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【inv20】死闘
死闘
(2012/02/09)

 絶え間ない砲火の音が世界を埋め尽くしていた。
 衛星都市。
 それはターミナルの地に降り立った来訪者が、初めて自らの手で作り上げた都市。
 美しいオアシスを中央に抱き、南への探索の足がかりとなっていた場所。
 『再来』と呼ばれる二度目の大襲撃を退けたその町は、消滅を目前としていた。

 後先考えぬ大盤振る舞いの砲撃か、迫りくる怪物へと降り注ぐ。
 その半分くらいはかすりもしていないが、誰も気にしない。慎重に使ったところで余るだけ。そして余った砲弾を持ちかえる余裕などこの場にはない。
 使いつぶす事を前提に、さらには足止めの意味をも込めて砲弾をばらまいていく。
 こと安定した威力と連射性という面では兵器は魔術に大きく勝る。衛星都市に数多装備された火砲はその身が赤熱することも厭わずに弾丸を吐き出していく。
「これでまだ先鋒とは、気が滅入るな」
 ぼやいて砲撃。エディの前に鎮座する砲塔が轟音を挙げて瑠弾を吐き出した。
 155mm口径から放たれる瑠弾は2Km先まで届き、迫りくる怪物を軒並み貫いている。
 サポートするのはマッチョ軍団。重火器を背負って荒野を駆け巡る熱い男達だ。
 彼らはエディの持ちこんだ榴弾砲を見るや無駄に白い歯を光らせてサムズアップすると、何も言う必要無く手伝い始めた。無論彼らのうち、長距離砲撃が可能な装備を持つ連中は情け容赦なくそれをばらまいている最中である。
「牽引砲とは面白い物を持ちこんだものだな。
 これなら確かに武装列車でも持ってこれる」
 サブリーダー格の男が良い笑顔で腕を組む。
「まぁな。多少なりとも役に立って何よりだ。
 とは言え、衛星都市にここまでの装備が整っていたとは思わなかった」
 その会話も彼らから貸与された無線越しである。というのもヘッドホンで耳を保護していなければ耳が馬鹿になること間違いなしの大音響。至る所に備え付けられた迫撃砲が次々に弾丸を吐き出して、荒野を土煙で埋め尽くし続けていた。
それだけではない。まるで兵器の見本市かのように、あらん限りのうなりを挙げて兵器群がその猛威を奮っていた。
「当然と言えよう。どう考えても次の大襲撃が起こればここは最前線だ。
 どれだけの兵器を置いても足りることはない。が、残念ながら兵器群の弱点はそれを操作する者がいなければその能力を十全発揮できない事だな」
 残念そうに語るマッチョ。
「しかし、これだけ準備しているならば管理組合もここに集結させるように指示すればよかったんじゃないのか?」
 言ってはみたものの、その理由はエディの中にはすでにある。
 確認のための問い。そしてそれはマッチョと同じものであった。
「それでも耐えきれぬと判断したのだろう。見ろ」
 指差す先、衛星都市から見て南西、それから90°視線を巡らせた南東。多くの怪物が行く姿が見て取れた。
「今までの怪物とは明らかに進路が違う。先の『再来』では怪物どもはこの衛星都市に殺到し、しかしその量故に動きが鈍重となって、弾幕に沈んで行ったのだ。
 しかし今回はそれが無い。明確な意思を持って衛星都市を避けて進んでいる」
「じゃあここは安全というわけか?」
「そんなはずはない」
 エディは肩をすくめる。そう、自分でもそんな事はしない。
「本隊が圧倒的な物量でここを潰し去っていくだろうよ」
「……だろうな」
「仮に探索者が全て集まっていたとしても、規模的に全力が揮えるわけでもない。
 救援物資も手に入らない背水の陣状態で戦うにはリスクが多すぎる。
 何よりも、今までのヤツらとは動きが違う。仮に包囲持久戦なんてものをやられたら、こっちは勝手に半壊する」
 怪物の特性のひとつに食糧の不要というものがある。どんな種族であろうとも怪物は飲み食いを必要としないままこの大地を放浪している。それが戦術的な包囲戦を始めたら、探索者側に為す術など一つもない。
「一時間後に『住人』を乗せる最後の武装列車が出る。
 最終列車は10時間後。それまでは楽しくヒャッハーさせていただく所存よ」
「そう言えば律法の翼の穏健派が撤退支援をしているんだったな」
「なんだかんだで3年近く存在はしたんだ。
 愛着を持って残ろうとするやつも居てな、難儀していたぞ」
 理性的には無為な行為でも、感情はそれを否定することなど多々ある事だ。
 せめて一矢。その思いははたして認めるべきなのだろうか。
「ん?」
 不意に、町を歩く一人の姿が目に付いた。
 ゆったりとした服。手には杖。
 魔術師の風体の女性はまるで散歩をするかのように、ゆっくりと衛星都市を巡っている。
 向かう方向は、中央のオアシスだろうか?
