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【inv18】『クロスロードお遣い歩き』
クロスロードお遣い歩き
(2011/12/23)
「ああ? まるどぅーくだぁ?」
 日をまたいで次の日。マオウは街ゆく男を呼びとめて問いかけると、彼はずいぶんと不可解そうな顔をした。
「どっかで聞いた事あるが……っと、俺は忙しいんだ。人探しなら警察にでも聞けよ」
 と、煙たがるように去って行ってしまう。
「どういうことだ?」
 レヴィの出身地は確かにこの世界のはずだ。例え彼女が討たれた神だとして、ならば討った側はそれなりの勇名を誇っているのが普通だと思ったのだが。
 とりあえず男の言った「警察」とやらの場所を探し、向かうとそこには純朴そうな男が暇そうにしていた。
「すまない」
 BPの発音をなぞるように問いかければ「ん? 外国の方かい? めずらしいねぇ」と警官なる男は応じる。
「マルドゥクを祭る神殿はこの近くにないか?」
「……ん? 神殿? いやぁ、そんなのは聞いた事ないがねぇ」
 男は壁に飾ってあった地図を眺めるが、しばらくして「やっぱりないよ」と振り返り言う。
「……ではティアマトを祭る神殿は?」
「それも聞きおぼえないねぇ」
 こうなるとマオウも渋面を作るほかない。
「……一体どうなっているんだ? 本格的に扉を間違えたか?」
「ここには外国の人が見に来るようなもんはまずないからねぇ。
 乗るバスでも間違えたのかい?」
「……いや……。ではリヴァイアサンならどうだ?」
「はぁ? あんた、何言ってるんだい?」
 先ほどまでの「知らない」という反応ではない。あからさまに怪訝で、なおかつ少量の嫌悪感と、そして警戒心を伴う声音だ。
「言っただろ? この街はただの田舎町。間違っても悪魔崇拝なんかやっちゃ居ないよ!」
「……リヴァイアサンは悪魔として認識はされているのか……?」
「あんた一体何をしに来たんだい?」
「……いや、このあたりにそういう伝承があると聞いてな」
「……学者さんか何かかい?」
 自分でそう言ってある程度納得したらしい。警官はやや態度を軟化させる。
「だったらほら、あの山に煙見えるだろ。あそこに爺さんが一人住んでてな。
 そういうおとぎ話には詳しいから無駄足ついでに聞きに行ってみると良い。」
 振り返り見れば、確かに山の中ほどに細い煙が立ち上っていた。
「……そうしよう。世話になったな」
「なんのなんの。だが、間違ってもこの街が悪魔を祭ってるなんてデマを流すんじゃないよ?」
「心得た」
 立ち去りながらマオウは渋面を濃くする。
 この歯車がかみ合っていない感覚は一体何なのだろうか?

 ◆◇◆◇◆◇

 まったく、この世界はどうなっているのだ?
 依頼人であるトリマンにあるのはいらだちでなく、純粋な疑問だった。
 それは『判断』のために付随させられた機能であるから正常。逆にその『判断』を狂わせる『感情』は彼の機能になかった。
 あるのは反射として出るパターン化された表情。
 彼は今自分がどんな表情をしているのかを知覚せぬままに最適化された行動として表情を作っていた。
 今でいうところの渋面だ。
 だが、彼は困っていない。ただ判断をしている。
 依頼を受けたはずの彼らは、何故こうもこちらの望んでも居ない話を持ってくるのだろうかという疑問に対する、判断を。

