらと振り返ったマナは処刑鎌を構えるアインの後ろ姿を目にした。
「……言う通りだった」
 ひと気のない路地。その奥にぼんやりと小柄な影がある。
「……黒幕?」
「単なる協力者」
 アニメ声と言うべきか、高い声音が楽しげに路地に響く。
「って感じかにゃ。でも、君たちはその一番痛いところを突いてきたにゃね。
 感心感心」
「のこのこと出て来たものね。貴女を捕まえれば全て───」
 すっとその言葉を遮るようにアインの背が迫る。
「ちょっと!」
「駄目……。この人、強い」
「にふ。か弱いか弱い子猫ちゃんにゃよ。
 でもまぁ、うん。今回はゲームオーバーみたいだし、君たちの勝ちでいいにゃよ?」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味にゃ。こんぐらちゅれーしょん。おめでとー」
 ぱちぱちと気のない拍手。
「……貴女の目的は、何?」
 アインが鋭く問いを飛ばす。闇の向こうの少女は拍手をやめて、肩を竦める。
「そこまで教えてあげる義理はないかな?」
「じゃあ───!」
 マナが続けて問う。
「あなたは何者なの!?」
 闇の向こうで少女はくるりと反転。その先に溶けるように消えて行きながら声だけを残す。

「────世界の敵、その見習いってところにゃね」

 追いかけても、その闇の向こうには猫の子一匹居なかった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「それにしても」
 工場の裏手に潜り込んだトーマがぽつりと言葉を零す。
「科学、魔法の範疇でもなく時間的作用でもない……」
「指輪の話?」
「そうっス。もしかして、これ、全部気のせいとかじゃないっスかね?」
「……。いや、それは無いんじゃないかしら?
 実際傷も回復しているわけだし」
「強力な幻覚とか、そういうのという可能性は?」
「魔法の事は専門外なんだけど……そもそも幻覚としても魔法でもない幻覚ってあるのかしらね? 自然現象にそこまでの作用は無いだろうし」
「……そうっスね」
 またムーとうなり始めるトーマに苦笑を漏らし
「中に入れば分かりそうな気もするし、さっさと行くわよ?」
「やめておいた方がええじゃろ」
 不意の声に二人とも息を飲む。
「え、あ……?」
「い、良い天気っスね!」
 上は思いっきり天井だが。
「ほっほっほ。中については忍び込まんでももうすぐわかるじゃろうからな。
 やめておく事じゃ」
 そろり振り返ればそこにはいつの間に現れたのか、好好爺という風の老人が一人立っている。
「え、ええとっスね。これは忍び込もうというわけでなく、侵入かつサーチしようと言うっ!」
「いや、まって、同じ意味だからっ!」
「もが」
 ナチュラルにテンパって自供を始めるトーマの口をふさぎつつKe=iは老人を注視。
「……すぐにわかるとはどういう意味ですか?」
「そのままの意味じゃよ。
 才覚はあるんじゃが、人騒がせで詰めの甘い鳥がおっての。
 色々と迷惑をかけたようじゃな」
「……おじいさん、ここの関係者?」
「広い定義で言えばそうなるかの」
「もがっ。じゃあここで指輪を作ってるっスか?」
 拘束から抜けだしたトーマの言葉に老人はゆっくりと頷く。
「まぁ、その確証は今取りに入っておるところじゃがな」
「なら、教えてもらえる?
 あの指輪の力はなに?」
 老人はすっと目を細め、ほっほと笑みの音を発する。
「魔法じゃろうよ」
「魔力なんてなかったっスよ! 適当言わないで欲しいっス!」
「本当に、魔力は無かったのかのぅ?」
「……ほ、本当にっス! あたし以外にもいろんな人が調べて無いって結論づけた物っスよ!」
 それについてはKe=iも同意する所だ。
「ふむ。ちなみに赤外線や紫外線と言う言葉を知っておるかな?」
 共に機械系を得意とする二人は訝しがりながらも頷きを返す。
