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【inv24】『百鬼夜行の夜に』
『百鬼夜行の夜に』
(2012/09/04)
 クロスロードで言う「大きな祭り」には2つある。

 1つは2月に行われる慰霊祭。これは最初の「大襲撃」の死者を弔う催事であったが、以後に続く「大襲撃」の死者も含め、慰霊を行う物となった。
 慰霊祭とはいえ、ここは死と隣り合わせに生きていた者たちが多く集うクロスロード。湿っぽいのは最初の催事の時だけで、その後は少し遅い新年会という勢いでお祭り騒ぎになるのが慣例化している。
 もう一つがこれ、「Walkers the Nigth」と呼ばれる祭りである。
 これは毎年9月頃に開催される妖怪種が主軸となった祭りだ。
 元々は妖怪種特有の行動である「百鬼夜行行脚」だったのだが、周囲の連中が面白がって賛同し、大きな祭りとなった。
 地球型世界からの来訪者が多いこの地では、大体秋は収穫祭の時期であるし、その他夏祭りなどとも合わさって冬を前にした一大祭りと化していった。
 そんな中、元々の「百鬼夜行」を妖怪種達が何故行ったかについては案外知られていない。
 妖怪とは妖精の一種とされるが、地水火風などの現象物質に伴う精霊に対し、妖怪の多くは音や光、幻覚などの曖昧な、ある意味「勘違い」とも言うべき現象から発生したものである。彼らの言葉で言うならば「畏れ」。即ち恐怖心などの負の感情だ。
 植物が枯れればドライアドもその場にとどまれないと同じように、妖怪種のほとんどはその根源となった恐怖を失うと存在そのものをかき消されてしまう。
 故に百鬼夜行が行われる。それは「己を示すための行脚」。「ここに居るぞ」と主張し、認められる事で妖怪種は存在できるのだ。
そう言う意味ではすでに伝説と同化し、存在を現実に近い形で確立させている鬼や雪女、天狗などはこれを行う意味はあまりない。
しかし彼らは同胞のために己を見せ、夜を練り歩くのである。

 クロスロードにおいてその首魁を務めるのはシュテンという鬼である。
 地球世界の日本系伝承にその名を刻む鬼の王、酒天童子その人であり、その脇にある時に巨大な鬼、時に和装の美女の姿をとるのがイバラギ───即ち茨木童子であった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「……というのが私の調べたこのお祭りの概要」
「なるほど」
 うんうんと頷いたのは黒スーツを着た猫耳の男だ。
 その横ではクネスとヨンが聞いていた。
「……だから、ヨンさん。ヨンさんが吸血鬼のコスプレするの、何か違う気もする」
 アインの突っ込みにヨンはへらっと笑って「こう言うのは気分ですし」と応じる。吸血鬼が吸血鬼のコスプレをするのは普段着と言うのではないだろうかと追加で突っ込もうかとも思ったが、隣に居るのも確か吸血鬼だし、そこから突っ込みがないしと口をつぐんだ。
で、目の前でメモを取っている猫耳青年に視線を向け
「わかった?」
「え? あ、そ、それくらい知ってたし!?」
 慌ててメモを隠し、ふんと鼻を鳴らす。それがあまりにも滑稽でアインはぽかんと青年を見やった。
「って、あれ? 魔族じゃないのか?」
「魔族種と妖怪種は違うわよ。
 アインの説明の通り、妖怪種は感情を起源とする精霊種。フィアーとかパンシーとか精霊使いが使う妖怪種モドキも居るわね」
 クネスの言葉にほーと感心の声を上げつつメモる青年。
「……吸血鬼はどっち?」
 アインの問いかけに
「両方居るって言われてるわね。
 血を吸う何かを怪物に見立てた恐怖から生まれた妖怪種系吸血種と血という魔術媒体を自らの糧として長命不死を実現した不死種。私は後者ね」
「あ、私も多分後者ですね。とはいえ吸血衝動はほぼ無いですけど」
「妖怪種の方は『血を吸う化け物への恐怖』から発生してるから吸血衝動が消える可能性ってほとんどないんだけど、私達の場合は代用する何かがあれば良いからね」
「……なるほど」
 と、黒ローブに黒フード、手にはデスサイズと、死神のコスプレ……わりかしいつも通りの格好のアインがこっくりとうなずいた。
「魔族は居ないのか?」
 猫耳なシャ・ブランの問いに「居るはずですよ」とヨンは頷く。
「恐らく第一陣から三陣に加わるでしょうね。
 第一陣とか魔王のみなさんが参加するとか言ってましたし」
「一陣?」
「このお祭り、結構派手な妨害があるんですよ。
 だから一番目立つニュートラルロードを長く歩くルートによって1陣、2陣とグループの名前がついていまして。非暴力系の妖怪種なんかは9陣とかそのあたりを往きます」
「それじゃ魔族とかも参加するなら1陣とかか?」
「魔族と言ってもピンキリですしね。家事全般得意なキキー・モラやインプは数字の大きい陣に加わるでしょうし。逆に護衛代わりに強い人がそっちに数人回るはずです」
「なるほどなるほど」
「じゃあ1陣に参加すれば魔族の調査ができるんだな」
「そうなるわね」
 クネスの言葉に後押しされるようにメモを仕舞ったブランは、「さ、参考にしてやる! ありがとよ!」と言い放ち去って行った。
「でも、大図書館で調べた方が早い気がするのよね」
「辞典系の単純な調べ物だったら分からない事ありませんからね」
「……教えてあげればいいのに」
 と言いつつ訂正もせずにその背中を見送るアインだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 開催の前にスタッフ側で参加する者に対する説明会と班分けがされるのも恒例となっていた。
「お祭りかぁ……心がウキウキしてくるわね」
 と、Ke=iが笑顔で呟くと
「だよねぇ。こういうのって楽しいよな」
 と、ジャックランタンの仮装をした一之瀬が笑顔でうなずき、被ったかぼちゃががこりとずれてつんのめる。
 その手をがしりと掴まれ、危うく転倒回避。
「ああ、すみません助かり……」
 振りかえると目の前いっぱいに爬虫類系の顔が広がっていた。
「……ました」
「あれ? 驚かないのかい?:
「え? その声……クセニアさん?」
 普通に返されてクセニアは困ったように頭を掻く。
「驚かないのかと言われましても……普通に竜人族かリザードマンかと」
「……ああ。うん。良く考えたらそうだね」
 人間種あたりは故郷の感性から「仮装」を楽しんではいるものの、よくよく考えてみると周囲には仮装でないリアルな異形が普通に歩き、会話している。
 そも大本が異形の親玉、妖怪種なのだからなんというか。
「あの、仮装をするのは友好のためだって、聞きました」
 ちょこんと近くに居た犬耳娘がおずおずと口を挟む。赤いフードにエプロンドレスを付けたその姿が「赤ずきんちゃん」であろうことはこの面子だと一之瀬くらいしか推測できそうにない。
「驚かすためじゃないのね」
「妖怪種のみなさんの中には驚かす事が存在意義みたいな人もいますから、総じて違うとは言えませんけど……」
 実際参加者以外にも多くの観客がこの祭りを楽しみに来る。この祭りのために異世界から来訪する者も居るらしい。そういった客を狙って妖怪種は驚かしをかけるのだ。
 一方で一般参加者のノリはやはりハローウィンパーティに近い。彼ら以外にも既に仮装して会場に集まっている来訪者の姿は決して少なくなかった。
 と、ちょいちょいとクセニアの肩が叩かれる。
 ん? と振り向くと

