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【inv20】死闘
死闘
(2012/01/29)

「あの子に会ったわよ?」
 ふらり、店に現れたクネスを若葉色の瞳が捕える。
「説明してもらえるかしら?
 あの似過ぎるほどの彼女の事を」
 カウンターの向こうで頬杖ついていた猫娘は小さくため息。
 クネスは腰に手を当てたまま有無を言わさぬ笑みでそんな少女へと告げる。
「家族会議と行きましょうか。うちの子も交えてね?」

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

『このあたりか』
 巨獣の体躯を現し、低空を滑るように飛ぶザザは口の中で言葉を転がす。
 共食いをする怪物。その情報を確かめるのがその主目的だ。それなりの巨体を有すると言うそれを見た者は今のところヨン以外に居ないが、彼が嘘をつく必要は全くなく、また、それなりに場数を踏んでいる彼が単なるパニックでの見間違いを力説するというのもなかなかに妖しい。
 では本当に存在するのか。
 それを証明する方法は単純だ。見つければ良い。
『……それにしても』
 やや呆れ気味に喉を鳴らす。彼の背に座っているであろう人間種は随分前からほとんど動いていない。最初は色々とやかましかったのだが、「飽きた」の一言からずっと静かなままなのだ。
『……』
 随分な速度で飛んでいるため、寝ていれば振り落とされそうなものだが、ずれ一つなく、しかも体毛を掴んでいる様子もない。
 彼の背に居る者。それは管理組合の上位者では珍しく名の知られた4人のうちの1人。西砦管理官、セイ・アレイだ。
 見た目は端的に「若者」。ややいかつい槍を持っている事を除けばラフなファッションといい、赤毛といい、ちょっとワルぶった青年という雰囲気がある。
 喋りは軽く、文句も多い。とてもではないが彼と面会した者は彼が『管理官』という立場にある事を納得しないだろう。そんな人物だった。
 現にザザも「大丈夫か?」という疑念が胸中を渦巻くが、自分の背に体術一つで乗り続けているとするならば、少なくとも実力はそれ相応の物があるのだろう。
 ───と、不意にトツトツと背を石突らしきもので突かれた。
『どうした?』
 会話をするために速度を緩めると、セイは未だ飛行中という状況にも関わらず、肩まで歩き、耳元に怒鳴る。
「風上だ。そっちから嫌なにおいがする」
 眉根を寄せて鼻を利かせてみるが特にそれという感覚はない。獣の姿を取れば相応の感覚はあるはずなのだが、それ以上の感覚器を有しているのだろうか。
 ともあれ方針じゃはないのだから逆らう必要もない。
 進路風上に向けて4、5分経過したか。不意にその視界の先にぼんやりとシルエットが浮かび

「避けろ!」

 咄嗟に身をひねる。その瞬間、左肩をえぐるようにして何かが疾走し、刹那の間に引き戻っていくのを見る。
『手……か?!』
 かすかに見えたその先端はまさしく手のそれを形作っていた。
 ただサイズがおかしい。人間種から見れば見上げるほどの怪物であるザザが下手すればその中に握られそうなサイズなのだ。
「でけえな。というか、予想以上にスゲぇな」
 手の戻っていく先。その方向がやや斜め下であった事にザザは息を飲む。
『まさか、もう……』
「おう、真下はあいつの体だ」
 とすれば、一体どれほどのサイズがあるというのか。体長100mでは済まない。キロには届かないと思いたいが、あってもおかしくないと感じる。
『だが、ヨンは人型だと……』
「たしか、ある程度以上の大きさになると、人型って維持できないんじゃなかったっけか?
 前に超でかいロボット作ろうぜって言ったらそんな事言われたけど」
 地球系世界とほぼ同等の物理法則を有するターミナルでは、確かに金属の塊でも人型を保つには基本的には10mを超えると膝関節あたりが怪しくなる。
 竜族やザザのように元より巨体を誇っている種は元の世界での性質を維持するため、その楔を断ち切ってはいるらしい。
「こりゃもはや沼だなぁ。触りたくねえ」
 同感だ。と、同時に呆れ以外の思考が回ってこない。
『どうするんだ?』
「吹き飛ばすしかないだろうな。やっては見るけど、全部やれるかはわかんねぇ」
 ……
『は?』
「は? って何だよ。
 あんたが聞いてきたんだろ?」
『……いや、そうだが……
 こんなバカでかいものをどうすると言うんだ?』
「まぁ、これでも単体っぽいからなぁ。
 だったらこの世界特有の裏ワザ的なものでなんとかできそうなんだよな」
 なんとも曖昧な口ぶり。それでもできそうと思える思考が理解できない。
「あの辺りに降りてくれないか?
 とりあえず削れるだけ削るわ」
 確かに指し示す先では少しだけ大地が下がっている。いや、あれが正しい高さなのだろう。
 若干の余裕を持って着地したザザからセイは飛び降りて、それからくるりと槍を回した。
「これ、まだ慣れないんだけどなぁ。 まぁ、いいか」
 構える先は広大に広がる、一見地面と見分けのつかないような怪物の沼。よくよく目を凝らせばそこに数多の生物がうごめいているような模様を見とってザザは眩暈を覚えた。
「それじゃ、やるぜ」