「この街には法が無いと聞きましたが、どんな依頼もこうして覆されるのでしょうか?」
 それは厭味でも何でもない、状況判断の材料を、求めるための問い。しかしなぜかアインだけはorzりそうになっていた。
 彼女は首をふるふる振って気を取り直すと
「……貴方がやろうとしている事は、ティアマトという神を復活させようとしている。
 それで間違いない?」
「……ええ。その通りです」
「……その材料として、レヴィと呼ばれている女性を使うのも違いない?」
「覚えがありません」
 あれ?と言葉に詰まるアインの横合いからザザが「リヴァイアサンと呼ばれる悪魔だ」と告げると
「ああ。はい。その通りです。
 あれは我らが母の欠片を異教が歪め作った物ですから」
 トリマンは隠すことなくうなずく。
「……レヴィさんがティアマトに戻りたくないと言っている」
「知りません」
 アインの言葉にわずかの躊躇もなくトリマンは応じた。
「貴方がたの感覚で表すならば、宝物庫から盗まれた宝石を王冠に嵌めこんでしまったようなものです。宝石を取り返したい私たちにとって、その王冠が至宝の一品と呼ばれようと大した問題ではありません」
「ああ、そうか」
 タイミングを見測るように黙り込んでいたクネスが、落胆したような言葉を洩らす。
「貴方達は殺した母に謝りたいのかしら?」
「いえ」
 即答。そう、即答だった。
「これは罪の清算です。元の姿を取り戻して差し上げるのですから、それですべてです」
「……一方的」
 アインが呻くように言葉をこぼす。
 そう、一方的なのだ。そして大半の世界の者にとって神とは話す機会などまずない存在であるがゆえに、そしてこの世界ではほとんど同じ目線で会話する故に稀に発生する食い違いがここにある。
 皆知っているはずなのだ。神の行動はその力の強大さ故、一方的で独善的であると。
「ああ、うん。
 貴方との『レヴィ』という人格を元にした交渉は最初っから無意味だったわけね」
「私はただ儀式の材料を集めるように依頼しただけです。
 そこに付加される情報など不要のはずです」
 神族的な思考との決定的な溝。それを目の当たりにして誰もが言葉に逡巡する。
 が、
「で、ティアマトを蘇らせるに至ったきっかけってなんなのかしらね?」
 人の枠を外れかけた女性は何事もないように問う。
「……」
 クネスの問いに対する反応は思考の沈黙ではなかった。
「言えない。いえ、言いたくない?」
 彼女は思う。
 彼が、彼らが本当に母に詫びようとしていたのならば、それを手伝うのもやぶさかではないだろうと。
「てめえらは、復活させた主神様に何をさせたい?」
 クネスの言葉に動きを取り戻したザザが恫喝の声音で問う。
「それに……その儀式の結果の……不都合があるんじゃないの?」
 アインも追従する。その全ての言葉に依頼人は反応をしない。いや、反応をやめた。

 ◆◇◆◇◆◇

「よぅ、色男」
 と、彼の訪問に応じたのは長身かつ中世的な人物だった。
 男にも女にも見え、今の言葉が皮肉どころか厭味にしか聞こえないほどの蠱惑的な人物。
 現に今も二人の女性を傍らに侍らせているが、壁際にも彼(?)を守るように、見守るように───或いは崇拝する神体を見守るように、数人の男女が控えていた。
「レヴィのやつが話してたぞ。面白いやつを見つけたってな」
「それは……どうも」
 意識を強く持っていなければ自分もその虜になるだろう予感はまるで物理的な力を伴うかのように押し寄せてくる。
 彼が自称する名はアスモ。レヴィと関わりが深い人物の中で恐らく一番社交的であろうと教えられた悪魔だ。
「あいつの事を聞きたいのかい?」
「ええ。彼女にとって取り戻すはずの行為を何故嫌がるかがどうしてもわからなくて」
「それは、彼女の事じゃない。ボクら全員の共有感覚だね」
 「ボクら」という言葉の範囲を図り兼ねて沈黙すると
「悪魔は人を愛している」
 彼は臆面もなくそう言い放った。
「この世界じゃ特に混同されてしまうのだがね。信仰を糧とする神族と同様に悪魔も人無くしては成立しない存在なんだよ。一個の種族としえ成立し、魔の属性を持つ魔族や魔神とは全く異なる種なんだ」
「……はぁ」
「君は妖魔系、不死族の吸血種か。君のような存在とも違う。
 ボクらは人が持って生まれた悪徳の具現体。神族の裏側で、比較的新しい種族でもある。
 なにしろ法と徳の概念が生まれて初めて存在し始めた種だからね」
「つまり……精霊に近いと?」
「その通り。故に弱い悪魔は受肉すらできず、人にとりつく事を好む。
 なぜなら人には己の元となった悪徳が少なからずあるからだ。森の精霊が木に宿るのと大差ない」
「……悪魔種が人と共存関係にあるというのは分かりました。
 でも、だからと言って彼女が元に戻る事の否定にはならないのでは?」
 ヨンの問いにアスモはグラスを煽って笑みを作る。
「なるさ。かつての彼女の肉体は数多の人が住む大地になっている」
「……」
 確かに伝承は耳にはさんだ。
 その断たれた体の半分は天となり、半分は地となっていると。
「難しい話じゃない。料理を満載したテーブルからテーブルを引っこ抜こうとしているのだよ。料理も、その趣向や彩も気にいっている母たる彼女はそれを無粋としているだけさ」
「……ちょっと待ってください。神族にとっても人は必要なはずですよね?
 それでは彼らにとっても必要な人を皆殺しにしてしまう!?」
「必要だが必須ではない。
 それに人なんてものはまた作ればいいじゃないか。大地母神たる彼女ならば創成を繰り返すことも自分の世界であれば難しくは無い」
「……それが、彼らの方の主張で、食い違い……?」
 望まぬとはいえテーブルにされた木は、しかし自分の上に供される料理をめでることを覚えた。しかしテーブルを作った者はそうではなかったとテーブルを引き抜こうとしている。
「息子に殺された彼女は、新たなる子まで彼らに殺されようとしているのだよ」
「っ! じゃあ……!」
「何が正しいかなんてこのクロスロードじゃ個人の主張でしかないよ。しかも世界を隔てればあっさりと反転してしまう」
 悪魔が笑う。
「ボクが司る色欲だって人が増え、財産や家督という存在が生まれたから悪徳とされた事象さ。人が少なく、子が大人になる前に多く死ぬような文明レベルの世界では子はコミュニティの財産で、誰が親なんてのは大した問題ではなかった」
 彼は笑う。
「同じ目線で立っているように見えて、ボクと君は存在だけでなく精神で大きく異なっている。同じ人間種、吸血種、魔族、神族その他姿を類似する種族ですら、周囲の環境がその常識を捻じ曲げてしまう。
 そんな世界で君たちが声高に放つ『道徳的説得』にどれほどの価値があるのだろうね?」
 じゃあどうしろと、という言葉は呑み込む。
 そして呑み込んだ事を察して悪魔は気分よさそうに笑った。
「どうするも自由さ。案外元の姿に戻った彼女はそうした事を喜ぶかもしれないしね」
「……貴重な意見、ありがとうございました」
「うん。結果はレヴィの顔色でも窺うとしよう」
「それは────」
 ヨンはやはり口をつぐみ、一礼してその場を立ち去る。
「ああ。一応は同じ席次に並ぶ友人だからね。また話したいと願うのは当然だろう?」
 届かせつつもりもないつぶやきを、悪魔はゆっくりと放った。

