<< BACK
【inv24】『百鬼夜行の夜に』
『百鬼夜行の夜に』
(2012/11/17)

 町の空気は水と油を無理やりかき混ぜたような状態だった。
 その二つを別つのは来訪者か、見学者か。
 見学者達はこの戦闘が「いつもの祭りの一部」と思っているのだろう。被害を食い止めるセンタ君達の背後に陣取り、熱い歓声を送っている。
 一方の油は来訪者達だ。
 彼らはこの争いが通常でない事を悟り、どう動くべきかを考えていた。それは乱入という点だけではない。この場で争う者たちの誰に注目しその力量を見極めておくべきか。
 そういった別の意味で熱い視線が注がれていた。
 その視線の中の一つ。アインは上空から戦況を見つめていた。
 ここから見渡せる各戦場に知り合いの姿が相当数ある。特に一陣、二陣、三陣は相対する両方がかなりの難物揃いである。
「おーい、アイン!」
 ふと呼ばれた方を見れば銃を片手に手を振る女性の姿がある。
「……ええと、クセニアさん?」
「どっちが派手にやってるかい?」
「どうするつもり?」
「ここの連中は歯ごたえが足りなくてね」
「……元気だね。一陣と二陣が派手……。
 今だと二陣の方が派手かも」
「何が居るんだい?」
「……律法の翼の過激派」
 直接対面した事は無いがその悪名は嫌でも耳に入る。「そりゃ楽しそうだねぇ」とクセニアは笑みを作る。
「あんたもどうだ?」
「……鎮圧には協力する」
「そうかい。上のでかいのも誘うかい?」
「それはだめ」
 どきっぱりアインは拒絶を示す。
「そんなことしたら被害は避けられない」
「……なるほどねぇ」
 何もしない事が最善である存在だと悟ってクセニアは肩を竦める。
「じゃあ行こうかね。楽しい楽しいお祭りだ!」
 獰猛な笑みを伴い、銃使いは喧騒の夜を駆ける。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「まぁ、道理はあるな」
 エディの提案。それはヒャッハーズが撤収した事により戦力的に猶予ができた四陣から応援を派遣すると言うものだった。
「うん。じゃあ警備を全部連れて行け」
「あんたらは応援に行かないのか?」
「俺達の目的は決めたルートをただ往くだけだ。
 幸い管理組合が手伝ってくれているからな。お前らの仕事の半分はなんとかなる」
 観客のガードは数多のセンタ君により確かに心配の必要がない。
「これは力試しかもしれないが、意地の戦いでもある。
 シュテンの旦那はそれでも言っているのさ。押して参るってな」
 そう言われては無理と引き抜くわけにもいかない。
「全く、面子ってやつは面倒な限りだ」
「それを通してこその漢気よ。
 あっちは任せたぜ」
 エディは頷きを残し周囲の警備隊へと方針を告げる。
 向かうべきは1〜3陣。1陣は主力が揃っており、3陣は基本アトラクション集団なダイアクトー。となれば
「最低限の誘導班を残し二陣へ向かうぞ。そこを制圧すればかなり楽になる!」
 一様に頷き、行動を開始する。
 百鬼夜行はまだ始まって三十分も経過していないというのが信じられないほどに、全ては加速していく。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「良い機会です。
そろそろ決着をつけましょう!ダイアクトー3世!」
 びしりと指差す漆黒のヒーローの姿にダイアクトーは険悪な視線を向ける。
「良いわ、誰がこの街の支配者か教えてあげる!」
 黒服の一人が消えるのを視界の端に見る。
 これで第四段階。すでに岩位は粉みじんにするくらいのパワーは得ているはずだ。
 そう思った瞬間、少女の小柄な体は彼の目の前にあった。
「ばっ?!」
 それでも反応した。
 咄嗟に取った防御態勢。その上からの一撃は確実に仮面のヒーローVの両腕を砕いて肋骨までにその衝撃を捩じりこんだ。
