<< BACK
【inv20】死闘
死闘
(2012/03/15)
『こりゃすごいな』
 様変わりしたと言えるほどに、クロスロードの東側は変貌して居た。
 池と言うにはやりすぎな穴と、その土を利用した堤防がかなりの規模で広がっている。
 なるほど、仮に今すぐ洪水が襲いかかってきてもなんとかなりそうと思わせるほどはある。
「これ、本当に数日で作ったのか?」
 ザザから身を乗り出して目をまるくしているのは、さっき見つけた二丁拳銃使いの女だった。
『知る限り半月前には無かったからな』
「とんでもねえな。襲ってくる怪物とか相手にもならないんじゃねえのか?」
 クセニアは随分と荒っぽい口調で、気楽に言い放つ。
『ケタが違うからな。あの川をせき止めるのが分隊っていうのに』
「……理解の上だな。この世界の連中、よその世界の征服くらいなら軽くやってのけるんじゃないか?」
『そんな気もするがな。そうもいかんらしい』
「そうなのか?」
『この世界のルールでは動くが、よその世界では動かない技術もあるんだと。
 まぁ、そのあたりを調査して選択すれば不可能でもないかもしれんがな』
 実際、それを狙って暗躍するエージェントも多数クロスロードに潜り込んでいるらしい。
 魔法技術の無い世界で仮に発動できる魔法記述の1つでも発見し、持ち帰る事ができれば、それだけで立証不可能な犯罪行為も可能になるだろう事は誰でも思いつく。
『それに、そんな器用なやつは開拓者とかやってないのかもな』
 ザザの言葉にクセニアは肩をすくめる。
「で、どこに行こうとしてるんだ?」
『東でもう一つお偉いさん達が防壁を作っているらしい』
「見学かい? 悠長だな」
『いや……ちょっと気に掛ってな』
 滑るように巨体を地面すれすれに舞わせるザザは、やがて目の前に巨大な壁を目にする。
「……なんだ、あれ?」
 目を丸くするとはまさにそれを指すのだろう。
 その高さはおおよそ30mにも達しようかという巨壁がずんと川の両岸から伸びている。
『また随分と派手な物を作り上げた物だな……』
「あれをクロスロードの周りに作れば解決するんじゃないのか?」
『日照問題がありそうだがな』
 意味が分からないとクセニアは首をかしげる。
 実際もっと巨大な防壁でクロスロードを囲む事は不可能ではない。が、重い防壁、なにより必要以上に広い防壁は、守るべき個所を広げ、ひとたび破られればフォローが効かなくなるという欠点を持つ。
 実質技術力を背景にした少数精鋭状態になっているクロスロードは今の規模以上にクロスロードの防壁を広げるわけにはいかないのが現状である。
「あれだけやれば洪水とか怖くもなんともないんじゃないのか?」
『かもしれないがな』
「獣のおっさんは何をそんなに心配してるんだ?」
『……』
 何をと言われても困る。本当になんとなくなのだ。
 そんな胸中を言葉に出来ないで居たザザだったが、不意にその瞳孔がきゅぅと細められる。
『前方のやつを撃ち抜け』
「前方? あのちっこいのか?」
 クセニアが目を凝らす先にはひょこひょこと歩く小柄な影が一つ。
『あれが俺の懸念の元だ』
「ちっ、気が乗らないな」
 言いながらもザザの声に籠る感情を読み取ったのだろう。
 二丁の拳銃を抜いた彼女はバレルに魔力を注ぎ込み、撃ち放つ。
「これで弱い者いじめなんて言われた日には恨むぜ?」
 言い放った刹那。
 赤い二股の尻尾を揺らす少女の背後に発生したのは2つの文字を浮かべた球体だった。
 それが決して手加減していない魔力の銃弾を呑み込んでしまった。
「っ!?」
『退くぞ』
「って良いのかよ?!」
『今の一撃で気付いただろう』
 誰が、と問い返す前にその攻撃は発生した。
 川面からは水の槍が。地面からはゴーレムが、そして上空からは氷の槍が少女めがけて襲いかかってくる。
 それは誰の目にも圧倒的技量をうかがわせる魔力の一撃だ。
「な、何が起こってやがるんだ?」
『知るか……!』
 ザザはその常軌をいっした戦場から距離を取りながら呻く。
『唯一の幸いは、あれに不意打ちをさせなかった事。
 その一点だ』
 その言葉は正しい。もしも彼女が何食わぬ顔でもう少し先へと向かっていたら。
 この先の戦いは大きく様相を変えていただろう。
「思った以上にとんでもない世界だな」
 クセニアは銃端を握ったままの手で頭を掻き、爆音を背に受けた。

