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【inv18】『クロスロードお遣い歩き』
クロスロードお遣い歩き
(2011/11/25)
「邪魔ですか……?」
 依頼人トリマンはきょとんとした顔でマオウに問い返した。
「ああ、かなり高位の神族だ。心当たりは無いか?」
「いえ……邪魔をするような相手に覚えはありませんなぁ」
 その表情に嘘やごまかしは無く、本当に不思議がっているようだと見てマオウはあらかじめ調べておいた名を告げる。
「ティアマトという名前に覚えは?」
 それは今まで調査した名前を元に大図書館で検索したある神族の名前。
 大地母神にして竜。そして他の宗教勢力により悪魔とされた者。悪魔と定義されてなおその威光からか『全ての鱗を持つ者の王』、つまり水の中に住む全ての者の王の名を与えられた存在。
 その言葉に男は反応する。
「おや、その名前をご存知ですか。
 ええ。もちろんですとも」
 しかし反応は驚愕や困惑でなく、あまりにも朗らかなものだった。
「……そいつが邪魔をしている可能性がでかいのだが?」
「それはありません!」
 大仰と言うに無理のない動作で、しかしトリマンは苦笑いすら浮かべて否定をする。
「あの方が邪魔をするはずがない。なぜならあの方のために我々は活動をしているのですから」
「……どういう意味だ?」
「ふぅ。そのあたりはわざわざお話することではないと思っているのですが。
 誤解を生じたままでは困りますからね。お話しましょう」
 男はどこか作り物めいた笑みを浮かべると、当たり前のように言い放った。
「我々は母上をよみがえらそうとしているだけなのですよ。
 故に、その母上が邪魔をするはずが無いではありませんか」
 どういう事だと、マオウは眉根を顰める。
 神族同士の抗争、という予想を立てていた彼だが、様相はまったく違うようである。だが、彼の言が真実だと仮定するならば、邪魔をする蛇目の女は何者なのか。或いは別の世界の類似する神なのだろうか?
「……本当に、それはその神が望んでいる事なのか?」
「当然でしょう。と、我々が言うのも本来はおこがましいのですが。
 これは我々にとっては罪の清算でもあるのです。それを恙無く終えられるよう、皆さまにはより一層の検討をお願いしたい」
「……本当に、邪魔をする相手に覚えはないのか?」
「……あるとすれば我らが母の神威を指して悪魔と称した浅ましき若輩の神でしょうが……。あの神はこの世界に手出しできませんし」
「何故言い切れる?」
「かの神は唯一神であり、なおかつ全知全能でなければならないのです。
 故にこの世界に来ると言う事はその全てのアイデンティティ、詰まる所己を構成する神威を否定することになりますから」
 神々も悪魔も闊歩するクロスロードを壁越しに眺め見るようにして男はほほ笑む。
「故にここはその祭儀の場としても適している」
「……なぁ、その神はお前がやろうとしている事を勘違いしているという事は無いのか?」
「無いでしょうね。そも我らが母が全てを作りたもうた物。まの真っ先に気づいて然りです」
 ……。
 やや呆れたような顔をしつつ、マオウは思案する。
 この確信の持ちようは演技とはとても思えなかった。その上で生じているこの矛盾は……
 意思疎通、できてないとしか思えない。
「……とりあえず事情は分かった。引き続き捜索に戻る」
「ええ、よろしくお願いします」
 透明な笑顔を浮かべるトリマンを背にマオウはどう動くべきかとため息をついた。

