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【inv20】死闘
死闘
(2012/01/19)
「もう一杯」
酒場のカウンターで巨漢がバーテンダーに告げる声は重い。
とは言え悲壮とは無縁の、酷く落ち着いた声音である。
「そっちの酒だ」
 親指と人差し指だけで子供の首を絞められそうなほどの大きな手がのっそりと強い酒を指差す。
 やがて、差し出されたグラスを握り、かるく振る。
 扉の向こうにはいつもよりも騒がしい。それもそのはずだ。クロスロード中のPBから突如知らされたのはこの世界で最大級の災厄であろう「大襲撃」を知らせる物だった。
 反応は2種類。戦う意思を見せる者と逃亡しようとする者だ。
 例え戦闘能力が無くとも、補給を担おうと名乗り出る者も少なくない。三度目となる大襲撃に住民はそれなりの慣れを見せているようだ。
 しかし今回に限っては安堵はできないことはよほどの粗忽者でなければ理解していることだろう。
 管理組合は原則情報を秘匿しない。すでに東に作られた堰の事も、南から押し寄せる怪物たちの事も聞いている。そしてその行動が今までとは違い、どこか統率のとれた動きをする可能性もだ。
 そんな基本情報を脳裏に浮かべたザザはぐいと喉を焼くアルコールを飲み干して席を立った。
「行ってくる」
 会計のために差し出した腕にバーテンはちらり視線をやって、小さく首を横に振る。
「御武運を」
「……」
 フと笑ってザザは店を出る。
「さて……」
 そういえばあの吸血鬼がどういう因果か南砦で指揮権を任されたなんていう話も朝の一報に含まれていた。なんというかあの男は管理組合員でもないのに最近この街で可成り名が知れ渡っている気がする。
「……顔を出してみるか」
 呟いて彼は南門へと歩を向けた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「よもや雑兵として大戦をする機会があろうとはな」
 いつもよりも乗車率の高い武装列車から下車したマオウは、吹き付ける寒風に目を細める。
 ここは大迷宮都市。武装列車の中間駅に当たる場所だ。
 彼の目的はここの防衛に当たる事。その前に色々と巡り、ここにやってきたのだ。
「しかし……常識の通じぬところだ」
 何らかの役に立つだろうと色々と助言して回ったが、受け入れられた事は少ない。
 ナニカを木箱に詰め、竜で投下するという案は、ミサイルや長距離砲の方が効率が良いという話だ。ナニカには特に何も考えずに敵へ突っ込んでもらうだけで勝手に踏まれて自爆するのだから、余計な手間を掛けて、なおかつ貴重な戦力である竜族に制空権も得られていない場所へ向かって貰うのは確かにリスクが高い。
 瑠弾やクラスター爆弾などの説明を受けた彼は魔術の使えぬ人間の考える兵器に呆れたものだ。
 また水没対策で水を吸う植物の配備ができないかと問い合わせたのだが、これについては既に動きがあった。
 「森」に生息し、森を管理する主要植物の中にそこらの水を集め、水風船を作る商物があるのだ。それを既に相当数クロスロードに配備できるようにしているらしい。
「興味に尽きんな」
 魔族は己のポテンシャルだけで戦う者が多く、そして力こそが権力である。そこに多少の戦略、戦術はあったとしても、兵器に頼ろうという考えは薄い。己の延長である武具は好んで使うが、銃器や兵器は想像の外の産物だった。
 今も駅から見える50口径はあろう砲台が数人の技術者によって動作チェックを行われている光景が見えた。あれで数秒に一発、中規模魔術級の砲撃を繰り返せるのだからたまったものでない。
 無論全盛期の自分であればそんなの呼吸をするようにやってのけるだろうが、何よりも恐ろしいのはなんの力も持たない子供でも、使い方を教えてもらえば撃ち続けることができる事だろう。あれが10並んで魔王城に砲撃を開始したら、流石に手に負えない。
 が───南から進軍してくる怪物はそれを蚊に刺された程も感じないだろう。
 大群とはそれそのものが脅威だ。あの火砲がどんなに火を吹いても、これから襲い来る怪物の0.1%も削れない。
「さて、俺のできる事をしようか」
 この世界で充分に力を振う事はまだできない。
 だが培ったスキルは別だ。世界を相手に采配を振るった魔王の冴えはどこまで通じるか。楽しみだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「なんていうか、頭がおかしくなりそうね」
 Ke=iは苦笑いと共に周囲を見渡した。
 荒野にいくつもの重機と、来訪者が散らばり作業をしているが、一件彼らがなにをしているのか分からない。というのもスケールが大きすぎてどこからどこまでの作業が終わっているのか見当がつかないのである。
 もちろん作業は着実に進んでいるし、今現在だけでも何もしないのに比べれば格段に被害を減らせる事だろう。
 が、それでも足りない。だから彼らの作業は昼夜を問わず進められている。
 なにしろ水深数百m、川幅4kmというバカげたサイズの川の治水工事である。惜しみなく技術を投入してもわずか数日でけりがつく道理が無い。
「調子はどうだい?」
 と、不意に向けられた言葉にKe=iがいぶかしげな視線を向けると、そこには一人の青年が周囲を見渡していた。
 特徴的な青髪にやや首をかしげていると
『南砦管理官、イルフィナ=クオンクースです』
 PBからの言葉に「ああ」と言葉を洩らす。
「……って大襲撃の連絡があったのに、こんなところで何をしているわけ?」
「水害対策だよ。なに、砦はしかるべき人に任せて来た。今の状況では私達がここに居るほうが問題に対処しやすいからね」
 迷う事もなく返される言葉にKe=iはいぶかしげな表情を向けるが、対する管理官はどこ吹く風だ。
「……予定通りには進めてるわ。でもいつ水が押し寄せてくるか分からないから、何とも言えないのよね」
「……いや、充分でないかもしれないけれども、大したものだよ。
 なんとかできそうだ」
「そうなる事を祈っているわ」
「我々の町をみすみす壊させやしないさ。
 とは言え、私がなんとかできるわけでもないのだけどね」
 苦笑して彼はゆっくりと歩き出す。
 その先には青銅色の髪の少女が無感情な視線をこちらに投げてよこしている。
「……大襲撃、ね」
 南からの脅威も確実に迫っている。
 一体どうなるのだろうかとKe=iはほんの少しだけ瞼を閉じて思考を巡らせた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「あー、ええとですね」
 というわけで、ヨンはどうしたものかと思っていた。
「とにかく使える物は使いましょう。施術院、大図書館、エンジェルウィングとの連携はどうですか?」
「既にエンジェルウィングスは独自に補給網を形成中。担当スタッフが連携の打ち合わせを開始しています。施術院も各メンバーをそれぞれの拠点に振り分けています」
「そうですか」
 何もしない管理組合だが、こうした動きは早くて確実だ。うんうんと頷きを返す。
「それはそうと」
 と、視線を向けた先には、情け容赦なく居眠りをしている青年の姿がある。
「……」
「ああ、セイ管理官はだいたいこんな感じなのでお気になさらず」
 管理組合員の情け容赦ないフォロー?にヨンは「はぁ」とから返事を返すしかない。
「……ともあれ、遊撃、防衛任務につく人たちは確実に3人以上のパーティを組ませてください。それから私が見た怪物にはむやみに近付かないように。
 発見次第セイ管理官に向かって貰います」
 彼は単体への攻撃力だけはずば抜けていると言っていた。その言葉を信じるほかない。
「……それから、砦内の警備も怠らないようにお願いします」
 その言葉にはさしもの管理組合員も怪訝そうな顔を見せる。それはそうだろうと苦笑をにじませ
「念のためです。ピリピリして喧嘩したり、火事場泥棒されても困りますからね」
「……わかりました」
 一通りの指示を終えてヨンはふとクロスロードの方向を仰ぎ見る。
 今出した指示の本当の意味。
 願わくばそれが杞憂であってほしいと思いながら。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「あら、アインさんは外に行くの?」
 南門へ向かう彼女に聞き覚えのある声が振りかかる。
「……クネスさん?」
「こんにちは」
 ぺこりと応じるように頭を下げる。
「遊撃に志願する……。今の活動地点、衛星都市周辺だから」
「そう……気をつけてね」
「クネスさんは?」
「……ちょっと、ね」
 そう言って彼女は数秒の間を置いて
「クロスロードに残ろうと思うわ。
 ここだって最後には防衛ラインになるしね」
「……うん」
 アインの瞳には揺らぎがあった。それはクネスがここに残る理由を計りかねているということ。
「……ねえ、アインさん」
「……なに?」
 クネスはもう一度、数秒の間を置いて、やや苦笑をにじませた言葉を作る。
「来訪者でありながら、『怪物』って存在、居ると思うかしら?」
「……??」
 考えもしなかった単語にアインは疑問符を浮かべる。
「……怪物になれるの?」
「分からないわ。でもそう言うこともあるのかなってね」
「……だとしたら危険。『扉』を壊せるかもしれない」
「そうね。ああ、ヨタ話だから気にしないで」
「……」
 と言われても、気にしないというのは難しい言葉にアインは戸惑うが、やがて諦めたかのように「じゃあ、行ってきます」と背を向ける。
「うん、行ってらっしゃい」
 そうやって、アインの背を見送ったクネスは自分も振り返り、そして道の真ん中に立つ若草色の少女を見止めた。
「……さっすがにゃね。その可能性に気づいちゃったんだ」
「……『猫』さんの方ね。
 貴方は何をするつもりなの?」
「にふ」
 屈託のない笑み。それはすぐに影を纏って言葉を伴う。
「楽しそうな事にゃよ。
 いっつしょうたーいむ。さぁ、地獄を始めようじゃない?」
 と、とクネスが地を蹴る。一瞬で間を詰めたはずなのに『猫』の姿はそこになく、背後からののんびりした声があざ笑う。
「あちしを止めたい?」
「何をするかも知らないのに答えようが無いわ」
「予想はしてるんじゃないの?」
「……止めたいと行ったら?」
「止めてみたら? にふ。あちしを止められるんならね」
 そうして姿はもう追えない。
 幻のように雑踏に消えてしまっていた。
「……はぁ。まったく、あの子は何なのかしらね」
 その疑問に応じる言葉は振ってこない。

 三度目の大襲撃はこうして静かな幕開けを迎えるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
にゃふ。神衣舞です。
さて今回はプロローグ的な感じで進めましたが、次回はついに衛星都市が戦闘に突入します。また東では……
それではターミナルの大災害。皆さまの活躍を期待しています。
死闘
(2012/01/29)

「あの子に会ったわよ?」
 ふらり、店に現れたクネスを若葉色の瞳が捕える。
「説明してもらえるかしら?
 あの似過ぎるほどの彼女の事を」
 カウンターの向こうで頬杖ついていた猫娘は小さくため息。
 クネスは腰に手を当てたまま有無を言わさぬ笑みでそんな少女へと告げる。
「家族会議と行きましょうか。うちの子も交えてね?」

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

『このあたりか』
 巨獣の体躯を現し、低空を滑るように飛ぶザザは口の中で言葉を転がす。
 共食いをする怪物。その情報を確かめるのがその主目的だ。それなりの巨体を有すると言うそれを見た者は今のところヨン以外に居ないが、彼が嘘をつく必要は全くなく、また、それなりに場数を踏んでいる彼が単なるパニックでの見間違いを力説するというのもなかなかに妖しい。
 では本当に存在するのか。
 それを証明する方法は単純だ。見つければ良い。
『……それにしても』
 やや呆れ気味に喉を鳴らす。彼の背に座っているであろう人間種は随分前からほとんど動いていない。最初は色々とやかましかったのだが、「飽きた」の一言からずっと静かなままなのだ。
『……』
 随分な速度で飛んでいるため、寝ていれば振り落とされそうなものだが、ずれ一つなく、しかも体毛を掴んでいる様子もない。
 彼の背に居る者。それは管理組合の上位者では珍しく名の知られた4人のうちの1人。西砦管理官、セイ・アレイだ。
 見た目は端的に「若者」。ややいかつい槍を持っている事を除けばラフなファッションといい、赤毛といい、ちょっとワルぶった青年という雰囲気がある。
 喋りは軽く、文句も多い。とてもではないが彼と面会した者は彼が『管理官』という立場にある事を納得しないだろう。そんな人物だった。
 現にザザも「大丈夫か?」という疑念が胸中を渦巻くが、自分の背に体術一つで乗り続けているとするならば、少なくとも実力はそれ相応の物があるのだろう。
 ───と、不意にトツトツと背を石突らしきもので突かれた。
『どうした?』
 会話をするために速度を緩めると、セイは未だ飛行中という状況にも関わらず、肩まで歩き、耳元に怒鳴る。
「風上だ。そっちから嫌なにおいがする」
 眉根を寄せて鼻を利かせてみるが特にそれという感覚はない。獣の姿を取れば相応の感覚はあるはずなのだが、それ以上の感覚器を有しているのだろうか。
 ともあれ方針じゃはないのだから逆らう必要もない。
 進路風上に向けて4、5分経過したか。不意にその視界の先にぼんやりとシルエットが浮かび

「避けろ!」

 咄嗟に身をひねる。その瞬間、左肩をえぐるようにして何かが疾走し、刹那の間に引き戻っていくのを見る。
『手……か?!』
 かすかに見えたその先端はまさしく手のそれを形作っていた。
 ただサイズがおかしい。人間種から見れば見上げるほどの怪物であるザザが下手すればその中に握られそうなサイズなのだ。
「でけえな。というか、予想以上にスゲぇな」
 手の戻っていく先。その方向がやや斜め下であった事にザザは息を飲む。
『まさか、もう……』
「おう、真下はあいつの体だ」
 とすれば、一体どれほどのサイズがあるというのか。体長100mでは済まない。キロには届かないと思いたいが、あってもおかしくないと感じる。
『だが、ヨンは人型だと……』
「たしか、ある程度以上の大きさになると、人型って維持できないんじゃなかったっけか?
 前に超でかいロボット作ろうぜって言ったらそんな事言われたけど」
 地球系世界とほぼ同等の物理法則を有するターミナルでは、確かに金属の塊でも人型を保つには基本的には10mを超えると膝関節あたりが怪しくなる。
 竜族やザザのように元より巨体を誇っている種は元の世界での性質を維持するため、その楔を断ち切ってはいるらしい。
「こりゃもはや沼だなぁ。触りたくねえ」
 同感だ。と、同時に呆れ以外の思考が回ってこない。
『どうするんだ?』
「吹き飛ばすしかないだろうな。やっては見るけど、全部やれるかはわかんねぇ」
 ……
『は?』
「は? って何だよ。
 あんたが聞いてきたんだろ?」
『……いや、そうだが……
 こんなバカでかいものをどうすると言うんだ?』
「まぁ、これでも単体っぽいからなぁ。
 だったらこの世界特有の裏ワザ的なものでなんとかできそうなんだよな」
 なんとも曖昧な口ぶり。それでもできそうと思える思考が理解できない。
「あの辺りに降りてくれないか?
 とりあえず削れるだけ削るわ」
 確かに指し示す先では少しだけ大地が下がっている。いや、あれが正しい高さなのだろう。
 若干の余裕を持って着地したザザからセイは飛び降りて、それからくるりと槍を回した。
「これ、まだ慣れないんだけどなぁ。 まぁ、いいか」
 構える先は広大に広がる、一見地面と見分けのつかないような怪物の沼。よくよく目を凝らせばそこに数多の生物がうごめいているような模様を見とってザザは眩暈を覚えた。
「それじゃ、やるぜ」

 力の風が吹いた。

 槍の各部が展開し、薄い光を発し始めると、ざわりと沼が反応を開始する。
 喉を絞められるような緊張感。迫りくる何かを感じて後ろに下がろうとするザザだが、セイは気にする事無く、槍を引いた。

