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【inv19】『前触れ』
前触れ
(2011/11/07)
イィイィイイイイイイイイイイイ
ッツゥウウウウウウウウ
 ショォォオオオオオオオオオオオオオオ
タァアァアアアアアアアアィィィムゥゥウウ

 それは動き出す。
 ほんのわずかなほつれを抜け出して。
 それをこじ開けた者の前で狂い笑う。
「好きにするといいにゃ」
 彼女は一つ肩をすくめてその地を後にする。
 そう、そこは───────────

 ◆◇◆◇◆◇

「はい、これ仕上がったわよ」
 コツとスパナで車体を叩くと近くに居た見習いがあわてて駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、あと2台くらい今日行けますか?」
「自動車修理工じゃないんだけどね。まぁ状況が状況だから仕方ないけど。
 できれば重火器とか化学兵器をいじりたいわ」
「い、いや、まぁ重火器の方は普段から定期メンテしてるらしいですし、化学兵器は無差別すぎるでしょう!?」
「面白くない正論だわ」
 Ke=iは肩をすくめて周囲へと視線を這わせる。そこには自動車の見本市のような光景が広がっている。
 今回の依頼には数千人規模の動員が確認されている。それに伴い使用される駆動機械の数も随分な数になっている。
 故障はともかくとして道なき道を百キロ単位で走破し続ける車体のメンテナンスに技術陣は不夜城を強いられていた。噂ではターミナルを認知しているいくつかの科学系世界に技術者の派遣依頼を出したとか出さないとか。
「私も警戒組に入ろうかしら。出先でも技術者は必要になるだろうし」
 無論戦闘でも自分はそこそこやれる。その自負があっての言葉だ。
 そんな言葉を洩らしながらも彼女は次々と点検交換をこなしていく。
 探索者というのは基本的にマイスターを軽んじない。それは自分の命を預ける武具の生みの親であり、医者であるからだ。良い仕事をしてもらえればそれは自分の安全につながる事を良く知っている。
「仕方ないわね。飽きるまでやりますか」
 苦笑のようなものを洩らしながらKe=iは次の相手に挑みかかる。
「おう、嬢ちゃん、良い仕事してるじゃねえか」
 そこに向けられたのは酷くしゃがれた声。
 不意に語りかけて来たそれに視線を向ければ、ドワーフのおっさんが油にひどく汚れたツナギを身にまとって立っていた。
「おほめに預かり光栄だわ」
 胸にあるワッペンには『ドゥゲスト工房』の文字。
「お嬢ちゃん、兵器を扱う方が好きなんだってな」
「……ええ、否定はしないけど」
「だったら、少し考えてほしい話があるんだが。
 武装鉄道はもちろん知っているな?」
 当然である。クロスロードから一直線に南へ走る鉄の塊は乗る必要が無くとも見物人の絶えないシロモノである。
「ええ。それが?」
「あれに大口径砲を付けた列車砲を作る話が上がっておるんじゃがな。
 もしよければ手伝いに参加せんか?」
「……何そのロマン。かっこいい」
 キランと光ったKe=iの目にドゥゲストはニヤリと笑みを返し、名刺のようなものを一枚放った。
「その気があるならここに来るんじゃな」
 それだけ告げて去る彼は同じように手伝えそうな人を捜し回っているのだろう。
「さて、どうしようかしらね」
 前線もまぁまぁ面白そうだけどと呟いて、とりあえず目の前の患者に手をつけながら彼女は思案する。

