エディは素早く状況を確認する。
傷つけた男の腕は建物と同じくいつの間にか再生している。つまりこれは男がこの現象に取り込まれたと判断するに充分な材料だ。あるいは同化してしまった可能性すらある。
次いで家にカレンダーはあるか?
しかしそのような物は見当たらない。それを確認して気付く事と言うと、自分だってだいたいPBに確認すれば時間まで正確にわかるのだから、カレンダーを用意する意味が全くないということだ。この考察はボツ。
ついでクローゼットを開く。
この家は何人住んでいたのか。それを確認すべくサイズ、男物女物かを見ていくと、恐らくだが二人暮らしではないかと推測できた。
それから衣服をもう少し念入りに調べる。例えばクロスロードで売られている衣服のほとんどは科学系世界から持ち込まれた大量生産の化成製品である。武具でも銃器などの複雑な品物は大量生産品が良く見られる。そしてそれには決まってメーカーロゴやその衣服の性質を知らせるタグが付いているものだ。
これもその一つだったらしいが、共通言語の加護を受けているはずのエディにその文字は読めなかった。位置から何が書かれているかは推測できるが、どうしてもそれを理解できない。
「……」
エディの目的はこの街が何月何日で、時間の進行が存在するかを確かめることにあった。
が、特定の日を指し示す物が存在しない以上、それはどうやら難しそうだ。
そう判断しかけたエディがふと脇を見ると、ユエリアが奥に締まっていたらしかった箱を引き出していた。
「それは?」
「衣装ケースですね。春物とか夏物です」
「……!」
改めて調べていた衣服を見れば厚手の長そで。コートまである。つまり秋から冬に着る物と見て良いだろう。
「おおざっぱな推測だが……やはり、大襲撃の日の町の姿を模しているのか?」
「可能性は大きいと思います。
フィールドモンスターは何かしらの既存物が怪物に変質したものです。つまり衛星都市としての時間はそこで途切れているはずですから」
「……この街は時間の進みがあるのだろうか?」
「それは判断しかねます。住人が居ない町が時を刻む事はありませんから。
……でも、ここに取り込まれた彼らが居る限り、進むのかもしれません」
「……検証している暇は無いな」
都合良く日記の一つもあれば良かったのだろうが、流石に取り込まれる危険性を分かっていて他の家に探しに行く気にはならなかった。
少なくとも、この家は、物は怪物だ。共通言語の加護の通じぬ異質な物だ。
「地面を抉って範囲を確認するか……戻らない場所が境界になるはずだ」
「だったら」
外に先に行ったユエリアを追う。そうして外に出たエディは彼女が水を従えているのを見た。
そうして、放つ。
ウォーターカッター。まさにその言葉の通りに水が石畳を長く割り、門の外まで走って霧散した。
「……凄いな」
「これでも、四人でフィールドモンスターを討伐したんですよ?」
そう言う女性の顔には揺るがぬ決意がにじみ出ている。
「……気負うな」
「そのつもりです。でも、この場所じゃ無理ですよ。
……同時に、失ってしまったモノが二度と帰ってこない事も分かっています。
無理はします。でも命を無駄にはしません」
強いなとエディは苦笑し、いつの間にか修復した石畳を見る。
門の外。そこから先に残る傷跡を睨み、それから振り返ってオアシスの木々を見る。
撤退を進言しよう。この街は予想以上に壮大で厄介だ。
調べるべき事はまだ山ほどあるが、撤退準備は始めておくべきだと判断し、彼は門の外、仮設キャンプへと向かった。
◆◇◆◇◆◇
「犠牲的精神か、あるいはただの酔狂か……」
マオウの言葉は虚空に消え、それの届かぬ先でオアシスを見つめる者たちの背へと視線を向けた。
「水があるだけでモンスターなんて見当たらないな。
とりあえず弾でもブチ込んでみるか?」
銃を手にしたクセニアの言葉に適当な石を探していたヨンが振り返る。
「威力って変えられますか?」
「多少は。流石にオアシスの水全部は吹き飛ばせねえぞ?」
「そこまでは期待しませんが……反応を見ると言うならばいろんなアクションが必要でしょう?」
「そんなものかね。じゃあ。この水、撃って見るかい?」
