「『桜』が迎撃圏内に入りました！」
　管理組合員からの言葉に迎撃組が顔をあげる。
　トレント種、その見た目が告示するため通称『桜』と呼ばれるそれが地平をほんのりピンク色に染めている。
「各位迎撃開始。あくまでクロスロード接触コースを削るだけだ。無茶するなよ！」
　どこかの大パーティのリーダーだろうか、よく通る威厳ある言葉を皮切りに馬や車が一斉にうなりを上げた。
『酔っ払うらしいですからねぇ』
　ややくぐもった声が隣に沸いてエディはぎょっと隣を見る。
　車のドアを隔てた隣に変なのが居た。防毒マスクとそこから湧き出すアフロ。
「……」
『どうかしましたか？』
　視線に今更気付いたらしいガスマスクに問われ、無視を決め込むべきかと半瞬悩む。よく見ればこの奇怪な存在から心なしか周囲は距離を措いているようだ。異種族など当たり前の世界なのだが、異様と感じる物に対してはあまり変わりは無いのかもしれない。
「あー……あんた、ピートリーとか言うやつだよな？」
『ええ。純白の酒場以来ですね。お元気そうで何よりです。コホー』
　最後の「コホー」はムダに口で言ったよな？と思っても突っ込んだら負けな気がする。
「あー……あんたも迎撃組なのか？」
『ええ。とはいえ迎撃組でも後方からの支援を考えています。
　最近撮影に目覚めた物で』
　ふよりと浮かぶ球体。カメラのレンズみたいのがぎゅんぎゅんと動いているので映像機器か何かなのだろう。
「そ、そうか……」
『ええ』
「……」
『コホー』
「いや、コホーって！？」
『様式美ですね、わかります』
「わからねえよ！？」
　ダメだこいつ早く何とかしないと！　とかいう言葉が脳裏を掠めたが気がつけば機動力を持つ面子は殆ど出発してしまっている。
「っ！？　ああ、もう行くからな！」
『お気をつけて』
　ひらひらとハンカチを振るガスマスクアフロ。エディは初っ端から変なもんに出くわしたなぁと暗澹な気持ちになりつつ、それを振り払うようにアクセルを踏み込んだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「始まったみたいですね」
　ノアノが背伸びしつつ遠くを眺め見るとかなりの土ぼこりが遥か先で昇っているのが見えた。
「ピンクのトレントか……」
　ガスティも同じくその光景を眺める。二人とも魔法の存在する世界の出身なのでトレントに対する知識は多少なりにある。まぁ動く樹木という感じでだが。
「なんというか、目が痛くなる光景だな」
　彼が想像したのは全身どピンクの木だ。確かにそんなものがわらわら動けば目が疲れることこの上ないだろうが。
「図書館前の桜、見たことありません？」
　その勘違いに気付いたらしい魔女の言葉に竜人は少しだけ首を傾げる。
「クロスロード内に居るのか？」
「あ、いえ、そこに生えて居るのはトレントでなくただの木なんですけどね。
　桜って木の枝いっぱいに薄桃色の花が咲く植物なんですよ」
「ほお」
　とは言っても実は木の枝いっぱいに花が咲くというのは意外と珍しい。もちろん果物の木などは花を咲かすが桜ほどではない。
「幹なんかは普通ってことか？」
「ですね。一応あっちの桜も見た目は同じって言ってましたから」
　と、不意に地平が桜色に染まる。それはまるで空が大地から塗り替えられていくような幻想的な風景なのだが───
『桜吹雪を確認。風の術師は風向の調節をおねがいします！』
　管理組合員が拡声器でそんな事を怒鳴り、応じた精霊術師等が南へ向けて風を作り出す。
「酔っ払うってアレかな」
「みたいですね」
　色の元、トレント種『桜』の花びらには酩酊状態に陥らせる成分が含まれて居るらしい。１体くらいならまだしも地平にずらりと並ぶ桜からでは凄まじい勢いとなるだろう。
