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【inv18】『クロスロードお遣い歩き』
クロスロードお遣い歩き
(2011/12/10)
「邪魔、ですか」
 依頼人トリマンは困ったように眉根を寄せる。
「他の方も同じような事を言っていましたね。
 つまり彼の勘違いと言う事でもなかったらしい」
「結構先手を打たれてるみたいだし、品物を集めるのは難しいかもよ?」
「ふむ。この世界でならとはおもいましたが、とんだ見当違いでしたか」
「他の手段があるならそれでやった方が早いかもね」
 クネスの言葉に男は数秒、無言で思案すると、やおら天井を見上げた。
「まぁ、方法が無いわけではありません。
 ただ、この世界の法則にのっとれば、先に住んでいた者の方が強くなりやすいのは道理。
 故に人を雇い、術式で補おうとしたのですが」
「……ねえ、貴方がやろうとしているのは神様の復活なのよね?」
 問いかけに男は視線を下ろし、数秒クネスを見やってから「いかにも」と言葉を返す。
「それって、その神様が望んでる事なのかしら?」
「前に来た男も同じような事を言っていましたね。
 己が復活を望まぬ者など居ないでしょうに。望まぬ死を与えられたのであればなおさらに」
 揺るぎない言葉は確かに狂信者のそれを連想させる。が、本当にこれは「狂信」なのだろうかという言葉も胸中に浮かぶ。その理由は彼の表情に交じる罪悪感のようなもの。
「……神託とか受けられないわけ?」
 或いは、全ての品物を集められねばどうするか。その時の問いと用意した言葉を向けると男は人形じみた笑みに戻して何の事もなしと返す。
「今現在存在しない者から神託を受ける事は不可能でしょう。
 加えてこの世界ではそういう類の術式は阻害されるらしい」
 100mの壁が最も強固に働くのは未来予知など時間を跳躍するスキルだ。距離には100mという明確なラインがあるが、時間を距離に換算する事は出来ない。
「それに───」
 男は完全にクネスの事を忘れたかのようにその言葉をつぶやいた。
「我らが母は我々の言葉など聞きたくもないでしょうね。
 故に我らはその御身の復元を以て、まず最初の謝罪とするのですよ」
「……まさか、貴方、神族?」
 その問いかけへの返答は立ったひとつ。
 何を今さらというような、そんな表情が向けられたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇
「ヨン覚醒!」

 なんかそんな感じの光景が繰り広げられていた。
 何と言うか、遠慮なく女性と一緒に居る時間が増えたのである。というか増やしている。
 理由は彼に科せられた嫉妬という感情の使徒としてそのパワーを最大限に集めようと考えたのだ。