 巨大な目がぎょろりとねめつけた。

「うわぁっ!?」
「あ、一つ目小僧さん、こんにちは」
 ちょこんと頭を下げるチコリにひとつ目小僧はひょいと手を上げてすらこらさっさと去っていく。
「流石は脅かしのプロ」
 Ke=iが大笑いする横で一之瀬が感心し、変化の術が解けたクセニアはバツの悪そうな顔をしつつ起き上がる。

『よっしゃ、お前ら、説明するぞ』

 濁声が会場に響き渡る。
「はいはーい。みんなー、九十九ちゃんにちゅーもーくじゃ☆」
 ひらひらと手を上げるのは尻尾が9本ある狐耳の幼女だ。
「まぁ、毎年のことじゃから皆もわかっておろうし、わからんならPBに聞けばすぐ答えてくれるから、概略ははぶくぞ」
 えへんとえらそうに言う彼女は九尾の狐。3段階ある狐の位では最下層の野狐ではあるが、妖怪としての格が非常に高い事は知られている。現にクロスロードの妖怪種の中でも上位に座しているはずだ。
「設営スタッフは明日9時より班分けして会場設営にとりかかる。
 主にテント設営や緊急通達網の設置、観客誘導の練習などじゃ。
 一方護衛組については今からあのあたりで班分けするから誘導に従うが良い」
 扇子で指し示す先、鬼や土蜘蛛など、が待ち構えているのが見える。
「知っての通り、毎度わしらを使役せんと狙う連中が今年も殴りこんでくると思う。
 まぁ、もう恒例行事化しておるからのぅ、管理組合にも規制させんと、堂々と殴り合うから楽しい祭りになるじゃろうな」
 この言葉に驚きを見せるのは今回が初参加の連中だろう。仮装パーティーと思いきや、喧嘩祭りの要素がでんと出てくる。
「おととしは巨大な光の巨人なんて出たとか言ってたっけ?」
 Ke=iの言葉に一之瀬が「それってうると……」と言いかけたところで九十九の言葉がかぶさる。
「ただし、第六陣以降には一般参加者も加わるからの。そちらへの攻撃はご法度じゃ。
 そんな不届き物がおるなら容赦なくくびり殺してやると良い」
「過激だねぇ」
 クセニアがにぃと笑う。
「連絡関係は100mの壁があるからの。町の緊急連絡とは違うパターンで煙玉を上げる。PBがあるから間違えんじゃろうが、それを覚えて行動してもらえば問題なかろ。無論トラブル対応は各自の判断じゃがな」
「おおざっぱだなぁ」
「仕方ないですよ、予想外の事、多いですし」
 一之瀬の呟きにチコが苦笑気味に応じた。
「祭りは一週間後の夜じゃ。今年は管理組合からの要望で前に2日、祭りをやるからそちらの警備、スタッフも交替で1日ずつ順番にやってもらうことになる。
 無論三日目は全員参加じゃがな。
 とりあえず説明はそんなところじゃ。分からない事は妖怪種で祭りの腕章つけたのがおるから、そいつに聞け。
 以上じゃ」
 彼女がそう締めくくるなり、スタッフ側と警備側とをわけるように集合の声が掛かる。
「じゃ、お互い楽しく頑張りましょうか」
 Ke=iの言葉に皆はそれぞれ頷いて、自分の希望する持ち場へと向かうのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけでシナリオとしてはお久しぶりのお祭りです。
 今年もまぁ、厄介なのが飛び出しますよっと。
 次回は祭り1日目、2日目をお送りする予定です。
 本番ではありませんが祭りを楽しむもよし、お仕事をするもよしです。
 ではリアクションをお願いします。
『百鬼夜行の夜に』
(2012/09/19)
「にぎやかというよりカオスね」
 祭りの一日目。
 前日までの設営に携わっていたKe=iは本日は出店を一つ設営して販売中である。
 元々は自分で色々用意しようと思っていたのだが、運営側でも出店が偏らないようにいくつかの出店を出しているらしく、それならと1つ任されたのである。
 仕入れは優遇されるし、設備も借りられると言う事で後は売上さえ仕入れ値を越せば良し。ということで無難な飲み物と共に酒類なんかを混ぜて販売してみている。
 扱いが簡単だからと仕入れた缶ジュースやペットボトルは多くの世界、特に文明レベルが中世近辺の者には珍しい物として、一般客に限らず商人や軍関係者らしき人が物珍しそうに買っていく。
「……こんにちは」
 顔を上げると死神装束のアインがちょこんと手を上げる。横にはクセニアの姿があった。
「二人は今日は護衛の方?」
「ああ、でもまぁ、平和なもんだ。酔っ払いの喧嘩程度だからな」
「……喧嘩で魔法が乱れ飛ぶけど」
 一般客が多い祭りとは言えやはりクロスロードである。ちょっとしたいざこざで刃傷沙汰が発生する。二人は先ほども酔っ払いをKOしてきたばかりだ。
「……毒消し飲ませて放りだすしかないから、面倒」
「普通の町じゃ罰金取るなり、牢屋に入れるなりすればちったぁ反省するんだがな」
 このクロスロードにはそういう法規制は一切ない。迷惑行為に対する報復攻撃の範囲で懲らしめたならあとは放置するしかないのである。
「ただまぁ、周囲の連中も猛者が混じってるからね。何度もしないうちに体が悲鳴を上げるだろうよ」
「確かにそうかもしれないわね」
 クセニアの物騒かつ適切な読みにKe=iは笑みを返して飲み物を差し出した。
「ん?」
「護衛組なら特別チケット付与されてるんでしょ?」
 イベント側のスタッフには管理組合協力の元、PBに屋台で使える特殊な認証を与えられている。よほど無茶な事をしない限り、ほとんどの飲食系の出店でタダになるらしい。
「……ありがと」
「貰っとくよ。さて、次行こうか」
「気を付けて」
 屋台を離れる二人にひらひらと手を振り、背を見送る。
 日はまだ中天すら越えていない。
 祭りはまだまだ始まったばかりである。

