「……むちゃくちゃな規模の世界だな」
その声音には呆れと共に充分すぎる満足がにじんでいた。
クロスロード東方、サンロードリバーの上流に巨大な堰が作られているという一報は瞬く間にクロスロードに鳴り響き、人々を震撼させた。
当然だろう。毎秒130万トンの水が流れるこのサンロードリバーの水位が明らかに下がっているのだ。そうして蓄えられた水が一気に解き放たれればどうなるか。
誰でも想像に難くない。
高さ10m超、厚さも同じ程度を誇るクロスロード外壁であっても川の水を受け入れるために開いた構造部分では受け止める事すらできない。例え正面であったとしても、耐えきれるかどうかはかなり微妙である。
これに対して上がったプランは2つ。
1つはこれ以上水をため込まれる前に堰を破壊する。
もうひとつは水の迂回路を作る事。
だが、対岸が見えぬこの大河に対し、そのどちらとも困難な作業であることもまた誰の目にも明らかだった。
『だいにんき?』
そんな中、そのどちらもを何とかできそうな存在の前で会議は開催されていた。
ふと横を見ればただの白壁。しかしその全貌はおまんじゅうである。
巨大ナニカは表面にノーマルナニカで文字を描きつつ、どことなくドヤ顔をして見せるので、全員からさりげなくシカトされていたりする。
「ナニカを壁にけしかけて破壊できないのか?」
ザザの問いにまとめ役を務める東砦管理官アースが「不可能ではないでしょう」と応じた。
「ただ問題があります。ナニカがまともに制御をおこなえるのは100m圏内……つまり正確かつ効率的に堰を破壊しようとするならば、巨大ナニカを現地まで運ばなくてはなりません」
今でさえかつて作って放りだしたノラナニカの被害が絶えないのだ。あの巨大な堰を破壊するために送り出すナニカの果たして何割が目的通りに動いてくれるだろうか。
「ならばナニカで水路を掘るのはどうだ?」
マオウの案にアインが頷きを見せた。
「……学者に計算してもらって、効率の良い迂回水路、掘るべき」
「それなら精霊術者も招いて一気にやるべきね。はっきり言って今すぐ堰を外されても大事のはずだわ」
「皆さんの話を受けて、すでに迂回水路建設の計算は行っていただいています。
ナニカを活用して工事を早めると言う案は取り入れましょう」
「そういやぁ、何か巨大な砲台を作ってるって話を聞いたが、そいつは活用できないのか?」
ザザの問いにアースは眉根を寄せると
「知らないのか?」
「ええ、申し訳ありませんが。確認はさせましょう」
近くに居たスタッフに声をかけ、恐らくは確認を求めてから向き直る。
「水門なんかは作れないのか?」
「作れない事もありませんが、明らかに壁程の性能が得られない上に、開閉機構を用意するだけで一苦労ですね」
駆動を前提とした機構はどうしてもその強度に難が発生する。当然の見解と言えよう。
「……ともあれ、怪物連中になにがあったんだ……?」
ザザの独白に誰もが言葉を飲み込んだ。
クロスロードが存続できている理由。
その最たるは怪物が端的に言ってバカであったがためだ。
戦術も戦略もなく、ただ数に任せて押し寄せるだけのそれは津波とそう変わらない。大襲撃のときは鉄量を足した物量で押し返し、2度目となる再来には衛星都市とその防壁を駆使して乗り切ることに成功した。ある研究者のレポートによれば、小型怪物の約3割は中、大サイズの怪物に巻き込まれて死亡したのではないかと語られていた。事実ゴブリンやオーク程度の怪物がどう頑張っても街を囲む防壁の破壊は望めない。戦術的に考えれば彼らの役割は、中、大サイズの怪物が壁を破壊してからである。
そんなごく単純なセオリーでも、もしも彼らが運用していたならば───
クロスロードは今この地に無かったかもしれない。