 どこかのバトルマンガ宜しく弾丸の速度で吹き飛ばされたVはセンタ君の作るバリアに激突。抑えきれずにいくつかの防御壁が倒れ、悲鳴が上がる。
「ふん、口ほどにも無いわね」
「今のはあなたの力を試してみただけですよ」
 怒号と喧騒が渦巻く中からVが軽い足取りで飛び出し、軽く両腕を振るう。
「ふーん。確実に折ったと思ったんだけど。
 うちの戦闘員並みに頑丈ね」
「なら戦闘員も大した事は無いですね。
 あ、でも吹き飛ばされるのは中々楽しいですね。こー、風で気持ちいいと言うか」
「減らず口だわ」
 再び一足で目の前に少女が飛び込んでくる。Vは心のうちで舌打ちしつつ、致命傷を避ける事だけを目的としたガード。骨の何本かを持っていかれる音に内心ため息を吐きつつも吹き飛ばされる方向を調整し、派手に宙を舞った。
 大通りを漆黒のヒーローが舞う。しかし今度はすぐに体勢を立て直し、足からの着地に成功。
「ほらね?」
「っ!!」
 煽り耐性0な事で有名なダイアクトーは口の端を引きつらせてダンと地面を踏みつける。
 三度目の接近。だが
「流石に見切っちゃいますねぇ」
 反するように前に飛び出したヨンは即座に半身に捻り、その胸を擦過する風に目を細めながらも足を引っ掛ける。
 ごぎゃりと足首が嫌な音を立てる代償に
「ぶぎゃら!?」
 おもいっきり出された足にけっ躓いたダイアクトーが物凄い勢いで大通りをゴロンゴロん転がっていく。
「まぁ、この通りですね」
 痛む足を数秒我慢しつつ、すぐに修復されるのを感じ、余裕を崩さない。
 彼の自己修復能力は最早クロスロードでも選り抜きだ。元より特別な方法でしか死ぬ事のない吸血鬼に備わる力ではあるが、全ての力を一度制限されるクロスロードにおいて、そこまでの力を発揮するのは稀である。
「くぉのぉおおおおおおお!!」
 道の先で羞恥からの怒りに燃えるダイアクトーの姿。しかしこの位置関係はまずい。
「あ、そうだ。ダイアクトーさん」
「なによっ!?」
 駆けだそうとした瞬間に声をかけられて律儀に止まる当たりなんとも素直である。
「お尻の所、破けてますよ?」
「はぁっ!?」
マスクのせいで顔は見えないが、明らかに動揺してお尻を隠すような仕草をみつつ一気に前へ。
その傍らをすりぬけながら
「あ、嘘です♪」
「こ、こんのぉおおおお!?」
 怒り狂うままのバックハンドを右手を犠牲にしつつ受けながら一気に街道を吹き飛ばされる。
「はっはっは。可愛らしいところもあるじゃないですか!」
 痛みなどおくびも見せずに進行方向へ。
 ヨンの目的を悟ったわりかし分別のあるヒーロー達も戦いのパターンを彼の援護、特に回復の時間を稼ぐための目くらましに変化させつつ戦いを繰り広げる。
 第三陣はヒーロー達の導きにより、じわりと前へ進んでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「どうかしら?」
「……直近には何もないとは思います。
 100mの壁さえ無ければ……」
 体中に目玉を持つ鬼、百目鬼が悔しそうにつぶやく。
「仕方ないわ。でも罠がある可能性は否定できない……警戒は引き続きお願いね」
 その要請に頷きを返すのを見つつ、クネスは悠々と道を往く鬼の大将を見上げた。
 武士団はじりじりと後退しつつも、奮戦を続けている。
 無理に張り合わず、前方の者が押しとどめ、後方から一撃を入れると撤退。また陣を引き直して繰り返し出血を強いる戦い方をしていた。
「何も仕掛けが無いとも思えないんだけど」
「まぁ、何かは仕掛けているだろうな」
 人ごとのようにシュテンが言い放つ。
「踏みつぶせば良い、という程度のものじゃないだろう。
 が、踏みつぶす以外に手段はねえと思うがねぇ」
「向こうは殺す気で来ているかもしれないのよ?」
「かも、ではなく殺す気だろうよ。
 あいつとはそういう関係だ」
 気楽に言うとクネスは表情に苦みを乗せる。
「だが、同時に俺だけを狙うと思うがね」
「……大体どういう人かは分かったわ。
