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【inv23】『衛星都市奪還作戦』
『衛星都市奪還作戦』
(2012/07/27)

「これか!」
 楽しげな声に近くに居た探索者が振り返るのも気にせずにクセニアは目を輝かせる。
 そこにあるのはひたすらに無骨で重厚な鉄の塊である。
 全面に魔術紋を刻んだ複合素材板を重ね、その隙間からは機銃の口がこれでもかと突き出している。
 さらに背に背負うのはその全長とほぼ同サイズの砲門。
 先の大襲撃のときに作りだされたこの兵器は今回も引っ張り出されて南門の前、伏線に鎮座していた。
「こう言うのを一度ぶっ放してみたかったんだ!」
「いや、流石に管理組合とかが操作するんじゃないですかね」
 顔見知りが居ると知って近づいてきた一之瀬がクセニアの発言に苦笑いを浮かべた。
「なんだ、使えないのか?」
「流石に何台もあるわけではないでしょうし、そもそも一人で運用出来る物じゃないと思いますけど?」
「いや、一人で運用できるとも」
 と、口を挟んだしがれ声の主を探して二人の視線は一旦彷徨い、わずかに下へ。
 そこにはドワーフのいかにもという感じの男が油にまみれた手袋であごひげを撫でていた。
「一人でですか? こんなのを?」
「正確にはコンピュータ制御ってやつだな。
 目標さえ指示してやれば一人でも扱えるようになっている。
 まぁ、管理組合からの要請で数人での運用が必要となるようにインターロックが掛かっているんだがな」
「一人で扱える物を、どうして何人も必要にするんだい?」
「テロ対策でしょ?」
 一之瀬の回答にドワーフはつまらなそうな顔でうなずく。
「やつらはそう言ってたな。確かにこの砲門がクロスロードや大迷宮都市に打ち込まれれば酷い事になりかねん。
 気にいらんがまぁ、仕方あるまいよ」
「そんなものを衛星都市にブチ込むんだから因果な話だねえ」
 クセニアの言葉にドワーフが一瞬ぽかんとして、豪快に笑った。
「なるほど、確かにこいつは危険な兵器だ」
 何だかわからないが、妙な納得をしたらしく、ドワーフは笑いながら去っていく。
「で、さっきのおっさん、誰なんだい?」
「確かドゥゲストさんですね。この列車砲の開発責任者のはずですけど?」
「へぇ。流石はドワーフと言うべきか、ドワーフなのに科学満載の兵器作るんだと言うべきか」
「……学者系は余り魔法だ科学だと拘らないぽい」
 横合いからさらなる声。物静かだがやたらと通るそれに振り返れば黒を基調とした衣装をまとう、どこかに表情を置き忘れたような少女が段ボールを手にこちらを見ていた。
「そうなのか?」
「……拘る人はここに居られないとか、言ってた。
 特に神学者はノイローゼになりやすいとか」
 クロスロードの物理法則は地球世界に非常に近しいが、魔法だの神族だのを受け入れている事からして、一言では表しがたい異様さを内包している。
 地球の物理法則からすれば、体長10mもある竜族や巨人族はその自重に耐えられずにつぶれて死ぬと考えられる。が、そんな事が起こる様子はなく、彼らはなんの違和感も感じずに生活していた。
 骨や筋組織が人のそれとは違うという仮説は当然提唱されているが、竜族はともかくとして巨人族には科学的に見る限り人の組成と大差ない者が多く確認されているらしい。
「まぁ、使う側の人間にとっちゃ、使えれば良いとは思うけどね」
「否定はできないけどね」
「……そうでもない」
 無口系少女───アインの否定に二人は首をかしげる。
「……便利だからって何も考えずに使ってると酷い事になる場合もある。
 前にそんな事件もあった」
 彼女が口にしたのはかつてクロスロードと大迷宮都市で普及しかけた指輪に纏わる事件だ。その事件は一歩間違っていればABC2W級の災害を発生させていたかもしれない。
「この列車砲がフィールドモンスターになる、とか?」
 茶化すように言った一之瀬の言葉に周囲がしんと静まり返る。
 無論冗談ではあるのだが、ここに居る整備士たちはこの砲の威力を知っているからこそ、笑い飛ばせなかったのだろう。
「うん、確かにそうかもしれないね」
 だが、使える物は有効活用せざるを得ないのもまた現実である。
「ともあれこんなのが中心なら支援以外にすることなさそうかな」
「そうかい? 俺としちゃぁ中距離戦を仕掛けたいところなんだけどねぇ。
 2人ひと組で」
「……町に?」
「いや、オアシスの方だよ。あっちの方がなんとなく厄介そうじゃないかい?」
「……遠くから攻撃した方が安全?」
「んー、こっちは獲物が銃だから町やオアシスに打ち込んでもあんまり手ごたえなさそうなんだよなぁ」
「でもヨンのやつが派手に反撃喰らってただろ?
 爆弾とか落とすと同じだけの反撃が着たりしないのかね?」
 その言葉に二人は応えようがないと口をつぐむ。
 丁度その時、別の場所で同じ問いを発している者が居るとは知らないクセニアは威力の高さを思わせる砲塔を見上げるのだった。

