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【inv18】『クロスロードお遣い歩き』
クロスロードお遣い歩き
(2011/09/10)
「例によって面白そうなので首を突っ込む事にしました」
 ドヤ顔で語るポリゴンロボを黒衣の少女は半眼で見上た。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「お静かにお願いしますね?」
 偶然近くを歩いていた黒髪の落ち着いた女性───司書院の一人に窘められ、スティルは素直に頭を下げてアインの前の席に座った。
「……調べ物に来たの?」
 いつも張るような声ではないが、それよりも増して抑え目のボイスでの問いかけにスティルは大仰に頷いて見せる。
「まぁ、そういうわけで調べに来たわけです。
 何か分かりましたか?」
「……一応いくつかは」
 メモを差し出す。
「……ミスリル銀とトルマリンはそこらで買えるから問題無い。
 『ユスノカズラ』はいくつかの世界で採れるらしい」
「ほうほう」
「……『フレアシード』と『妖精樹の樹液』は同じような名前のものが多いから断定できない。『ヌーデビル』はまだわからない」
「ふむ。この世界で採れないのか?」
 テーブルに影が落ちる。二人が顔を挙げると、そこには図書館に似合わぬ巨躯があった。
「おや、ザザさんもこの依頼を?」
「ああ。採取しなきゃならねえような事には役に立てるだろうからな。
 とはいえ、事前知識がなきゃなにもできねえからな」
「なるほど、道理です」
 ……
 ふと見ると……アインが冷たい視線で見上げていた。
「……さて、調べましょうかね」
「そうだな」
 二人の男はツツーっと視線を逸らし、調査へと体を向けた。

それから小一時間ほど経過。

「なぁ、妖精樹って森に居る奴とはちがうのか?」
「ドライアードの一種ではありそうですが……何とも言えませんね」
「……似たようなのが多い。
 ……というか、ミスリルに至っても組成式や純度の問題がある気がする」
 アインがパタンと分厚い本を閉じて小さくため息。
「数万の世界と繋がっていますからね。同名の違う物が一つ二つあってもおかしくないですねぇ」
「だが、別の世界で採れた物で全く同じものって無いか?
 リンゴなんて大体味が変わらんぞ」
 ザザの言う事ももっともである。
 実際八百屋等に行くと『似て異なる形状』だが『同じ名前』で『だいたい同じ味』の野菜は珍しくない。
ちなみにそのせいで料理人は苦労する反面、いろいろと創作意欲を燃やしているらしい。
「……確か《ターミナル》特有の変な法則があった気がする」
 アインが小さく小首を傾げてそんな事を言う。
「……それから、これ集めてなにするかを聞いていない。それ次第?」
「条件が曖昧すぎると言う事か?
 持って行って違うと言われるのも癪ではあるが……」
「或いは、無作為に集めてから良い物を選ぶつもりかも知れませんね」
「ふむ。とりあえず植物系は森にありそうって事はわかった。
 ……あとは市場巡るくらいしか方法はないのかね?」
「……わからない。『怪物』もいろんな世界の種族が居る。
 落とすのが居るかもしれない」
 そして沈黙。
 さて、どうアクションしたものかと悩みつつ、大図書館特有の空気に包まれるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「どうも、アルカさん居ますか?」
「んにゃ? いらっしゃい」
 カウンターで何やら作業していた猫耳娘がひらひらと手を振る。
「ちょっとご相談がありまして。
 ミスリル銀を購入できる所を知りませんか?」
 ヨンの問いかけにアルカは不思議そうな顔をし、
「そんなの市場でいくらでも売ってるじゃん。
 そりゃ、多少値は張るけど」
「そんなものですか?」
「ん。プルトニウムとか、殺生石とか、置いているだけで周囲を汚染するような物でなければ大抵手に入るにゃよ。
 まぁ、オリハルコンとかヒヒロイカネとかレベルになるとよっぽどの所じゃなきゃ仕入れてないけど」
「……オリハルコンでも買えるんですか」
「条件揃えれば練成できる世界もあるしね。
 ま、あんなもんわざわざ使う必要性がどれだけあるかって話にもなるけど」
 確かに魔王退治の最強の武器でも求めない限り、普通の剣でどうとでもなるし、拘りを捨てれば重火器の方がよっぽど効率的である。
 噂ではどこかの世界の魔王がこの世界で仕入れられた大量のロケット砲で城ごと吹き飛ばされたとかなんとか。
「あちしみたいな魔法技師の場合、術式許容量の問題からそういう金属を求める事もあるけど……。まぁ出来上がるのは大抵最終兵器レベルだから使い道限られるしねぇ」
「くれぐれも平穏にお願いします」
 心の底からヨンは頭を下げる。
「んで、ミスリル銀だっけ?
 だったら余りをあげてもいいにゃよ」
 ととんと首輪をつつくとそこから光が零れて収束。青の輝きを淡く保つインゴットが少女の手の中に生まれる。
「良いのですか?」
「練成の余りだから良いにゃよ。
 しばらく使う予定もないし」
「じゃあ……まぁ、頂きます」
「にふ。ういうい」
 世界によっては豪邸くらい買えそうなシロモノをぽいと投げ渡されたヨンは困惑を浮かべつつも頭を下げるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 というわけで珍しく平穏な第一話です。
 いや、ほんとはこういう話ばかりやろうとしてたんですよ。
 ほんとほんと。うん、ほんと。
 ……
 ……
 想像できねえ(=ω=)
 というわけでまぁ、次回もリアクションよろろ。神衣舞でした☆
クロスロードお遣い歩き
(2011/09/29)
「ああ、もうしわけありません。依頼文に不備がありましたね」
 一同の前に姿を現したのは壮年の人族だった。
「報酬の1万Cというのは捜索に対する報酬です。
 代金は別途お支払いしますよ」
「ああ、なるほど」
 ヨンがうなずき、それから手の中のミスリルを転がした。
「ちなみにそれぞれどの世界のどの様な品物なのですか?
 あと、これは何を作るための材料なのでしょうか?」
 スティルの問いかけに男はやや考えるふうにして
「ミスリル銀は鉱物。結構な世界に存在が確認されていますが希少物質ですね。
 それからフレアシードとトルマリンは宝石です。これも特定世界の物ではないと聞いています。
 ユスノカズラは植物だと聞いています。つる植物で紫の花をつけるそうです。
 妖精樹は神霊に至ったドライアードで、世界によっては世界樹などと称されることもあるそうです。これの樹液は琥珀色に輝き、強い精霊力と禍つ祓いの力をもつそうです。
 最後にヌーデビルの角ですが、これは魔獣の角で、その姿は牛寄りに姿を近づけたミノタウロスという感じだそうです」
「ふむ。それを集めて何を作ろうと?」
「薬と聞いていますが、詳細は。
 私はあくまで使いですので」
「……貴方は、その真贋がわかるの?」
 アインの問いかけにやはり男はやや間を置き
「ええ、実物を見ればわかります。
 なので品物を見つけたら購入していただくか、呼びに来ていただければと。
 他の方にもお願いしている手前、連れまわされるのは勘弁していただきたいですが」
「で? どれだけの量が必要なのだ?」
 髪を高く結った男───マオウがどこか不遜に問いかける。
「多ければ多いほど。
 相当量が集まれば終了のお知らせをさせていただきます」
「随分と曖昧だな。安い品物ばかりでもないだろうに」
「あって困るものでもありませんので」
 トリマンに話を聞きに来た一同はやや不審げに視線を交わし合う。
 ミスリルなど世界によってはひと固まりで屋敷が買える。無論さまざまな世界が交わるこのターミナルではその価値もぐんと落ちるだろうが。
「ふむ。しかしこの中ではユスノカズラとヌーデビルの角がやや曖昧ですね。
 妖精樹とやらも類似品がありそうです」
「しかし私が聞くところによると、この世界に持ち込まれた2つの類似品はほぼ同様の物になると伺っています。
 類似品であるならばある程度期待できる性質を有しているのでしょう。
 それがこの世界で材料集めをする理由でもあります」
 確かにそういう事例は観測されている。
 再びミスリルの話になるが、ある世界ではミスリルはとても軽い物質と定義され、またある世界では青く澄みきったガラスのような鉱石とされる。
 そのすべてはこのターミナルにおいて『ミスリル銀』という名称定義に固定され、共通する項目の能力を混ぜ合わせたような物質となる。
 即ち『魔力親和性の高い魔法金属』という特性のみが残るのである。
 しかしこれはそれぞれの世界に持ちかえるとその世界の性質に変貌することも分かっている。マジックアイテムなどに加工されている場合にはまた例外的な反応をしめすという報告もあるが、少なくともターミナルで相似品を入手できれば自分の世界に措いて目的の品物を手に入れたと見做せるわけである。
「……なるほど。じゃあ、見つけ次第連絡する、がベター?」
「そうかもしれませんね。ああ、それからもうひとつ。ミスリルは原石ではなく高純度の精錬品でお願いします。できれば不純物が一切ない方がありがたい」
「ああ、それですが。
 これではいかがでしょうか?」
 ヨンがもてあそんでいたミスリルを差し出すと、男はほんの少し視線を彷徨わせ
「これは素晴らしい。もうこんな高純度の物を見つけてくださったのですね。
 市価にして70万C程度と思いますが引き取りはそれでよろしいか?」
「え、あ……」
 ただでもらったこれは一体いくらで渡せばよいか。
 貰ったと言っていいものか。悩んでいると
「ああ、ご自身の所持品ということであれば……そうですね。先ほど言った通り70万Cで買い付けます。いかがでしょうか?」
 その提案に、ますます答えに窮したヨンは「ちょっと確認させてください」と一旦その場を後にすることに決めたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「随分とアバウトな依頼だな」
 依頼人の話を静かに聞いていたエディはその足で施術院組合へと至っていた。
「この材料で作れる薬を知りたいんだが、判別してもらえるか?」
「材料だけで、ですか?
 ……非常に難しいと思いますね」
 組合員だろう白衣を着たリザードマンがモノクルをいじりながら応じる。
「薬なんてものはちょっとした調合の順番、加工方法でその効能を大きく変えますし、魔法薬に至っては途中の術式で効果が真逆になることすらありますから」
「なるほどな。候補を絞ることも難しいか?」
「なんとも言えません。そもそもどの種族に対して使う薬なのですか?」
「……依頼人は人間種らしかったが……」
 なるほど、確かに種族によってまた効果も用法も大きく異なるだろう。
「安易な推測は不可能か。
 ちなみにこのリストの品物はここで扱っちゃいないか?」
「どれ……。
 妖精樹の樹液であればいくばくかストックがありますね。しかし、これ一つでもやりようによってはエリキシルなどの超高位な魔法薬が制作可能なのですが……」
「つまりは穏やかなお薬の材料には到底見えないって事か」
「でしょうね。私がわかる物だけでも世界によっては町一つ買える金額になるんじゃないですか?
 まぁ、だからこそこのクロスロードで買い求めようとしているのかのしれませんが」
「だろうな。とりあえずその樹液については依頼に検分してもらうとするか。
 さて、農業組合にでも行こうかね。邪魔したな」
「いえいえ」
 リザードマンは目を細め、きわめて軽い口調で応じたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ユスノカズラとはまた珍しい名前を聞いたね」
 大図書館の地下3階層。知る人には魔窟だとか呼ばれている場所で初老の男は部屋の密度を一人で上げている大男を見上げた。
「知っているのか?」
「ああ。朝顔に似た花を咲かすやつでな。私も偶然手に入れて森の植物の改良に使ったんだよ。オリジナルも念のために森で育成させていたはずだが……。はて、今はどこに埋まっているやら」
「……確か森は移動していなかったか?」
「ああ。そういう一般植物は地面を草で編み、その上に土を盛っているんだ。
 そして土ごと移動させているというわけだ。キノコなんかもそうやって移動させているわけだが」
「だが?」
「色々なごたごたで正確なMAPが存在していなくてね。
 オリジナルコアの協力のもとで捜索すればすぐだとは思うが、なにぶん私も忙しい身でね」
「オリジナルコアか」
「知っているなら話は早い。あの子に頼むといいよ」
「……まぁ、方法がないわけでもないか。わかった」
 ザザは立ち上がると
「お前ら、降りろ」
 肩に乗ったり、腕にぶら下がったりしている幼児verのコピーコア'sが不満げな顔をする。
「はっはっは、可愛いだろう。なかなか人らしい反応をするようになったんだ」
「……」
 親馬鹿オーラを出し始めたニギヤマを半眼で見下ろし、それからコピーコアをひょいと床に下ろしたザザはそのままのしのしと地上へと戻る事を選んだのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「トルマリンなら結構どこでも扱ってるねぇ。
 宝石としての含銅のやつはやや値は張るが」
「ここには置いているの?」
「いや、宝石商のところを訪ねるべきだろうね。
 フレアシードってやつも宝石ならそこに行くのがベターだろうよ」
「そう、ありがと」
 軽い調子で礼を言ったKe=iは紹介された宝石商へとその足を向ける。
 市場はいつも通りの活気。そんな光景を横目にたどり着いたのはやや豪奢な店構えの宝石店だった。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
「ちょっと依頼でね。宝石のトルマリンとフレアシードってのを探してるんだけど」
「……トルマリンと、フレアシード、ですか?」
 喪服じゃあるまいしと思うような黒で統一されたドレスをまとった女性店員がやや戸惑ったような声を漏らす。
「無いの?」
「ええ。申し訳ありませんが、昨日すべて買い上げて行かれたお客様がおりまして。
 聞けば当店だけでなく他の店からもその2点を買い取って行ったお客様が居たとか」
「……同じ依頼を受けた人かしら?」
「それは判断しかねますが、そういうわけでその2点については入荷未定となっております」
「……そう。ちなみに全力で取り寄せてもらいたいって言ったらどれくらいかかるかしら?」
「トルマリンはともかく、フレアシードについては魔法系世界の火山地帯でとれるようなものですので、なんとも……」
 申し訳なさそうに語る女性に「わかったわ」とKe=iは肩をすくめて店を出ようとし、
「……あ、ちなみにその人、どんな風だった?」
 ふと思い立って問いかける。
「とても気品のある女性でしたわ。人間種のお姿をされていましたが……もっと別の種のような気がいたしました。瞳が特徴的でしたし」
「……特徴的?」
「ええ……その、リザードマン系の種族のような黄色っぽい輝きが印象的でした」
「蛇目ってこと?」
 一応は服飾系の店員らしい、揶揄とも取られない発言は控えるような行動にKe=iは「ありがと」と軽い礼を送り、改めて店の外へ出た。
「……厄介なことにならなきゃいいけどね」
 なんとなく、そんなことをつぶやきながら。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで神衣舞です。
説明不足申し訳ない。品物の購入代金は別となっておりますのでご安心を。
あくまで捜索の報酬が1件1万Cとなっております。
また、品物については今回説明のあったとおり、世界によって性質が異なるということはターミナル上では考えなくてよいものとしてください。なので悪徳商人に偽物をつかまされない限りは、見つけたものは正しい品物ということになります。