 ◆◇◆◇◆◇

「ほう、ティアマト神とな」
 炭焼き場の老人はマオウの言葉に頑なな態度を緩ませる。
「知っているのか?」
「もちろんじゃとも。まぁ、わしよりも若い連中は耳にもせんじゃろうなぁ。
 なにしろ信仰を禁じられてもう何十年になるか」
 それはよくある宗教戦争の話。
 老人がまだ物心ついたばかりの頃にこの街は戦火に見舞われたのだと言う。
 それは思想の侵略によるもので、あの荒れ果てた神殿もその時に酷く壊されたのだと言う。
「わしの親の時代まではその名を知らぬ者なぞこの街には居なかった、母にして大地となった神様じゃからな。
 そして勇猛果敢なる戦いの神マルドゥークの見守る前で、兵士たちは鍛錬の刃を振ったものじゃ」
 しかし戦いに敗れてそれは過去の物となってしまった。
「それはこの街だけではない。その外からの神は次々と周囲の町を襲い、神殿を潰していったという。今ではわしのような年寄りが口を閉ざして朽ちて逝くだけよ」
 神殿とも相対した過去を持つマオウは苦笑いすら浮かべる気にならなかった。
 そういう力を持つ神殿には当然のように異教を認めず、罰する組織が存在しているはずだ。つまりは異端審問官。
 それは時には異端を口にする個人を罰するために町一つを焼き捨てることすらある。
 その炎は周囲の反抗心を巻き込んで燃やし尽くしてしまうのである。
「つまり……ティアマトを主神とした神話体系は、もう死に絶えたのだな」
「悲しい事じゃが、わしの迎えも遠くない。
 それですべて終わりじゃろうて。遠い未来にあんたみたいな学者さんがたが書き残してくれる事を願うばかりじゃよ」
 しかしそれはもう物語でしかなく、神が必要とする信仰は伴わない言葉の羅列だ。
「……ならばいっそ、か」
 マオウは老人に礼を言い、炭焼き小屋を後にした。
 この地で得た言葉を胸に、何をすべきかを考えながら。

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 めがっさ遅れて申し訳ありません。
 年末進行状態の神衣舞です。まぢすまん(=ω=)
 というわけで情報は出そろったと思います。アスモさんが述べておりますが、話をできるとどうしても同じ視点で考えがちになるものです。
しかし人種どころか種族やら存在すら大きく異なる存在のごった煮であるクロスロードではたまにその考えが大きな弊害となります。というお話でした。
 さて最後のケリはどうつけますか?
 次回もよろしゅう☆
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