 力の風が吹いた。

 槍の各部が展開し、薄い光を発し始めると、ざわりと沼が反応を開始する。
 喉を絞められるような緊張感。迫りくる何かを感じて後ろに下がろうとするザザだが、セイは気にする事無く、槍を引いた。

 一直線に迫りくるのは先ほどの手。
 巨大な手が握りつぶそうと言う勢いで、一気に目前まで迫り───

「ハッ」

 あまりにも小さな声に伴うのは呆れるしかない力の本流。
 迫りくる手が、目の前に広がる広大すぎる沼が、力を津波のようにその身に走らせ────

 見渡す限りの場所が盛大に弾けるのをザザは見る。

「……あー、駄目か。悪い、撤退しよう」
「……何をやったんだ?」
「何って、ただ一撃を加えただけさ」
 俊敏な動きでザザの背に乗ると、「早く戻ろうぜ」と言い放ってどかりと座った。
「倒したのか?」
「駄目だった。半分くらいは吹き飛ばせるかと思ったんだが、でかくなりすぎたな。
 これ、一日に一回くらいしか打てないから、もう手がねえんだよ」
 べちゃりと何かが地面にたたきつけられた。
 それは吹き飛ばされた沼の一部。そこから何らかの動物の前足らしきものが生え出して、ぴくぴくと動く。
 他の欠片も同様だ。元の形を思い出したかのように形状を取り直し、やがて死滅していく。
「少しずつ削るしかないけど、時間あるのかね……」
「……何回繰り返せばできる?」
「今の大きさから戻らなければあと2度ほどで。
 でもあいつ、またどんだけ大きくなるか分かったもんじゃないぞ」
 確かにその通りだ。
「……つーか、あれ、大襲撃呑み込んだらどうなるんだろうな?」
 何気ないように言うが、ザザの脳裏にはその最悪の光景が浮かんで大きく身震いするしかなかった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 大迷宮都市で行われているのは主に地下一階層天井、つまり地表を強化する作業だった。
 この都市の主な部分は地下一階層に展開しているが、地下一階層の完全制覇前に作られた簡易都市分と、そのあとに出来た武装列車駅周辺に広がる商店街にも人は住み、売り買いを行っている。
 ラビリンス商業組合はこの地表部の店舗については防御しない事を明言していた。そうするためには大した防衛設備の無い地表部にクロスロード並みの防壁を組み立てなければならなくなる。管理組合から独立し、独自のルールを持って行政を行っている大迷宮都市としてはアースの手を借りるのは貸しを作る事になるので避けたいところだし、そんな大仰な防壁を構築したところで、防衛の手が足りるかどうかは微妙。つまりは採算が合わないシロモノだった。
 故に大迷宮都市周辺にはいくつかのトーチカと見張り塔が設置されており、機銃やミサイルポットが展開しているという状況だった。
 駅周辺部には申し訳程度に防壁を用意しているが、それこと巨人種や竜種の攻撃に耐えられるかどうかはかなり微妙だ。
 一方でいくつかの連絡通路や抜け穴が用意され始めている。これはモグラのように顔を出して砲撃できる場所であると同時にわざと進行させるための通路だった。
 下手に入口が無いと破壊を試みるだろうが、入口があればそこから潜り込んでくる。そして決まったポイントで駆除する仕組みである。
 再来の際にはこれの試作がいくらかの戦果を挙げている。
「それんしても、ロボット……金属のからくりか。人が作ったなどと、にわかに信じがたいな」
 見上げるのは巨大な人型。体長二十メートルという金属の塊である。
 最初の大襲撃を退けた「救世主」の1人(?)と目され、再来では空より舞い降りた巨竜を数十キロ先からの砲撃で撃ち落としたと言う。
「これ、動くのか?」
 近くに居たドワーフに何気なく尋ねると、ドワーフは肩を竦めた。
「動かないな。というか、動かし方も内部構造もさっぱりわからん」
「……でも動いたんだろ?」