さてはて、早速怪しい動きがはじまりました。
いろいろ気を回しつつ楽しんでお使いをしていただけると幸い。

では次回リアクションもよろしくお願いします。
クロスロードお遣い歩き
(2011/10/12)

「ゆすのかずら?」
 オリジナルコアがゆっくりと首をかしげる。
「ああ、ここにあると聞いてな」
「……うん。あった」
 思いっきり過去形であることを聞き咎め、ザザはほんのわずかに渋面を作る。
「じゃあ、今はどこに?」
「あっちがわ」
 指差す先は木々に遮られて見えぬ場所。
「スイカのさわぎでてりとりーがかわって、あっちがわにいっちゃった」
「なるほど。キノコとかは大丈夫だったんですか?」
 同行してきたヨンの問いかけに
「それ、最優先にしたから」
 と、コアはこーっくりとうなずきを見せる。
「そこだけは幸いでしたか。とはいえ、手に入れに行かないとダメですかね?」
「それほど深い場所で無ければいいんだがな」
 場合によってはスイカ兵に周囲の栄養を奪われて枯れている可能性すらあるが。
「いちおう、とりかえしたいから、応援つける」
 そう言ってしばらく停止。するとわさりと少し離れた場所の植物が動き
『ヨンダ?』
 見た目はオリジナルコアそっくりの、しかし言葉のイントネーションに明らかな違いのある植物少女が顔を出す。
「うん。かんりしょくぶつとり返すの。てつだって」
『ワカッタ。ダーリンのタノミダモノネ』
「……ヨン、お前本当に節操無いな」
「いや、そんなことはありませんよっ!?」
 やや呆れた風な視線を向けられ、ヨンは声を荒げるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「来訪者の中にヌーデビルは居るのか?」
『『来訪者』台帳として記録されるのは名前と割り当てられた家の呪諸のみです。
『住民』であるならば商店情報も加味されますが』
 間を措かぬPBの回答にマオウは気を良くしたように問いを重ねる。
「では種族特徴が似ておるとか言っても無駄なのか?」
『はい。それに一部種族は人族系統に変化したり、不定形だったりしますのでパーソナルデータとしては不適切です』
「なるほどな」
 竜族や神族(巨人系)をはじめとして人族に変身するケースは少なくない。
「では家畜のデータは?」
『ありません』
「むむ。では怪物としての目撃情報は?」
『クロスロードより東に3〜4Kmの地点で、サンロードリバーを渡河する群れの目撃情報が2件あります』
「ほう。群れが居るのか」
 これは有益な情報だと目を細めるが、
「だが、一人で出向くのは無理が過ぎるか」
『該当地区は特別危険指定されていますのでご注意ください』
「特別危険地域?」
 やたら物騒な単語が出てきてマオウは問い返す。
『クロスロードより東西5kmの地点を中心として、一時期行方不明事件が続発したため設定されました。原因は未だに不明ですが、フィールドモンスターが居ると予測されています』
「フィールドモンスターとは?」
『特別に強力な怪物で、その大半がこの世界にもともとあったであろう何かが変質したものと考えられています。これまでの討伐記録は4体。いずれも数十人単位での戦闘の結果です』
「……ふむ」
 数人雇ってと考えていたがそれでは不足だろうか?
「しかしヌーデビルがそのフィールドモンスターというわけではないのだろう?」
『観測されたヌーデビルについてはそのような兆候の報告はありません』
「ふむ」
 これからやろうとすることは凶悪な怪物退治ではない。
 もちろん安全に越したことはないが、過度に人を連れていくには採算が合わない。
「他にもこの仕事を受けている者が居るんだったな。そこに声をかけてみるか……?」
 目撃報告があるということはその者は無事に戻れたということ。完全なデッドゾーンというわけではないと言える。
「……ちなみに、ヌーデビルの角を売ってそうな店はあるかな?」
『怪物からの収集品を管理組合で売買していますが、該当件数はゼロ。過去に数回取引がありますがいずれも一年以上前です。
 他の店に関しては店名と主な取扱ジャンルは登録されていますが、細かい品揃えについては回答不可能です』
「……とりあえず町を見ていくついでに呪術、薬系の店をいくらか回ってみようか」
 そう呟いて街へと繰り出したマオウは一つの話を聞きつける。
 とある店にヌーデビルの角が一つだけあったのだという。
しかしつい先日蛇目の女性がそれを買って行ってしまった。そんな話を。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふふ。ユズノカズラはあの子が手に入れたのね」
 聖魔殿の屋根の上に美しい女性が居た。イブニングドレスに似た露出の多いそれを美しく着こなし、長い裾と髪を風に遊ばせながらルージュの引いた唇を笑みにゆがめる。
「どうしようかしら。あの子にはちょっと思うところがあるのだけど」
 そうとだけ呟いて、女性はまるで歩くように屋根から足を踏み出す。
 その身は重力のくびきに従いサンロードリバーへ落下し────

 ほんの小さな水音一つ残して消えて行ったのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
どもーん。 神衣舞です。
7月からちょっと業務が変わってかなーり時間的にキツキツな毎日です。
遅れたいいわけです、サーセン。

定期的な更新ペースは保っていきたいと思いますのでどうぞよろしく。
というわけで、ヨンさんとザザさんのペアはユズノカズラゲットできましたという認識でOKです。
まぁ、そんなところに襲い来る影があったりなかったりしますが。
というわけで次回リアクションお願いします。
クロスロードお遣い歩き
(2011/10/28)
「あら? 森に行ってきたの?」
 昼間はもっぱらカフェテリアメニューの並ぶ純白の酒場。
 そこにやってきた大男と吸血鬼のペアを見て店主のフィルは小さく首をかしげた。
「おや、良くおわかりで」
「そりゃぁ、葉っぱついてるし」
 指差す先を見れば確かにそっちこっちに葉っぱが残っていた。
「ふん。酒、良いか?」
「ええ。奥の席の方へどうぞ」
 確かにこの時間は入り口付近やその前に置かれたオープンテラス席はケーキの香りが漂い、酒を飲むにはやや不似合いだ。
 案内に倣って奥へと歩くザザと、それに続こうとするヨンをフィルは見て
「あら? 背中にも付いてるわよ?」
 と、ヨンの背中を触った瞬間

「っ!?」

 フィルがまるで静電気でも発生したかのようにびくりと手を引っ込める。
「ん? どうしたんですか、フィルさん?」
「……ヨンさん。何をしでかしたわけ?」
 怪訝そうに言われても全く身に覚えのないヨンはきょとんとして
「何といわれましても……。どういう意味かさっぱりなんですけど」
「……そうね。あたしも触らないと気付かなかったくらいだし。
 うん。悪いことは言わないから高位司祭……ヨンさんの場合はダーク系の神殿の方がいいのかしらね。そういうところに行きなさいな」
「こいつがどうかしたのか?」
 ザザも話の展開についていけないとばかりに太い柳眉を寄せる。
「どうもこうも、シャレにならないほど高位の呪詛が掛ってるわよ。
 もう一歩で神災級のヤツ」
「……えぇええ?」
 神災級と言えばクロスロードでも「手に負えない」という意味にもとられる代物だ。
「な、何でそんなものが私に!?」
「知らないわよ。でも複雑で厄介な呪詛だわ。あたしも抗魔常駐術式に引っかかったから気づけたけど……。普段から生活にも影響が出るようなレベルの物だわ」
「そ、それだったらもっと早く気付けてますよ!」
「おい、ヨン。覚えはないのか?」
「あれば何とかしてます!」
 確かにそれもそのとおりそうだとザザはやや面倒そうに頭を掻いた。
「どんな呪いかはわからないのか?」
「……ちょっと見てみるわね」
 仕方ないとばかりにため息ついたフィルは、即座に左手に魔法陣を展開。
「……んー。多分感情操作ね。ある程度の抗魔力を持っていればそれほど害にはならないけど、耐性が低い人には普通に影響するかもしれないわ」
「感情操作? ……どんな、です?」
「……負の感情、というのは分かるんだけどね。
 って、あ」
 不意に────フィルの手にあった円形の魔法陣がぐにゃりと歪み、
「っ! 《神壁》っ!!」

 それは即座に半透明のフィールドに包まれ、その中で音も無くはじけた。
「何が起こったんだ?」
「解析のために干渉していた魔術に呪いが干渉してきたのよ。
 シャレにならないわね、これ」
「……ええええ、っていうか、私、何されてるんですか?」
「わからないわ。あたしには影響してないし。
ただ……生半可な術師じゃ解呪どころか感染しそうね」
「感情ねぇ……《魅了》とかか?」
「そ、それはまぁ、行き過ぎると呪いみたいなものですけど……」
「ここで話しててもラチあかないし……
 今まで気づかない程度の効果しかなかったんなら今日明日で何か起きるというものでもないでしょうからね。
 まぁ、早めに対処することをお勧めするわ」
「ええ……」
 がっくりと肩を落としてため息一つ。
 おかしい。情報収集ついでに寄ったはずなのになぜこんな話に?
「……本当に、誰にやられたんだかな」
 あきれたような、そんなザザの言葉がやけに耳に残った。