 そうするとますます罠の可能性が高いわね」
 他の陣からの情報も踏まえて相手が狙っているのは遅滞行動。
「やっぱり罠よねぇ」
 陣を張って待っているとはいえここは相手にとっては敵地だ。
 数にも劣る彼らの取れる手段など限られている。
「んー……」
 戦闘は任せ、周囲を確認し続けているもののそれらしき兆候も見られない。
 何か見当違いをしているのでは? という疑問が脳裏をかすめる。
 隊は少しずつ前へと進む。
 前へ、前へ。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「凄まじいですねぇ」
 それはダイアクトーに向けるべきか、それとも明らかに損傷を受けながらもわずかなインターバルで修復し、相手を続けるヒーローVへか。
 三陣へ参じたブランは戦闘員を処理しつつも派手な戦いを繰り広げる二人を眺める。
 戦闘経験者が多くを占めるこのクロスロードにあって、あの二人の力はその方向性は違えど群を抜いていることは見て分かる。その証明のように二人の戦い(?)に介入しようとする者は居なかった。
「こうなるとここは平和、と考えて良いのでしょうかね」
 戦闘員側との戦いは決して慣れ合いではない。というのもどっちかと言えばヒーロー側に超マジで攻撃を仕掛る者が多く、やむなく本気で相手をしているというあべこべの状態が続いているのだ。
「奇妙な関係ですねぇ」
 戦闘員の質も決して高くは無い。特筆すべきはVもかくやという耐久力だ。どんな攻撃を喰らってもなぜか十数秒で復帰してくるのである。
「どういう仕組みなんでしょうかねぇ」
 人形や式神といった非生物使役物でもないようだ。
「ダイアクトー三世が魔族と聞いていたのですが、彼女の能力でしょうか」
 神魔には契約により権能を分け与える者も多い。あれだけの力を振るうのだからそれくらいの事はやれそうである。
「やる気があるのは首領のみと言う感じですし。ぼちぼち参るとしましょうかね」
 どっちかと言えば何か大事になった時、戦闘員を含めて避難させる事も考えていたが、彼らのこの耐久力なら心配する必要もないだろう。
「それにしても興味深いですなぁ」
 強さは1つではない。
 当たり前の事ではあるのだがこの街にはあらゆる「強さ」が蠢いている。魔族はそもそも特化した個体が多く、その傾向に強い。それが研究の対象とする理由の一つではあるのだが、種族の垣根を越えればそのあり方も広くなる。
「ともあれ今は報告内容の調査をしませんと」
 きゅぴんと視線を走らせ、ブランはヨンの後ろを追い掛け始めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ははは、やっぱり祭りにケンカは付き物ってか......」
 やや投げやりに呟きつつも一之瀬は銃口を暴れる乱入者へと向けた。
 即座に放たれるのは退殺傷のゴム弾だ。しかしそれでもまともに受けた乱入者は派手に転がって動かなくなる。
「それにしてもあの人、何者だったんだろう?」
 不意に現れて参戦しろとばかりに告げて去ってしまった。
 別に従う義理は無いのだがなんとなく無視してはいけない気がしてしまった。
 まぁ『踊る阿呆に見る阿呆〜』という言葉が脳裏に浮かんだからかもしれない。踊らなければ損ならばいっそ盛大に踊るとする。
「にしても、凄い人は本当にすごいんだな」
 住人の半分以上が探索者。そして戦闘経験の有無だけで論じれば7割以上がそうであるクロスロードはその実力値の幅も広い。
 この世界が開けて五年程になるらしいが、そろそろその勢力図も見えてきたらしい。だが
「このお祭りでそれも更新されるのかなぁ」
 参加しつつも安全策で。倒せる敵の鎮圧をしつつその戦闘を検分する。層の見えない管理組合は置いておくとして、それを除いた場合律法の翼過激派の持つ戦力は恐らくクロスロード随一だろう。特にコロッセオの戦闘ではダイアクトーの隠された力と共に危うくケイオスタウンの多くの住民を惨殺しかけたと言う。そんな連中が何故まだ町にのさばれるのか疑問に思うところだが、適切なトカゲのしっぽ切りと、有無を言わせぬ程の戦力。そして管理組合が何も言わない事が理由なのだろう。
