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【inv19】『前触れ』
前触れ
(2011/10/29)
 クロスロードと結ばれる多くの世界。その中でも季節を持つ世界にとって冬は基本的に死と停滞の季節だ。
 ある程度以上の移動手段を発達させなければ山一つ越えるにも命を賭けねばならない。
 命をつなぐ食糧にも乏しく、多くの生物は手段こそ違えても、その停滞に同化するかのように静かに春の訪れを待つのが道理だった。

 ───故に。

 突き刺すような冷気をわずかに露出した部分で感じながらも、目の前に広がる活気には違和感以上に活気を覚えるのだろう。それは絶対無比の支配者を押し返す活力そのものなのだから。
 朝市。
 冬を目前にし、外出するのも躊躇うような寒さの中でもそれは当たり前のように開かれていた。いつもよりも激しく見える蒸気は朝飯を提供する屋台から。多くの者が即席の暖を求めて集まり、笑みをこぼしている。
 露天に並ぶ物には防寒具が増えた。特に科学系世界の防寒具は人気が高い。魔法系の防寒具に携帯性こそ劣るが、近接戦闘職でなければ、或いは戦闘に使うのでなければコストパフォーマンスは格段に高いのだから当然だろう。手袋や靴下一つに見ても化学繊維のもたらす恩恵は麻や絹の布地には圧倒的に勝る。携帯コンロや懐炉なども人気は高い。
「しかし、妙な話だよね」
 一旦客足の引いた露天で露天商の男はふいにつぶやきを漏らした。
「何がだい?」
 隣の露天商がちらりと視線をやる。
「冬と言えばどんな荒くれ者でも家に閉じこもるもんだ。よっぽどのことが無い限り冒険に出るなんて考えもしない。
 まぁ、当然だろう。いざという時に狩りすらできない時期だからね」
「確かにそうだな」
「だが、この街はどうだ。
 まるで冬に出歩くのが当たり前のように、やつらは準備している。無謀に過ぎないか?」
 隣の露天商は苦笑いを浮かべる。
「あんた、今年この街に来たんだろ?」
「そうだが、どうしてだ?」
 まぁ、だろうな。と呟いて煙管に火をともす。
「冬におびえているのさ」
「蛮勇と言いたいのか?」
「違う違う。家に籠っていれば過ぎる恐怖ならば、お前が不審がっている様な準備などしないさ。
 あいつらが……いや、俺達がおびえているのはもっと直接的な脅威だよ」
 ふぅと紫煙を吐き出し、隣の露天商は目を細めた。
「お前さんも聞いたはずだ。この街の成立を促した一つの事件を。
 そしてそれを再現するようなもう一つの事件を」
「……『大襲撃』と『再来』のことか?」
 うむとうなずいてコツコツと煙管の先でシートを叩く。
「そうだ。俺だって聞いた話でしかないがね。
だが、それは現実として発生し、多くの命が失われたらしい。
 おとぎ話のようなアーティファクトやカラクリ、神族や魔族なんてのがうろつくこの街が、何のことはない。単純な力に飲まれかけたんだ」
「単純な力?」
「『数の暴力』さ。
『大襲撃』に『再来』。何十万という数のバケモノがこの町目指して殺到したって言うんだから想像もつかん」
「……確かに想像もつかんな。というか、そんなことがあったようには思えないが……」
 少し高いところから見れば整然と並ぶ街並みが一望できるだろう。そこに戦いの傷跡は確かに見受けられない。
「大襲撃はこの街ができる前の話だし、再来は衛星都市でその大半が食い止められた。
 結果だけ見ればクロスロードは勝利を収めているんだろうな」
 だが、と隣の露天商は寒々しい空を見上げる。
「次はどうかわからん。
 皆、心のどこかでそう思っているのかもしれないな」
 つられるように空を見上げた男は先を思って吐息を漏らす。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「本当に何もないのだな」
 目を凝らし先を見渡すも、広がるのは自分の立ち位置すら危うくなりそうな、ただ一面の荒野。はるか先に広がる地平線を隔て、やはり遥か一面に空が広がるのみ。
 目を閉じて適当に回れば最早方位を知ることは難しいだろう。
「樹も草もないものね。方位磁石とかが効くのが幸いだわ」
 つぶやきを聞きつけた女性───クネスが周囲の光景に改めて呆れを向け、マオウの言葉に応じる。
 彼らの属する巡回グループには約10名の人員と2台の車両がある。搭乗する種族は人間種が多い物の、ドワーフやエルフ、有翼種、珍しいところで虫人種と霊種が1名ずつ。
 虫人種はカマキリ系でジャイアントマンティスをぎゅっと圧縮して人間に近付けたようなフォルムだ。手はおなじみの鎌状のため、物を持つのには向いていない。
 残る霊種というのはアンデッド系のいわゆる幽霊や精神生命体系の非実体種族だ。一応精霊種とは存在を別とされている。
 青白い光を放つ女性は落ち着きなく探索者の間を彷徨いっているが、これは彼らの発する感情を食べていると見られる。これが酷くなった症状を「憑く」というのだが、彼女の行為は植物が動物の出した二酸化炭素を吸収するに近い、無害なものだ。逆に多くの思念が凝り固まって生じる歪みを抑えてくれているとも言える。
 出発前の集合場所ではそも人間のフォルムをかけ離れた者も少なくなかった。霊獣や魔獣の類も自己意識の高い者は来訪者としてこの地に訪れているし、妖怪種は組織だっての行動をしていると知られている。
「色々居るのだな」
「ん? ああ、種族のことね。ほんと、色々居るわね」
 クネスの浮かべる苦笑は自らも特異な種であることを自覚してのこと。
「よくもまぁ、争わぬものだ。
 人と魔、いや、神の使いの類などは見敵必滅の関係だろうに」
「それ以上に『怪物』の脅威の方が恐ろしいのよ。きっとね」
 国を纏めるための2つの方法を『王』の一人であった男は思う。
 ひとつは力。あるいは人間は神の代行者を名乗って威を借りる手段を使う。
 もうひとつは敵。負の感情を向ける相手を用意することで国としての団結力を錯覚させる。
「なるほど。脅威ではあるが都合のよい存在というわけか」
「そういう言い方もできるわね」
 苦笑を口の端に、クネスは視線を別方向へと転じる。
「あら?」
「どうした?」
「怪物の集団みたいね」
 その言葉に今まで沈黙を守っていた面々は目を開け顔を挙げ、己の獲物に手を伸ばす。
「座していれば良いとは行かんか」
「お仕事だしね。じゃあ、少し戦りましょうか」
 車が停止をする慣性を感じながら、来訪者たちは意識を戦いへとシフトしていく。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……こんにちは」
「ん?」
 ひときわ目立つ巨体がどこか億劫そうに首を巡らせると、黒をまとった少女がどこか無感動な瞳を向けてきている事に気づく。
「アインか。お前もこっちか?」
「どっちでもいいって言ったら南に割り振られた」
「同じだな。まぁ、南側は比較的安全だと思われてるから積極的な参加者が少ないのだろうな」
 クロスロード四方では南側が極端に開拓されている。今では鉄道すら走り、南方120kmの地点には第二拠点とされる『衛星都市』が存在している。
 またその中間には大迷宮の地下一階層を改築した都市である『大迷宮都市』も存在し、毎日少なくない人々が行き来をしている。
「或いは人数がある程度揃えば東西に行ってみるかとも思ったんだがな」
「……危険って聞いてる」
「らしいな。まぁ、一人で行くつもりはないさ」
 サンロードリバー沿いの東西方向では開拓当初、行方不明者が続発したことが広く知られている。水が常に確保できる東西方面は楽に未探索エリアの解明ができると思われていたのだが、その半数以上が謎の失踪を遂げたのである。
 そのためサンロードリバーには謎の怪物が住み着いているという噂がまことしやかに流れており、フィールドモンスターという存在が明らかになった今では仮称で『水魔』と呼ばれていた。
「クラーケンでも居るのかね」
「……わからない。でも痕跡が残らないなら引きずり込まれてる可能性は高いと思う」
「おっかない話だ」
 多くの種族にとって水上、水中戦は鬼門だ。くるぶしまでの水でさえもその動きを大きく制限し、疲労を蓄積する。水中に引きずり込まれでもしたら鎧甲冑をまとう者には死の宣告に等しいだろう。
「さて、巡回ルートは線路から離れる形らしいな。まぁ、当然と言えば当然だが」
「……危険は変わらない」
「まぁ、気を張り詰めん程度にやるか」
 集合の声に二人は軽く視線を交わして足を進めた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「冬と言えば大襲撃! みんな準備万端で!」
 と、一人彼の作った組織、HOC事務所で言い放ったヨンはぽりぽりと頭を掻いて着席。
「まぁ、あまり意味はありませんかね。心構え程度のことでということで」
 言い訳のような独り言。と、ドアがほんの少し開いていて、事務員がおそるおそる覗き込んでいた。
「ちょ、その反応かなり傷つくんですけど!」
「え、あ、すみません。邪魔しては悪いかと思いまして。
 お茶をお持ちしました」
 誤魔化すように笑みを張り付けて、事務員は茶と、それから書類封筒をヨンの机の上に置いた。
「アドウィック探偵事務所からです」
「ああ。……はい、ありがとうございます」
「はい。失礼します」
 ぺこり一礼した事務員が退室するのを見送り、ヨンは封筒を手に取る。
 中身は報告書。内容は「猫」と「狂気の男」について。
 それをざっと読み流したヨンは苦笑を浮かべて椅子に深く腰掛ける。
「狂気の男についてはさっぱりですか。まぁ、それもそうでしょうけど」
 風のうわさ程度に聞いた単語に対した情報が集まらないのは分かっている。
 ただヨンはどこかで類似した情報を聞いた覚えがあった。
「それで……猫、ですね」
 この街屈指のクリエイター集団『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の主であるケルドウム・D・アルカと同じ容姿を持つ少女。
 そしてここ最近のいくつかの事件で暗躍する存在。
 あるいはこの時期に何か仕掛けてくるのではないかと彼は予感していた。
 何故かは未だにわからない。彼の知る『猫』はトリックスターであることには間違いはないが、無為に殺戮することを好んでいるとは到底思えなかった。
「アルカさんに関係しているんでしょうかね」
 それを問うても二人の少女は恐らく答えてはくれないだろう。
「とはいえ……」
 見分けのつかないほどの同一の容姿ではさしものアドウィックでもその区別がつけられなかったらしい。確実に『猫』と断言できない目撃情報の列挙は意味の為さないものだ。アルカがこの街を歩き回るのになんの問題も無いのだから。
「ふぅ。あとは市場動向ですかね」
 何か起こる前には市場は動く。金も武器も土地も欲しない怪物相手の戦いにどれほどの価値がある情報化は定かではないが、少なくともクロスロード住人の関心は伺うことができる。
 そして予想通り、武具の取引はかなり増えていた。管理組合からして各拠点への弾薬やポーション類の保持を再整理しているのだがら周囲が影響されるのも無理はない。
「杞憂であってほしいものですけどね。本当に」
 とんと書類をまとめて机に放りながらヨンは心の底からそう呟くのだった。