 ◆◇◆◇◆◇

「随分と騒々しくなってきたわね」
 大迷宮都市はまるで祭りのような熱気を帯びている。ひっきりなしに来訪者が行き来し、様々な情報が飛び交っていた。
 とにかく整備を求める声は尽きない。防衛に赴く探索者達も、熱気に冒されたようにわずかな休息をとっては、戦場へと繰り出していた。
 流石にこれでは危ないということで、大迷宮都市の出入り口には緊急で医療系のスタッフが配備され、バイタル監視を行って、ドクターストップを掛けたりしているらしい。
「よぅ。こんなところでやってたのか」
 ふらりと現れた顔を見てKe=iは苦笑を一つ。
「ええ。随分と派手に混乱弾ばらまいてるそうじゃない?」
「敵が多ければ多いほど勝手に同士討ちしてくれるからな。
 良い武器を作ってくれたもんだ」
 エディの言葉にKe=iは笑みを返して「研究者冥利に尽きるけど、戦争の道具を褒められるのは微妙な感覚ね」と言葉を洩らす。
「それで? そちらは何をやっているの?」
「ちょっとこれの処理ができないかと思ってな」
 そう言って取りだしたのは禍々しい石。
「なにそれ?」
「狂った水の精霊の塊だそうだ。これを何とかできる人間が居ないかと思ってな」
 衛星都市に戻ったエディは使える物を駆使して調査したが、これは「そう」としか言えない物だった。どんな高価な壺でも割れてしまえば壺の欠片に過ぎない。そんな雰囲気はあるのだが、そも狂いきってしまったそれをどうと表現すれば良いのかが分からない。
「……んー。そう言うのって神殿とかの仕事じゃない?
 ああ、いや、精霊だから精霊使い?」
「わからん。ユエリアが匙を投げたほどだからな」
「ユエリア……? ああ、衛星都市のフィールドモンスターを倒した生き残りだっけ?」
 それどころか大迷宮都市のフィールドモンスター、巨大ゴーレムとの戦いに参加した猛者である。少しくらい耳が良ければどうしたって聞こえてくる名前だった。
「ああ。しかし神殿か……クロスロードの双子神殿にまで戻るのは面倒だな」
「衛星都市じゃ手が開いている人も居ないでしょうしね」
 ごもっともだ。エディは肩を竦める。
「あたしの知る限り、そういう祓いモノが得意なのは『とらいあんぐる・かーぺんたーず』のルティアさんよ。
 でも、今彼女に会うのは難しいかもね」
「副組合長殿か。……だが、興味を示すかもしれないな」
 聞いた話ではこの大襲撃に対して管理組合の陣頭指揮をを採るのが彼女だと言う。
「とはいえ、興味を示すかもしれん。
 時間が取れれば向かってみる事としよう」
「そう」
「あんたはここに居るのか?」
「ええ。ここで戦おうって人も結構いるみたいだしね。
 今回の防衛線は案外ここになるかもしれないわよ?」
 壁も陣もないこの土地が防衛線に慣れるかどうかと言えば微妙だが、攻性防陣としての性能はピカイチだろう。
「状況に合わせてモグラのように顔を出して叩けるしね。
 駄目だったら息を殺して静かにしてるわよ」
「逃げた方が身のためかもしれないぞ?
 クロスロードに布陣してる連中にとってもな」
「考えておくわ」
 軽くレンチを振る半機械の女性に苦笑を向け、エディは自分の身の振りを考える。
 ともあれ、停滞して居ても無駄だ。遊撃の一つでもこなしてくるか。