 一直線に迫りくるのは先ほどの手。
 巨大な手が握りつぶそうと言う勢いで、一気に目前まで迫り───

「ハッ」

 あまりにも小さな声に伴うのは呆れるしかない力の本流。
 迫りくる手が、目の前に広がる広大すぎる沼が、力を津波のようにその身に走らせ────

 見渡す限りの場所が盛大に弾けるのをザザは見る。

「……あー、駄目か。悪い、撤退しよう」
「……何をやったんだ?」
「何って、ただ一撃を加えただけさ」
 俊敏な動きでザザの背に乗ると、「早く戻ろうぜ」と言い放ってどかりと座った。
「倒したのか?」
「駄目だった。半分くらいは吹き飛ばせるかと思ったんだが、でかくなりすぎたな。
 これ、一日に一回くらいしか打てないから、もう手がねえんだよ」
 べちゃりと何かが地面にたたきつけられた。
 それは吹き飛ばされた沼の一部。そこから何らかの動物の前足らしきものが生え出して、ぴくぴくと動く。
 他の欠片も同様だ。元の形を思い出したかのように形状を取り直し、やがて死滅していく。
「少しずつ削るしかないけど、時間あるのかね……」
「……何回繰り返せばできる?」
「今の大きさから戻らなければあと2度ほどで。
 でもあいつ、またどんだけ大きくなるか分かったもんじゃないぞ」
 確かにその通りだ。
「……つーか、あれ、大襲撃呑み込んだらどうなるんだろうな?」
 何気ないように言うが、ザザの脳裏にはその最悪の光景が浮かんで大きく身震いするしかなかった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 大迷宮都市で行われているのは主に地下一階層天井、つまり地表を強化する作業だった。
 この都市の主な部分は地下一階層に展開しているが、地下一階層の完全制覇前に作られた簡易都市分と、そのあとに出来た武装列車駅周辺に広がる商店街にも人は住み、売り買いを行っている。
 ラビリンス商業組合はこの地表部の店舗については防御しない事を明言していた。そうするためには大した防衛設備の無い地表部にクロスロード並みの防壁を組み立てなければならなくなる。管理組合から独立し、独自のルールを持って行政を行っている大迷宮都市としてはアースの手を借りるのは貸しを作る事になるので避けたいところだし、そんな大仰な防壁を構築したところで、防衛の手が足りるかどうかは微妙。つまりは採算が合わないシロモノだった。
 故に大迷宮都市周辺にはいくつかのトーチカと見張り塔が設置されており、機銃やミサイルポットが展開しているという状況だった。
 駅周辺部には申し訳程度に防壁を用意しているが、それこと巨人種や竜種の攻撃に耐えられるかどうかはかなり微妙だ。
 一方でいくつかの連絡通路や抜け穴が用意され始めている。これはモグラのように顔を出して砲撃できる場所であると同時にわざと進行させるための通路だった。
 下手に入口が無いと破壊を試みるだろうが、入口があればそこから潜り込んでくる。そして決まったポイントで駆除する仕組みである。
 再来の際にはこれの試作がいくらかの戦果を挙げている。
「それんしても、ロボット……金属のからくりか。人が作ったなどと、にわかに信じがたいな」
 見上げるのは巨大な人型。体長二十メートルという金属の塊である。
 最初の大襲撃を退けた「救世主」の1人(?)と目され、再来では空より舞い降りた巨竜を数十キロ先からの砲撃で撃ち落としたと言う。
「これ、動くのか?」
 近くに居たドワーフに何気なく尋ねると、ドワーフは肩を竦めた。
「動かないな。というか、動かし方も内部構造もさっぱりわからん」
「……でも動いたんだろ?」
「ああ。なんでも管理組合の一部は動かし方を知っているらしいんだが……
 先の大襲撃で一発撃ったらまた故障したと言っているらしい」
「管理組合がか?」
「ああ。詳細はわからんが、以来まともに起動したって話も聞かない。
 だから動かす事すらできんのよ」
 ふむと眉根を寄せる。外面だけ見ればかなり綺麗になっている。とすると、中身が壊れているということか。
「しかしこれだけ多くの世界の技術者が居るんだ。
 扱えるやつは1人、2人居るだろうに」
「そうなんだがなぁ……噂によると、ラビリンス商業組合が内密に修理しようともしたらしいんだがな。科学が発展した世界の技師が全員匙を投げたとか」
「……そんなことがあり得るのか?」
「ありえるだろうな。世界特有の理論で構築されていた場合、科学者ってのは推測ができないもんだ。1+1が2にならない世界の計算問題を解かされているようなもんさ」
 なるほどとうなずく。魔術の世界に措いてはそう珍しくない事例だ。固有魔法と言って自分という基本公式を使ったオリジナル魔法を構築した場合、それは他人にはそのまま使えない物となる。まさに自分の1+1は他人の1+1と答えが違うという事だ。
「とはいえ、科学世界系じゃ珍しい事らしいがな。エネルギーや金属については世界固有の物は多いが、配線や構造ってのは物理法則に準じるからなかなか差が無いらしい。
 あって重力や比重の計算違いでサイズや強度計算をトチるくらいなもんだ」
「つまり不可解ではあるのだな」
「これが伝説の救世主様なら総力を挙げてでも復帰させるはずだろ?
 少なくとも衛星都市壊滅を水際で食い止めた火力は実証済み。これを放置している理由がさっぱりわからんからな」
「……実は修理はとっくに終わっているが、動かせない理由がある、とか?
 エネルギーコアを抜かれているとか……」
「ああ、確かにその可能性はあるなぁ。
 しかし、管理組合が見つけられんとなると、今回の戦いにはこいつがただの置きものでしかないか」
 なにしろこの巨体である。総重量も40t近くあるだろう。結構な出力を有する武装列車でもこれを移動させるのはそのサイズと相まって困難だろう。
「これが動けば状況もかなり好転するのだろうがな」
 今のところマオウにはその手掛かりはない。
 ドワーフに礼を言った彼は、商業組合と話をするために、大迷宮都市へと足を進めるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「随分と進んだわね」
 冬真っ盛りなのだが、動き回り熱を発する重機のせいでほのかに暖かいクロスロード東側作業場でKe=iは周囲を見渡した。
 今か今かと怯えながらの作業も終わりが見えて来た。
 これで水を完全に防げるかと言われれば後は結果を待つしかないが、それなりの効果は見込めるだろう。少なくとも計算の上では防壁を壊されるまでには至らないはずだ。
「……でも……」
 そこまでに至って思う事がある。
 警戒はこのまま続けなければならないだろう。しかしどれだけの人数がここに待機して置かねばならないか。
 サンロードリバーに堰を造るほどの数の怪物が川上に居ると言う事自体脅威なのだが、いつ来るかもしれないそれをただ待つだけでは死兵となってしまう。
 大迷宮都市や衛星都市も少なからず防備の増強をしたいだろうが、そのための人員が大多数集まっているのだ。
 この際治水工事を可能な限り拡張したいという意図ももちろんあるが、悠長な状況でもない。それに堰となっている怪物が生きているか死んでいるかも問題だ。もし生きて活動するのであれば、クロスロードはあっという間に数万の怪物に接敵されることとなる。
 振り返り、クロスロードを見やる。
 恐らく管理組合本部では軍事関係のスキルを持つ者達が集まり、戦略会議に明け暮れているのだろう。しかしその中の一体何人が、ケタを間違えたような敵と、レベルが一定しない技術力の味方を有して戦った事があるだろうか。
「逃げ出したい気持ちも分かるわね。扉の向こうに行ってしまえばもう知った事じゃないもの」
 口に出してみても苦笑でしかない。もちろんそんなつもりはないのだ。
「とにかく、できることはやってしまわないと。
 あとで後悔するのだけは勘弁だわ」
 自分に言い聞かせるようにして、Ke=iは作業へと戻ろうとする。
「おう、やっとるか?」
 と、不意に声をかけられてそちらを見れば、ドワーフの爺さんが近づいてきていた。
「あれ? ドゥゲストさん。どうしたの?」
「いや、ちょっとお前さんの意見を聞きたくてな。
 なんでもあの列車砲の弾丸に混乱の魔術付与ができんかという提案があったんじゃが、わしの近くに居る技術者は魔術と科学の混合技術に疎い。相談相手がおらなんでな」
「それであたし?」
「色々と研究して追ったじゃろ?
 技術的には可能じゃが、運用となると同じ知識を持った者がおらんと話にならんというのでは困るからな」
「んー。詳しい話教えて」
「おう。なんでも衛星都市まで持ちだす案もあるらしいから急がんとな」
 先ほど口にした言葉を再び胸中で繰り返す。
 今はやれる事をやり遂げよう。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……あ、エディさん?」
 衛星都市の一角で声を掛けて来たのは黒ずくめの少女。
「ん? ……アインとか言ったか?」
 その言葉にこっくりとうなずいたアインはややあって小首を傾げた。
「遊撃に来たの?」
「いや、その前に色々やる事があってな。
 さっき衛星都市まで来たところだ」
 思い返せばヨンに金を借りて、その金でシュテンへと酒樽を送り、それから列車砲についての調査やロボの輸送などの提言をしてここまでやってきた。
 列車砲については未だに管轄が不明だが、ドゥゲストが主に動いているらしく、しかもまだ調整中だということですぐにこちらに来ると言う事はなさそうだ。
 場合によっては東側まで線路を伸ばし、堰の破壊を行うと言う案もあるらしく、大襲撃本番までに衛星都市に来るかは微妙なところだった。
「そう。……そう言う難しい事は出来る人に任せる」
 一方のアインは相変わらず遊撃任務に就いていた。
「調子はどうだ?」
「日に日に遭遇数が増えてくる……。
 撤退するチームも居るみたい」
「なるほどな」
 一度は『再来』を跳ね返した衛星都市だが、その防衛能力はクロスロードとは比較にならない。水源こそあるが、食糧自給も弾薬供給もままならないため、一度籠城戦となってしまっては逃げる事すら叶わなくなるのがこの場所だ。
 既に多くの戦術にこの衛星都市放棄の案が挙がっているが、一方でここが再び怪物化することを危惧する声もある。
「俺も一通りの事が住んだら防衛に回るつもりだがな。
 ……もっとも、撤退戦になると踏んではいるが」
「……」
 否定する言葉は発せられず、アインはやや間を置いて「そう」とだけ応じる。
「今回はとにかく気味が悪い。あるいは内部工作による破壊活動すら想定しなきゃならん。準備をするに越したことはない。
 とはいえ、それすらもままならんのだが」
 実際やろうとした事の半分くらいは空ぶりに終わっている。
 アルカは不在だったし、巨大ロボも搬送の目途は立ちそうにない。そも、ラビリンス商業組合があまり協力的でないように思えた。もしかすれば決戦戦力になる存在をみすみす引っ張られるのを嫌がっているとも思えた。
「……早めに引くのは正解と思う。
 防衛する人、すっごく少ない」
 すでに衛星都市が生まれて3年が経過している。ここに居付く者も多く、人通りはそこそこあったこの街はどこか歯抜けたような雰囲気がある。
「クロスロードや、衛星都市が防衛線になるような空気だな」
「……うん。だから無理はしない」
 自分に言い聞かせるような言葉に「それでいい」とエディは頷いて、不意に響き渡った放送の声に耳を傾ける。

『衛星都市の皆さまに管理組合よりお知らせします。
 第三次大襲撃の衛星都市襲来予測は10日後となります。
 先陣のおおよそ7日後、以降の撤退は困難となりますのでご注意ください。
 管理組合の現方針としては、7日までに武装列車による疎開支援を行います。9日後に全撤収を予定しますので、ご了承ください』

 ぶつんと切れた音。
 ややあってささやかれる言葉には憤りも少なくない。
「捨てるのか……」
「……仕方ない、かも」
 先の再来では無茶を承知で多くの探索者が衛星都市に集結し、怪物を押し返す事に成功している。しかしその被害は決して安くはなく、今でも無茶な戦いだったという声は絶えない。
「……クロスロードの方が安全に戦える。
 それは間違いない」
「比較すりゃぁな。だが、今回ばかりはどうだか」
 戦力はあからさまに分散している。クロスロードの防衛、東の堰への対処、大迷宮都市、そして衛星都市。
 数では圧倒的に不利な来訪者達にとって、これは危惧すべき状況ではないだろうか。
「……とはいえ、原則各個人の自由だからな。管理組合とて無理強いはできないのだからどうしようもない。
 俺たちは為すべき事を為すだけだ」
 こっくりとアインは頷き、そしてまたと呟いてそれぞれの役目へと戻っていった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「……はぁ」
 立て続けの来客と、無茶な要求を思い返してヨンは重いため息をついた。
 なし崩しに押しつけられた南砦管理官という職務。実質は他の管理組合職員が業務を執り行うため、拘束時間が多いわけではないが、彼らには判断しかねる難しい戦術的、戦略的提案への対応が次々と舞い込んでいる。
「ザザさん達大丈夫ですかね」
 まず何よりも心配なのはそこだ。
 セイ・アレイ。西砦管理官を伴っての威力偵察の結果はまだ届かない。同じ物を見たという報告が未だに無いという不安と同時に、遊撃に出ているチームが帰還しないという報告が舞い込んできている。
「……ともあれ悩んでも仕方ありませんね。彼らを信じるだけです」
 呟いて書いていた物を見返す。
 それからそれを封筒に入れ、管理組合員に送付を依頼する。
 手紙は2通。1つは自身が組織したHOCへの通達文、もう一つは律法の翼へのものだ。とは言えこれは檄文で、中身はほとんど無いに等しい。力を示したい律法の翼はこんな事をしなくとも勝手に動くだろうが、それでも自分らの存在を示しておく必要はある。
 それと同時に可能であれば情報収集をしておきたかった。何よりも気になるのは壁の内側での混乱だ。他の者もそれを気にして動いているようだが、実際は雲をつかむような話で、無駄足に過ぎないかもしれない。
「……でもやらないよりマシですね」
「失礼します」
 亜竜人種の男が一礼して部屋に入ってくる。
「管理組合本部よりの通達です。
 現時点で管理組合は衛星都市を破棄する事を前提に行動を行う。
 従って武装鉄道による衛星都市からの避難活動を密にし、南砦でも一定数の戦力を収容するようにと」
「……となると、最前線は大迷宮都市……あるいはここになるわけですか」
 衛星都市を捨てるという案に思うところはあるが、力が伴わない判断は被害を拡大するだけだ。
「私なんかが事を決めて良いのでしょうかね」
 自嘲の言葉を紡いだ彼に亜竜人は言葉を返さない。彼らもどうして部外者がその席に座っているのか、未だに理解できないのだろう。
「今は貴方が司令官です」
 ややあって返された言葉にヨンはゆっくりとうなずいた。
「私もやれることはやります。
 無為な犠牲は望むところではありませんしね」
 そのためにも────
 自分がやっておかなくてはならない事とは何か。
 その思考を反芻しながらヨンは案件をさばいていく。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「で、アルカちゃん?
 あの子は何者なの?」
 ケイオスタウンの一角、とある家に4人が卓を囲んでいた。
 クネスとアルカ、それから引っ張ってこられたルティアと、もう一人。
「アルカさん?」
 物静かな黒衣の男。エンドネル・デークネスが気遣うような声を掛ける。
「別にもう隠すつもりもないにゃよ。ルーちゃんにも聞いといて欲しかったから連れて来たしね」
 とは言え、未だに気の乗らない風に彼女は応じる。
「あの子を作ったのはあちしにゃよ。
 あの子はあちしのクローン。基本性能はほぼ同じにゃよ」
「どうしてそんな物を?」
 クネスの問いかけ。猫娘は目を閉じて一度エンドを見た。
「疑問があったから、かな」
 やがて零れた言葉はあいまいなもの。
「あちしってさ、自分で言うのもなんだけど、数奇な人生やってるじゃん?」
 おどけるような言葉への反応は薄い。それに苦笑し
「でね。あちしってばそういう要素が無かったら、どうなってたんだろうってちょっと考えちゃったわけよ。んで記憶を消したあちしを作って有る世界に放り込んだの。
 そのあちしがどうなるかを見るために」
 普通ではない思考。しかしそれは魔術師としての本質である探究の一つだ。それを理解するからか、クネスは何も言わずに先を待った。
「で、まぁ、それが事故ちゃってね。あの子はあちしの記憶を取り戻してしまった。
 それでも一旦はなんか納得してその世界で暮らしてたみたいなんだけどね」
「この世界に?」
「着ちゃったみたい。あっちの世界で何があったのかは最後のログを手に入れられなかったから分かんないんだけどね。
 その世界であの子と関わりのあった人物を2人ばかりこっちに送り込んできたついでに居付いたっぽいんにゃよね」
「で、恨まれている理由は?」
 クネスの鋭い視線にしばらく応じ、それを隣へと移す。
「……?」
 どうしてこちらを見たのかが分からなかったらしいエンドを見て、クネスが苦笑を洩らす。
「その耳としっぽは後天的なものなんでしょ?
それにしては猫よねぇ。貴女」
「ふん。
でも、あちしでもそうしかねないかなぁって思うところはあるから、どうにもこうにもね」
「で、その彼女はどうして『怪物』としての特性を持っているわけ?」
 その問いに真っ先に反応したのは居心地悪そうにしていたルティアだった。
「知っているのね?」
「もう新暦4年なんだよねぇ……」
 窓の外を見るようにして、アルカは呟く。
「そろそろ、少しずつ公開していく時期かもしれないにゃよ」
「でも、アルカさん……!」
「危険ってことは分かるんにゃけどね。
 でも、ほら……永遠に秘密にするつもりもあちしらにはなかったはずにゃよ?」
 翼の少女はきゅっと唇を結び、ややあって小さくうなずいた。
 それを見てアルカは言う。
「『扉の塔』が地球系世界の神話を元に『バブ・イルの塔』って呼ばれてるのは知ってるにゃね?
 その神話だと、神が怒ってその塔を壊し、塔を作ってた連中が協力できなくなるように、言葉をばらばらに分けてしまったらしいにゃ」
「……それを転じて、塔は言葉を統一する機能があるって事よね?」
「うん。じゃあもう一つ塔があったら?」
 それは昔からクロスロードにある予想だ。
「つまりそれは、『怪物』の扉の塔がある、という意味ですか?」
 エンドの言葉にアルカは頷く。
「ここから南に300kmくらいかな?
 そこに一つの壊れた塔が建っているにゃ。それがクロスロードに最も近い別の『扉の塔』。そして『怪物』を吐き出す場所にゃよ」
「……それで? それとあの子がどう関係するの?」
「単純な話にゃよ。来訪者としてこの世界に訪れ、『怪物の扉の塔』をくぐれば、その者は
2つの特性を得てしまう」
「……あの子が最初じゃないのね?」
「あちしらの知る限りあと4人。もう5年以上も前になるんだねぇ。
 そいつらはあちしらが封じたんだけどね……。あの子が来て、新たにその工程を経てしまった事、あと封印を維持していた力の一部を掛けさせてしまったために、そのうちの一人が出てきちゃったっぽいんにゃよね」
「……それが今回、『怪物』たちが理性的に動いている理由ってこと?」
「多分ね。さて、どーしようか、るーちゃん。
 あちしらもそろそろ次の段階に踏み出す決意、しとかないとかもよ?」
 どこか力の無い笑みを浮かべる若草色の髪の少女に、銀の髪の女性は戸惑うような視線を向ける。