 ◆◇◆◇◆◇

「平和なもんだな」
 巨体をトラックの荷台に座らせたザザは、やや詰まらなそうに言葉を洩らす。
「良いこと」
 応じる声は簡潔に。黒を纏う少女はゆっくりと視線を周囲に巡らせる。
「それもそうだ。と言えないところが因果だな」
「……飯のタネ?」
 表情を変えぬまま、ザザはほんの少しだけ口の端を釣り上げた。
「……ん?」
 そして何かを言おうとした瞬間。開きかけた口を結び直し、視線を凝らす。
「……どうしたの?」
「あれ、妙な跡が付いていないか?」
 一瞬眉根を寄せたアインは身を乗り出すようにしてそちらを凝視する。
「……足跡? それも、たくさん……?」
「北東報告に走ってやがるな。……クロスロードの方に向かってないじゃねえか」
 彼らの現在位置はクロスロードのちょうど真南のはずだ。
「……クロスロード以外にも行く方向あるの?」
「どうだろうな。桜前線なんかはクロスロードを素通りしていくが」
「……例外はあるんだ」
「分からないことの方が多いだろう」
「……そうね。それで、非常事態?」
 ザザは一瞬沈黙し、それから「報告すべきだろうな」と呟く。
「特異な行動であることには変わりない。
 ……つうか、不吉なもんを見た気がして仕方ねえな」
「……そこは同意」
 不可解。それは根源的な恐怖の形である。故に探索者は『明かす』ために荒野を行くのだ。
「東の方。か」
 危険と聞いていくのを断念したその先に何が起きようとしているのだろうか。

◆◇◆◇◆◇

「怪物と和合するという考えは誰も持たなかったのか?」
 話の流れから言わぬと考えていた言葉がマオウの口からこぼれおちる。
 訪れたのは予想した通りの沈黙。だが、そこからの流れは予想に反した。
「無理だな。あの圧倒的な数を見たらそんな気は起きない」
 三十路を越えているだろうガンナーが苦笑いとともにそう、零す。
 戦闘も無事終わり、クネスの提案でお互いの長短を話し合った一行はそのまま野営の準備へと取りかかり、ひと段落ついてのこの時間に至っていた。
「交渉ってもんはお互いがそのテーブルに着くだけの力量的均衡が無いと提案すらされない。地平の果てまで怪物で埋め尽くされた光景を見て、交渉なんて発想、誰の頭にもなかっただろうよ。例え、言葉が通じたとしてもな」
「地平を埋め尽くす……?」
 この障害物の無い荒野が続く世界でそれは一体どれだけの数が居れば成立するのだろうか。かつては世界を席巻する一軍を率いた彼ですら途方に暮れる光景だった。
「話の上では数十万って言ってるがな。実際ゴブリンクラスの小型の怪物が何十万居たかなんかわかりやしない」
『それに……』
 霊種の女性が声とも思念とも取れぬ声で言葉を継ぐ。
『あれらの目的は扉の塔だと言われています。
 私達にとっては故郷とつなぐ扉。それを明け渡すなどありえません』
 実際最初の『大襲撃』では討ち漏らした怪物が「扉の園」に到達。当時最大派閥の一つであった永遠信教世界の扉を破壊したことは誰もが知る話である。
「それに大襲撃といい、再来といい、あの時の怪物連中は何かが違う。
 普段なら脅せばそれなりに反応するもんだが、大襲撃に限っては屍で塹壕を積み上げることになってもやつらはおびえ一つ見せなかった」
「ふむ。どこまでも余地無しって感じなのね」
 クネスのげんなりとした言葉にガンナーは笑み一つ浮かべずにうなずきだけを返す。
「圧巻というのはまさにあの時のためにあったと今でも思っている。
 数の暴力。最早個々の力量など価値を持たない。何もかもごちゃ混ぜの大群が大波のように押し寄せて来たんだからな」
『悪夢に姿を与えるならば、まさにこの光景こそそうに違いない。
 私の知る大襲撃の参加者はそう言っていました』
「だが、押し返したのだろう?」
 つまりクロスロード側の方が戦力は勝った。
「再来の方は大襲撃ほどでもなかったらしいけど……
あの時はすでに衛星都市をかなり要塞化していた上に、怪物が塔を持たない衛星都市にあまり興味を向けなかったというのが一番の要因だった。って感じかしらね。
私も聞いた話だけど」
 クネスの説明にマオウはふむと思考に意識を投じる。
「でも、最近怪物の動き、おかしくないかしら?」
 そのまま続けられた言葉に全員の視線が向けられる。
「なんていうべきなのかしらね……。
 そう、恣意的。ただ数に任せて押すという風ではないように思えるの」
 応じはない。が、それは誰もが偶然だと鼻で笑えなかったからだ。
「だから、思うのよね。本当にこんな警戒行動だけでなんとかなるのかしらって」
 言いきって、クネスは苦笑を洩らす。
「と言っても、じゃあどうするって考えはないんだけどね」
「気にするべきなのだろうな」
 マオウの言葉に他に物もうなずく。
どこまでも広い荒野は光も音も飲みこんでいく。そんな静寂の中、誰もがいずれ来るかもしれない脅威を幻視していた。