  ◆◇◆◇◆◇◆◇

  ……ク……ク……
   ……クヒ……ィ……

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 はい。神衣舞ですよんっと。
 というわけでまぁ冬なのでちょっと警戒しましょうねーって感じの簡単なお仕事シナリオです。のんびり周囲警戒しましょうね☆

 ……
 ……
……うひ。

あ、次回以降のリアクションについてもどっち方面いきたーい☆ってやつでお願いしますね。ヨンさんみたく別の調査をするのも全然OKですよん☆
前触れ
(2011/11/07)
イィイィイイイイイイイイイイイ
ッツゥウウウウウウウウ
 ショォォオオオオオオオオオオオオオオ
タァアァアアアアアアアアィィィムゥゥウウ

 それは動き出す。
 ほんのわずかなほつれを抜け出して。
 それをこじ開けた者の前で狂い笑う。
「好きにするといいにゃ」
 彼女は一つ肩をすくめてその地を後にする。
 そう、そこは───────────

 ◆◇◆◇◆◇

「はい、これ仕上がったわよ」
 コツとスパナで車体を叩くと近くに居た見習いがあわてて駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、あと2台くらい今日行けますか?」
「自動車修理工じゃないんだけどね。まぁ状況が状況だから仕方ないけど。
 できれば重火器とか化学兵器をいじりたいわ」
「い、いや、まぁ重火器の方は普段から定期メンテしてるらしいですし、化学兵器は無差別すぎるでしょう!?」
「面白くない正論だわ」
 Ke=iは肩をすくめて周囲へと視線を這わせる。そこには自動車の見本市のような光景が広がっている。
 今回の依頼には数千人規模の動員が確認されている。それに伴い使用される駆動機械の数も随分な数になっている。
 故障はともかくとして道なき道を百キロ単位で走破し続ける車体のメンテナンスに技術陣は不夜城を強いられていた。噂ではターミナルを認知しているいくつかの科学系世界に技術者の派遣依頼を出したとか出さないとか。
「私も警戒組に入ろうかしら。出先でも技術者は必要になるだろうし」
 無論戦闘でも自分はそこそこやれる。その自負があっての言葉だ。
 そんな言葉を洩らしながらも彼女は次々と点検交換をこなしていく。
 探索者というのは基本的にマイスターを軽んじない。それは自分の命を預ける武具の生みの親であり、医者であるからだ。良い仕事をしてもらえればそれは自分の安全につながる事を良く知っている。
「仕方ないわね。飽きるまでやりますか」
 苦笑のようなものを洩らしながらKe=iは次の相手に挑みかかる。
「おう、嬢ちゃん、良い仕事してるじゃねえか」
 そこに向けられたのは酷くしゃがれた声。
 不意に語りかけて来たそれに視線を向ければ、ドワーフのおっさんが油にひどく汚れたツナギを身にまとって立っていた。
「おほめに預かり光栄だわ」
 胸にあるワッペンには『ドゥゲスト工房』の文字。
「お嬢ちゃん、兵器を扱う方が好きなんだってな」
「……ええ、否定はしないけど」
「だったら、少し考えてほしい話があるんだが。
 武装鉄道はもちろん知っているな?」
 当然である。クロスロードから一直線に南へ走る鉄の塊は乗る必要が無くとも見物人の絶えないシロモノである。
「ええ。それが?」
「あれに大口径砲を付けた列車砲を作る話が上がっておるんじゃがな。
 もしよければ手伝いに参加せんか?」
「……何そのロマン。かっこいい」
 キランと光ったKe=iの目にドゥゲストはニヤリと笑みを返し、名刺のようなものを一枚放った。
「その気があるならここに来るんじゃな」
 それだけ告げて去る彼は同じように手伝えそうな人を捜し回っているのだろう。
「さて、どうしようかしらね」
 前線もまぁまぁ面白そうだけどと呟いて、とりあえず目の前の患者に手をつけながら彼女は思案する。