◆◇◆◇◆◇

「というわけで、ヨンさんに反撃があり、アカイバラノヤリには反撃が無かった事を考慮すれば、いきなりの大火力攻撃は避けた方が無難だと考えるわ」
 クネスの言葉に管理組合員を中心とした、作戦会議参加者は思考のために沈黙する。
 最後の最後で発生した一件は安易に検証するのも危険な事態ではあった。
 幸いと言うべきか、被害を受けたのが吸血種のヨンだったから一命を取り留めたものの、他の探索者であったならば死んでいただろう。
「反撃限定だと言うのであれば確かに実験は必要だと考えるが」
 カイゼル髭の男がやがてそう提言すると、同意する言葉がそこらで聞こえた。
「自動兵器あたりで攻撃すれば安全に確認ができるだろう」
「大襲撃と違って急ぐわけではないしね。
 確かめるべき事は確かめてからだよ」
 ホビット族の女性の言葉に大体が賛同を示した。
「しかしオアシスばかりを皆気にしているが、先に町を攻略すべきではないのか?
 『取り込み』の発動条件はあくまで推測でしか分かっておらず、また解放の手立ては分かっていない。
 そんな状態で万が一その推測が違えば、全滅の恐れすらある」
「確かにな。衛星都市が変貌したと思われるシティイミテイターと言うべきそれは自分の上のみをフィールドとしているかがそもそも不明だ。他のフィールドモンスターは自身よりも広い範囲でその『領域』を持っていたからなおさらだ」
 フィールドモンスターの名の元となった自己の周りに展開し、その区域を自身に有利な条件に変更する特性。発見例が少ない故断言はできないが、シティイミテーターが持っていないと考えるのは早計に過ぎた。
「加えて言えば『物理』攻撃は避けた方が良い。
 アカイバラノヤリはあれが『物理』無効と表示した。あるいは『物理』攻撃にのみ反撃をするかもしれないからな」
 エディの言葉に交わし合う視線の数が増す。
 ややあって上座に座っていた有翼族の女性がゆっくりと口を開いた。
「防御役並びに一撃を無効化可能な不死種に協力を要請し、3種攻撃を確かめましょう。
 先行隊として派遣し、実験してください。
 また本隊参加者の中で属性変更スキルを持つ人を選抜しておいてください」
 声音こそ柔らかだが、強い意志を内包する声に皆が頷いて動き始める。
「お二人はお疲れさまでした。可能であれば本隊の方へも参加をお願いします。
 また、アカイバラノヤリを含む経費については管理組合へ申請しておいてください」
 慌ただしく動き出した会議場でルティアは柔らかく微笑む。
「ああ、そうさせてもらう。
 しかし、いいのかい? 町を先にどうにかしなければならないってのは確かだと思うが」
「とはいえ、町への攻撃の余波で反撃されてはたまりませんから。
 まずは実験。その結果から町への攻撃をする事になるでしょう」
「……でも町に取り込まれた人の打開策もまだなのよね」
「それについては……ハッキリ言ってどうしようもありません。
 ただ、ナニカさんやセンタさん……いえ、エスディオーネさんの事例を鑑みれば、フィールドモンスターを撃破した瞬間、解放される可能性があります」
「……ただまぁ、兵器の飽和攻撃の最中に戻ったらシャレにならんだろうがな」
「そればかりは運を天に任せるしかありません。
 一応は取り込まれた人の所在地は確認しています。可能な限り救出をするつもりです」
 迷いのない、とはとても言い難い、犠牲を前提にする言葉を嫌う響きを言の端に滲ませながら彼女は言う。
「多くを望むのも酷な話か」
 エディはぽつり呟き、天井を見上げた。

◆◇◆◇◆◇

「データ不足です」
 マオウの問いかけ。その回答は余りにもそっけない物だった。
「身も蓋も無いな」
「予測とは数多の観測を元に作り上げた統計から生まれる物です。
 私の事例は1例でしかなく、またフィールドモンスターの観測数が10にも満たない以上、それが10%の確率か、100%の確率か、はたまたコンマ以下の確率かは計算できません」
 淡々と述べられる言葉にため息一つ。
「まったくもって正しいな。科学のロボットというのはそういうものなのか?」
「私の所属する科学技術群ではメジャーです。
 生体脳が有するゆらぎを再現する事もできますが、計算には不要です」
「揺らぎというのは?」
「ゲシュタルト崩壊 という言葉を御存知でしょうか?」
 聞き覚えのない言葉にわずかに眉根を寄せたマオウだが、PBの解説にああとうなずく。「あの同じ文字ばかりを見ていると違う文字のように思えると言うあれか?」
「はい。同じ文字のはずなのに脳が違う文字と錯覚してしまう。我々から言えば単なる処理エラーですが、生体脳の多くはそう言ったエラーをわざわざ持っています。
 これは一方では『勘違いによるクリティカルパスの発見』に繋がる機能です」
「……どういう事だ?」
「いつもの帰り道を間違える人はめったに居ません。
 しかし生体脳はふと1つ曲がる道を間違う事があります。しかしそのまま進んだ結果、いつもよりも家に早く帰宅できたならば、それは果たして『間違い』でしょうか?」
「つまりそれは発明や発見の事を言っているのか?」
「はい。機械知性は基本的にエラーをエラーとしか認識しません。してはいけません。
 NGはNGであり、それが揺らぐのはエラーでしかありません。
 曲がり角を間違えたのならば、例え早い経路であってもNGなのです」
「そんな脳を持つあんたとしては、例の少ない事柄で確率を語るのはNGって事か」
「御理解いただけて何よりです」
 淡々とした返事に難儀な物だと感じるのは彼女の言う『生体脳』だからだろうか。イレギュラーに逸れぬ正しい処理であるはずなのだから批難される謂れはないはずだ。
「ただし他の事例で水増しして予測する事は可能です。
 私、およびナニカ様に起きていた事例は『取り込まれた』というより『変質』していたと推測されます」
「どう違うんだ?」
「取り込まれたというのは箱の中に入れられた状態です。あくまで箱と私は別の存在です。
 しかし変質は私は箱の一部になっていると言う事を指します」
「……確かにあいつらは町の一部……付属品のように振舞い続けていたな。
 傷つけてもすぐに修復したし」
「フィールドモンスターの撃破が元々の存在へと戻す唯一の手段であることは100%の事例のため、高い確率で今回も起こりえると予測できます。
 その際に取り込まれた探索者が元に戻る可能性は充分にあると予測できます。
 またその瞬間は完全復帰する事が予測されます」
 ナニカの一件の際には周囲でかなりどんぱちをしたが、戻った巨大ナニカはほぼ無傷だったと言う。
「となると、助けられる可能性はあるわけだな」
「可能性で語ればゼロはありません」
 人間が言えば皮肉であろうが、彼女は純然たる結果でそう語る。
「確かにそうだ。では数字もわからぬゼロでない物を拾うのも一興か」
「危険を伴いますが」
「危険を伴わずに得られる物がどれほどの物だと言うのだ?」
 自己保全を基本概念に組み込まれているはずの機械知性は、しかし頷いた。
「なるほど、では御武運を」
「……貴様は妙だな」
「先ほども申した通り、生体脳の揺らぎを再現する事も出来る仕様ですので」
 そう言って造られた美貌で笑みを作って見せるのだった。

