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【inv20】死闘
死闘
(2012/03/27)

「お疲れさまでした。無事あの怪物を倒せたようですね」
「うむ。それよりも状況を説明してくれぃ」
 銀髪の少女のが放つ無感動な言葉にヨンは苦笑を洩らす。
「アルルムさんがここでお祭りをやると言って去って行きました」
 この少女には『アルルム』の名前が通じる事を知っている。ヨンの言葉に少女は訝しげな顔をした。
「何故ぬしに告げてやる必要があったんじゃろうな」
「……え? まぁ、予告状とか好きそうじゃないですか?」
「……普通だったらの」
「え?」
 疑問符を浮かべるヨンだが、それを問いとして放つ前に管理組合員が飛び込んでくる。
「代理、クロスロード東方から爆音と光を観測したそうです!」
「洪水が始まったんですか!?」
「落ち着け。洪水で光が出るものかえ。
 つまるところ、あの猫の言葉は陽動のつもりだったんじゃろう。
 イルフィナたちとやり合っておるようじゃから、大方まごまごして連絡が遅れたと言うところか」
 完璧すぎる推理にヨンはしばし絶句し
「け、結果オーライですよ!」
 と視線をそらしながら言い張る。
「ま、確かにそうじゃな。
 いかにアレでも相手がわるかろうし」
「……ティアロットさんは、アルルムさんが何をしようとしているのか、知っているんですか?」
「知らんよ。この世界で『距離』は絶望的なものじゃて」
 されど、と少女は言う。
「想像には100mの壁も見通す可能性がある。
 なんとなくは推測はついておる。なんとも、子供じみた動機じゃて」
 見た目子供の言葉にヨンは眉根を寄せる。
「だが、原初の感情の一つでもあるのじゃろう。
 それを止めることは難しいからのぅ……」
「???」
 呆れたように見られたヨンは居心地悪そうにして、コホンと咳払い一つ。
「それで、ティアロットさんはどうするんですか?
 セイさんはここに残ってもらうにしても」
「わしは今日は休むよ。明日以降は戦況次第じゃろうな」
 ふわりと甘ロリのレースと銀の髪を躍らせて少女は南を見つめる。
間もなく、第三次大襲撃の最大の戦いが始まろうとしていた。

◆◇◆◇◆◇

「もう一つの塔か。管理組合の連絡は聞いたけどな」
 登頂者同盟の会員は顔を見合わせた。
 有名ながらも不可思議な彼らには2つの側面がある。1つは塔そのものを調査するための研究者組織。もう一つはこの超巨大な塔に魅せられ、タイムアタックや、特殊な登り方を楽しむ者達だ。
 前者にとって後者は邪魔のようにも思えるが、塔の外側に張り付いている扉の調査のフォローや、背負って登るレースに乗じて上に運んでもらうなど、なんだかんだで上手くやっているらしい。
「まぁ、昔からあるはずだとは言われていたけどね。
 だって怪物って来訪者と同じで多種多様だからさ。それに言葉が通じない、食べ物が不要っていう共通性を持っている。我々が言葉を同じにできるという共通性と同じようにね」
「それは理解できるわね」
 クネスは相槌を打って差し出された茶をすする。
「それはそうと、このあたりで怪しい人物を見ることは無いの?」
「そんなのいつもの事だよ。特に研究者連中なんてさも当然のように塔や扉を削ろうとして失敗してやがるからな。
 前に大型重機持ち込もうとして大騒ぎになった事すらある」
「大型重機……それ、扉の園まで壊しちゃわない?」
「いや、まぁ竜が通る道があるくらいだからな。
 ただ、研究者ってのは自分の目的以外の事にとんと無頓着な所は確かにあるが」
 周囲の同盟員が笑い声を上げる。
「まぁ、そういうわけで、怪しいやつなんざごまんと居る。
誰がどうとはわからんさ」
 それもそうよね、とクネスは考えを巡らせる。
「この機に乗じて塔をどうにかしようってのは杞憂だったかしらね」
「どうにかって、怪物でもなければ傷つけることすらできないんだぜ?
 もし傷の一つもつけられるとしたらそいつは怪物に違いないさ」
「何か方法があるとは思わないの?」
「確かにあるかもしれない。でもな、この5年以上、それを覆したヤツはいやしない。
 唯一の実例は最初の大襲撃の時、怪物に扉の園まで踏み込まれ、いくつかの扉が破壊された時だけさ」
「じゃあ、塔の周りはほとんど警備してないのね?」
「そんな事は無いさ」
 男は大げさに身振りをして
「この周りは特に厳重に監視されているよ。
 ほら、見てみな」
 と、指差す先には青いボールがあった。
 街の至る所で見かける掃除兼、案内ロボットとして認識されるセンタ君だ。
「扉の園のセンタ君の量は圧倒的に多い。はじめてこの世界に来た来訪者の案内のためとも思えるが、不審な行動をすればすぐに集まってくるからな」
「そうなんだ……」
 となれば、最早危険人物と認知されているアルルムも容易に動き回る事はできないのかもしれない。なにしろ数が居るし、機械は幻術の類が効きにくい。
「杞憂だったかしらね」
 聞いた話の通りならば、そろそろ怪物の先行集団が大迷宮都市に達するだろうか。