「おや、あれはユエリア殿だな」
 エディにも覚えはある。というか、大迷宮のフィールドモンスター討伐戦に措いて指揮をとっていたのは彼女だ。
 そして何よりもこの地のオアシス。それが姿を変えたフィールドモンスターを討伐したのは彼女と、その仲間たちだった。
「……まさか、な」
 口に出して苦笑い。
「去り際に気を付けるとしよう。
 彼女は死ぬには惜しい人物だ」
 うむとうなずくマッチョにエディは小さい笑みを向けた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふーむ。この世界もなかなかに複雑なものだな」
 クロスロードに向かう武装列車に揺られながらマオウは記憶を掘り起こす。
 何か出来ないかと四方八方に巡ってみたがいまいち手ごたえがなかったのだ。といっても、対応してもらえなかったわけではない。
 武装列車に護衛車を付けると言う案はそもそも武装列車そのものが高火力の砲台を多数備えた物であるため、下手に護衛を付けるより、全速力で移動した方が安全であるとのこと。
 プロジェクターで衛星都市に人がいるように見せかけられないかという案についても怪物が来訪者に興味を見せるかどうかが謎な上、どうやっても本隊が衛星都市に到達すれば為す術なく蹂躙される事が目に見えているため余計な手間でしかないらしい。
 これらについてはなるほどそう言う物かと納得するしかなかった。
 と、ふと隣を見れば管理組合の腕章をつけた人間種がうとうととしていた。
「少し良いか?」
「え? あ、はい? 何か?」
「聞きたい事があるだけだ」
「……ええ、答えられる事なら」
「うむ。ちょっとした思いつきなのだが、怪物が塔の扉をくぐれないか試せないか?」
 え? と目を丸くする管理組合員。
「いやいや無理ですよ! PBから警告が出るとは思いますけど間違ってもそんな事しようとしないでくださいね!?」
「しかし、可能かどうかを知っておく価値はあるだろう?」
「実験の価値はあるかもしれませんが、それ以上に扉を破壊されるリスクなんて負えませんよ。
 仮に捕まえた怪物が居るとしてですね、そいつは本当に抵抗できずに捕まっていると証明できますか?」
「……ゴブリン程度のものならば誤魔化していてもどうにでもなるだろう?」
「それは本当にゴブリンですか? 何かが擬態している可能性は? ゴブリンの中でもキング種や特別種である可能性は?
 この世界では常識なんてものが成立しません。あらゆる世界の常識が混在し、個人の常識なんて意味を為さないんです。
 管理組合の方針として、生きている怪物を扉の園どころか、クロスロードに運び込む事を許せませんよ!」
「臆病とも思えるが……そう言う物なのだろうな」
 限りなくゼロに近い可能性でも、起きてしまえば取り返しがつかない。それをクロスロードの維持管理を掲げる管理組合は決して受け入れないということだろう。
「わかった。では次の話だ。衛星都市の襲撃予測はどいつが出したんだ?」
「え? あれは誰がと言うよりも、数日間の目撃数、移動速度のデータから算出した数値ですよ。誰と言えば遊撃に当たっている皆でしょうか」
「ふむ。予言とかではないのか?」
「違いますよ。戦術部の試算結果です」
 10日も先の事が分かると言うのかと目を丸くするが、組合員はさしも当然のようにしている。
「では。迷宮都市の巨大ロボットだ。
 あれはただの飾りか?」
「いえ、私も詳しくは聞いていないのですが……コアとなる部分が欠損していて使えないとのことです。このままだと再びマッドゴーレムに戻りかねないので何とかしたいのですけどね。何を仕込んでいるのかかなりの重さらしくて……」
「詰まる所、今はただの飾りでしかないわけか」
「ええ、ただ南砦管理官代行が大迷宮都市の探索で有名なヨルム氏に何かを依頼したって聞いてますね」
「それがロボットに関係すると?」
「そこまでは。大迷宮都市に行けば詳しく分かるかもしれませんが」
「なるほどな」
 どうせナニカとの交渉が終わればすぐに大迷宮都市にとんぼ返りするつもりだ。覚えておくかと呟いて彼は窓の外へと視線を送った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「列車砲、衛星都市まで持っていくの?」
「おぅ。恐らく衛星都市と大迷宮都市の間に展開し、砲撃をすることになりそうだな。
 今、回避線を作っているそうだ」
「へぇ……」
 ドゥゲストの言葉に応じながら、Ke=iの手はキーボードをたたき続ける。
「混乱弾を作ってるんだったな。できそうか?」