 ◆◇◆◇◆◇

「蛇目の女性……ですか?」
 マオウの説明に依頼人はふむと眉根を寄せる。
「いえ、心当たりはありませんな」
「邪魔をされる理由もか?」
 続く問いに男が数瞬黙りこむのをマオウは目を細めて見据える。
「あるのなら話してもらおうか?」
「いや、まぁ。あると言うほどの物ではないというか……まさかというかですな。
 ……いや、そもそも邪魔する理由は無いはずなのですが」
「意味がわからん。分かるように喋れ」
 マオウのぞんざいな言い方に男はしばし口を噤むと
「いえ。今は気にしないでください。
 もし明確な妨害があれば対処を考えましょう」
「悠長だな」
「そうでしょうか?」
 その表情に最早焦りはない。それを見とってマオウは不機嫌を露わにする。
「怒っても仕方ないわよ?」
 それまで黙っていた女性───クネスが苦笑と共に口をはさむ。
「お前は気にならないのか?」
「気にはなるけど依頼人を問い詰める話でもなさそうだもの。
 もちろん、今後の展開次第では話してもらう事にはなるんでしょうけどね?」
 言いながら視線を向ければ依頼人は数秒の間を持ってゆっくりとうなずいた。
マオウはやれやれと肩をすくめる。確かにここで急いても的外れな展開にもなりかねない。無論ガセを前提としても入手できる情報は入手しておきたいところでもあるが。
「じゃあ、私の話題。
 もう入手したアイテムはあるのかしら? それをトレースできたらって思うんだけど」
「いえ、不足している物については手持ちすらありません。
 量が足りないという程度であれば、最悪はある程度の出費を覚悟してでも錬金での複製も考えていたくらいですし」
「なるほどね。無駄足だったかしら」
 どこかひょうひょうとした雰囲気が残念そうに見せないクネスから視線を引っ剥がし
「ならば手持ちの情報にあるヌーデビルとやらの角でも狩りに行くか。
 さて、人は呼べば集まるか」
 そう言いながら去ろうとするマオウに「あら? 人集めをするの?」と声をかける。
「ああ。サンロードリバーを渡河しているのを目撃されているらしい」
「……あー……」
 クネスに浮かんだのは苦笑。
「なんだ?」
「多分、人、集まらないわよ」
「……どういう意味だ?」
「聞きかじりだけどね。クロスロードから離れたサンロードリバー周辺は危険地域に指定されているはずよ。何人も消息不明になってるから」
「……む?」
 PBに確認すれば確かにそんな情報を返してくれる。
「『水魔』と呼ばれるフィールドエネミーが居るって噂になってるんじゃないかしら。
 それも東西両方に」
「……それで集まらないと?」
「フィールドモンスターって言われてる物はちょっとやそっとの戦力でなんとかなる相手じゃないし、相手のフィールドが水場だとすればさらに分が悪くなるもの。
 それこそヌーデビルの方はついでとして本気で討伐部隊を編成しないとダメなんじゃないかしら?」
「……ふむ」
 とはいえ、それしかないなら取りに行くしかないではないか。
「足を確保してこっそり一頭を狙うとか、そういうやり方じゃないとダメかもね」
「考慮しよう。厄介だな」
 マオウはあらためて肩をすくめると、どうしたものかと呟きながら外へと足を向けるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「……」
 手に入れた情報をばらりとテーブルに並べ、アインは思案する。
 依頼人。それに邪魔をしているらしい女性のことを彼女なりに調べた結果である。
 結論から言おう。分からない。
 クロスロードに措いて個人情報は比較的安く扱われる。これは詐欺に泣き寝入りするような人が少ない事、また名を売ることがステータスの一つであることが理由だろう。
 様々な面で際立った人々は酒場の席で名を挙げられ、広まっていくのである。
 依頼人についてはどうやら『行者』のようである。これは武を基本として戦いにて日銭を稼ぐ『探索者』や、町に住み商いのための店を持つ『住人』のようにクロスロードに生活基盤を置く者達とは違い、クロスロードを一時的な経過点として訪れる者を指す。
 つまり、今回の依頼のためにクロスロードを訪れた者ということだ。
「……蛇目の女」
 蛇で女と言えばスキュラやラミアなど、人体変化も得意とする種族は数多居る。
 それに蛇にまつわる魔族や神族も比較的多い。竜種だってその目は蛇の物に酷似している場合が多い。
 入手できた情報で絞り込んでいく。
 すると、一つ、外れはしないが極端に情報の少ない人物が気に掛った。
「……名称不明。目撃情報だけ、ある」
 写真。どうやら空に浮かんだ女性を撮ったものらしい。斜め下からのアングルのためその顔はしかと写ってはいないが、顔半分だけ振り返った彼女の髪の間から黄色に輝く蛇目が怪しく見えた。
 その背景は闇夜の空と、……鱗の壁だろうか?
 鱗の壁の前には黒ずくめの男性が一人、女よりもさらに奥に立っているためその姿は明確ではないが、確かに居る。
「……これ、ヨンさん?」
 目を凝らしてみれば共通するようなか所が見受けられるが
「……そう。女性のことはヨンさん」
 こっくりと確信めいたうなずきをしたアインはざっざと資料を纏めて立ち上がる。
 蛇が出るか邪が出るか。
 あるいはその両方ではないかと、予感めいたものを感じながらアインは町へと繰り出したのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
出勤前にどががっと書いてる神衣舞です。うひぃぃいい。
というわけで次くらいには女性の正体は分かると思います。
はっはっは。もう分かる人には分かると思いますがね。Invシナリオのどっかに出てきてますからね、彼女。
というわけで次回もリアクション、よろしゅーございますじょ。
クロスロードお遣い歩き
(2011/11/10)
「錬金術ですか?
 それを専門にしている方は数名居ますが……」
 サンドラが思い出すように視線を天井へ彷徨わせる。
「紹介してもらえないかしら?
 もしくはフレアシードとか妖精樹の樹液あたりを持っていそうな人が良いんだけど」
「そのあたりの専門家はどちらかと言うとニギヤマ氏ですが……
 錬金術で作るのは難しいでしょうね」
「というと?」
「フレアシードは火、土、木の三属性を持つ珍しい宝石です。あるいは火属性の琥珀と言うべきでしょうか。これを錬金で作ろうとすると十中八九大惨事が発生しますね」
「3属性混同……?」
「しかも木生火、火生土で生成失敗時にはエーテルの暴走がわりかし酷いですね」
 確かにそれは難しそうねとクネスは嘆息する。
「なので錬金術と同時にかなり高度な精霊術か仙術が使える人ならできそうではありますが……。仙丹系宝貝制作が得意な方が最適とは思いますが、あいにく地下にはその専門家は居ません」
「妖精樹の樹液も?」
「そちらの類似品を作る方法があるかは知りませんが……。
 そちらは魔属性と生命属性である木の属性を掛け合わせる必要があるでしょうね。
 まぁ、普通の方法では失敗するでしょう」
「……そうして聞くとキワ物ばかり集めてるのね」
「そうですね。よほど特異な事をしようとしているようですが……」
「……自作は無理かぁ」
「先ほども述べたとおり、錬金系技術と属性を操る技術をかなりの高さで保持している人さえ見つければ、可能ではあるでしょうけど」
「そんな人、居るのかしらね?」
「……居ないことも無いと思います。誰とは言えませんがクロスロードですし」
 そう言われると確かに居そうな気はする。
「ちなみに、こんなの集めて何をしようとしているか、とか心当たりない?」
 サンドラはリストをしばし眺め、それからほんのわずか、眉根をしかめた。
「申し訳ありませんが分かりません。
 木、聖、金、土、水、火、魔……随分と大がかりな練成を行う準備のように思えますが……一方でこれは舞台づくりのような気もします」
「舞台?」
「はい。つまり目的はそれ以外の何かを持って行うのではないかと。
 ヌーデビルがどのような属性を持つかはデータに無いのですが、その分鍵になるのではないかと推測できます」
 サンドラの言葉にんーと考えるポーズをしたクネスだったが、やがて肩を一つ竦めると
「もう少し考えてみるわ」
 と、その場をあとにすることにした。
 まだ情報が足りないな、と呟いて。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「わかった、それを依頼人に伝えてみる」
 施術院組合でようやく妖精樹の樹液を発見したエディは条件をメモして胸ポケットに納めた。後は依頼人がどういうかだけだ。
 すぐさまそこを後にしたエディは宝石商へと足を進める。
 確かめるべきはフレアシードとトルマリンについて。
 宝石商からの話ではフレアシードはめったに見られない魔法石。トルマリンは比較的目にする石、という話だった。
「そういやぁ、最近買い占めてるやつがいるらしいな」
「そいつの情報はないのか? 或いはまだ在庫がありそうな場所は?」
「……トルマリンなら2,3日もしないうちに入荷するだろうがね。
 フレアシードについてはなんとも。買い占めてるのは人族系の美人の女だとか」
「蛇目の?」
「そう聞くね。まぁ、形状だけじゃ種族の断定なんかできないけど、あんなものを買い占めるんだからよほどの富豪なのかね」
 この世界から見てもレアな品物をかき集めているというのだから確かに相当の財力が無ければ成立しない。
「邪魔したな」
「いやいや。トルマリンが入荷したら知らせてあげるよ」
 笑みで応じる宝石商を背にせわしく向かうのはケイオスタウンにある平屋の屋敷だ。
「シュテンは居るか?」
 ん?と振り返ったのはのっぺらぼう。そいつはくりくりと首を回すと、奥を指さした。
「邪魔するよ」
 指の先は家屋でなく庭。そちらへ回ると縁側にどかり腰を据えて人間種の傘ほどあろうかという杯を手に酒をちびちびとやっている鬼の姿があった。
「ん? おぅ。いつぞやの銃使いか。百鬼夜行の手伝いにでもきてくれたのか?」
「今年もやるのか?」
「無論よ。ああ、今年はアレとのやり取りの日とずらしたから、そんなに派手な仕事にゃならんと思うがな」
 がははと笑い、シュテンは杯を進める。
「断るような無粋なまねはしないが、さすがにお前さん用は腕が折れる」
「そりゃあそうだ。イバラギ」
「はいはい。こっちが女の姿になってから、女中か何かと勘違いしてないかい?」
 奥から現れたのは純和風の美人だ。しかし鬼気というべきか、不意に近寄ろうものなら頭から噛み砕かれるという確信を彼女は従えていた。
「そんなこたあねえよ。で、銃使い。百鬼夜行の件でないとすりゃ何の用だ?」
「2つ相談があってな。
 1つはヨンのやつが妙な呪いをかけられているらしい。こいつの解呪方法に心当たりはないかというもの。
 もうひとつは妖精樹に心当たりはないか、って話だ」
「呪いだ? ……こっちと掛けるほうで解呪なんてのは専門外なんだがな。
 天狗の野郎ならそういうのも幾ばくかわかるだろうが」
 天狗とは己の力に過信しすぎた術師が死んで落ちるという地獄の一道、天狗道の者だ。故に天狗は術にかけてはそれ相当の腕前を持つ。
「ん? 太郎丸だったら里帰りしてるよ?
 百鬼夜行に仲間を連れてくるんだとかで」
 早速酒に手を着けていたイバラギがその細身に似合わぬ豪快さでくいと大きな杯を飲み干して言う。
「そりゃ間が悪いな。
 しっかし、どういう呪いなんだ?」
「わからん。感情を操るものらしいがな」
「感情な。妖怪種の中にはそういうやつも少なくはないが、さてどういう者かがわからん状態では何とも言えんわ」
 どうでもいいような口ぶりにエディは苦笑を洩らしつつも
「まぁ、それもそうか」
 とうなずきを返す。
「呪術師ならば呪詛(ずそ)返しの法くらい使えるんだろうが。
 あれは力負けするとさらにひどいことになるからな」
「……打つ手なしか」
「あえて言うなら専門家に頼るしかないだろうな。
 あと木の妖怪種にゃ色々居るが、あいつら基本動かないからなぁ……
 こっちの世界に着てるやつはめったに居ないぞ」
「ふむ。安易に採取とは行かんか」
「だろうな。精霊系妖怪種なら多少なりと居るが、あいつらはこっちだと本体から独立している上に……こっちじゃ妙な動きするからな」
「妙?」
 シュテンはぐいと杯を空にして
「植物系の連中は妖怪種に限らずクロスロード内ではどうも……よそよそしいと言うべきか。あいつらだけで集団作ってる風なんだよ。
 何聞いても教えちゃくれねえのがまたなんとも」
「……ふむ」
「まぁ、不確定な話だ。悪いな、力になれなくて」
「いや、参考になった。今度酒でも持ってくる」
「おう、一斗くらいは頼むわ」
 途端に起源を回復したシュテンを見やりながら、さてどうしたものかとエディは秋空を見上げる。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「空からの探索?
 ああ、やめておけ、消えちまうぞ」
 ヌーデビルの捕獲のため、上空からの探索を画策していたマオウに返された言葉は、そんな呆れを含む物だった。
「消えるというのは?」
「お前さん、新参者だな。
 こっちの世界の常識だから覚えておいた方がいい。
 一人で空を飛んだやつは帰ってこない。誰も見ていないところで空に食われて消えちまうんだ」
「……」
 マオウのしかめっ面を見ておっさんが笑う。
「おうおう。大抵この話を聞いたやつはそんな顔をする。
 だが、残念ながらこいつは事実だ。行方不明になったやつは数知れず、そして一度行方不明になれば帰ってきた奴なんて一人とていないらしい」
「理由は?」
「わからん。ただ地面からある程度の高度を保ち、他人の目に触れなくなった瞬間に居なくなるらしいな。二人乗りの飛行機なんかでも消えたことはあるらしい。
 正しくは残された者が消失の瞬間を確認できなくなったときに消える、と言うべきか」
「それは怪物の仕業なのか?」
「分からんから恐ろしいのよ。この世界の常識やもしれん」
「……つまり、行くなら地を往けと?」
「そうなるな。飛竜が飛ぶのはクロスロードから四方砦の間までよ。
 それ以上は最早蛮勇だ」
「気にいらないな」
 が、バケモノ揃いとも言えるこのクロスロードで誰も飛ばないという事実は、その挑戦を蛮勇と謂わしめる程の事柄なのだろう。
そして地に足を付けるのであればその地は水を恐れねばならない。
「なるほど……東西が危険というのもうなずける。空も地も危険だらけだ」
 これでは一人でどうこうはできそうにない。
「……仕方ないか。
 ところで話は変わるが『蛇目の女』に心当たりはないか?
 最近特定の品物を派手に買い占めていると言うが」
「……あんた、とことん危険に踏み込むのが好きなんだね」
「どういう意味だ?」
「どうもこうも。あんたは腕に自信があるようだが、この世界に来たばかりならば近づかない方がいい」
「……知っているなら話せ」
「口の悪い客だね。まぁ、その初々しさに免じるとしよう。
 その人は……この世界に居る神族の中でも特段にタチの悪い方だ。
 なにしろ主神であり、地母神であり、悪魔であり、竜である。
 おおよそ考えられる最悪の性質を兼ね揃えた存在さ」
「……」
 己も前身を魔王という存在であるがために、口にするにはばかられる言葉ではあったが
「なんだ、そのむちゃくちゃな存在は」
「何だと言われてもね。まぁ、関わらない方がよいという事が分かってもらえればいいさ。
 なに、あんた人間種でもないんだろ。抗うならまず力を付けることだ。のんびりとな」
 さすがに腹が立つが男の言葉には欠片も悪意が無い。それを知ってマオウはチと舌を打ち「邪魔したな」と男に告げた。
「いや、楽しかったよ。
 あんたの蛮勇が英雄たる所業につながることを楽しみにしよう」
 ニヤリと笑う気配を背に、マオウはさてどうしたものかと思考を巡らせた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの魔法陣に関わったやつの仕業じゃないだろうな……?」
 一人呟く言葉は市場の喧騒に消える。
 何かを調べに行くというヨンと別れたザザは事件のきな臭さを感じて依頼人のもとへひとり行くのをやめ、残りの捜索物が無いかと市場にやってきていた。
「とはいえ……」
 ここでそうも簡単に見つかるのならとっくに品物はそろっているだろう。
 案の定一時間程度市場を歩き回っても、まつわる物の一つ見つけることは出来なかった。
「ねえ、そこのお兄さん?」
 流石にあきらめるべきかと呟いた刹那。
 自分の目の前に笑顔の女性が立っていた。見覚えのない女だが、その容姿は整い過ぎていると言って過言ではないほどだ。
「……なにか用か?」
「ええ。あなたの持っているミスリルとユズノカズラ。私に譲ってくれないかしら?」
 弓なりに笑みを描く瞳がゆっくりと開かれ、そこにあるのは金の瞳を割くような黒の瞳孔。まさしく蛇の目───
「お前……っ!」
「あら、別に害意はないのよ?
 奪おうともしていない。ちゃんと代金は払うわ?」
「……こっちも仕事でね、はいそうですかと渡すわけにはいかない」
「でも奪ってもかまわないのよ?」
 ぞわりと背筋に怖気が走る。こんな感覚一体いつぶりだろうか。
 目の前に居る女性はこの奇異の町クロスロードにあって格段に異常だ。それを本能で自覚する。
「悪い冗談だな」
「本気なんだけどね。まぁ一つ二つ渡ったところで構いはしないんだけど」
「どうして邪魔をする?」
「教えないわ」
 にべもない答えにザザは眼光に力を込める。
「教えてはいそうですかと渡してくれるならば構わないけどね」
「……」
「考えておいてね。別に私は貴方達に不利益なことを起こそうとはしていない。
 ある意味……貴方達の持つ正義感には私の方が近い行動をしているのかもしれないわよ?」
「意味がわからない」
「分からないように喋っているものね。じゃあ、またいずれ」
 女性はごく自然にザザの横を歩き、そして振り返った時にはすでに影も形もなくどこかへと去ってしまっていた。
「……なんなんだあれは?」
 ごく当たり前の感想。それを強要する存在を胸に刻みながらも、ザザはヨンとの待ち合わせの場所へと思い足を向けさせた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 どうしてこうなった。