◆◇◆◇◆◇

「うーむ」
 祭りの喧騒を余所に路地を覗き込む青年がいた。
「ここにも異常なし、かな?
 ワタシの世界であればもう素晴らしい探査魔術ですぐに感知しますのに、異世界と言うのは面倒ですね」
「この世界特有の現象でもあるらしいけどね」
「おや、そうなので。うわぁっ!?」
 大仰に驚いたシャ・ブランは尻もちをつきつつも、笑みを湛える女性を見上げた。
「あ、貴方はこの前の!」
「また会ったわね。今日はお仕事組?」
「そうですよ! うぅ!」
 しっぽに警戒の動きをさせつつジトりと睨む。
「どうしたの? そんなに驚かせたかしら?」
「違います! うう、この前の話、聞こえてたのですからね!」
「この前の? ……」
 頬に指を当てて中空を見つめ、
「って何かしら?」
「覚えていないのですか!?」
「説明会で会った事は覚えてるわよ?」
「そう、その時です! ワタシの行動をさぞ滑稽に見ていたのでしょうね!」
「……ああ、大図書館の事かしら?
 まぁ、あれは仕方ないんじゃないかしら。だって貴方、魔法系世界の出身でしょ?」
「そうですが? それが何か?」
「公的な図書館なんて一般的じゃないでしょ?」
 魔法系世界は秘密主義である事が多い。これは科学系世界の技術は人に関わらず知識さえ得れば使える事に反し、魔法技術は才能と血脈を基準とする事が多いからだと言われている。
 血の繋がりや儀式を経た関係が強固な繋がりであるが故に、知識は他者に洩らすべき物でなく、故に書に記しても他人に見せる物ではない。
 そういう経緯から魔法世界では科学世界で言う図書館のシステムが存在しづらいのである。
「と、図書館くらい知っていますよ!」
「うん。でも身近じゃないから思いつかないのよね。私も最初はあの図書館、入るのに何か条件があると思っていたし」
 稀に国営の図書館なども存在したが、貴族かそれに準じる資格が無ければまずは居る事は許されないというのも普通である。
「では馬鹿にしたわけではないと?」
「この世界じゃ知識を馬鹿にするのは天に唾吐くようなものだと思わない?」
 言われて分からずきょとんとする。
「確かにその通りだな。露天に並ぶ品物のほとんどが見た事のないシロモノだ」
 声はブランの後ろから。
 そこには長い黒髪を風に揺らす男の姿がある。
「あら、マオウさん。見物かしら?」
「輿に乗らずに祭りを見るのも一興と思ってな」
「魔王!?」
 素っ頓狂な声を上げて正座をしてマオウを見上げる。
「ああ、ただマオウと名乗っているが?」
「おお、魔王!」
「そう言えば魔族について調べているのだったわね」
「ふむ。月の眷属か」
「さ、然様にございまする!」
 と緊張を露わにしながらも、段々と不思議そうな顔つきになり
「しかし、魔力をそこまで感じないですね」
「言ってくれる」
 不快に思う様子もなく、マオウは小さく笑った。
「この世界のルールがあるから、どんなに強くてもある一定値になるわよ。
 そこからどこまで伸びるかはその人次第でしょうけどね」
「おお、なるほど。確かそんな話をPBから聞きました!」
「賑やかな猫だな。大かた魔女の子か」
「ええ、そうでございます。魔族について調べてこいと命じられまして、ええ」
「確かにこの世界ならば安全に調べられるだろうな」
 ぐるり周囲を見渡しても仮装と本来の姿が入り混じってのカオス状態。逆に目移りしてわけがわからなくなりそうである。
「で、路地を見て何をしてたの?」
「ああ、この祭りを狙う者が居ると言う話。だったらこう言う路地に何やら仕掛けを施しているのではないかと見ていた所でして」
「へー。貴方、護衛組だっけ?」
「はい。今日は休みですけど。
 ただ探査魔術がうまく使えないのでどうしようかと」
「だったら今日を仕事日に変えてもらいなさいな。
 私が同行してあげるわ」
「本当ですか!」
 さっきまでの不快感はどこへやら、しっぽピンとさせて目をキラキラしつつ
 不意にハッとなって
「べ、別に催促したわけではありませんので!」
「分かってるわ。私もペアにあぶれたから一人で見回るのに飽き始めていただけって話よ」
「で、でしたら一緒に言ってあげても構いません!」
「面白い話し方をする猫だ」
 不思議そうに顎をさするマオウの言葉にクネスは苦笑を零しつつ、PBに手続きの方法を聞くのだった。