 ◆◇◆◇◆◇

「平和なもんだな」
 巨体をトラックの荷台に座らせたザザは、やや詰まらなそうに言葉を洩らす。
「良いこと」
 応じる声は簡潔に。黒を纏う少女はゆっくりと視線を周囲に巡らせる。
「それもそうだ。と言えないところが因果だな」
「……飯のタネ?」
 表情を変えぬまま、ザザはほんの少しだけ口の端を釣り上げた。
「……ん?」
 そして何かを言おうとした瞬間。開きかけた口を結び直し、視線を凝らす。
「……どうしたの?」
「あれ、妙な跡が付いていないか?」
 一瞬眉根を寄せたアインは身を乗り出すようにしてそちらを凝視する。
「……足跡? それも、たくさん……?」
「北東報告に走ってやがるな。……クロスロードの方に向かってないじゃねえか」
 彼らの現在位置はクロスロードのちょうど真南のはずだ。
「……クロスロード以外にも行く方向あるの?」
「どうだろうな。桜前線なんかはクロスロードを素通りしていくが」
「……例外はあるんだ」
「分からないことの方が多いだろう」
「……そうね。それで、非常事態?」
 ザザは一瞬沈黙し、それから「報告すべきだろうな」と呟く。
「特異な行動であることには変わりない。
 ……つうか、不吉なもんを見た気がして仕方ねえな」
「……そこは同意」
 不可解。それは根源的な恐怖の形である。故に探索者は『明かす』ために荒野を行くのだ。
「東の方。か」
 危険と聞いていくのを断念したその先に何が起きようとしているのだろうか。

◆◇◆◇◆◇

「怪物と和合するという考えは誰も持たなかったのか?」
 話の流れから言わぬと考えていた言葉がマオウの口からこぼれおちる。
 訪れたのは予想した通りの沈黙。だが、そこからの流れは予想に反した。
「無理だな。あの圧倒的な数を見たらそんな気は起きない」
 三十路を越えているだろうガンナーが苦笑いとともにそう、零す。
 戦闘も無事終わり、クネスの提案でお互いの長短を話し合った一行はそのまま野営の準備へと取りかかり、ひと段落ついてのこの時間に至っていた。
「交渉ってもんはお互いがそのテーブルに着くだけの力量的均衡が無いと提案すらされない。地平の果てまで怪物で埋め尽くされた光景を見て、交渉なんて発想、誰の頭にもなかっただろうよ。例え、言葉が通じたとしてもな」
「地平を埋め尽くす……?」
 この障害物の無い荒野が続く世界でそれは一体どれだけの数が居れば成立するのだろうか。かつては世界を席巻する一軍を率いた彼ですら途方に暮れる光景だった。
「話の上では数十万って言ってるがな。実際ゴブリンクラスの小型の怪物が何十万居たかなんかわかりやしない」
『それに……』
 霊種の女性が声とも思念とも取れぬ声で言葉を継ぐ。
『あれらの目的は扉の塔だと言われています。
 私達にとっては故郷とつなぐ扉。それを明け渡すなどありえません』
 実際最初の『大襲撃』では討ち漏らした怪物が「扉の園」に到達。当時最大派閥の一つであった永遠信教世界の扉を破壊したことは誰もが知る話である。
「それに大襲撃といい、再来といい、あの時の怪物連中は何かが違う。
 普段なら脅せばそれなりに反応するもんだが、大襲撃に限っては屍で塹壕を積み上げることになってもやつらはおびえ一つ見せなかった」
「ふむ。どこまでも余地無しって感じなのね」
 クネスのげんなりとした言葉にガンナーは笑み一つ浮かべずにうなずきだけを返す。
「圧巻というのはまさにあの時のためにあったと今でも思っている。
 数の暴力。最早個々の力量など価値を持たない。何もかもごちゃ混ぜの大群が大波のように押し寄せて来たんだからな」
『悪夢に姿を与えるならば、まさにこの光景こそそうに違いない。
 私の知る大襲撃の参加者はそう言っていました』
「だが、押し返したのだろう?」
 つまりクロスロード側の方が戦力は勝った。
「再来の方は大襲撃ほどでもなかったらしいけど……
あの時はすでに衛星都市をかなり要塞化していた上に、怪物が塔を持たない衛星都市にあまり興味を向けなかったというのが一番の要因だった。って感じかしらね。
私も聞いた話だけど」
 クネスの説明にマオウはふむと思考に意識を投じる。
「でも、最近怪物の動き、おかしくないかしら?」
 そのまま続けられた言葉に全員の視線が向けられる。
「なんていうべきなのかしらね……。
 そう、恣意的。ただ数に任せて押すという風ではないように思えるの」
 応じはない。が、それは誰もが偶然だと鼻で笑えなかったからだ。
「だから、思うのよね。本当にこんな警戒行動だけでなんとかなるのかしらって」
 言いきって、クネスは苦笑を洩らす。
「と言っても、じゃあどうするって考えはないんだけどね」
「気にするべきなのだろうな」
 マオウの言葉に他に物もうなずく。
どこまでも広い荒野は光も音も飲みこんでいく。そんな静寂の中、誰もがいずれ来るかもしれない脅威を幻視していた。