「ああ。なんでも管理組合の一部は動かし方を知っているらしいんだが……
 先の大襲撃で一発撃ったらまた故障したと言っているらしい」
「管理組合がか?」
「ああ。詳細はわからんが、以来まともに起動したって話も聞かない。
 だから動かす事すらできんのよ」
 ふむと眉根を寄せる。外面だけ見ればかなり綺麗になっている。とすると、中身が壊れているということか。
「しかしこれだけ多くの世界の技術者が居るんだ。
 扱えるやつは1人、2人居るだろうに」
「そうなんだがなぁ……噂によると、ラビリンス商業組合が内密に修理しようともしたらしいんだがな。科学が発展した世界の技師が全員匙を投げたとか」
「……そんなことがあり得るのか?」
「ありえるだろうな。世界特有の理論で構築されていた場合、科学者ってのは推測ができないもんだ。1+1が2にならない世界の計算問題を解かされているようなもんさ」
 なるほどとうなずく。魔術の世界に措いてはそう珍しくない事例だ。固有魔法と言って自分という基本公式を使ったオリジナル魔法を構築した場合、それは他人にはそのまま使えない物となる。まさに自分の1+1は他人の1+1と答えが違うという事だ。
「とはいえ、科学世界系じゃ珍しい事らしいがな。エネルギーや金属については世界固有の物は多いが、配線や構造ってのは物理法則に準じるからなかなか差が無いらしい。
 あって重力や比重の計算違いでサイズや強度計算をトチるくらいなもんだ」
「つまり不可解ではあるのだな」
「これが伝説の救世主様なら総力を挙げてでも復帰させるはずだろ?
 少なくとも衛星都市壊滅を水際で食い止めた火力は実証済み。これを放置している理由がさっぱりわからんからな」
「……実は修理はとっくに終わっているが、動かせない理由がある、とか?
 エネルギーコアを抜かれているとか……」
「ああ、確かにその可能性はあるなぁ。
 しかし、管理組合が見つけられんとなると、今回の戦いにはこいつがただの置きものでしかないか」
 なにしろこの巨体である。総重量も40t近くあるだろう。結構な出力を有する武装列車でもこれを移動させるのはそのサイズと相まって困難だろう。
「これが動けば状況もかなり好転するのだろうがな」
 今のところマオウにはその手掛かりはない。
 ドワーフに礼を言った彼は、商業組合と話をするために、大迷宮都市へと足を進めるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「随分と進んだわね」
 冬真っ盛りなのだが、動き回り熱を発する重機のせいでほのかに暖かいクロスロード東側作業場でKe=iは周囲を見渡した。
 今か今かと怯えながらの作業も終わりが見えて来た。
 これで水を完全に防げるかと言われれば後は結果を待つしかないが、それなりの効果は見込めるだろう。少なくとも計算の上では防壁を壊されるまでには至らないはずだ。
「……でも……」
 そこまでに至って思う事がある。
 警戒はこのまま続けなければならないだろう。しかしどれだけの人数がここに待機して置かねばならないか。
 サンロードリバーに堰を造るほどの数の怪物が川上に居ると言う事自体脅威なのだが、いつ来るかもしれないそれをただ待つだけでは死兵となってしまう。
 大迷宮都市や衛星都市も少なからず防備の増強をしたいだろうが、そのための人員が大多数集まっているのだ。
 この際治水工事を可能な限り拡張したいという意図ももちろんあるが、悠長な状況でもない。それに堰となっている怪物が生きているか死んでいるかも問題だ。もし生きて活動するのであれば、クロスロードはあっという間に数万の怪物に接敵されることとなる。
 振り返り、クロスロードを見やる。
 恐らく管理組合本部では軍事関係のスキルを持つ者達が集まり、戦略会議に明け暮れているのだろう。しかしその中の一体何人が、ケタを間違えたような敵と、レベルが一定しない技術力の味方を有して戦った事があるだろうか。
