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【inv24】『百鬼夜行の夜に』
『百鬼夜行の夜に』
(2012/09/19)
「にぎやかというよりカオスね」
 祭りの一日目。
 前日までの設営に携わっていたKe=iは本日は出店を一つ設営して販売中である。
 元々は自分で色々用意しようと思っていたのだが、運営側でも出店が偏らないようにいくつかの出店を出しているらしく、それならと1つ任されたのである。
 仕入れは優遇されるし、設備も借りられると言う事で後は売上さえ仕入れ値を越せば良し。ということで無難な飲み物と共に酒類なんかを混ぜて販売してみている。
 扱いが簡単だからと仕入れた缶ジュースやペットボトルは多くの世界、特に文明レベルが中世近辺の者には珍しい物として、一般客に限らず商人や軍関係者らしき人が物珍しそうに買っていく。
「……こんにちは」
 顔を上げると死神装束のアインがちょこんと手を上げる。横にはクセニアの姿があった。
「二人は今日は護衛の方?」
「ああ、でもまぁ、平和なもんだ。酔っ払いの喧嘩程度だからな」
「……喧嘩で魔法が乱れ飛ぶけど」
 一般客が多い祭りとは言えやはりクロスロードである。ちょっとしたいざこざで刃傷沙汰が発生する。二人は先ほども酔っ払いをKOしてきたばかりだ。
「……毒消し飲ませて放りだすしかないから、面倒」
「普通の町じゃ罰金取るなり、牢屋に入れるなりすればちったぁ反省するんだがな」
 このクロスロードにはそういう法規制は一切ない。迷惑行為に対する報復攻撃の範囲で懲らしめたならあとは放置するしかないのである。
「ただまぁ、周囲の連中も猛者が混じってるからね。何度もしないうちに体が悲鳴を上げるだろうよ」
「確かにそうかもしれないわね」
 クセニアの物騒かつ適切な読みにKe=iは笑みを返して飲み物を差し出した。
「ん?」
「護衛組なら特別チケット付与されてるんでしょ?」
 イベント側のスタッフには管理組合協力の元、PBに屋台で使える特殊な認証を与えられている。よほど無茶な事をしない限り、ほとんどの飲食系の出店でタダになるらしい。
「……ありがと」
「貰っとくよ。さて、次行こうか」
「気を付けて」
 屋台を離れる二人にひらひらと手を振り、背を見送る。
 日はまだ中天すら越えていない。
 祭りはまだまだ始まったばかりである。

◆◇◆◇◆◇

「うーむ」
 祭りの喧騒を余所に路地を覗き込む青年がいた。
「ここにも異常なし、かな?
 ワタシの世界であればもう素晴らしい探査魔術ですぐに感知しますのに、異世界と言うのは面倒ですね」
「この世界特有の現象でもあるらしいけどね」
「おや、そうなので。うわぁっ!?」
 大仰に驚いたシャ・ブランは尻もちをつきつつも、笑みを湛える女性を見上げた。
「あ、貴方はこの前の!」
「また会ったわね。今日はお仕事組?」
「そうですよ! うぅ!」
 しっぽに警戒の動きをさせつつジトりと睨む。
「どうしたの? そんなに驚かせたかしら?」
「違います! うう、この前の話、聞こえてたのですからね!」
「この前の? ……」
 頬に指を当てて中空を見つめ、
「って何かしら?」
「覚えていないのですか!?」
「説明会で会った事は覚えてるわよ?」
「そう、その時です! ワタシの行動をさぞ滑稽に見ていたのでしょうね!」
「……ああ、大図書館の事かしら?
 まぁ、あれは仕方ないんじゃないかしら。だって貴方、魔法系世界の出身でしょ?」
「そうですが? それが何か?」
「公的な図書館なんて一般的じゃないでしょ?」
 魔法系世界は秘密主義である事が多い。これは科学系世界の技術は人に関わらず知識さえ得れば使える事に反し、魔法技術は才能と血脈を基準とする事が多いからだと言われている。
 血の繋がりや儀式を経た関係が強固な繋がりであるが故に、知識は他者に洩らすべき物でなく、故に書に記しても他人に見せる物ではない。
 そういう経緯から魔法世界では科学世界で言う図書館のシステムが存在しづらいのである。
「と、図書館くらい知っていますよ!」
「うん。でも身近じゃないから思いつかないのよね。私も最初はあの図書館、入るのに何か条件があると思っていたし」
 稀に国営の図書館なども存在したが、貴族かそれに準じる資格が無ければまずは居る事は許されないというのも普通である。
「では馬鹿にしたわけではないと?」
「この世界じゃ知識を馬鹿にするのは天に唾吐くようなものだと思わない?」
 言われて分からずきょとんとする。
「確かにその通りだな。露天に並ぶ品物のほとんどが見た事のないシロモノだ」
 声はブランの後ろから。
 そこには長い黒髪を風に揺らす男の姿がある。
「あら、マオウさん。見物かしら?」
「輿に乗らずに祭りを見るのも一興と思ってな」
「魔王!?」
 素っ頓狂な声を上げて正座をしてマオウを見上げる。
「ああ、ただマオウと名乗っているが?」
「おお、魔王!」
「そう言えば魔族について調べているのだったわね」
「ふむ。月の眷属か」
「さ、然様にございまする!」
 と緊張を露わにしながらも、段々と不思議そうな顔つきになり
「しかし、魔力をそこまで感じないですね」
「言ってくれる」
 不快に思う様子もなく、マオウは小さく笑った。
「この世界のルールがあるから、どんなに強くてもある一定値になるわよ。
 そこからどこまで伸びるかはその人次第でしょうけどね」
「おお、なるほど。確かそんな話をPBから聞きました!」
「賑やかな猫だな。大かた魔女の子か」
「ええ、そうでございます。魔族について調べてこいと命じられまして、ええ」
「確かにこの世界ならば安全に調べられるだろうな」
 ぐるり周囲を見渡しても仮装と本来の姿が入り混じってのカオス状態。逆に目移りしてわけがわからなくなりそうである。
「で、路地を見て何をしてたの?」
「ああ、この祭りを狙う者が居ると言う話。だったらこう言う路地に何やら仕掛けを施しているのではないかと見ていた所でして」
「へー。貴方、護衛組だっけ?」
「はい。今日は休みですけど。
 ただ探査魔術がうまく使えないのでどうしようかと」
「だったら今日を仕事日に変えてもらいなさいな。
 私が同行してあげるわ」
「本当ですか!」
 さっきまでの不快感はどこへやら、しっぽピンとさせて目をキラキラしつつ
 不意にハッとなって
「べ、別に催促したわけではありませんので!」
「分かってるわ。私もペアにあぶれたから一人で見回るのに飽き始めていただけって話よ」
「で、でしたら一緒に言ってあげても構いません!」
「面白い話し方をする猫だ」
 不思議そうに顎をさするマオウの言葉にクネスは苦笑を零しつつ、PBに手続きの方法を聞くのだった。