 ◆◇◆◇◆◇

「おい、アレ見ろよ」
「爆発すればいいのに」
 街行くヨンは強く視線を感じていた。確かにやっかみじみた視線を受ける事が最近多いなとは思っていた。が、今日は増してひどい。殺意にも似た何かをひしひしと感じ続けている。
 その理由は無表情につき従うアインのせいだけではないと……思いたいが核心は持てない。ホムンクルスという生い立ちからか人形のように整った顔立ちの彼女がしずしずと従って歩いているのだから男性の視線はどうしても向けられ、加速するように悪意をヨンへと誘導している。
 惜しむべきは死神にも思える黒一色のよそおいだが、このクロスロードでそんな些細なファッションなど気にする者はおらず、またどう見てもヨンとおそろいなのでなお一層に悪い。
「お前、そろそろ刺されそうだな」
「本気でそう感じるので勘弁してください」
 胃をきりきりと締め付けられる思いで待ち合わせ場所についたヨンに巨躯の男はやや呆れた風に声をかけた。
「こんな状況でアインを連れてるからだろうに」
「……迷惑、だった?」
 きょとりと小首を傾げて問われると「いえ、そもそも呪いのせいですからアインさんに非はありませんよ」と笑みを返す。
「お前、そもそもの原因そこだと思うぞ?」
「えっ?」
 目を瞬かせて本気で驚くヨンにザザはやれやれと肩を竦めた。
「で、どうするつもりだ?」
「レヴィさんに会いに行きたいと思います」
「……また、女か?」
「……流石はヨンさん」
「ちょっ!? 違いますって! この呪いをかけた張本人ですよ! 多分っ!!」
 とはいえこの依頼の最中ほぼ女性に会いに行っているのも事実だったりする。
「蛇目の女性の事です」
「……ああ、そいつになら遭った。
 やはりお前の知り合いか」
「やはりって……こちらはほとんど認識ないんですけどね。
 それにしても遭ったというのは?」
「ユズノカズラを譲れと言われたよ。拒否したがね」
「強引には奪いに来なかったわけですか?」
「一応はな。また来るようなことは言っていたが。
 で、何者か分かったのか?」
「嫉妬を司る神だそうです。去年の百鬼夜行の時にガスティさんがやり合ったって話は聞いています」
「それでなんでお前なんだ?」
「……ヨンさんの素質」
「なるほど」
 突っ込みたいが有効な言葉が出てこずにorzするヨン。
「と、とにかくですね。私としては解いてもらうようにお願いするしかないわけでしてね!」
「断られたら?」
「……あきらめるしかないかと」
 はぁと大仰にため息。
「相手はこのクロスロードでもシャレにならない実力の持ち主のようですからね。
 私ごときが力づくでどうとなると思えません」
「それでいいのか?」
「良くは無いですけど、他の手段を講じるしかないでしょうし。
 まずはお願いしますよ」
「お断りするわ」
「ですよね。って、え!?」
 咄嗟に三者三様構えを取るのは流石に探索者というところか。
 その中央に悠然と立つ蠱惑的な女性は、たおやかに笑みを作る。
「レヴィさん……!」
「こんにちわ、我が使徒」
「い、いや、使徒になったつもりは無いのですけど!?」
「でも貴方には才能があるわ。人々の嫉妬を掻きたてる取っておきの才能よ?
 これを捨てておくなんて勿体ないわ」
 ああ、まぁ、うん。とうなずくアインとザザにヨンはちょっと涙をこぼす。
「正直命が危険なんです! 勘弁してください!」
「んー。どうしようかしらね」
 獲物を前足で転がす猫の瞳でレヴィはヨンを下から上へと舐めるように見上げた。
「じゃあ取引しましょう。
 今やってる仕事を失敗させなさい? だったら解いてあげるわ」
「……どうして失敗させたがっているか、教えてもらっても良いですか?」
「私が望まないから。ただそれだけよ?」
「……関係者?」
 アインの問いかけにレヴィは素知らぬ顔で無視を決め込み「どうするかしら?」と問いを投げかける。
「理由が無いままに依頼を蹴るわけには……」
「あら、誠実なのね。なのに女泣かせだなんて」
「そんな事実ありませんからね!?」
「事実は形作られる者よ? 想像は人の口を渡って事実のように語られる。
 そうしてそれはいつしか事実となるの。
 ふふ、真実というのはあまりにも影薄い物だから」
 確かに現状はそんな流れから嫉妬を受けまくっている気がする。
「まぁ、貴方はそういう人だものね。
 じゃあ明確な理由をあげる」
 彼女はすっと目を細めて一言。
「ありがた迷惑なのよ、彼。だからさっくり止めて頂戴?」
 妖艶な美女には似合わぬ可愛らしいおねだり。ポカンとする一同に笑みを向けたレヴィはコツリと足音を一つ響かせると忽然と彼らの前から消えたのだった。