◆◇◆◇◆◇

「なんだ、目的地は同じになったのか」
 巨体からの言葉にヨンは目を瞬かせる。
「ザザさんも館長に?」
「いや、ティアロットに会いに来た。この地下に居ると聞いてな」
「ティアさんに?
 ……そういえばこの間、一緒に行動していたんでしたっけ?」
 なるほどと頷いて扉をくぐると紙特有の香りが一気に迫ってくる。電子メディア媒体なども数多貯蔵されているはずだがその圧倒的多数を誇るのはやはり紙であると五感が感じる。
 そんな空気をかき分けるようにして受付に進むと司書服を着たスタッフが笑顔を向けた。
「ヨンさんこんにちは。今日は調べ物ですか?」
「ええ。館長に相談というべきですけど。
 ザザさんはティアさんに用事があるそうですが、目的はほぼ同じですよね?」
「ああ」
「だったら外の食堂に居ますよ。
 ティアさんが籠りっぱなしだからってアリスさんと館長が引っ張り出してましたから」
 大図書館の庭には館長の趣味で立てられたカフェがある。味も良いことから大図書館に行かなくてもカフェに寄る常連も増えて来たらしい。
「ありがとございます」
 軽く礼をして別の出入り口より外へ。そのルートからまっすぐカフェまで行く事が出来る。
 大図書館の周囲を飾る桜も緑が強くなってきた。春の終わりを強く感じながら二人は木造の店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい。おや、ヨン君か。そちらは……ああ、ザザ君だったかね」
 髭の老人が笑顔で出迎える。菅原道真信仰から生まれた妖怪である彼は立ち上がってカウンターの裏に回った。
「俺の事を知っているのか?」
「わりかし有名だと思うがね。特に周囲に頓着しないセイ君が気にいっているというだけで相当な物だ」
「そいつは初耳だ」
 悪い気はしないが、それが苦笑いになってしまうのは彼との出会いが自分の力に不審を抱くけきっかけになってしまったからだろうか。
「浮かぬな」
 と、いつもよりもよっぽど浮かない顔をした少女がザザにそう声を掛ける。
「久々だな。お前に聞きたい事があってきた」
「衛星都市の事かえ?」
 聞いてから面倒そうに目の前のパンを小さくちぎって口に放り込む。
 どうやらこの少女、このパンを食べる事を億劫に思っているらしい。
 その横では一件か弱そうな少女が監視するように見ていた。しかしザザの視線を察すると慌てたように目を白黒させ、小さくお辞儀をする。
「のぅ、アリス。
 別にビスケットでもよかろうに。地下の連中が『びたみんざい』とかいう物をくれるから問題ないらしいしの」
「ダメです。ただでさえティアさん放っておいたら何日もご飯食べないんですから。
 食べる習慣をちゃんとつけてください!」
 きりっとした態度に外見に似合わず『老練』という空気を何時も持っているティアロットはため息のみを返す。
「わしはアリスに賛成だな。使わない器官は勝手に弱る。そうすれば栄養をどれだけ取っていても体は壊れていくものだ。
 それに精神にだって良くはない。実情はどうであれティア君は人間種なんだから可能な限りそのライフスタイルは堅守すべきじゃよ」
 理論的に言われると弱いらしく、しかし逃げるようにザザへ視線をやる。
「で?」
「オアシスと衛星都市を倒す方法を知りたい」
「飽和攻撃による完全破壊。再生を許さねば良い」
 それはまさしく管理組合が取ろうとしている方法だった。
「でもオアシスは反撃する恐れがありますよ?」
「反撃にも種類と法則がある。対象指定の無制限距離というのもな」
 そう言えばこの世界で使えるかどうかは知らないが、かつての世界ではティアロットの持つ呪式の中に攻撃の対象を攻撃者に強制変更するというとんでもない物があった気がする。
「だが今回の場合ヨンの行動は水に届き、ヨンは同じ攻撃でなく、水による一打を受けた。
 相違無いの?」
「ええ。その通りです」
「なればそれは自動反撃でない可能性も考慮すべきじゃろうが。
 『因果』関係の反撃であるかもしれぬな」
「因果?」
「摩擦をすれば熱を持ち、その熱が物の発火点を越えれば火が付く。この事象の繋がりが因果関係じゃ。摩擦をすることで火を付ける事が出来るとの。
 しかし『因果』を具象化した魔術はそれを省略したり、一部を改変するものがある」
 相変わらず魔術師の解説は難解だとザザは眉根を寄せながら言葉を頭に入れる。
「例えば『その槍に狙われた者は心臓を貫かれる』という槍が地球世界にはあったのぅ。