 時代は次のステップへと。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
前回「次回はついに衛星都市が戦闘に入ります!」と言ったな。あれは嘘だ!
さーせん、ガチで忘れてました。神衣舞です。
 とは言え、まだみなさん色々と準備していましたのでそこらへん処理してたら戦闘にならなく……w
 まぁ次回は戦端開きますけどね。居場所にはご注意ください。
 というわけで次回もリアクションよろしゅうに。
死闘
(2012/02/09)

 絶え間ない砲火の音が世界を埋め尽くしていた。
 衛星都市。
 それはターミナルの地に降り立った来訪者が、初めて自らの手で作り上げた都市。
 美しいオアシスを中央に抱き、南への探索の足がかりとなっていた場所。
 『再来』と呼ばれる二度目の大襲撃を退けたその町は、消滅を目前としていた。

 後先考えぬ大盤振る舞いの砲撃か、迫りくる怪物へと降り注ぐ。
 その半分くらいはかすりもしていないが、誰も気にしない。慎重に使ったところで余るだけ。そして余った砲弾を持ちかえる余裕などこの場にはない。
 使いつぶす事を前提に、さらには足止めの意味をも込めて砲弾をばらまいていく。
 こと安定した威力と連射性という面では兵器は魔術に大きく勝る。衛星都市に数多装備された火砲はその身が赤熱することも厭わずに弾丸を吐き出していく。
「これでまだ先鋒とは、気が滅入るな」
 ぼやいて砲撃。エディの前に鎮座する砲塔が轟音を挙げて瑠弾を吐き出した。
 155mm口径から放たれる瑠弾は2Km先まで届き、迫りくる怪物を軒並み貫いている。
 サポートするのはマッチョ軍団。重火器を背負って荒野を駆け巡る熱い男達だ。
 彼らはエディの持ちこんだ榴弾砲を見るや無駄に白い歯を光らせてサムズアップすると、何も言う必要無く手伝い始めた。無論彼らのうち、長距離砲撃が可能な装備を持つ連中は情け容赦なくそれをばらまいている最中である。
「牽引砲とは面白い物を持ちこんだものだな。
 これなら確かに武装列車でも持ってこれる」
 サブリーダー格の男が良い笑顔で腕を組む。
「まぁな。多少なりとも役に立って何よりだ。
 とは言え、衛星都市にここまでの装備が整っていたとは思わなかった」
 その会話も彼らから貸与された無線越しである。というのもヘッドホンで耳を保護していなければ耳が馬鹿になること間違いなしの大音響。至る所に備え付けられた迫撃砲が次々に弾丸を吐き出して、荒野を土煙で埋め尽くし続けていた。
それだけではない。まるで兵器の見本市かのように、あらん限りのうなりを挙げて兵器群がその猛威を奮っていた。
「当然と言えよう。どう考えても次の大襲撃が起こればここは最前線だ。
 どれだけの兵器を置いても足りることはない。が、残念ながら兵器群の弱点はそれを操作する者がいなければその能力を十全発揮できない事だな」
 残念そうに語るマッチョ。
「しかし、これだけ準備しているならば管理組合もここに集結させるように指示すればよかったんじゃないのか?」
 言ってはみたものの、その理由はエディの中にはすでにある。
 確認のための問い。そしてそれはマッチョと同じものであった。
「それでも耐えきれぬと判断したのだろう。見ろ」
 指差す先、衛星都市から見て南西、それから90°視線を巡らせた南東。多くの怪物が行く姿が見て取れた。
「今までの怪物とは明らかに進路が違う。先の『再来』では怪物どもはこの衛星都市に殺到し、しかしその量故に動きが鈍重となって、弾幕に沈んで行ったのだ。
 しかし今回はそれが無い。明確な意思を持って衛星都市を避けて進んでいる」
「じゃあここは安全というわけか?」
「そんなはずはない」
 エディは肩をすくめる。そう、自分でもそんな事はしない。
「本隊が圧倒的な物量でここを潰し去っていくだろうよ」
「……だろうな」
「仮に探索者が全て集まっていたとしても、規模的に全力が揮えるわけでもない。
 救援物資も手に入らない背水の陣状態で戦うにはリスクが多すぎる。
 何よりも、今までのヤツらとは動きが違う。仮に包囲持久戦なんてものをやられたら、こっちは勝手に半壊する」
 怪物の特性のひとつに食糧の不要というものがある。どんな種族であろうとも怪物は飲み食いを必要としないままこの大地を放浪している。それが戦術的な包囲戦を始めたら、探索者側に為す術など一つもない。
「一時間後に『住人』を乗せる最後の武装列車が出る。
 最終列車は10時間後。それまでは楽しくヒャッハーさせていただく所存よ」
「そう言えば律法の翼の穏健派が撤退支援をしているんだったな」
「なんだかんだで3年近く存在はしたんだ。
 愛着を持って残ろうとするやつも居てな、難儀していたぞ」
 理性的には無為な行為でも、感情はそれを否定することなど多々ある事だ。
 せめて一矢。その思いははたして認めるべきなのだろうか。
「ん?」
 不意に、町を歩く一人の姿が目に付いた。
 ゆったりとした服。手には杖。
 魔術師の風体の女性はまるで散歩をするかのように、ゆっくりと衛星都市を巡っている。
 向かう方向は、中央のオアシスだろうか?
「おや、あれはユエリア殿だな」
 エディにも覚えはある。というか、大迷宮のフィールドモンスター討伐戦に措いて指揮をとっていたのは彼女だ。
 そして何よりもこの地のオアシス。それが姿を変えたフィールドモンスターを討伐したのは彼女と、その仲間たちだった。
「……まさか、な」
 口に出して苦笑い。
「去り際に気を付けるとしよう。
 彼女は死ぬには惜しい人物だ」
 うむとうなずくマッチョにエディは小さい笑みを向けた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふーむ。この世界もなかなかに複雑なものだな」
 クロスロードに向かう武装列車に揺られながらマオウは記憶を掘り起こす。
 何か出来ないかと四方八方に巡ってみたがいまいち手ごたえがなかったのだ。といっても、対応してもらえなかったわけではない。
 武装列車に護衛車を付けると言う案はそもそも武装列車そのものが高火力の砲台を多数備えた物であるため、下手に護衛を付けるより、全速力で移動した方が安全であるとのこと。
 プロジェクターで衛星都市に人がいるように見せかけられないかという案についても怪物が来訪者に興味を見せるかどうかが謎な上、どうやっても本隊が衛星都市に到達すれば為す術なく蹂躙される事が目に見えているため余計な手間でしかないらしい。
 これらについてはなるほどそう言う物かと納得するしかなかった。
 と、ふと隣を見れば管理組合の腕章をつけた人間種がうとうととしていた。
「少し良いか?」
「え? あ、はい? 何か?」
「聞きたい事があるだけだ」
「……ええ、答えられる事なら」
「うむ。ちょっとした思いつきなのだが、怪物が塔の扉をくぐれないか試せないか?」
 え? と目を丸くする管理組合員。
「いやいや無理ですよ! PBから警告が出るとは思いますけど間違ってもそんな事しようとしないでくださいね!?」
「しかし、可能かどうかを知っておく価値はあるだろう?」
「実験の価値はあるかもしれませんが、それ以上に扉を破壊されるリスクなんて負えませんよ。
 仮に捕まえた怪物が居るとしてですね、そいつは本当に抵抗できずに捕まっていると証明できますか?」
「……ゴブリン程度のものならば誤魔化していてもどうにでもなるだろう?」
「それは本当にゴブリンですか? 何かが擬態している可能性は? ゴブリンの中でもキング種や特別種である可能性は?
 この世界では常識なんてものが成立しません。あらゆる世界の常識が混在し、個人の常識なんて意味を為さないんです。
 管理組合の方針として、生きている怪物を扉の園どころか、クロスロードに運び込む事を許せませんよ!」
「臆病とも思えるが……そう言う物なのだろうな」
 限りなくゼロに近い可能性でも、起きてしまえば取り返しがつかない。それをクロスロードの維持管理を掲げる管理組合は決して受け入れないということだろう。
「わかった。では次の話だ。衛星都市の襲撃予測はどいつが出したんだ?」
「え? あれは誰がと言うよりも、数日間の目撃数、移動速度のデータから算出した数値ですよ。誰と言えば遊撃に当たっている皆でしょうか」
「ふむ。予言とかではないのか?」
「違いますよ。戦術部の試算結果です」
 10日も先の事が分かると言うのかと目を丸くするが、組合員はさしも当然のようにしている。
「では。迷宮都市の巨大ロボットだ。
 あれはただの飾りか?」
「いえ、私も詳しくは聞いていないのですが……コアとなる部分が欠損していて使えないとのことです。このままだと再びマッドゴーレムに戻りかねないので何とかしたいのですけどね。何を仕込んでいるのかかなりの重さらしくて……」
「詰まる所、今はただの飾りでしかないわけか」
「ええ、ただ南砦管理官代行が大迷宮都市の探索で有名なヨルム氏に何かを依頼したって聞いてますね」
「それがロボットに関係すると?」
「そこまでは。大迷宮都市に行けば詳しく分かるかもしれませんが」
「なるほどな」
 どうせナニカとの交渉が終わればすぐに大迷宮都市にとんぼ返りするつもりだ。覚えておくかと呟いて彼は窓の外へと視線を送った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「列車砲、衛星都市まで持っていくの?」
「おぅ。恐らく衛星都市と大迷宮都市の間に展開し、砲撃をすることになりそうだな。
 今、回避線を作っているそうだ」
「へぇ……」
 ドゥゲストの言葉に応じながら、Ke=iの手はキーボードをたたき続ける。
「混乱弾を作ってるんだったな。できそうか?」
「基礎理論まではなんとかなるんだけど、魔術回路はまだまだ未熟だわ。
 誰かに協力を依頼したいところだけど」
「アルカ嬢なんかは得意そうだがな」
 マジックカーペンターを自称する猫又娘はクロスロードでも名の知れたエンチャンターだ。確かに協力してもらえれば……というか、一人で仕上げてしまいそうな気がする。
「これだけ大きな砲弾だから多分仕込むのは可能よ。ただ材料から変えなきゃいけないかが問題ね。紋章術って言うのかしら? 刻むだけの魔術ならありがたいんだけど」
「ふむ。土木工事もひと段落ついたし、列車も大迷宮都市をベースにすることになるじゃろうしなぁ。そちらに行くか?」
「そうね。弾丸制作を請け負ったし、そっちに腰を据えようかしら」
「うむ。ならば午後には発てるようにの」
「わかったわ」
 キリの良いところまで仕上げて片づけても充分に間に合うだろう。
「もう、戦いは始まっているのかしらね……」
 遥か遠く、南の空を見上げて彼女はつぶやきを洩らす。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ久しいの。ヨン」
「ええ」
 部屋に入ってきたのは長居銀髪を躍らせる少女。10かそこらくらいにしか見えないが、その言葉づかいは老人のそれであった。
「随分な椅子に座っておるでないか」
「押しつけられた椅子ですけどね。イルフィナさんが帰ってきたらすぐに返しますよ。
 それよりも、『沼』については聞きましたか?」
「うむ、厄介なのが現れたものじゃな」
 すっと翠色の瞳を向ける先には巨体。
「ぬしはあれを見たのかえ?」
「ああ。って言ってもまるで地面と同化しているようでな。
 全貌まではわからなかった」
 ザザは言葉を吐きながら、壁に寄り掛かって居眠りこくセイを横目に見る。
「こいつがある程度吹き飛ばしたらしいが、それでもかなりが残っている。
 仮に大襲撃の怪物たちを飲みこんだらどうなるかわかったもんじゃねえ」
「然様じゃな。で、ヨン。わしに何をさせたいのじゃ?」
「対処法、ありませんかね?」
 恥も外聞もない率直な問いに少女は小さく笑みをこぼす。
「飾らぬのはぬしの美徳であったな」
「そんなことしている場合じゃありませんからね」
「うむ。率直に言えば西砦管理官とわしで何とかできんこともない。
 ザザとか言うたな。ぬしにも同行してもらいたい」
「足場としてか?」
「悪いが、おちおち地に降りて居られぬようじゃしな。
 飛竜を連れる方法もあるが、遠方の空を言葉喋れぬ者の背に飛ぶのはいささか怖い」
 空を往く者は消え去る。そこに独自の見識を加えているらしい言葉に、元よりそのつもりのザザは頷きを返す。
「後もう一人、わしの相方を連れていく。
 それで何とかしてみるとしよう。できなければそれこそ飽和攻撃しかなかろうが、その時には特性くらいは見極めてくるよ」
「ええ、お願いします。
 最悪線路だけでも守らないと……撤退路を失えば色々破綻しますからね」
「……私も、行く?」
 ここにヨンがいると言う情報を聞いてやってきていたアインが小さく首をかしげる。
「ぬし、接近系であるならあまり意味はないと思うがの」
「……そう」
「アインさんには少しお願いしたい事があります」
 そう言ってヨンは一枚の封筒を差し出す。
「これは?」
「もしかしたら大迷宮都市のロボットを動かせるかもしれない鍵です。
 これを大迷宮都市に居るだろうヨルム氏に届けてくれませんか?」
「……わかった。じゃあ行ってくる」
「わしらも装備を整えたらすぐに向かうとするかの。
 あまり悠長な事もしていられんようじゃ」
「……みなさん。よろしくお願いしますね」
 自分は前衛系。前に出て戦うのが性分だと言うのに、随分場違いなところに居るなと苦笑し、ヨンは次に何をすべきかを思案し始める。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 『猫』の名前はアルルム・カドケウと言う。
 それはKerdum・Arukaのアナグラム。Arurm・Kadkeu 
 しかし今のアルカはケルドウム・D・アルカを名乗っている。それは婚姻により増えた家名のひと文字。そしてアルルムという名の少女が持たない最後のひと文字である。
「私は未だにあの子に名乗ってもらっていないのよね」
 クネスの言葉にアルカは無言。
「あの子の目的はわかったわ。実際うちの子ってアルカちゃんと入れ替わったら普通に気付きそうにないのよね」
「そんな事ありませんよ?」
 さらりと応じる青年だが、アルカはややジト目で見つめるばかりだ。
「ともあれ、誤魔化しなんて情けない真似はやめなさい?
 あの子にはあの子の権利がある。例え造物主がアルカちゃんでも個として動いているならね」
「もちろんそこを否定するつもりはないにゃ。でもエンドさんをあげるなんて絶対にしないけど」
「それはうちの子が決める事だわ。
 ……とはいえ、アルルムちゃんの方が随分と精神は幼そうだけどね」
「アルカさんはお店をやっていますし、二人のお姉さんらしいですよね。
 ああ、この前掃除をしていたらエンチャンター時代の日誌出てきましたよ?」
「ひゃぁ!? ちょ、エンドさん。それ駄目!? 焼却処分にゃっ!?」
「ええ? 何でですか? 可愛らしいですよ?」
「あんたたち、イチャつくのは後にしないかしら?」
 マイペースの息子をひと睨みしてため息をつく。
「ともあれアルカちゃん。貴方がちゃんと対処なさい。
 それからひとつ、言伝をしてほしい事があるわ」
「……何にゃ?」
「うちのコが欲しいなら、己が名を名乗った上で真正面から獲りに来なさい」
 ガタリと立ち上がり息を詰まらせる。が、やがてゆるゆると椅子に座り直し、深々とため息。
「決着はつけるにゃよ。うん」
「そう。じゃあ私が言う事はこれ以上ないわ。エンドもそれで良いわね?」
「……ええ、私は私のすべき判断をします」
 その答えにクネスは一つ頷き、それから、と再びアルカに向き直る。
 脳裏に描いた言葉は今言う必要もないだろう。
 義娘のクローンだと言う少女は、果たしてどんな結論出すのだろうか。
「……アルカさん」
 そうして、部外者として肩身が狭そうな銀髪の少女は声を発する。
「公表、しますか?」
「……うん。そっちもね。
 或いは、あちしたちはバランスブレイカーを使わなきゃいけないようになるかもしれない。そうなったらこそこそはできないもん」
「……そうですね。
 では私は純白の酒場へ行きます。アルカさんはアルカさんのすべきことを」
「悪いにゃね」
 いえ、とかぶりをふってルティアは立ち上がり、2人の吸血鬼に頭を下げて部屋を出ていく。
「アルカちゃん?」
「……うん。先に伝えておくにゃ」
 そう前置いて、彼女は一つの真実を語り始める。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 管理組合副組合長の連名でお知らせします。
 今回の大襲撃、怪物側の指揮者は推定『狂人』。
 ありとあらゆる物を変質させ、狂気に歪める造物主です。
 管理組合はサンロードリバー上流の堰に対する対処を南砦管理官イルフィナ、北砦管理官スー、東砦管理官アースの三名に指揮権を当て、三度目の大襲撃に対する総指揮に副組合長アーティルフェイム・ルティアを当てる事をお知らせします。