 だが。

「ヨン」
「はい?」
 大図書館にアインと訪れていたヨンは苦笑気味の妖姫を仰ぎ見る。
「やろうとしている事は聞いたんじゃが……
 方向性を大いに間違っておらんか?」
「えっ?」
 本気で動揺するヨンに純和風の美女は呆れたようにため息をつく。
「今のやりようは嫉妬よりも単なる呆れしか生まぬと思うがの。
 それも男女問わず」
「そ、そんな、バカな?!」
「……うん。ただの節操無し」
 ヨンの行動につき合っていたアインもやっと言えたとばかりに同意する。
「そんな……! いつもは何もしてなくても疎まれてるって聞いて愕然としたのに……!」
 天然ジゴロだから嫉妬が集まるんじゃないかなぁと女性二人は思うが、今は口を閉じておく。
「まぁ、ともかく。
 今のやりようじゃと、刺されるなりして終りじゃなかろうかの」
「嫉妬と言うより、単純な殺意の視線なら感じた」
「いや……まぁ、殺気は分かっていましたけど、あれ、嫉妬じゃないんですか?」
 再び両者沈黙。
「……ヨンさん。そういう残念はかなり残酷」
「じゃな」
 同時にさげすまれてうろたえる吸血鬼だが、助け舟など当然ない。
「ば、バカな……!
 では、どうすれば……!」
「女性に聞くものでもないと思うんじゃが……」
 やれやれと額を抑え、しかし妖姫は笑みを作る。
「妾は文。知りうる問いにはには応じるが性じゃ。
 普通にしておれば良い。まぁ、おぬしを良く思っておる者にはなんとも因果な事じゃがな」
 どうしよう的な視線をアインに向けるが、彼女はそっと視線をそらした。そもそも彼女自身は妨害した方が良さげという事を前提に協力して居ただけだし、身の上からして感情のやりとりにはどうも疎い。興味が無いわけではないのだが。
「……失敗ですか。どうしたものでしょうか」
「……目的は、依頼人にレヴィさんが元通りになる事を望んでいないと……伝える事?」
「ええ」
「……普通に言えば良いんじゃないの?」
「え? でも聞いてくれないでしょうし」
「……どうして?」
 どうしてと問われて、数秒停止。
 特に理由は思い浮かばない。なんとなく「そうじゃないかなぁ」と思っていただけである。
「そのレヴィとやらが依頼人の言う神の欠片として、それを判別できるかどうかは別じゃろうがのぅ。
 それに分かたれた神と言うのは大抵別物になる。故にその意見を聞くかどうかはまた別の話じゃな」
「……もしかして本格的に無意味な行動でしたか?」
 二人の女性はやや間をおいて、はっきりとうなずいた。
「そもそも、ヨン。おぬし、レヴィとやらが何故拒否しておるのか聞いておるのかえ?」
「……いえ、全く」
「それで、もしおぬしの期待通りに眷属たる影響力を持ったとて、説得の言葉に足るのかえ?」
「……い、いえ、全く」
 残念な物を見るような眼を向けられて小さくなるヨン。
「自身が十全になる事を望まぬにはよほどの理由があるのじゃろう。
 それを確かめずして他者の説得などできるものでないわ」
「仰る通りで」
「……そう言えば、どうして嫌がるんだろう?」
 アインのつぶやきにヨンは調べた事象を思い起こす。
 リヴァイアサン、あるいはレヴィアタンと呼ばれる彼女の前身は恐らくティアマトと呼ばれる神だ。彼女はその世界で混沌の沼から最初に生み出された神、そして世界を構成する神々の母だった。しかし、子らに主神の座から降りることを求められて激怒。様々な怪物を生みだして争ったが、子の一人、マルドゥクという戦いの神に打倒された。そして断たれた体は天と地になり、世界の礎となったのである。
 彼女と言う存在はそうして残された名に対する信仰が歪められた物である。
 別の信仰によってその存在は『歪み』と『嫉妬』を司る悪魔と定められ、その概念を変質させてしまった。
 ここまでの調査が正しいと言うのならば、依頼人の目的はこうして生まれたレヴィアタンという悪魔を元々の存在たるティアマトへ戻そうという試みなのだろう。
 それを拒否する理由とは?
「気にいらない、と言う事でしょうかね?」
「……それはあるかもしれないけど」
 それだけだろうか?
「或いは、それを為すことで失われる物でもあるのかのぅ」
 妖姫の言葉が静かな大図書館に涼やかに響いた。

 ◆◇◆◇◆◇

「ここか」
 降り立ったのは暗い場所だった。
 依頼人の世界コードを調べ、出向いた先、彼が出身とする世界に降り立ったマオウは魔術で明りを灯した。
 やけに魔力の伝達が鈍い。クロスロードに至ったときは枷のような感覚があったが、ここはまるで水の中にでも放り込まれたような違和感があった。
「何だこれは?」
『推測。この世界に『魔王』を示す概念が希薄かと』
「魔王が存在しない世界か? だが神は居たのだろう?」
『推測2。魔術の概念が希薄』
 そちらの方がしっくりくると感じる。なるほど確かにかき集めねばこの明りすらも維持するのが面倒だ。
「まぁ、良い。しかし……」
 周囲を見る。どうやら石造りの建物の中らしい。酷く朽ち果てているが元の様相を想像すれば神殿か何かであると感じた。
「神気の欠片も感じんな。廃棄された神殿と言う事か」
 呟いて振り返ればそこには朽ちかけた石造が一つあった。
 上半身は女性、下半身は蛇という異形の姿に覚えはある。
「ティアマトの姿か。ここはヤツを祭る神殿と言う事か」
 だがその信仰はすたれてしまったのだろう。マオウは鼻を一つ鳴らして通路を進む。
 そこまで広くない神殿。砕けた天井から覗くのは星と月だ。どうやら暗さは夜と言う事も加味された物らしい。
 やがて、外に出た彼はすぐ先に村の明りを見つけた。他に当てもないとそちらへ向かうと、奇妙な制服を着た男と遭遇する。
「-**x-*-x-*-*-x*-*-x*-?」
 男が何を言っているのか分からない。呆然とするマオウに男は困ったようにたどたどしい言葉を放つが、やはり分からない。
 そこで気付く。
「ああ、ここはターミナルではないのだな」
 言語の自動翻訳に慣れてしまった自分に苦笑し、PBへ目と落とすと
『こんなところで何をしているのかと聞いています』
「ティアマトの事を聞きたいが、どう言えば良い?」
 PBに伝えられた妙な言語をそのままなぞると男は面食らったようにマオウの顔を見て、それからいぶかしげに眉根を寄せた。
 ややあって、彼は何事かを言う。
『名前くらいしか知らないようです』
「後ろに神殿があるのにか?」
 振り返ったマオウの視線を追って、男はああ、とうなずき
『その神殿はかなり昔に邪神を祭っていたと言われて打ち捨てられたそうです』
「……邪神、ね」
 規模だけでいえば相当なものだ。きっとそれなりに祭られていたのだろう。しかしこの男はそれすら知らないらしい。このあたりに住んでるのだろうに。
「では、リヴァイアサンと言う名は?」
 男は本格的に微妙な顔をする。
『お前は学者か何かかと聞いています』
「神学者か。魔王には似合わぬ肩書に過ぎるな。肯定の言葉は?」
 告げられた言葉を返してやると、奇妙な物を見る目は変わらないが、男は応じる。
『大悪魔の名前だと言っています』
 その名の方が知っているのかと苦笑する。
 つまり、ここに住む者が知らぬほどに、彼女はティアマトではないのだろう。
 そんな彼女を戻そうとする理由とは?
『同行を求められています。不審人物と思われているようです』
「面倒だな」 
 指を一つ鳴らす。魔力をかき集めるのには苦労するが、クロスロードよりも幅広い魔術が使える気がする。そしてそれはしっかりと発動した。
 男の目は焦点失い、ぼんやりと空を見上げた。
「あの依頼人は何者なのだろうな。この地に信仰を取り戻したいと言うのだろうか?」
 それは自問によって得られぬ問い。
 夜気を白く染めて、魔王は異界の空を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇

「さて」
 酒場にどかりと腰を据えたザザはジョッキをコップのように飲みほして、息をつく。
 持っていた収集品はヨンにくれてやろうと思ったが、しばらく預かってくれと言われてまだそこにある。
「狙われはしないだろうが」
 そのつもりがあるのならばとっくに強引な手段の一つも使ってきているだろう。
 そう思っていると隣に美女が割り込んでくる。
「今度は何だ?
 俺よりもヨンのやつの方へ行ったらどうだ?」
「嫌よ。あの子勘違いした行動をしてるんだもの。不快だわ」
「教えてやれよ。神託みたいなもんだろ?」
「私はそんなに優しくは無いわ。
 それよりも、貴方は私に優しいかしら?」
 蛇目が彼の荷へと向けられる。
「残念ながら期待するほどじゃない」
「残念ね」
「強引に奪わないのか?」
「趣味じゃないわ。奪われるのは嫌いだもの」
 だから自分もしないと彼女は目を細める。
「騙し、差し出させるのは?」
「それは好きだけど、貴方は騙される人には見えないわね。
 ヨンだったら楽だったんだけど」
「泣き落としでもすれば良い。俺はあいつから預かってるだけだ。
 あいつがお前にくれてやれと言うならくれてやるさ」
「……考えておくわ」
「どうしてここに現れた?」
 ザザは無駄話のひと段落を見て切り込む。
「ほんの少しの期待を込めて。
 もう市場を回る必要もなさそうだし。暇なのよ」
「自分で儀式を止めに行かないのか?」
「嫌よ。本末転倒になりかねないわ」
 確か彼女も材料の一つにすぎない。そうして囚われでもすれば確かに本末転倒だろう。
「お前は何がしたいんだ……?」
「女にあれこれ聞くものじゃないわ。興味があるならそれなりの行動をとりなさいよ」
 妖艶に笑って彼女はいつの間にか注文した酒を形良い唇に流し込む。
「まどろっこしい方法を取る」
「それも性分だわ。それを外れると私は私じゃ無くなるもの」
 嫉妬の悪魔にして、『歪み』の象徴たる蛇は追及をさらりと流す。
「あれがしようとしている事を全て明かしなさい。
 私がそれを嫌う理由もね。そうすれば私は晴れてネタばらしができるわ」
「今、お前に聞きだす事だってできるんだが?」
「あら、乱暴ね」
 動くそぶりのないザザを見てレヴィは口の端を吊り上げた。
「できたらご褒美を挙げる。貴方達もただ働きは嫌でしょ?」
「やるかどうかは分からんがな。他の連中にも伝えておく」
「ええ。そうしておいて。それじゃあね」
 ふわりと後ろ髪を翻して、彼女は風のように去っていく。
 残された大男はぐびりと酒を流し込んだ。

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というわけで神衣舞です。
今回いろいろと失敗したなーって思いながら書いてます。
というのも、今回彼女自身が話していますが、このシナリオ、彼女が全部白状するとかなり簡単に終わってしまいます。が、彼女自身はその性質から喋らないわけでして……じゃあどうすんだよ? って事でしてね。
さて、ホントどうしたものか。
次次回くらいをクライマックスにしたいなーと思いつつ皆さまの奮闘に期待します。
ヨンさんどうしよーかってホント悩んだ(笑
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