◆◇◆◇◆◇

「ふぅ」
 喫茶店の席に腰掛けながら、ヨンは一つ吐息を洩らす。
 衛星都市も随分と整備が進んできている。店舗も増え、特に今は警戒網構築作戦への参加者が多く訪れているため活気に満ちている。
 一番目を引くのは厚い防壁に設えられた火砲群というのがなかなかに物々しいが、それを不要と言う者は居ない。再来の激戦をくぐりぬけてなお、この街はターミナルにある来訪者たちの最前線都市だった。
「目撃証言……ありすぎですよ」
 彼がこの地に訪れた理由は『猫』と『狂人』の情報をかき集めるためだ。
「狂人についてはさっぱりなんですがね。『猫』の目撃情報が……もうこれはわざとらしいのレベルですよ。ホント」
 聞けばいろんなところで目撃情報がある。高位の魔法鍛冶であるアルカはそも有名人で、『猫』に至ってはやたら道化じみた動きをするために目に留まりやすい。
「ただ、ここまで目撃情報だらけだと……逆に怪しいですよね」
「気にしすぎじゃねえのか?」
 どかり、と。無造作に正面の席に座る男。
「おや、エディさん」
「よぉ」
 やってきたウェイトレスにコーヒーを頼んでエディは背もたれに体重を預ける。
「警戒網への参加ですか?」
「ああ。さっき戻ってきたばかりだ。
 それで、店に入るお前を見つけてな。どうせまた厄介事を招こうとしてるんだろ?」
「私が原因みたいな言い方やめてくださいよ」
 と、言いつつ。なにか胸に刺さるものがあって目線をそらす。
「で、何を探してるんだ?」
「……。『猫』の事です。アルカさんにそっくりの別人……」
「ああ、あれか。……何かやらかそうとしているのか?」
「分かりません。でも、その予兆がある……。ありすぎるんですよね」
「ありすぎるか。気持ち悪いな」
「ええ」
 コトリと置かれたコーヒーが緩やかに湯気を放つ。
「誘導されてるんじゃないのか?」
「私ひとり誘導したところで問題にはならないでしょう」
「……どうだろうな」
 ヨンは充分に自体をかき乱すだけの才がある。それが良いか悪いかは別としてだが。
「それに『狂人』の事が気になるんですよ」
「……なんだそれ?」
「いえ、妙な笑い声が響いたって話をいくつか聞いてて……。
 幻聴扱いされているんですけどね」
 苦笑とともに語られる言葉にエディはカップをくゆらせて思考する。
「見つけたからって何をするつもりだ?」
「……何をするつもりなんでしょうね。
 説得が届く相手でもない、それはなんとなくわかっているんですけど」
「難儀なこった」
 嘯きながら、エディは思考の外で確信めいたものを抱く。
 ああ、何か起きるな、と。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 というわけで次回大騒ぎを開始します(どーん)
 てなわけで神衣舞です。
 相変わらずハードタイムなう。まずいまずいまずいよぉとか言いながら、しかも今回は話の中核になるような事を据えて無くてとってもあれですよね。
 というわけで次はちょっち掲示板に自体進行をかきますので。ええ。
 主にサンロードリバーの水量が減ります☆
前触れ
(2011/11/23)

 大半の世界に措いて、戦力とは数の事を指す。
 言葉遊びだが、例え千人力の英傑が居たとするならば二千人をぶつければ良い。
 最終的に相手よりも大きな数を叩きつけさえすれば、普通は勝利となる。
 それを覆すために策略、計略は張り巡らされるが、よほどの奇跡的な状況でもない限り、100人が1万人の敵兵を打ち破れる道理は無い。
 主題に戻ろう。
 では何故クロスロードは2度の大襲撃に耐えきることができたのか。
 一度目の大襲撃についてはその時にいがみ合い、戦力を大量投入していた三世界の兵力が壁となり、剣となり戦況を維持したことが大きい。最後に『救世主』と呼ばれる四人の来訪者の存在があったとはいえ、積み重なった両方の遺体が壁となり、戦線を維持できなければその登場を待たずしてクロスロードは滅び去っていただろう。
 その経験を元にしてクロスロードでは高い城壁とその上に設えられた物々しい迎撃兵装群を我々は仰ぎ見ることができる。それは新しい都市である大迷宮都市や衛星都市でも同じだ。
 衛星都市建設途中を襲われた形となった『再来』では、何よりも優先されて作られた防壁が町を守り抜いた形と言えよう。
 怪物の最終目標がクロスロードのため、あまり執着されなかった事も大きな要因ではあるが、それでも数千人しか戦力を持たぬ衛星都市はその十倍以上の怪物を撃破、結局はクロスロードに進軍を許すことなく撤退せしめた。

 だが、忘れてはいけない。
 この二つの勝利は怪物がただ前へと押し進むだけの愚物であったことが齎したものであると。
 仮に───怪物たちがそれぞれの特性を生かして布陣、襲撃してきたのであるならば。
 この街は今もここにあり続けただろうか?

              ───とある史学者のメモ書き。

 ◆◇◆◇◆◇

「うっわ。すっご」
 Ke=iの挙げた歓喜の声が東地区の外に作られた巨大な工場の中に響く。
 ここはクロスロードの外壁の外。サンロードリバーを東に遡った先に作られた簡単な建物だ。工場というよりも巨大な体育館という趣で、クレーン以外に目につく設備もほとんどない。
 だが、そんなことは無視できるほどに中央に鎮座するシロモノがでかかった。
「全長50m。砲身を最大長に伸ばして75mじゃ」
 ちなみに戦艦大和の有効射程距離4万メートルという46cm45口径手法がその砲身20mなのだからその異様さは推して知るべしである。
「誰よ、こんな頭の悪い設計したの!」
 悪口にも聞こえる発言だが、彼女の言葉に籠るのは賛美だ。開発者にとってモンスターマシンというのは一つの憧れであり、意義である。
「基本設計図はユイ嬢ちゃんじゃな。まぁ、見ての通りの図体じゃから列車砲としてしか使えん」
「しかも側面発射できないじゃない」
 この大砲がひとたび火を噴けば飛んでも無い反発力が砲身全体に掛る。仮に地面に設置したとすれば固定する地盤もろともはぎ取って吹き飛んでいくだろう。
 そこで列車に搭載するという考えになる。反発力に抵抗するのではなく、レールに乗って消費させるという強引な方法で処理してしまうのだ。
 そこには今Ke=iが言った弱点がどうしても存在する。つまり背後にしか力を逃がせないのだから少しでも砲身を振ると列車があっさり脱線しかねない。
「ふん。どうせ怪物は南側からくると分かっておるんじゃ。ならば問題あるまい?」
「決めつけるのはどうかと思うけどね。弾は?」
「主に瑠弾じゃな。空中で破裂して降り注ぐタイプじゃ。
 無論貫通段とか貫通弾も用意しておる。あとは魔法弾もいくつか開発しておるが……砲弾が100口径50cm弾じゃからな。いくらでも魔術式を書きこめるという事で、なんか楽しんでおる」
「……いいけど、自爆だけは勘弁してよね」
「もちろんじゃ。どうじゃ、気にいったか?」
「これに関わらないなら科学者やめるべきね」
 もちろんそんな理屈はありません。
「良い良い、それじゃどこも人手不足じゃ。好きなところに回ってくれい」
「おっけ。楽しくなってきたわね」
 やたらハイテンションでKe=iはまずあたりを見て回ることにするのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「どの程度量産可能か、ナニカの爆発規模、機動力、ナニカが個人の指揮を聞けるのか、あるいは誘導する手があるのか、そのあたりを聞きたい」
 マオウの放つ口早の言葉に視界を白で塞ぐ(=ω=)は無反応の態をしばし晒し……
 やおらその表面をナニカ達が疾走。その表面に人文字ならぬナニカ文字を形成し始めた。
『そんなことよりおうどんたべたい』
「真面目に答えろっ!」
 げしりと蹴たぐるが、大福を蹴ったような感触はおおよそ痛痒を与えたようには思えない。
「そも、貴様はうどんなど食べるのか?」
『KIAIで!』
 相変わらずその適当な顔は=ω=のままだが、どこかドヤ顔に見えてもう一度蹴っ飛ばす。
 噂の巨大ナニカがどれほどのものか。巡回の帰りにそれを見に来たマオウは近くに居る研究員達にそれを訪ねると、「本人暇そうだし、直接聞けば?」と言われ今に至る。
 それにしても聞きしに勝るウザさである。
『十文字で』
「貴様の戦力評価を言え」
『MOB』
『数万規模まで』
『なら』
『なんとでもなるお』
 万と来たか、とマオウは表情を改める。
『集団に』
『凸するの』
『お仕事だす』
 確かに巨大ナニカは敵の集団に延々手りゅう弾を投げ込み続けるような存在だ。
 あらかじめ相当量のナニカを用意しておくだけでとんでも無い足止めにはなるだろう。
 それに、彼の表面を走って文字を形成するナニカを見る限り、扱いも充分そうである。
「しかし、これほどの兵器がつくれたのにどうして前文明らしきものは消え去ったのだ?」
『知らん』
 文字だけ見れば淡白に。しかし一人遠く離れた地で戦い、そして怪物化していた自動兵器はそうとしか答えられない。
「……そうか」
『そんなことよりおうどんたべたい』
「それはもう良い」
 性能はともかく、これを作った文明の頭は大丈夫だったのだろうか。