 特に、今も猛威を奮う「番隊長」と呼ばれる小隊長の実力が驚異的だ。中には賞金を懸けられている者も居るらしいが、それでも大手を振って町を闊歩している事が既にその証明かもしれない。
 そしてそれを統括する男。ルマデアを見て
「関わりたくないねぇ」
 銃口を向けたら殺される。
 単なる妄想なのに現実が伴うような威圧感を動くことなく発している。
 ライフルでの狙撃には恐らく気付かれている。それでも放置されているのは自分が非殺傷談を使っているからだろうか。それでも頭に当たれば死ぬ可能性は大いにあるのだが
「そんな奴は不要だ、なんて渋い声で言いそうだよねぇ」
 現に、番隊長の1人を一度だけ狙ったが、そいつはこちらを見る事もなく弾速の早いライフルの弾丸を斬りはらって見せた。なんの冗談だ。
「ん……」
 そんな彼らの動きが変わった。
 周囲を見れば見知った顔がどうやら集まってきているようだ。
「二陣が主戦場になりそうだね」
 警備隊を率いたエディ。別方向からはアインとクセニア。
 そして既に眼下で戦っているザザと雷次の動きもそれを察知して変化を見せていた。
「こっちは支援射撃を継続ってとこ……」
 ぞくりと背筋が震え、疑問を捨てて横へと飛ぶ。
 横で見ている者が居たならば気でも狂ったかと訝しむような突発的かつ意味不明な行動だが、少なくともスナイパーライフルを扱っている時にその感覚を無視してはいけない事は身にしみて分かっている。
 そして
「あはは、どんな冗談だよ……」
 狙撃地点としていた建物の階段へと転がり込んだ一之瀬は銃を見て頬を引きつらせる。
 銃身の先、長いスナイパーライフル特有の長い砲口の先が抉り、砕かれていた。
 それは恐らく狙撃によるもの。同じく銃を扱う者の空間認識能力と銃身の損傷が物語るのは
「上空からでも狙撃されたのかねぇ」
 自分よりも高い位置からの狙撃。少なくとも一番高い建物を選んでいたため建物からのということは……
「……」
 脳裏に町のマップが浮かぶ。
 撃ちこまれた角度。その先を辿った先にある物は
「……塔?」
 ここから軽く3Kmは先にある扉の塔。
「角度も考慮すると軽く5km以上? いやいや、そんなのありえないって」
 例え小さな、そして速度と威力を伴う銃弾とはいえ、算数の問題のようなシンプルな弾道を決して取りはしない。微細な熱、風、その他あらゆる要素が小さな弾丸の行く手を阻み、それは距離を重ねるごとに大きな変化となる。
 一般道よりも高速道路の方が小さなハンドル操作で大きく進路が変わるように、スナイパーライフルであればその変化はメートル単位の誤差になる。
「ありえないって」
 言いながらも冷や汗が止まらない。
 勘がその否定を否定しつづけているのだ。
 ここは異世界。
 自分の持つ常識を尽く砕きまくっている世界。
 ならば思うべきは
「自分にもいつかできることなのかなぁ」
 少なくとも、居場所のばれたスナイパーがその場にとどまるなんて自殺行為だ。
 扉の塔と自身の位置を考慮しつつ一之瀬は震えと、それでも口元に浮かんでしまった笑みを携えて移動を開始した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 隊員達の猛攻もさることながら、ルマデアを動かさない事には陣は前に進まない。
 この場に居る誰もがそれを悟り、しかし行動に移れない。
 そんな中、
『ふん……』
 ザザの気配が変わった事を彼は悟る。
 やる気になった? そう思った瞬間、巨獣の腕が過激派隊員を盛大に吹き飛ばす。
 黒の暴風。そう称すべき速度とパワーがあっさりと平隊員を吹き飛ばす。
