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【inv19】『前触れ』
前触れ
(2011/10/29)
 クロスロードと結ばれる多くの世界。その中でも季節を持つ世界にとって冬は基本的に死と停滞の季節だ。
 ある程度以上の移動手段を発達させなければ山一つ越えるにも命を賭けねばならない。
 命をつなぐ食糧にも乏しく、多くの生物は手段こそ違えても、その停滞に同化するかのように静かに春の訪れを待つのが道理だった。

 ───故に。

 突き刺すような冷気をわずかに露出した部分で感じながらも、目の前に広がる活気には違和感以上に活気を覚えるのだろう。それは絶対無比の支配者を押し返す活力そのものなのだから。
 朝市。
 冬を目前にし、外出するのも躊躇うような寒さの中でもそれは当たり前のように開かれていた。いつもよりも激しく見える蒸気は朝飯を提供する屋台から。多くの者が即席の暖を求めて集まり、笑みをこぼしている。
 露天に並ぶ物には防寒具が増えた。特に科学系世界の防寒具は人気が高い。魔法系の防寒具に携帯性こそ劣るが、近接戦闘職でなければ、或いは戦闘に使うのでなければコストパフォーマンスは格段に高いのだから当然だろう。手袋や靴下一つに見ても化学繊維のもたらす恩恵は麻や絹の布地には圧倒的に勝る。携帯コンロや懐炉なども人気は高い。
「しかし、妙な話だよね」
 一旦客足の引いた露天で露天商の男はふいにつぶやきを漏らした。
「何がだい?」
 隣の露天商がちらりと視線をやる。
「冬と言えばどんな荒くれ者でも家に閉じこもるもんだ。よっぽどのことが無い限り冒険に出るなんて考えもしない。
 まぁ、当然だろう。いざという時に狩りすらできない時期だからね」
「確かにそうだな」
「だが、この街はどうだ。
 まるで冬に出歩くのが当たり前のように、やつらは準備している。無謀に過ぎないか?」
 隣の露天商は苦笑いを浮かべる。
「あんた、今年この街に来たんだろ?」
「そうだが、どうしてだ?」
 まぁ、だろうな。と呟いて煙管に火をともす。
「冬におびえているのさ」
「蛮勇と言いたいのか?」
「違う違う。家に籠っていれば過ぎる恐怖ならば、お前が不審がっている様な準備などしないさ。
 あいつらが……いや、俺達がおびえているのはもっと直接的な脅威だよ」
 ふぅと紫煙を吐き出し、隣の露天商は目を細めた。
「お前さんも聞いたはずだ。この街の成立を促した一つの事件を。
 そしてそれを再現するようなもう一つの事件を」
「……『大襲撃』と『再来』のことか?」
 うむとうなずいてコツコツと煙管の先でシートを叩く。
「そうだ。俺だって聞いた話でしかないがね。
だが、それは現実として発生し、多くの命が失われたらしい。
 おとぎ話のようなアーティファクトやカラクリ、神族や魔族なんてのがうろつくこの街が、何のことはない。単純な力に飲まれかけたんだ」
「単純な力?」
「『数の暴力』さ。
『大襲撃』に『再来』。何十万という数のバケモノがこの町目指して殺到したって言うんだから想像もつかん」
「……確かに想像もつかんな。というか、そんなことがあったようには思えないが……」
 少し高いところから見れば整然と並ぶ街並みが一望できるだろう。そこに戦いの傷跡は確かに見受けられない。
「大襲撃はこの街ができる前の話だし、再来は衛星都市でその大半が食い止められた。
 結果だけ見ればクロスロードは勝利を収めているんだろうな」
 だが、と隣の露天商は寒々しい空を見上げる。
「次はどうかわからん。
 皆、心のどこかでそう思っているのかもしれないな」
 つられるように空を見上げた男は先を思って吐息を漏らす。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「本当に何もないのだな」
 目を凝らし先を見渡すも、広がるのは自分の立ち位置すら危うくなりそうな、ただ一面の荒野。はるか先に広がる地平線を隔て、やはり遥か一面に空が広がるのみ。