◆◇◆◇◆◇

「ええい、お前らいい加減落ち着け!」
 喧嘩する二人の間に割り込んで両方の武器をはじいて抑え込む。ついでに電撃を纏わせると二人は慌てて距離を取った。
「まったく、他の客に迷惑だ。やりたいなら路地でも河原でも行けよ!」
「チッ」
 周囲の視線も厳しいと感じて、片方がそそくさと離れると、一方も視線に押されるように反対側へと去って行った。
「やれやれ、なんとかなったか」
「お疲れ様です」
 喧嘩が終わったと悟って周囲のやじ馬が散り始めたのと逆に近付いて来る青年に雷次はおぼろげな記憶を掘り起こす。
「確か。ヨンとか言ったっけか?」
 吸血鬼装束の人の良さそうな青年はうれしそうに頷きを返す。
「いつかの仕事以来ですね。
 護衛のお仕事ですか?」
「ああ、そんなところだ。あんたは見物か?」
「はい。妖怪種のみなさんには色々と知り合いも居ますから」
「……へぇ」
 あんな怖い……もとい奇抜な連中に知り合いが多いとはと感心半分呆れ半分の視線を向ける。
「特にシュテンさんには春先の事件でもお世話になりましたし、後であいさつにでも行こうかと」
「大将の鬼だっけか。あの人、本部で酒飲んでたなぁ」
 見事に「鬼」としか言いようのない風体はしっかりと脳裏に刻まれている。怖い事を「鬼の様」という慣用句で表現する意味を実体験として理解してしまったと思い起こす。
 しかしそれでもなお単純な恐怖でなく、ある種の羨望を覚えるのはそこに王者と言うべきか、統べる者の風格を見たからだろう。
「あの人とも知り合いなのか?」
「なんだかんだでここに来て随分経ちますしね」
「おや、ヨンの旦那じゃないか。
 今日は随分とそれらしい恰好をしてるじゃないか」
 不意に割り込んできた声に二人が視線を向けると、コート姿の男が人ごみを気にすることなく近づいてきていた。腕には護衛班の腕章がある。
「おや、エディさん。護衛側なんですね」
「そっちはまた女ひっかけに来たのか?」
「さ、最近なんかそういう目で見る風潮が起きてますけど、完全に誤解ですからね!?」
「そうか? 大図書館の司書連中が色々言っていたが」
「……と、特定の人物に対してのアプローチは「また」と言う言葉に繋がらないと思いますが」
「なるほど、そういう人なのか」
「そこ、納得しない!?」
 ほほうと頷く雷次にヨンがちょっと涙目で突っ込む。
「で、喧嘩が起きてるから向かわせられたんだが、お前一人でなんとかなったか?」
「ああ、はい」
「そうか。飛び入りで護衛班に入ったからな。人手の足りないところに加われってことだからそっちに同行する」
「ああ、はい……って、あー」
 不意に目が泳ぐ。
「どうした?」
「……いや、ほら、上からの監視で充分かなぁと」
「それでは対処が遅れるだろうに」
「な。なんとかなりましたし」
「あのぅ」
 雷次の肩に触れる手。そしてやたらギチギチという擬音が混じる声。
「道を教えてもらいたいのですが」
「道なら────」
 振り返って雷次、硬直。
 アントマンの複眼がそんな雷次の顔を不思議そうにマジマジと見つめた。
「……苦手なのな」
 察したエディが肩を竦め、苦笑したヨンが一時来訪者に臨時で貸し出されているPBの使い方を教える。
「ちょ、ちょっといきなりだっただけだ」
「なに、すぐに慣れる。適当に歩きまわればな。
 こっちと襲撃に適した場所を確認しておきたいんだ。適当に回るぞ?」
 そんなスパルタな発言に嫌とも言えず、雷次は腹をくくって頷くしかなかった。

