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【inv20】死闘
死闘
(2012/01/19)
「もう一杯」
酒場のカウンターで巨漢がバーテンダーに告げる声は重い。
とは言え悲壮とは無縁の、酷く落ち着いた声音である。
「そっちの酒だ」
 親指と人差し指だけで子供の首を絞められそうなほどの大きな手がのっそりと強い酒を指差す。
 やがて、差し出されたグラスを握り、かるく振る。
 扉の向こうにはいつもよりも騒がしい。それもそのはずだ。クロスロード中のPBから突如知らされたのはこの世界で最大級の災厄であろう「大襲撃」を知らせる物だった。
 反応は2種類。戦う意思を見せる者と逃亡しようとする者だ。
 例え戦闘能力が無くとも、補給を担おうと名乗り出る者も少なくない。三度目となる大襲撃に住民はそれなりの慣れを見せているようだ。
 しかし今回に限っては安堵はできないことはよほどの粗忽者でなければ理解していることだろう。
 管理組合は原則情報を秘匿しない。すでに東に作られた堰の事も、南から押し寄せる怪物たちの事も聞いている。そしてその行動が今までとは違い、どこか統率のとれた動きをする可能性もだ。
 そんな基本情報を脳裏に浮かべたザザはぐいと喉を焼くアルコールを飲み干して席を立った。
「行ってくる」
 会計のために差し出した腕にバーテンはちらり視線をやって、小さく首を横に振る。
「御武運を」
「……」
 フと笑ってザザは店を出る。
「さて……」
 そういえばあの吸血鬼がどういう因果か南砦で指揮権を任されたなんていう話も朝の一報に含まれていた。なんというかあの男は管理組合員でもないのに最近この街で可成り名が知れ渡っている気がする。
「……顔を出してみるか」
 呟いて彼は南門へと歩を向けた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「よもや雑兵として大戦をする機会があろうとはな」
 いつもよりも乗車率の高い武装列車から下車したマオウは、吹き付ける寒風に目を細める。
 ここは大迷宮都市。武装列車の中間駅に当たる場所だ。
 彼の目的はここの防衛に当たる事。その前に色々と巡り、ここにやってきたのだ。
「しかし……常識の通じぬところだ」
 何らかの役に立つだろうと色々と助言して回ったが、受け入れられた事は少ない。
 ナニカを木箱に詰め、竜で投下するという案は、ミサイルや長距離砲の方が効率が良いという話だ。ナニカには特に何も考えずに敵へ突っ込んでもらうだけで勝手に踏まれて自爆するのだから、余計な手間を掛けて、なおかつ貴重な戦力である竜族に制空権も得られていない場所へ向かって貰うのは確かにリスクが高い。
 瑠弾やクラスター爆弾などの説明を受けた彼は魔術の使えぬ人間の考える兵器に呆れたものだ。
 また水没対策で水を吸う植物の配備ができないかと問い合わせたのだが、これについては既に動きがあった。
 「森」に生息し、森を管理する主要植物の中にそこらの水を集め、水風船を作る商物があるのだ。それを既に相当数クロスロードに配備できるようにしているらしい。
「興味に尽きんな」
 魔族は己のポテンシャルだけで戦う者が多く、そして力こそが権力である。そこに多少の戦略、戦術はあったとしても、兵器に頼ろうという考えは薄い。己の延長である武具は好んで使うが、銃器や兵器は想像の外の産物だった。
 今も駅から見える50口径はあろう砲台が数人の技術者によって動作チェックを行われている光景が見えた。あれで数秒に一発、中規模魔術級の砲撃を繰り返せるのだからたまったものでない。
 無論全盛期の自分であればそんなの呼吸をするようにやってのけるだろうが、何よりも恐ろしいのはなんの力も持たない子供でも、使い方を教えてもらえば撃ち続けることができる事だろう。あれが10並んで魔王城に砲撃を開始したら、流石に手に負えない。
 が───南から進軍してくる怪物はそれを蚊に刺された程も感じないだろう。
 大群とはそれそのものが脅威だ。あの火砲がどんなに火を吹いても、これから襲い来る怪物の0.1%も削れない。
「さて、俺のできる事をしようか」
 この世界で充分に力を振う事はまだできない。
 だが培ったスキルは別だ。世界を相手に采配を振るった魔王の冴えはどこまで通じるか。楽しみだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「なんていうか、頭がおかしくなりそうね」
 Ke=iは苦笑いと共に周囲を見渡した。
 荒野にいくつもの重機と、来訪者が散らばり作業をしているが、一件彼らがなにをしているのか分からない。というのもスケールが大きすぎてどこからどこまでの作業が終わっているのか見当がつかないのである。
 もちろん作業は着実に進んでいるし、今現在だけでも何もしないのに比べれば格段に被害を減らせる事だろう。
 が、それでも足りない。だから彼らの作業は昼夜を問わず進められている。
 なにしろ水深数百m、川幅4kmというバカげたサイズの川の治水工事である。惜しみなく技術を投入してもわずか数日でけりがつく道理が無い。
「調子はどうだい?」
 と、不意に向けられた言葉にKe=iがいぶかしげな視線を向けると、そこには一人の青年が周囲を見渡していた。
 特徴的な青髪にやや首をかしげていると
『南砦管理官、イルフィナ=クオンクースです』
 PBからの言葉に「ああ」と言葉を洩らす。
「……って大襲撃の連絡があったのに、こんなところで何をしているわけ?」