 目を閉じて適当に回れば最早方位を知ることは難しいだろう。
「樹も草もないものね。方位磁石とかが効くのが幸いだわ」
 つぶやきを聞きつけた女性───クネスが周囲の光景に改めて呆れを向け、マオウの言葉に応じる。
 彼らの属する巡回グループには約10名の人員と2台の車両がある。搭乗する種族は人間種が多い物の、ドワーフやエルフ、有翼種、珍しいところで虫人種と霊種が1名ずつ。
 虫人種はカマキリ系でジャイアントマンティスをぎゅっと圧縮して人間に近付けたようなフォルムだ。手はおなじみの鎌状のため、物を持つのには向いていない。
 残る霊種というのはアンデッド系のいわゆる幽霊や精神生命体系の非実体種族だ。一応精霊種とは存在を別とされている。
 青白い光を放つ女性は落ち着きなく探索者の間を彷徨いっているが、これは彼らの発する感情を食べていると見られる。これが酷くなった症状を「憑く」というのだが、彼女の行為は植物が動物の出した二酸化炭素を吸収するに近い、無害なものだ。逆に多くの思念が凝り固まって生じる歪みを抑えてくれているとも言える。
 出発前の集合場所ではそも人間のフォルムをかけ離れた者も少なくなかった。霊獣や魔獣の類も自己意識の高い者は来訪者としてこの地に訪れているし、妖怪種は組織だっての行動をしていると知られている。
「色々居るのだな」
「ん? ああ、種族のことね。ほんと、色々居るわね」
 クネスの浮かべる苦笑は自らも特異な種であることを自覚してのこと。
「よくもまぁ、争わぬものだ。
 人と魔、いや、神の使いの類などは見敵必滅の関係だろうに」
「それ以上に『怪物』の脅威の方が恐ろしいのよ。きっとね」
 国を纏めるための2つの方法を『王』の一人であった男は思う。
 ひとつは力。あるいは人間は神の代行者を名乗って威を借りる手段を使う。
 もうひとつは敵。負の感情を向ける相手を用意することで国としての団結力を錯覚させる。
「なるほど。脅威ではあるが都合のよい存在というわけか」
「そういう言い方もできるわね」
 苦笑を口の端に、クネスは視線を別方向へと転じる。
「あら?」
「どうした?」
「怪物の集団みたいね」
 その言葉に今まで沈黙を守っていた面々は目を開け顔を挙げ、己の獲物に手を伸ばす。
「座していれば良いとは行かんか」
「お仕事だしね。じゃあ、少し戦りましょうか」
 車が停止をする慣性を感じながら、来訪者たちは意識を戦いへとシフトしていく。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……こんにちは」
「ん?」
 ひときわ目立つ巨体がどこか億劫そうに首を巡らせると、黒をまとった少女がどこか無感動な瞳を向けてきている事に気づく。
「アインか。お前もこっちか?」
「どっちでもいいって言ったら南に割り振られた」
「同じだな。まぁ、南側は比較的安全だと思われてるから積極的な参加者が少ないのだろうな」
 クロスロード四方では南側が極端に開拓されている。今では鉄道すら走り、南方120kmの地点には第二拠点とされる『衛星都市』が存在している。
 またその中間には大迷宮の地下一階層を改築した都市である『大迷宮都市』も存在し、毎日少なくない人々が行き来をしている。
「或いは人数がある程度揃えば東西に行ってみるかとも思ったんだがな」
「……危険って聞いてる」
「らしいな。まぁ、一人で行くつもりはないさ」
 サンロードリバー沿いの東西方向では開拓当初、行方不明者が続発したことが広く知られている。水が常に確保できる東西方面は楽に未探索エリアの解明ができると思われていたのだが、その半数以上が謎の失踪を遂げたのである。
 そのためサンロードリバーには謎の怪物が住み着いているという噂がまことしやかに流れており、フィールドモンスターという存在が明らかになった今では仮称で『水魔』と呼ばれていた。
「クラーケンでも居るのかね」
「……わからない。でも痕跡が残らないなら引きずり込まれてる可能性は高いと思う」
「おっかない話だ」
