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【inv18】『クロスロードお遣い歩き』
クロスロードお遣い歩き
(2011/11/10)
「錬金術ですか?
 それを専門にしている方は数名居ますが……」
 サンドラが思い出すように視線を天井へ彷徨わせる。
「紹介してもらえないかしら?
 もしくはフレアシードとか妖精樹の樹液あたりを持っていそうな人が良いんだけど」
「そのあたりの専門家はどちらかと言うとニギヤマ氏ですが……
 錬金術で作るのは難しいでしょうね」
「というと?」
「フレアシードは火、土、木の三属性を持つ珍しい宝石です。あるいは火属性の琥珀と言うべきでしょうか。これを錬金で作ろうとすると十中八九大惨事が発生しますね」
「3属性混同……?」
「しかも木生火、火生土で生成失敗時にはエーテルの暴走がわりかし酷いですね」
 確かにそれは難しそうねとクネスは嘆息する。
「なので錬金術と同時にかなり高度な精霊術か仙術が使える人ならできそうではありますが……。仙丹系宝貝制作が得意な方が最適とは思いますが、あいにく地下にはその専門家は居ません」
「妖精樹の樹液も?」
「そちらの類似品を作る方法があるかは知りませんが……。
 そちらは魔属性と生命属性である木の属性を掛け合わせる必要があるでしょうね。
 まぁ、普通の方法では失敗するでしょう」
「……そうして聞くとキワ物ばかり集めてるのね」
「そうですね。よほど特異な事をしようとしているようですが……」
「……自作は無理かぁ」
「先ほども述べたとおり、錬金系技術と属性を操る技術をかなりの高さで保持している人さえ見つければ、可能ではあるでしょうけど」
「そんな人、居るのかしらね?」
「……居ないことも無いと思います。誰とは言えませんがクロスロードですし」
 そう言われると確かに居そうな気はする。
「ちなみに、こんなの集めて何をしようとしているか、とか心当たりない?」
 サンドラはリストをしばし眺め、それからほんのわずか、眉根をしかめた。
「申し訳ありませんが分かりません。
 木、聖、金、土、水、火、魔……随分と大がかりな練成を行う準備のように思えますが……一方でこれは舞台づくりのような気もします」
「舞台?」
「はい。つまり目的はそれ以外の何かを持って行うのではないかと。
 ヌーデビルがどのような属性を持つかはデータに無いのですが、その分鍵になるのではないかと推測できます」
 サンドラの言葉にんーと考えるポーズをしたクネスだったが、やがて肩を一つ竦めると
「もう少し考えてみるわ」
 と、その場をあとにすることにした。
 まだ情報が足りないな、と呟いて。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「わかった、それを依頼人に伝えてみる」
 施術院組合でようやく妖精樹の樹液を発見したエディは条件をメモして胸ポケットに納めた。後は依頼人がどういうかだけだ。
 すぐさまそこを後にしたエディは宝石商へと足を進める。
 確かめるべきはフレアシードとトルマリンについて。
 宝石商からの話ではフレアシードはめったに見られない魔法石。トルマリンは比較的目にする石、という話だった。
「そういやぁ、最近買い占めてるやつがいるらしいな」
「そいつの情報はないのか? 或いはまだ在庫がありそうな場所は?」
「……トルマリンなら2,3日もしないうちに入荷するだろうがね。
 フレアシードについてはなんとも。買い占めてるのは人族系の美人の女だとか」
「蛇目の?」
「そう聞くね。まぁ、形状だけじゃ種族の断定なんかできないけど、あんなものを買い占めるんだからよほどの富豪なのかね」
 この世界から見てもレアな品物をかき集めているというのだから確かに相当の財力が無ければ成立しない。
「邪魔したな」
「いやいや。トルマリンが入荷したら知らせてあげるよ」
 笑みで応じる宝石商を背にせわしく向かうのはケイオスタウンにある平屋の屋敷だ。
「シュテンは居るか?」
 ん?と振り返ったのはのっぺらぼう。そいつはくりくりと首を回すと、奥を指さした。
「邪魔するよ」
 指の先は家屋でなく庭。そちらへ回ると縁側にどかり腰を据えて人間種の傘ほどあろうかという杯を手に酒をちびちびとやっている鬼の姿があった。