 管理組合副組合長
 ケルドウム・D・アルカ
  アーティルフェイム・ルティア
  ユイ・レータム
  フェルシア・フィルファフォーリウ
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 まぁ、結構みなさん予想していたと思いますが
 ついに正式に管理組合副組合長の名前が正式に出てきました。
 とはいえ、彼女らが救世主として語られる力を振るえるかと言えば……実のところできなかったりします。
 その理由とかは今回のシナリオ中にぽつぽつと語っていきたいと思います。

 さて、ついに衛星都市が戦闘に突入しました。
 怪物の本隊がブチ当たれば撤退もできなくなるため、10時間後には総撤収となる予定です。応じるかどうかは別として。

 一方で堰は沈黙を守り、『沼』は次々と怪物をくらい膨らんでいるようです。
 さて、大迷宮都市の運命やいかに。
 次回リアクションをお願いします。時間軸的には次回は衛星都市壊滅までになると思われます。うひ。
死闘
(2012/02/23)

「……」
 列車を降りたアインはクロスロード方面へと向かう車両を眺め見る。
 多くの者達がクロスロードへと流れていく。それは衛星都市に根を張ろうとした『住民』たちの姿だ。
 せっかく得た土地はあっさりと無に帰していく。そこに物悲しさを感じてアインは彼らが離れた地、はるか南へと視線を向ける。
 こんな事があっても、この戦いが終われば、来訪者達は再びその土地を奪いに行くのだろう。今度は奪わせまいと多くの力を注ぐのだろう。
 不毛とも言える行為はどうしてか必然のように思えた。
「奇妙な話……」
 結果だけ見れば衛星都市が生まれてからの二年間は無に帰し、無駄であったと言える。
 しかしその経過は時間に刻まれ、その傷をいずれ誰かが手がかりにして進むのだろうと、南の方を見つめ続ける人々の視線が物語っているようで。
「おう、あんたがアインか?」
 突然掛けられた声に振り返れば、そこには気の良さそうな、しかし屈強である男が立っていた。
「話は聞いている。あの吸血鬼は随分面白い場所に居るようだな」
「……巻き込まれ人生」
「探索者としては最良の性質だな。わずかなりともそう言う性質が無ければ夢破れるだけさ」
 辛辣のようで、いつも通りのやや無感情な言葉をヨルムは良いと受け入れた。
「……そういうもの?」
「そういうもんさ。もっとも、そこで死んじまったら意味は無いがな。
 さて、届け物ってのは?」
「これ」
 アインが差し出したのは一枚のカード。
「……これがあの部屋のカギ、か」
「どういうもの、なの?」
「わからんさ。少し先も見えないこの世界。信じられるのは踏破した先だけだ」
「……そう」
 ならば、と振り返る。
 今はクロスロードへと避難せざるを得ない彼らも、一度はそこまで足を届かせたのだ。
 詰まる所、もはやそこは既知の世界で、取り返すこともできる場所なのだろうと。
「確かに渡した」
「お嬢ちゃんは一緒に行かないのかい?」
 そう言われたアインはしばし沈黙し、「どこに?」と問い返す。
「決まってるさ。ここは大迷宮だからな」
 大迷宮にまつわるカギ。それがアインが届けた物────
 この行動が一体どんな結果を招くのか。それは未だ誰にも分からぬことだった。
 わからないから、彼女は────

 ◆◇◆◇◆◇

「こんなところまで同行して良かったのかしらね?」
 クネスの軽口にルティアは緩く笑みを作る。
「聞きたい事があるんですよね?」
「……ええ。『猫』の正体はわかったわ。で、『狂人』って何者なのかしら?」
 ずっと使われていなかった副組合長のための部屋。
 そこに設えられていたソファーをクネスに勧め、ルティアは簡素な椅子に腰を下ろす。遠慮かとも思ったが、彼女の場合背負う翼のために背もたれのある椅子には座れないのだと気付いて腰を下ろす。
「端的に言えば……この世界における9人のイレギュラーの1人。
 『怪物』の側に属し、災厄をまき散らす性を得た者です」
「9人のイレギュラー……うち4人がさっきPBで通達した人たちってわけ?」
「はい。私、アルカさん、ユイちゃん、そしてフィルさん。
 この4人はクロスロードにある扉の塔に初めて招かれた代行者です」
「初めて? それに代行者って?」
「この地の扉はある日一斉に開かれた。所謂『開かれた日』ですが……
私達はそれに先立ってこの世界に到りました。招かれたと言うべきでしょうか」
今までの常識を覆す言葉にクネスは興味を強く向ける。
「その理由はこの世界の命運を決めるための代理闘争だと認識しています」
「認識、ね。誰かに命じられたとかそういうわけではないのね?」
「はい。ただ我々が『バランスブレイカー』と称すべき武具が用意されていました。
 あるいは『神器』と呼ぶべきでしょうか」
 ルティアは何かを思い出すかのように、瞑目し言葉を整理する。
「しかしそれは私達4人にだけ用意されたものではなかった。
相手側のバランスブレイカーの所持者の一人。それが『狂人』です」
先に語られた事実。遥か南にあるという崩れた塔から現れた代行者の一人。
「本名は知りません。あまりにも純粋に壊れた人間。それが私の印象です。
 まさに『狂人』という名の示す通りに」
「精神的に狂っていると言う事?」
「……彼の狂気はそれを凌駕するような物でした。
神族が有する概念存在性。まさに彼は『狂気』が形を持ったモノです」
想像もつかない。そも狂ったモノが形作るとは如何な状況か。
「それで? 貴方達がここにいると言う事は、勝利したと言う事?」
「暫定的には、というべきでしょう」
 わずかに生んだのは苦笑。
「私達はバランスブレイカーが内包する魔力を用いて彼らを封じることに成功しました」
「倒したわけじゃないのね」
「はい。彼らは思い出したくないほど無茶苦茶な相手でした。有していたバランスブレイカーも、彼ら自身の属性も。純粋な戦いでの決着に見切りをつけ、バランスブレイカーが持つ莫大な魔力その物で押しつぶすように封印したのです。
 そうして一応の勝利を得た私達がクロスロードに戻る頃、それは起きていました」
「……時期的には、死を待つような7日間、かしら?」
 最初の大襲撃。その凄惨な戦いを示す名にルティアは首肯する。
「はい。しかしこの地に戻ってきた私達にはその圧倒的な戦力差に対する手段を持ち合わせていませんでした。
 彼らを見捨てるかどうかの決断を迫られた我々は、しかし救う事を選択しました」
「それが救世主伝説の一幕ってわけね」
「はい。そしてそれは綻びを生みました。彼らを封印する力の一部を呼び戻してしまったがために、」
「そして、今、『狂人』は出てきてしまった、と?」
「しかし封印は未だに続いてはいます。十全の力ではない……そう考えているのですが、『狂人』はそもそも自身で戦うようなタイプではありません」
「やっと本題かしらね」
 クネスの言葉にクスリともせず、ルティアは続ける。
「彼の力は恐らく『狂わせる』事。精神ではなく、その物体の概念そのものを歪め、狂わせ、変質させることにあります。そうして生まれた奇奇怪怪な怪物には苦労させられました」
「それって……怪物を食べる怪物も……?」
 噂の一つを脳裏に浮かべてクネスは眉根を潜めた。
「私達はそう考えています」
「……殺せない、とか無いわよね?」
「正直分かりません。ですが、派遣されたのはセイさんと、ティアロットさんです。
 考えられる限り厄介な事を暴力と知性でどうにかする二人ですから、任せるほか無いでしょう」
「……そう。でも第二、第三の奇怪な怪物を作られかねない状況と言うわけね。
 ……大襲撃の折に一番厄介じゃないかしら?」
「……」
 ルティアはしばしの間を置いて、視線を窓の外へと投げた。
「厄介なのは間違いありません。が、サイコロの出目次第では我々に有利に働く可能性もあります」
「どういう意味?」
「あれは間違うこと無き『狂人』です。敵味方の概念はそれに存在せず、ただ己のやりたいことのためだけに行動する存在です。
 現に最初の彼の行動は数多の怪物を一つにまとめてしまった」
「……一つにまとめるって充分に厄介だと思うんだけど」
「確かにそれはそうでしょう。しかしクロスロードが保有するカードのうち、その状況にとても適した一枚が存在します。
 そのサイズがどうであれ、相手が1つであるならば、セイ・アレイという戦士はどうしようもないほどに強力なのです」
 それはこのターミナルという世界が持つルールに基づいた最適化の一つ。
 そして彼が見つけた細い『成長』の先の姿。
「管理組合副組合長だなんて長ったらしい名前に本当は価値なんてないんです。
 あの時から、私達にできるのはこの地を開こうとする意志と共に歩く事だけなんですから」
 だから、と言葉を継ぐ少女はゆっくりと銀の光をはらむ翼を動かす。
「信じます。その間に私達はすべき事をしましょう」

 ◆◇◆◇◆◇

 町は死につつあった。
 急激に景色がモノクロになったかのように、町は静まり返っている。
 周辺からはオートで行われている銃撃音が今も続いている。しかし町が持つ息遣いは確実に失せていた。
 ここは間もなく終わる。
 わずかに残る者達は、それをどうしようもなく感じていた。
 そんな中、エディは一人走っていた。
「墓参りか?」
 そう口にしながらも、そうとは思えなかった。最早そんな悠長なことをする時間は終わっているはずである。
「ったく……。お?」
 動く者の減ったこの街で、それでも動く者は異様に目立つ。長い後ろ髪を見咎めたエディは進路を変えてそちらへと走る。
 方向は恐らく中央のオアシスだろう。益々嫌な予感に襲われて、エディは歩調を早める。
 植林され、緑の溢れる中央のオアシス。
 いつもは静かながらも人の姿を見る事のできるその場所で、少女は幽霊のように水辺にたたずんでいた。
 そのまま水に飛び込んでもおかしくないような、そんな存在感の無さにエディは息を詰まらせ、
「……」
 彼女は振り返り、困ったような笑みを浮かべた。
「最終便、もう詰みこみ始めているぞ」
「そうですか……」
 気の無い声が静かな水辺に飲まれていく。
「ほんの少しだけ、ここで死のうと思っていました」
 やがて、ユエリアはぽつりと言葉を零す。
「一人でも最後まで戦って……。
 でも、ここから出ていく人たちを見て、それはやめにしたんです」
 言葉にほんのわずか熱がこもるのを感じ、エディは気を緩めた。
「だから少しお別れの挨拶をしていました。
 心配させてしまったでしょうか?」
「あんたもまたクロスロードじゃ英雄の一人だ。同行を気にした野次馬にすぎないさ」
「私が英雄でなく、私達が、でした」
 たった一人生き残った少女は水面にもう一度だけ視線を向ける。
「だから約束してきたんです。例えこの地が再び化け物に変わり果てても……
 私の手で必ず取り戻します、と」
「そりゃ心強い」
 そうして全ての来訪者の居なくなった衛星都市は、静かに呑み込まれ、消えていった。

 ◆◇◆◇◆◇

「試射行くわよ?」
 大迷宮都市からやや衛星都市寄りに特殊な武装列車はとどまっていた。
「どうやら怪物の先兵は衛星都市にとりついたようじゃな」
 ここからでは観測する事も出来ないが、衛星都市からの避難状況と防衛部隊からの報告からまず間違いない推測だろう。
「もう少し早くできていればこれである程度防衛はできたのにね」
「いや、それは無理じゃろ」
 Ke=iの悔しげな言葉にドゥゲストは苦笑を返す。
「こちらと逃げる必要がある身じゃ。それに衛星都市の放棄はかなり前から決まっておったから、一度とりつかれればもう為す術は無い」
「……そっか。まぁでも、意趣返しくらいはしておかないとね」
「装填完了しました!」
「砲身角度よし!」
 ドワーフが射撃の指示をだせと目線をくれるのを見て、Ke=iは頷きを返し

「てぇぇぇええええ!!」

 ずんと、音が全身を震わせる。
 莫大な力を受けて放たれた砲弾はあっという間に視界から消えていく。
ややあって、遥か先に立ち上るのは砲弾にしかけた煙幕の煙だ。
「着弾を確認。精度±10%と推測できます」
 遠距離の確認は自然の映像に頼るほかない。目視確認が可能な約四キロ先丁度に着弾した事を確認した一同はまずは成功と小さな歓声を挙げた。
「よぉし。そうとなれば今持ってきた試作弾は全部プレゼントして帰るぞ!
 巡回班は周囲警戒を怠るな!」
「さて、後は混乱弾がどれだけ効果を持つかかしらね」
「元々狂っておるようなやつらじゃしな。死を恐れぬ者が陥るパニックとはなんじゃろうか」
「我に帰る事じゃない?」
 Ke=iの返しにドゥゲストは目を丸くし、それから「なるほど、確かにそうじゃ」と膝を打つのだった。

 ちなみにこの試射の結果、拡散瑠弾がかなりの戦果を挙げていた事は後日確認されている。

 ◆◇◆◇◆◇

「作戦なぞない。相手の性質はおおよそ分かった。
 わしらのできる事は単純じゃよ」
 銀髪の幼女は何一つ臆することのない声音で言い放った。
『性質と言うと?』
「何の事は無い。自己の拡大じゃろうよ」 
 言っている意味が分からないとザザは巨獣の身で眉根を寄せる。
「ぬしとわしの境界はどこにある?」
『……皮膚か?』
「本当に? 例えば竹という植物は1本1本生えておるようでも地下で繋がっておると言う。物質にあらざる所で繋がっておらんと言えるかの?」
『そう言う難しい事は分からん。が、俺にはそうとしか答えようがない』
「ふむ、その割り切りは美徳よの。
 そう言うならば、あれはその皮膚という境界を持たぬということじゃ」
『つまり?』
「あれに触れた生物はあらゆる条件を無視してあれと同じになる。そういうものじゃろうな」
 つまりは間違ってあれに少しでも触れたならば、ここにこうして居られなかった可能性があると言う事か。
「じゃが討伐だけが目的なれば大した問題にない。むしろ対策さえ見えれば好都合というものじゃ」
「セイの技の事か?」
「然様。ぬしよ、こやつの槍技、ありえぬほどに強力とはおもわなんだか?」
 風に踊るゴシックドレスを緩く抑えながら幼女は問いかける。
『ああ、確かに』
「この世界で強くなるにはシステマチックなルールにのっとる必要がある」
 ティアロットは静かに語る。
「それは一見他の世界と変わらぬようであるが、しかし何かの拍子にそこから外れる可能性のあるものでもある。
 そうして、こやつの槍はそのルールを一つ凌駕した場所にある」
 目の前で、この前と同じようにセイは槍を構えている。
「わしはそれを勝手に『絶の一技』と呼んでおる。
 即ちただ到達点を超えた先に到る事のみを信じて磨く終生付き合うべき技じゃ」
 そこまで語り、ティアロットはある詠唱を行う。
 その力は槍に宿り、そして青年はあまりにも自然に、淀みない動きで槍を突き出す。

 接触───

 前の一撃よりも遥かに早い、可視すらもおぼつかないひと突き。
 それは呆れるほどに莫大な『沼』に最初何一つ影響の無いように見えて、

 ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!