◆◇◆◇◆◇

「はい、こっち終わりです」
 ニュートラルロードを中心にケイオスタウンの大部分が舞台となるこのお祭り、出ている屋台の数も数千に上るらしい。
 屋台やテントの設営も準備期間中に間に合わず、一部のスタッフは今も会場の大外当たりの設営にいそしんでいた。
 このあたりは本番の出発点にもなるため、最終日には多くの人が集まるので適当と言うわけにもいかなかった。
「もうすぐ日暮れだというのに熱心な事だな」
 ぬぅと伸びて来た影。振り返れば一之瀬の正面には巨躯の男が居た。
「あ、ザザさん。こんにちは。
 こんなところまでどうしたんですか?」
「ちょっと飲み歩いていたら暑苦しくなってな、人の少ない方に流れただけだ」
「なるほど。見学ですか?」
「本当は首魁の連中にでも会いに行こうかと思ったんだがな。
 流石に本丸付近は人ごみに過ぎる」
 なんでも精霊や九尾の狐が思いつきに色々なパフォーマンスをしているらしく、祭りの本丸であるヘルズゲート周辺は史上稀に見る込み具合を見せていた。
 数百メートルもあるニュートラルロードが歩くのに困難になっている所を見ると、今年は何時もと比べ物にならぬほど一時来訪者が来ているらしい。
「あー、なるほど。なんでも本番の場所取り行為をしようとした人達も居て、騒ぎがあったらしいですね」
「見物にそこまでやるのか。二日後だぞ?」
「なんでも場所を売るつもりだったらしいですよ。人間考える事は同じなんですね」
 出身世界の事を思い出して笑みをこぼす。
「場所ねぇ。そんなの確保したところで意味が無いだろうに」
「考えた人は一時来訪者なんでしょうね。権利やらなにやらと騒いで手を焼いたとか」
 無法の町。それを理解できない者は多く、この人ごみのなか少なくない犯罪行為はやはり発生している。間違い無く死者も出ているだろう。しかしそれを批難する事はこの街では無駄だ。大量殺人や大量破壊でもない限り、町の者は目に届く範囲でしか干渉しない。
護衛班とて騒ぎの拡大を抑えるべく干渉するだけで、その手が届かずに出た被害を補償する者ではないのだ。
 だが、説明を受けたにも関わらずそれを無責任だと非難する者はやはり現れる。どちらかというとそういう者への対処が護衛班にとって一番の難物になっているようだ。
「呑気な物だな」
「祭りだから呑気くらいで丁度良いと思うんですけどね」
 元々特異な状況に身を置いたとしても学生である一之瀬は肩を竦めて大通りの方を眺め見た。
「祭りだから。か」
 祭りなどと思いつつも酒に身を任せて出て来た身としては趣深い言葉に思えた。
「さて、これでこっちの仕事は終わりっと。
 ザザさんはこれから予定でも?」
「いや、無いよ」
「だったら屋台でも回りませんか? ザザさんが居ると色々安心ですし」
「護衛代は貰うぞ?」
「まぁ、特権を多少拡大しても怒られないでしょ」
 PBを掲げつつ、少年らしい笑みを見せる一之瀬にザザはぎこちなくも笑みを返し「了解した」と応じたのだった。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

遅くなりましたが百鬼夜行祭りのその2をお送りします。
ちょいと仕事やらなんやらでバテ気味ですがばててもしょうがないのでがんばりまsっしょい。
というわけで祭りの1日目です。今のところ特に何か起きているようではありませんが、みなさんの行為が今後の展開にどう影響してくるかは。うひひ。
では次は2日目となります。
張り切ってまいりましょう。
『百鬼夜行の夜に』
(2012/10/05)
「おい、お前ら、そんなところで何をやっているんだ?」
 投げかけられたエディの声に路地に潜み、何やら相談を交わしていた連中がはっと振り返る。
「い、いや、俺らは別に」
「警邏係のみなさんが気にするような事は全く」
「全然信用できない言い訳が並んでやがるな」
 後ろに続く雷次が呆れたように呟く。
「いや、マヂですって。俺らの狙い、ヨンの野郎ですから。
 祭りには迷惑かけません」
「ああ、そういう事か。他の奴らに迷惑かけるなよ」
「え?」
 あっさり引き下がったエディを思わず凝視する雷次。
「ヨンって、さっきのヨンさんだよな?
 良いのか?」
「いつもの事だ」
「……ええと、さっきも女ひっかけてるとかそういう話だったんだが、ホントにそんな人なのか?」