「基礎理論まではなんとかなるんだけど、魔術回路はまだまだ未熟だわ。
 誰かに協力を依頼したいところだけど」
「アルカ嬢なんかは得意そうだがな」
 マジックカーペンターを自称する猫又娘はクロスロードでも名の知れたエンチャンターだ。確かに協力してもらえれば……というか、一人で仕上げてしまいそうな気がする。
「これだけ大きな砲弾だから多分仕込むのは可能よ。ただ材料から変えなきゃいけないかが問題ね。紋章術って言うのかしら? 刻むだけの魔術ならありがたいんだけど」
「ふむ。土木工事もひと段落ついたし、列車も大迷宮都市をベースにすることになるじゃろうしなぁ。そちらに行くか?」
「そうね。弾丸制作を請け負ったし、そっちに腰を据えようかしら」
「うむ。ならば午後には発てるようにの」
「わかったわ」
 キリの良いところまで仕上げて片づけても充分に間に合うだろう。
「もう、戦いは始まっているのかしらね……」
 遥か遠く、南の空を見上げて彼女はつぶやきを洩らす。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ久しいの。ヨン」
「ええ」
 部屋に入ってきたのは長居銀髪を躍らせる少女。10かそこらくらいにしか見えないが、その言葉づかいは老人のそれであった。
「随分な椅子に座っておるでないか」
「押しつけられた椅子ですけどね。イルフィナさんが帰ってきたらすぐに返しますよ。
 それよりも、『沼』については聞きましたか?」
「うむ、厄介なのが現れたものじゃな」
 すっと翠色の瞳を向ける先には巨体。
「ぬしはあれを見たのかえ?」
「ああ。って言ってもまるで地面と同化しているようでな。
 全貌まではわからなかった」
 ザザは言葉を吐きながら、壁に寄り掛かって居眠りこくセイを横目に見る。
「こいつがある程度吹き飛ばしたらしいが、それでもかなりが残っている。
 仮に大襲撃の怪物たちを飲みこんだらどうなるかわかったもんじゃねえ」
「然様じゃな。で、ヨン。わしに何をさせたいのじゃ?」
「対処法、ありませんかね?」
 恥も外聞もない率直な問いに少女は小さく笑みをこぼす。
「飾らぬのはぬしの美徳であったな」
「そんなことしている場合じゃありませんからね」
「うむ。率直に言えば西砦管理官とわしで何とかできんこともない。
 ザザとか言うたな。ぬしにも同行してもらいたい」
「足場としてか?」
「悪いが、おちおち地に降りて居られぬようじゃしな。
 飛竜を連れる方法もあるが、遠方の空を言葉喋れぬ者の背に飛ぶのはいささか怖い」
 空を往く者は消え去る。そこに独自の見識を加えているらしい言葉に、元よりそのつもりのザザは頷きを返す。
「後もう一人、わしの相方を連れていく。
 それで何とかしてみるとしよう。できなければそれこそ飽和攻撃しかなかろうが、その時には特性くらいは見極めてくるよ」
「ええ、お願いします。
 最悪線路だけでも守らないと……撤退路を失えば色々破綻しますからね」
「……私も、行く?」
 ここにヨンがいると言う情報を聞いてやってきていたアインが小さく首をかしげる。
「ぬし、接近系であるならあまり意味はないと思うがの」
「……そう」
「アインさんには少しお願いしたい事があります」
 そう言ってヨンは一枚の封筒を差し出す。
「これは?」
「もしかしたら大迷宮都市のロボットを動かせるかもしれない鍵です。
 これを大迷宮都市に居るだろうヨルム氏に届けてくれませんか?」
「……わかった。じゃあ行ってくる」
「わしらも装備を整えたらすぐに向かうとするかの。
 あまり悠長な事もしていられんようじゃ」
「……みなさん。よろしくお願いしますね」
 自分は前衛系。前に出て戦うのが性分だと言うのに、随分場違いなところに居るなと苦笑し、ヨンは次に何をすべきかを思案し始める。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 『猫』の名前はアルルム・カドケウと言う。
 それはKerdum・Arukaのアナグラム。Arurm・Kadkeu 
 しかし今のアルカはケルドウム・D・アルカを名乗っている。それは婚姻により増えた家名のひと文字。そしてアルルムという名の少女が持たない最後のひと文字である。
「私は未だにあの子に名乗ってもらっていないのよね」
 クネスの言葉にアルカは無言。
「あの子の目的はわかったわ。実際うちの子ってアルカちゃんと入れ替わったら普通に気付きそうにないのよね」
「そんな事ありませんよ?」
 さらりと応じる青年だが、アルカはややジト目で見つめるばかりだ。
「ともあれ、誤魔化しなんて情けない真似はやめなさい?