 槍が狙った瞬間『心臓を貫く』という因果を強制的に結び、結果を固定するわけじゃ。
 そうして突き出された槍は如何なる防御も無視して心臓を貫く」
「そんな無茶苦茶な……」
「因果術式の1つはは世界に『結果は同じ』という詐術を行う。
 或いはこれも地球世界の例えじゃが『アキレスと亀』と言う物がある。
 先行する亀に人間が追い付こうとしても、亀が元々居た場所に着いた時には亀は少なからず前進するため追いつけない。そこから亀の居た場所まで人間は動くが、やはり亀は前進するため追いつけない。これは繰り返され人間は亀に追いつけないというものじゃ」
「でもそれ、時間の概念を無視していますよね?」
 アリスと言う名の少女が口を挟むと理解しようと頭をひねっていたヨンがああと頷く。
「その通り。もう一つの因果術式は結果を生むための要素1つを隠匿し、結果を歪めると言う物じゃ。最初の例で言えば手をすり合わせるだけで火を付ける事ができる。
 『時間』や『発火点』という概念を世界から隠して誤魔化すんじゃな」
 聞けば聞くほどにいじわるななぞなぞを聞いている気分になる。
「攻撃した者に反撃をし、それは必ず相手を貫く」
「どんなに防御しても攻撃者は反撃されると?」
「ありえるだけで確実ではないがの。
 そうなると如何なる防御も無意味じゃ。ぬしのように喰らっても平気なやつを用意するしかない。
 逆に言えばスイッチをぬしが持って全ての攻撃を行えば、その1度の攻撃に対して反撃はぬしに1度だけ来るかもしれぬがな」
 それならば治療も受けたヨンはもう一度だけ耐える事ができる。
「なるほど」
「あくまで今ある情報からの推論故、絶対とは限らぬ。勘違いするなや」
「でも、可能性は高かろうなぁ。
 恐らくは『王冠』ではないだろうか」
 アイスコーヒーを二人に差し出しながらスガワラ老は言う。
「王冠?」
「見たことないかい?」
 言ってストローを取り出し、アイスコーヒーに少しだけ刺してストローの口をふさぐ。
 するとストローにコーヒーが残り持ち上げられた。
 口から指を外すとコーヒーはその水面に落ち、ほんのわずか一瞬、王冠にも似た形状を見せてわずかながら水滴を周囲に飛ばした。
「ああ」
 確かに程度は酷いが起きた事はこれに非常に似ている。水を殴れば当然水滴は周囲に散るだろう。
「これもティア君と同じく予想にすぎぬがのぅ。
 だったら対応策は一つ思いつく」
「……凍らせる、か?」
 ザザの言葉にスガワラ老は満足げに頷いた。
「もしもそのフィールドモンスターがウンディーネの亜種であれば凍らせればその性質を変質させ、フラウの特性を得る。
 その変質にフィールドモンスターとしての特性を維持できるかは不明だが、少なくとも『王冠』は発生しないじゃろうなぁ」
「なら適任が1人居ますね。来てくれるかは分かりませんが」
「管理組合に進言すれば可能性はあるだろうな」
 頷き合う二人から視線を外し、ティアロットはぽつりと言う。
「欠片の情報からの推論に過ぎぬ」
「でも参考にはなりました。あとは衛星都市の方ですが……
 やはり単純な物理攻撃が一番でしょうか?」
「分からぬな。ただ再生したにせよ一度は壊れたのであればまずは完膚なまでに破壊するのがセオリーじゃろ」
 特に口を挟まない所を見ると、スガワラ老も同意見らしい。
「コアとかがどこかにあると言う可能性はないですかね?」
「わからん。じゃがあると仮定して見つけるまでに被害者を何人増やすつもりじゃ?」
 そう言われると言葉も無い。不用意に踏み込めば第二第三のミイラを生みだすに終わりかねない。
「まずはその線で考えるしかないか」
 話を頭にまとめたザザが席を立ち、出されたコーヒーを一瞥して流し込む。
「参考になった」
 礼の言葉を放つが、ティアロットの翠色の瞳はパンを胡乱げに見つめる仕事に戻ってしまったらしい。
「少しは食わないと大きくならないぞ」
「余計なお世話じゃ」
 特に胸回りが残念な少女はほんの少し目に力を込めてザザを睨みあげるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
はいはーい。というわけで次回は実験のあとでどっがんどっがんいきますよー。
まってー!まだまずい!と言う人はお早めに。
まぁ言ったところでよほどの事がない限りはどっかんどっかんいきますけどね。
うひひ。ではリアクションをよろしくおねがいします。
『衛星都市奪還作戦』
(2012/08/08)