「逃げ出したい気持ちも分かるわね。扉の向こうに行ってしまえばもう知った事じゃないもの」
 口に出してみても苦笑でしかない。もちろんそんなつもりはないのだ。
「とにかく、できることはやってしまわないと。
 あとで後悔するのだけは勘弁だわ」
 自分に言い聞かせるようにして、Ke=iは作業へと戻ろうとする。
「おう、やっとるか?」
 と、不意に声をかけられてそちらを見れば、ドワーフの爺さんが近づいてきていた。
「あれ? ドゥゲストさん。どうしたの?」
「いや、ちょっとお前さんの意見を聞きたくてな。
 なんでもあの列車砲の弾丸に混乱の魔術付与ができんかという提案があったんじゃが、わしの近くに居る技術者は魔術と科学の混合技術に疎い。相談相手がおらなんでな」
「それであたし?」
「色々と研究して追ったじゃろ?
 技術的には可能じゃが、運用となると同じ知識を持った者がおらんと話にならんというのでは困るからな」
「んー。詳しい話教えて」
「おう。なんでも衛星都市まで持ちだす案もあるらしいから急がんとな」
 先ほど口にした言葉を再び胸中で繰り返す。
 今はやれる事をやり遂げよう。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……あ、エディさん?」
 衛星都市の一角で声を掛けて来たのは黒ずくめの少女。
「ん? ……アインとか言ったか?」
 その言葉にこっくりとうなずいたアインはややあって小首を傾げた。
「遊撃に来たの?」
「いや、その前に色々やる事があってな。
 さっき衛星都市まで来たところだ」
 思い返せばヨンに金を借りて、その金でシュテンへと酒樽を送り、それから列車砲についての調査やロボの輸送などの提言をしてここまでやってきた。
 列車砲については未だに管轄が不明だが、ドゥゲストが主に動いているらしく、しかもまだ調整中だということですぐにこちらに来ると言う事はなさそうだ。
 場合によっては東側まで線路を伸ばし、堰の破壊を行うと言う案もあるらしく、大襲撃本番までに衛星都市に来るかは微妙なところだった。
「そう。……そう言う難しい事は出来る人に任せる」
 一方のアインは相変わらず遊撃任務に就いていた。
「調子はどうだ?」
「日に日に遭遇数が増えてくる……。
 撤退するチームも居るみたい」
「なるほどな」
 一度は『再来』を跳ね返した衛星都市だが、その防衛能力はクロスロードとは比較にならない。水源こそあるが、食糧自給も弾薬供給もままならないため、一度籠城戦となってしまっては逃げる事すら叶わなくなるのがこの場所だ。
 既に多くの戦術にこの衛星都市放棄の案が挙がっているが、一方でここが再び怪物化することを危惧する声もある。
「俺も一通りの事が住んだら防衛に回るつもりだがな。
 ……もっとも、撤退戦になると踏んではいるが」
「……」
 否定する言葉は発せられず、アインはやや間を置いて「そう」とだけ応じる。
「今回はとにかく気味が悪い。あるいは内部工作による破壊活動すら想定しなきゃならん。準備をするに越したことはない。
 とはいえ、それすらもままならんのだが」
 実際やろうとした事の半分くらいは空ぶりに終わっている。
 アルカは不在だったし、巨大ロボも搬送の目途は立ちそうにない。そも、ラビリンス商業組合があまり協力的でないように思えた。もしかすれば決戦戦力になる存在をみすみす引っ張られるのを嫌がっているとも思えた。
「……早めに引くのは正解と思う。
 防衛する人、すっごく少ない」
 すでに衛星都市が生まれて3年が経過している。ここに居付く者も多く、人通りはそこそこあったこの街はどこか歯抜けたような雰囲気がある。
「クロスロードや、衛星都市が防衛線になるような空気だな」
「……うん。だから無理はしない」
 自分に言い聞かせるような言葉に「それでいい」とエディは頷いて、不意に響き渡った放送の声に耳を傾ける。

