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【inv21】『桜前線はいずこに?』
『桜前線はいずこに?』
(2012/07/05)
「あー、あれね」
 ここは純白の酒場。最近では珍しく店に居たフィルが食器を磨きながら天井を見やった。
「確かに『水魔』に単体で対抗できる存在の1つとは思うんだけど……
 あれに頼むのは至難の業と思うわよ」
「随分とはぐらかすな。それほどに気難しい存在なのか?」
「気難しいと言うか、あたしたちと根本的にあり方が異なる存在なのよ。
 あたしたちは基本的に『異世界人』同士だけど、なんというか……あたしたちの世界は平原に転がる石コロのようなものとするわね。
同じ平原上にあるから、石から石へ渡る方法さえ得てしまえば行き来は基本的に可能なの」
普通は無理だろうがなと心の中で突っ込みを入れる。
「で、『平原にある石』は空を飛ばないし、石という固有の、そして似通った物質よね。
 だからだいたいは相互の世界を理解できるの」
 すらすらと語られる微妙な例えに眉根を顰めながらも続きに耳を傾ける。
「でもあれはそことはどこか一線を画した世界からの来訪者だと思うわ。
 言葉では表現できない異質なズレた世界の存在。基本的にそう言う存在って扉が繋がっていないって理論があるんだけど、あの一派だけは例外のようね」
「全ての世界につながっているのではなかったのか?」
「大気に鉱物が満ちていて、地面に冷たい炎が敷き詰められてるような世界の存在はどうやったって『平原の石ころ』の世界では生きていけないわ。生きるという概念そのものが異なっているかもしれないけど」
「あー。魚は陸じゃ窒息死するって事で良いか?」
 エディの言葉にフィルは一瞬きょとんとし、「ああ、うん。それでいいわ」とうなずく。
「でも肺魚みたいなのが極稀に存在しうるのよ。あれはその例外中の例外の1つね。
 統一言語の加護を正しく受けているかも不明。インスマ‘s達とは意思疎通ができるらしいから、無効とは思っていないんだけど」
「見た事はあるのか?」
「正直ないわ。多分まともに面会した人って居ないんじゃないかしら?
 アクアタウンの人達も「触らずの神」なんて言い方してるし」
「まるで今問題になっている「水魔」だな」
「うん。同じ存在じゃないかしらね」
 さらりと返されてエディは飲み物を喉に詰まらせる。
「げほっ?! なっ!?」
「アースさんから聞いた話と各種文献を精査した結果、水神と水魔の在り方が非常に酷似しているというのが管理組合の暫定回答よ。
 だからこそ「水神」にはなるべく穏便にクロスロードに居てもらいたいのだけど」
「そこまで言うのなら、明確な回答があるんじゃないのか?」
「ええ、あるわ。あるにはあるんだけど……ハッキリ言ってほとんどの文献において『それ』は神々すら越える超越者扱いされているわ、対処法がなかったりでどうしたものかと思ってるのよね」
「……聞かなきゃ良かったと思っているわけだが?」
「でもこの世界にある以上、一応は『ルール』の適用内にあるとも考えられるの」
「……ああ、力が制限されたりするっていうアレか?」
「ええ。あと水魔の方があくまでフィールドモンスターとするならば、それはその怪物を模した存在であるだけで、対処不能な不死性なんかは持っていないと思うの」
「……で、その水神とやらとは結局交渉可能なのか?」
「交渉はどうでしょうね。
 でも希う事は可能だと思うわ。なにしろクロスロードでも珍しい「神」の属性を再び持ちえた存在だもの」
『異世界における神族級の来訪者はそのほとんどの力を封印する事がこの世界に至る条件とされています。その後に何らかの方法で多くの信仰を集めた場合、再び神としての十全の力を取り戻す事例が確認されています』
 言葉の意味が分からずになお一層眉根を顰めたエディにPBが注釈を入れる。
『また、力を封ぜぬままにただこの世界の観測者として来訪した神も存在しては居ます。
 彼らの場合には座した場所から動く事ができないそうです』