「ん? おぅ。いつぞやの銃使いか。百鬼夜行の手伝いにでもきてくれたのか?」
「今年もやるのか?」
「無論よ。ああ、今年はアレとのやり取りの日とずらしたから、そんなに派手な仕事にゃならんと思うがな」
 がははと笑い、シュテンは杯を進める。
「断るような無粋なまねはしないが、さすがにお前さん用は腕が折れる」
「そりゃあそうだ。イバラギ」
「はいはい。こっちが女の姿になってから、女中か何かと勘違いしてないかい?」
 奥から現れたのは純和風の美人だ。しかし鬼気というべきか、不意に近寄ろうものなら頭から噛み砕かれるという確信を彼女は従えていた。
「そんなこたあねえよ。で、銃使い。百鬼夜行の件でないとすりゃ何の用だ?」
「2つ相談があってな。
 1つはヨンのやつが妙な呪いをかけられているらしい。こいつの解呪方法に心当たりはないかというもの。
 もうひとつは妖精樹に心当たりはないか、って話だ」
「呪いだ? ……こっちと掛けるほうで解呪なんてのは専門外なんだがな。
 天狗の野郎ならそういうのも幾ばくかわかるだろうが」
 天狗とは己の力に過信しすぎた術師が死んで落ちるという地獄の一道、天狗道の者だ。故に天狗は術にかけてはそれ相当の腕前を持つ。
「ん? 太郎丸だったら里帰りしてるよ?
 百鬼夜行に仲間を連れてくるんだとかで」
 早速酒に手を着けていたイバラギがその細身に似合わぬ豪快さでくいと大きな杯を飲み干して言う。
「そりゃ間が悪いな。
 しっかし、どういう呪いなんだ?」
「わからん。感情を操るものらしいがな」
「感情な。妖怪種の中にはそういうやつも少なくはないが、さてどういう者かがわからん状態では何とも言えんわ」
 どうでもいいような口ぶりにエディは苦笑を洩らしつつも
「まぁ、それもそうか」
 とうなずきを返す。
「呪術師ならば呪詛(ずそ)返しの法くらい使えるんだろうが。
 あれは力負けするとさらにひどいことになるからな」
「……打つ手なしか」
「あえて言うなら専門家に頼るしかないだろうな。
 あと木の妖怪種にゃ色々居るが、あいつら基本動かないからなぁ……
 こっちの世界に着てるやつはめったに居ないぞ」
「ふむ。安易に採取とは行かんか」
「だろうな。精霊系妖怪種なら多少なりと居るが、あいつらはこっちだと本体から独立している上に……こっちじゃ妙な動きするからな」
「妙?」
 シュテンはぐいと杯を空にして
「植物系の連中は妖怪種に限らずクロスロード内ではどうも……よそよそしいと言うべきか。あいつらだけで集団作ってる風なんだよ。
 何聞いても教えちゃくれねえのがまたなんとも」
「……ふむ」
「まぁ、不確定な話だ。悪いな、力になれなくて」
「いや、参考になった。今度酒でも持ってくる」
「おう、一斗くらいは頼むわ」
 途端に起源を回復したシュテンを見やりながら、さてどうしたものかとエディは秋空を見上げる。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「空からの探索?
 ああ、やめておけ、消えちまうぞ」
 ヌーデビルの捕獲のため、上空からの探索を画策していたマオウに返された言葉は、そんな呆れを含む物だった。
「消えるというのは?」
「お前さん、新参者だな。
 こっちの世界の常識だから覚えておいた方がいい。
 一人で空を飛んだやつは帰ってこない。誰も見ていないところで空に食われて消えちまうんだ」
「……」
 マオウのしかめっ面を見ておっさんが笑う。
「おうおう。大抵この話を聞いたやつはそんな顔をする。
 だが、残念ながらこいつは事実だ。行方不明になったやつは数知れず、そして一度行方不明になれば帰ってきた奴なんて一人とていないらしい」
「理由は?」
「わからん。ただ地面からある程度の高度を保ち、他人の目に触れなくなった瞬間に居なくなるらしいな。二人乗りの飛行機なんかでも消えたことはあるらしい。
 正しくは残された者が消失の瞬間を確認できなくなったときに消える、と言うべきか」
「それは怪物の仕業なのか?」
「分からんから恐ろしいのよ。この世界の常識やもしれん」
「……つまり、行くなら地を往けと?」
「そうなるな。飛竜が飛ぶのはクロスロードから四方砦の間までよ。