◆◇◆◇◆◇

「ええい、お前らいい加減落ち着け!」
 喧嘩する二人の間に割り込んで両方の武器をはじいて抑え込む。ついでに電撃を纏わせると二人は慌てて距離を取った。
「まったく、他の客に迷惑だ。やりたいなら路地でも河原でも行けよ!」
「チッ」
 周囲の視線も厳しいと感じて、片方がそそくさと離れると、一方も視線に押されるように反対側へと去って行った。
「やれやれ、なんとかなったか」
「お疲れ様です」
 喧嘩が終わったと悟って周囲のやじ馬が散り始めたのと逆に近付いて来る青年に雷次はおぼろげな記憶を掘り起こす。
「確か。ヨンとか言ったっけか?」
 吸血鬼装束の人の良さそうな青年はうれしそうに頷きを返す。
「いつかの仕事以来ですね。
 護衛のお仕事ですか?」
「ああ、そんなところだ。あんたは見物か?」
「はい。妖怪種のみなさんには色々と知り合いも居ますから」
「……へぇ」
 あんな怖い……もとい奇抜な連中に知り合いが多いとはと感心半分呆れ半分の視線を向ける。
「特にシュテンさんには春先の事件でもお世話になりましたし、後であいさつにでも行こうかと」
「大将の鬼だっけか。あの人、本部で酒飲んでたなぁ」
 見事に「鬼」としか言いようのない風体はしっかりと脳裏に刻まれている。怖い事を「鬼の様」という慣用句で表現する意味を実体験として理解してしまったと思い起こす。
 しかしそれでもなお単純な恐怖でなく、ある種の羨望を覚えるのはそこに王者と言うべきか、統べる者の風格を見たからだろう。
「あの人とも知り合いなのか?」
「なんだかんだでここに来て随分経ちますしね」
「おや、ヨンの旦那じゃないか。
 今日は随分とそれらしい恰好をしてるじゃないか」
 不意に割り込んできた声に二人が視線を向けると、コート姿の男が人ごみを気にすることなく近づいてきていた。腕には護衛班の腕章がある。
「おや、エディさん。護衛側なんですね」
「そっちはまた女ひっかけに来たのか?」
「さ、最近なんかそういう目で見る風潮が起きてますけど、完全に誤解ですからね!?」
「そうか? 大図書館の司書連中が色々言っていたが」
「……と、特定の人物に対してのアプローチは「また」と言う言葉に繋がらないと思いますが」
「なるほど、そういう人なのか」
「そこ、納得しない!?」
 ほほうと頷く雷次にヨンがちょっと涙目で突っ込む。
「で、喧嘩が起きてるから向かわせられたんだが、お前一人でなんとかなったか?」
「ああ、はい」
「そうか。飛び入りで護衛班に入ったからな。人手の足りないところに加われってことだからそっちに同行する」
「ああ、はい……って、あー」
 不意に目が泳ぐ。
「どうした?」
「……いや、ほら、上からの監視で充分かなぁと」
「それでは対処が遅れるだろうに」
「な。なんとかなりましたし」
「あのぅ」
 雷次の肩に触れる手。そしてやたらギチギチという擬音が混じる声。
「道を教えてもらいたいのですが」
「道なら────」
 振り返って雷次、硬直。
 アントマンの複眼がそんな雷次の顔を不思議そうにマジマジと見つめた。
「……苦手なのな」
 察したエディが肩を竦め、苦笑したヨンが一時来訪者に臨時で貸し出されているPBの使い方を教える。
「ちょ、ちょっといきなりだっただけだ」
「なに、すぐに慣れる。適当に歩きまわればな。
 こっちと襲撃に適した場所を確認しておきたいんだ。適当に回るぞ?」
 そんなスパルタな発言に嫌とも言えず、雷次は腹をくくって頷くしかなかった。