 ◆◇◆◇◆◇

「うむむむ……。たしかに、鼻ちょうち……ユイは友達ッスけど……」
 唸りながらもじろじろと細部を眺める。
 一見すれば人間にしか見えないその女性は間違いなく機械だった。肌に継ぎ目も見られず、表情も若干固めとはいえ、アインと比べればそん色はない程度。
 とまぁ、実際クロスロードを歩けばそのレベルのアンドロイドは一人二人見かけるのだが、自らが作り上げた自立型ロボットが「ちょっちゅね」としか喋れない上に、敵味方巻き込んでの大暴れした過去を思えば嫉妬も浮かぶ。
「で、あんた。はなちょ……ユイが作ったんスか?」
「いいえ。私はユイの作品ではありません」
「そーーーっスよね! まっさか、あのすぐ寝るユイがここまでのを作れるはずがないっスよね!
 あの巨大ロボもあんたと同じ作者の物っスね」
「巨大ロボ……? ユグドシラルの事ならばあれはユイが作った物です」
 カッチンとトーマの動きが止まった。
「こ……この孤高の天才ウルトラ発明美少女トーマ”ザ・ジャイアント”リピンスキーが夢に見るクラスの超兵器。あ、あれをユイが作ったと言うっスか?」
「はい。ベースは『重量級砲撃支援機-タイタン』ですが、原型を留めていないですから、ユイの作った物と言って問題ないかと。
 超重量級電子支援機-ユグドシラルはユイの機体です」
「……今何て言ったっスか?」
 エスディオーネが言い放った言葉に物凄い違和感を感じてトーマが問い直す。
「超重量級電子支援機-ユグドシラルです」
「電子支援機?」
「はい」
「あー、専門用語が並び過ぎてわけがわからないんだが。
 もう少し分かる言葉で喋らないか? お前ら」
 マオウ、アイン、トゥタールの三人は魔法よりの世界住人だ。早口で語るトーマの言葉をPBに確認するのでは間に合わず、困惑の表情を浮かべていた。
「あー、なんて言えば良いんスかね……。
 上のロボットなんスけど、電子支援機とかおかしなことを言っているんスよ」
「その電子支援機と言うのは何だ? PBの説明もいまいち分からん」
「高速演算、情報解析、対象機器のクラッキングを主とする攻性戦術機です」
「軍師みたいなものでしょうか?」
 トゥタールの言葉に「近いっスね」とトーマが疲れた表情で頷く。
「っていうか、なんであんなでかさなんスか!?
 超古代の電卓でも積んでるんスか?!」
「サイズはユイの趣味です。大艦巨砲主義と言いますか……何でもかんでも巨大にして色々詰め込むのにこだわっていた時期の作品ですので。
 そこにフェンリルハウルまで増設しているので、出力系も増量していまして……」
「……フェンリルハウル?」
 魔狼の名を聞いてアインが首をかしげる。
「ユグドシラルの肩に増設された砲です。
 正式名称は『仮想銃身展開型超加速電磁砲フェンリルハウル』」
「中二病全開な名前っスね!?」
「……で、それは凄いのか?」
 マオウの即物的な問いにエスディオーネはこくりとうなずき
「威力評価は9S。開発当時は協会がそのあまりの威力に出力制限を強制するほどの代物です。なお、戦術核の威力評価が5Sでした」
「……」
 『戦術核』の説明をPBに聞いた一同が一様に呆れかえった顔をするのも無理は無いだろう。
「この世界のルールに則って現状は威力はかなり減衰はしています」
 それでも先の大襲撃では衛星都市を個で壊滅の危機に晒した巨竜を50km先から一撃で撃退している。
「っと、エスディオーネさん。それならどうしてユイさんはこの危機に……
 現在数多の怪物がこの地へ迫っている中で、あの機械を動かさないのでしょうか?」
「私がここに封じられていたからです。
 この世界に到った時に架せられた枷の一つに、私が演算補助をしなければユグドシラルを十全に動かせないという物があります。
 1分程度であればユイだけでも動かせるかもしれませんが、脳に掛かる負担は莫大ですから、アルカやルティアが止めたのでしょう」
「ということは、あんたが居る時点で巨大人形の駆動は可能だと言うわけだな?」
「ユイがいなければ十全の性能は発揮できませんが」
「なら、早くユイの所に連れていく?」
 アインの言葉にマオウは頷く。
「出られなくなってからじゃ遅いからな」
「いや、それならユイさんの方に来てもらいましょう。
 足の速い人に使いに出てもらった方が早いです。彼女一人でも動かせるならなおさらです」
「……なら、エンジェルウィングス探す」
「郵便屋か。ともあれ、上に戻るとするか。急ぐに越したことはなさそうだ」
 マオウの言葉に皆頷き、大迷宮都市内のエンジェルウィングス支店へと向かうのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「あら? アルカちゃん……よね?」
 クロスロード中心部。いくつかの大きな組織の本部が並ぶ場所でクネスはその姿を視界に納めた。
 いつもの嫌そうな顔でなく、どことなくバツの悪そうな顔にクネスは苦笑を浮かべる。
「アルルムって子は見つかったの?」
「……その事で南砦に行く最中にゃよ。
 あっちでなんか予告したんだって。早く教えてくれれば良かったのに」
「南砦? 確かヨンさんが代理をしてるんでしたっけ?」
「うん。吸血鬼君ってあちしがあの子を送り込んだ世界の出身らしくて、知りあいだったらしいにゃよ」
「あたしが言った事、ちゃんと覚えてるわね?」
 むぅと分かりやすく眉根を寄せる様は、むずがる子供のようでもあった。これがクロスロードの管理組合、その謎と言われ続けて来た副管理組合長の1人と言うのだから笑みも漏れる。
「うちの子は公平よ?」
「可愛い奥さんのひいきくらいしてくれるべきにゃよ」
「あの子も貴方と同じなんでしょ?」
「……あちしが悪かったにゃよ。
 ともかくちゃんと連れてくるにゃよ。あちしだって殺すつもりで造ったわけじゃないにゃ」
 きっぱりと言い放ち、早々に立ち去ろうとした猫娘に巨大な影が掛かったのはその時だった。
「あら、ザザさん?」
 巨獣が非常時とは言え賑わう広場に着地し、近くに居た来訪者が奇異の目を向ける。体長の5mを超える来訪者は基本的に街中で歩きまわることは無い。巨人族や竜族のために用意された地域でのんびりして居るのが普通だ。彼らとしてもミニチュアの町を気を使いながら歩き回るのは気持ち良いものではないのだろう。
「よっと。お前がアルカってやつか?」
 クセニアがザザから飛び降りざまに問う。
「そうにゃよ。いきなり挨拶にゃね」
「いや、ザザの旦那がな。
 おまえのそっくりさんが出たと伝えるんだって言うから」
「南砦?」
「うんにゃ、東のでけえ壁のところだ。何人かが襲いかかってたが」
「アルカちゃん。南砦じゃなかったの?」
 クネスの言葉にしばし考え込んだアルカは「陽動かぁ」と苦笑を洩らした。
「結果的にヨン君がもたもたしてくれたおかげにゃね。
 あちしはそっちに向かうにゃ」
言うなりふらりと酔っ払いのようによろめいたかと思うと、小柄な少女の姿は遥か道の彼方へと遠ざかっていた。
「転移術? 100mの壁とかで使えないんじゃないのか?」
「いえ、兎歩か何かかと思うわ。物理的かつ超常的な技術ね」
 クネスはそう応じながらも視線は南を見つめる。
 あの吸血鬼、随分と混乱しているようだけど、大丈夫かしら?