「人を暇人扱いするなんて、貴方も随分と言うじゃない。我が使徒」
「じゃあ忙しいんですか?」
「忙しいわよ?」
 美しくも妖しい女性は目を細めて誰もが息を止め見惚れるような微笑を浮かべて見せる。
「大きな戦いは楽しいわ。強さは羨望を生み、羨望は嫉妬を生む。
 肩を並べ戦っても、そこには憧れに潜む焦れが蠢くの。
 皆が私を呼びさまし、賛美するの」
「……で、実際に何かしているのですか?」
「……可愛くないわね。もう一回強く加護かけてあげようかしら?」
 その出自を神族とし、魔族の属性をも経た彼女は「感情」のひと柱を信仰に置き換えて、クロスロードでも有数の実力者となりえた異物の一人。
 レヴィ────大悪魔リヴァイアサンだ。
「でもまぁ良いわ。可愛い使徒が一人の呼び掛けに応じて上げましょう。
 なぁに?」
「これ、何か分かるでしょうか?」
 と、差し出したのは防衛任務だかで見つけた『核石』。鑑定屋にそうと診断はされたものの、何者かさっぱりわからぬそれを見てほんの少し目を見開いた。
「ヨン……貴方凄いわね」
「え?」
 驚いたような顔のレヴィは視線をヨンに移して数秒黙り込み、

「みんなが忙しく戦ってる時に、こんなどこにでもあるようなしょーもない核にうつつを抜かすなんて。そうそうできる物じゃないわ!」
「ちょ、おま!?」
 身も蓋も無い言葉に思わずツッコむヨンにレヴィは大笑いして
「あははは。面白いわ、ヨン。
 貴方最高よ。多分ゴーレムか何かのコアなんでしょうけど、こんなものどこにだってあるじゃない」
「そんなこと言われたって鑑定屋は何も言わなかったんですよ!」
「それはそうよ。ゴーレムクリエイトなんていうのは精霊術でなければ錬金術でもかなり高位の術式だわ。そのコアともなれば秘奥の秘奥。それに刻まれた術式だけを見て何かを当てろだなんて無茶も良いところよ。
 まぁ、アルカかスガワラの爺さんあたりに見せれば分かったんでしょうけどね」
 ぐうの音も出ないヨンにレヴィは笑い疲れたとばかりに目じりの涙をぬぐうと
「ねえ、ヨン。それちょうだい。というか貰うわ。私への貢物ね」
「え? ちょ!?」
「ふふ、自分の敬愛する神に捧げるなんて感心だわ。
 ちゃんと加護を上げないとね」
 つい、慌てて取り返そうとするヨンにレヴィはスと近づき頬に口づけをする。
 見たままを言えばそうだが、ヨンとて格闘術の達人。余人にしかも顔に唇を寄せられるなどまずあり得ないのだが、神を名乗ってそん色ない女性はあっさりとそれを為して見せる。
「じゃあね、ヨン。
 また面白い事を期待しているわ」
「……っ!」
 そのまま追いかける間も無く何処かへ消えゆく女性を見送りながら、ヨンは呆然とわずかに熱を持った頬を撫でる。
「……ヨンさん、流石」
 不意に真横からの声にぎょっと振り向けばアインが無表情でじーっと見つめていた。それもかなりの至近距離で。
「……こんなときにも外さない。流石」
「ちょ、誤解ですよ!?」
「……大丈夫。どう見ても誤解のしようがない。
 そしてお見舞いの必要もないほど元気だけど、今からお見舞いが必要?」
 アインの言葉にえと首をかしげ、それから突き刺さるような周囲の視線に気付き、息を飲む。
 まぁ、ヨンはこれで非常に有名人。かつ、絶世の美女と言っても過言でないレヴィにキスを貰い、その直後に人形めいた、しかし整った顔立ちの少女に詰め寄られているのだから、まぁ「こんな非常時になにやってるんじゃワレ」という感じだろう。
 ついでに言えば美女───嫉妬の悪魔から加護を再充填されたばかりである。
 次に起こる展開を、疑う余地はなにひとつなかった。