◆◇◆◇◆◇

「ふぅ」
 喫茶店の席に腰掛けながら、ヨンは一つ吐息を洩らす。
 衛星都市も随分と整備が進んできている。店舗も増え、特に今は警戒網構築作戦への参加者が多く訪れているため活気に満ちている。
 一番目を引くのは厚い防壁に設えられた火砲群というのがなかなかに物々しいが、それを不要と言う者は居ない。再来の激戦をくぐりぬけてなお、この街はターミナルにある来訪者たちの最前線都市だった。
「目撃証言……ありすぎですよ」
 彼がこの地に訪れた理由は『猫』と『狂人』の情報をかき集めるためだ。
「狂人についてはさっぱりなんですがね。『猫』の目撃情報が……もうこれはわざとらしいのレベルですよ。ホント」
 聞けばいろんなところで目撃情報がある。高位の魔法鍛冶であるアルカはそも有名人で、『猫』に至ってはやたら道化じみた動きをするために目に留まりやすい。
「ただ、ここまで目撃情報だらけだと……逆に怪しいですよね」
「気にしすぎじゃねえのか?」
 どかり、と。無造作に正面の席に座る男。
「おや、エディさん」
「よぉ」
 やってきたウェイトレスにコーヒーを頼んでエディは背もたれに体重を預ける。
「警戒網への参加ですか?」
「ああ。さっき戻ってきたばかりだ。
 それで、店に入るお前を見つけてな。どうせまた厄介事を招こうとしてるんだろ?」
「私が原因みたいな言い方やめてくださいよ」
 と、言いつつ。なにか胸に刺さるものがあって目線をそらす。
「で、何を探してるんだ?」
「……。『猫』の事です。アルカさんにそっくりの別人……」
「ああ、あれか。……何かやらかそうとしているのか?」
「分かりません。でも、その予兆がある……。ありすぎるんですよね」
「ありすぎるか。気持ち悪いな」
「ええ」
 コトリと置かれたコーヒーが緩やかに湯気を放つ。
「誘導されてるんじゃないのか?」
「私ひとり誘導したところで問題にはならないでしょう」
「……どうだろうな」
 ヨンは充分に自体をかき乱すだけの才がある。それが良いか悪いかは別としてだが。
「それに『狂人』の事が気になるんですよ」
「……なんだそれ?」
「いえ、妙な笑い声が響いたって話をいくつか聞いてて……。
 幻聴扱いされているんですけどね」
 苦笑とともに語られる言葉にエディはカップをくゆらせて思考する。
「見つけたからって何をするつもりだ?」
「……何をするつもりなんでしょうね。
 説得が届く相手でもない、それはなんとなくわかっているんですけど」
「難儀なこった」
 嘯きながら、エディは思考の外で確信めいたものを抱く。
 ああ、何か起きるな、と。

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 というわけで次回大騒ぎを開始します(どーん)
 てなわけで神衣舞です。
 相変わらずハードタイムなう。まずいまずいまずいよぉとか言いながら、しかも今回は話の中核になるような事を据えて無くてとってもあれですよね。
 というわけで次はちょっち掲示板に自体進行をかきますので。ええ。
 主にサンロードリバーの水量が減ります☆
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