 ごぼりとまず何かが大きく歪み弾ける音が響き

 ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 まるで冗談のように沼が沸騰し、弾け始めた。
『毒か何かでも仕込んだのか?』
「何の変哲もない槍のひと突きじゃよ。
 唯一違うのはあやつがそのひと突きに全てを懸け、そしてその結果を微塵も疑わないだけじゃ」
 予測されているターミナル特有のルールの一つ。自己評価による力の増大はその実、縛りでもあるとされる。
 人間種は空を飛べないし、光の速度では走れない。そういった常識が力を縛るのである。
 だが、それを認識せずに進めばどうなるか。
 その答えがここにある。
「残りはわしがやろう」
 荒れ狂う沼。その前に降り立った少女が始める詠唱はまるで歌のようであった。
 それは滅びた国を歌う物。ザザは沼が赤で作られた幻想の王国に囚われるのを見た。

 詠唱は続き、沼は暴れ狂い、そんな中で美しき王国は崩壊を始める。
 沼を巻き込んで────

「これも絶の一技がひとつなのじゃろうな。
───『終末の詩』」
 解き放たれた最後の言葉。
 赤の王国は崩れ去り、その住民にされた沼もまた共に滅び去る。
 幻想的で、しかし恐ろしい光景が目の前で広がっているのをザザは焼きつけるように見ていた。
『俺も、そこに至れるのか?』
「絶の一技の最初の関門は疑わずに信じる事じゃ。
 故に、それを目の当たりにした者はその先に進む資格を得る。
 できるかできぬかは後はぬし次第じゃよ」

 少女の諭すような言葉の果てに、恐ろしき沼は消え去ったのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「衛星都市が落ちましたか」
 次々と飛び込んでくる情報にヨンは表情を歪めていく。
 打てる手は次々と打っているものの、手ごたえが薄いのがなお焦りを感じさせていた。 
「ルマデアさんからの返事は期待して居なかったものの……他の方も音沙汰なしとは」
 リリーもラビリンス商業組合の顔役という事もあり、忙しいのは間違いないだろう。あるいはヨンの提案にメリットが無いと感じたのかもしれない。大迷宮都市はクロスロードと違うルールで動いている。それは一つの独立であり、彼らにとって勝手な押し付けならともかく、管理組合に助けを求める形をとりたくないのかもしれない。
 そんな事を言っている場合でないというのは無論彼女の事だ、分かっているだろう。
 それでもこれから何度起こるかも分からないこの災害を独力で乗り切れなければあの都市はやがてクロスロードに恭順を示すほか亡くなるのかもしれない。
 早まったかと苦虫をかみつぶし、視線を向ける先では軍隊経験のある将軍や参謀が意見を取り交わしている。ヨンの予想と違い、その話題はは引き際についてに終始している。
 対応などとうに決まっていたのだ。ただただあるだけの力を全力で叩き込む。圧倒的な物量で勝る怪物に対し、できるのは可能な限りの破壊力を永続的に叩きこむことだけである。
 その一方でこの南砦は怪物が殺到すれば維持など到底不可能なのである。衛星都市よりも小さく、防衛能力にも欠けるこの土地を堅守する意味はほぼ皆無である。
「預かった砦を引き払う相談をする羽目になろうとは」
 そう思うと気が重くて仕方ない。が、まだ先の話とは言え戦況が劇的に変わらない限り、それは約束された未来であろう。
 ザザ達は未だ戻らず、大迷宮からの知らせもない。
 自分はここで席を温めておいても良いのかと、そんな気分になってくる。
「ヨン様」
「えっと、代理なんですし、様はやめていただけると……」
 急に呼びかけられて我に返りながらも、そんな事を言うヨンに組合員は苦笑。
「お客様……と言っていいのか分かりませんが」
 どこか戸惑うような言葉。それを先導とするように現れた小柄な影に、部屋にいたすべての者が困惑を浮かべる。
「やほ」
 ひょこっと気軽に手を挙げたのは若草色の髪と真っ赤な猫耳を持つ少女。
「アルカ、さん?」
「にゅ。様子を見に来たにゃ。イルフィナっちが吸血鬼君に席を押し付けたって聞いたしね」
「いえ……」
 ヨンは周囲を見渡し、それからコホンと一つ咳払い。
「皆さん一旦休憩にしましょう。根を詰め過ぎても仕方ない。
 私も……アルカさんと少々話したい事がありますから」
 その言葉に反応に困った面々は助け舟だとばかりに頷き、副管理組合長と公表された少女に軽く挨拶をして出ていってしまった。
 そうして残されたヨンは問う。
「それで……アルルムさん。何の用ですか?」
 警戒を露わにしたヨンを前に笑顔を浮かべた猫娘がより一層笑みを濃くする。
「にふ。ちょっとここを遊びの舞台にさせてもらうだけにゃよ。
 そのご挨拶。
このお祭りをたのしみましょうね? んじゃ」
しゅたっと手を挙げ、少女はこの世界では使い勝手の悪いはずの転移術で消え去ってしまう。
「……」
 頭の痛くなる事ばかりだ。早くイルフィナは戻ってこないものかと嘆息し、ヨンはすべき事を脳裏に巡らせる。
 
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
だぁあ、めちゃ時間掛かって申し訳ない。
というわけで衛星都市の放棄が完了し、使用不能となりました。
現状大迷宮都市までの間で攻撃が繰り返されてはいますが、1週間後には大迷宮都市へ列車を派遣するのは困難になる見通しです。
また、ザザさんは望むのであれば『絶の一技』の習得が可能となります。
これはTRPGルール上自由に作り替えられる技を固定する代わりに、格段に威力を上昇させるものと考えてください。
 望むのであればデータは公開いたします。

 それでは負け戦の続くターミナルの未来をかけて、みなさんのリアクションをお待ちしております。
死闘
(2012/03/04)
「危機。あっちもこっちも危機!危機危機危機!
にもかかわらず、あたしの超天才的正義の味方サポートしちゃうぜ参謀的ブレインは、萎縮どころか活発に活動を繰り広げて、ウルトラ代謝であたしの体脂肪を食い散らかしてるっス!あぁ腹減った!ウルトラ腹減ったっス!おおっ、もう矢でも鉄砲でも怪物でもイケメンでも何でもきやがれ。この叡智がっ、この天才的美少女頭脳がっ……!」

 いきなり騒ぎ出した少女をヨルムはぎょっとした目で見て、わりかし慣れた連中は静かに首を横に振るのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「ここのはずだ」
 ここは大迷宮地下二階。一行の前には壁と、申し訳程度のスロットが存在していた。
 正直ここまでの道のりは楽だったと言ってそん色はないだろう。なにしろ大迷宮都市の地下一階は街へと変貌し、地下二階はそこから先を目指す者たちの通過点でしかなくなっている。しかしこの大襲撃の最中だからか下層から迷い込んでくる怪物もいつもより多く感じる。
 一行は連携を取りながらも進み、ようやくその場所へと到着していた。
「ここか」
 マオウが腕組して睨みつける。普通に歩いていれば見逃しそうな、本当にささいなスロットがそこにある。
「ヨンから預かったカードキー……。多分ここに使えると思うんだがな」
 懐から取り出したそれを眺め見て、皆に警戒を促す。
 主戦力のアインとマオウは応じて頷き、トゥタールも支援のために視線を這わせた。
 ちなみにトーマは騒ぎ過ぎたのか酷くおとなしい。
「行くぞ」
 すっとカードキーが通されると「ピッ」と一つ電子音。
 石造りに見える壁が即座に横にスライドし、やや古い空気が零れるように通路を満たし、鼻孔を突いた。
「怪物が居るようではないな」
「……罠は?」
「調べます」
 トゥタールが前に出て丁寧に調査をするが、それらしきものは見当たらない。
「進むか」
 アインが背後警戒のために立ち止まり、ヨルムの後にマオウが続いた。
 通路はまっすぐに。おおよそ100mほど続いて唐突に終わる。
「女性……?」
 トゥタールの言葉がわずかに木霊する。
 彼の言葉の通り、行き止まりには一人の女性が座っていた。『石でできた粗雑な玉座』というべきそれに腰掛け、命の温かみを持たぬままに座った女性。
「んん? ロボット?」
 自分の分野と知ってか途端に元気になったトーマがずいと近づく。確かにそう言われるとそうだ。その女性は生命には不似合いな精巧さ、美しさを持っている。
「なんでこんなところに?
 ……この大迷宮と関係あるものでしょうか?」
 トゥタールも興味深げに見つめる。
「人形ということだな? 動くのか?」
 科学系には親しみの薄いマオウが怪訝そうに問う。
「調べてみないとわかんないっス。けど、まぁ、調べるっスよ!」
 と、手をのばした瞬間───

 がしりとその手を掴まれた。

「ひぁあああああ!?」
 情けない声を挙げて後ずさろうとするトーマだが、がっちりと掴まれて動けない。
「動いたぞ……?」
「いや、そんな事よりも助けて欲しいっス!」
 情けない声を挙げて背後に助けを求めるトーマ。その後ろで女性はゆっくりと顔を挙げた。
「状況確認……時計合わせ失敗。
 ……生命反応多数。会話は可能ですか?」
「可能っスよ! とりあえず離しわひゃぁ!?」
 離されたので勢い余ってごろんと転んだトーマをアインがキャッチ。
「お前、何者だ?」
 マオウの不遜な問いに女性は人間のように瞬きを数回し、そして応じる。
「型式名ESD−ONE。個体名称エスディオーネ」
 女性は淡々と応じ、それからややあって問いの言葉を作る。
「……貴方がたの中にユイ・レータムの所在を知る方はいらっしゃいますか?」
 つい最近話題になったばかりの人物。その単語に一同顔を見合わせた。

 ◆◇◆◇◆◇

「質問づくめでわるいわね」
「いえ。皆が知りたい事でしょうから」
 有翼の少女は小さな笑みで応じる。
「貴方達代行者は100mの壁を突破する方法は持っているの?」
「持っていません。この世界の性質なのか、それとも他の理由なのか未だ判然としていない現象という認識です。
 ただ、ナニカさんからの調査で旧文明の崩壊前後から始まったようであるとは聞いています。」
「そう……」
「もしその技術があるなら公開しない理由はありませんから。
 あくまで私達が『救世主』と言われた存在であることを隠していた理由は、それを失っている今、期待されては士気にも関わると考えたからです」
「……じゃあ怪物側の代行者の事、聞いて良いかしら」
 クネスの問いに、ルティアはやや険しげに表情を歪めた。
「私達も詳しい情報は持っていません。出会って戦っただけの相手ですから。
 今問題となっている『狂人』と呼ばれる個体は生命だろうと現象だろうと歪めて作り替える力を持っていました。どこまでできるかはわかりませんが。
 また、五つの武具を振い、攻防共に絶対の力を見せつけた老人。
 氷を自在に操り、あらゆる物を氷の棺に封じ込める青年。
 あらゆる魔法、加護属性攻撃を無効化し、常にその一撃を致命のものとする白き目の男。
 その4人が相手側の代行者です」
「……無茶苦茶ね。そんなのに勝ったわけ?」
「この世界に招いた神がそう設定したのかどうかわかりませんが……
 我々に与えられたバランスブレイカーと自身の能力を駆使すればなんとか隙をつく事はできたんです。
 ただ、決定打にはどうしても至らず、アルカさんが提案した裏ワザで無理やり決着をつけたと言うのが実情ですから……。
 そう言う意味でも『狂人』は相手とするのであれば怪物側代行者四人の中では一番与しやすい相手ともいえます。本人には大した力は無いのですから」
「そう……。それで、この情報は各主要な人には伝えるの?」
「今頃ユイちゃんが手配して、PBで確認ができるようになっているはずです」
「……そう」
 となれば、自分はここですることはもうないだろう。
「これからどうするの?」
「……大襲撃が終われば今まで通りのつもりですよ。
 この街は誰の物でもない。来訪者が望む限り、開かれ続けるんです。
 管理組合はもはやそれを支えるだけの組織で良い。
 この街が大好きな人たちが、それを支えていこうと思えるだけの組織で良いんですから」
 小さな笑みにクネスは「そう」とだけ応じ、笑顔を返した。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「南砦を放棄しましょう」
 再開された会議、そこでヨンが発した言葉に室内は静まり返る。
「いや、待ってください!
 まだ怪物は大迷宮都市にも到達して居ないんですよ!?
 ここを放棄だなんて遊撃をしている探索者に苦労を強いるだけだ!」
「ええ。分かっています。
 でも、ここに多くのひとが詰めているのは危険です」
「意味が分からない!」
 アルルムの事を伝えるべきか。それを知らずにして彼らは当然納得できないだろう。しかしアルカと見分けのつかぬ容姿の彼女を警戒するなど不可能に近い。
 親しい者であればあるいは可能かもしれないが、そんなの何人も居る物でないし、大抵はこの砦にとどまっているほど暇な人物ではない者ばかりである。
「……わかりました。所詮私は代行です。
 判断の決定はイルフィナさんに付けていただきましょう。
 この書状を彼の元に。その結果に私も従います」
 険悪とも言える空気の中、差し出された手紙を一人のホビットが受け取る。
 一つうなずいて走り出した彼を見送ってヨンは身を投げるように椅子へと腰掛ける。
「私は貴方がたが優秀だと思っています。
 だから今言った言葉は自信を持っていてください」
「……どういう意味ですか?」
「怪物はまだ大迷宮都市にすら到っていない。
 まだあわてるような時間ではない、ということをです」
 言い放ち、彼は続ける。
「今はまだここよりも大迷宮都市を基軸にした防衛に努めるべきでしょう。
 そこでの防衛が不可能となったときに、この砦は防衛の軸とはなりえないと思いますがね」
 ヨンは視線を這わせる。
 アルルムの策を妨害できる者はこの中に居ないのだろうか、と。
 あるいは、すでにその悪意に感染してはいないか、と。
 しかし突飛とも言える提案に歪められた視線から、それを読み取ることは到底できそうになかった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「ひゃっはー! 撃てば当たる大サービスタイムだぁああ!!」
 絶え間ない轟音の中、マッチョ軍団の声は腹の底を響かせるように荒野にまき散らされている。
 数分に一発放たれる列車砲の一撃は遥か彼方でさく裂し怪物を確実に削っていた。
「次はあのMOBに打ち込むぞ」
 ヒャッハーズの一人、自動車の運転に自信があるという男を借りてエディはトラックの荷台から突きだした砲塔の角度を調整する。
「2時の方向、なんか飛来します!」
「任せてください」
 速度に髪を躍らせる女性が杖を手に詠唱。エディは荷台から転げ落ちぬようにその細い腰を支えた。
 放たれる水の矢は次々と襲撃してきた怪鳥に突き刺さり撃墜。すぐさま屈んで耐性を保持したユエリアを確認してエディは数百メートル先に見えるMOB集団に砲撃をお見舞いした。
 弾頭は混乱を付与した魔法弾。列車砲用に作り上げた術式を仕込んでもらったそれはMOBの集団を襲い、同士討ちを誘発させた。
「良い調子っすね! 俺も撃ちてえぇえぇえええええ!!!」
 ひゃっはーず運転手が軽快な声を挙げてドリフト。
「次、いきまっせ!」
「おう」
 エディは苦笑半分に応じ、それから同じく苦笑いを浮かべる女性を見た。
「そういやぁ、これを見てほしいんだが」
 ふと、思い出してエディはぽけっとからそれを取り出す。
 一見拳大の石コロだが、その表面は絶え間なく模様を変えており、しかも黄土色であることから不快感を強く与える。
「こいつを拾ったんだが、何か思い当ることは無いか?」
「……何か、と言われましても……」
 やや困惑したように石を見つめ、しかしすぐに小さく目を見開いた。
「これは……恐らく狂わされた水の精霊です」
「……水の精霊? 石だぞ、これ?」
「ありかたその物が狂いきってしまっているのです。
 ……酷い。狂った聖霊は何度か見た事はありますが、こんなの初めて見ました。もうこれは狂うとかそう言うレベルじゃない……」
「……そいつは、もしかしてヨンのやつが言ってたバケモノに関係するのか?」
「……まっとうな推理は通用しないようなシロモノだと思います。
 正直持っている事すら危険です。
 早めに封印するなり、消滅させたりする方が無難だと思います」
 ユエリア程の術者が顔を青ざめさせているのを見て、エディは頬をひきつらせる。
 さて、どうしたものか。
 次の獲物を見つけたとはしゃぐ運転手の声を聞き流しながら、彼は途方に暮れる気分だった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 大迷宮都市を抜けた一行はそのすぐ傍らに鎮座する巨大ロボットの前へと着ていた。
「おい、そっから先は立ち入り禁止だぞ」
「……どうしてユイはユグドシラルをこんなところに置きっぱなしなのかしら?」
 管理組合員は女性の口から洩れた「ユグドシラル」と、「ユイ」という単語に困惑の表情を浮かべる。
「ユイはここに居ないの?」
「ユイ……ユイ・レータム副組合長の事か?」
「……? 副組合長というのは分かりませんが、ユイ・レータムです。
 彼女は今どこに?」
「多分クロスロードと思うっスよ?」
 トーマの背後からの声に、エスディオーネは人形らしからぬ怪訝そうな表情を作った。
「……もしかして、クロスロードを知らない?」
 アインの言葉に機械の女性は頷き「ええ。その単語は知りません」と応じる。
「……扉の塔もですか?」
「扉の塔ならば知っています。そこがクロスロード?」
 トゥタールは頷いて、北の方へと視線を送る。
「そこに町があります。
 それを知らないとすると……貴方は4年以上前からここに眠っていたということですか?」
「四年……それだけの時が流れているのですか」
 老いぬ女性は自分の手を眺め見て、それから北の方向へと視線を向ける。
「早急にユイに会いたいです。私を連れて行ってもらえませんか?」
 彼女の言葉に一同は視線を通わせるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで次回は大迷宮都市に前線部隊が到達する予定です。
 現状衛星都市は沈黙。遊撃隊の活躍により、万に届く数の怪物が撃退されている模様ですが、全体がまだ把握できていない事を考えると10%に届いているか微妙というか、まず届いていないでしょうというありさまです。
 また未だに東はこう着状態。さてはて流れはどうなってしまうのか。
 皆さまのリアクション次第となります。
 どうぞよろしゅう。