 決死の逃避を行うヨンはこの一件が後に厄介なことの引き金になる事をなんとなく予想していたのだが。
 逃げ切った時にはきっと頭から抜けてしまう事だろう。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「クラスター?
 瑠弾ならあるが?」
 子供をばら撒く弾丸と言う意味ではだいたい同じ物だが、子の性質がやや違う。
「クラスター爆弾はばら撒かれた玉も爆発するのよ」
「そんなもん列車砲で撃ち出した衝撃で全部爆発するわい」
 ドゥゲストの言葉にクセニアはぽかんとして「それもそうだ」と引き下がる。
「それに列車砲で撃ち出した時点でかなりの加速度を得る。
 お前さんの構想しているじゃろう「攻撃でない攻撃」には見做されんと思うがの」
「……俺が浅はかだったで良い」
 肩を竦めてどかりと列車の壁に背を預けて座る。ちょっと拗ねたらしい。
「まぁ、それはさておき列車砲の砲撃はちょっと待ってほしい。
 試したい事があるんだ」
 窓からそう声を掛けたのは巨躯の男、ザザだ。
「やってみたいことは2つ。そのうちまず1つは、オアシスの水を掬えるかどうか試したい」
「……水を掬うと言う行為が攻撃に当たるかどうか、と言う事かい?」
 同席していた青髪の男───イルフィナが問うとザザは頷きを返す。
「こいつで水を出しつくせるならば攻撃すらする必要はないだろ?」
「だが、一つ問題がある」
 すぐさまイルフィナは言葉を継ぐ。
「実はあのオアシス、水源が不明なんだ」
「……は?」
「衛星都市が成立した後、飲料水でもあるので管理組合がオアシスの管理をしていたんだがね。その時に計測した結果、雨が降ろうと日照りが何日続こうと、人が増えて取水量が増えようともオアシスの水かさが増減した事は一度も無いんだ」
 これにはザザも次の言葉がでない。
「そんな物を使っていたのかと言われればそうとしか言いようがないんだがね。
 水そのものの安全性は保証できていたから合えて告知も通達もしていなかったんだ」
「……つまり、水を掬い出せたとしても、水量が減らない可能性がある、と?」
「その通り。早めに告知できていればよかったかもしれないが、住民感情もあるしね。
「ちなみにその水、本当に安全なんですよね?
 ほら、例えば怪物だから実は鑑定できなかったとか……」
 はいと手を上げた一之瀬の言葉にイルフィナは頷き
「別世界に持って行って確認したからね。
 この世界で制限を受けてもほとんどの異世界に置いてはそれぞれが本来の力を制限される事は稀だ。まぁ、根本的な物理法則に左右されたりはするんだけど。
 ともあれ、安全な飲料水であることは保証できる」
「なるほど」
 それで本当に大丈夫かどうかは定かではないが、一応責任のある人間がこれだけの探索者を前に言うのだから半端な事は言うまいと納得しておく。
「さて、ならば私の案を聞いてほしい」
 次いでマオウが声を発する。
「まずは町への大爆撃。これはやむを得ないと考える。
 が、その後一度は町の状況を確認させてもらいたい」
「それは、取り込まれた探索者の安否確認か?」
 クセニアの問いにマオウは頷く。
「それもある。後は都市が死んだふりをしていないかどうかだな。
 あと、懸念があるとすればフィールドの干渉だ」
「干渉? つまり2つのフィールドモンスターの効果が重複していないかということか?」
「もしくは片方に取り込まれていないか、という話だ。
 町を倒したらオアシスが本気を出したり、町を破壊せぬ限りオアシスは町の「再生」の影響下にあるのではないかと言う事だ」
「確かにそれについては一つの懸念ではある。
 大迷宮都市と救世主の1体が同じ場所でフィールドモンスターになっていた際、救世主の変貌したゴーレムが討伐されて初めて大迷宮都市の変貌した巨大アリ地獄が動きだした。これをどう見るかにもよるけどね」
「ま、都市から破壊するという手順は賛成だ。
 やはり反撃のルールが分からないのが怖いからな。出来れば凍らせたりしてみたいもんだが」
「町を首尾よく破壊できればそれは私が試そう」
 氷使いでもあるイルフィナがザザの言葉に頷く。
「水である以上、確かに状態変化を試すのは一つの方策だね。
 そして気体になる場合には先ほど述べた通り補充される可能性があるけど、氷なら多分別だ。面白いね」
 大体の方策は決まったとイルフィナは砲身の伸びる先を見た。
「じゃあ、攻撃開始と行こうか。
 爆撃部隊用意、町の中心部、オアシスを外す位置に標準合わせ。
 防御部隊は不慮の反撃に注意。回復部隊並びに支援部隊は準備よろしく」
 そして、大音量と共に衛星都市は破壊の嵐に包まれた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 一時間後。
 外周部をクレーターだらけにした都市から土煙が払われると、皆の前で幻のような現象が発生した。
「さ、再生した?」
 一之瀬の言葉の通り、元々何があったのかすら判断不能なでこぼこの大地に一瞬で街が蘇ったのである。
「……砲撃、再開するか?」
「いや、一撃だけ防壁に撃ってくれ」
 マオウの言葉にイルフィナが許可を出すと、魔術の一撃が土壁に大きな傷を付けた。
 それから5分くらい経過しただろうか。
「再生しないね」
 双眼鏡を手に見ていたクセニアの言葉の通り、その傷は修復される様子はない。
「ってことは、シティイミテーターじゃなくなった?」
「らしいね。お」
 双眼鏡のレンズの先、町から何者かが飛び出すのを見る。
 それは、建物に囚われたはずの探索者の2人の姿であった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 はい、神衣舞です。
 まぁまぁ慎重でございますこと。だが、それが良い!
 いろんな意見が出ておりますのでそれに乗じて紹介できてない設定をぽんぽん出したりしております。というわけでそう言うのを引き出せたぜひゃっはーくらいに思っていただけると幸い。
 そしてヨン様が一人新しい災いの種を生んでるんだけど。
なんてGM思いなんだろうほろり。
 では次回最終回予定ということでよろしゅう。
『衛星都市奪還作戦』
(2012/08/22)