 ◆◇◆◇◆◇

「どっちかというと怪談の類ですよね、それ」
 カグラザカ新聞社の長は楽しげに眼を細めて言う。
 昼下がりのクロスロード。丸テーブルを中心として神楽坂文と三角形を形成するように座るのはヨンとエディだった。
 二人が興味を持つ『狂人』についての情報交換。そのための場にふらり現れた少女は緩い笑みを浮かべる。
「聞いた気がする、聞いた覚えがある。そんな話ばかりですねー。
 誰も見ていない、声を聞いた気がする、そんな噂ばかりです」
「実害は無いと?」
 エディのややどうでもいいような言い草に「今のところはー」と抜けた返事を返す。
「妖怪種さんとか霊種さんが居るこの世界で怪談というのもアレですけどね。
 どうしてこんなの調べてるんですか?」
 コーヒーの湯けむりをくゆらせながら文が問いかける。
「何でと言われますと……ちょっと気になったとしか」
「そのちょっとに対して結構調べたんだがな」
 テーブルに置いたのはクロスロードが豆程のサイズしかない白地図だ。
 そこには色々と記載があり、そのいずれもが幻聴だかどうだかわからないが狂人に関わるものらしい。
「エディさんてば……」
 ヨンは少し目を見開いて
「クールっぽいけど意外と良い人ですよね!」
「帰っていいか?」
「まぁ、まぁ。それにしても随分調べましたね。
 私が知ってる情報と大差ないくらいですよぅ?」
 ざっと見渡してみれば町での情報はほぼ皆無であることが見て取れる。ほとんどが町の外での出来事のようだ。
「街の中なら神官あたりにしらべてもらう事も考えたんだがな。
 遭遇例を聞くのがせいぜいだった」
「それにしても……やっぱり町から随分離れてるのと、南側に集中してますねぇ」
 文の言葉に視線を這わせれば、確かに彼女の言うとおり、町から離れ、さらには南側に集中している事は見て取れる。
「この先に何かある、と思わせる情報ではありますね」
「決めつけるのは早計だが無い話じゃないな」
 うんうんと満足そうにうなずく文は「じゃあ私からも一つ情報を」と笑みを作る。
「この声を聞いたというポイントの多くで怪物の変異種や、改造種がよく見られるそうです。
 まー、怪物の種族がごっちゃまぜのこの世界では分かりにくい話なんですけどね、どうも話を統合すると何かしら手を加えられたらしい痕のある怪物が出没しているようでして」
「……あまり、この話に信ぴょう性は欲しくなかったんだがな」
「ちょっと、不気味を通り越しましたね」
 苦い顔をする二人に対し、お花畑な笑顔を浮かべる文は「面白そうじゃないですかー」と気楽なことを言う。
「ともあれ、気を付けるに越したことはなさそうですねー」
 まったくだ。
 異口同音に同じことをつぶやいた二人だった。

 ◆◇◆◇◆◇

「どうなってるかしらね」
 ジープの上には数人の探索者。
 東コースを改めて選んだ数人は2台の車に分乗してある一点を目指していた。
「……あまり期待はしない」
「悪い方の期待もしたくはないがな。
 だが放置しておくのは気持ち悪い」
 それは探究心というよりも、不安感。だが怯えではなく生きていくためにある直感の部類だとザザはなんとなしに考える。
「水源の枯渇なんて自体になったら町は終りだものね」
「……でも、水源の枯渇と、怪物がそちらに向かうのは、結びつかない」
 アインの言葉にクネスは「そうねぇ」と腕を組む。
「百聞は一見に如かずとはいえ、ある程度の予想は立てておきたいところだけど」
「予想もそうだが、ちょっとシャレにならんかもしれんぞ」
 ザザの視線は地面へ。つられて見れば荒野にあからさまな足跡が、しかも予想をはるかに超えて存在している。
「百やそこらじゃ利かんかもしれん……逃げる準備はしておくべきだな」
「ホントに、『どうしてこうなった』よね。
 見に来て正解かも」
 無数の怪物の脅威も心配ではあるが、ここにはそれ以前の脅威が存在する。
「水魔、か」
 正体不明の水辺の怪異。この世界の探索に措いて一番の課題は水の確保だ。それ故に大河が続く東西方向への探索は真っ先に進んで当然のはずだった。が、現実は南北方向ばかりにその手は伸びている。その理由が水辺での謎の失踪事件である。東西の砦から見えなくなる場所から先で、未探索地域探索者が行方不明になる事件が相次いだ。ターミナルの空が危険なことは早々に分かっていたが、クロスロード成立後の失踪者は東西の水場周辺の方が今でも多いかもしれない。
「サンロードリバーには近づかんのが妥当だろうな。
 まぁ、双眼鏡で見える範囲からならなんとでもなるだろう」
「それもそうね」
 頷いて、それから車の減速を感じる。
「ん? どうかしたか?」
「イヤ、アレ……」
 ブリキロボット風のドライバーがマジックハンド風の手で指し示す先に丘があった。
「丘……? 珍しいな」
 荒野ばかりが続くターミナルで例え丘一つでもそれは大発見と言えるシロモノだ。
「……待って。探査記録にあんな物載って無い」
「なに?」
 ここは探索済み地域だ。故にPBに地図は搭載されている。そこの記述には確かに丘の存在は無く、しかも───
「位置的に……川がある位置じゃないかしら?」
「オソラク」
 運転手の首肯を受けてザザは眉根を寄せる。
「ちと上から見てくる」
「……気を付けて」
 空は危険とはいえ、人の目の届く範囲に居る限りは突然の消失は発生したという事例は無い。ザザは車から飛び降りるとその身を巨大な獣の姿として、その無骨な翼で己が身を空へと持ち上げる。
『……っ!? なんだ、あれは……』
 言いながらも理解はできていた。だが、常識がその理解を拒絶する。
「何があったのー?」
 下からの声に何と返そうかと逡巡し、しかし見たままを告げるしかあるまいと奥歯を一度強くかみしめる。
『あれは怪物だ』
 降下しながらの言葉を同行する探索者は聞く。
『集まった怪物が重なり合ってできた、山……。
 そいつが川を埋め立ててやがる……!』
 サンロードリバーの川幅は約四キロ。町に流れる───あるいは海にも思えるそれを知る皆がザザが何を言っているのかを正しく理解できなかった。
『ふざけてやがるぞあれは。湖ができつつある。
 怪物の堤防でだ』
「……なにが、したいの?」
 無論それをザザに問うても意味は無い。だが当然の疑問をアインは口にし、
「……まさか」
 と、あまりにもぶっ飛んだ理由にかぶりを振る。
『バカバカしいが、俺も一つ思いついた理由がある』
 巨躯を翻し、ここからでは丘の影のようにしか見えないそれを睨み据えてザザはアインの想像を口にする。
『たまりたまった水を一気に流されたら、クロスロードは全部押し流されるぞ……!』
 それは川に面した土地を攻略する上で、あらゆる世界で使われたであろう単純明快な策略。
「水計……?」
 知能のあまり見られない、突撃するだけだと思われていた怪物が取り始めた奇怪な行動。そこに彼らが見出した意味が正しいかどうか。
 答え合わせをする者は誰ひとり居ない。
 今は誰ひとりも。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
あはっ☆
今回は平和に楽しくやりましょうね。大鑑巨砲主義わっほい。
ちなみにあの砲台、武装車両2台連結した上に設置されます。多分発砲時に近くに居ると焼死しますね。排熱で(笑
もちろん魔法ありきの世界ですので砲身を魔法金属で軽量かつ強化したり、エネルギー効率を良くしたりとかしたりしています。
ぶっちゃけ浪漫しかありません。だがそれが良い!
 というわけで次回のリアクションよろしくね☆