「水害対策だよ。なに、砦はしかるべき人に任せて来た。今の状況では私達がここに居るほうが問題に対処しやすいからね」
 迷う事もなく返される言葉にKe=iはいぶかしげな表情を向けるが、対する管理官はどこ吹く風だ。
「……予定通りには進めてるわ。でもいつ水が押し寄せてくるか分からないから、何とも言えないのよね」
「……いや、充分でないかもしれないけれども、大したものだよ。
 なんとかできそうだ」
「そうなる事を祈っているわ」
「我々の町をみすみす壊させやしないさ。
 とは言え、私がなんとかできるわけでもないのだけどね」
 苦笑して彼はゆっくりと歩き出す。
 その先には青銅色の髪の少女が無感情な視線をこちらに投げてよこしている。
「……大襲撃、ね」
 南からの脅威も確実に迫っている。
 一体どうなるのだろうかとKe=iはほんの少しだけ瞼を閉じて思考を巡らせた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「あー、ええとですね」
 というわけで、ヨンはどうしたものかと思っていた。
「とにかく使える物は使いましょう。施術院、大図書館、エンジェルウィングとの連携はどうですか?」
「既にエンジェルウィングスは独自に補給網を形成中。担当スタッフが連携の打ち合わせを開始しています。施術院も各メンバーをそれぞれの拠点に振り分けています」
「そうですか」
 何もしない管理組合だが、こうした動きは早くて確実だ。うんうんと頷きを返す。
「それはそうと」
 と、視線を向けた先には、情け容赦なく居眠りをしている青年の姿がある。
「……」
「ああ、セイ管理官はだいたいこんな感じなのでお気になさらず」
 管理組合員の情け容赦ないフォロー?にヨンは「はぁ」とから返事を返すしかない。
「……ともあれ、遊撃、防衛任務につく人たちは確実に3人以上のパーティを組ませてください。それから私が見た怪物にはむやみに近付かないように。
 発見次第セイ管理官に向かって貰います」
 彼は単体への攻撃力だけはずば抜けていると言っていた。その言葉を信じるほかない。
「……それから、砦内の警備も怠らないようにお願いします」
 その言葉にはさしもの管理組合員も怪訝そうな顔を見せる。それはそうだろうと苦笑をにじませ
「念のためです。ピリピリして喧嘩したり、火事場泥棒されても困りますからね」
「……わかりました」
 一通りの指示を終えてヨンはふとクロスロードの方向を仰ぎ見る。
 今出した指示の本当の意味。
 願わくばそれが杞憂であってほしいと思いながら。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「あら、アインさんは外に行くの?」
 南門へ向かう彼女に聞き覚えのある声が振りかかる。
「……クネスさん?」
「こんにちは」
 ぺこりと応じるように頭を下げる。
「遊撃に志願する……。今の活動地点、衛星都市周辺だから」
「そう……気をつけてね」
「クネスさんは?」
「……ちょっと、ね」
 そう言って彼女は数秒の間を置いて
「クロスロードに残ろうと思うわ。
 ここだって最後には防衛ラインになるしね」
「……うん」
 アインの瞳には揺らぎがあった。それはクネスがここに残る理由を計りかねているということ。
「……ねえ、アインさん」
「……なに?」
 クネスはもう一度、数秒の間を置いて、やや苦笑をにじませた言葉を作る。
「来訪者でありながら、『怪物』って存在、居ると思うかしら?」
「……??」
 考えもしなかった単語にアインは疑問符を浮かべる。
「……怪物になれるの?」
「分からないわ。でもそう言うこともあるのかなってね」
「……だとしたら危険。『扉』を壊せるかもしれない」
「そうね。ああ、ヨタ話だから気にしないで」
「……」
 と言われても、気にしないというのは難しい言葉にアインは戸惑うが、やがて諦めたかのように「じゃあ、行ってきます」と背を向ける。
「うん、行ってらっしゃい」
 そうやって、アインの背を見送ったクネスは自分も振り返り、そして道の真ん中に立つ若草色の少女を見止めた。
「……さっすがにゃね。その可能性に気づいちゃったんだ」
「……『猫』さんの方ね。
 貴方は何をするつもりなの?」
「にふ」
 屈託のない笑み。それはすぐに影を纏って言葉を伴う。
「楽しそうな事にゃよ。
 いっつしょうたーいむ。さぁ、地獄を始めようじゃない?」
 と、とクネスが地を蹴る。一瞬で間を詰めたはずなのに『猫』の姿はそこになく、背後からののんびりした声があざ笑う。
「あちしを止めたい?」
「何をするかも知らないのに答えようが無いわ」
「予想はしてるんじゃないの?」
「……止めたいと行ったら?」
「止めてみたら? にふ。あちしを止められるんならね」
 そうして姿はもう追えない。
 幻のように雑踏に消えてしまっていた。
「……はぁ。まったく、あの子は何なのかしらね」
 その疑問に応じる言葉は振ってこない。

 三度目の大襲撃はこうして静かな幕開けを迎えるのだった。

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にゃふ。神衣舞です。
さて今回はプロローグ的な感じで進めましたが、次回はついに衛星都市が戦闘に突入します。また東では……
それではターミナルの大災害。皆さまの活躍を期待しています。
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