◆◇◆◇◆◇

「よっと」
 ゴーグル越しに広がる一面の荒野。
 そこに数多見える異物を前にして彼はリボルバーの銃口を向けた。
 タイヤの無い車の上とは言え、移動して居る限り揺れるものは揺れる。
 そんな状況でも支援を得意とする身は自身の行動もサポートし
「当たれっ!」
 撃ち放った弾丸は見る間に小さくなり、そしてこちらへと向かってくる怪物の先頭が派手に吹き飛ぶのを見た。
「お見事」
 弾丸寄こしてくる女性を見てゴーグルを挙げた青年は苦笑いを浮かべる。
「撃てば当たる状況だしな」
 リロードして発砲。確かに撃てば当たるが、その先頭を撃ち抜くのと、適当に当たるのとでは意味が違う。先頭が転べば後続も転ぶ。そこには少なからず被害が発生するのだ。場合によっては押しつぶし、殺すことだってできる。
 ただ、この圧倒的な数の前ではスズメの涙の戦果に過ぎない。それでも重ねていく事しかできないのが現状だ。
 大きな兵器は動かす事も難しい。そのまま踏みつぶされる事覚悟に置き去りにするには非常にコストが高く割に合わない。
 そう言う意味ではエディが用いていた迫撃砲あたりは運用方法さえ把握して居れば非常に扱いやすい兵器かもしれない。
 そんな事を考えつつKe=iは車載のガトリングガンに取り付いて、側面に縋ってきたケンタウロス型の怪物をハチの巣にする。
「そっちの方が圧倒的に効率が良くないか?」
 ちょっと物悲しくなりつつある一之瀬にKe=iはそうでもないと首を横に振る。
「集弾性が低いし、無駄弾もばら撒くからあくまで防衛用よ。
 これが有効な距離まで相手を近づけるなんて出来る限りやりたくないわね」
 本来拳銃の有効距離も5〜6m程度なのだが、技術でそれはある程度まで伸ばすことができる。
「そんなものかな……?」
 言いながら次の目標へとシフト。
 それにしても、と彼は思う。的の数が増えている。
 二人は駆動機の荷台に乗って、絶えず移動しながら攻撃を加えている。その全周のどこかに怪物の姿を見つける事が容易くなってきていた。
「怪物の密度が極端に上がってきたわね。退き時かしら?」
「当てやすくて良いじゃないか?」
「囲まれたら終わるわよ」
 それもそうかとバラエティにあふれる怪物を眺める。
「もう地平線が見えなくなってきているわね」
 その全ては怪物の黒い影で常にうごめき続けている。そんな笑えない光景を前にKe=iは考える。
 衛星都市やクロスロードと違い、大迷宮都市はある程度以上に接近されれば迎撃能力の大半を失うことになる。砦が持つ壁というアドバンテージを持っていないからだ。
「クロスロードまで戻った方が良いのかしらね?」
 聞けばかなりの人数が大迷宮都市の周りに布陣し、野戦を繰り広げているというが、足が鈍る集団戦はほとんどできていない。それ故に被害は少ないが、大襲撃と言う集団に対しても決定打は与えきれていなかった。列車砲などの大型兵器も随時運用はされているが、どうしても位置を気にしながらの戦闘となるために効率は悪い。
「しっかし、なるべく見つからないように戦うつもりだったんだけどな」
 一之瀬はそうぼやきながらもそれが無理だということを承知して居る。何一つないこの荒野でどんな隠密が可能と言うのか。それこそ地面の下くらいしか隠れられそうな場所は無い。
「大迷宮都市……。隠れてやり過ごせるのかしらね?」
 来訪者達はまだ、その答えを知らない。