 吸血鬼は心中で何度目かのその言葉を洩らし、目的地へとたどり着く。
「あ、居た」
「……おや?」
 その扉へ手を賭ける直前。横合いからの言葉に視線を向ければ黒を纏う無表情娘がじっと見つめていた。
「アインさん。……私を探していました?」
「……うん。女性関係は、ヨンさんが一番だから」
「ええ。なんというかその認識は即座に忘れてください」
 くぃ?と小首をかしげるアインにヨンは眩暈すら覚えつつも気を繋ぐ。
「……蛇目の女の事も知らない?」
「知りません。というか、何者ですかそれ?」
「ヨンさんが知らないとは思わなかった……」
「色々説教したい気分ですが……。人探しならここの人は最適ですよ」
 と、正面にはアドウィック探偵事務所の文字。
「……確か、探し屋?」
「ええ。一緒に行きますか?」
「……うん」
 こっくりうなずくのを見てヨンは嘆息一つ。アインの横を抜けて入口に手をかけようとする。
「いらっしゃいませ」
 という言葉とともに、扉が先に開かれ
「うわっ!?」
 完全に虚を突かれ、空ぶった手は

 むに。

 メイドの胸を思いっきりわしづかみしていた。

「……」
「……」
「……」
 時間が固まる。
 世界が凍る。
「……流石、ヨンさん」
「い、一歩引いて言わないでくださいよっ!? 事故ですよ事故!?」
「だったら、先に手を離した方がいいんじゃないかな?」
 からかうような男性の声にはっとしたヨンはあわてて豊かな胸をつかんでいた手を引き剥がす。
「す、すみませんでした!?」
 全力の謝罪にメイドはアイン以上の無表情で一礼し、建物内へと歩き去ってしまった。
「……流石ヨンさん」
「二度言わなくていいです!」
「いや、まぁ流石と言わざるを得ないと思うけど。
 で、ヨン君。私に何か用かね?」
 変わるようにして現れたのは室内でもハンチングボウを被る三枚目の男。
「……コホン。アドウィックさん。実は私、呪いを掛けられたらしくてですね」
「呪いが勝手に女性の胸へと手を動かすのだ。静まれ俺の右手?」
「どこの厨二病患者ですか!?
 だから事故ですって?!」
「はっはっは。それで、呪いをかけた主を探してほしいと?」
「……はい」
「ずばり、女だね!」
 パイプを片手にびしりと決めた事象探偵。それに対し「……それは予想できました」とアインが小さくつぶやいて、ヨンは膝から力が抜けそうになる。
「ふ、ふざけるのはやめてください!」
「ふざけてなんかいないさ。本当に女性なんだよ。君に呪い……というか、祝福を授けたのはね」
「祝福?! 負の感情を向けられるとか言われてるんですけど!?」
「祝福さ。一般的には呪いのようなものかもしれないが、神が与える加護なんだからそれは祝福というべきだろう」
「……神? 神族が関わってるんですか?」
「ああ。聞いたことはないかい? 大罪の悪魔にして全ての鱗を持つ者の王。大地の母にして神々の母」
「……壮大」
「そう。そんな壮大な神族に気に入られたんだよ。流石はヨン君だね」
「……じゃあ、私にかけられている呪い……祝福が何なのかも推測が付いているんですね?」
「ああ。まさしく『嫉妬』さ。君は『嫉妬』という祝福を受けているんだ。
 身に覚えはあるだろう?」
 確かに無いとは言い難い。特に酒の入るような場所だと男性陣にやたらうらみがましい視線を向けられることがある。
「……それは、誰なんですか?」
「地球世界の一地方の神だね。ティアマト、或いはリヴァイアサンと呼ばれる者だ」
「………」
 後から聞いた話ではあるが、その名前には覚えがあった。
 ちょうど一年ほど前の百鬼夜行で空を舞うファフニールを怒らせてパレードを台無しにしようとした女性が居たという。
「……どうして」
「稀にある話しだけどね。神は自分の司る概念に近い存在を勝手に気に入り祝福を与えることがある。大抵はその祝福に染まり、神官になるんだけどね」
「……」
「ただそれが今回の場合『嫉妬』だったというわけだ。
 君が受ける『嫉妬』は神が認めるレベルだということだ。素晴らしい」
「素晴らしくないですよ!?
 というか、何とかする手段はないんですか!?」
「あるにはある。まぁ、手っ取り早いのは本人に解除してもらうことだろうね」
 さらりとそんな事を言うが、どう考えても穏やかにうなずいてくれるような相手と思えない。
「……もしかして、その人、蛇目?」
「ああ。そうらしいね。とても美しい女性の姿であるとも聞く」
「……流石はヨンさん」
 びしっと無表情にグッドのハンドサインをするアイン。ヨンは力なくうなだれるしかない。
「と、とにかくこれを解いてもらうついでに話を聞かねばなりませんね」
 それでも腹にぐっと力を入れて復活。
「はは。まぁ、頑張ってくれたまえ」
アドウィックは心の底から人ごとのように言い放ち紫煙をふぅと噴出した。
「……口説きにいくの?」
「断じて違いますからね!!!」

 ヨンの悲痛な叫びがアドウィック探偵事務所前に響き渡り、事象探偵は大笑いした。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 めがさ時間かかってホントすみません。
 ちょっと精神を制作に向けるのに手間取ってしまいました。まだまだ精進がたりんのぅ。
というわけで今回のお邪魔虫の正体が見えてきました。

裏話で本来彼女、ヨンさんにほとんど接点が無かったのですけど、まぁ、持ち前の発想力でちゃんとつなげたよ! 褒めて褒めて☆

 というわけで、次もよろしゅうお願いしますね☆
クロスロードお遣い歩き
(2011/11/25)
「邪魔ですか……?」
 依頼人トリマンはきょとんとした顔でマオウに問い返した。
「ああ、かなり高位の神族だ。心当たりは無いか?」
「いえ……邪魔をするような相手に覚えはありませんなぁ」
 その表情に嘘やごまかしは無く、本当に不思議がっているようだと見てマオウはあらかじめ調べておいた名を告げる。
「ティアマトという名前に覚えは?」
 それは今まで調査した名前を元に大図書館で検索したある神族の名前。
 大地母神にして竜。そして他の宗教勢力により悪魔とされた者。悪魔と定義されてなおその威光からか『全ての鱗を持つ者の王』、つまり水の中に住む全ての者の王の名を与えられた存在。
 その言葉に男は反応する。
「おや、その名前をご存知ですか。
 ええ。もちろんですとも」
 しかし反応は驚愕や困惑でなく、あまりにも朗らかなものだった。
「……そいつが邪魔をしている可能性がでかいのだが?」
「それはありません!」
 大仰と言うに無理のない動作で、しかしトリマンは苦笑いすら浮かべて否定をする。
「あの方が邪魔をするはずがない。なぜならあの方のために我々は活動をしているのですから」
「……どういう意味だ?」
「ふぅ。そのあたりはわざわざお話することではないと思っているのですが。
 誤解を生じたままでは困りますからね。お話しましょう」
 男はどこか作り物めいた笑みを浮かべると、当たり前のように言い放った。
「我々は母上をよみがえらそうとしているだけなのですよ。
 故に、その母上が邪魔をするはずが無いではありませんか」
 どういう事だと、マオウは眉根を顰める。
 神族同士の抗争、という予想を立てていた彼だが、様相はまったく違うようである。だが、彼の言が真実だと仮定するならば、邪魔をする蛇目の女は何者なのか。或いは別の世界の類似する神なのだろうか?
「……本当に、それはその神が望んでいる事なのか?」
「当然でしょう。と、我々が言うのも本来はおこがましいのですが。
 これは我々にとっては罪の清算でもあるのです。それを恙無く終えられるよう、皆さまにはより一層の検討をお願いしたい」
「……本当に、邪魔をする相手に覚えはないのか?」
「……あるとすれば我らが母の神威を指して悪魔と称した浅ましき若輩の神でしょうが……。あの神はこの世界に手出しできませんし」
「何故言い切れる?」
「かの神は唯一神であり、なおかつ全知全能でなければならないのです。
 故にこの世界に来ると言う事はその全てのアイデンティティ、詰まる所己を構成する神威を否定することになりますから」
 神々も悪魔も闊歩するクロスロードを壁越しに眺め見るようにして男はほほ笑む。
「故にここはその祭儀の場としても適している」
「……なぁ、その神はお前がやろうとしている事を勘違いしているという事は無いのか?」
「無いでしょうね。そも我らが母が全てを作りたもうた物。まの真っ先に気づいて然りです」
 ……。
 やや呆れたような顔をしつつ、マオウは思案する。
 この確信の持ちようは演技とはとても思えなかった。その上で生じているこの矛盾は……
 意思疎通、できてないとしか思えない。
「……とりあえず事情は分かった。引き続き捜索に戻る」
「ええ、よろしくお願いします」
 透明な笑顔を浮かべるトリマンを背にマオウはどう動くべきかとため息をついた。