「確か町の端っこにはやばいのがごろごろしていると言うアレか」
 クロスロードの外延部には踏み込むと警告が発せられる区域がある。これは立ち入り禁止ではなく、立ち入ると死に至る可能性があるからだ。
 例えば中立の存在である人間が強力な神気や瘴気に晒されれば魂ごと吹き飛ばされるのがオチだ。酸の水もアルカリの水も一定のラインを越えれば人体には耐えられないというところか。
「そう言う意味でも水神の祭司たるインスマ‘sと交渉するのが一番早いかもね」
「確かヨンのやつが向かっていたな。
 俺も顔を出してみるか」
 PBで支払いを済ませたエディはそう呟いて店を出るのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「あれ、どの程度近づいたら巻き込まれるかとか、分からないのかい?」
「正確なデータはありませんね。だから暫定的に東西砦よりもクロスロードから見て反対側に出た場合、サンロードリバーから500mの距離まで近づくと警告がPBから発せられるようになっています」
 管理組合員の言葉にクセニアはついでにと採取してきた水を詰めた瓶を揺らす。
「そいやぁ、水中に居ればあれの効果を防げる可能性があるとか。そんな事は無いのかい?」
「仮に引きずり込みの範囲外としても、水中の根城にするフィールドモンスターの懐ですよ? 死に行くようなものです」
 そう言われてしまえば口ごもるしかない。
 水中で飛行術を使い、ある程度の移動ができるとは考えているが、相手の速度も分からないのだから何の安心にもならない。何よりも五感のほとんどを封じられる水中でどれだけ立ち回れると言うのか。
「やっぱり無謀かね」
「無謀ですね。水魔を対峙する事があるとすれば、なんとか場所を特定しての遠距離砲撃戦だと管理組合では想定しています」
「それだって水に当たれば威力が減衰すると思うんだが」
「手数でカバーというところですかね。水の中に入るよりも万倍マシです」
「じゃあ、アンカーを打って近づくとか?
 ほら、ゴーレムなんかだと地面にくっついたまま移動とかできないのかね?」
「叩きつけただけで体の中ぐちゃぐちゃにされそうな衝撃をまき散らす水量が相手ですよ?
 それこそ丘1つをゴーレムにするくらいの質量が無ければ一発で浚われますし、そうとしても人型ならばひとたまりもないでしょう。
 戦車型などの低重心であればまだ抵抗はできるかもしれませんが、相手はあれを何度でも繰り返せるかもしれない。
 時間の問題と言うやつですよ」
「……やってみてから考えてみねえのか?」
「やってみようにもそれほどのゴーレムを作れる人と言えばアース様くらいでしょうね。
 あの人に頼んでみます?」
「できるのかい?」
「出来はしますが、受けてもらえるかは謎です。
 無意味とも思いますし。耐えただけでは何の意味もないですから」
 そこまで言われると閉口せざるを得ない。
「管理組合では来訪者の皆さまの意見にフィルタはかけてはいません。よっぽど多く、収拾がつかない場合は仕方ありませんが」
「しかし、水魔は桜前線の影響を受けないものなのか?」
 今の今まで話しを聞くだけに留めていたマオウの言葉に管理組合員は少しだけ口ごもり
「強大な怪物の中にはバッドステータスとまとめ称される効果を一切受けない者も居ます。
 フィールドモンスターとなると、そういう能力を持っていてもおかしくありません」
「なるほど、あるいは混乱しての所業かとも思ったが……」
「可能性がないとは言い難いですけどね。
 確かめる術もありません」
 元々の状態を知らないのだ。それが通常か異常かなど判断のしようがなかった。
「隙の一つでも見つけなければ近づくことすらできそうにないのだがな」
「水中に適した者の助力でも求めるかい?」
 クセニアの言葉にマオウは思考を巡らせる。
「何にせよ、あんな規格外をなんとかするのは数の暴力に訴えるべきだろうがな」
 それを揃えると言うならば管理組合の領分だろうか。
 マオウは視線の先にある川の流れを見やり、次の行動を模索する。


 ◆◇◆◇◆◇

「いんすますだぁ?