「「「「「そんなレベルじゃない!!」」」」」

 路地に居た男たちが血涙を流して唱和した。
「あの男ときたら、次から次に町でも有数の美女やら美少女やらに声をかけてやがるんですよ!」
「しかもヒーローの組織なんか作ってダイアクトー様に立て付いて気を引きやがるし!」
「大図書館じゃ女ばっかりの司書にちゃっかり紛れこんでやがるんだぞ!」
「それどころか森の美女にまで、ああ、壁だ! 壁を寄こせ!!」
 魂吐きだしそうな勢いで怨嗟の声を上げる男ども。流石にここまで来るとドン引きする。
「え、ええと。
 ヨンさんに女とられたとか、そういう人たち?」
 引きながらも問いかけると男たちの動きが固まった。
「……雷次とやら。言ってはならぬ事もあるんだぞ?」
 あーあという表情でつぶやくエディ。
「……え? ええ?」
「ち、畜生ぅぅうううう!!!
 あんな美女に声を掛けるとか、コードレスバンジーよりもありえねえよ!?」
「100%撃沈分かってて突っ込むとかねえだろ普通!?」
「見てるだけで幸せなんだよ分かれよ!」
 もう吐血でもするんじゃなかろうかと言う勢いで食ってかかる男たちに更にドン引きしつつ
「……こいつら、単なるヘタレなんじゃ……」
 うっかり聞こえてしまった数人がガクリと崩れ落ちた。
 限界を超えたらしい。
「お前、結構残酷だな」
「お、俺のせい!?」
 あーあという感じで放たれたエディの言葉を否定したいが、目の前の惨劇から目を離せずに愕然とする。
「え。ええとですね……」
「まぁ、最近妙なのに憑かれてるせいで逆恨みを受ける量が半端ないらしくてな。
 ついでにヨンのやつ、クロスロードでも中位くらいの実力はあるからなぁ」
 無法のクロスロードでは地力が物を言う。しかもある程度の力を持った組織の長でもあるとすれば安易に喧嘩を売るわけにもいかないと言うところか。
「なんなら少し追いかけてみるか?
 なんだかんだであいつの周りで事件が発生する事も多いしな」
「……男追いかけるのは趣味じゃないんだが、興味はあるな。
 しかしどこに行ったか知ってるのか?」
「シュテンのところだろ」
 言われて顔がこわばる。この祭りの主催者にして鬼。しかも鬼の中でも王とされる存在。
「そんなとことも顔見知りなのか?」
「なんだかんだで顔広いんだよな、あいつ」
 恐らく他の者が居ればエディも似たり寄ったりだと突っ込みを入れるのだろうが
「で、こいつらはほっといて良いのか?」
「祭りを邪魔しないやつをとっ捕まえるのは仕事じゃないさ」
 言われて見ればその通りと頷き、祭りの本部であるヘルズゲート方面へと向かうのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……」
 背中に金属製の樽を背負って歩くKe=iを周囲の者が奇異の視線で見る。
 背負っているのはビールの入った容器で、そこから伸びるホースから出るようになっているのだ。実演すると面白がって人が寄っては来るのだが、そろそろこのやり方の問題に気付き始めていた。
 というのも祭りというのは多くの人でにぎわう。つまり一度誰かの興味を惹けば集客は楽にできる。が、背負える程度の樽に入った分量などたかが知れており、すぐに品切れになってしまう。
 そうなっては客はあっさりと散ってしまうし、再補充のためにいちいちベースに戻る手間が増える。結局のところ出店で売る方が効率が良くなってしまうのである。
「戻そうかしら」
「あら、妙な物背負ってるわね」
 振り返ればクネスが物珍しそうに樽を見やっていた。
「ああ、クネスさん。飲料の樽よ」
「ああ、そこにためて歩き売りするのね」
「ええ。でも補給地点からあまり離れられなくて」
「出店も結構な数あるし、元々から飲食店多いから、歩き売りする意味って余り無いわよね」
 落ち着いて飲み食いするならばオープンスペースを広げている従来の飲食店もある。樽1つを背負うしかないので選択の幅を殺しているというのも問題なのだろう。
「空間系の魔術が使えればその中を拡大したりできるんでしょうけど、ターミナルだと特に空間系と時間系の魔術はどんな誤作動するか分からないしね」
 共に100mの壁のせいである。
 空間系魔術の代表格としていくらでもモノの入る袋というものがある。これは袋の内部空間を誤魔化したり積層化したりしてスペースを疑似的に拡大するのだが、それで空間内が100mを越えてしまうと途端に誤作動が発生してしまう。転じて100mまで拡大しなくとも、何かしらの要員が100mの壁に引っかかってしまうようで上手く起動しないケースが多々あった。
「やっぱりこれ、球場でしか見ない理由があったのね」
 Ke=iはぽつりとつぶやく。詰まる所適材適所というやつである。相手が観戦のため動きたくないから売り手が動く。客が流動的な祭りでは決して向いているとは言えないのだ。
「色々悟ったわ」
「それはなによりね」
 肩を竦めてクネスが笑みを作る。
「で、クネスさんは一人でぶらついてるわけ?」
「同行者が居たつもりなんだけどはぐれちゃってね。
 まぁ、別に目的があるわけでもないし適当に見て回るわ。
 興味を惹く物には困らないしね」
 言ってKe=iの背中の樽をぺしりと叩き、次はどうしようと視界を彷徨わせる。
「それにしても、いざこざはあるけど大した事件は起きて居ないわね」
「確かに。でも昨年以前のデータを見れば大騒ぎは確実に起きているのよね」
 参加する護衛掛かりは裏路地を中心に見回ったりしているのだが、大した成果を上げては居ないようだ。
「祭りが2日もあるんだから罠の一つも仕掛けてると思ったのにね」
「みんながみんなそう考えて調べるから、仕掛けるに仕掛けられないんじゃない?