 それ以上は最早蛮勇だ」
「気にいらないな」
 が、バケモノ揃いとも言えるこのクロスロードで誰も飛ばないという事実は、その挑戦を蛮勇と謂わしめる程の事柄なのだろう。
そして地に足を付けるのであればその地は水を恐れねばならない。
「なるほど……東西が危険というのもうなずける。空も地も危険だらけだ」
 これでは一人でどうこうはできそうにない。
「……仕方ないか。
 ところで話は変わるが『蛇目の女』に心当たりはないか?
 最近特定の品物を派手に買い占めていると言うが」
「……あんた、とことん危険に踏み込むのが好きなんだね」
「どういう意味だ?」
「どうもこうも。あんたは腕に自信があるようだが、この世界に来たばかりならば近づかない方がいい」
「……知っているなら話せ」
「口の悪い客だね。まぁ、その初々しさに免じるとしよう。
 その人は……この世界に居る神族の中でも特段にタチの悪い方だ。
 なにしろ主神であり、地母神であり、悪魔であり、竜である。
 おおよそ考えられる最悪の性質を兼ね揃えた存在さ」
「……」
 己も前身を魔王という存在であるがために、口にするにはばかられる言葉ではあったが
「なんだ、そのむちゃくちゃな存在は」
「何だと言われてもね。まぁ、関わらない方がよいという事が分かってもらえればいいさ。
 なに、あんた人間種でもないんだろ。抗うならまず力を付けることだ。のんびりとな」
 さすがに腹が立つが男の言葉には欠片も悪意が無い。それを知ってマオウはチと舌を打ち「邪魔したな」と男に告げた。
「いや、楽しかったよ。
 あんたの蛮勇が英雄たる所業につながることを楽しみにしよう」
 ニヤリと笑う気配を背に、マオウはさてどうしたものかと思考を巡らせた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの魔法陣に関わったやつの仕業じゃないだろうな……?」
 一人呟く言葉は市場の喧騒に消える。
 何かを調べに行くというヨンと別れたザザは事件のきな臭さを感じて依頼人のもとへひとり行くのをやめ、残りの捜索物が無いかと市場にやってきていた。
「とはいえ……」
 ここでそうも簡単に見つかるのならとっくに品物はそろっているだろう。
 案の定一時間程度市場を歩き回っても、まつわる物の一つ見つけることは出来なかった。
「ねえ、そこのお兄さん?」
 流石にあきらめるべきかと呟いた刹那。
 自分の目の前に笑顔の女性が立っていた。見覚えのない女だが、その容姿は整い過ぎていると言って過言ではないほどだ。
「……なにか用か?」
「ええ。あなたの持っているミスリルとユズノカズラ。私に譲ってくれないかしら?」
 弓なりに笑みを描く瞳がゆっくりと開かれ、そこにあるのは金の瞳を割くような黒の瞳孔。まさしく蛇の目───
「お前……っ!」
「あら、別に害意はないのよ?
 奪おうともしていない。ちゃんと代金は払うわ?」
「……こっちも仕事でね、はいそうですかと渡すわけにはいかない」
「でも奪ってもかまわないのよ?」
 ぞわりと背筋に怖気が走る。こんな感覚一体いつぶりだろうか。
 目の前に居る女性はこの奇異の町クロスロードにあって格段に異常だ。それを本能で自覚する。
「悪い冗談だな」
「本気なんだけどね。まぁ一つ二つ渡ったところで構いはしないんだけど」
「どうして邪魔をする?」
「教えないわ」
 にべもない答えにザザは眼光に力を込める。
「教えてはいそうですかと渡してくれるならば構わないけどね」
「……」
「考えておいてね。別に私は貴方達に不利益なことを起こそうとはしていない。
 ある意味……貴方達の持つ正義感には私の方が近い行動をしているのかもしれないわよ?」
「意味がわからない」
「分からないように喋っているものね。じゃあ、またいずれ」
 女性はごく自然にザザの横を歩き、そして振り返った時にはすでに影も形もなくどこかへと去ってしまっていた。
「……なんなんだあれは?」
 ごく当たり前の感想。それを強要する存在を胸に刻みながらも、ザザはヨンとの待ち合わせの場所へと思い足を向けさせた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 どうしてこうなった。