 ああ、よう知っとるよぉ。いっぱいいるしなぁ」
 きゅうりをぽりぽり齧りながら河童は大きくうなずく。
「いっぱい、ですか?」
「んだ。アクアタウンの半分くらいの多さだ。
 あいつらアクアタウンには住んでねえけっど」
「そうなんですか?」
「んだぁ。自分たちの集落を別に持ってるだ。
 そしてアクアタウンの者でもまず近寄らない場所だぁ」
「どうしてですか?」
「おっかねぇからだぁ。怖い神様だよ」
「その神様にお願いしたい事があるんですけどね……」
「んー。インスマ‘sたちがどう扱ってくれるか次第じゃねえかなぁ」
 と、くりんと河童が視線を動かした先、川面からいくつかの視線がこちらを見ていた。哺乳類系からはどこか離れた、のっぺりとした顔。ぎょろりとした目がこちらを見ていた。
「私の目的、知られてる……?」
「かもしれねえだ。水辺の音はみんなみんな知ってるだよ」
「ならば話は早いかもしれませんね」
 ここで臆しても仕方ないとヨンは向けられる視線に真っ向から受けて立つ。
「すみません。水魔対峙を水神に協力願いたいのです。
 仲介頂けませんか?」
 その言葉に水面に出ている顔達はぐりんぐりんと目玉を動かしてから、まるで1つの生物のように一斉に頷きのようなものを見せた」
『ワレラガカミ、カノモノウツ、タスケトナラン』
 そして水そのものが音を発するようなどこか非現実な声音が響いたかと思うと、その顔はあっという間に水面に消えてしまった。
「……案外あっけないですね」
「その気だったんじゃねえかなぁ」
 元々の予定通りとすれば水神にとっては便乗すべき作戦ということだろうか。
「しかし、作戦もあったものじゃないですね。
 我々は水神とやらの行動に何時でも呼応できるようにしておかねば、と言ったところでしょうか」
「同士ヨンさんを発見っスよ!」
 と、不意の言葉に振り返ればトーマがこちらへと駆け寄ってきていた。
「ヨンさん、ヒーローの出番っス!」
「いきなりですね。どうしたのですか?」
「かくかくしかじかっス!」
「いや、分からないから説明してください」
 なんでわからないのこいつ? みたいな顔するトーマにヨンはあきれ顔を見せながらも説明を要求する。
 ならばと始まるやたら長く無駄にスペクタルな話から要点だけ抜粋し
「つまり、水魔をヒーローで倒そうと?」
「むしろヒーローだからこそ立ち向かわねばならないっス!」
 そこを否定するつもりは無い。クロスロード主軸で本格的に人集めをするのであればそこに参加するのはやぶさかではなかった。
「ただ、うちだけで突貫するのは流石に危険ですね。
「危険には飛び込んで食い破るべきっス!
 ヒーローであるが故にっ!」
 どちらかと言うと科学者サイドの少女の発言にヨンはさらに困ったと視線を彷徨わせる。
「ともかく主張はわかりました。善処しましょう。
 まずは呼集すべきですかね」
「応っス!」
 その言葉に合わせるように水面がどんと跳ねた。
 それは奇妙な光景。まるで水面を太鼓のように叩いたかのような余りにも規模がでかい不思議な光景に皆が一様に口ごもり、その先を見た。
『ワレラガカミ ウゴケリ』
「行動早いですね!?
 まだこっちの準備が出来ていませんよ!?」
 にゅと近くに顔を出したインスマ‘sの言葉にヨンは慌てて立ちあがるとこの事を伝えるべく、管理組合へと走るのだった。

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さて、クロスロードが誇る隠しボス3体のうちの1つが動きます。
次回怪獣大決戦。
それまでにやるべき事はありますか?
ま、何もしないと……うひひ。
ではリアクションよろしゅう。
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