「それは……困りましたね」
ヨンの説明を聞いた後、アースはしばらく黙りこくった後、そう呟いた。
「ええ。水中から来るとなると対処が難しく……」
「いえ、そこはあまり心配して居ません。
最悪クロスロード直前まで誘いこめばアクアタウンの戦力を中心に撃退作戦を立てる事が出来ますから」
「……そんなものなんですか?」
「桜前線は水生生物ではありません。動きが制限された相手ならどうとでもなります。
状態異常についても対策は明確になっていますしね」
「そうすると……困ったとは?」
「それ以外の要因です。
『水魔』はご存知ですね?」
「ええ、話だけならば」
「あれは実在します」
アースの言葉は深刻な表情を伴っていた。
「未だ目撃情報の無い怪物と聞いていましたが」
「ええ。恐らく私が唯一の目撃者で生存者でしょう。
そして生き残れたが故に私は東側を任されています。
本来ならば東西は水の精霊でもあるスーと、氷を扱うイルフィナが担当すべきなのです」
確かに言われて見ればそうだ。そして一瞬でゴーレムを大量生成し、壁を構築するアースは南側の方がふさわしい様に思える。
「土剋水。あれと遭遇した私は一も二も無く逃げを選択しました。
方法は単純。地面に潜ったのです」
「それで、生き残ったと?」
「単純な話ではありません。全魔力を注いで硬化させた土がほぼすべて浚われたのですから。
紙一重だったと思います」
彼女は窓の外へと視線を向けた。莫大な水量を静かに流していく大河の姿がそこにある。
「その後に私は五行術を修め、かつてほどの醜態を晒さない自信こそありますが、歯向かえるとは未だに思えません」
「……それほどですか?」
「フィールドモンスターには特別効果の高い世界制御が伴います。
これまでの消失例からして水魔の持つフィールド効果は『浚う』或は『引きずり込む』類だと推測しています。
私が無事だったのは土により水の力が多少なりに弱まった事もありますが、地中と言う場所が元よりそのフィールドの外に位置したからでしょう」
「つまりそれは……防げない、ということですか?」
「端的に言えば。
あるいは最初から水中に居るならば、この効果からは逃れられるかもしれません」
だが、その先がある。
「ミラージュドラゴン、ロックゴーレム、ジャイアントアントイータ……
そのどれもが独力、或いは少数で立ち向かうには非常に難しい相手です。
その上そこは相手の独壇場と言うべき場所なのです」
多くの来訪者は水中で生活できるようにはできていない。
仮に水中で活動できたとしても視界は通らず、音は届かず、100mの距離があけば通信機器にも頼れない水中での戦いは集団戦闘を成立させてはくれない。
「桜前線だけがクロスロードに接近するのであれば、管理組合は有志を募り、これを撃滅するでしょう。
しかし、罷り間違って『水魔』をクロスロードに誘因してしまうと……」
「クロスロードがえぐり取られる、ですか?」
「否定はできません」
新たな救世主、英雄と謳われる女性の真剣な言葉にヨンは改めて戦慄する。
「って、確か水底調査しようとしている連中が居た気が……!」
「なんですって!? すぐに止めます!」
職員を呼び出したアースは手早く調査をしようとしている探索者が居れば中止するようにと伝え、走らせる。
「……でも、このまま放っておいてもし……来てしまったら?」
「……対策が全くないわけではないのです」
アースは視線を戻す。
「非常に困難ではありますが」
「教えてもらっても良いですか?」
逡巡。確かにその時間を置いて彼女は応える。
「クロスロードの水神。
インスマ‘s達が奉じるその存在が助力をしてくれるのであれば、勝機は充分にあるでしょう」
その言葉に、ヨンは訝しげに眉根を寄せたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ調査開始っス!」
潜水服に身を包んだ貧相な……慎ましやかなボディの少女は日の光に『ニンギョノトイキ』を掲げる。
「センスイカンとか言う乗り物はないのか?」
「流石に用意できないっスよ。
ある程度の出力が無いと流されるっス」
はたから見れば穏やかな流れも実際そこに身を浸して見れば物凄い速度で流されることになる。
「潜水服ならあるっスよ」
「いや、そいつでも流されるだろうに」
マオウが呆れたようにツッコむ。
「ただ沈んで帰ってくるだけならロープつないでおけば大丈夫っスよ。
やったら丈夫な紐も簡単に買えるっス」
宇宙開拓時代世界ともなれば冗談のように丈夫で切れない繊維は少なからずある。
それをしっかり潜水服につないだトーマがバリアを起動させた。
「何かあったら空から知らせるさ。
そんときは引きずり挙げてやれば良いんじゃないかね」
クセニアが気楽そうに言うと、エディが紐を引っ張って見せて
「釣りみたく、気付けば取られたなんてことがなけりゃ良いがな」
「ちょ、今から潜るっていうのに不吉な事言わないで欲しいっスよ!
