「見えました。距離およそ2000」
彼女の乗るそれはかなり異様なフォルムだった。
一言で言えば装甲車。だがその上部には機関砲の代わりに長大な望遠鏡が備わっている。
アナログなレンズ式望遠鏡だが、この世界では直接的な光学観測が一番信頼性があるのは周知の事実である。
「数は?」
四十は優に超えているだろう男が落ち着いた渋みのある声音で問うと女性は困ったように口を噤む。
「見渡す限り、か?」
「……はい」
男は見ずとも予想していたらしい。それで良いのかとやや批難めいた声に微苦笑を浮かべた。
「よし、帰るぞ」
男の声に他の乗員がうなずく。
「何もしなくていいんですか?」
やや焦りを含んだ問い。観測役の女性に男は鷹揚にうなずく。
「数だけで言えば大襲撃に匹敵するなんて言われてるが、まぁ大丈夫だろう」
他のスタッフにも先に起きた『再来』の恐怖覚めやらぬというのに、余裕が見て取れる。
「来たばっかりのお嬢ちゃんは初めて見るんだよな」
「はい」
隊長格の男はふうとなにやら重苦しい息を吐いて、何かを偲ぶような声音で呟く。
「あいつらの通称は『桜前線』だ」
「……」
女性の出身世界は地球世界であり、ついでに日本人である。
なんだかとても聞き覚えのある単語にしばし思考停止し、
「ええと、聞き間違えました?」
と、よく分からない問い返し方をしてしまう。
「聞き間違えるようなややこしい事は言ってないぞ?」
「いえ、ですが……」
別の世界では何か特別な意味があるのだろうかと首を捻る。確かに横に長大に広がった桃色を見ればその名前もあながち間違いではない気もするが。
「あれは桜前線だ。津波みたいに真横に広がった連中が通過していくんだよ」
「通過ですか?」
「ああ、何をしたいんだかまったくわからんのだがな。進路上のものもずんずんと乗り越えて北に去っていく。
年に一回来るからもしかすると一年中行進してやがんのかもな」
「攻撃とかしてこないんですか?」
「こちらから攻撃してこない限りはな。
だが壁も家もお構いなしによじ登っていくからクロスロードや砦に接触する連中は排除しなきゃならん。
それに仮にも『怪物』だ。扉に接触されたらどうなるかわからんしな」
未知の物質で作られた扉。
異世界への道であり如何なる方法でも傷一つ付かない不思議存在だが、唯一『怪物』のみが破壊できる事が確認されている。
「じゃあ比較的無害なんですね」
扉の件は厄介だが、クロスロードの技術力なら多少家や壁が傷付いてもなんとでもなる気がする。
「いや、もう一つ問題があってな」
「はぁ」
すっかり緊迫感を削がれてしまった女性はどこか気の抜けたように聞き返す。
「酔うんだ」
「……酔う?」
「ああ、あれの花びらには酩酊状態を引き起こす成分が含まれて居るらしくてな。
あれの花びらが街に大量に残ったりすると酔っ払いが大暴れして大騒ぎになるんだ」
それくらいなら……と言い掛けて言葉を飲み込む。
あの街に住むのは非力な人間だけでない。中には魔獣や鬼なんていう腕力のバケモノも普通に闊歩しているのだ。そんなのが一斉に酔っ払って大暴れしたら酷いという言葉では表せない惨事になる。
「さて、戻って管理組合に報告だ」
「あ、はい!」
そんな会話が繰り広げられている先で─────
桜の花びらを風に舞わせ、それは前進を続ける。
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いょう(=ω=)ノ
総合GMの神衣舞でやんす。
今回のは単発のギャグシナリオですのでお気軽に参加してくださいな。
いや、なんつーか……桜前線を敵にしてみたかったんだ……!
ちなみに同時に思いついた『スギ花粉』はやめておきます。今年は(何