「さて、じゃあやりますかね」
 怪物に蹂躙されたはずの都市は無事なままで発見された。
 しかしそれはフィールドモンスター『シティイミテーション』となった怪物だった。
 そしてそれを討伐した今、町はやはりほぼ無傷なままで探索者の前に現れた。
 しかしよくよく確認すれば特に南側に大きく被害の爪痕が刻まれているのが分かる。そのことからどうやら『町がある一定以上の被害を受けたところで怪物化した』。
それ故に怪物化が解けた瞬間、町が変貌したタイミングに戻ったと推測した。
 町に捉えられた探索者達が無事だったのも怪物化が解除された瞬間元の状態に戻ったからであろう。
 そんな背景を持つ町の中心。一見静かに水を湛えるオアシスからやや離れた位置に探索者達は集っていた。
 主に集まっているのは氷系の術式を得意とする者と。ガード、カバーリングを得意とする者。そして一度くらいなら死にかけても何とかなる連中である。
 その筆頭に立つのは南砦管理官イルフィナ・クォンクース。彼は氷使いとしても知られている。
「湖を凍らせるとはね。スケールが違うねぇ」
「このサイズの水を凍らせるだけの術師はなかなか居ないからな。
 数を揃えて凍らせるというのも普通はすまい」
 クセニアの言葉にマオウが苦笑を見せる。
『もう少し距離を取った方が良いんじゃないか?』
 くぐもった声。巨大な獣が滑空し、二人に影を作る。
「折角の特等席。見なければ損と言うものだ」
「その意見には賛成ね。
 フィールドモンスターが倒される瞬間なんて見れる物じゃないわ」
 追従する言葉は後方から。
 振り返ればおおよそ非戦闘員であろう人物を伴ったクネスがそこに居た。
「なんだそいつら?」
 クセニアが訝しげに問うと「研究者ってやつね」と応じる。
「今言った通りよ。私達は今後もフィールドモンスターとやり合わなきゃいけない。
 少しでも存在を理解しないと」
「それは熱心な事だ」
 マオウは言いながらも、自分と同じ目的だが、あからさまに自衛能力のない面々を前にしてほんの少しだけ眉をひそめる。
「研究者というのは得てして自分の命よりも新発見の方が重要っていう存在だわ」
「なんとも哲学的だな」
『始まるようだな』
 心なしか距離をとりつつザザが呟く。
 キンと、空気が澄んだ音を立てた。
 精霊を操る者、温度その物を操る者、純粋に氷を生みだす者。
 様々な氷術が同時に構成され、
「放てっ!」
 オアシスに向けられる。
 特質すべきはその行為の全てはオアシスを狙わぬ事。その直上の気温を下げ、淵を凍りつかせ、その余波をオアシスに浴びせ掛ける。
 背後で見守る者に襲いかかる寒気。皮膚感覚が一瞬でしびれ上がるような感覚の後に、寒さというより痛さが全身を駆け抜ける。
「ちょ、痛いっ!?」
「これは堪えるな。ザザの毛皮が羨ましい」
 目もまともに開けていればその表面の水気が凍りつきそうなほどの温度変化。
「どう?」
 クネスの問い。吹き付ける冷気は勢いを失わない。
 学者の中には準備万端とゴーグルのようなものを付けている者も居るが、待機中の水分が氷結し、巻き起こるダイアモンドダストに視界が確保できていないらしい。
「おお、オアシス凍っているな」
 とある学者がそんな事を言う。見ればちゃっかり建物の影に隠れつつ、自分の視界としてビデオカメラを設置してモニターを見ているらしい。電話線や通信ケーブルも100mを越えれば「100mの壁」に阻まれ意味を為さなくなるが、返せばその範囲内ならば普通に使用できる。
 それが正解と見学組はその学者の方へ集合。画面を眺めると流石に術師連中は耐性があるのかこの寒さの中でも術を維持し続けている。そしてその前方、オアシスの淵が急速に氷結していくのが確かに見てとれる。
「反撃は無い様だな」
「オアシスそのものを狙っていないから反撃が発動しないってことか?
 なんともまぁ、ずるがしこい」
 クセニアの褒め言葉も画面に集中する連中にはどうやら届かなかったらしい。
 凍りつく範囲は加速度的に増え、しばらくすると表面は完全に凍りついてしまった。
「問題はここからね」
 クネスの言葉に学者連中は頷き、その他の見学者は首をかしげる。
「どういう事だ?」
「湖が凍る場合、まず表面が凍るのは分かるわよね?
 そこから下って外がどうであれ3〜4℃の水温があるのよ」
「ああ、聞いた事があるな。だがこのまま冷やしておけば完全に凍るんじゃないか?」
 クセニアの言葉に「確かにそうなんだけど」と頷いて
「明らかに熱は伝わりにくくなるし、彼らだって無限に魔術が使えるわけじゃない。
 外気温は容赦なく冷気を拡散するわ。速度と魔力が追い付くかどうかね」
『あの状態で砕いたりはできないのか?』
「できると思うが……まだ氷で無い部分が不確定要素だな」
 マオウの応じにザザは難しげに鼻頭にしわを寄せた。
「しかし、砕くのは手かもな」
 クセニアがぽつり。
「ほら、要するに凍ってない部分を露出させれば凍らせやすいわけだし」
「確かにそうね。氷の状態で反撃がないかも確かめたいし、やる価値はありそうだわ。
 案外それで倒せたりしてね」
「この街も半壊程度で怪物でなくなったからな」
 となると問題は。
 冷気のど真ん中に誰が伝えに行くか。