「手段としては未だに下策と言わざるを得ない。サンロードリバーをせき止めるほどの戦力があるのならば、それを全部こちらへ投入した方がよっぽど大変だっただろうしな」
だが、問題はそこではない。
「ともあれ、可能な限りの対策を早急に打ちましょう。
貴方がたのおかげで手遅れにならずに済みました」
丁寧に頭を下げるアースに皆苦笑で返して、顔を見合わせる。
これで解決ではない。
恐らくこれが始まりだと、その視線に言葉を乗せて。
◆◇◆◇◆◇
さて、一方ではヨンが一人ふらふらと外を歩いていた。
目的は防衛任務でなく、南方面の調査。理由は勘だ。
流石に多くの探索者が防衛任務で動き回っているため、怪物と遭遇することは今のところない。同時に、彼が気に掛けた何かも目につく事は無かった。
「気のせいであるべきなんですけどね」
何があったとすればそれは異常であり、脅威であるはずだ。
なんとも矛盾した感情を抱きつつ歩く事数時間。
日も傾きかけた頃に、ヨンは停滞する影を見つけた。
「野営でもしようとしているんですかね?」
ここは大迷宮都市まで至らぬ程度の位置だ。普通の探索者ならばこんなところでキャンプせず、少し無理してでも帰るなり、大迷宮都市に行くなりするだろう。
そも、今の防衛任務には駆動車の貸与が為されている。帰るまでに1時間少々しか掛からない程度の距離だ。
「……」
胸裏を過ぎるのはどうしようもない不安感。
駆動車の影は見える、しかし動く者は居ない。
近づく。
近づく。
近づく。
赤の夕焼けに伸びる影がある。
その中でたった一つだけ動いている物があった。
それはうずくまり、無心に頭を振っているようだ。
「何だ?」と声に出して己に問いかけ、しかし回答は得られない。
やがて、
その動きが連想する行為にヨンは足をとめた。
「まさか……?」
薄闇に染まりつつある大地で、夜の眷属はその光景を見る。
その行動の名は───捕食。
がつりがつりとむさぼり食う動き。
まさか、という言葉が胸裏で反芻され、しかし抜けてくれない。
本日も異常なし。
本日も異常なし。
ホンジツも異常なし
ホンジツモイジョウナシ
ホンジツモ……
やがて捕食者以外も立ち上がる。
それはまるで風船に空気を入れて行くような異様な立ち上がり方。
しかし完全に立ち上がったそれはのろのろと、やがて機敏に動き始め、駆動車を動かし始めた。
向かう先は恐らくクロスロード。帰宅の途に就くための方向。
「何があった?」
分からない。あまりにも異質で異常な事が目の前で展開されていた気がする。
意味がわからない。
「……」
最後に、一つ影が残る。
それは唯一動いていた者で、それはゆっくりと首を巡らせた。
その方向は寸分の狂いなく、ヨンへと向けられる。
本能が足を強制的に動かせた。
選んだのは逃げの一手。
勝ち負けの判断すらなく、とにかく逃げを選択している自分を自覚し、しかし不思議と思わない。
あれはまずい。少なくとも自分一人でどうにかできる相手じゃない。
背を何かが擦過する。が、振りかえらない。振りかえれない。
走る。とにかく走る。
気が付けば完全に日の暮れた大地の果てにその明りはあった。
「戻ってきてしまいましたね……」
クロスロードの荘厳な門扉が自分を迎えてくれる。
「……自分を?」
無論自分たちだけではない。全ての探索者たちをこの門は受け入れるのだ。
「…………何が起きてるんでしょうかね?」
わからない。
が、とても嫌な予感がするのだった。
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うひひ。神衣舞です。
次回でこのお話は終わりとなり、次の話に改めて引き継がれます。
どうぞリアクションよろしゅうお願いします。
PS,ヨンさんが気付かんで良い物気づいたので全力でいくお☆