「ここにそれで文字を書いたとして、おぬしらに読めるかの?」
「……赤外線なら視覚モードを変えれば見えるけど……」
「Ke=iさん器用っスね。まぁあたしもゴーグル付ければなんとでも」
「つまり、そう言う事じゃないかね?」
 老人の言葉に顔を見合わせる二人。
「インターフェイス越しじゃないと分からないって意味かしら?
 そんなのとっくに─────」
「このターミナル特有の現象を見落としておるのぅ」
「……どういう意味っスか?」
「ほっほっほ。後は自分で考えると良かろう。
 人に聞いてばかりでは精進にならんからのう」
 老人はふらりと歩を進める。ごく普通ののんびりとした歩みのはずだが
「え?」
 気付けばその姿は遥か先。路地を曲がって見えなくなってしまった。
「な、なんスか、今の!?」
「……わからないわ。……あのおじいさんが黒幕とかじゃないわよね?」
 それにしても老人の言葉は一体どういう意味なのだろうか。
 忍び込む気も失せて二人は背後の工場を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「わしは何も悪いことはしとらへん!」
 トリメスの声がキンと響く。
「指輪の製造については認めるのかしら?」
「……確かに指輪は作っとる。じゃがしかし、あれは癒しの力があるだけや。なんも問題あらしまへん!」
「じゃあ、ごく微量の力がここに集まっている理由は?」
「っ!」
 鳥の分かりにくい顔なのにリアクションが分かりやすい。
「トリメスさん。あなたが沈黙を通すのであれば、私は円卓会の総意の上で強硬手段を取らざるを得ません。
 答えてください」
「……」
 たっぷり銃数秒の沈黙。
 それから観念したようにダチョウはがっくりと首を落とした。
「神さん造ろうと思ってんねん」
「神……? 神族、ですか?」
「せや。この世界だけの神さん。商売の神さん造ろうとしてんねん」
「そんな事が……?」
 ヨンが驚きの表情を作るが、クネスは得心いったように頷く。
「それで『祈り』を集めていたわけね?」
「せや。祈りは神さんの材料やからな。
 ギブアンドテイクで加護をくれる神さんつくろうとしたんや」
 突拍子のない話だが、信仰によりその力を増減させる神々を作る材料が祈りというのは、なるほど妥当かもしれない。
「では指輪の仕組みは?
 どうして誰が調べても解析できないのですか?」
「そりゃあ。ほら」
 ダチョウは口籠り
「わしもよう知らん」
「ちょっ!?」
 ヨンの突っ込みに「い、いやほら! それでできるんやったら問題無いやん!」と唾を飛ばして反論するダチョウ。が、リリーとクネスの視線に屈してがくりと肩を落とす。
「その技術をどこから手に入れたのですか?」
「貰ったねん」
「誰に?」
「『とらいあんぐる・かーぺんたーず』のケルドウム・D・アルカや」
 その回答に、苦い物を飲みこんだような顔をするヨンと、思案顔をするクネス。
「きっと、アルカさんでは無いのでしょうね」
「ヨンさんもそう思う?」
「え? え? どういうこっちゃ?」
 自供した矢先にそれを否定されたダチョウが長い首をきょろきょろさせる。
「トリメスさん。あなたは指輪の原理を知らない。
 ただ癒しの力を持ち、祈りをかき集める装置だと思っている。と言う認識でよろしいですね?」
「……せや。せやけど……わし、なにかごっつまずいことしてん?」
「すぐに指輪の生産をやめてください」
 どきっぱりと言い放ったヨンのお願いに、ダチョウははーとため息。
「もうとうにやめてんねん。
 変なうわさが広まって貰い手がおらんようになってなぁ」
「そうですか。ではラインの解体もお願いします。
 また今回の一件に対し、始末書を次の円卓会までに提出すること。
 よろしいですね?」
「……わかったわ」
 と、