◆◇◆◇◆◇

「聖水撒こう、聖水。塩じゃ生ぬるいにゃ」
 店に顔を出すなり笑顔を硬化させたウェイトレスに満面の笑顔を向けてやって、クネスはカウンター席に着く。
「アルカちゃん、今日も可愛いわね」
「けっ」
 基本的に誰にでも愛想の良いアルカがここまで露骨に嫌う人物も珍しい。きょとんとするヴィナの頭をなでてやってしばし観察。
「よぅ、なんか荒れてるな」
 そこにやってきたエディはクネスの横に座ると「軽い飯でもくれ」と適当なオーダーを投げる。
「エディさん、物集めは進んでる?」
「あんたの方はどうなんだ?」
「こちらはさっぱりね。ただ、ちょっと気になることはあったんだけどね」
「……というと?」
「神様作ろうとした事件知ってる? 回復の指輪をばらまいたアレ」
「……ああ、そう言う胡散臭い事件があったな」
「なんか、それに近い気がして」
 クネスの発言にエディは露骨に眉をひそめる。
「全然違わないか? 別になにかをばらまいているわけでもあるまいに」
「人がアイテムに変わっただけって感じがするのよね。属性を偏りなく揃えてるし……あとはまぁ、勘かしら」
「勘、ね」
 エディはポケットから先ほど聞き出してきた現在の入手総量を書いた紙をテーブルに置いた。
「それは?」
「依頼主のところに集まっている資材だ。
 これで何か分かるか?」
「……んー、ヌーデビルの属性がちょっとわからないのよね」
「地水属性よ?
 ヒッポカムポスの牛版ね。下半身が魚なの。
 ただ特徴的なのは地上に出ると下半身を変化させて疾走できることね」
 奥から出て来たフィルが「いらっしゃい」と言葉を続けた。
「フィルさん、知ってるの?」
「ええ。うちの世界に居たもの。
 一頭捕まえるとしばらく保存食に困らなくて済んだわ」
「……結構ワイルドな生活してたのね」
「これでも一応元冒険者……探索者だもの」
 ポニーテールの少女は微笑んでフライパンを手にする。
「ただ集団で行動するし、水に逃げられると追うのも捕まえるのも面倒だったわね。
 でも、そんなのどうして探してるの?」
「依頼人がその角を所望していてな。
 どこかで手に入らないか?」
「……どうかしらね。そもそも角なんて手にしたところで何に使うのかしら?
 薬効があるとか聞いたこと無いけど」
「他のアイテムと合わせて何か出来そうな儀式とか、わからねえか?」
「そう言うのはアルカの方が詳しいと思うけど」
 視線を向けるとなるべく距離を取るように他の客に応対している赤猫の姿がある。
「それにしても、クネスさん、どうしてアルカにそんなに嫌われてるわけ?」
「嫌よ嫌よも好きのうち、ってことかしらね」
「絶対に違うにゃ」
 注文書きを置いて、一言。
「うふふ。それでアルカちゃん。素直に推測してくれるとすぐにでも帰るんだけど?」
「対象となるのは地と水に根源を持つ者。その術式は仙術式の相生じゃなくて、その反転を用いた時の逆戻し。
 ……神をどうとか言ったにゃね?」
「ええ」
「全部そろっても一つ足りない。その核となる材料はその欠落した神そのものだから。
 欠片全てを対象にしてようやくそれは元通りになるにゃよ。当然にゃね」
 言う事言ったぞという目で睨まれてクネスは余裕の笑顔を返す。
「欠片全てって。この世界にあるのか?」
「知らないにゃよ。でも神術がこの世界で使える原理から、こっちに引っ張り込むことはできるかもね。もちろんその欠片が物理的な物だったら扉に接するなりしなきゃだめだろうけど」
「物理的なって言うと?」
「神器関係とか転生体とかにゃね。
 なんにせよ、そこまで強大な神を直接召喚するようなものにゃから、結構シャレにならない事に発展するかもね」
 解説終わりと赤い二股尻尾をぴょこぴょこくゆらせてカウンターから離れる猫娘。
「……どう思う?」
「どうもこうも、成功させたらまずいって話じゃねえのか?」
「……そうなのかしらね?」
 自分の世界の神を取り戻したいという願いは分からない話でもないだろう。それがクロスロードに与える影響はどれほどかと問われると何とも言い難い。
「それに今の話じゃ、材料が全部こっちにあるか、こっちに持ってこれる状態じゃないとだめらしい。それはあの依頼人が既に用意してるってことなんだろうかね?」
 問われても分かるはずが無い。何しろその材料を彼らは知らないのだから。
「んー、もうひと調べしないとだめかしらね」
 そう結論づけてクネスは折角だからとアルカいじりに戻ることにした。

◆◇◆◇◆◇

 そして方針にうつろうマオウの手には調べた記述のひとつがあった。
「マルドゥクはティアマトの体を二つに裂き、一方を天に、一方を地に変えた」

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さて、次回かその次がラストになると思います。
というわけでみなさん、どうするかはお決まりでしょうか?
うひひひひ。
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