◆◇◆◇◆◇

「はい、こっち終わりです」
 ニュートラルロードを中心にケイオスタウンの大部分が舞台となるこのお祭り、出ている屋台の数も数千に上るらしい。
 屋台やテントの設営も準備期間中に間に合わず、一部のスタッフは今も会場の大外当たりの設営にいそしんでいた。
 このあたりは本番の出発点にもなるため、最終日には多くの人が集まるので適当と言うわけにもいかなかった。
「もうすぐ日暮れだというのに熱心な事だな」
 ぬぅと伸びて来た影。振り返れば一之瀬の正面には巨躯の男が居た。
「あ、ザザさん。こんにちは。
 こんなところまでどうしたんですか?」
「ちょっと飲み歩いていたら暑苦しくなってな、人の少ない方に流れただけだ」
「なるほど。見学ですか?」
「本当は首魁の連中にでも会いに行こうかと思ったんだがな。
 流石に本丸付近は人ごみに過ぎる」
 なんでも精霊や九尾の狐が思いつきに色々なパフォーマンスをしているらしく、祭りの本丸であるヘルズゲート周辺は史上稀に見る込み具合を見せていた。
 数百メートルもあるニュートラルロードが歩くのに困難になっている所を見ると、今年は何時もと比べ物にならぬほど一時来訪者が来ているらしい。
「あー、なるほど。なんでも本番の場所取り行為をしようとした人達も居て、騒ぎがあったらしいですね」
「見物にそこまでやるのか。二日後だぞ?」
「なんでも場所を売るつもりだったらしいですよ。人間考える事は同じなんですね」
 出身世界の事を思い出して笑みをこぼす。
「場所ねぇ。そんなの確保したところで意味が無いだろうに」
「考えた人は一時来訪者なんでしょうね。権利やらなにやらと騒いで手を焼いたとか」
 無法の町。それを理解できない者は多く、この人ごみのなか少なくない犯罪行為はやはり発生している。間違い無く死者も出ているだろう。しかしそれを批難する事はこの街では無駄だ。大量殺人や大量破壊でもない限り、町の者は目に届く範囲でしか干渉しない。
護衛班とて騒ぎの拡大を抑えるべく干渉するだけで、その手が届かずに出た被害を補償する者ではないのだ。
 だが、説明を受けたにも関わらずそれを無責任だと非難する者はやはり現れる。どちらかというとそういう者への対処が護衛班にとって一番の難物になっているようだ。
「呑気な物だな」
「祭りだから呑気くらいで丁度良いと思うんですけどね」
 元々特異な状況に身を置いたとしても学生である一之瀬は肩を竦めて大通りの方を眺め見た。
「祭りだから。か」
 祭りなどと思いつつも酒に身を任せて出て来た身としては趣深い言葉に思えた。
「さて、これでこっちの仕事は終わりっと。
 ザザさんはこれから予定でも?」
「いや、無いよ」
「だったら屋台でも回りませんか? ザザさんが居ると色々安心ですし」
「護衛代は貰うぞ?」
「まぁ、特権を多少拡大しても怒られないでしょ」
 PBを掲げつつ、少年らしい笑みを見せる一之瀬にザザはぎこちなくも笑みを返し「了解した」と応じたのだった。


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遅くなりましたが百鬼夜行祭りのその2をお送りします。
ちょいと仕事やらなんやらでバテ気味ですがばててもしょうがないのでがんばりまsっしょい。
というわけで祭りの1日目です。今のところ特に何か起きているようではありませんが、みなさんの行為が今後の展開にどう影響してくるかは。うひひ。
では次は2日目となります。
張り切ってまいりましょう。
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