 ◆◇◆◇◆◇

「おい、アレ見ろよ」
「爆発すればいいのに」
 街行くヨンは強く視線を感じていた。確かにやっかみじみた視線を受ける事が最近多いなとは思っていた。が、今日は増してひどい。殺意にも似た何かをひしひしと感じ続けている。
 その理由は無表情につき従うアインのせいだけではないと……思いたいが核心は持てない。ホムンクルスという生い立ちからか人形のように整った顔立ちの彼女がしずしずと従って歩いているのだから男性の視線はどうしても向けられ、加速するように悪意をヨンへと誘導している。
 惜しむべきは死神にも思える黒一色のよそおいだが、このクロスロードでそんな些細なファッションなど気にする者はおらず、またどう見てもヨンとおそろいなのでなお一層に悪い。
「お前、そろそろ刺されそうだな」
「本気でそう感じるので勘弁してください」
 胃をきりきりと締め付けられる思いで待ち合わせ場所についたヨンに巨躯の男はやや呆れた風に声をかけた。
「こんな状況でアインを連れてるからだろうに」
「……迷惑、だった?」
 きょとりと小首を傾げて問われると「いえ、そもそも呪いのせいですからアインさんに非はありませんよ」と笑みを返す。
「お前、そもそもの原因そこだと思うぞ?」
「えっ?」
 目を瞬かせて本気で驚くヨンにザザはやれやれと肩を竦めた。
「で、どうするつもりだ?」
「レヴィさんに会いに行きたいと思います」
「……また、女か?」
「……流石はヨンさん」
「ちょっ!? 違いますって! この呪いをかけた張本人ですよ! 多分っ!!」
 とはいえこの依頼の最中ほぼ女性に会いに行っているのも事実だったりする。
「蛇目の女性の事です」
「……ああ、そいつになら遭った。
 やはりお前の知り合いか」
「やはりって……こちらはほとんど認識ないんですけどね。
 それにしても遭ったというのは?」
「ユズノカズラを譲れと言われたよ。拒否したがね」
「強引には奪いに来なかったわけですか?」
「一応はな。また来るようなことは言っていたが。
 で、何者か分かったのか?」
「嫉妬を司る神だそうです。去年の百鬼夜行の時にガスティさんがやり合ったって話は聞いています」
「それでなんでお前なんだ?」
「……ヨンさんの素質」
「なるほど」
 突っ込みたいが有効な言葉が出てこずにorzするヨン。
「と、とにかくですね。私としては解いてもらうようにお願いするしかないわけでしてね!」
「断られたら?」
「……あきらめるしかないかと」
 はぁと大仰にため息。
「相手はこのクロスロードでもシャレにならない実力の持ち主のようですからね。
 私ごときが力づくでどうとなると思えません」
「それでいいのか?」
「良くは無いですけど、他の手段を講じるしかないでしょうし。
 まずはお願いしますよ」
「お断りするわ」
「ですよね。って、え!?」
 咄嗟に三者三様構えを取るのは流石に探索者というところか。
 その中央に悠然と立つ蠱惑的な女性は、たおやかに笑みを作る。
「レヴィさん……!」
「こんにちわ、我が使徒」
「い、いや、使徒になったつもりは無いのですけど!?」
「でも貴方には才能があるわ。人々の嫉妬を掻きたてる取っておきの才能よ?
 これを捨てておくなんて勿体ないわ」
 ああ、まぁ、うん。とうなずくアインとザザにヨンはちょっと涙をこぼす。
「正直命が危険なんです! 勘弁してください!」
「んー。どうしようかしらね」
 獲物を前足で転がす猫の瞳でレヴィはヨンを下から上へと舐めるように見上げた。
「じゃあ取引しましょう。
 今やってる仕事を失敗させなさい? だったら解いてあげるわ」
「……どうして失敗させたがっているか、教えてもらっても良いですか?」
「私が望まないから。ただそれだけよ?」
「……関係者?」
 アインの問いかけにレヴィは素知らぬ顔で無視を決め込み「どうするかしら?」と問いを投げかける。
「理由が無いままに依頼を蹴るわけには……」
「あら、誠実なのね。なのに女泣かせだなんて」
「そんな事実ありませんからね!?」
「事実は形作られる者よ? 想像は人の口を渡って事実のように語られる。
 そうしてそれはいつしか事実となるの。
 ふふ、真実というのはあまりにも影薄い物だから」
 確かに現状はそんな流れから嫉妬を受けまくっている気がする。
「まぁ、貴方はそういう人だものね。
 じゃあ明確な理由をあげる」
 彼女はすっと目を細めて一言。
「ありがた迷惑なのよ、彼。だからさっくり止めて頂戴?」
 妖艶な美女には似合わぬ可愛らしいおねだり。ポカンとする一同に笑みを向けたレヴィはコツリと足音を一つ響かせると忽然と彼らの前から消えたのだった。

◆◇◆◇◆◇

「聖水撒こう、聖水。塩じゃ生ぬるいにゃ」
 店に顔を出すなり笑顔を硬化させたウェイトレスに満面の笑顔を向けてやって、クネスはカウンター席に着く。
「アルカちゃん、今日も可愛いわね」
「けっ」
 基本的に誰にでも愛想の良いアルカがここまで露骨に嫌う人物も珍しい。きょとんとするヴィナの頭をなでてやってしばし観察。
「よぅ、なんか荒れてるな」
 そこにやってきたエディはクネスの横に座ると「軽い飯でもくれ」と適当なオーダーを投げる。
「エディさん、物集めは進んでる?」
「あんたの方はどうなんだ?」
「こちらはさっぱりね。ただ、ちょっと気になることはあったんだけどね」
「……というと?」
「神様作ろうとした事件知ってる? 回復の指輪をばらまいたアレ」
「……ああ、そう言う胡散臭い事件があったな」
「なんか、それに近い気がして」
 クネスの発言にエディは露骨に眉をひそめる。
「全然違わないか? 別になにかをばらまいているわけでもあるまいに」
「人がアイテムに変わっただけって感じがするのよね。属性を偏りなく揃えてるし……あとはまぁ、勘かしら」
「勘、ね」
 エディはポケットから先ほど聞き出してきた現在の入手総量を書いた紙をテーブルに置いた。
「それは?」
「依頼主のところに集まっている資材だ。
 これで何か分かるか?」
「……んー、ヌーデビルの属性がちょっとわからないのよね」
「地水属性よ?
 ヒッポカムポスの牛版ね。下半身が魚なの。
 ただ特徴的なのは地上に出ると下半身を変化させて疾走できることね」
 奥から出て来たフィルが「いらっしゃい」と言葉を続けた。
「フィルさん、知ってるの?」
「ええ。うちの世界に居たもの。
 一頭捕まえるとしばらく保存食に困らなくて済んだわ」
「……結構ワイルドな生活してたのね」
「これでも一応元冒険者……探索者だもの」
 ポニーテールの少女は微笑んでフライパンを手にする。
「ただ集団で行動するし、水に逃げられると追うのも捕まえるのも面倒だったわね。
 でも、そんなのどうして探してるの?」
「依頼人がその角を所望していてな。
 どこかで手に入らないか?」
「……どうかしらね。そもそも角なんて手にしたところで何に使うのかしら?
 薬効があるとか聞いたこと無いけど」
「他のアイテムと合わせて何か出来そうな儀式とか、わからねえか?」
「そう言うのはアルカの方が詳しいと思うけど」
 視線を向けるとなるべく距離を取るように他の客に応対している赤猫の姿がある。
「それにしても、クネスさん、どうしてアルカにそんなに嫌われてるわけ?」
「嫌よ嫌よも好きのうち、ってことかしらね」
「絶対に違うにゃ」
 注文書きを置いて、一言。
「うふふ。それでアルカちゃん。素直に推測してくれるとすぐにでも帰るんだけど?」
「対象となるのは地と水に根源を持つ者。その術式は仙術式の相生じゃなくて、その反転を用いた時の逆戻し。
 ……神をどうとか言ったにゃね?」
「ええ」
「全部そろっても一つ足りない。その核となる材料はその欠落した神そのものだから。
 欠片全てを対象にしてようやくそれは元通りになるにゃよ。当然にゃね」
 言う事言ったぞという目で睨まれてクネスは余裕の笑顔を返す。
「欠片全てって。この世界にあるのか?」
「知らないにゃよ。でも神術がこの世界で使える原理から、こっちに引っ張り込むことはできるかもね。もちろんその欠片が物理的な物だったら扉に接するなりしなきゃだめだろうけど」
「物理的なって言うと?」
「神器関係とか転生体とかにゃね。
 なんにせよ、そこまで強大な神を直接召喚するようなものにゃから、結構シャレにならない事に発展するかもね」
 解説終わりと赤い二股尻尾をぴょこぴょこくゆらせてカウンターから離れる猫娘。
「……どう思う?」
「どうもこうも、成功させたらまずいって話じゃねえのか?」
「……そうなのかしらね?」
 自分の世界の神を取り戻したいという願いは分からない話でもないだろう。それがクロスロードに与える影響はどれほどかと問われると何とも言い難い。
「それに今の話じゃ、材料が全部こっちにあるか、こっちに持ってこれる状態じゃないとだめらしい。それはあの依頼人が既に用意してるってことなんだろうかね?」
 問われても分かるはずが無い。何しろその材料を彼らは知らないのだから。
「んー、もうひと調べしないとだめかしらね」
 そう結論づけてクネスは折角だからとアルカいじりに戻ることにした。