 どぉおおおおん!

 建物の中心くらいから爆音が挙がったのはその時だった。
「な。なんや!? 火事か!? 火事かいな!?」
「これはっ! 消火を早く!」
「証拠隠滅かしらね……」
 すぐに自警団がわらわらと集まってきて消火活動が開始される中で、クネスはひとり神妙な顔で昇る黒煙を見上げていた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで生産ラインは爆炎の中に消えてしまいましたとさ。
 はいはい。神衣舞です。やふー
 話の本筋はこれにて終了です。次回は予備回と言いますか、やり残したことがあればどうぞーという回です。
 何故指輪の解析を誰ひとりできなかったのか。
 この回答もぜひ考えてみてください。
 うひひ。
【inv16】その祈りは誰がために?
(2011/07/14)
「……すぅ」

「ね、寝るなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっス!!」

 がっと手持ちの袋から飴玉を掴みだして船をこぐ少女の口に叩き込む。
「……すーすーする」
「その為の飴っス! 良いから話を続けるっスよ!」
「……話? ……ああ、指輪?」
「そうっス! あらゆる光学的、物理的、魔力的な仕掛けが無いかもう一度確認してほしいっス!」
「……」
 また寝たのではないかと不安になりながらがさりと袋に手を突っ込むと「起きてるよ?」とか細い声が返ってきた。
「調べても無駄」
 続けるように、ユイ・レータムは告げた。
「無駄ってどういう意味っスか?」
「怪物と意思疎通ができない。と同じ法則かしら?」
 背後からの声に振りかえれば微笑を湛えるクネスの姿。
「ど、どういう意味っスか?」
「怪物とはありとあらゆるコミュニケーションが行えない。炎の魔術を使い、剣で殴ってきている事は分かっても、その魔術構成も剣に刻まれた銘も決して読む事が出来ない」
「……でも、発生した炎は体を焼き、剣は体を傷付ける」
 同意するようにユイが言葉を継いだ。
「あたしもいろいろ考えたんだけどね。
 最後に行き着いた回答例がそれだったわ」
「……で、でもほら、この指輪は探索者が造ったんスよね?」
「本当に?」
「……正確に言えばこの指輪を作っていたのは機械だったわ。
 ただ、その機械を作った人物は恐らく来訪者ではあると思うんだけど」
「じゃあ、それが怪物と同じ性質を持つ理由が無いじゃないっすか!」
「そうとも言い切れないわ。現にナニカは怪物になっていたわけだし」
 そう言われればむと口籠る。ヘルズゲートの向こう側にずんとたたずむ巨大ナニカは確かに怪物化していたらしい。
「何らかの条件下でこの世界にある物は『怪物』化する可能性があるのよ。
 それはまず間違ってないと思うわ」
「いや、でもそうするとその生産装置は『回復効果を生む指輪を作り出す怪物』だったと言うんっスか?!」
「その可能性はあるんじゃないかしら?
 ……でも、その場合には壊せば元に戻りそうだけど……」
 例の生産装置はラビリンス商業組合管理の下で破壊されたらしい。
 しかしそういう話は聞いては居ない。
「……違うんじゃないっスか?」
「……でも他の理論だとすっきりしないのよね」
 そんなやりとりを水色髪の少女はぼんやり眺めつつ一言。
「80点」
 二人の視線がうつろな瞳へと向けられる。
「そう言えばユイの結論を聞いていなかったスね」
「どういう事かしら?」
「……怪物の魔術式は理解できない。
 怪物の作る機械も理解できない」
「……まって。多分だけど、その機械を作った子は来訪者だわ。
 怪物じゃないはずよ?」
「え? 知ってるんスか? 犯人」
 先にきょとんとしたのはトーマの方だ。むしろ当然だが。
「推測だけどね」
「……何か問題?」
 こっくりと首を傾げる少女にクネスは一瞬押し黙り
「怪物とは一切のコミュニケーションが取れない。だから怪物の造った機械も、そこから出てくる物も解析できない。そういう話じゃなかったわけ?」
「そう」
 今度はこっくりうなずく。
「その人とは会話ができるわ。つまり怪物じゃないって事じゃないの?」
「……あるいは一つ抜け道があるにゃよ」
 ひょいと顔を出した若草色の髪の少女がほんの少しの苦笑を浮かべつつ告げる。
「抜け道って?」
「確認できたことじゃ無いにゃ」
 そう前置いて彼女は────犯人だろう少女と瓜二つの少女は告げる。
「来訪者でありながら怪物であれば良いにゃよ。
 もちろん、そんな事が可能かどうかなんてさっぱりにゃけどね」
 そうは言うアルカだが─────
 二人にはそれが何故か事実のように聞こえるのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆

「お疲れさまでした。これが報酬です」
 優雅に、にこやかに。
 美少女の風体を完全に備えた彼女はPBを操作し、二人のPBへと送金する。
 ここに来たのはヨンとマナの二人だ。無論他の者にも報酬は支払われているが、所謂電子マネー的なCRCは目の前で受け取る必然性が無い。
「ところで、どういう処理にするのかしら?」
 マナの問いかけにリリーはほんの少しの間を置く。
「あの機械はラビリンス商業組合が責任を持って破壊いたします。
 彼はまぁ、罰金刑というところですかね」
「……できればあの指輪はただの金属の指輪で、噂もなにもかもデマだって触れこんでもらいたいわね」
「……それは難しいかと」
 マナの要求にリリーは困ったような笑みを浮かべた。
「『癒し』の力が働いていたのは間違いなく事実ですわ。そしてあの指輪を使う者が居れば正体不明の力はこの大迷宮都市へと送られてくる。
 こちらとしては噂を信じて全ての指輪を破棄していただけるのが一番なのです」
 そう言われると反論は難しい。現況が破壊されても一度出回った指輪は消えはしないのだ。
「これから謎の力をなんとしても打ち砕くなりしなければなりません。
 気が重い話ですわ」
「……正体不明ですからね」
 ヨンが苦笑いを浮かべた。
「利用できる物は利用するのが商人の性というものですが、リスクしかありませんから」
「確かに。
 しかし、今回の件もありますしアルルムさん……いえ、アルカさんのそっくりさんに注意してもらうように商業組合には通達をお願いしたいです」
 告げながら、ヨンはふと違和感。完璧な微笑を浮かべるリリーの表情にほんの少しだけ亀裂が入ったように思えたのだ。
 気のせいだろうか?
「……ええ、もちろんですわ。ご忠告感謝いたします」
「いえ。では私はそろそろ」
「……私も帰るわ。またね?」
「はい。お気をつけて」
 こうして微笑みに見送られた二人は一路クロスロードの我が家へと向かうのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「有耶無耶のうちに終わってしまいましたか」
 そしてポリゴンロボは一人考える。
「イワシの頭も信からと言いますが、思い込みだったのでしょうかね」
 ぽてぽてとクロスロードの町並みを横目に。
 ひと騒動ではあったが、今日もクロスロードは平和であるようだ。

 ……たぶん。

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にゃふ。神衣舞ですにょろ。
これにてinv16は完了となります。
まだ出すつもりのなかった裏設定がね、ポコポコ出てる……っ!w
これもそれもフラグが妙な勢いで立ったからでして……
うん。なんかいろいろすっ飛ばしてるけど何とかなると思うw
というわけで、inv15と並んでちょっと参加者フレンドリーでないシナリオでしたが、この世界の秘密に近づくシナリオと思っていただければ幸いです。
では次回もおたのしみにー。
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