 予防出来て良かったってことで」
 本当にそうだろうか?
 この祭りで襲ってくる連中のメインは呪術師や退魔師といった魔術系らしい。無策という言葉には遠い連中だ。
「……何にせよ注意し続けるしかないのかしらね」
 クネスは周囲の楽しげな表情を眺めてポツリ呟くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……どうしようかな」
 同行しようと思っていたザザがクールに去ってしまった後。
 一之瀬は特にこれと言った目的もなく扉の塔付近までやってきていた。
 クロスロードにおける高層建築物はそんなに多くない。
 まずは扉の塔。町の中心に建つこの世界に元々あった建造物は全長約6km。地球世界におけるエベレストの高さが標高約9kmなのだからそのサイズは頭の中で想像するに大きすぎる。下から見上げれば中層以上はかすんで見え、100mの壁のせいで上部で何が起きているかは実際に行ってみないとわからない。
 次に外壁。巨人族や竜族に対応するためにそのサイズは優に20mを越えており、それが途方もないサイズでぐるりと周囲を覆っているのだからなかなかに圧巻である。
 それ以外になると扉の塔を中心とする区画にある管理組合本部やエンジェルウィングス本部が相応のサイズを持っている。
 周囲に視線をやれば巨大建築物として挙げるべきは大図書館、コロッセオ、聖魔殿と言ったところだろうか。それ以外についてはせいぜい4階建程度の建物が中央区画を中心に見られる程度である。そもそもクロスロードのほとんどの建築物は管理組合が作った物であり、元より探索者のための住居と、彼らを支援する住民のための店舗を中心に作ったのだから科学系都市の商業区のような光景は見られるはずもない。
「扉の塔から眺めてみるのも良いかもしれないねぇ」
 射的でゲットした景品片手にそんな事を呟きつつ歩く。
「そう言えば、祭りってケイオスタウン側だけなんだっけ?」
 サンロードリバーの向こうも目線をやっただけで見える物ではない。川から立ち上る水蒸気もさることながら、その川幅は実に4kmもあるのだ。
「こちら側にこれだけ人が集まっていると、閑散としてそうだね」
 こんな日であっても愚直に探索者としての任務をこなす者は多い。それに防衛任務をおろそかにするわけにもいかないため、管理組合のスタッフや砦専属の迎撃部隊は今日も警戒を厳に対応しているはずだ。
「それじゃぁまぁ、塔から祭りでも見てみますかね」
 ポツリ呟いて一之瀬は扉の塔へと向かうのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「強い妖怪?
 そりゃ、もちろんシュテンだろう」
 祭りの主通りから外れた場所では花より団子とばかりに酒を飲む事の方が楽しい連中が集まり、杯を交わしている風景が見られる。
「イバラギもかなりの強さだと聞くぞ?」
「そりゃあの二人は妖怪の親玉と姉御だからな」
 やんややんやとザザの提供した話題でトトカルチョ風味に盛り上がる酒飲み達。ザザも珍しい酒の相伴にあずかりながらその言葉に耳を傾ける。
「ミチザネの爺さんもかなりじゃないか?
 あの人は神族でもあるんだろ?」
「確か雷神の属性を持っているらしいな。戦ってるところなんか誰も見てはみたことないだろうけど」
「九十九ちゃんだってあれで大妖怪だと自称しているが?」
「元々はそうだったらしいが力の大部分失ってるらしいな。ほら、あの子尻尾8本だろ?」
「土蜘蛛の旦那の怪力とか凄まじいらしいぞ。殺すと呪われるから手出しも難しい」
 聞けば随分と色々な話が出てくるものだと杯を傾ける。
「魔族サイドの連中もなかなかだろ?」
「有名人は少ないけどな。ダーランドさんは戦闘とは無縁だろうし」
「ダーランド?」
 聞いた事のあるようなない様な、そんな名前を問い返すと
「スタジオデスロードのオーナーだよ。今日もステージ解説して野外ライブしてたぜ。
 音響関係の設備指示はあの人が担当しているらしいしな」
 ふむと頷く。そういう施設がある事は頭の隅にあったが興味の外だったためにあまり覚えていない。
「しかし妖怪種や魔族を総じて言うなら最強はアルカさんじゃないのか?
 何て言っても副管理組合長の1人なんだし」
「あの人って妖怪種だっけ?」
「猫又じゃないのか?」
「旦那さんは吸血鬼だっけか?」
「え? あのょぅι゛ょ結婚してるの!?」
「ケイオスタウンの管理組合派出所の顔役だよ」
「あの人もかなりの格闘家らしいな」
 なるほど数えればきりがないほどにツワモノはこの街に居るらしい。
「でも本気だしたダイアクトー様には勝てない」
 なんか混じってた戦闘服がそんな事を言う。
 少し前までならば突っ込みどころ満載だが、しばらく前に起きたコロッセオの一件はそれを裏付ける物だった。
「律法の翼の部隊長数人やられたって話だしなぁ」
「でも、本気出す条件があるんだから微妙じゃないか?」
「それを言うなら……」
 まだまだ続きそうな談義に耳を傾けつつ、明日の百鬼夜行、誰に注目すべきかとザザは杯を重ねるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「大体リア充とかフラグとか言いますけどね?私がそれで良い思いをしたことがありますか?!」
 そんな叫びに周囲の視線は一部極寒だったのだが、彼が気付く様子は無い。
「そりゃ、コアもリナさんもメイドさんもレヴィさんもダイアク(中略・いろんなヒトの名前)みんな(友達や仮想宿敵として)好きですよ!大好きです!
でもね、一番いいなって思ってる人に一番に構われたいじゃ無いですか?」