◆◇◆◇◆◇

 そして方針にうつろうマオウの手には調べた記述のひとつがあった。
「マルドゥクはティアマトの体を二つに裂き、一方を天に、一方を地に変えた」

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

さて、次回かその次がラストになると思います。
というわけでみなさん、どうするかはお決まりでしょうか?
うひひひひ。
クロスロードお遣い歩き
(2011/12/10)
「邪魔、ですか」
 依頼人トリマンは困ったように眉根を寄せる。
「他の方も同じような事を言っていましたね。
 つまり彼の勘違いと言う事でもなかったらしい」
「結構先手を打たれてるみたいだし、品物を集めるのは難しいかもよ?」
「ふむ。この世界でならとはおもいましたが、とんだ見当違いでしたか」
「他の手段があるならそれでやった方が早いかもね」
 クネスの言葉に男は数秒、無言で思案すると、やおら天井を見上げた。
「まぁ、方法が無いわけではありません。
 ただ、この世界の法則にのっとれば、先に住んでいた者の方が強くなりやすいのは道理。
 故に人を雇い、術式で補おうとしたのですが」
「……ねえ、貴方がやろうとしているのは神様の復活なのよね?」
 問いかけに男は視線を下ろし、数秒クネスを見やってから「いかにも」と言葉を返す。
「それって、その神様が望んでる事なのかしら?」
「前に来た男も同じような事を言っていましたね。
 己が復活を望まぬ者など居ないでしょうに。望まぬ死を与えられたのであればなおさらに」
 揺るぎない言葉は確かに狂信者のそれを連想させる。が、本当にこれは「狂信」なのだろうかという言葉も胸中に浮かぶ。その理由は彼の表情に交じる罪悪感のようなもの。
「……神託とか受けられないわけ?」
 或いは、全ての品物を集められねばどうするか。その時の問いと用意した言葉を向けると男は人形じみた笑みに戻して何の事もなしと返す。
「今現在存在しない者から神託を受ける事は不可能でしょう。
 加えてこの世界ではそういう類の術式は阻害されるらしい」
 100mの壁が最も強固に働くのは未来予知など時間を跳躍するスキルだ。距離には100mという明確なラインがあるが、時間を距離に換算する事は出来ない。
「それに───」
 男は完全にクネスの事を忘れたかのようにその言葉をつぶやいた。
「我らが母は我々の言葉など聞きたくもないでしょうね。
 故に我らはその御身の復元を以て、まず最初の謝罪とするのですよ」
「……まさか、貴方、神族?」
 その問いかけへの返答は立ったひとつ。
 何を今さらというような、そんな表情が向けられたのだった。

 ◆◇◆◇◆◇
「ヨン覚醒!」

 なんかそんな感じの光景が繰り広げられていた。
 何と言うか、遠慮なく女性と一緒に居る時間が増えたのである。というか増やしている。
 理由は彼に科せられた嫉妬という感情の使徒としてそのパワーを最大限に集めようと考えたのだ。

 だが。

「ヨン」
「はい?」
 大図書館にアインと訪れていたヨンは苦笑気味の妖姫を仰ぎ見る。
「やろうとしている事は聞いたんじゃが……
 方向性を大いに間違っておらんか?」
「えっ?」
 本気で動揺するヨンに純和風の美女は呆れたようにため息をつく。
「今のやりようは嫉妬よりも単なる呆れしか生まぬと思うがの。
 それも男女問わず」
「そ、そんな、バカな?!」
「……うん。ただの節操無し」
 ヨンの行動につき合っていたアインもやっと言えたとばかりに同意する。
「そんな……! いつもは何もしてなくても疎まれてるって聞いて愕然としたのに……!」
 天然ジゴロだから嫉妬が集まるんじゃないかなぁと女性二人は思うが、今は口を閉じておく。
「まぁ、ともかく。
 今のやりようじゃと、刺されるなりして終りじゃなかろうかの」
「嫉妬と言うより、単純な殺意の視線なら感じた」
「いや……まぁ、殺気は分かっていましたけど、あれ、嫉妬じゃないんですか?」
 再び両者沈黙。
「……ヨンさん。そういう残念はかなり残酷」
「じゃな」
 同時にさげすまれてうろたえる吸血鬼だが、助け舟など当然ない。
「ば、バカな……!
 では、どうすれば……!」
「女性に聞くものでもないと思うんじゃが……」
 やれやれと額を抑え、しかし妖姫は笑みを作る。
「妾は文。知りうる問いにはには応じるが性じゃ。
 普通にしておれば良い。まぁ、おぬしを良く思っておる者にはなんとも因果な事じゃがな」
 どうしよう的な視線をアインに向けるが、彼女はそっと視線をそらした。そもそも彼女自身は妨害した方が良さげという事を前提に協力して居ただけだし、身の上からして感情のやりとりにはどうも疎い。興味が無いわけではないのだが。
「……失敗ですか。どうしたものでしょうか」
「……目的は、依頼人にレヴィさんが元通りになる事を望んでいないと……伝える事?」
「ええ」
「……普通に言えば良いんじゃないの?」
「え? でも聞いてくれないでしょうし」
「……どうして?」
 どうしてと問われて、数秒停止。
 特に理由は思い浮かばない。なんとなく「そうじゃないかなぁ」と思っていただけである。
「そのレヴィとやらが依頼人の言う神の欠片として、それを判別できるかどうかは別じゃろうがのぅ。
 それに分かたれた神と言うのは大抵別物になる。故にその意見を聞くかどうかはまた別の話じゃな」
「……もしかして本格的に無意味な行動でしたか?」
 二人の女性はやや間をおいて、はっきりとうなずいた。
「そもそも、ヨン。おぬし、レヴィとやらが何故拒否しておるのか聞いておるのかえ?」
「……いえ、全く」
「それで、もしおぬしの期待通りに眷属たる影響力を持ったとて、説得の言葉に足るのかえ?」
「……い、いえ、全く」
 残念な物を見るような眼を向けられて小さくなるヨン。
「自身が十全になる事を望まぬにはよほどの理由があるのじゃろう。
 それを確かめずして他者の説得などできるものでないわ」
「仰る通りで」
「……そう言えば、どうして嫌がるんだろう?」
 アインのつぶやきにヨンは調べた事象を思い起こす。
 リヴァイアサン、あるいはレヴィアタンと呼ばれる彼女の前身は恐らくティアマトと呼ばれる神だ。彼女はその世界で混沌の沼から最初に生み出された神、そして世界を構成する神々の母だった。しかし、子らに主神の座から降りることを求められて激怒。様々な怪物を生みだして争ったが、子の一人、マルドゥクという戦いの神に打倒された。そして断たれた体は天と地になり、世界の礎となったのである。
 彼女と言う存在はそうして残された名に対する信仰が歪められた物である。
 別の信仰によってその存在は『歪み』と『嫉妬』を司る悪魔と定められ、その概念を変質させてしまった。
 ここまでの調査が正しいと言うのならば、依頼人の目的はこうして生まれたレヴィアタンという悪魔を元々の存在たるティアマトへ戻そうという試みなのだろう。
 それを拒否する理由とは?
「気にいらない、と言う事でしょうかね?」
「……それはあるかもしれないけど」
 それだけだろうか?
「或いは、それを為すことで失われる物でもあるのかのぅ」
 妖姫の言葉が静かな大図書館に涼やかに響いた。

 ◆◇◆◇◆◇

「ここか」
 降り立ったのは暗い場所だった。
 依頼人の世界コードを調べ、出向いた先、彼が出身とする世界に降り立ったマオウは魔術で明りを灯した。
 やけに魔力の伝達が鈍い。クロスロードに至ったときは枷のような感覚があったが、ここはまるで水の中にでも放り込まれたような違和感があった。
「何だこれは?」
『推測。この世界に『魔王』を示す概念が希薄かと』
「魔王が存在しない世界か? だが神は居たのだろう?」
『推測2。魔術の概念が希薄』
 そちらの方がしっくりくると感じる。なるほど確かにかき集めねばこの明りすらも維持するのが面倒だ。
「まぁ、良い。しかし……」
 周囲を見る。どうやら石造りの建物の中らしい。酷く朽ち果てているが元の様相を想像すれば神殿か何かであると感じた。
「神気の欠片も感じんな。廃棄された神殿と言う事か」
 呟いて振り返ればそこには朽ちかけた石造が一つあった。
 上半身は女性、下半身は蛇という異形の姿に覚えはある。
「ティアマトの姿か。ここはヤツを祭る神殿と言う事か」
 だがその信仰はすたれてしまったのだろう。マオウは鼻を一つ鳴らして通路を進む。
 そこまで広くない神殿。砕けた天井から覗くのは星と月だ。どうやら暗さは夜と言う事も加味された物らしい。
 やがて、外に出た彼はすぐ先に村の明りを見つけた。他に当てもないとそちらへ向かうと、奇妙な制服を着た男と遭遇する。
「-**x-*-x-*-*-x*-*-x*-?」
 男が何を言っているのか分からない。呆然とするマオウに男は困ったようにたどたどしい言葉を放つが、やはり分からない。
 そこで気付く。
「ああ、ここはターミナルではないのだな」
 言語の自動翻訳に慣れてしまった自分に苦笑し、PBへ目と落とすと
『こんなところで何をしているのかと聞いています』
「ティアマトの事を聞きたいが、どう言えば良い?」
 PBに伝えられた妙な言語をそのままなぞると男は面食らったようにマオウの顔を見て、それからいぶかしげに眉根を寄せた。
 ややあって、彼は何事かを言う。
『名前くらいしか知らないようです』
「後ろに神殿があるのにか?」
 振り返ったマオウの視線を追って、男はああ、とうなずき
『その神殿はかなり昔に邪神を祭っていたと言われて打ち捨てられたそうです』
「……邪神、ね」
 規模だけでいえば相当なものだ。きっとそれなりに祭られていたのだろう。しかしこの男はそれすら知らないらしい。このあたりに住んでるのだろうに。
「では、リヴァイアサンと言う名は?」
 男は本格的に微妙な顔をする。
『お前は学者か何かかと聞いています』
「神学者か。魔王には似合わぬ肩書に過ぎるな。肯定の言葉は?」
 告げられた言葉を返してやると、奇妙な物を見る目は変わらないが、男は応じる。
『大悪魔の名前だと言っています』
 その名の方が知っているのかと苦笑する。
 つまり、ここに住む者が知らぬほどに、彼女はティアマトではないのだろう。
 そんな彼女を戻そうとする理由とは?
『同行を求められています。不審人物と思われているようです』
「面倒だな」 
 指を一つ鳴らす。魔力をかき集めるのには苦労するが、クロスロードよりも幅広い魔術が使える気がする。そしてそれはしっかりと発動した。
 男の目は焦点失い、ぼんやりと空を見上げた。
「あの依頼人は何者なのだろうな。この地に信仰を取り戻したいと言うのだろうか?」
 それは自問によって得られぬ問い。
 夜気を白く染めて、魔王は異界の空を見上げた。

