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【inv18】『クロスロードお遣い歩き』
クロスロードお遣い歩き
(2012/01/12)
「終幕かしらね。ここまで来れば後は蛇足と言うものだわ」
 彼女はそう呟いて、舞台へと足を向けた。

 ◆◇◆◇◆◇

「食事でもいかがかしら?」
「……」
 クネスの突然とも言うべき誘いに、依頼人は反応をしなかった。
 恐らくそれは戸惑いなのだろうと察せられたのは続く言葉からだ。
「私は貴方がたに依頼をしています。それが食事とどういう関係が?」
「お話をするには食事の場が一番だわ」
「……話と言うのは、また依頼を取り下げろと言うのでしょうか?」
 率直な問いにクネスは苦笑を零し、「聞きたいだけだわ」と返す。
「ならばここで聞いてください」
「……わかったわ。
 そうね。じゃあ貴方達がティアマトを今さら戻そうとしたきっかけは何かしら?」
「……」
「貴方達は何に困ったのかしら?」
 無言。そこには腹を探ろうと言わんばかりの視線がある。
「敵? それとも破滅かしら?
 でも、例え神だとしてもいつかは終わる物よ。貴方達が斃してしまった主神のようにね」
「……では滅びに抗うのは罪悪であると?」
「言わないわ。でも、貴方達の望みを果たすために犠牲にしようとしている物が大きすぎる。それを皆知ってしまったのよ」
「我らが生み出した物を我らがどうしようと、他の世界の者には関係のない事では?」
「でもね、私たちは手出しができるの。
 貴方の世界では貴方達は神族としての権威を揮えるかもしれない。
 でもこのターミナルなら、その傲慢な考えに茶々を入れられるのよ?」
「傲慢と言いますか。己が物を扱う当然の行為を」
「だって私たちは貴方達が自由にできると思いこんでいる側の被創造物ですもの」
 そう、視点があまりにも違いすぎるのだ。まるでテレビゲームのリセットボタンを押すような感覚で、目の前の存在は語っている。
「ねえ、こちらの世界にいっそ住んだら?
 そうしたら理解できる事もあるかもしれないわよ?」
「不便な世界です」
 男は独白のような言葉を洩らした。
「効率を求めろとの事だったので貴方がたを使ったが、失敗だった。
 もう使いません」
「じゃあどうするの?」
「自らの手で為しましょう。
 最後にと思っていましたが、手始めに核となる存在を捕まえねばなりません」
「……本当に、傲慢なのね」 

 コツコツと扉が叩かれる。
 その音に振り返る男の背に言った。
「貴方達の盟主を呼んだらどうかしら。
 是非お話をしてみたいわ。私も、彼らも───」
 そして、と言葉を継ぐ。
「彼女もそう思って来たんじゃないかしらね」

 ◆◇◆◇◆◇

「ほらよ」
 宿に訪れた女性に巨漢が投げてよこしたのはユズノカズラだ。
「あら、女性に花を渡すならばそれなりの包装があっても良くてよ?」
 からかうような声音にザザは肩を竦めた。
「ミスリルの方はヨンに返す。欲しけりゃヤツから貰え」
「別に私が欲しいわけじゃないんだけどね。
 それに、彼も来たわよ?」
 視線を投げた先に数人を引き連れた吸血鬼の姿があった。
「随分と大所帯ね」
「いっそ物理的に邪魔してやろうかと思いまして」
「あらあら、神様思いの良い使徒だわ」
「それはいい加減勘弁してほしいところですが」
「それで、お前は結局元には戻りたくないと言う事で良いのか?」
 三番目の問いかけは高圧的に。
「本当に止めたいなら手伝うのもやぶさかではない。
 ……その前にお前の元はティアマトで間違いないんだな?」
「ふふ。誰も彼も不良なこと。探索者としてどうかと思うわよ?」
「私たちは奴隷じゃありませんからね。判断する頭を持っていますから」
 ヨンの言葉にレヴィは笑みを作り、宿の中へと歩を進める。
「クライマックスなんて大それた展開は無いわよ?
 ただの詰まらないエンディング。終止符を打つだけの舞台に上がりたければどうぞ?」
 そうして彼女は彼の部屋の扉を叩く。