 恐ろしいのは攻撃の一切を無視している事だ。しかしその圧倒的なタフネスと防御力はそこらの攻撃に何の痛痒も得ていない。彼を攻撃の主軸と見た警護隊も治療班の支援をザザに回す事にしたらしく、一切の躊躇いを捨てた彼を中心に律法の翼の布陣は明らかに崩れ始めていた。
「今か」
 雷次は呟く。錫杖の先に生じさせたイカヅチの刃が膨れ上がり、周囲の視線が突き刺さるが無視。
「ハッ!伊達に神を殺してねぇってこと、証明してやらぁ!」
 ダンと足が地面を踏み砕かんばかりにその一歩を刻む。
 黒の暴風と化したザザを取り巻くように広がる隊員を一気に斬りはらい、前へ。
 視線の先、銃や魔術師といった遠距離攻撃持ちがこちらを対象にするのを見て周囲を確認。回避するだけのスペースはあると見て
「楽しそうじゃないか!」
 だが、不要だった。
 銃声と共に現れた新たな暴虐。クセニアがこれでもかと銃弾を叩き込み、一方には忍びよるようにして現れた処刑鎌が遠距離攻撃部隊をなぎ払っている。
「……こっちは受け持つ」
 アインの奇襲について行けず泡を食った隊員が壊乱する中、雷次はニィと笑って更に前へ。同じく、いや、それ以上にザザはその力を前へと向けている。
「ルマデアに挑むつもりかよ」
 ぞっとしない。というのは先ほどの口上を挙げた身としては余りに気弱か。
 しかし敵を知り己を知っての行動でなければそれは愚行であり蛮行であることもまた事実。
「はは、獣の旦那に蛮行を控えろと言うのもおかしな話か」
 10mの巨獣は聞こえたか聞こえていないか。構うことなく前へと走る。ならば
「手加減はできねぇぜ!」
 後ろ髪を祭りの灯よりも激しく輝かせ、雷次はその道を開けるべく加速する。
 割り込んできた2人を見て、一薙ぎ入れると、それは恐らく完全に防がれたと悟る。彼らは恐らく番隊長レベルの相手だと悟って
「行きな!」
 巨獣が空を舞い、応じようとする2人に雷次が仕掛ける。
 最早祭りともシャレとも言えない状況に観客のアドレナリンもおかしなことになっているらしい。耳をつんざくような歓声の中、巨獣は不動の男、ルマデアに肉薄した。

 ガイン

 まるで鉄と鉄、それも超巨大物同士がぶつかり合ったような音がクロスロードの夜闇を激しく撃ち抜く。
 ルマデアの装備は白と銀を基調とし、神殿騎士を思わせる紋章の刻まれた物だ。
 掲げたのはカイトシールド。紋章が鮮やかに描かれたそれが1mはあろうかという巨大な拳を防ぎ、彼はほんの十数センチ石畳の上を滑った。
 ならばとザザの拳に力が宿る。装甲を無視して肉体を叩くその一撃を見てしかしルマデアは同じように盾を構え

ガイン

 受けきる。
 恐らくはザザも持つ貫通能力を無効化する力だろう。
 防御特化。恐らくはそう称して良い性能を持っていると踏んで、しかしやる事は変わらない。
『ならば、砕けるまで殴るのみ』
「……」
 笑み。
 ルマデアの口の端がわずかに吊りあがる。それは馬鹿にしているようなものでなく、どこまでも好意的な、力に対する賛美があった。
 だからザザはそれを嘲りとし、冷静に激昂する。
『がァアアアアアアア!!!』
 殴る。
 殴る。
 音で人を殺しそうなほどの、ガという音が幾重にも重なるような打撃音が場を埋め尽くす。
 まるでダンプカーの連続突撃のような衝撃を赤眼赤髪の偉丈夫は時に受け流し、打ち払い、いなしていく。
 恐ろしい事にその立ち位置はほとんど変わって居ない。じりじりと体勢を変えるために後退させてはいるが余裕がありすぎる振るまいと誰もが見た。
 だが、それは何時かは崩れる均衡だろうと戦闘の経験のある者なら見ただろう。
 ザザの攻撃は完全な無傷ではない。そして小さな傷の蓄積はやがて均衡を崩すに足りる。
 しかし────
「見事だ、君の力、欲しいな」
 漏れた賛美の言葉。それと同時に
『ぐぉ!?』
 ザザの拳が爆ぜた。
 ごぎゃりと嫌な音が響き、血がしぶく。
 何をしたか、見て分かる物ではない。唯一、ザザは

 ───返された……!