◆◇◆◇◆◇

 話すべき事は話した。
 その結果は目の前に広がっている。
 管理組合各員はヨンの抱いていた不安を理解したうえで最適を求めて行動を開始して居た。基本的に管理組合はサポートの専門家が多く揃っているのだ。方針さえ決まってしまえばその行動は非常に迅速だった。
「変に背負って逆に迷惑を掛けてしまったようですね」
 独り言を聞いたスタッフが微苦笑を浮かべて職務を続行する。
 とは言え、問題が解決したわけではない。南砦の維持と遊撃隊の支援を継続を決めた以上、アルルムに好き勝手にされるわけにはいかなかった。
「イルフィナさんに出した手紙が戻ってくるのは早くても夕方ですか。
 胃が痛くなりそうですよ」
「ヨン代行。指示通り現有戦力を衛星都市に派遣しました。こちらへの撤退は各自の判断に任せるとしています」
 水際で食い止めるにせよ、クロスロードより遠い水際の方が良いに決まっている。
 列車砲の独壇場になっている線路に列車を走らせ、増員を乗せて大迷宮都市へと向かう光景を見て、彼は困惑を表情の下に隠す。
 打つべき手は打ったと思う。
 そのあとは結果を待つだけ。それが非常に胃に重い。
「早く帰ってきてくれませんかね……ホント」

 彼はまだ知らない。
 彼が最も危険と考えている存在が、その意見を仰いだ先で大騒ぎしていると言う事を。

「代行。怪物おおよそ10万が大迷宮都市の有視界内で観測されたそうです」
 そして知ったところでどうしようもない。
 目先の事を始末してナンボなのだから。
 大迷宮都市を背後に、ターミナル最大の野戦が始まろうとしていた。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
眠気がヤバイ神衣舞です。最近睡眠時間3時間切りそうです。うひぃ。
 さて、随分と長々とやってきました第三次大襲撃も一つの山場を迎えます。
 はたして大迷宮都市の運命は!
 みなさんのリアクション次第ですのでよろしくお願いします。

 もうちょっと執筆速度上がるようにがんがります。(_。。)_
niconico.php
ADMIN