『衛星都市の皆さまに管理組合よりお知らせします。
 第三次大襲撃の衛星都市襲来予測は10日後となります。
 先陣のおおよそ7日後、以降の撤退は困難となりますのでご注意ください。
 管理組合の現方針としては、7日までに武装列車による疎開支援を行います。9日後に全撤収を予定しますので、ご了承ください』

 ぶつんと切れた音。
 ややあってささやかれる言葉には憤りも少なくない。
「捨てるのか……」
「……仕方ない、かも」
 先の再来では無茶を承知で多くの探索者が衛星都市に集結し、怪物を押し返す事に成功している。しかしその被害は決して安くはなく、今でも無茶な戦いだったという声は絶えない。
「……クロスロードの方が安全に戦える。
 それは間違いない」
「比較すりゃぁな。だが、今回ばかりはどうだか」
 戦力はあからさまに分散している。クロスロードの防衛、東の堰への対処、大迷宮都市、そして衛星都市。
 数では圧倒的に不利な来訪者達にとって、これは危惧すべき状況ではないだろうか。
「……とはいえ、原則各個人の自由だからな。管理組合とて無理強いはできないのだからどうしようもない。
 俺たちは為すべき事を為すだけだ」
 こっくりとアインは頷き、そしてまたと呟いてそれぞれの役目へと戻っていった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……はぁ」
 立て続けの来客と、無茶な要求を思い返してヨンは重いため息をついた。
 なし崩しに押しつけられた南砦管理官という職務。実質は他の管理組合職員が業務を執り行うため、拘束時間が多いわけではないが、彼らには判断しかねる難しい戦術的、戦略的提案への対応が次々と舞い込んでいる。
「ザザさん達大丈夫ですかね」
 まず何よりも心配なのはそこだ。
 セイ・アレイ。西砦管理官を伴っての威力偵察の結果はまだ届かない。同じ物を見たという報告が未だに無いという不安と同時に、遊撃に出ているチームが帰還しないという報告が舞い込んできている。
「……ともあれ悩んでも仕方ありませんね。彼らを信じるだけです」
 呟いて書いていた物を見返す。
 それからそれを封筒に入れ、管理組合員に送付を依頼する。
 手紙は2通。1つは自身が組織したHOCへの通達文、もう一つは律法の翼へのものだ。とは言えこれは檄文で、中身はほとんど無いに等しい。力を示したい律法の翼はこんな事をしなくとも勝手に動くだろうが、それでも自分らの存在を示しておく必要はある。
 それと同時に可能であれば情報収集をしておきたかった。何よりも気になるのは壁の内側での混乱だ。他の者もそれを気にして動いているようだが、実際は雲をつかむような話で、無駄足に過ぎないかもしれない。
「……でもやらないよりマシですね」
「失礼します」
 亜竜人種の男が一礼して部屋に入ってくる。
「管理組合本部よりの通達です。
 現時点で管理組合は衛星都市を破棄する事を前提に行動を行う。
 従って武装鉄道による衛星都市からの避難活動を密にし、南砦でも一定数の戦力を収容するようにと」
「……となると、最前線は大迷宮都市……あるいはここになるわけですか」
 衛星都市を捨てるという案に思うところはあるが、力が伴わない判断は被害を拡大するだけだ。
「私なんかが事を決めて良いのでしょうかね」
 自嘲の言葉を紡いだ彼に亜竜人は言葉を返さない。彼らもどうして部外者がその席に座っているのか、未だに理解できないのだろう。
「今は貴方が司令官です」
 ややあって返された言葉にヨンはゆっくりとうなずいた。
「私もやれることはやります。
 無為な犠牲は望むところではありませんしね」
 そのためにも────
 自分がやっておかなくてはならない事とは何か。
 その思考を反芻しながらヨンは案件をさばいていく。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「で、アルカちゃん?
 あの子は何者なの?」
 ケイオスタウンの一角、とある家に4人が卓を囲んでいた。
 クネスとアルカ、それから引っ張ってこられたルティアと、もう一人。
「アルカさん?」
 物静かな黒衣の男。エンドネル・デークネスが気遣うような声を掛ける。
「別にもう隠すつもりもないにゃよ。ルーちゃんにも聞いといて欲しかったから連れて来たしね」
 とは言え、未だに気の乗らない風に彼女は応じる。
「あの子を作ったのはあちしにゃよ。
 あの子はあちしのクローン。基本性能はほぼ同じにゃよ」