 また。皆さんの行動、提案で新たなミッションがはっせいしますのでどしどしお寄せくださいませ。
死闘
(2012/03/15)
『こりゃすごいな』
 様変わりしたと言えるほどに、クロスロードの東側は変貌して居た。
 池と言うにはやりすぎな穴と、その土を利用した堤防がかなりの規模で広がっている。
 なるほど、仮に今すぐ洪水が襲いかかってきてもなんとかなりそうと思わせるほどはある。
「これ、本当に数日で作ったのか?」
 ザザから身を乗り出して目をまるくしているのは、さっき見つけた二丁拳銃使いの女だった。
『知る限り半月前には無かったからな』
「とんでもねえな。襲ってくる怪物とか相手にもならないんじゃねえのか?」
 クセニアは随分と荒っぽい口調で、気楽に言い放つ。
『ケタが違うからな。あの川をせき止めるのが分隊っていうのに』
「……理解の上だな。この世界の連中、よその世界の征服くらいなら軽くやってのけるんじゃないか?」
『そんな気もするがな。そうもいかんらしい』
「そうなのか?」
『この世界のルールでは動くが、よその世界では動かない技術もあるんだと。
 まぁ、そのあたりを調査して選択すれば不可能でもないかもしれんがな』
 実際、それを狙って暗躍するエージェントも多数クロスロードに潜り込んでいるらしい。
 魔法技術の無い世界で仮に発動できる魔法記述の1つでも発見し、持ち帰る事ができれば、それだけで立証不可能な犯罪行為も可能になるだろう事は誰でも思いつく。
『それに、そんな器用なやつは開拓者とかやってないのかもな』
 ザザの言葉にクセニアは肩をすくめる。
「で、どこに行こうとしてるんだ?」
『東でもう一つお偉いさん達が防壁を作っているらしい』
「見学かい? 悠長だな」
『いや……ちょっと気に掛ってな』
 滑るように巨体を地面すれすれに舞わせるザザは、やがて目の前に巨大な壁を目にする。
「……なんだ、あれ?」
 目を丸くするとはまさにそれを指すのだろう。
 その高さはおおよそ30mにも達しようかという巨壁がずんと川の両岸から伸びている。
『また随分と派手な物を作り上げた物だな……』
「あれをクロスロードの周りに作れば解決するんじゃないのか?」
『日照問題がありそうだがな』
 意味が分からないとクセニアは首をかしげる。
 実際もっと巨大な防壁でクロスロードを囲む事は不可能ではない。が、重い防壁、なにより必要以上に広い防壁は、守るべき個所を広げ、ひとたび破られればフォローが効かなくなるという欠点を持つ。
 実質技術力を背景にした少数精鋭状態になっているクロスロードは今の規模以上にクロスロードの防壁を広げるわけにはいかないのが現状である。
「あれだけやれば洪水とか怖くもなんともないんじゃないのか?」
『かもしれないがな』
「獣のおっさんは何をそんなに心配してるんだ?」
『……』
 何をと言われても困る。本当になんとなくなのだ。
 そんな胸中を言葉に出来ないで居たザザだったが、不意にその瞳孔がきゅぅと細められる。
『前方のやつを撃ち抜け』
「前方? あのちっこいのか?」
 クセニアが目を凝らす先にはひょこひょこと歩く小柄な影が一つ。
『あれが俺の懸念の元だ』
「ちっ、気が乗らないな」
 言いながらもザザの声に籠る感情を読み取ったのだろう。
 二丁の拳銃を抜いた彼女はバレルに魔力を注ぎ込み、撃ち放つ。
「これで弱い者いじめなんて言われた日には恨むぜ?」
 言い放った刹那。
 赤い二股の尻尾を揺らす少女の背後に発生したのは2つの文字を浮かべた球体だった。
 それが決して手加減していない魔力の銃弾を呑み込んでしまった。
「っ!?」
『退くぞ』
「って良いのかよ?!」
『今の一撃で気付いただろう』
 誰が、と問い返す前にその攻撃は発生した。
 川面からは水の槍が。地面からはゴーレムが、そして上空からは氷の槍が少女めがけて襲いかかってくる。
 それは誰の目にも圧倒的技量をうかがわせる魔力の一撃だ。
「な、何が起こってやがるんだ?」
『知るか……!』
 ザザはその常軌をいっした戦場から距離を取りながら呻く。
『唯一の幸いは、あれに不意打ちをさせなかった事。
 その一点だ』
 その言葉は正しい。もしも彼女が何食わぬ顔でもう少し先へと向かっていたら。
 この先の戦いは大きく様相を変えていただろう。
「思った以上にとんでもない世界だな」
 クセニアは銃端を握ったままの手で頭を掻き、爆音を背に受けた。

 ◆◇◆◇◆◇

「随分と騒々しくなってきたわね」
 大迷宮都市はまるで祭りのような熱気を帯びている。ひっきりなしに来訪者が行き来し、様々な情報が飛び交っていた。
 とにかく整備を求める声は尽きない。防衛に赴く探索者達も、熱気に冒されたようにわずかな休息をとっては、戦場へと繰り出していた。
 流石にこれでは危ないということで、大迷宮都市の出入り口には緊急で医療系のスタッフが配備され、バイタル監視を行って、ドクターストップを掛けたりしているらしい。
「よぅ。こんなところでやってたのか」
 ふらりと現れた顔を見てKe=iは苦笑を一つ。
「ええ。随分と派手に混乱弾ばらまいてるそうじゃない?」
「敵が多ければ多いほど勝手に同士討ちしてくれるからな。
 良い武器を作ってくれたもんだ」
 エディの言葉にKe=iは笑みを返して「研究者冥利に尽きるけど、戦争の道具を褒められるのは微妙な感覚ね」と言葉を洩らす。
「それで? そちらは何をやっているの?」
「ちょっとこれの処理ができないかと思ってな」
 そう言って取りだしたのは禍々しい石。
「なにそれ?」
「狂った水の精霊の塊だそうだ。これを何とかできる人間が居ないかと思ってな」
 衛星都市に戻ったエディは使える物を駆使して調査したが、これは「そう」としか言えない物だった。どんな高価な壺でも割れてしまえば壺の欠片に過ぎない。そんな雰囲気はあるのだが、そも狂いきってしまったそれをどうと表現すれば良いのかが分からない。
「……んー。そう言うのって神殿とかの仕事じゃない?
 ああ、いや、精霊だから精霊使い?」
「わからん。ユエリアが匙を投げたほどだからな」
「ユエリア……? ああ、衛星都市のフィールドモンスターを倒した生き残りだっけ?」
 それどころか大迷宮都市のフィールドモンスター、巨大ゴーレムとの戦いに参加した猛者である。少しくらい耳が良ければどうしたって聞こえてくる名前だった。
「ああ。しかし神殿か……クロスロードの双子神殿にまで戻るのは面倒だな」
「衛星都市じゃ手が開いている人も居ないでしょうしね」
 ごもっともだ。エディは肩を竦める。
「あたしの知る限り、そういう祓いモノが得意なのは『とらいあんぐる・かーぺんたーず』のルティアさんよ。
 でも、今彼女に会うのは難しいかもね」
「副組合長殿か。……だが、興味を示すかもしれないな」
 聞いた話ではこの大襲撃に対して管理組合の陣頭指揮をを採るのが彼女だと言う。
「とはいえ、興味を示すかもしれん。
 時間が取れれば向かってみる事としよう」
「そう」
「あんたはここに居るのか?」
「ええ。ここで戦おうって人も結構いるみたいだしね。
 今回の防衛線は案外ここになるかもしれないわよ?」
 壁も陣もないこの土地が防衛線に慣れるかどうかと言えば微妙だが、攻性防陣としての性能はピカイチだろう。
「状況に合わせてモグラのように顔を出して叩けるしね。
 駄目だったら息を殺して静かにしてるわよ」
「逃げた方が身のためかもしれないぞ?
 クロスロードに布陣してる連中にとってもな」
「考えておくわ」
 軽くレンチを振る半機械の女性に苦笑を向け、エディは自分の身の振りを考える。
 ともあれ、停滞して居ても無駄だ。遊撃の一つでもこなしてくるか。

 ◆◇◆◇◆◇

「うむむむ……。たしかに、鼻ちょうち……ユイは友達ッスけど……」
 唸りながらもじろじろと細部を眺める。
 一見すれば人間にしか見えないその女性は間違いなく機械だった。肌に継ぎ目も見られず、表情も若干固めとはいえ、アインと比べればそん色はない程度。
 とまぁ、実際クロスロードを歩けばそのレベルのアンドロイドは一人二人見かけるのだが、自らが作り上げた自立型ロボットが「ちょっちゅね」としか喋れない上に、敵味方巻き込んでの大暴れした過去を思えば嫉妬も浮かぶ。
「で、あんた。はなちょ……ユイが作ったんスか?」
「いいえ。私はユイの作品ではありません」
「そーーーっスよね! まっさか、あのすぐ寝るユイがここまでのを作れるはずがないっスよね!
 あの巨大ロボもあんたと同じ作者の物っスね」
「巨大ロボ……? ユグドシラルの事ならばあれはユイが作った物です」
 カッチンとトーマの動きが止まった。
「こ……この孤高の天才ウルトラ発明美少女トーマ”ザ・ジャイアント”リピンスキーが夢に見るクラスの超兵器。あ、あれをユイが作ったと言うっスか?」
「はい。ベースは『重量級砲撃支援機-タイタン』ですが、原型を留めていないですから、ユイの作った物と言って問題ないかと。
 超重量級電子支援機-ユグドシラルはユイの機体です」
「……今何て言ったっスか?」
 エスディオーネが言い放った言葉に物凄い違和感を感じてトーマが問い直す。
「超重量級電子支援機-ユグドシラルです」
「電子支援機?」
「はい」
「あー、専門用語が並び過ぎてわけがわからないんだが。
 もう少し分かる言葉で喋らないか? お前ら」
 マオウ、アイン、トゥタールの三人は魔法よりの世界住人だ。早口で語るトーマの言葉をPBに確認するのでは間に合わず、困惑の表情を浮かべていた。
「あー、なんて言えば良いんスかね……。
 上のロボットなんスけど、電子支援機とかおかしなことを言っているんスよ」
「その電子支援機と言うのは何だ? PBの説明もいまいち分からん」
「高速演算、情報解析、対象機器のクラッキングを主とする攻性戦術機です」
「軍師みたいなものでしょうか?」
 トゥタールの言葉に「近いっスね」とトーマが疲れた表情で頷く。
「っていうか、なんであんなでかさなんスか!?
 超古代の電卓でも積んでるんスか?!」
「サイズはユイの趣味です。大艦巨砲主義と言いますか……何でもかんでも巨大にして色々詰め込むのにこだわっていた時期の作品ですので。
 そこにフェンリルハウルまで増設しているので、出力系も増量していまして……」
「……フェンリルハウル?」
 魔狼の名を聞いてアインが首をかしげる。
「ユグドシラルの肩に増設された砲です。
 正式名称は『仮想銃身展開型超加速電磁砲フェンリルハウル』」
「中二病全開な名前っスね!?」
「……で、それは凄いのか?」
 マオウの即物的な問いにエスディオーネはこくりとうなずき
「威力評価は9S。開発当時は協会がそのあまりの威力に出力制限を強制するほどの代物です。なお、戦術核の威力評価が5Sでした」
「……」
 『戦術核』の説明をPBに聞いた一同が一様に呆れかえった顔をするのも無理は無いだろう。
「この世界のルールに則って現状は威力はかなり減衰はしています」
 それでも先の大襲撃では衛星都市を個で壊滅の危機に晒した巨竜を50km先から一撃で撃退している。
「っと、エスディオーネさん。それならどうしてユイさんはこの危機に……
 現在数多の怪物がこの地へ迫っている中で、あの機械を動かさないのでしょうか?」
「私がここに封じられていたからです。
 この世界に到った時に架せられた枷の一つに、私が演算補助をしなければユグドシラルを十全に動かせないという物があります。
 1分程度であればユイだけでも動かせるかもしれませんが、脳に掛かる負担は莫大ですから、アルカやルティアが止めたのでしょう」
「ということは、あんたが居る時点で巨大人形の駆動は可能だと言うわけだな?」
「ユイがいなければ十全の性能は発揮できませんが」
「なら、早くユイの所に連れていく?」
 アインの言葉にマオウは頷く。
「出られなくなってからじゃ遅いからな」
「いや、それならユイさんの方に来てもらいましょう。
 足の速い人に使いに出てもらった方が早いです。彼女一人でも動かせるならなおさらです」
「……なら、エンジェルウィングス探す」
「郵便屋か。ともあれ、上に戻るとするか。急ぐに越したことはなさそうだ」
 マオウの言葉に皆頷き、大迷宮都市内のエンジェルウィングス支店へと向かうのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「あら? アルカちゃん……よね?」
 クロスロード中心部。いくつかの大きな組織の本部が並ぶ場所でクネスはその姿を視界に納めた。
 いつもの嫌そうな顔でなく、どことなくバツの悪そうな顔にクネスは苦笑を浮かべる。
「アルルムって子は見つかったの?」
「……その事で南砦に行く最中にゃよ。
 あっちでなんか予告したんだって。早く教えてくれれば良かったのに」
「南砦? 確かヨンさんが代理をしてるんでしたっけ?」
「うん。吸血鬼君ってあちしがあの子を送り込んだ世界の出身らしくて、知りあいだったらしいにゃよ」
「あたしが言った事、ちゃんと覚えてるわね?」
 むぅと分かりやすく眉根を寄せる様は、むずがる子供のようでもあった。これがクロスロードの管理組合、その謎と言われ続けて来た副管理組合長の1人と言うのだから笑みも漏れる。
「うちの子は公平よ?」
「可愛い奥さんのひいきくらいしてくれるべきにゃよ」
「あの子も貴方と同じなんでしょ?」
「……あちしが悪かったにゃよ。
 ともかくちゃんと連れてくるにゃよ。あちしだって殺すつもりで造ったわけじゃないにゃ」
 きっぱりと言い放ち、早々に立ち去ろうとした猫娘に巨大な影が掛かったのはその時だった。
「あら、ザザさん?」
 巨獣が非常時とは言え賑わう広場に着地し、近くに居た来訪者が奇異の目を向ける。体長の5mを超える来訪者は基本的に街中で歩きまわることは無い。巨人族や竜族のために用意された地域でのんびりして居るのが普通だ。彼らとしてもミニチュアの町を気を使いながら歩き回るのは気持ち良いものではないのだろう。
「よっと。お前がアルカってやつか?」
 クセニアがザザから飛び降りざまに問う。
「そうにゃよ。いきなり挨拶にゃね」
「いや、ザザの旦那がな。
 おまえのそっくりさんが出たと伝えるんだって言うから」
「南砦?」
「うんにゃ、東のでけえ壁のところだ。何人かが襲いかかってたが」
「アルカちゃん。南砦じゃなかったの?」
 クネスの言葉にしばし考え込んだアルカは「陽動かぁ」と苦笑を洩らした。
「結果的にヨン君がもたもたしてくれたおかげにゃね。
 あちしはそっちに向かうにゃ」
言うなりふらりと酔っ払いのようによろめいたかと思うと、小柄な少女の姿は遥か道の彼方へと遠ざかっていた。
「転移術? 100mの壁とかで使えないんじゃないのか?」
「いえ、兎歩か何かかと思うわ。物理的かつ超常的な技術ね」
 クネスはそう応じながらも視線は南を見つめる。
 あの吸血鬼、随分と混乱しているようだけど、大丈夫かしら?

◆◇◆◇◆◇

 話すべき事は話した。
 その結果は目の前に広がっている。
 管理組合各員はヨンの抱いていた不安を理解したうえで最適を求めて行動を開始して居た。基本的に管理組合はサポートの専門家が多く揃っているのだ。方針さえ決まってしまえばその行動は非常に迅速だった。
「変に背負って逆に迷惑を掛けてしまったようですね」
 独り言を聞いたスタッフが微苦笑を浮かべて職務を続行する。
 とは言え、問題が解決したわけではない。南砦の維持と遊撃隊の支援を継続を決めた以上、アルルムに好き勝手にされるわけにはいかなかった。
「イルフィナさんに出した手紙が戻ってくるのは早くても夕方ですか。
 胃が痛くなりそうですよ」
「ヨン代行。指示通り現有戦力を衛星都市に派遣しました。こちらへの撤退は各自の判断に任せるとしています」
 水際で食い止めるにせよ、クロスロードより遠い水際の方が良いに決まっている。
 列車砲の独壇場になっている線路に列車を走らせ、増員を乗せて大迷宮都市へと向かう光景を見て、彼は困惑を表情の下に隠す。
 打つべき手は打ったと思う。
 そのあとは結果を待つだけ。それが非常に胃に重い。
「早く帰ってきてくれませんかね……ホント」

 彼はまだ知らない。
 彼が最も危険と考えている存在が、その意見を仰いだ先で大騒ぎしていると言う事を。

「代行。怪物おおよそ10万が大迷宮都市の有視界内で観測されたそうです」
 そして知ったところでどうしようもない。
 目先の事を始末してナンボなのだから。
 大迷宮都市を背後に、ターミナル最大の野戦が始まろうとしていた。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
眠気がヤバイ神衣舞です。最近睡眠時間3時間切りそうです。うひぃ。
 さて、随分と長々とやってきました第三次大襲撃も一つの山場を迎えます。
 はたして大迷宮都市の運命は!
 みなさんのリアクション次第ですのでよろしくお願いします。

 もうちょっと執筆速度上がるようにがんがります。(_。。)_
死闘
(2012/03/27)

「お疲れさまでした。無事あの怪物を倒せたようですね」
「うむ。それよりも状況を説明してくれぃ」
 銀髪の少女のが放つ無感動な言葉にヨンは苦笑を洩らす。
「アルルムさんがここでお祭りをやると言って去って行きました」
 この少女には『アルルム』の名前が通じる事を知っている。ヨンの言葉に少女は訝しげな顔をした。
「何故ぬしに告げてやる必要があったんじゃろうな」
「……え? まぁ、予告状とか好きそうじゃないですか?」
「……普通だったらの」
「え?」
 疑問符を浮かべるヨンだが、それを問いとして放つ前に管理組合員が飛び込んでくる。
「代理、クロスロード東方から爆音と光を観測したそうです!」
「洪水が始まったんですか!?」
「落ち着け。洪水で光が出るものかえ。
 つまるところ、あの猫の言葉は陽動のつもりだったんじゃろう。
 イルフィナたちとやり合っておるようじゃから、大方まごまごして連絡が遅れたと言うところか」
 完璧すぎる推理にヨンはしばし絶句し
「け、結果オーライですよ!」
 と視線をそらしながら言い張る。
「ま、確かにそうじゃな。
 いかにアレでも相手がわるかろうし」
「……ティアロットさんは、アルルムさんが何をしようとしているのか、知っているんですか?」
「知らんよ。この世界で『距離』は絶望的なものじゃて」
 されど、と少女は言う。
「想像には100mの壁も見通す可能性がある。
 なんとなくは推測はついておる。なんとも、子供じみた動機じゃて」
 見た目子供の言葉にヨンは眉根を寄せる。
「だが、原初の感情の一つでもあるのじゃろう。
 それを止めることは難しいからのぅ……」
「???」
 呆れたように見られたヨンは居心地悪そうにして、コホンと咳払い一つ。
「それで、ティアロットさんはどうするんですか?
 セイさんはここに残ってもらうにしても」
「わしは今日は休むよ。明日以降は戦況次第じゃろうな」
 ふわりと甘ロリのレースと銀の髪を躍らせて少女は南を見つめる。
間もなく、第三次大襲撃の最大の戦いが始まろうとしていた。