フラグ・ダメ・ゼッタイ!」
腕をバタバタさせて怒るトーマにエディは悪い悪いと肩を竦めて見せた。
「しかし水深は数百メートル。
そう言う事があってもおかしくは無いし、俺たちは気付けない。
本気で行くのか?」
「調べない事には始まらないっスよ」
「それはそうだがな」
胸騒ぎというべきか、そんな説明のしづらい物を強硬に主張すべきか。
そう迷ったところで何者かが声をかけてきた。
「おーい。そこから離れてくださいー!」
「ん? ありゃ、管理組合の制服だね」
飛行状態のクセニアが目を凝らして確認した。
「知らないんですか? 水辺は危険なんですよ!?」
「そう言っても調べないとどうなってるかもわからないっスよ?」
「分かったところで帰ってこなきゃ同じです。
対策を検討中ですから、少なくとも東砦より東側でサンロードリバーに近付くのは避けてください。
本気で心配している口ぶりに一同は顔を見合わせ、事前の情報とも照らし合わせて頷きを返さざるを得なかった。
そうして水辺から離れはじめて────
「何事も無くて良かったですよ。それじゃ……」
と。
不意に響き渡ったのは大気を奮わせる凄まじい轟音。
まるでその音に内臓を殴られるようにも感じ、一同は体勢を崩した。
「ま、まさか!?
は、走ってください! 早く!!」
二も無く走り出した管理組合員に全員泡を食って追走。それと同時に空に雲がさしたかのように世界が暗くなる。
「って水っ?!」
飛行状態にあったクセニアが振り返って息を飲む。
そこにあったのは巨大な水の壁。それはサンロードリバーの流れを完全に無視し、あからさまに彼らの方へその面を向けてそそり立っていた。
そして、それは見る間に崩れる。
「つ、津波が来るよ!?」
「ちょ、待つっス?! こんなの聞いてないっスよ!?」
「聞いてたら近寄っちゃいねえよ!
とにかく走れ!!」
エディが叱咤し、マオウが苦笑いを浮かべてただ走る。
あまりにも長く、短い数秒。
エディは舌打ち一つ、トーマの首根っこをつかんで抱き上げ、更に速度を挙げる。
「す、すまねえっス」
「黙ってろ!!」
そうして彼らの背を襲ったのは莫大な衝撃。
水の壁が崩れ、叩きつけられた衝撃が大気を打って間接的に襲いかかってきたのである。
上も下も分からない状態で吹き飛ばされ、気付けば全員地面に転がっていた。
「無事か?」
身を起こしたマオウの問いかけにクセニアが億劫そうにひらひらと右腕だけ挙げて応じたる。
「こ、幸運ですよ。
多分2例目じゃないですかね……」
泥まみれになって転がっていた管理組合員がぼそりと呟いた。
「何がだ?」
「『水魔』から逃れた人です。アース様が唯一の逃亡例だったはずですよ。
しかも何が起きたかはっきり確認したのは初めてかも」
身を起こしたトーマがサンロードリバーへと視線を向ければ地面が盛大にぬかるんでいる以外、大きな変化が見られない。これも一日もすれば乾いて元通りになってしまうのだろう。
「とんでもないものが居るってのはわかったっスよ。
でも、これ、どうやって調査するっスか?
100人集めても一瞬っスよ?」
「それを今から考えるのか。頭が痛くなりそうだね」
クセニアの言葉が空に溶け、皆沈黙のうちに思考を巡らせる。
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あれほど近づいちゃ危ないって言ったのに☆
というわえであと2回くらいで週末に持っていければと思います。
果たして桜前線はいまいずこに?
そして水魔をどうするか
ではリアクションをお願いします。