 ◆◇◆◇◆◇

「さて」
 酒場にどかりと腰を据えたザザはジョッキをコップのように飲みほして、息をつく。
 持っていた収集品はヨンにくれてやろうと思ったが、しばらく預かってくれと言われてまだそこにある。
「狙われはしないだろうが」
 そのつもりがあるのならばとっくに強引な手段の一つも使ってきているだろう。
 そう思っていると隣に美女が割り込んでくる。
「今度は何だ?
 俺よりもヨンのやつの方へ行ったらどうだ?」
「嫌よ。あの子勘違いした行動をしてるんだもの。不快だわ」
「教えてやれよ。神託みたいなもんだろ?」
「私はそんなに優しくは無いわ。
 それよりも、貴方は私に優しいかしら?」
 蛇目が彼の荷へと向けられる。
「残念ながら期待するほどじゃない」
「残念ね」
「強引に奪わないのか?」
「趣味じゃないわ。奪われるのは嫌いだもの」
 だから自分もしないと彼女は目を細める。
「騙し、差し出させるのは?」
「それは好きだけど、貴方は騙される人には見えないわね。
 ヨンだったら楽だったんだけど」
「泣き落としでもすれば良い。俺はあいつから預かってるだけだ。
 あいつがお前にくれてやれと言うならくれてやるさ」
「……考えておくわ」
「どうしてここに現れた?」
 ザザは無駄話のひと段落を見て切り込む。
「ほんの少しの期待を込めて。
 もう市場を回る必要もなさそうだし。暇なのよ」
「自分で儀式を止めに行かないのか?」
「嫌よ。本末転倒になりかねないわ」
 確か彼女も材料の一つにすぎない。そうして囚われでもすれば確かに本末転倒だろう。
「お前は何がしたいんだ……?」
「女にあれこれ聞くものじゃないわ。興味があるならそれなりの行動をとりなさいよ」
 妖艶に笑って彼女はいつの間にか注文した酒を形良い唇に流し込む。
「まどろっこしい方法を取る」
「それも性分だわ。それを外れると私は私じゃ無くなるもの」
 嫉妬の悪魔にして、『歪み』の象徴たる蛇は追及をさらりと流す。
「あれがしようとしている事を全て明かしなさい。
 私がそれを嫌う理由もね。そうすれば私は晴れてネタばらしができるわ」
「今、お前に聞きだす事だってできるんだが?」
「あら、乱暴ね」
 動くそぶりのないザザを見てレヴィは口の端を吊り上げた。
「できたらご褒美を挙げる。貴方達もただ働きは嫌でしょ?」
「やるかどうかは分からんがな。他の連中にも伝えておく」
「ええ。そうしておいて。それじゃあね」
 ふわりと後ろ髪を翻して、彼女は風のように去っていく。
 残された大男はぐびりと酒を流し込んだ。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで神衣舞です。
今回いろいろと失敗したなーって思いながら書いてます。
というのも、今回彼女自身が話していますが、このシナリオ、彼女が全部白状するとかなり簡単に終わってしまいます。が、彼女自身はその性質から喋らないわけでして……じゃあどうすんだよ? って事でしてね。
さて、ホントどうしたものか。
次次回くらいをクライマックスにしたいなーと思いつつ皆さまの奮闘に期待します。
ヨンさんどうしよーかってホント悩んだ(笑
クロスロードお遣い歩き
(2011/12/23)
「ああ? まるどぅーくだぁ?」
 日をまたいで次の日。マオウは街ゆく男を呼びとめて問いかけると、彼はずいぶんと不可解そうな顔をした。
「どっかで聞いた事あるが……っと、俺は忙しいんだ。人探しなら警察にでも聞けよ」
 と、煙たがるように去って行ってしまう。
「どういうことだ?」
 レヴィの出身地は確かにこの世界のはずだ。例え彼女が討たれた神だとして、ならば討った側はそれなりの勇名を誇っているのが普通だと思ったのだが。
 とりあえず男の言った「警察」とやらの場所を探し、向かうとそこには純朴そうな男が暇そうにしていた。
「すまない」
 BPの発音をなぞるように問いかければ「ん? 外国の方かい? めずらしいねぇ」と警官なる男は応じる。
「マルドゥクを祭る神殿はこの近くにないか?」
「……ん? 神殿? いやぁ、そんなのは聞いた事ないがねぇ」
 男は壁に飾ってあった地図を眺めるが、しばらくして「やっぱりないよ」と振り返り言う。
「……ではティアマトを祭る神殿は?」
「それも聞きおぼえないねぇ」
 こうなるとマオウも渋面を作るほかない。
「……一体どうなっているんだ? 本格的に扉を間違えたか?」
「ここには外国の人が見に来るようなもんはまずないからねぇ。
 乗るバスでも間違えたのかい?」
「……いや……。ではリヴァイアサンならどうだ?」
「はぁ? あんた、何言ってるんだい?」
 先ほどまでの「知らない」という反応ではない。あからさまに怪訝で、なおかつ少量の嫌悪感と、そして警戒心を伴う声音だ。
「言っただろ? この街はただの田舎町。間違っても悪魔崇拝なんかやっちゃ居ないよ!」
「……リヴァイアサンは悪魔として認識はされているのか……?」
「あんた一体何をしに来たんだい?」
「……いや、このあたりにそういう伝承があると聞いてな」
「……学者さんか何かかい?」
 自分でそう言ってある程度納得したらしい。警官はやや態度を軟化させる。
「だったらほら、あの山に煙見えるだろ。あそこに爺さんが一人住んでてな。
 そういうおとぎ話には詳しいから無駄足ついでに聞きに行ってみると良い。」
 振り返り見れば、確かに山の中ほどに細い煙が立ち上っていた。
「……そうしよう。世話になったな」
「なんのなんの。だが、間違ってもこの街が悪魔を祭ってるなんてデマを流すんじゃないよ?」
「心得た」
 立ち去りながらマオウは渋面を濃くする。
 この歯車がかみ合っていない感覚は一体何なのだろうか?

 ◆◇◆◇◆◇

 まったく、この世界はどうなっているのだ?
 依頼人であるトリマンにあるのはいらだちでなく、純粋な疑問だった。
 それは『判断』のために付随させられた機能であるから正常。逆にその『判断』を狂わせる『感情』は彼の機能になかった。
 あるのは反射として出るパターン化された表情。
 彼は今自分がどんな表情をしているのかを知覚せぬままに最適化された行動として表情を作っていた。
 今でいうところの渋面だ。
 だが、彼は困っていない。ただ判断をしている。
 依頼を受けたはずの彼らは、何故こうもこちらの望んでも居ない話を持ってくるのだろうかという疑問に対する、判断を。

「この街には法が無いと聞きましたが、どんな依頼もこうして覆されるのでしょうか?」
 それは厭味でも何でもない、状況判断の材料を、求めるための問い。しかしなぜかアインだけはorzりそうになっていた。
 彼女は首をふるふる振って気を取り直すと
「……貴方がやろうとしている事は、ティアマトという神を復活させようとしている。
 それで間違いない?」
「……ええ。その通りです」
「……その材料として、レヴィと呼ばれている女性を使うのも違いない?」
「覚えがありません」
 あれ?と言葉に詰まるアインの横合いからザザが「リヴァイアサンと呼ばれる悪魔だ」と告げると
「ああ。はい。その通りです。
 あれは我らが母の欠片を異教が歪め作った物ですから」
 トリマンは隠すことなくうなずく。
「……レヴィさんがティアマトに戻りたくないと言っている」
「知りません」
 アインの言葉にわずかの躊躇もなくトリマンは応じた。
「貴方がたの感覚で表すならば、宝物庫から盗まれた宝石を王冠に嵌めこんでしまったようなものです。宝石を取り返したい私たちにとって、その王冠が至宝の一品と呼ばれようと大した問題ではありません」
「ああ、そうか」
 タイミングを見測るように黙り込んでいたクネスが、落胆したような言葉を洩らす。
「貴方達は殺した母に謝りたいのかしら?」
「いえ」
 即答。そう、即答だった。
「これは罪の清算です。元の姿を取り戻して差し上げるのですから、それですべてです」
「……一方的」
 アインが呻くように言葉をこぼす。
 そう、一方的なのだ。そして大半の世界の者にとって神とは話す機会などまずない存在であるがゆえに、そしてこの世界ではほとんど同じ目線で会話する故に稀に発生する食い違いがここにある。
 皆知っているはずなのだ。神の行動はその力の強大さ故、一方的で独善的であると。
「ああ、うん。
 貴方との『レヴィ』という人格を元にした交渉は最初っから無意味だったわけね」
「私はただ儀式の材料を集めるように依頼しただけです。
 そこに付加される情報など不要のはずです」
 神族的な思考との決定的な溝。それを目の当たりにして誰もが言葉に逡巡する。
 が、
「で、ティアマトを蘇らせるに至ったきっかけってなんなのかしらね?」
 人の枠を外れかけた女性は何事もないように問う。
「……」
 クネスの問いに対する反応は思考の沈黙ではなかった。
「言えない。いえ、言いたくない?」
 彼女は思う。
 彼が、彼らが本当に母に詫びようとしていたのならば、それを手伝うのもやぶさかではないだろうと。
「てめえらは、復活させた主神様に何をさせたい?」
 クネスの言葉に動きを取り戻したザザが恫喝の声音で問う。
「それに……その儀式の結果の……不都合があるんじゃないの?」
 アインも追従する。その全ての言葉に依頼人は反応をしない。いや、反応をやめた。

 ◆◇◆◇◆◇

「よぅ、色男」
 と、彼の訪問に応じたのは長身かつ中世的な人物だった。
 男にも女にも見え、今の言葉が皮肉どころか厭味にしか聞こえないほどの蠱惑的な人物。
 現に今も二人の女性を傍らに侍らせているが、壁際にも彼(?)を守るように、見守るように───或いは崇拝する神体を見守るように、数人の男女が控えていた。
「レヴィのやつが話してたぞ。面白いやつを見つけたってな」
「それは……どうも」
 意識を強く持っていなければ自分もその虜になるだろう予感はまるで物理的な力を伴うかのように押し寄せてくる。
 彼が自称する名はアスモ。レヴィと関わりが深い人物の中で恐らく一番社交的であろうと教えられた悪魔だ。
「あいつの事を聞きたいのかい?」
「ええ。彼女にとって取り戻すはずの行為を何故嫌がるかがどうしてもわからなくて」
「それは、彼女の事じゃない。ボクら全員の共有感覚だね」
 「ボクら」という言葉の範囲を図り兼ねて沈黙すると
「悪魔は人を愛している」
 彼は臆面もなくそう言い放った。
「この世界じゃ特に混同されてしまうのだがね。信仰を糧とする神族と同様に悪魔も人無くしては成立しない存在なんだよ。一個の種族としえ成立し、魔の属性を持つ魔族や魔神とは全く異なる種なんだ」
「……はぁ」
「君は妖魔系、不死族の吸血種か。君のような存在とも違う。
 ボクらは人が持って生まれた悪徳の具現体。神族の裏側で、比較的新しい種族でもある。
 なにしろ法と徳の概念が生まれて初めて存在し始めた種だからね」
「つまり……精霊に近いと?」
「その通り。故に弱い悪魔は受肉すらできず、人にとりつく事を好む。
 なぜなら人には己の元となった悪徳が少なからずあるからだ。森の精霊が木に宿るのと大差ない」
「……悪魔種が人と共存関係にあるというのは分かりました。
 でも、だからと言って彼女が元に戻る事の否定にはならないのでは?」
 ヨンの問いにアスモはグラスを煽って笑みを作る。
「なるさ。かつての彼女の肉体は数多の人が住む大地になっている」
「……」
 確かに伝承は耳にはさんだ。
 その断たれた体の半分は天となり、半分は地となっていると。
「難しい話じゃない。料理を満載したテーブルからテーブルを引っこ抜こうとしているのだよ。料理も、その趣向や彩も気にいっている母たる彼女はそれを無粋としているだけさ」
「……ちょっと待ってください。神族にとっても人は必要なはずですよね?
 それでは彼らにとっても必要な人を皆殺しにしてしまう!?」
「必要だが必須ではない。
 それに人なんてものはまた作ればいいじゃないか。大地母神たる彼女ならば創成を繰り返すことも自分の世界であれば難しくは無い」
「……それが、彼らの方の主張で、食い違い……?」
 望まぬとはいえテーブルにされた木は、しかし自分の上に供される料理をめでることを覚えた。しかしテーブルを作った者はそうではなかったとテーブルを引き抜こうとしている。
「息子に殺された彼女は、新たなる子まで彼らに殺されようとしているのだよ」
「っ! じゃあ……!」
「何が正しいかなんてこのクロスロードじゃ個人の主張でしかないよ。しかも世界を隔てればあっさりと反転してしまう」
 悪魔が笑う。
「ボクが司る色欲だって人が増え、財産や家督という存在が生まれたから悪徳とされた事象さ。人が少なく、子が大人になる前に多く死ぬような文明レベルの世界では子はコミュニティの財産で、誰が親なんてのは大した問題ではなかった」
 彼は笑う。
「同じ目線で立っているように見えて、ボクと君は存在だけでなく精神で大きく異なっている。同じ人間種、吸血種、魔族、神族その他姿を類似する種族ですら、周囲の環境がその常識を捻じ曲げてしまう。
 そんな世界で君たちが声高に放つ『道徳的説得』にどれほどの価値があるのだろうね?」
 じゃあどうしろと、という言葉は呑み込む。
 そして呑み込んだ事を察して悪魔は気分よさそうに笑った。
「どうするも自由さ。案外元の姿に戻った彼女はそうした事を喜ぶかもしれないしね」
「……貴重な意見、ありがとうございました」
「うん。結果はレヴィの顔色でも窺うとしよう」
「それは────」
 ヨンはやはり口をつぐみ、一礼してその場を立ち去る。
「ああ。一応は同じ席次に並ぶ友人だからね。また話したいと願うのは当然だろう?」
 届かせつつもりもないつぶやきを、悪魔はゆっくりと放った。