 皆の視線が毛皮に包まれた巨躯に集まり、視線の先ではため息が一つ漏れた。

 ◆◇◆◇◆◇

「なるほど、何も覚えていないんですか」
 なんだか肌寒いなと思いつつ一之瀬は彼らの言葉を反芻する。
「ああ、家に入り込んでから、気が付いたら家の中に立っていた。
 そんなお芝居をやってた覚えは無いな」
 ドワーフの男は一之瀬に教えてもらった自分たちの惨状にげんなりしつつ応じる。
「じゃああの爆撃も覚えていないんですね?」
「今自分がゾンビの類じゃないかと不安だな」
 苦笑いで応じられ、一之瀬はふむと呟いた。
 取り込まれている間の記憶もないなら仕方ない事だろうが、彼らにはそれにより付くはずの外傷も一切なかった。調査の時に彼らに傷を負わせてみたらしいが、その痕もない。
「本当に取り込まれた……怪物化した瞬間を保存しちゃうみたいですね」
「幸いにもな。しかし、怪物になったままではないかという不安とは、なんとも」
「大丈夫じゃないですかね」
 一之瀬はPBに確認しつつそう応じた。
「怪物とは会話ができない。って事ですし」
 実は例外個体が既にいるのだが、特例過ぎる上に余計な不安を与える必要もないと、それは未公開のままなので、二人はその言葉に安どの笑みをこぼす。
「運が良かったと思おうか。
 あとはオアシスを倒せればこの街は戻ってくるわけだ」
 リザードマンのややしゃがれた声に一之瀬は頷く。
「無事に終わると良いんですけどね」

 ◆◇◆◇◆◇

「なるほど」
 純白の酒場にて。
 ヨンは皆の言葉に感嘆の言葉を零した。
「というか」
 誰かの呆れたような声音。
「どうしてフィールドモンスターとやり合ってきた連中よりもボロボロなんだ、お前は?」
「……流石はヨンさん……」
 隣でちびちびと果実酒を舐めていたアインがぽつりとつぶやく。
 掛け直された『嫉妬』の加護は近くに居たアインの存在をネタに爆発的な効果を見せた。しかも住民の半分が戦闘能力を持ち、なおかつそういう荒くれ仕事のために恋やら家庭やらに基本的に縁遠い連中が多い。
 町と言う体裁があるため、普通の冒険者連中からすれば格段にリア充率は高いのだが、そんな事は知った事かとばかりにヨンに嫉妬と、敵意が殺到。考えるよりも手を出す方が早い連中の猛攻に会い、辛くも逃げ出したというのが結果だった。
「……騒ぎの種もしっかり蒔いてた」
「そ、それは内緒で!」
 内緒にしたところで何も変わらない。
 そうは分かっても今は忘れたいと視線を祝勝会を繰り広げる連中へと戻した。
 結果から言えば砕かれた氷は反撃する事は無かった。
 そして半ば以上凍りつき、そして砕かれた氷はある時点で突如全ての氷を溶解させ、攻撃を加えていた連中を水浸しにした挙句、未だに残る冷気で体表面を凍りつかせ、凍傷を起こしまくったという悲劇を生みだした。
 幸いというか、背後に控えていた支援部隊のおかげで腕を切り落としたりするような深刻な被害は発生しなかったが、その案を伝えに行ったザザはついでとばかりにその剛腕を奮っており、氷結の被害も一番に喰らってしまっていた。
 今は皆に感謝されつつ、氷の破壊をしていた面子と酒を酌み交わしている姿が店の奥に見えた。
「特にエフェクトが掛かる事もない、HPが無くなったら即元に戻るって感じですかね」
「巨大ロボの時もナニカそうだったと言うし、そう言う者だと思うべきなんだろうな」
「では下手に攻撃を激化させるとそのまま元の存在も殺してしまう可能性があるわけですね」
「……でも囚われていた人は無事だった……。
 一定の無敵時間みたいなものがある……?」
「確かにそれはありえる話ですね。
 むしろこちらにとってはありがたい現象ですけど」
 ふむと頷いてヨンは周囲を見渡す。
 と、まぁ、いくらかの殺気が体に突き刺さり、あれ? いつの間にか囲まれていますか?と冷や汗を掻く。
「ま、まぁ無事に解放されて何よりです。
 次は奪われないようにしたいですね。はは、それでは」
「あ……」
 脱兎。と言う言葉がぴたりとくる動きで店から走り去るヨン。
 それを追ういくつもの影。
「……まぁ、ヨンさんだから平気、か」
 どうせあの男の事だから、走っている最中にまた女性とかにぶつかってフラグを立てるに違いない。
「……三度くらい刺されてもきっと平気」
 物騒な事を無表情で言い放ち、アインは見知った顔のところへとひょこひょこ歩いて行くのだった。

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 というわけで探索から考えると随分と長くなってしまいましたがこれにて衛星都市奪還戦完了です。
 参加者の皆さま、お疲れさまでした。
 なんやかんやと忙しく、更新が前よりも遅れがちでもうしわけありませんが、もう睡眠時間を生贄にやる気を召喚してやっていきたいと思いますのでよろしく。
 さて、2つともシナリオが完了しましたし、次のイベントを起こさないとな☆
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