 あの子にはあの子の権利がある。例え造物主がアルカちゃんでも個として動いているならね」
「もちろんそこを否定するつもりはないにゃ。でもエンドさんをあげるなんて絶対にしないけど」
「それはうちの子が決める事だわ。
 ……とはいえ、アルルムちゃんの方が随分と精神は幼そうだけどね」
「アルカさんはお店をやっていますし、二人のお姉さんらしいですよね。
 ああ、この前掃除をしていたらエンチャンター時代の日誌出てきましたよ?」
「ひゃぁ!? ちょ、エンドさん。それ駄目!? 焼却処分にゃっ!?」
「ええ? 何でですか? 可愛らしいですよ?」
「あんたたち、イチャつくのは後にしないかしら?」
 マイペースの息子をひと睨みしてため息をつく。
「ともあれアルカちゃん。貴方がちゃんと対処なさい。
 それからひとつ、言伝をしてほしい事があるわ」
「……何にゃ?」
「うちのコが欲しいなら、己が名を名乗った上で真正面から獲りに来なさい」
 ガタリと立ち上がり息を詰まらせる。が、やがてゆるゆると椅子に座り直し、深々とため息。
「決着はつけるにゃよ。うん」
「そう。じゃあ私が言う事はこれ以上ないわ。エンドもそれで良いわね?」
「……ええ、私は私のすべき判断をします」
 その答えにクネスは一つ頷き、それから、と再びアルカに向き直る。
 脳裏に描いた言葉は今言う必要もないだろう。
 義娘のクローンだと言う少女は、果たしてどんな結論出すのだろうか。
「……アルカさん」
 そうして、部外者として肩身が狭そうな銀髪の少女は声を発する。
「公表、しますか?」
「……うん。そっちもね。
 或いは、あちしたちはバランスブレイカーを使わなきゃいけないようになるかもしれない。そうなったらこそこそはできないもん」
「……そうですね。
 では私は純白の酒場へ行きます。アルカさんはアルカさんのすべきことを」
「悪いにゃね」
 いえ、とかぶりをふってルティアは立ち上がり、2人の吸血鬼に頭を下げて部屋を出ていく。
「アルカちゃん?」
「……うん。先に伝えておくにゃ」
 そう前置いて、彼女は一つの真実を語り始める。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 管理組合副組合長の連名でお知らせします。
 今回の大襲撃、怪物側の指揮者は推定『狂人』。
 ありとあらゆる物を変質させ、狂気に歪める造物主です。
 管理組合はサンロードリバー上流の堰に対する対処を南砦管理官イルフィナ、北砦管理官スー、東砦管理官アースの三名に指揮権を当て、三度目の大襲撃に対する総指揮に副組合長アーティルフェイム・ルティアを当てる事をお知らせします。

 管理組合副組合長
 ケルドウム・D・アルカ
  アーティルフェイム・ルティア
  ユイ・レータム
  フェルシア・フィルファフォーリウ
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 まぁ、結構みなさん予想していたと思いますが
 ついに正式に管理組合副組合長の名前が正式に出てきました。
 とはいえ、彼女らが救世主として語られる力を振るえるかと言えば……実のところできなかったりします。
 その理由とかは今回のシナリオ中にぽつぽつと語っていきたいと思います。

 さて、ついに衛星都市が戦闘に突入しました。
 怪物の本隊がブチ当たれば撤退もできなくなるため、10時間後には総撤収となる予定です。応じるかどうかは別として。

 一方で堰は沈黙を守り、『沼』は次々と怪物をくらい膨らんでいるようです。
 さて、大迷宮都市の運命やいかに。
 次回リアクションをお願いします。時間軸的には次回は衛星都市壊滅までになると思われます。うひ。
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