 ◆◇◆◇◆◇

「見る影もないほどに神格を落としたわね。
 かつては十の柱に等しき輝きを持つとまで言われた武神が」
「……材料から来ていただけるとは手間が省けました。太母のカケラ」
「……ということは、そいつがマルドゥクとかいう神か?」
 何の威圧感も感じない男を見やってマオウはいぶかしげに眉根を寄せた。
「ええ、間違いない。私を切り裂いて天地の材料にした可愛い孫だわ」
「太母の記憶を持っているのですか、欠片。
ならば応じておきましょう、星霜ぶりです太母。
そして言いましょう。我らはやはり貴方こそが天の石板に相応しく、神々の主の座に相応しいと」
「白々しいのは変わらないわね、武神。
 どうせエアの用意した言葉でしょ? この世界に自ら来る事すらしない腰ぬけの息子」
「否定はしません」
「……もう扉をくぐれないほどに神格を落としたのかしら?」
「その通りです。最早太母の生んだ世界にて、神格を保てるのは私と太母くらいでしょう。
 我々は誤りを認め、太母に再び首座に戻って世界をやり直していただきたいと願います」
「ねえ、マルドゥク。他の数十の子らが立ち向かうことすらできずに恐れたティアマトが、貴方一人に打ち取られたか理解してる?」
「……それは私の作戦が功を奏したからです。
 いかな私の怪力でも貫く事叶わなかった無敵の鱗もその口内には無かった」
「そんな事、私は良く分かっている。そしてまだ充分に動ける貴方を丸のみになんてしようとした理由を武神である貴方が察しもしないなんて、残念だわ」
「……疑わしいですが、私の策を知って、それに応じたと?」
「貴方達は信じなかったけどね。私は貴方達を、子らを愛していたのよ?」
 レヴィは蛇の目を柔らかく、言葉を紡ぐ。
「だからアプスーの誘いも断った。貴方達に注意を促したら、貴方達は彼を殺してしまったけど。エア達が神の首座から降りるように言ってきたときは流石に頭に来たけど、それでも貴方達を害そうとは考えていなかった。怪物で脅かしておけばよかったとさえ思っていたのよ?
 でもマルドゥク、退かない貴方が来た以上、私は覚悟を決めねばならなかった」
「……信じがたい事です」
「良いわどうでも。その結果ティアマトは死に、その体は天地とされて人の世界になった。
 ティアマトは私でなくなったけど、自意識を持ったカケラはそこから生まれた人を愛していたのよ。貴方達と同じく私の子としてね」
 それを彼らは自らの復権のためだけに全て灰燼に帰せと言っている。
 それが、全てだった。
「欠片の私は人が生んだ新しい神によって新しい神格を与えられた。
 そうして得たのは「嫉妬」という概念。
 知っているかしら、無骨な武神。嫉妬というのはね、愛の先にある物なのよ」
 悪魔となった女性は言葉を重ねる。
「手を伸ばしても届かない、焦れこそが嫉妬なの。
 愛する子たちが、その子たちを愛する様を私は羨ましく───その姿に嫉妬したのね。
 そう、正しく愛せなかった子らと重ねて、ね?」
「……」
「そこの吸血鬼が言ってたわね。
 マルドゥク、貴方、こっちに住んだらどう?」
「……父や、他の柱はどうするのですか?」
「どうもしないわ。もうあちらは人の世界。人が生み出した神が彼らの神であるべきなのよ。だからこちらに来る事すらできない残滓はあの世界とともに、私の体とともに物語の欠片としての永劫を迎えるしかないわ」
「愛する子と言いましたね太母。子を見捨てると?」
「酷い言い方ねマルドゥク。死ぬわけではないし、見捨てるわけでもない。
 私の上に生まれた世界の、人の世が終わるときになら私はその計画に賛同してあげるわ。
 それまで概念と化して良く考えるべきだわ。でなければあの子らは再び同じ事を繰り返すだろうから」
「……ならば、私もまた戻るべきです。
 なぜなら私は貴方の考えに未だ理解を示せない」
「貴方はこちらで理解しなさい。
 納得しろとは言わない。賛同しろとも言わないわ。
 ただ人と肩並べる世界で、彼らがどうして貴方の依頼を蹴ったのか、それを理解して持ち帰りなさい。それがエア達のためになるわ」
「……」
 無骨というには平凡な男は沈黙する。
「あちらに新たに神殿なり建立すれば、そこそこ信仰を取り戻せるんじゃないか?」
 マオウが口をはさむ。だが、
「かもしれないわね。でも無粋だわ」と彼女は肩を竦める。
「今言った通りよ。驕る神は人に討たれる。それは繰り返される物だわ。私が討たれ、子らが討たれる。やがて人の世とともに新しい神も潰えて得られる物があるなら、私はそこからやり直せばいいと考えているのよ」
「気の長い話だな」
「貴方達が短いのよ。故に見える物があり、焦れるほどに手を伸ばすのよね?」
 ザザの皮肉にレヴィは目を細めた。
「……検討します、太母」
「エアとエンキには相談するんじゃないわよ?
 あの子ら、ホントに傲慢で自分本位だから貴方が判断しなさい」
 その言いようは本当に母のようで、見守るヨンたちは顔を見合わせる。
「ふふ。これで終わりかしらね」
「最初から貴方が出張ればまるく収まったのでは?」
「貴方達が貴方達の判断で否定したと言う結果がなければ、マルドゥクは迷う事も無かったでしょうけどね」
 確かにそうかもしれないが、どこか釈然としない物がある。
「ふふ。貴方達には迷惑を掛けたのは事実だわ。
 だからちゃんとお礼はするわ」
「私の呪い……、祝福もできれば外してほしいんですけどね」
「良いわよ。でも、ヨン。気づいてるんでしょ?
 私が祝福しようとしまいと、貴方への感情は何一つ変わらないって」
 クネスがうんうんと頷き、ザザが視線をそらしているのを見てヨンは愕然とする。
「どっちかというと貴方を媒体にちょっと力の回復をさせてもらってただけだもの。
 だから我が使徒、そのままなら困ったときに多少は助けてあげるわよ?
 神聖術みたいなものね。悪魔だけど」
 妖艶に微笑む蛇目の女性を見やって、吸血鬼は盛大にため息をつくのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

 数多の世界とつながり、数多の種が交差するこの世界は
 今日も様々な思想を行き交わして存続している。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 神衣舞だおん。
というわけで長々とかかりましたが、これにてクロスロードのお遣い歩き、終了となります。
うひひ。もう最初のプロットどこに行った? って感じなんですけどね。
 ともあれ、この世界の重要な問題として、人種どころか種族が違う存在が共同生活している町がどんだけカオスなのかというのを改めて感じてもらいたいなーと途中から考えてシナリオを進行させました。
 この不思議な町をより深く理解し、そして理解できない事を楽しんでいただければな、と思います。
 ではお疲れさまでした☆
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