<< BACK
【inv21】『桜前線はいずこに?』
『桜前線はいずこ?』
(2012/05/23)

「ああ、ありますね」
 エディの訪問した先、施術院の受付のドライアドが思い出すように顎に指を当てる。
「暖かくなってきたせいか、酔っぱらって寝てる人がちらほら。
 でも確かに川沿いでそう言うのが多いらしいですよ。しかも本人は飲んでないとか言ってるとか。
 まぁ、普通に考えると酔っ払いの戯言でしょうけど」
「飲んでないのに酔っぱらったと、そう言っているやつが居たんだな?」
「はい、なにかありましたか?」
「ああ、どうやらあまり楽しくない事態のようだな」
 きょとんとするドライアドを見て、エディはしばし黙考。
 病院の元締めのようなこの施設には知っておいて貰っても損はまず無いだろう。
「浄水施設に入る方法を知っているか?」
「あれは管理組合の管理施設ですから、管理組合に掛け合うしかないと思います。
 それにしたって重要施設ですから、早々入れてもらえるとは思えませんけど」
「のっぴきならない状況らしいんでな。
 桜前線の桜が水に混入している可能性がある」
 エディの言葉を理解するまでに数秒。それから今しがた交わした会話を反芻したドライアドは「上と掛けあってみます」と席を立った。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「お前さん、ニュービーだろ?」
 機械製品を売っている店に顔を出し、訪ねた一之瀬への返答はそんな苦笑を含む言葉だった。
「いやまぁ、そうですけど……なんでそんな事言われなきゃいけないんだ?」
「レーダーなんてもんを探す奴なんてこの世界に来たばっかりのヤツしかありえないからさ」
 サイボーグの男は煙草をふかして肩を竦める。
「『100mの壁』。こいつを受け入れるのには科学世界の人間じゃちと時間が掛かる。
 俺だってそうだ。レーダーは元より無線も有線通信も100mという見えないラインから先、通じやしないんだからな。
 もっとも、魔法使い連中も同じく苦労はしているようだがな」
「……ああ、そんな単語ありましたねぇ」
 100mのラインを越えた先は五感的なな観測以外を完全に拒絶する。道具や魔術を介せば肉眼でも見える範囲を超えただけでその知覚は届かなくなるのである。
「もう少しマオウに色々聞いておけばよかったな」
 マテバを無意識にもてあそびながらため息一つ。
「他に探す方法か……やっぱり他の誰かに合流させてもらうべきかな」
 改めて自分のこの世界に対する不慣れを実感して周囲に視線を這わす。
「おや、あれは?」
 視線の先、おおよそ女性らしくなくずがずがと歩く姿は見覚えのあるものだった。
「クセニアさんだっけか。彼女も今回の件、参加してるんだっけか」
 ならば聞かぬは一生の恥。合流させてもらうのも手かなと一之瀬は店を離れてその背を追うのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「これはまた、壮観だな」
 それはある意味自然への冒涜、と言う感じの景色だった。
 大地は不自然なまでに隆起し、爆発の痕が散見される。それ以外にも抉られたような跡がいくつも地面に穴をあけていた。前衛芸術と言うにも難しい、きっとその芸術家が作品完成前にヒステリーを起こして滅茶苦茶にしたらこんなふうになるのだろうという光景がそこにあった。
「力が制限されるはずのこの地でここまでの魔術を扱えるか。
 なるほど、興味深い」
「これって魔法の仕業なのかい?