◆◇◆◇◆◇

「もう一つの塔か。管理組合の連絡は聞いたけどな」
 登頂者同盟の会員は顔を見合わせた。
 有名ながらも不可思議な彼らには2つの側面がある。1つは塔そのものを調査するための研究者組織。もう一つはこの超巨大な塔に魅せられ、タイムアタックや、特殊な登り方を楽しむ者達だ。
 前者にとって後者は邪魔のようにも思えるが、塔の外側に張り付いている扉の調査のフォローや、背負って登るレースに乗じて上に運んでもらうなど、なんだかんだで上手くやっているらしい。
「まぁ、昔からあるはずだとは言われていたけどね。
 だって怪物って来訪者と同じで多種多様だからさ。それに言葉が通じない、食べ物が不要っていう共通性を持っている。我々が言葉を同じにできるという共通性と同じようにね」
「それは理解できるわね」
 クネスは相槌を打って差し出された茶をすする。
「それはそうと、このあたりで怪しい人物を見ることは無いの?」
「そんなのいつもの事だよ。特に研究者連中なんてさも当然のように塔や扉を削ろうとして失敗してやがるからな。
 前に大型重機持ち込もうとして大騒ぎになった事すらある」
「大型重機……それ、扉の園まで壊しちゃわない?」
「いや、まぁ竜が通る道があるくらいだからな。
 ただ、研究者ってのは自分の目的以外の事にとんと無頓着な所は確かにあるが」
 周囲の同盟員が笑い声を上げる。
「まぁ、そういうわけで、怪しいやつなんざごまんと居る。
誰がどうとはわからんさ」
 それもそうよね、とクネスは考えを巡らせる。
「この機に乗じて塔をどうにかしようってのは杞憂だったかしらね」
「どうにかって、怪物でもなければ傷つけることすらできないんだぜ?
 もし傷の一つもつけられるとしたらそいつは怪物に違いないさ」
「何か方法があるとは思わないの?」
「確かにあるかもしれない。でもな、この5年以上、それを覆したヤツはいやしない。
 唯一の実例は最初の大襲撃の時、怪物に扉の園まで踏み込まれ、いくつかの扉が破壊された時だけさ」
「じゃあ、塔の周りはほとんど警備してないのね?」
「そんな事は無いさ」
 男は大げさに身振りをして
「この周りは特に厳重に監視されているよ。
 ほら、見てみな」
 と、指差す先には青いボールがあった。
 街の至る所で見かける掃除兼、案内ロボットとして認識されるセンタ君だ。
「扉の園のセンタ君の量は圧倒的に多い。はじめてこの世界に来た来訪者の案内のためとも思えるが、不審な行動をすればすぐに集まってくるからな」
「そうなんだ……」
 となれば、最早危険人物と認知されているアルルムも容易に動き回る事はできないのかもしれない。なにしろ数が居るし、機械は幻術の類が効きにくい。
「杞憂だったかしらね」
 聞いた話の通りならば、そろそろ怪物の先行集団が大迷宮都市に達するだろうか。

◆◇◆◇◆◇

「よっと」
 ゴーグル越しに広がる一面の荒野。
 そこに数多見える異物を前にして彼はリボルバーの銃口を向けた。
 タイヤの無い車の上とは言え、移動して居る限り揺れるものは揺れる。
 そんな状況でも支援を得意とする身は自身の行動もサポートし
「当たれっ!」
 撃ち放った弾丸は見る間に小さくなり、そしてこちらへと向かってくる怪物の先頭が派手に吹き飛ぶのを見た。
「お見事」
 弾丸寄こしてくる女性を見てゴーグルを挙げた青年は苦笑いを浮かべる。
「撃てば当たる状況だしな」
 リロードして発砲。確かに撃てば当たるが、その先頭を撃ち抜くのと、適当に当たるのとでは意味が違う。先頭が転べば後続も転ぶ。そこには少なからず被害が発生するのだ。場合によっては押しつぶし、殺すことだってできる。
 ただ、この圧倒的な数の前ではスズメの涙の戦果に過ぎない。それでも重ねていく事しかできないのが現状だ。
 大きな兵器は動かす事も難しい。そのまま踏みつぶされる事覚悟に置き去りにするには非常にコストが高く割に合わない。
 そう言う意味ではエディが用いていた迫撃砲あたりは運用方法さえ把握して居れば非常に扱いやすい兵器かもしれない。
 そんな事を考えつつKe=iは車載のガトリングガンに取り付いて、側面に縋ってきたケンタウロス型の怪物をハチの巣にする。
「そっちの方が圧倒的に効率が良くないか?」
 ちょっと物悲しくなりつつある一之瀬にKe=iはそうでもないと首を横に振る。
「集弾性が低いし、無駄弾もばら撒くからあくまで防衛用よ。
 これが有効な距離まで相手を近づけるなんて出来る限りやりたくないわね」
 本来拳銃の有効距離も5〜6m程度なのだが、技術でそれはある程度まで伸ばすことができる。
「そんなものかな……?」
 言いながら次の目標へとシフト。
 それにしても、と彼は思う。的の数が増えている。
 二人は駆動機の荷台に乗って、絶えず移動しながら攻撃を加えている。その全周のどこかに怪物の姿を見つける事が容易くなってきていた。
「怪物の密度が極端に上がってきたわね。退き時かしら?」
「当てやすくて良いじゃないか?」
「囲まれたら終わるわよ」
 それもそうかとバラエティにあふれる怪物を眺める。
「もう地平線が見えなくなってきているわね」
 その全ては怪物の黒い影で常にうごめき続けている。そんな笑えない光景を前にKe=iは考える。
 衛星都市やクロスロードと違い、大迷宮都市はある程度以上に接近されれば迎撃能力の大半を失うことになる。砦が持つ壁というアドバンテージを持っていないからだ。
「クロスロードまで戻った方が良いのかしらね?」
 聞けばかなりの人数が大迷宮都市の周りに布陣し、野戦を繰り広げているというが、足が鈍る集団戦はほとんどできていない。それ故に被害は少ないが、大襲撃と言う集団に対しても決定打は与えきれていなかった。列車砲などの大型兵器も随時運用はされているが、どうしても位置を気にしながらの戦闘となるために効率は悪い。
「しっかし、なるべく見つからないように戦うつもりだったんだけどな」
 一之瀬はそうぼやきながらもそれが無理だということを承知して居る。何一つないこの荒野でどんな隠密が可能と言うのか。それこそ地面の下くらいしか隠れられそうな場所は無い。
「大迷宮都市……。隠れてやり過ごせるのかしらね?」
 来訪者達はまだ、その答えを知らない。

◆◇◆◇◆◇

「エスディオーネ、あたしがこの機械を動かすことはできないっスかねぇ?」
「可能ですが、死にますよ?」
「よし! 可能っスね! 死ぬだけなら……え?」
 さも当然のようにとんでもない事を述べる機械人形にトーマは目を丸くする。
「死ぬって、どういう意味っスか?!」
「そのままの意味です。恐らく耳から鼻から血を吹いて死にます」
「だったら鼻ちょうちんも死ぬじゃないっスか!?
 あんた、鼻ちょうちんを殺すつもりっスか!?」
 鼻ちょうちん……? とほんの少し困惑したように動き、
「ユイの事ですか?
 彼女は特別なのです。脳が」
「あたしだって天才っスよ!」
「そう言う意味ではありません。あなたは機械関係は理解できますよね?」
「もちろんっスよ。天才っスから」
 勢いだけで返事をしているようにも見えるトーマにエスディオーネは淡々と応答する。
「ユイの脳はクロックアップしたCPUのようなものです。
 生まれながらにそうなるようにデザインされ、十全に性能を発揮できるように調整されました」
 食ってかかっていたトーマはぴたりと動きを止めて、しばし黙考。
 そんなけったいな動きも気にせずにエスディオーネは続ける。
「《ブレインアクセラレーター》。体内電流の発電量を強化し、それを用いて脳に走るパルスを強化することで、莫大な演算能力を強いるデザインチャイルド。それがユイという人間です」
「ちょ……それって」
 クロックアップCPUくらいはもちろん分かる。分かると同時にその欠点も彼女には理解できてしまった。
「もしかしてあの鼻ちょうちんがずーっと居眠りしてるのって」
「……そうですか。戻ってしまっているのですね。
 その通りです。彼女自身にも抑えることのできない、あるいは脳を焼くかもしれぬほどのパルスから自身を守るために防衛本能として眠りに落ちて負荷を減らしているのです。
 それが彼女の追わされた代償……、いえ、呪いですね」
 クロックアップCPUには大掛かりな冷却機構が必須だ。でなければ熱暴走を起こしてしまう。それが彼女の眠りの意味。
「このユグドシラルは私の演算と共にユイの脳を使って演算する事が前提になっています。普通の人が使おうとすれば、脳が焼き切れて死ぬ事でしょう」
「……何故そんな機械に乗っているのですか?
 普通に考えればもっとロースペックのものでも充分だし、安全性は高いと思うのですが」
 トゥタールの尤もな疑問に機械人形は頷きを返す。
「理由は2つです。技術者の性と、自己犠牲。
 この機体は己の命を糧にする事を前提に造られたのです」
「自己犠牲か。場合によっては美しいが、お前の主人ではないのか?」
 マオウのコメントに機械人形は表情を動かさぬままに、ただ目を伏した。
「私だって今のユイをそんな機械に乗せるつもりはありません」
 さらりと前言撤回するエスディオーネに二人は言葉を詰まらせる。
「それはもはや過去の話です。
 今のユグドシラルは私の補助演算を前提にして彼女の負荷を大幅に減らす機構になっています。とはいえ、やはりそれなりの素養がなければ、十分も持たないでしょうが」
「……返せば、10分未満は持つっスかね?」
 トーマの問いかけにエスディオーネは訝しげにも見える表情を造った。
「はい、そうなります」
「だったらやっぱり鼻ちょうちんが来るまではあたしがやるっスよ。
 動かなくたっていい。そのフェンリルハウルとやらが撃てるだけで随分じゃないっスか?」
 『再来』を経た者は知っている。
 50km先の衛星都市上空を飛ぶ巨竜をその砲撃が打ち砕いたという事実を。
「……1撃しか撃てませんよ?
 エネルギーが不足しています」
「充分っスよ。それにユイが来れば交代すれば良いだけっス」
「脳に障害が出る可能性を否定できません」
「あたしは天才っス」
 ない胸を張る少女にエスディオーネは緩い笑みを浮かべる。
「わかりました。初期起動もありますし、ユイが間に合わない時にはお手を借りるかもしれません。
 よろしくお願いします」
「そうなると、これの砲撃があることを知らせなければなりませんね」
 確かに、そんな超高火力の砲撃を予告なしにぶっ放せばどれだけの味方を巻き込むかも分かったものでない。
「列車砲の事もありますし、大迷宮都市の指揮官と相談してきましょう」
 トゥタールはそう言って大迷宮都市の方へと戻っていく。
「こちらも情報の伝達をしよう。あるいは撤退もかんがえておかねばならなそうだからな」
 マオウもまたトゥタールに続く。
「じゃあ早速始めるっスよ!」

 遠雷のように響いてくる爆音を背に決戦の準備は進んでいく。

◆◇◆◇◆◇

「思った以上に対応が早いな」
 クロスロードへと帰還したエディは歪みの石を何とかしてもらうべく、ルティアへのアポを取ろうとしていた。
 折しも大襲撃の、その対策の長に会うのは難しいと思っていたのだが、あっさりと通され、応接で茶を前にしている。
「お待たせして申し訳ありません」
「いや、この時分に押し掛けてこちらこそ申し訳ない」
 翼を背負った美しい女性はほんの少し疲れの交じる笑みを浮かべて背もたれの無い椅子へ腰掛けた。
「それで、不思議な物を見つけたと聞きましたが」
「ああ、こいつだ。アンタならどうにかできるんじゃないかと聞いてな」
 机の上にコトリと置かれる水の塊であるはずのもの。
 それを見てまずルティアは眉根を寄せた。
「可哀想。ですね」
 それは嫌悪でなく、漏れた言葉の通りに憐れみと、そしていつくしみの表情。
「水の精霊が歪んで固まった物。そう聞いているが、あんたの見解もおなじかい?」
「はい。しかし歪んでいると言うにはあまりにも恣意的です。
 これは歪んだのではなく、歪まされた物です」
「というと?」
「間違い無くあちら側の代行者の一人、狂人の仕業でしょう。
 貴方が長くこれを持っていなくてよかったです」
 聞き捨てならぬ事を聞いた気がしてエディは視線をあげる。
「これは狂った水であると同時に、原初の混沌です。
 無でもなく有でも無い。その二つが混じり合った、神々が生まれる前の混沌。
 それを無理やり作った物と言う事です」
「……長く持っているとどうなってた?」
「あなたもこれになっていたでしょう。
 あるいは、貴方が世界になっていたかもしれません」
 自分が世界になるという表現が想像の上を行き過ぎてエディは縋るように茶をすすった。
「南方に出たという怪物を食う怪物。それの核がおそらくこれなのでしょう。
 あらゆるものを歪めて己とする。混沌から生まれた者はいずれ混沌に戻る運命を持ちます」
「……つまり、ヤバイものってことか。存在するだけで」
「はい。早々に対策が必要です。
 あるいは、廃棄世界への投棄も考えなくてはならない」
 廃棄世界というのは既に滅んで消え去ってしまった世界の事だ。ほぼすべての廃棄世界への扉は開く事が無いのだが、ごく稀に廃棄世界に繋がる扉が開く事がある。
 それは終わりのあとの始まりの予兆とも、ただの偶然とも言われている。
「原初の混沌に近い廃棄世界であればこれを溶かすことも可能かもしれません」
「……その世界がヤバイことになったりはしないのか?」
「わかりません。できるだけの歪みの除去は行いますが……。
 アルカさんとフィルさんのサポートがあればなんとかなるとは思います」
 救世主と呼ばれるべき4人のうちの3人の力を駆使してもそんなあいまいな答えなのだと気付いてエディは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
「ありがとうございました。これで狂人が活動している事が明確になりました。
 それにもまして、これが放置されていたらとんでもない事になったかもしれません」
「いや、偶然だよ」
「偶然を引き当てるのは良い探索者の資質だそうです」
 やわらかな笑みを向けられ、エディは誤魔化すように肩を竦めるのだった。