 吸血鬼は心中で何度目かのその言葉を洩らし、目的地へとたどり着く。
「あ、居た」
「……おや?」
 その扉へ手を賭ける直前。横合いからの言葉に視線を向ければ黒を纏う無表情娘がじっと見つめていた。
「アインさん。……私を探していました?」
「……うん。女性関係は、ヨンさんが一番だから」
「ええ。なんというかその認識は即座に忘れてください」
 くぃ?と小首をかしげるアインにヨンは眩暈すら覚えつつも気を繋ぐ。
「……蛇目の女の事も知らない?」
「知りません。というか、何者ですかそれ?」
「ヨンさんが知らないとは思わなかった……」
「色々説教したい気分ですが……。人探しならここの人は最適ですよ」
 と、正面にはアドウィック探偵事務所の文字。
「……確か、探し屋?」
「ええ。一緒に行きますか?」
「……うん」
 こっくりうなずくのを見てヨンは嘆息一つ。アインの横を抜けて入口に手をかけようとする。
「いらっしゃいませ」
 という言葉とともに、扉が先に開かれ
「うわっ!?」
 完全に虚を突かれ、空ぶった手は

 むに。

 メイドの胸を思いっきりわしづかみしていた。

「……」
「……」
「……」
 時間が固まる。
 世界が凍る。
「……流石、ヨンさん」
「い、一歩引いて言わないでくださいよっ!? 事故ですよ事故!?」
「だったら、先に手を離した方がいいんじゃないかな?」
 からかうような男性の声にはっとしたヨンはあわてて豊かな胸をつかんでいた手を引き剥がす。
「す、すみませんでした!?」
 全力の謝罪にメイドはアイン以上の無表情で一礼し、建物内へと歩き去ってしまった。
「……流石ヨンさん」
「二度言わなくていいです!」
「いや、まぁ流石と言わざるを得ないと思うけど。
 で、ヨン君。私に何か用かね?」
 変わるようにして現れたのは室内でもハンチングボウを被る三枚目の男。
「……コホン。アドウィックさん。実は私、呪いを掛けられたらしくてですね」
「呪いが勝手に女性の胸へと手を動かすのだ。静まれ俺の右手?」
「どこの厨二病患者ですか!?
 だから事故ですって?!」
「はっはっは。それで、呪いをかけた主を探してほしいと?」
「……はい」
「ずばり、女だね!」
 パイプを片手にびしりと決めた事象探偵。それに対し「……それは予想できました」とアインが小さくつぶやいて、ヨンは膝から力が抜けそうになる。
「ふ、ふざけるのはやめてください!」
「ふざけてなんかいないさ。本当に女性なんだよ。君に呪い……というか、祝福を授けたのはね」
「祝福?! 負の感情を向けられるとか言われてるんですけど!?」
「祝福さ。一般的には呪いのようなものかもしれないが、神が与える加護なんだからそれは祝福というべきだろう」
「……神? 神族が関わってるんですか?」
「ああ。聞いたことはないかい? 大罪の悪魔にして全ての鱗を持つ者の王。大地の母にして神々の母」
「……壮大」
「そう。そんな壮大な神族に気に入られたんだよ。流石はヨン君だね」
「……じゃあ、私にかけられている呪い……祝福が何なのかも推測が付いているんですね?」
「ああ。まさしく『嫉妬』さ。君は『嫉妬』という祝福を受けているんだ。
 身に覚えはあるだろう?」
 確かに無いとは言い難い。特に酒の入るような場所だと男性陣にやたらうらみがましい視線を向けられることがある。
「……それは、誰なんですか?」
「地球世界の一地方の神だね。ティアマト、或いはリヴァイアサンと呼ばれる者だ」
「………」
 後から聞いた話ではあるが、その名前には覚えがあった。
 ちょうど一年ほど前の百鬼夜行で空を舞うファフニールを怒らせてパレードを台無しにしようとした女性が居たという。
「……どうして」
「稀にある話しだけどね。神は自分の司る概念に近い存在を勝手に気に入り祝福を与えることがある。大抵はその祝福に染まり、神官になるんだけどね」
「……」
「ただそれが今回の場合『嫉妬』だったというわけだ。
 君が受ける『嫉妬』は神が認めるレベルだということだ。素晴らしい」
「素晴らしくないですよ!?
 というか、何とかする手段はないんですか!?」
「あるにはある。まぁ、手っ取り早いのは本人に解除してもらうことだろうね」
 さらりとそんな事を言うが、どう考えても穏やかにうなずいてくれるような相手と思えない。
「……もしかして、その人、蛇目?」
「ああ。そうらしいね。とても美しい女性の姿であるとも聞く」
「……流石はヨンさん」
 びしっと無表情にグッドのハンドサインをするアイン。ヨンは力なくうなだれるしかない。
「と、とにかくこれを解いてもらうついでに話を聞かねばなりませんね」
 それでも腹にぐっと力を入れて復活。
「はは。まぁ、頑張ってくれたまえ」
アドウィックは心の底から人ごとのように言い放ち紫煙をふぅと噴出した。
「……口説きにいくの?」
「断じて違いますからね!!!」

 ヨンの悲痛な叫びがアドウィック探偵事務所前に響き渡り、事象探偵は大笑いした。

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 めがさ時間かかってホントすみません。
 ちょっと精神を制作に向けるのに手間取ってしまいました。まだまだ精進がたりんのぅ。
というわけで今回のお邪魔虫の正体が見えてきました。

裏話で本来彼女、ヨンさんにほとんど接点が無かったのですけど、まぁ、持ち前の発想力でちゃんとつなげたよ! 褒めて褒めて☆

 というわけで、次もよろしゅうお願いしますね☆
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