ん? 重要なことが抜けてる?
 サテナンノコトヤラ
前触れ
(2011/12/13)

「……むちゃくちゃな規模の世界だな」
 その声音には呆れと共に充分すぎる満足がにじんでいた。


 クロスロード東方、サンロードリバーの上流に巨大な堰が作られているという一報は瞬く間にクロスロードに鳴り響き、人々を震撼させた。
 当然だろう。毎秒130万トンの水が流れるこのサンロードリバーの水位が明らかに下がっているのだ。そうして蓄えられた水が一気に解き放たれればどうなるか。
 誰でも想像に難くない。
 高さ10m超、厚さも同じ程度を誇るクロスロード外壁であっても川の水を受け入れるために開いた構造部分では受け止める事すらできない。例え正面であったとしても、耐えきれるかどうかはかなり微妙である。

 これに対して上がったプランは2つ。
 1つはこれ以上水をため込まれる前に堰を破壊する。
 もうひとつは水の迂回路を作る事。

 だが、対岸が見えぬこの大河に対し、そのどちらとも困難な作業であることもまた誰の目にも明らかだった。

『だいにんき?』

 そんな中、そのどちらもを何とかできそうな存在の前で会議は開催されていた。
 ふと横を見ればただの白壁。しかしその全貌はおまんじゅうである。
 巨大ナニカは表面にノーマルナニカで文字を描きつつ、どことなくドヤ顔をして見せるので、全員からさりげなくシカトされていたりする。
「ナニカを壁にけしかけて破壊できないのか?」
 ザザの問いにまとめ役を務める東砦管理官アースが「不可能ではないでしょう」と応じた。
「ただ問題があります。ナニカがまともに制御をおこなえるのは100m圏内……つまり正確かつ効率的に堰を破壊しようとするならば、巨大ナニカを現地まで運ばなくてはなりません」
 今でさえかつて作って放りだしたノラナニカの被害が絶えないのだ。あの巨大な堰を破壊するために送り出すナニカの果たして何割が目的通りに動いてくれるだろうか。
「ならばナニカで水路を掘るのはどうだ?」
 マオウの案にアインが頷きを見せた。
「……学者に計算してもらって、効率の良い迂回水路、掘るべき」
「それなら精霊術者も招いて一気にやるべきね。はっきり言って今すぐ堰を外されても大事のはずだわ」
「皆さんの話を受けて、すでに迂回水路建設の計算は行っていただいています。
 ナニカを活用して工事を早めると言う案は取り入れましょう」
「そういやぁ、何か巨大な砲台を作ってるって話を聞いたが、そいつは活用できないのか?」
 ザザの問いにアースは眉根を寄せると
「知らないのか?」
「ええ、申し訳ありませんが。確認はさせましょう」
 近くに居たスタッフに声をかけ、恐らくは確認を求めてから向き直る。
「水門なんかは作れないのか?」
「作れない事もありませんが、明らかに壁程の性能が得られない上に、開閉機構を用意するだけで一苦労ですね」
 駆動を前提とした機構はどうしてもその強度に難が発生する。当然の見解と言えよう。
「……ともあれ、怪物連中になにがあったんだ……?」
 ザザの独白に誰もが言葉を飲み込んだ。
 クロスロードが存続できている理由。
 その最たるは怪物が端的に言ってバカであったがためだ。
 戦術も戦略もなく、ただ数に任せて押し寄せるだけのそれは津波とそう変わらない。大襲撃のときは鉄量を足した物量で押し返し、2度目となる再来には衛星都市とその防壁を駆使して乗り切ることに成功した。ある研究者のレポートによれば、小型怪物の約3割は中、大サイズの怪物に巻き込まれて死亡したのではないかと語られていた。事実ゴブリンやオーク程度の怪物がどう頑張っても街を囲む防壁の破壊は望めない。戦術的に考えれば彼らの役割は、中、大サイズの怪物が壁を破壊してからである。
 そんなごく単純なセオリーでも、もしも彼らが運用していたならば───
 クロスロードは今この地に無かったかもしれない。
「手段としては未だに下策と言わざるを得ない。サンロードリバーをせき止めるほどの戦力があるのならば、それを全部こちらへ投入した方がよっぽど大変だっただろうしな」
 だが、問題はそこではない。
「ともあれ、可能な限りの対策を早急に打ちましょう。
 貴方がたのおかげで手遅れにならずに済みました」
 丁寧に頭を下げるアースに皆苦笑で返して、顔を見合わせる。
 これで解決ではない。
 恐らくこれが始まりだと、その視線に言葉を乗せて。