◆◇◆◇◆◇

「エスディオーネ、あたしがこの機械を動かすことはできないっスかねぇ?」
「可能ですが、死にますよ?」
「よし! 可能っスね! 死ぬだけなら……え?」
 さも当然のようにとんでもない事を述べる機械人形にトーマは目を丸くする。
「死ぬって、どういう意味っスか?!」
「そのままの意味です。恐らく耳から鼻から血を吹いて死にます」
「だったら鼻ちょうちんも死ぬじゃないっスか!?
 あんた、鼻ちょうちんを殺すつもりっスか!?」
 鼻ちょうちん……? とほんの少し困惑したように動き、
「ユイの事ですか?
 彼女は特別なのです。脳が」
「あたしだって天才っスよ!」
「そう言う意味ではありません。あなたは機械関係は理解できますよね?」
「もちろんっスよ。天才っスから」
 勢いだけで返事をしているようにも見えるトーマにエスディオーネは淡々と応答する。
「ユイの脳はクロックアップしたCPUのようなものです。
 生まれながらにそうなるようにデザインされ、十全に性能を発揮できるように調整されました」
 食ってかかっていたトーマはぴたりと動きを止めて、しばし黙考。
 そんなけったいな動きも気にせずにエスディオーネは続ける。
「《ブレインアクセラレーター》。体内電流の発電量を強化し、それを用いて脳に走るパルスを強化することで、莫大な演算能力を強いるデザインチャイルド。それがユイという人間です」
「ちょ……それって」
 クロックアップCPUくらいはもちろん分かる。分かると同時にその欠点も彼女には理解できてしまった。
「もしかしてあの鼻ちょうちんがずーっと居眠りしてるのって」
「……そうですか。戻ってしまっているのですね。
 その通りです。彼女自身にも抑えることのできない、あるいは脳を焼くかもしれぬほどのパルスから自身を守るために防衛本能として眠りに落ちて負荷を減らしているのです。
 それが彼女の追わされた代償……、いえ、呪いですね」
 クロックアップCPUには大掛かりな冷却機構が必須だ。でなければ熱暴走を起こしてしまう。それが彼女の眠りの意味。
「このユグドシラルは私の演算と共にユイの脳を使って演算する事が前提になっています。普通の人が使おうとすれば、脳が焼き切れて死ぬ事でしょう」
「……何故そんな機械に乗っているのですか?
 普通に考えればもっとロースペックのものでも充分だし、安全性は高いと思うのですが」
 トゥタールの尤もな疑問に機械人形は頷きを返す。
「理由は2つです。技術者の性と、自己犠牲。
 この機体は己の命を糧にする事を前提に造られたのです」
「自己犠牲か。場合によっては美しいが、お前の主人ではないのか?」
 マオウのコメントに機械人形は表情を動かさぬままに、ただ目を伏した。
「私だって今のユイをそんな機械に乗せるつもりはありません」
 さらりと前言撤回するエスディオーネに二人は言葉を詰まらせる。
「それはもはや過去の話です。
 今のユグドシラルは私の補助演算を前提にして彼女の負荷を大幅に減らす機構になっています。とはいえ、やはりそれなりの素養がなければ、十分も持たないでしょうが」
「……返せば、10分未満は持つっスかね?」
 トーマの問いかけにエスディオーネは訝しげにも見える表情を造った。
「はい、そうなります」
「だったらやっぱり鼻ちょうちんが来るまではあたしがやるっスよ。
 動かなくたっていい。そのフェンリルハウルとやらが撃てるだけで随分じゃないっスか?」
 『再来』を経た者は知っている。
 50km先の衛星都市上空を飛ぶ巨竜をその砲撃が打ち砕いたという事実を。
「……1撃しか撃てませんよ?
 エネルギーが不足しています」
「充分っスよ。それにユイが来れば交代すれば良いだけっス」
「脳に障害が出る可能性を否定できません」
「あたしは天才っス」
 ない胸を張る少女にエスディオーネは緩い笑みを浮かべる。
「わかりました。初期起動もありますし、ユイが間に合わない時にはお手を借りるかもしれません。
 よろしくお願いします」
「そうなると、これの砲撃があることを知らせなければなりませんね」
 確かに、そんな超高火力の砲撃を予告なしにぶっ放せばどれだけの味方を巻き込むかも分かったものでない。
「列車砲の事もありますし、大迷宮都市の指揮官と相談してきましょう」
 トゥタールはそう言って大迷宮都市の方へと戻っていく。
「こちらも情報の伝達をしよう。あるいは撤退もかんがえておかねばならなそうだからな」
 マオウもまたトゥタールに続く。
「じゃあ早速始めるっスよ!」