 凄いねぇ」
 後ろで眺めていたクセニアが呆れ半分で呟いた。
「こんな物の前に機械なんて何の役にも立ちそうにないじゃないか」
「それを言えば大迷宮都市にある機械は魔術では到底出せぬ射程と威力の砲を有しているではないか。
 誰かが言っていたな。魔術は限られた者の技術で、科学は汎用的な物であると」
「銃を握れば子供だって殺しができる、か。
 違いない」
 彼女は鼻で笑って視線を川へと移した。
「で、何があるっていうんだい?」
「川の水に異物が、桜とやらが発生させる効能と同じ現象を起こす何かが影響しているように思えるのだ。
 怪物による堰がこの先にあったのだろう?」
「……木材なら確かに堰には丁度好さそうだねぇ。
 しかし、そうなると俺たちの飲み水もやばいんじゃないかい?」
「浄水施設とやらでろ過しているのだそうだ。
 よほど優秀なのだな、その機構は」
 と、不意に視界がぐらり揺れたような気がしてクセニアは頭を振る。
「ん?」
「お前もか。マスクを付けた方がよさそうだな」
 急いでマスクを装着する2人。ここまで運んでくれた車の持ち主と話をしていた一之瀬もその様子を見て倣った。
「こりゃ、当たりかね」
「近づいてみるか?」
「水には近づかない方が良いとは言われたけどねぇ」
 クロスロード東西南北のうち未探索地域が多いのは東西である。
 それは当初、水の確保が安易と多くの者がそちら方面へと調査にでかけたものの、帰ってこなかった者が多数あった事に起因する。
 サンロードリバーには『水魔』が巣食っている。
 その噂と教訓を元に、東西の探索は避けられる傾向にあった。実際東西の砦も水辺ではなく、川から500mほど距離を置いて建設されている。
「遠巻きに視認できる距離ならば問題あるまい」
 行って先へと歩を進める。土壁群の間を行き、そうして開けた先には莫大な量の水が大地を浸して浚ったような跡が広がっていた。
「怪物なんか影も残っちゃいないね」
「普通は流されるだろうからな」
 サンロードリバーはその大きさ故に緩やかな流れに見えるが、その実秒間数万トン以上の水量を誇っている。
「でもアクアタウンとかいうのがクロスロード内の水底にあるんだろ?」
「……水底……」
 一番深いところで3百メートル以上あるという大河は微生物1つ存在しないとしても見通すに難しい。そして他の技術を用いても100mの壁がそれを拒んでしまう。
「潜るにはリスクが大きすぎる……か?」
「だろうねぇ。流石に帰れなくはなりたくない」
 水魔の噂を聞いて潜ろうとは流石に思えない。そんな装備も用意していない。
「どうしたものかねぇ」
 クセニアの言葉にマオウは瞼を落として思考を走らせるのだった。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

「あのドライアドって毎年同じのが着てるんでしょうかね?」
「渡り鳥研究みたいにタグでも付けてみればわかるだろうが、流石に毎年あの騒ぎだ。
 例えつけられてもその個体を再発見できなかったのか、倒されたのか判別付かないな」
 紫煙をくゆらせてニギヤマは苦笑する。
「だが、その可能性は非常にあると思うよ。
 この世界は惑星型であると予想されている。またあいつらはサンロードリバーを走って駆け抜けるからね。なんだかんだ相当の耐久性があると思っている」
「じゃあ北極とか南極があっても平気、と?」
「この星に海があるかどうか、また地球型世界のように両方の極が寒冷地であるかは不明だよ。だいたい東西南北も実のところ扉の塔の正面大扉が向いている方向を南と定めただけで、方位磁石が地磁気を正確にとらえているのかも不明だ。
 100mの壁があるからね。それは地磁気であっても同様に鑑みるべきだ」
「……そ、それは考えもしませんでした。
 しかし、それでは未探索地域をめぐっている人たちはどうやって方向を把握しているんですか?」
「PBだよ。100mの壁は個々の認識を狂わせるわけではない。
 つまりジャイロ機能が正常であれば自身が何万回回転しようとも、方向を判断する事は可能だ。
 実際このPBの多機能性には舌を巻くばかりだ。車で走ってもその移動距離を把握して現在位置をある程度の精度で教えてくれる」
 言われてヨンはPBをひと撫でした。確かに超優秀で凄いアイテムとは思っていたがそこまでの代物とは。
「しかし途中で力尽きたりしないんですかね?」
「それは愚問だよ。怪物が食料を必要としない事はすでに分かっていることだろう?