 多くの種族にとって水上、水中戦は鬼門だ。くるぶしまでの水でさえもその動きを大きく制限し、疲労を蓄積する。水中に引きずり込まれでもしたら鎧甲冑をまとう者には死の宣告に等しいだろう。
「さて、巡回ルートは線路から離れる形らしいな。まぁ、当然と言えば当然だが」
「……危険は変わらない」
「まぁ、気を張り詰めん程度にやるか」
 集合の声に二人は軽く視線を交わして足を進めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「冬と言えば大襲撃! みんな準備万端で!」
 と、一人彼の作った組織、HOC事務所で言い放ったヨンはぽりぽりと頭を掻いて着席。
「まぁ、あまり意味はありませんかね。心構え程度のことでということで」
 言い訳のような独り言。と、ドアがほんの少し開いていて、事務員がおそるおそる覗き込んでいた。
「ちょ、その反応かなり傷つくんですけど!」
「え、あ、すみません。邪魔しては悪いかと思いまして。
 お茶をお持ちしました」
 誤魔化すように笑みを張り付けて、事務員は茶と、それから書類封筒をヨンの机の上に置いた。
「アドウィック探偵事務所からです」
「ああ。……はい、ありがとうございます」
「はい。失礼します」
 ぺこり一礼した事務員が退室するのを見送り、ヨンは封筒を手に取る。
 中身は報告書。内容は「猫」と「狂気の男」について。
 それをざっと読み流したヨンは苦笑を浮かべて椅子に深く腰掛ける。
「狂気の男についてはさっぱりですか。まぁ、それもそうでしょうけど」
 風のうわさ程度に聞いた単語に対した情報が集まらないのは分かっている。
 ただヨンはどこかで類似した情報を聞いた覚えがあった。
「それで……猫、ですね」
 この街屈指のクリエイター集団『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の主であるケルドウム・D・アルカと同じ容姿を持つ少女。
 そしてここ最近のいくつかの事件で暗躍する存在。
 あるいはこの時期に何か仕掛けてくるのではないかと彼は予感していた。
 何故かは未だにわからない。彼の知る『猫』はトリックスターであることには間違いはないが、無為に殺戮することを好んでいるとは到底思えなかった。
「アルカさんに関係しているんでしょうかね」
 それを問うても二人の少女は恐らく答えてはくれないだろう。
「とはいえ……」
 見分けのつかないほどの同一の容姿ではさしものアドウィックでもその区別がつけられなかったらしい。確実に『猫』と断言できない目撃情報の列挙は意味の為さないものだ。アルカがこの街を歩き回るのになんの問題も無いのだから。
「ふぅ。あとは市場動向ですかね」
 何か起こる前には市場は動く。金も武器も土地も欲しない怪物相手の戦いにどれほどの価値がある情報化は定かではないが、少なくともクロスロード住人の関心は伺うことができる。
 そして予想通り、武具の取引はかなり増えていた。管理組合からして各拠点への弾薬やポーション類の保持を再整理しているのだがら周囲が影響されるのも無理はない。
「杞憂であってほしいものですけどね。本当に」
 とんと書類をまとめて机に放りながらヨンは心の底からそう呟くのだった。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

  ……ク……ク……
   ……クヒ……ィ……

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 はい。神衣舞ですよんっと。
 というわけでまぁ冬なのでちょっと警戒しましょうねーって感じの簡単なお仕事シナリオです。のんびり周囲警戒しましょうね☆

 ……
 ……
……うひ。

あ、次回以降のリアクションについてもどっち方面いきたーい☆ってやつでお願いしますね。ヨンさんみたく別の調査をするのも全然OKですよん☆
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