 遠雷のように響いてくる爆音を背に決戦の準備は進んでいく。

◆◇◆◇◆◇

「思った以上に対応が早いな」
 クロスロードへと帰還したエディは歪みの石を何とかしてもらうべく、ルティアへのアポを取ろうとしていた。
 折しも大襲撃の、その対策の長に会うのは難しいと思っていたのだが、あっさりと通され、応接で茶を前にしている。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、この時分に押し掛けてこちらこそ申し訳ない」
 翼を背負った美しい女性はほんの少し疲れの交じる笑みを浮かべて背もたれの無い椅子へ腰掛けた。
「それで、不思議な物を見つけたと聞きましたが」
「ああ、こいつだ。アンタならどうにかできるんじゃないかと聞いてな」
 机の上にコトリと置かれる水の塊であるはずのもの。
 それを見てまずルティアは眉根を寄せた。
「可哀想。ですね」
 それは嫌悪でなく、漏れた言葉の通りに憐れみと、そしていつくしみの表情。
「水の精霊が歪んで固まった物。そう聞いているが、あんたの見解もおなじかい?」
「はい。しかし歪んでいると言うにはあまりにも恣意的です。
 これは歪んだのではなく、歪まされた物です」
「というと?」
「間違い無くあちら側の代行者の一人、狂人の仕業でしょう。
 貴方が長くこれを持っていなくてよかったです」
 聞き捨てならぬ事を聞いた気がしてエディは視線をあげる。
「これは狂った水であると同時に、原初の混沌です。
 無でもなく有でも無い。その二つが混じり合った、神々が生まれる前の混沌。
 それを無理やり作った物と言う事です」
「……長く持っているとどうなってた?」
「あなたもこれになっていたでしょう。
 あるいは、貴方が世界になっていたかもしれません」
 自分が世界になるという表現が想像の上を行き過ぎてエディは縋るように茶をすすった。
「南方に出たという怪物を食う怪物。それの核がおそらくこれなのでしょう。
 あらゆるものを歪めて己とする。混沌から生まれた者はいずれ混沌に戻る運命を持ちます」
「……つまり、ヤバイものってことか。存在するだけで」
「はい。早々に対策が必要です。
 あるいは、廃棄世界への投棄も考えなくてはならない」
 廃棄世界というのは既に滅んで消え去ってしまった世界の事だ。ほぼすべての廃棄世界への扉は開く事が無いのだが、ごく稀に廃棄世界に繋がる扉が開く事がある。
 それは終わりのあとの始まりの予兆とも、ただの偶然とも言われている。
「原初の混沌に近い廃棄世界であればこれを溶かすことも可能かもしれません」
「……その世界がヤバイことになったりはしないのか?」
「わかりません。できるだけの歪みの除去は行いますが……。
 アルカさんとフィルさんのサポートがあればなんとかなるとは思います」
 救世主と呼ばれるべき4人のうちの3人の力を駆使してもそんなあいまいな答えなのだと気付いてエディは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
「ありがとうございました。これで狂人が活動している事が明確になりました。
 それにもまして、これが放置されていたらとんでもない事になったかもしれません」
「いや、偶然だよ」
「偶然を引き当てるのは良い探索者の資質だそうです」
 やわらかな笑みを向けられ、エディは誤魔化すように肩を竦めるのだった。