 ◆◇◆◇◆◇

「ほう、ティアマト神とな」
 炭焼き場の老人はマオウの言葉に頑なな態度を緩ませる。
「知っているのか?」
「もちろんじゃとも。まぁ、わしよりも若い連中は耳にもせんじゃろうなぁ。
 なにしろ信仰を禁じられてもう何十年になるか」
 それはよくある宗教戦争の話。
 老人がまだ物心ついたばかりの頃にこの街は戦火に見舞われたのだと言う。
 それは思想の侵略によるもので、あの荒れ果てた神殿もその時に酷く壊されたのだと言う。
「わしの親の時代まではその名を知らぬ者なぞこの街には居なかった、母にして大地となった神様じゃからな。
 そして勇猛果敢なる戦いの神マルドゥークの見守る前で、兵士たちは鍛錬の刃を振ったものじゃ」
 しかし戦いに敗れてそれは過去の物となってしまった。
「それはこの街だけではない。その外からの神は次々と周囲の町を襲い、神殿を潰していったという。今ではわしのような年寄りが口を閉ざして朽ちて逝くだけよ」
 神殿とも相対した過去を持つマオウは苦笑いすら浮かべる気にならなかった。
 そういう力を持つ神殿には当然のように異教を認めず、罰する組織が存在しているはずだ。つまりは異端審問官。
 それは時には異端を口にする個人を罰するために町一つを焼き捨てることすらある。
 その炎は周囲の反抗心を巻き込んで燃やし尽くしてしまうのである。
「つまり……ティアマトを主神とした神話体系は、もう死に絶えたのだな」
「悲しい事じゃが、わしの迎えも遠くない。
 それですべて終わりじゃろうて。遠い未来にあんたみたいな学者さんがたが書き残してくれる事を願うばかりじゃよ」
 しかしそれはもう物語でしかなく、神が必要とする信仰は伴わない言葉の羅列だ。
「……ならばいっそ、か」
 マオウは老人に礼を言い、炭焼き小屋を後にした。
 この地で得た言葉を胸に、何をすべきかを考えながら。

*-*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*-
 めがっさ遅れて申し訳ありません。
 年末進行状態の神衣舞です。まぢすまん(=ω=)
 というわけで情報は出そろったと思います。アスモさんが述べておりますが、話をできるとどうしても同じ視点で考えがちになるものです。
しかし人種どころか種族やら存在すら大きく異なる存在のごった煮であるクロスロードではたまにその考えが大きな弊害となります。というお話でした。
 さて最後のケリはどうつけますか?
 次回もよろしゅう☆
クロスロードお遣い歩き
(2012/01/12)
「終幕かしらね。ここまで来れば後は蛇足と言うものだわ」
 彼女はそう呟いて、舞台へと足を向けた。

 ◆◇◆◇◆◇

「食事でもいかがかしら?」
「……」
 クネスの突然とも言うべき誘いに、依頼人は反応をしなかった。
 恐らくそれは戸惑いなのだろうと察せられたのは続く言葉からだ。
「私は貴方がたに依頼をしています。それが食事とどういう関係が?」
「お話をするには食事の場が一番だわ」
「……話と言うのは、また依頼を取り下げろと言うのでしょうか?」
 率直な問いにクネスは苦笑を零し、「聞きたいだけだわ」と返す。
「ならばここで聞いてください」
「……わかったわ。
 そうね。じゃあ貴方達がティアマトを今さら戻そうとしたきっかけは何かしら?」
「……」
「貴方達は何に困ったのかしら?」
 無言。そこには腹を探ろうと言わんばかりの視線がある。
「敵? それとも破滅かしら?
 でも、例え神だとしてもいつかは終わる物よ。貴方達が斃してしまった主神のようにね」
「……では滅びに抗うのは罪悪であると?」
「言わないわ。でも、貴方達の望みを果たすために犠牲にしようとしている物が大きすぎる。それを皆知ってしまったのよ」
「我らが生み出した物を我らがどうしようと、他の世界の者には関係のない事では?」
「でもね、私たちは手出しができるの。
 貴方の世界では貴方達は神族としての権威を揮えるかもしれない。
 でもこのターミナルなら、その傲慢な考えに茶々を入れられるのよ?」
「傲慢と言いますか。己が物を扱う当然の行為を」
「だって私たちは貴方達が自由にできると思いこんでいる側の被創造物ですもの」
 そう、視点があまりにも違いすぎるのだ。まるでテレビゲームのリセットボタンを押すような感覚で、目の前の存在は語っている。
「ねえ、こちらの世界にいっそ住んだら?
 そうしたら理解できる事もあるかもしれないわよ?」
「不便な世界です」
 男は独白のような言葉を洩らした。
「効率を求めろとの事だったので貴方がたを使ったが、失敗だった。
 もう使いません」
「じゃあどうするの?」
「自らの手で為しましょう。
 最後にと思っていましたが、手始めに核となる存在を捕まえねばなりません」
「……本当に、傲慢なのね」 

 コツコツと扉が叩かれる。
 その音に振り返る男の背に言った。
「貴方達の盟主を呼んだらどうかしら。
 是非お話をしてみたいわ。私も、彼らも───」
 そして、と言葉を継ぐ。
「彼女もそう思って来たんじゃないかしらね」

 ◆◇◆◇◆◇

「ほらよ」
 宿に訪れた女性に巨漢が投げてよこしたのはユズノカズラだ。
「あら、女性に花を渡すならばそれなりの包装があっても良くてよ?」
 からかうような声音にザザは肩を竦めた。
「ミスリルの方はヨンに返す。欲しけりゃヤツから貰え」
「別に私が欲しいわけじゃないんだけどね。
 それに、彼も来たわよ?」
 視線を投げた先に数人を引き連れた吸血鬼の姿があった。
「随分と大所帯ね」
「いっそ物理的に邪魔してやろうかと思いまして」
「あらあら、神様思いの良い使徒だわ」
「それはいい加減勘弁してほしいところですが」
「それで、お前は結局元には戻りたくないと言う事で良いのか?」
 三番目の問いかけは高圧的に。
「本当に止めたいなら手伝うのもやぶさかではない。
 ……その前にお前の元はティアマトで間違いないんだな?」
「ふふ。誰も彼も不良なこと。探索者としてどうかと思うわよ?」
「私たちは奴隷じゃありませんからね。判断する頭を持っていますから」
 ヨンの言葉にレヴィは笑みを作り、宿の中へと歩を進める。
「クライマックスなんて大それた展開は無いわよ?
 ただの詰まらないエンディング。終止符を打つだけの舞台に上がりたければどうぞ?」
 そうして彼女は彼の部屋の扉を叩く。

 ◆◇◆◇◆◇

「見る影もないほどに神格を落としたわね。
 かつては十の柱に等しき輝きを持つとまで言われた武神が」
「……材料から来ていただけるとは手間が省けました。太母のカケラ」
「……ということは、そいつがマルドゥクとかいう神か?」
 何の威圧感も感じない男を見やってマオウはいぶかしげに眉根を寄せた。
「ええ、間違いない。私を切り裂いて天地の材料にした可愛い孫だわ」
「太母の記憶を持っているのですか、欠片。
ならば応じておきましょう、星霜ぶりです太母。
そして言いましょう。我らはやはり貴方こそが天の石板に相応しく、神々の主の座に相応しいと」
「白々しいのは変わらないわね、武神。
 どうせエアの用意した言葉でしょ? この世界に自ら来る事すらしない腰ぬけの息子」
「否定はしません」
「……もう扉をくぐれないほどに神格を落としたのかしら?」
「その通りです。最早太母の生んだ世界にて、神格を保てるのは私と太母くらいでしょう。
 我々は誤りを認め、太母に再び首座に戻って世界をやり直していただきたいと願います」
「ねえ、マルドゥク。他の数十の子らが立ち向かうことすらできずに恐れたティアマトが、貴方一人に打ち取られたか理解してる?」
「……それは私の作戦が功を奏したからです。
 いかな私の怪力でも貫く事叶わなかった無敵の鱗もその口内には無かった」
「そんな事、私は良く分かっている。そしてまだ充分に動ける貴方を丸のみになんてしようとした理由を武神である貴方が察しもしないなんて、残念だわ」
「……疑わしいですが、私の策を知って、それに応じたと?」
「貴方達は信じなかったけどね。私は貴方達を、子らを愛していたのよ?」
 レヴィは蛇の目を柔らかく、言葉を紡ぐ。
「だからアプスーの誘いも断った。貴方達に注意を促したら、貴方達は彼を殺してしまったけど。エア達が神の首座から降りるように言ってきたときは流石に頭に来たけど、それでも貴方達を害そうとは考えていなかった。怪物で脅かしておけばよかったとさえ思っていたのよ?
 でもマルドゥク、退かない貴方が来た以上、私は覚悟を決めねばならなかった」
「……信じがたい事です」
「良いわどうでも。その結果ティアマトは死に、その体は天地とされて人の世界になった。
 ティアマトは私でなくなったけど、自意識を持ったカケラはそこから生まれた人を愛していたのよ。貴方達と同じく私の子としてね」
 それを彼らは自らの復権のためだけに全て灰燼に帰せと言っている。
 それが、全てだった。
「欠片の私は人が生んだ新しい神によって新しい神格を与えられた。
 そうして得たのは「嫉妬」という概念。
 知っているかしら、無骨な武神。嫉妬というのはね、愛の先にある物なのよ」
 悪魔となった女性は言葉を重ねる。
「手を伸ばしても届かない、焦れこそが嫉妬なの。
 愛する子たちが、その子たちを愛する様を私は羨ましく───その姿に嫉妬したのね。
 そう、正しく愛せなかった子らと重ねて、ね?」
「……」
「そこの吸血鬼が言ってたわね。
 マルドゥク、貴方、こっちに住んだらどう?」
「……父や、他の柱はどうするのですか?」
「どうもしないわ。もうあちらは人の世界。人が生み出した神が彼らの神であるべきなのよ。だからこちらに来る事すらできない残滓はあの世界とともに、私の体とともに物語の欠片としての永劫を迎えるしかないわ」
「愛する子と言いましたね太母。子を見捨てると?」
「酷い言い方ねマルドゥク。死ぬわけではないし、見捨てるわけでもない。
 私の上に生まれた世界の、人の世が終わるときになら私はその計画に賛同してあげるわ。
 それまで概念と化して良く考えるべきだわ。でなければあの子らは再び同じ事を繰り返すだろうから」
「……ならば、私もまた戻るべきです。
 なぜなら私は貴方の考えに未だ理解を示せない」
「貴方はこちらで理解しなさい。
 納得しろとは言わない。賛同しろとも言わないわ。
 ただ人と肩並べる世界で、彼らがどうして貴方の依頼を蹴ったのか、それを理解して持ち帰りなさい。それがエア達のためになるわ」
「……」
 無骨というには平凡な男は沈黙する。
「あちらに新たに神殿なり建立すれば、そこそこ信仰を取り戻せるんじゃないか?」
 マオウが口をはさむ。だが、
「かもしれないわね。でも無粋だわ」と彼女は肩を竦める。
「今言った通りよ。驕る神は人に討たれる。それは繰り返される物だわ。私が討たれ、子らが討たれる。やがて人の世とともに新しい神も潰えて得られる物があるなら、私はそこからやり直せばいいと考えているのよ」
「気の長い話だな」
「貴方達が短いのよ。故に見える物があり、焦れるほどに手を伸ばすのよね?」
 ザザの皮肉にレヴィは目を細めた。
「……検討します、太母」
「エアとエンキには相談するんじゃないわよ?
 あの子ら、ホントに傲慢で自分本位だから貴方が判断しなさい」
 その言いようは本当に母のようで、見守るヨンたちは顔を見合わせる。
「ふふ。これで終わりかしらね」
「最初から貴方が出張ればまるく収まったのでは?」
「貴方達が貴方達の判断で否定したと言う結果がなければ、マルドゥクは迷う事も無かったでしょうけどね」
 確かにそうかもしれないが、どこか釈然としない物がある。
「ふふ。貴方達には迷惑を掛けたのは事実だわ。
 だからちゃんとお礼はするわ」
「私の呪い……、祝福もできれば外してほしいんですけどね」
「良いわよ。でも、ヨン。気づいてるんでしょ?
 私が祝福しようとしまいと、貴方への感情は何一つ変わらないって」
 クネスがうんうんと頷き、ザザが視線をそらしているのを見てヨンは愕然とする。
「どっちかというと貴方を媒体にちょっと力の回復をさせてもらってただけだもの。
 だから我が使徒、そのままなら困ったときに多少は助けてあげるわよ?
 神聖術みたいなものね。悪魔だけど」
 妖艶に微笑む蛇目の女性を見やって、吸血鬼は盛大にため息をつくのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

 数多の世界とつながり、数多の種が交差するこの世界は
 今日も様々な思想を行き交わして存続している。

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 神衣舞だおん。
というわけで長々とかかりましたが、これにてクロスロードのお遣い歩き、終了となります。
うひひ。もう最初のプロットどこに行った? って感じなんですけどね。
 ともあれ、この世界の重要な問題として、人種どころか種族が違う存在が共同生活している町がどんだけカオスなのかというのを改めて感じてもらいたいなーと途中から考えてシナリオを進行させました。
 この不思議な町をより深く理解し、そして理解できない事を楽しんでいただければな、と思います。
 ではお疲れさまでした☆
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