 何が起きたかを曖昧ながらも悟っていた。
 つまり、自分の攻撃をこの男はどういう方法かは分からないが丸ごと返したのだ。加減を伴わぬ乱舞の作用と反作用。その両方を一気に喰らった拳は耐えきれずに爆ぜたのである。
「これを使わせた者を番隊長に誘っているのだがね。君に興味は無いか?」
『……』
 余裕。ごぼりとザザの中でマグマのような熱が踊った。
 即座に飛んできた支援が拳の傷を癒していく。それすらも気付かぬまま、ザザはその身の通り獣の咆哮を挙げ、加速する。
「ほう」
 さらに激しい乱舞。腹の底を何度も叩く音が観客を狂乱させ、もはや麻薬にも近い熱狂をふりまいている。
 周囲の戦闘は決して止まったわけではない。
 だがその全てを飲みこむような打撃がそこにあった。
「おっかねぇ」
 雷次が笑い、背後を気にする戦士を打ち払う。
「ザザさん、大丈夫……?」
 警備隊も二陣のメンバーも、その熱気に後押しされ、前へと進み始める。そんな中でアインは一人眉根を寄せてその身を近くの建物の上へと躍らせる。
 ルマデアは強く、恐らく介入の必要もない。
 しかし彼らは集団だ。
 だから────
「……クセニアさん、右上!」
「おうとも!」
 発見した伏兵にクセニアは制圧射撃。容赦なく叩き込まれる弾丸に顔を引っ込めた隊員へ接近したアインが討ちとる。
「良い動きをする」
 余所見かとルマデアの言葉を意識の端に捉えて歯噛みする。
 届かない。多少の傷を与えつつもその焦れがザザの拳を加速させる。
 同時に、あれを使うべきかという思考かちらつく。
 『絶の一技』
 セイに魅せられ、自身も習得した果てへと至る愚直なる一撃。
 それを彼は弾く事はできないという確信はある。しかし

 反射は可能ではないか。

 理屈は分からない。だがそれもまた『絶の一技』と同じく極めた者が得た何かなのだろうという予測はあった。そして奇しくもそれは『絶の一技』と真逆の位置にある技だ。
 矛盾。しかし最強の矛を防げぬ盾はその矛の攻撃力をそのまま返す事を選んだらしい。
 だが
 冷静でない部分が持つ熱が思考を溶かしていく。
 足が、腰が、腕が、
 自然と最高の一撃を放つ動作へと移行する。
 返されれば当然死ぬ。
 そんな判断も熱にドロドロと溶けて行く。

 ルマデアの目がそんなザザを捉え、そして
「旦那、そこまでだ」
 二人の間を割るような弾丸。
 同時に背後から走り込んでくる増援の警備隊を見てルマデアは残念そうに距離をとった。
「今宵はここまでだ。
 では諸君、良い祭りを」
 撤退の合図。
 隊員たちは倒れた者など見向きもせずに彼の後に従った。
 その非情かつしかし見事な引き際を見送りながら、雷次は満天の星空を見上げる。
「とんでもねぇ所だぜ、まったく」
 しかし狂乱の夜は最後の時へと加速している。
 それを知らぬ雷次は倒れ込みたい衝動を抑えて錫杖をかつぎ直した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「準備は8割がた整いました。
 各陣の進行は予想以上に遅れており、充分間に合うかと思います」
 百鬼夜行の集合地点。
 そこに陣取る武士団の長はその報告に月を見上げる。
「報告します。3陣は未だ戦闘継続中。その他の陣は要請した妨害を排除した模様です。
 小さな戦闘は引き続き起こっていますが、これ以上の遅滞はないかと」
「わかった」
 武士は手にした刀をゆっくりと抜く。
 童子斬り
 鬼殺しの至宝を手に彼は前方から響く戦の音に身を奮わせる。
 彼らのうち少なからず警戒している者は居るだろう。自身がこの場に立って動かぬという事に、罠の可能性を思って。
 しかし彼らの目は届くまい。
 なぜならば彼らはこの世界のルールを知っているから。
「しかし……成功するでしょうか」
「わからん。だが実験するわけにもいかないからな」
 ただ戦人としての勘が囁いている。
 その手段は恐らく通じると。
 あとは、物理的に阻害されなければ
「さぁ、祭りだ。皆、楽しめ」
 彼は宿願たる鬼の首を幻視して、小さくつぶやいた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 風邪でちょい死にかけてる神衣舞です。
 死ぬ死ぬ詐欺ですので多分死にません。死にかけるのは何時もの事ですし☆
 というわけで遅れましたがお祭りの続きをお送りします。
 つか、ヨン様とザザさん、経験点400台だったのね……!
 と驚愕していたりとか。実は300点が中級ラインと思っていましたので。クロスロードでも指折りの実力者ってわけですよ。ええ。
 ともあれ、そんなこんなで次回恐らくラストと思います。
 狂乱の夜をどうぞお楽しみください。
niconico.php
ADMIN