◆◇◆◇◆◇

『お前も物好きだな』
「なんだい。アンタだって行くつもりだったんだろ!?」
 ザザの背で叫ぶクセニア。二人が再び向かおうとしているのはクロスロードの東方だ。
『まぁな。だが、あの激闘に飛び込むつもりは正直ない』
「とはいえ、下流側の工事は完了してるし、工事してた連中も撤収したんだろ?
 気兼ねなくやろうじゃないか」
『方策でもあるのか?』
「そういうのは旦那に任せるよ」
 ザザは呆れたように鼻で笑う。
『見えた。気を引き締めろ』
 ザザの言葉に言われるまでもないとクセニアは銃端を握り────
「なっ!?」
 いきなり突っ込んだ霧に目を白黒させる。
「なんだこりゃ!?」
 霧にしてはやけに生ぬるい。これではまるで冷めかけの湯気だ。
『……悪い、今、猛烈に後悔したぞ』
 ザザの不意の言葉に訝しげな顔をして、正面を見たクセニアは全てを理解する。
 霧の向こうに太陽があった。
 日の光にしてはやけに赤々しい───そして猛烈な熱風が言葉の一つも赦さない。
 蒸発している。
 堰き止められてなお莫大な水量を誇るサンロードリバーの表面が沸騰し、水蒸気を挙げている。その全ては霧の向こうの太陽が原因に違いない。
「こりゃあれか……? 最初の大襲撃ん時にどっかの方角で確認されたって言う……!」
『冗談じゃない!』
 それにもまして、付近に居るはずの管理官はどうしたのか?
 まさか、もうすでに干上がっているのだろうか。
「ぐぉ!?」
 突如襲い来るのはスチーム。熱せられた蒸気が皮膚を走り、全身が燃えるように熱くなる。ザザが咄嗟に身を翻さなかったら、クセニアは1度か2度のやけどを負っていたかもしれない。
「って、旦那、大丈夫かよ!?」
『頑丈さには定評があるんでな。と言っても喉が焼けそうだ』
 クセニアにしても袖で口元を押さえるようにしなければ熱気に喉が焼かれそうと感じている。
 煽られるように距離をとる二人は、次いで世界が崩れるような音を聞いた。
「今度はなんだ!?」
『……水、だ』
 言われなくともこれだけの霧が発生しているのだ、水が……
「って、堰が壊れたのか!?」
 その問いにはすぐに回答が示される。空に居て、なお大気まで激震させる水音を受けて二人は熱風の中、それを見た。
 荒れ狂うようにサンロードリバーを走る水。それは撃ちたてられた幾重の防壁をあざ笑うように打ち砕きながら圧倒的な勢いで突き進んでいく。
「あんなのでも砕かれるのかよ!」
『いや、しかし水が少なからず川の外へと流れている。この距離からならばクロスロード傍に造っている治水工事でなんとかなるかもしれん』
 確かに壁にぶち当たった水は川からはじき出されるように広がって、本流を弱めているようだ。
「やぁ、こんなところで観戦とは恐れ入る」
 息を詰まらせ、横を見れば青髪の青年が澄まし顔でザザの背に、クセニアの真横に立っていた。
「誰だ、あんたは」
「イルフィナ・クォンクースと言う。これでも南砦の管理官なんだがね」
『そんな事よりもどうなってるんだ?
 あの太陽は何なんだ?』
「私が聞きたいね」
 イルフィナは大仰に肩を竦める。
「ただ分かるのは、下で笑うしかない戦いが展開しているということ。
 そして我々はまず何よりも被害縮小のための行動を起こすように命じられたというだけさ」
「なんだそりゃ。こっちはエキストラ扱いってことか?」
「……もしそうなら気楽で居られるんだがね」
 イルフィナは険しい表情を下方へと向ける。
「ケルドウム・D・アルカ氏……。副管理組合長でなくとも優秀なエンチャンターを失うわけにはいかないんだが、手が無い。
 彼女は今できないはずの事を無理してやっているようなんだ」
 クロスロードに一旦戻った時に聞いてはいる。かつて救世主と呼ばれ、たった4人で大襲撃を押し返した英雄は、そのほとんどの力を封じられて、自分らとそう大差がないと言う事を。
「できるだけの事はやろうと思うがね。君たちにもちょっと手を貸してもらいたいんだがどうかな?」
「……」
 男は気軽に問うが、気軽に答えて良いかも分からない光景が眼下に広がっている。
 二人はしばしの沈黙の後に、答えを示すのだった。

◆◇◆◇◆◇

 そして、
 クロスロードからでも観測できたその光は、怪物の多くを呑み込み、沈黙した。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 執筆速度の低下と相まってのんべだらりと続いております。もうしわけない。
 次回かその次が戦闘のラストの予定でお送りします。神衣舞です。
 東の堰はついに決壊。しかし何事も無ければ上流の壁で散らされ、下流の治水対策工事で事なきを得られる見込みです。
 また、トーマが鼻血を吹いたおかげで(笑)一発のフェンリルハウルがぶっぱなされ、怪物の数割を持っていくことに成功しています。
 ただし、大迷宮都市は接敵されると攻防の能力を失うため、探索者にとって籠るかクロスロードに撤退するかの選択を迫られるタイミングとなりました。
 列車砲と混乱弾もかなりの成果を出しているようで、あるいは野戦でも押し返せるかもしれないという雰囲気にはなっています。むろん壁が無い状態での戦闘は一歩間違えば……ですが。
 というわけでラストスパート。
 桜の花が咲く前に(笑)第三次大襲撃の終わりを迎えるべくリアクションをお願いします。
 だって桜の花が咲いたらあれしなきゃいけないもんね!
 PS.かき終わった後にマオウさんのリアクション気づいたので申し訳程度です。申し訳ない
死闘
(2012/04/09)
 第三次「大襲撃」
 これが後に何と呼ばれるのかは分からない。

 数十万もの怪物が襲い来る事を知った第一次『大襲撃』
 我々来訪者は種族と世界の垣根を越え、共闘しなければこの地で生きていけぬ事を知った。
 大襲撃が1度の災厄出ない事を知った第二次大襲撃。別名『再来』
 我々はフィールドモンスターと後に呼称される怪物の存在と、その正体を知った。
 この世界は無限に広がる荒野だけの世界ではない。元々存在した様々な物が怪物に浸食され、姿を変えているらしい事を知ったのだ。
 
 そして起こった第三次大襲撃。
 我々はまた新たな事実を突きつけられる。
 『開かれた日』よりも前にこの地へ到った者の話。
 怪物が決して無知性でない事。
 そしてもう一つの塔の存在。

 この地への移住者である我々はこれらの事実を以て、次にどこへ至るべきなのか。
 100mの壁の先はまだ誰にも見えない。

 『とある研究者の記述』より。

◆◇◆◇◆◇

 振り返って見れば大迷宮都市での決戦の前に、この第三次大襲撃は決着を見ていたのかもしれない。
 水攻めの失敗。融合する怪物は討伐され、探索者達はこれまでの経験と、新たな兵器を携えて莫大な数の怪物を削りに削った。
 数十万を超える怪物の群れも無限には程遠い、限られた数に過ぎない。
 そしてそれを削り殺す兵器がまた一つ、ここに現れたのだから。


「士気は随分高いわね。あんな大軍相手に野戦だって言うのに」
 一之瀬の提案の元、大迷宮都市周辺へと戻ってきたKe=iは他の皆と協調行動を以て前線の構築を支援していた。
「無理もない。あの光を見たんだ、負ける可能性なんて吹き飛んだであろう」
 Ke=iの軽口にマオウが微笑を以て応じる。
「だが、これほどの兵器があったとはな。素直に喜べない気もするが」
「って言うと?」
「慢心と恐怖だな」
 会話に割り込んできた男はエディだった。
「これがあれば今後大襲撃があっても大丈夫だと、そう思っても仕方ない。
 それが端的な事実であればそれに越したことは無いんだろうが、安心は要らない野心を生むからな。最悪今成立している種族間の協力関係が怪しくなってしまう」
 思いなおせば明らかな対立種族も轡を並べて防衛線を構築しているという現状は、他世界の者からすれば奇妙を通り越した異常に映る事だろう。
「そして、この一撃がどこかの勢力が手に入れる、あるいは乗っ取られた時にこちらに向くかもしれないという恐怖だな。
 なるほど、救世主として第一次の時にたった四人で怪物を吹き飛ばした副組合長殿が雲隠れしていた理由も分かるというものだ」
 王として君臨した経験を持つマオウはクツクツと笑う。
「今まで通りとはいかないって事?」
「わりかし各組織のトップはまともだし、実質的なトップの副組合長連中はどこかに肩入れして無茶やるようには見えないから劇的な変化は無いだろうな」
 だが、とエディは言葉を継ぐ。
「それ以外や、今まで動くに動けなかった自分の世界とのつながりを強く持つ者はどうだろうな」
 研究が主でそういう勢力図的な物には興味があまりないKe=iはとりあえず厄介だという感想を以て正面を見据える。
「それもこれもこれを乗り切ってかしらね」
「お、居た居た」
 大型拳銃を腰につるした男が駆け寄ってくる。
「怪物達の前線はざっと4km先で再結集してるらしいよ。
さっき臨時指揮官に伝えて来た」
「お疲れ様。貴方はどうするの?」
 問われた一之瀬は頬を一つ掻いて考えると
「後方に居ても退屈そうだし、前でかるくドンパチしてくるよ」と肩を竦める。
「退屈か。いくら目途がついたからと豪胆な言葉だな」
 マオウの言葉に一之瀬は首をかしげ
「どうしてだろうね。あんたの言う通り勝ちが見えたからかもしれない。
 あるいはその退屈をまぎらす友人が居ないからかも」
「奇特な友人を作るには事欠かぬ状況ではあろうに」
 目の前にいる3人ですら、人とサイボーグ、そして元魔王という取り合わせである。
「着て早々この騒ぎだったからね。
 落ち着いたらいろいろ街中でも散策してみようかな」
「それも良いだろう。だがケイオスタウンを歩くのには注意した方がいい」
 エディのややげんなりした言葉に一之瀬は首をかしげる。
「そう言えばエディ、貴方やけに御酒臭いけど?」
「コミュニケーションにも色々あって、あるいは問題になりかねない。
……まぁ、つまりそう言う事だ」
 礼を言うためにシュテンの所に寄ったエディは、ならばとしこたま酒に付き合わされてようやくここに舞い戻って着ていたりする。
「何かよくわからないけど、まぁ探索する時には気を付けるとするよ」
 その言葉を皮切りにするように、据え付けられた砲門が一斉に火を吹いた。
「さて、敵は無理やり穴を埋めて襲ってきてるわ。
 さんざんに痛めつけてあげましょう!」
 Ke=iの声に、周囲の機械化兵部隊も周囲に合わせるような轟砲を解き放った。

◆◇◆◇◆◇

「おいおい、あれに飛び込むって本気かぃ?」
『本気だとも。無理に付き合う必要は無い』
「……馬鹿言うな。ここで部外者扱いは勘弁だ」
 暑苦しいほどの蒸気の中、眼下で起こる魔術戦はほぼ互角に見える。
「その意思に敬意を表するよ。私達は水の管理に行く。心苦しいが任せたよ」
 言いながらも、そして言葉無い2人も同時に二人へといくつかの補助魔法を仕掛け、去って行った。
 実力的には代わるべきではあろうが、攻撃にしか脳の無い二人に轟音と共に流れる水をどうこうする手段は無い。
『何発もやれることじゃない。牽制、頼むぞ』
「おうとも」
 大量の熱と蒸気で上空の気流はすさまじい事になっている。 
 その中でザザは目を細め、大きく旋回。
『行くぞ!』
 アルルムの背後を取る形で進路を変更。一気に突撃を仕掛ける。
 クセニアはぐっと身を沈め、むせかえるほどの熱気の中で敵の姿を睨み据えた。
 アルカが動く。
 魔術主体のアルルムとは違い、自らが造ったであろう魔術具を使っての攻撃は意外性ことあるが、威力には限りが見える。その全てをアルルムは立体魔法陣で防ぎきっている。
 加速。
 その瞬間、振り向かないままにアルルムが立体魔法陣を二人の方へと向けるのを見た。
「こなくそっ!!」
 命中率無視の発砲がアルルムの足元を穿ち、立体魔法陣に吸い込まれるのを見ながら弾奏が空になるまで撃ち放つ。
 その時間は5秒にも満たないだろう。
『ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
 その姿の通り。獣の咆哮を挙げ、ザザは速度を緩めずに突進する。
 その小柄な姿が充分に確認できる位置まで迫って、クセニアは覚悟を決める。
 その背から手を離してのクイックリロード。風圧が胸を叩き、体が中空に踊るのを感じながらただ目標だけを睨み据える。
 発砲。
 隙間を穿つ連弾の一つが少女の右太ももを抉り、よろめかせるのを確かに見た。
 そこに滑り込むのはザザの巨体とアルカの姿。
「っしゃあぁ!」
 ずん、とまるで地の底まで揺れ響いたような音を聞きながら、クセニアは眼下に広がる激流を見た。

◆◇◆◇◆◇

「恐らくこれが私が代行として下す最後の命令です。
 空への警戒を」
 速報として飛び込んできた話しからすると、大襲撃の勢いは大迷宮都市を前にしてほぼ止まりつつあった。
 一度は引っ込んだ大迷宮都市の火砲群も加えた大攻勢はフェンリルハウルで消滅させられた穴を埋める時間を得られなかった怪物の足を完全にくじいているらしい。
 また東には警戒すべき一人。猫が現れた事もわかっている。
 そうすると残る問題は狂人ただ一人。未だ姿を見せぬ彼が最後に何かしでかすのではないかと言う疑念。
 そしてそのために適した場所こそ空であるとヨンは踏んでいた。
「クロスロードの対空火砲群を前進させる許可が出ました。
 ただしMOB討伐部隊は引き続き各砦にて警戒。東砦スタッフは避難中とのことです」
 堰が破壊された事も知っている。だが、その水は水害対策の工事場所へと流れ込み、その勢いを問題ないレベルにまで減衰させているようだ。アクアタウン住人を基本とした部隊が水に紛れる怪物の駆除を行っていることだろうが、元より水生生物のみで造られた堰ではないのだから、その大半がおぼれ死んでいる事だろう。
「そう考えると怪物も哀れですね」
 知性的な行動を始めて見せた怪物達だが、結局のところ指揮者が居てこその動きで、彼ら自身に確たる知性があったわけではないように見える。
 つまりはていのいい道具。それでも嘆かず彼らは死ぬための前身を繰り広げている。
 あるいは欠片のような知性はあるのかもしれない。
 現に前二回の大襲撃では彼らは大勢が決した後に撤退をしている。つまりは逃げているのだ。
「何なのでしょうね、怪物とは」
 彼の古なじみ、と言うほど親しくはないが、『猫』は来訪者でありながら『怪物』としての特性を持ち得てしまっている。
 彼女に再び会ったら何を言おうかと考え、しかしクロスロードの天敵となってしまった彼女に話しかけられるほど平和な出あい方がもう一度できるのだろうかとため息を吐いた。
「悪い事を考えても仕方ありませんね。
 アルカさんが何とかしてくれると信じましょう」
 そうして彼の思う通り、その命令が彼の代行としての締めとなるのだった。
 
◆◇◆◇◆◇

「まさか溺れ死ぬのを覚悟する事になるとは思わなかったよ」
 ジョッキを片手にクセニアが苦笑する。
「そちらも随分と大騒ぎだったのだな。砲撃戦もなかなか壮観であったが、興味はある」
 話を聞いていたマオウがふむと視線を周囲に這わす。
 ここは純白の酒場。酒飲みどもがそこらかしこで祝杯を挙げている。
 ここだけではないのだろう。大迷宮都市でも、クロスロードでも、あらゆるところで祝い酒がくみ交わされている。
「結局治水工事は上手く言ってたわけ?」
「ええ。水の被害はほとんどなかったわよ。
 そこに紛れてた怪物退治でちょっと大騒ぎしただけ」
 祝賀の配膳も一通り済ませたクネスがKe=iの問いに応じる。
「もっと身の丈にあった騒ぎが良いよ」
「早々こんなのがあってたまりますか」
 ボヤく一之瀬にヨンが突っ込みを入れる。
「だが、もう数カ月すれば桜前線の季節だぞ?」
「桜前線? 御花見が騒ぎとなんの関係があるのさ?」
 きょとんとする一之瀬にエディは「見ればわかるさ」と意味ありげな微苦笑を向ける。
「ああ、あれは確かに酷いですからね。
 今のうちにマスクとか用意しないと」
 うんうんと頷きを返すヨン。彼らの所に次の酒が持ち込まれ、それぞれに手を伸ばす。
「そう言えばフィルさんは?」
 Ke=iが思い出したかのように周囲を見た。この店の主人の姿がこのにぎわいの中に無い。
「本部らしいわ。だから私がお手伝いのウェイトレスさん」
 クネスの言葉に「ああ、そっか」とうなずく。身分を明かした以上、後始末に顔を出さないわけにはいかないのだろう。
「で、結局被害はどんなもんだったんだ?」
 ザザの問いかけは皆の興味のある事だった。故に代表してヨンが聞いた事を思い出す。
「衛星都市の状況は不明です。
 撤退していった怪物が何時気をかえるかもしれませんので大迷宮都市、クロスロードから範囲20km以上離れないように管理組合から依頼が出ています。
 大迷宮都市の被害はほぼゼロ。人的被害も極小とのことです。
 まぁ、派手に弾をばらまきましたから、費用的な被害は計りかねますが」
「そういえばそのあたりの費用って補てんしてくれるわけ?」
 クセニアが手をひらひらと挙げて問う。
「ええ、一定額支給されるそうです。
 大迷宮都市からも謝礼が出てるはずですので、PB経由で受け取れると思います。
 あとは今精力的に動いているはずの死体回収屋に混ざって怪物の遺骸をあされば何か出るかもしれませんが」
 怪物の中にはその体に価値があるものも少なくない。
 竜など体そのものが財宝の山と呼ばれるほどだ。それ以外にも魔法的な価値があるものも少なくないし、機械系の怪物からは未知の兵器がとれるかもしれない。
 そう言ったモノを狙って戦場を回収屋が駆けまわっている頃だろう。
「来週くらいには市場にいろいろ並ぶんじゃないですかね」
「なんともシュールだな」
 とはいえ慈善活動ではないのだ。マオウの言葉に同意しつつも否定の言葉など無い。
「ともあれ今日は無礼講で飲みましょう。
 また明日からの探索のためにね」
 クネスの言葉に皆杯を合わせる。
 こうして第三次大襲撃の終わりを告げる祭りは続くのだった。

◆◇◆◇◆◇

くひ……
くふふ……
くふ………



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 いうわけでこれをもちましてinv20は終幕となります。
 突然の幕切れのように思えるかもしれませんが、一番最初にある通り、ユグドシラルが起動し、水害対策要員を邪魔できなかった時点で怪物側の勝利条件は達成できなくなっています。あとは消化試合と言う事になるでしょう。
 狂人については最後まで姿を現しませんでした。
 彼が今後何をしでかすかはもちろんわかりません。だってあいつ狂ってるもん。

 もあれ第三次大襲撃の最大の被害は衛星都市を失った事です。
 しかしすぐさま来訪者達はそれの奪還を目論むことでしょう。
 さてはてどうなることやら。

 では、お疲れさまでした。
 次のイベントもよろしくお願いします。
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