 でなければ大襲撃なんてクロスロードに到着する前に壊滅してるさ」
 そうだったと苦笑い。
「無論、毎度どこかで枯死し、新しく「もう一つの塔」から出現している可能性は否めない。が、それこそ一年がかりで追跡しなければ分からない事だね」
 視線を横に向ければスガワラ老は何も言わずにあごひげを撫でていた。同意見ということだろうか。
「怪物は不死ではないが、食糧も排泄も必要としないことから不老の属性を得ている可能性は前々から考えている。
 そうとすればあれは毎年繰り返しやってくる同じ個体なのかもしれないね。
 ただ、それだと数は減っていなければならないだろう」
「つまり、毎年同じ物が来つつ、さらに増えるか追加されている、と」
「予想でしかないが、それが一番理屈として合いそうだね。
 まぁ、観測できていない事象なんて箱の中の猫と変わりはしないが」
 ニギヤマの言葉になるほどとうなずき、ヨンは考える。
 さて、今の会話の中に何かヒントはあっただろうか?

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

『フサエ…ごはん…』
 鳥が力なくつぶやく。
 そんな言葉もどうやら耳に入っていない様子でトーマは浄化施設の扉につけられた「関係者以外立ち入り禁止」の札を見上げていた。
「水質検査をさせてもらいたいっスが……関係者誰っスか!?」
 がーっと騒ぐが、浄水施設のあるクロスロード東端は「端」ということもあり人の姿はまず見受けられない。
「っていうか、困った時のPBっスよ!
 ここに入る方法を教えるっス!」
『この施設は管理組合の管理施設です。関係者以外の立ち入りは禁止されており、また各種セキュリティが設置されているため、無断での侵入は命にかかわります』
「……おーけーおーけー」
 まぁまぁというジェスチャーをしながら少し離れてかいてもない汗を拭う。
「管理組合っスか。施術院の方にも協力してもらいたいし、頼みに行くっスかね」
「なんだ、お前も来ていたのか」
 と、背後に現れた気配と声に振り返ればエディと見知らぬ女性が2人、つれだって近づいてきた。
「エディさん……こんなところでデートっスか?
 しかも二人と!?」
「下らん冗談だ。ここにいると言う事はお前も同じ考えだろうに」
「はっ!? この天才と同じ結論に至ったというっスか!?」
「わかったから、とりあえず落ち着け。
 あとその鳥に餌をやってくれ。かなり不憫だぞ」
「おお、忘れていたっス!?
 このままだと動物愛護団体から吊るし上げられるところだったっスよ!?」
 いそいそとぽけっとからナッツを餌入れに放り込むと物凄い勢いで鳥はそれを齧り始めた。
「で、その二人は一体?」
「管理組合の職員と、施術院の職員だ。
 相変わらず行き当たりばったりだな」
「ふふ、天才は閃きでできてるっスよ」
「まぁ、去年はそれで色々助かったんだが。水質調査をするだろ?」
「そうっス!」
 エディがちらり背後を見やれば、管理組合の制服を着た女性が頷いてカギをあけ、中へと入る。それに二人が続くのを見てトーマはあわてて追いかけた。
「最初の濾過槽へ行きましょう。
 ……多分もう大丈夫でしょうし」
「嫌な言い方っスね!?
 何かあったっスか?」
「大襲撃の直後はスプラッタな光景が広がっていましたから」
 怪物でできた堰。それが崩壊して流された後にどこに達するかは言わずと知れる。
「……そ、そんな水を飲まされていたっスか?」
「浄水機能は正常に働いています。いつもと変わらぬ水質を保っている事は保証いたしますし、その際には特別に神聖術による浄化も施しました。
 おかげでケイオスタウンの方から若干クレームがありましたけど」
 そんな事を応じつつシステマチックな建物内を通りぬけた先、ある扉の前に付いた瞬間
『フサエっくしゅん!?』
 鳥が妙なくしゃみをした。
「……こいつは、当たりか」
「バリア無いなら貸すっスよ?」
 そんなやり取りの後、扉を開いた先にはピンクと黄色の混ざった光景が広がっていたのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
というわけで第三話です。
だいたいの状況はつかめたかと思います。
じゃあ、どうするか?
うひひ、さてついにあれをどうにかする日が来るのか。
Wktkしておりますのでくれぐれも安易な方法に走らぬようによろしくお願いします。
うひひひ
niconico.php
ADMIN