「迎撃組の人達、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だろうね」
　不意に割り込んできた第三の声に驚いて振り返ると一人の青年が並ぶように後ろからやってきた。
「桜は大襲撃と違ってひたすら直進だけを目的にする存在だ。仮に酔っ払っても踏まれなければ大したことは無い」
「えーっと、踏まれるとかなり酷い気がしますけど」
　図書館前の公園で見た桜は自分の胴回りよりも太かったと思い出して冷や汗。１００ｋｇじゃ済まないはずだ。
「その辺は自己責任だね。なに普通の討伐戦よりも数倍楽なのは間違いない」
「あー、ノアノ。知り合い？」
　とりあえず顔に覚えが無いので会話を見守っていたガスティが囁くように問いかけるがノアノはふるふると小首を振った。
「その割にはフレンドリーだな」
「再来の時にそこらへんの人と情報交換するのが当たり前になったかもしれませんね」
　あの大混乱の中、知り合いとか顔見知りとか言ってられる状況ではなかった。それを思い出して少しだけ苦笑い。
「自己紹介が遅れたようだね。私はイルフィナ・クオンクース」
「”ガスティ”・ブリーズィアだ」
「あ、ノアノです……ってイルフィナ？」
　青い髪でイルフィナという名前であれば心当たりがある。
「もしかして南砦管理官さん？」
「非才の身ながらその役目を仰せつかってるよ」
　柔らかな笑顔に若干の照れを起因とした微苦笑で応じる。ミーハーな女性が見れば一発で熱を上げそうなその仕草にガスティは少しだけピクリと眉を動かした。
「あー、指揮官って事か。今回の？」
「そんな大層な物じゃないよ。実質的な指揮は現場が勝手にやってる。恐らく大手のパーティが仕切ってるんじゃないかな」
「そうなのか？」
「あ、ええ。守備位置なんかを指示してたのはなんとかって言う大規模なパーティの人たちですね。
　管理組合の人は本当に情報提供くらいですよ。いつも」
　この世界については若干先輩のノアノが今までを思い出しつつ応じる。「例外は再来の時だけですね」
　以前ノアノに遭った時に妙な猫娘から再来の説明は受けていた竜人は「ふーん」と鼻を鳴らして管理官を見やる。
「じゃあ、アンタの仕事って何なんだ？」
「名前の通りさ。この砦の維持管理が主な業務で、それの統括をしているだけだ」
　確かに建物の管理には人が掛かる。千人をその腹に入れられる砦とあってはなおさらだろう。
「口出しは一切してないわけか」
「蛇の道は蛇。指揮経験者が現場の指揮を買って出ればそれで良いし、そこに従えなければ単独行動をする。
　今までそうやって着たからね」
　法律が無いと聞いたときも驚いたがなるほど、本当に特殊な文化形態だと逆に感心してしまう。
『一次突破グループが最遠距離射程に到達します』
　拡声器越しの声。砦が次第に慌しくなっていく。そろそろ南砦１ｋｍ圏内に桜が侵入しようとしているのだ。
「あ、居た。管理官、提示報告です。
　一次攻撃でクロスロード到達予想固体の３割で撃破または進路変更に成功。
　酩酊者は全体の一割少々です」
　管理組合の制服を着た男が駆け寄ってそう告げると「とりあえず執務室に戻ってくださいよ」と苦言を述べた。
「わかってるさ。まぁ名前の通り『お花見』をするのも悪くは無いと思ってね」
「まったく。アース管理官に怒られても知りませんよ？」
　ひらひらと手を振られて管理組合員はため息一つ次の仕事に走っていった。
「そろそろ防衛組の仕事らしいから頑張ってください」
「はい」
「報酬分は働くさ」
　ともあれ、中々の人物と顔見知りになれたかとガスティは内心呟き、持ち場へと踵を返した。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
　凄い光景だなぁと内心で呟く。