「蛮勇の前に可能な限りの保険を掛けておいて損は無かろう?」
二人の背後に近付いたマオウが肩を叩く。
「え?」
「なんだい?」
振り返った二人がマオウを見て、それからほんのわずかに眩暈を覚えて訝しげな顔をする。
「気休めだ。
お前のような色男が死んでは泣く者も居るだろう。無駄死にはするなよ?」
言われてヨンはやや苦い笑みを浮かべ
「喜ぶ人の方が多そうで困りますね」
「益々死ねんな」
ニヤリと笑って距離を取る。いざとなれば再び近づいて飛行魔術で一気に距離を取る事も考えてはいるが、固まっていて一瞬で全滅では笑えない。
「じゃあ、やるよ?」
両手に銃を構えたクセニアの宣言に、緊張を浮かべる。
そして発砲音。
そして、静寂。
「え?」
着弾の音も水しぶきもない。
余りに、どうしようもないほどに静寂。あるべき結果の訪れない空白。
呆然とするクセニアを余所にマオウは舌打ちして前へと駆けていた。
「退くぞっ!」
真横に居たクセニアには分からなかった。
ヨンの胸に握りこぶしが優に通る大穴が穿たれているという事実に。
「な」
マオウの動きを察知し、振り返った耳に何かの圧。刹那のそれを訝しみ、触れればぬるりとした血の熱さ。
「なっ!?」
驚く間にマオウは二人の首根っこを掴み、渾身の力で後退。
二人の頭が遮る先に水面の輝きがあり────
「シャレにならん!」
ヨンの右腕が、クセニアの左脇が冗談のように抉れた。
「……がぁっ!?」
まるで空間ごと消えたような消失に目を白黒させ、そして思い出したかのように発生する痛みと熱さにクセニアがらしくなく混乱を含んだ声を洩らした。
『無茶をする』
上空からの轟音。
巨大な影がこちらに飛び込まん程の勢いで襲いかかり、三人をひっかけて飛翔。
『がっ!?』
次いで衝撃を示す声が一度。だがブレることなくその巨体は壁の向こうへと滑り込み、そのまま胴体着陸の勢いで落ちた
突然の出来事に臨時キャンプに待機していた者達が集まり、目に見えた惨状に慌てて治療を開始。
「な、何が起きたんだい!?
って、ヨン!?」
胸に大穴。即死の一撃を受けた男を見てクセニアは己の痛みも忘れて意識を飛ばす。
が、それがまるで冗談のように復元していくのを見て、ぽかんと口を開けた。
「し。死ぬかと思いましたよ」
「い、いやいや、死ぬだろ、心臓撃ち抜かれたら!?」
「一度ならなんとか。これでも吸血鬼ですので。
しかし……痛いですよ。シャレにならないくらいに」
一見修復したヨンの胸が、しかししゅうしゅうと白い蒸気を挙げている。
「な。何が起きたんだい!?」
「……全く見えなかった」
クセニアの言葉にマオウが苦々しく応じる。
「ええ、私にも見えませんでした。でも推測は出来ます」
胸の、白い蒸気を指に絡めてヨンは呟く。
「流水……、私の苦手な物の一つです。
それにやられた」
『水、ということか?』
巨獣と化しているザザの右足は血塗れだった。近づいて調べればまるで散弾銃にやられたようだと称するかもしれない。
「恐らくは。恐ろしい速度で水を撃ちだされて穿たれたんだと思います。
私も、クセニアさんの弾丸も」
「ふ、ふざけんな! 何も見えなかったぞ!」
「水、と言う事を考慮しても異常だな」
「水、いや、」
一人取り乱している事に改めて気付いたクセニアが咳払い一つ、
「もしかしてウォーターガンってやつか?
あれはダイヤモンドでも切断するって聞くが」
「……水を銃のように撃ちだすか。とんでもないな」
ヨンが流水と断じた事もあってそれはおおよそ当たりだろうと皆はオアシスの方を睨む。
「だとすると、シャレにならんな。
弾丸を迎撃すると言うのであればむやみに近づけず、遠距離攻撃は尽く撃ち払われかねん」
マオウのつぶやき。
それとほぼ同時にそう遠くない所で撤退を口にするエディの声が彼らの耳に届くのだった。
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フィールドモンスターをなめたらいけません☆
というわけで蘇生持ちのヨンさんには一度死んでいただきました。
町の状態も大体知れたと思います。
さて、撤退するか、強引になにかするか。
決断をどうぞ〜☆