 ◆◇◆◇◆◇

 さて、一方ではヨンが一人ふらふらと外を歩いていた。
 目的は防衛任務でなく、南方面の調査。理由は勘だ。
 流石に多くの探索者が防衛任務で動き回っているため、怪物と遭遇することは今のところない。同時に、彼が気に掛けた何かも目につく事は無かった。
「気のせいであるべきなんですけどね」
 何があったとすればそれは異常であり、脅威であるはずだ。
 なんとも矛盾した感情を抱きつつ歩く事数時間。
 日も傾きかけた頃に、ヨンは停滞する影を見つけた。
「野営でもしようとしているんですかね?」
 ここは大迷宮都市まで至らぬ程度の位置だ。普通の探索者ならばこんなところでキャンプせず、少し無理してでも帰るなり、大迷宮都市に行くなりするだろう。
 そも、今の防衛任務には駆動車の貸与が為されている。帰るまでに1時間少々しか掛からない程度の距離だ。
「……」
 胸裏を過ぎるのはどうしようもない不安感。
 駆動車の影は見える、しかし動く者は居ない。
 近づく。
 近づく。
 近づく。
 赤の夕焼けに伸びる影がある。
 その中でたった一つだけ動いている物があった。
 それはうずくまり、無心に頭を振っているようだ。
「何だ?」と声に出して己に問いかけ、しかし回答は得られない。
 やがて、
 その動きが連想する行為にヨンは足をとめた。
「まさか……?」
 薄闇に染まりつつある大地で、夜の眷属はその光景を見る。
 その行動の名は───捕食。
 がつりがつりとむさぼり食う動き。
 まさか、という言葉が胸裏で反芻され、しかし抜けてくれない。

 本日も異常なし。
 本日も異常なし。
 ホンジツも異常なし
 ホンジツモイジョウナシ
 ホンジツモ……

 やがて捕食者以外も立ち上がる。
 それはまるで風船に空気を入れて行くような異様な立ち上がり方。
 しかし完全に立ち上がったそれはのろのろと、やがて機敏に動き始め、駆動車を動かし始めた。
 向かう先は恐らくクロスロード。帰宅の途に就くための方向。
「何があった?」
 分からない。あまりにも異質で異常な事が目の前で展開されていた気がする。
 意味がわからない。
「……」
 最後に、一つ影が残る。
 それは唯一動いていた者で、それはゆっくりと首を巡らせた。
 その方向は寸分の狂いなく、ヨンへと向けられる。

 本能が足を強制的に動かせた。

 選んだのは逃げの一手。
 勝ち負けの判断すらなく、とにかく逃げを選択している自分を自覚し、しかし不思議と思わない。
 あれはまずい。少なくとも自分一人でどうにかできる相手じゃない。
 背を何かが擦過する。が、振りかえらない。振りかえれない。
 走る。とにかく走る。

 気が付けば完全に日の暮れた大地の果てにその明りはあった。
「戻ってきてしまいましたね……」
 クロスロードの荘厳な門扉が自分を迎えてくれる。
「……自分を?」
 無論自分たちだけではない。全ての探索者たちをこの門は受け入れるのだ。
「…………何が起きてるんでしょうかね?」
 わからない。
 が、とても嫌な予感がするのだった。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
うひひ。神衣舞です。
次回でこのお話は終わりとなり、次の話に改めて引き継がれます。
どうぞリアクションよろしゅうお願いします。
PS,ヨンさんが気付かんで良い物気づいたので全力でいくお☆
前触れ
(2011/12/30)

 目の前の光景をそのまま表してみよう。

(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)(=ω=)

 びしり、と効果音が付きそうな勢いでナニカ達が整列していた。
 モバイルを持った技術者たちが計算した場所へと順次配置しつつ、精霊使いや重機を扱う者が爆発を効果的になるように壁や小さな穴を配置している。
「第十三区画、準備終わりました!」
 監督官が声を挙げると周囲の人々がわらっと退避。

 ( =ω=)

 どこか哀愁漂わせるナニカ達と作業者たちの一瞬の視線の交わし合いも、流石に十三回目ともなればツボに入って笑い始める者も居るのはさておいて。

「連続起爆開始!」

(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ

 どどどどど、とナニカが連なるように爆発。しかしナニカは二度爆発する。

(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ(=▽=)アヒャッ

 あらかじめ構築した壁なんかに跳ね返って再び爆発。盛大に土ほこりを巻き上げる。
「よし、作業班、土砂の除去始めるぞ!」
 爆発というのはやったところで土砂が消えるわけではない、あくまで硬い岩盤を緩くして、工事をはかどらせるのが目的だ。滑り込むようにブルドーザーや巨人族が土砂をどかしていく。
「このペースで何とかなるのか?」
 ザザの言葉はこの場の多くの者が感じているものだろう。規模や速度からすれば圧倒的に早い。それは言われなくても分かる。たった半日の作業で十数Kuの大地が掘り抜かれているのだから驚異的ともいえる。
 だが、サンロードリバーの川幅は4kmほど。その水を迂回させるほどの水路を作る事を前提とする限り、どうしても早いとは思えないのだろう。
「そこは上流組の腕の見せ所次第でしょうね」
 Ke=iが機器の調整をしながら応じる。
「何かあるのか?」
「上流はアースさんがガンガンやってるみたいよ」
 東砦管理官にして通称『英雄』。土の操作にかけてはクロスロードで比類ないと言われている女性であり、それはそのまま集団戦防御のエキスパートである事を示していた。
「なるほどな……。
 とは言え悠長にして良いわけでもないんだろうな」
「当然よ。押し寄せてくる水は中途半端な堤防なんかじゃかえって津波化して防壁すら乗り越えてくるわ。そうなったらサンロードリバー周辺は完全に押し流されるわね。
 しかも西側の防壁が堰になってクロスロード内に水がたまる事になるわ」
「……おっかねえな」
「今まで治水工事をしようとしなかった事自体が不思議なんだけど……
 それは仕方ないわね。なにしろクロスロードができてまだ数年。そんなところまで手が回らなかったっていうのが本音でしょうし」
「だろうな。
 ともあれ作業が終わるまで何とかなってくれればいいんだが」
 そう呟いたザザの胸中にはロクでもない不安が過ぎる。
 と─────
「ほれ、気合いで食えるだろう?
 うどんだぞ? 食いたいんだろ?」
  そんな感傷をブチ壊すような声に二人は視線を向ける。
  見ればマオウとかいう男が湯気の立つどんぶりをぐいぐいと巨大ナニカに押しつけていた。
「キサマは気合いで食べれると言ったな。よし、見せてみろ」
『おおぅ』
 その瞬間