　それは美しい光景だった。白桃色の花びらが舞う幻想的とも言えるその中で
「うわっはっはっはっは！」
「うらぁあ、やってられっかーー！」
「うえぇえええええええええええん！」
　乱痴気騒ぎが始まっていた。
　きっかけは不運な事故だったとしか言いようが無い。どこかの誰かが放った攻撃魔法の威力がでかく、巻き起こった爆風が花びらをある方向へと押し流した。それは普段の戦闘であえば被害すら考える必要の無い的確なポイントだったはずだが、今回に限っては例外だった。
　有害物質？を含む風がある集団を直撃。大事故が起こらなかったのは幸いだが、このざまである。不幸中の幸いと言うべきか出遅れたために最後尾を走っていたエディは難を逃れた物のどうした物かと立ち往生する。事前説明のとおり桜は様々な酒癖を疲労する探索者に特に興味を示さずにずがずがと直進している。
「今は逃げるか」
　がむしゃらに戦うのが仕事じゃない。接近しつつある桜に銃弾を浴びせて退路を行こうとしたところで車体ががくんと揺れた。
「何だ！？」
　故障というより何かに乗り上げた感じだ。タイヤが空転している音が響く。これだから借り物はと舌打ちしつつ外へ飛び出すと
「うげ」
　思わず声が出る。そこには後輪にまとわり付く無数の青白い手。タイヤとの摩擦のせいか肉や皮を剥離させた物もある。
「おい、こんなの聞いてねーぞっ！？」
　叫びつつ脳裏に一つの情報が思い浮かぶ。確か……足を捕まれたなどの不確定情報あり。
「これの事かよっ！？」
　不幸にも確定情報にしてしまった彼が怒鳴った瞬間、周囲が桜色に満ちていく。
「っ！？」
　こうなるともうアウトだ。視界がくらりと歪む。
「やってられっか！」
　迎撃部隊については酩酊による脱落は想定に含まれて居るらしい。こうなったらまともに戦えるとも思えない。
　せめてこの光景でも楽しむかと腹をくくり、とりあえず気味の悪い無数の手から視線を外すのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「確かに絶景だな」
　戦闘開始から約二時間。広がる桜の木々は毒々しさの無い白桃色とあって絶景の二文字を見る者に感じさせる。なるほど作戦名が『お花見』とはふざけた事だがこれを見ると納得してしまう。
　桜の軍団は当初の横一文字からハの字に変わりつつある。それをもっと押し開くのが防衛組の仕事だ。
「早速行きましょうか」
　炎の矢をキャストしたノアノが射程内に入った桜へと投げつける。やはりトレント種、火の攻撃は苦手とするらしく炎上した木を避けるように後続が蠢く。
　やることは簡単だ。とりあえず燃やして燃やして燃やしまくる。同じ考えか、火矢やナパーム弾が弧を描いて桜を直撃する。美しさを凄惨な赤で染め上げるのはやや心苦しさも感じるがあんな迷惑な特殊能力を持つ木をクロスロードに入れるわけには行かない。
　燃え上がった桜を嫌ってハの字がなおも大きくなる。上空から俯瞰する竜騎士からの指示を聞きつつ集中攻撃を繰り返す。
「次は右翼の────ぁあ？」
　竜騎士の怪訝そうな言葉に射手一同つんのめる。
「おい、ちゃんと指示しろよ！」
「いや、わかってんだが……なんだあれ？」
　指差す先に一堂で目を細めると、一際大きな桜の上に何か居る。
『助けてヘルプミー！』
　とりあえずノアノが盛大にずっこけた。
「何であんなところに居るんですかっ！？」
　ガスマスクのせいで顔は見えないが、あのムダに特徴的なアフロやアフロやアフロを見間違えるのは難しい。
「逃げ損ねた迎撃班かな？」
　ガスティの呟きは大方の人が思い浮かべた事だが……それにしたってわざわざ木に登る必要はあるまいに。
「んー」
　流石にこのまま見守るわけにも行かない。高さはざっと３ｍ近くある大木だ。近づいただけで桜吹雪に巻き込まれかねないのだからさっさと迎撃したい。