「どうしてそんな物を?」
 クネスの問いかけ。猫娘は目を閉じて一度エンドを見た。
「疑問があったから、かな」
 やがて零れた言葉はあいまいなもの。
「あちしってさ、自分で言うのもなんだけど、数奇な人生やってるじゃん?」
 おどけるような言葉への反応は薄い。それに苦笑し
「でね。あちしってばそういう要素が無かったら、どうなってたんだろうってちょっと考えちゃったわけよ。んで記憶を消したあちしを作って有る世界に放り込んだの。
 そのあちしがどうなるかを見るために」
 普通ではない思考。しかしそれは魔術師としての本質である探究の一つだ。それを理解するからか、クネスは何も言わずに先を待った。
「で、まぁ、それが事故ちゃってね。あの子はあちしの記憶を取り戻してしまった。
 それでも一旦はなんか納得してその世界で暮らしてたみたいなんだけどね」
「この世界に?」
「着ちゃったみたい。あっちの世界で何があったのかは最後のログを手に入れられなかったから分かんないんだけどね。
 その世界であの子と関わりのあった人物を2人ばかりこっちに送り込んできたついでに居付いたっぽいんにゃよね」
「で、恨まれている理由は?」
 クネスの鋭い視線にしばらく応じ、それを隣へと移す。
「……?」
 どうしてこちらを見たのかが分からなかったらしいエンドを見て、クネスが苦笑を洩らす。
「その耳としっぽは後天的なものなんでしょ?
それにしては猫よねぇ。貴女」
「ふん。
でも、あちしでもそうしかねないかなぁって思うところはあるから、どうにもこうにもね」
「で、その彼女はどうして『怪物』としての特性を持っているわけ?」
 その問いに真っ先に反応したのは居心地悪そうにしていたルティアだった。
「知っているのね?」
「もう新暦4年なんだよねぇ……」
 窓の外を見るようにして、アルカは呟く。
「そろそろ、少しずつ公開していく時期かもしれないにゃよ」
「でも、アルカさん……!」
「危険ってことは分かるんにゃけどね。
 でも、ほら……永遠に秘密にするつもりもあちしらにはなかったはずにゃよ?」
 翼の少女はきゅっと唇を結び、ややあって小さくうなずいた。
 それを見てアルカは言う。
「『扉の塔』が地球系世界の神話を元に『バブ・イルの塔』って呼ばれてるのは知ってるにゃね?
 その神話だと、神が怒ってその塔を壊し、塔を作ってた連中が協力できなくなるように、言葉をばらばらに分けてしまったらしいにゃ」
「……それを転じて、塔は言葉を統一する機能があるって事よね?」
「うん。じゃあもう一つ塔があったら?」
 それは昔からクロスロードにある予想だ。
「つまりそれは、『怪物』の扉の塔がある、という意味ですか?」
 エンドの言葉にアルカは頷く。
「ここから南に300kmくらいかな?
 そこに一つの壊れた塔が建っているにゃ。それがクロスロードに最も近い別の『扉の塔』。そして『怪物』を吐き出す場所にゃよ」
「……それで? それとあの子がどう関係するの?」
「単純な話にゃよ。来訪者としてこの世界に訪れ、『怪物の扉の塔』をくぐれば、その者は
2つの特性を得てしまう」
「……あの子が最初じゃないのね?」
「あちしらの知る限りあと4人。もう5年以上も前になるんだねぇ。
 そいつらはあちしらが封じたんだけどね……。あの子が来て、新たにその工程を経てしまった事、あと封印を維持していた力の一部を掛けさせてしまったために、そのうちの一人が出てきちゃったっぽいんにゃよね」
「……それが今回、『怪物』たちが理性的に動いている理由ってこと?」
「多分ね。さて、どーしようか、るーちゃん。
 あちしらもそろそろ次の段階に踏み出す決意、しとかないとかもよ?」
 どこか力の無い笑みを浮かべる若草色の髪の少女に、銀の髪の女性は戸惑うような視線を向ける。

 時代は次のステップへと。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
前回「次回はついに衛星都市が戦闘に入ります!」と言ったな。あれは嘘だ!
さーせん、ガチで忘れてました。神衣舞です。
 とは言え、まだみなさん色々と準備していましたのでそこらへん処理してたら戦闘にならなく……w
 まぁ次回は戦端開きますけどね。居場所にはご注意ください。
 というわけで次回もリアクションよろしゅうに。
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