◆◇◆◇◆◇

『お前も物好きだな』
「なんだい。アンタだって行くつもりだったんだろ!?」
 ザザの背で叫ぶクセニア。二人が再び向かおうとしているのはクロスロードの東方だ。
『まぁな。だが、あの激闘に飛び込むつもりは正直ない』
「とはいえ、下流側の工事は完了してるし、工事してた連中も撤収したんだろ?
 気兼ねなくやろうじゃないか」
『方策でもあるのか?』
「そういうのは旦那に任せるよ」
 ザザは呆れたように鼻で笑う。
『見えた。気を引き締めろ』
 ザザの言葉に言われるまでもないとクセニアは銃端を握り────
「なっ!?」
 いきなり突っ込んだ霧に目を白黒させる。
「なんだこりゃ!?」
 霧にしてはやけに生ぬるい。これではまるで冷めかけの湯気だ。
『……悪い、今、猛烈に後悔したぞ』
 ザザの不意の言葉に訝しげな顔をして、正面を見たクセニアは全てを理解する。
 霧の向こうに太陽があった。
 日の光にしてはやけに赤々しい───そして猛烈な熱風が言葉の一つも赦さない。
 蒸発している。
 堰き止められてなお莫大な水量を誇るサンロードリバーの表面が沸騰し、水蒸気を挙げている。その全ては霧の向こうの太陽が原因に違いない。
「こりゃあれか……? 最初の大襲撃ん時にどっかの方角で確認されたって言う……!」
『冗談じゃない!』
 それにもまして、付近に居るはずの管理官はどうしたのか?
 まさか、もうすでに干上がっているのだろうか。
「ぐぉ!?」
 突如襲い来るのはスチーム。熱せられた蒸気が皮膚を走り、全身が燃えるように熱くなる。ザザが咄嗟に身を翻さなかったら、クセニアは1度か2度のやけどを負っていたかもしれない。
「って、旦那、大丈夫かよ!?」
『頑丈さには定評があるんでな。と言っても喉が焼けそうだ』
 クセニアにしても袖で口元を押さえるようにしなければ熱気に喉が焼かれそうと感じている。
 煽られるように距離をとる二人は、次いで世界が崩れるような音を聞いた。
「今度はなんだ!?」
『……水、だ』
 言われなくともこれだけの霧が発生しているのだ、水が……
「って、堰が壊れたのか!?」
 その問いにはすぐに回答が示される。空に居て、なお大気まで激震させる水音を受けて二人は熱風の中、それを見た。
 荒れ狂うようにサンロードリバーを走る水。それは撃ちたてられた幾重の防壁をあざ笑うように打ち砕きながら圧倒的な勢いで突き進んでいく。
「あんなのでも砕かれるのかよ!」
『いや、しかし水が少なからず川の外へと流れている。この距離からならばクロスロード傍に造っている治水工事でなんとかなるかもしれん』
 確かに壁にぶち当たった水は川からはじき出されるように広がって、本流を弱めているようだ。
「やぁ、こんなところで観戦とは恐れ入る」
 息を詰まらせ、横を見れば青髪の青年が澄まし顔でザザの背に、クセニアの真横に立っていた。
「誰だ、あんたは」
「イルフィナ・クォンクースと言う。これでも南砦の管理官なんだがね」
『そんな事よりもどうなってるんだ?
 あの太陽は何なんだ?』
「私が聞きたいね」
 イルフィナは大仰に肩を竦める。
「ただ分かるのは、下で笑うしかない戦いが展開しているということ。
 そして我々はまず何よりも被害縮小のための行動を起こすように命じられたというだけさ」
「なんだそりゃ。こっちはエキストラ扱いってことか?」
「……もしそうなら気楽で居られるんだがね」
 イルフィナは険しい表情を下方へと向ける。
「ケルドウム・D・アルカ氏……。副管理組合長でなくとも優秀なエンチャンターを失うわけにはいかないんだが、手が無い。
 彼女は今できないはずの事を無理してやっているようなんだ」
 クロスロードに一旦戻った時に聞いてはいる。かつて救世主と呼ばれ、たった4人で大襲撃を押し返した英雄は、そのほとんどの力を封じられて、自分らとそう大差がないと言う事を。
「できるだけの事はやろうと思うがね。君たちにもちょっと手を貸してもらいたいんだがどうかな?」
「……」
 男は気軽に問うが、気軽に答えて良いかも分からない光景が眼下に広がっている。
 二人はしばしの沈黙の後に、答えを示すのだった。

◆◇◆◇◆◇

 そして、
 クロスロードからでも観測できたその光は、怪物の多くを呑み込み、沈黙した。

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 執筆速度の低下と相まってのんべだらりと続いております。もうしわけない。
 次回かその次が戦闘のラストの予定でお送りします。神衣舞です。
 東の堰はついに決壊。しかし何事も無ければ上流の壁で散らされ、下流の治水対策工事で事なきを得られる見込みです。
 また、トーマが鼻血を吹いたおかげで(笑)一発のフェンリルハウルがぶっぱなされ、怪物の数割を持っていくことに成功しています。
 ただし、大迷宮都市は接敵されると攻防の能力を失うため、探索者にとって籠るかクロスロードに撤退するかの選択を迫られるタイミングとなりました。
 列車砲と混乱弾もかなりの成果を出しているようで、あるいは野戦でも押し返せるかもしれないという雰囲気にはなっています。むろん壁が無い状態での戦闘は一歩間違えば……ですが。
 というわけでラストスパート。
 桜の花が咲く前に(笑)第三次大襲撃の終わりを迎えるべくリアクションをお願いします。
 だって桜の花が咲いたらあれしなきゃいけないもんね!
 PS.かき終わった後にマオウさんのリアクション気づいたので申し訳程度です。申し訳ない
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