　多少怪我をしてもいいから飛び降りてくれないかなぁと思うのだが、その願いは届きそうにない。他の面子も余りにも余りの光景にぽかんとしてしまっている。非常にまずい。
「いいや、撃っちゃいましょう」
「え？」
　ガスティの疑問符をさくっと無視して炎を形成。ノータイムで巨木に投げつける。
『ちょっ！？　まっ？！』
　巨木の中心にクリーンヒット。撒き散らされた火の粉はすぐさま花びらに飛び火して盛大な松明に早変わりしてしまう。
「ノアノ、今おもいっきし巻き込んだぞ！？」
「あー、うん。そうですね」
「そうですねじゃなくて」
「でもまぁ、飛び降りる踏ん切りがつかなかっただけでしょうし、あの高さなら落ちても死にませんし」
「……それもそうだけど、さくっと酷いな」
　うんうんと周囲の同意に「仕方ないじゃないですかー！！」と言いながらも、ちょっとやりすぎたかなぁと内心冷や汗。
「それより早く迎撃しないと大変ですよ！」
　その当たりの一切を誤魔化しつつの声に竜騎士が呼応して指示を再開。
　防衛ラインは再起動しはじめるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
　おおよそ４時間後。
　桜前線はクロスロードを避ける形で北上することになり、桜はサンロードリバーに一旦沈み、それから再上陸して北に去った。
　３時間くらいはサンロードリバーに近づかないようにとのお知らせを聞きつつエディはやや痛む頭を抱えて壁に背を預ける。
「二日酔いのオマケつきかよ」
　周囲を見渡せばみんな似たり寄ったりだ。ドワーフや精霊系の探索者も同じく苦しんでいるようなので酒精とはやはり違うんだろうなぁと意味の無い感想を浮かべつつ座り込む。
　そこらで回収班が酔い止めや鎮痛剤を配って回っている。特に酷い人はさっさと状態異常回復の魔法をかけて治療しているようだ。
「そいやぁあの変なのどこに行ったんだろうな」
　話を聞く限りだと重傷者は１名程度。他は軽症らしい。運悪く足やら手やらを踏まれた探索者も居たらしいが魔法治療が可能なのだから重傷扱いとするまでもない。
「なんかすげえヤツがいたらしいぞ」
　不意に、そんな話が耳に飛び込んでくる。
「桜によじ登ってなんか撮影してたらしい」
「……すげえが、バカだろ」
「俺もそう思う。高いところから撮りたかっただとかで」
　……
　　……
　まだ頭がずきずきするし余計な事は考えないで措こうとエディは心に決めたのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
　ちなみに余談ではあるのだが。
　その撮影者の映像記録は桜に再接近したり燃え上がる様を記録したりと色々貴重だったため研究者連中には妙に持て囃されたのだそうだ。もちろん酒のつまみのネタとしても。
　そんな話題の中心人物は奇跡的に髪が多少燃えただけですんだらしいことを付記しておこう。
　ともあれ『お花見』作戦は目標どおりの成果を挙げて無事終了したのであった。

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　はい、総合ＧＭの神衣舞です（＝ｗ＝）
　更新遅くなってスミマセン。ちとＧＷは忙しかったもので。
　というわけで単発のお話となりましたが桜前線襲来の結果ＳＳです。
　まぁ、危険もないネタシナリオなので主にアフロとノアノを弄る回になってしまった気がします。
　つか、アフロ頑張りすぎなので自重しておこう。絶対暴れるけど、マイ心の中では。

　あ、訂正ついでに補足を一つ。
　『青白い手』については元ネタは桜の下には死体が埋まっている　からです。
　というわけで次のイベントをお楽しみに。