 ぎゅむり

「うぉっ!?」
 ねじれるような音がしたかと思うと、巨大ナニカにぽっかり穴が開いて、そこにドンブリとマオウの腕が入り込み

 ぎゅむ

 再び戻ってロック。

「こ、こら、私の腕まで捕まえてどうする!?」
『ええと』
 表情(?)は変えぬまま、巨大ナニカはナニカ文字を示す。

『オレサマ、オマエ、マルカジリ』
「齧るなぁあああ!!」

「……平和だな」
「平和ね」
 このまま何事もなく過ぎれば良いのにと二人はおもうほかなかった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 
 その光景は壮観の一言に尽きた。
 数多のゴーレムが一斉に立ち上がり、移動し、壁として土くれに戻る。
 エンドレスの光景はしかし大地に明確な印を残していた。
「圧巻ね」
 クネスの言葉にアースは苦笑にも似た笑みをこぼす。
 ターミナルにおける「力量」は主に3つの原則で成立すると言われている。
 簡単にいえば「元の世界での強さ」、「ターミナルの在籍年数」、「ターミナルでの経験値」の3項目だ。東砦管理官である彼女は2番と3番については恐らく申し分ないだろう。
 さらにここに関わってくるのが種族と世界だ。例えば水の精霊は当然のように水の分野には強くなるし、神族は基本ルールを超えて、己の司る性質を強く発露することがある。
 だがアースは人間種。しかし土の精霊種や大地系の神族を退けて圧倒的な大地操作の技量を見せつけている。
 その事に対する称賛は、しかし苦笑でしか返せない事にクネスは目を細めた。
「ねえ。これって陽動って事、ないかしら?」
「あるでしょうね」
 アースはクネスの問いかけになんでもないように応じる。
「だからと言って対処しないわけにはいきません。
 陽動としては適切な手です」
「……罠と分かっていても対処せざるを得ない、か。
 タチの悪いやり方ね」
「兵法では上策ですけどね。無視して良い策は無視されれば仕掛けた方の労力の無駄で終わりますから」
「で、まぁ。あの怪物が兵法なんてのを使うのが最大の問題なのよね」
 考えすぎならば問題は無い。しかしどう間違っても水を堰き止めるような行為を偶然と言えるのだろうか。
「でも、クロスロードの陣容は過去にくらべるもなく強固です。
 ここに集った者はここでの仕事に集中すべきです」
「ごもっともだわ」
 英雄と称される女性のから視線を外し、周囲への警戒に戻ったクネスは、遥かかなたに人影を見た。
 あんなところまで独立して見回りに行っている者は居ただろうか?
 或いは、堰を監視している者が交替のために戻ってきたのだろうか?
 そう考えつつ眺めていると、そのシルエットに妙な既視感を得る。
「……アルカちゃん?」
 そんなはずは無いと思いつつ、唇からこぼれた言葉。
 それは誰の耳にも届くことなく、そのシルエットも陽炎のように消え去っていた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……ヨンさん。また何かしたの?」
「し、心外ですねっ!?」
 少しどもったのはそう言われても仕方ないという自覚があるからか。
 泡を食ったように砦に飛び込んできたヨンにばったり会ったアインは「何やらかしたんですかこの人は」的な何か悟った視線を淡々と突きつけてみたりしている。
「厄介な物を見たから知らせに来たんですよ!」
「……で、今度は何?」
「今度は、は不要です!
 ……何と言いますが、食べまくっている怪物です」
「……?」
 まぁ、確かにわけがわからないだろう。正直ヨンだって理解しているわけではないのだ。
「怪物を捕食している怪物がいうたということです。
 それ以上は私にもさっぱり……。とにかく全力で逃げてきましたから……」
「……大きさは?」
「巨人族とかそういうレベルでしたね。
 目測でですけど、10m以上はあるかと」
「……それが、怪物と共食いしてた?」
「ええ、そのように思えました。それから、……クロスロード方面へ歩き始めたんです。
 かなり歩みは遅かったのですが、遅かれ早かれここに来るだろうと……」
「気になる情報だね」
 声は三人目の者。見れば青髪の青年が真横に立っていた。
 南砦管理官、イルフィナ・クォンクースその人である。
「その情報が事実ならば偵察隊の一つでも出さなければならないのだが……
 一つ気になる事があるんだ」
 危機感を感じない、世間話のような言いようで彼は言葉をつなぐ。
「南側には現在かなりの探索者が防衛任務に出向いている。
 しかしそんな巨体を見たという報告は君が初めてだ。
 今日現れたと仮定しても、二人や三人、同じ一報を入れてきても良いと思わないかい?」
 そう言われては口ごもってしまう。何しろヨンは走ったとはいえ徒歩でここまで来たのだ。駆動機を持った人と速度は比べるまでもない。
「それは……」
「……ヨンさんだから」
 アインがさも当然のように言葉を継いだ。
「え?」
「……ヨンさんは地雷を踏むのが得意だから」
「なるほど」
「ちょ、そこ、納得しないでくださいよっ!
 いや、信じるなとは言いませんけど、そう言う理由で良いんですか!?」
「聞けば君、妙な事に巻き込まれる性質を持っているらしいからね。
 たまにいるのだよ。そう言う人物が。いや、ここに来る者は少なからずそういう性質を持っているものだけど」
 イルフィナの言葉に心当たりが無いとは言わない。少なくとも冒険者としてある程度の名を馳せるには効率の良く、そして生き残れるレベルの問題に立ち向かう必要がある。多くの冒険者はそういう冒険に巡り合えずにやがてまっとうな職に就いたり、裏道のごろつき兼護衛に収まったりするものだ。
 また、一般人からしてもなんらかに巻き込まれなければこの地に来て、しかも居座るようなことはしないだろう、
「その中でも特に異質な『ヒーロー』という種族をまとめている君の言だ。
 無碍にはしないよ」
「……な、何か納得いきませんが、とりあえず信じてもらえて何よりです」
「しかし、困ったね」
 イルフィナは東の方を見やりながら髭も生えていない顎をさする。
「私は今から東砦に向かうところだったんだ。
 つまりここの指揮官は不在となるわけだ」
「こんな時期にですか?」
 もちろん堰の話はヨンも知っている。が、南砦というのはこれまでクロスロードの外門としてあり続けた要所だ。冬という不安定な時期にそこの指揮官が席をはずすというのはいささか不可解だ。
「流石に数十万トンの水をアースだけに何とかしろと言うわけにもいかなくてね。
 私はあくまで保険ではあるのだが……。うん、まぁ一人暇人が居るからそいつをここに派遣するとしよう。その巨人は1匹なのだね?」
「……私が見た限りでは」
「ならばよろしい。応用の利かないバカだが、ことタイマンについては信頼が置けるからね」
 うんうんとうなずいて、それから彼は襟章を外す。
「というわけで彼の管理を含めて、しばらくこの砦を預かっておいてくれ」
「……は?」
 目を丸くするヨンに彼はひょいと襟章を放って寄こす。それはあまり知られては居ないがこの砦の管理官を示す物だ。
「ちょ、本気ですか!?」
「本気だとも。君ならそこそこ有名だし、人を率いる事も慣れているだろう?
 水の件が片付いたらすぐ戻ってくる。それまでの間さ。
 子細はこの砦の担当官に聞けばいいしね。なに、管理官の仕事なんてハンコつく以外は、有事の際に偉そうに命令しとけばいいのさ」
 聞く人に聞かれれば大目玉食らいそうな事を軽く言って彼はくるりと背を向ける。
「……で、暇人って誰?」
 人ごとのように様相をうかがっていたアインの問いに「そうだった」とイルフィナは首だけで振りむいた。
「セイ・アレイ。西砦管理官の突撃バカさ」

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 新暦3年12の月末日。
「衛星都市より連絡が入りました!
 多数の『怪物』を確認っ!」
「多数だと? どの程度なのだ」
「それが……測定不能だそうです。
 明らかに……大襲撃級……っ!」
 この一報はすぐにクロスロード、大迷宮都市や四方砦へと伝えられることになる。
 三度目の大襲撃。

 その幕が今上がろうとしていた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
おもにこうなったのはヨンさんのせいです。ええ(笑顔
ども、神衣舞です。
大襲撃はじめました☆
というわけでinv19はこれにて終了
続きは次のシナリオとなります。
三度目の大襲撃は怖いぞー。まぁ、怖い理由も誰かさんがフラグを起動させたせいなんですけどね。ええ。うひひひ
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