「「「「「死ねばいいのに」」」」」

 何人かの声が唱和した。もうその声音から妖怪が生まれそうなほど濃い怨念の響きだった。
 しかし超酔っ払い状態になっていたヨンには当然届かない。
「ヨンさん……命知らず」
 ヨンの知り合いということで、何か知らないけどご相伴に預かることになったアインがちびちびと舐めるように果実酒を口にする。
「はは。まぁ英雄色を好むってやつだ。それぐらい普通普通」
 良い気分にはなっているようだが少しも酔ったふうにないシュテンが傍に居る以上、ヨンに食ってかかるような猛者は居ない。鬼の王の興を削ぐような命知らずは居ないし、増して彼に不快な思いをさせてまで自分の感情を出そうとする者は居なかった。王としての威厳。それが彼にはある。
「シュテンさんは凄いですよね……。妖怪種に敬愛されて、なおかつこんな祭りの指揮までとって」
「周りの連中が勝手にやってる事だ。楽しいからまぁ、名前は貸してやってるがな」
「そう思ってるのはシュテンさんだけだと思いますよ」
 その言葉には周囲の皆が同意の首肯をする。彼はその場に居るだけで人を率いる王。覇王の相を持っている。
「敗軍の将に過ぎた期待だ」
「ちっともそんな事思ってない癖に」
 傍らで巨大な杯を傾ける美女の突っ込みにシュテンは牙を見せてニィと笑う。
「負けは負けだ。負け続けたいとは思わんがね」
「こっちに来て勝ち続けてるじゃないか」
「負けるのは好きじゃないからな」
 この世界で強く提唱されている理論の一つに「宿命」と言う物がある。
 これはどの世界でもよく聞かれる単語そのままの意味ではあるが、特に重要なのはその勝敗までもが如何なる努力にも影響されることなく決定されるという点にある。
 もっとも顕著な例が魔王と言う存在だろう。
 世界を一人で滅ぼせる力を持った絶対的な存在が何故かただの人間に敗れてしまう。様々な経緯や幸運が重なった結果と言えばそれまでだが、しかし数多の世界でそれが起こるというのは確率論を無視してあり余る。
 つまり実際の力とは別の「宿命」に全ては支配されており、出来レースとしてその結末は決まっているとうのが「宿命」理論である。
 その理論を好む者にはこのターミナルを「舞台後」の世界と呼ぶ者も居る。
 「宿命」としての役割を終えた者が、あるいはその途中で脱落した者が迷い込む舞台の外の世界。ここまで彼らを縛る「宿命」は届かず、仮に彼らを追ってきた勝つべき宿命を帯びた者はその実力で戦うしかなくなるのである。
 シュテンもまた鬼の王であり、数多の武人を屠った猛者であるが、童子切りを携えた武者に敗北を喫している。
 が、この世界に堕ち、それを追ってきた武者に一度も負けを喫して居ないのが事実だ。
「宿命に支配されなきゃ負けはしないさ」
「昔の俺ならそう豪語していたかもな」
 イバラギの言葉に鬼の王は苦笑いを浮かべる。
「だがな。仮に「宿命」だとしても数多の幸運が重なれば起きる現実でもあるんだ。
 つまり俺にはあいつに負ける要素があったってことだ。それを鼻で笑うようなことはできんさ」
 そう言われては彼女もむっとするが口を閉ざす他ない。
「始めてこの世界まで追いかけてきたヤツに慢心は遭ったと思うがな。二回目以降のやつにそれはない。ならば俺も強くなるしかあるまい?」
「私も、一度手合わせしてみたい」
 余り注目して居なかった少女からの言葉にシュテンは面白そうな視線を送り
「イバラギとやり合う方がお前には向いているかもな」と応じる。
「……力不足?」
「お前の攻撃じゃ俺の骨まで届かんよ」
 侮辱ともとれる発言だが、世辞とも侮蔑とも遠い存在の彼の言葉には説得力があった。
「相性の問題だ」
「……とはいえ、こっちはシュテンのような喧嘩馬鹿でも、人を導くようなヤツでもないんだけどね」
「あれだ。どうせだったら明日襲いかかってくりゃいいさ。
 明日ならこいつも楽しんでやり合ってくれるだろうよ」
「おい、シュテン。こいつ、そこそこできそうなんだから面倒事を増やすような事を言うな。そも明日はお前への客があるだろうが」
「そっちの相手に忙しいからだ」
 なぁ?と不意にシュテンが視線を向ける先に一人の武者が居た。
 地球世界は日本の古い時代の衣装に太刀を携えた男。それはゆっくりと鬼の王へと歩みを寄せた。
「一年ぶりだな」
 シュテンが杯を差し出し、男は無言でそれを受けると一気に飲み干す。
 それをまるで刀を突きだすかのように突き返し、
「今度こそ斬る」
 言の葉が刃であれと言い放つ。
「楽しみだ。派手に行こうぜ」
「巫山戯るのも此度までと知れ」
「俺は強いぜ?」
 いや、と笑い、空いた酒にヨンがワインをなみなみと注ぐのを横目で見つつ
「俺たちは強い。てめぇ一人がどうとできると思うな、ニンゲン」
「鬼が仲間を語るか」
「鬼でも俺は王だからな」
「ならば我も人としての流儀を見せよう」
 見物人がその気配に道を割る。
「集団戦闘は我らの専売特許だ」
 威風堂々。その言葉が相応しい武人の一団がそこにあった。
 さしもの事態に周囲の妖怪種や護衛部隊が臨戦態勢をとる。とぼけていたヨンもまた視線を厳しくて周囲をうかがう。
「布告しよう鬼の王。
 我らは貴様らの歩みを挫くと!」
「面白い。今年の祭りはより一層派手になりそうだ」
 挙がるのは爆音よりも激しく腹に響く笑い声。
 それに眉ひとつ動かさず武士は踵を返し、兵団はそれに倣う。
「やれやれ、観客の事は祭りの主催側として考えないといけないかね?」
「随分と丸い事を考えるじゃないかぇ。イバラギや」
 ひょこりと現れた九十九の言葉に何とも微妙な顔をする茨木童子。
「私も手伝った方が良いですかね?」
 ヨンの言葉にイバラギはぐいとワインを飲みほしながら
「俺は何時も通り勝手に暴れるだけさ。百鬼夜行はただ前に歩むだけ。イバラギのやつの懸念を払えるなら、そっちの注意だけしてくれるとありがたい。
 ま、あいつらの漁夫の利狙う小童も居るだろうがな」
 ギロリと視線を巡らせれば動く影がちらほらある。
「まぁ、他の連中も居るんだ。楽しみたいやつが好きなように楽しめばいい」
 これまでにない激しい祭りの前兆。
 これはすぐさまクロスロード全体に広がり、明日の期待を大きく高めるのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけで次回メインイベントです。
1回で終わるかどうかはわかりませんが第何陣メインで何をするかを記載くださいまし。
もちろん大激戦は1〜3陣となる見込みですが数字の大きい陣では小癪な連中が暗躍しますしね。
あと、ヨンさんは個別に襲撃ご注意くださいませ☆
レヴィが超ニコニコしてますので。
ではリアクションよろしゅう。
『百鬼夜行の夜に』
(2012/10/17)
「アルカさん、本当に受けるのですか?」
「ん? ま、いいぢゃん。
 あっちもそういう余興どんと来いなんだろうし」
 『とらいあんぐる・かーぺんたーず』の裏庭。サンロードリバーを挟んでもなお届く喧騒に猫耳を傾けながらアルカは笑う。
「しかし……」
「ま、あちしらはどっちかというと抑え役だしね。
 そもあちし自身としてはどっちかと言うと妖怪種だし」
 ちなみに彼女の種族を正確に述べるのであれば元人間種ベースのホムンクルスで人狼系妖怪(九尾狐)から感染して妖怪化したワーキャット(猫又)ということになる。なにがなにやらさっぱり分からないが、いろいろあってそうなのだから仕方ない。彼女の根源まで語り始めるとそれだけで小説数冊になりかねない。
 ともあれ気分的には自身を猫又と称しているので妖怪種寄りではあるのだろう。
「だからあちしらはあくまで観客防護だけやるにゃよ。
 その分気兼ねなく暴れられるのはシュテンも望むところでしょ」
「……わかりました。しかし……一陣はまだ良いとして二陣と三陣はちょっとやそっとの被害では済まない可能性が……」
「ん〜。三陣はあの人次第にゃけど、二陣はねぇ。頭に血が上りやすいし。
 一応施療院の方にも声かけたみたいだから死ななきゃ何とかなると思うけど。ルーちゃんも居るわけだし」
「……はぁ」
 翼を持つ少女は重いため息を吐いて河の向こうを見る。
「下位陣の方にウルテちゃんに万が一の介入はお願いしたし、今回は影の連中にも協力願ったから、よっぽどヤバイのは事前に潰してると思うけどね」
「……」
「あちしらも表舞台に引っ張り出された事もあるけど、良くも悪くもクロスロードは安定期に入りつつあるにゃよ。
 そしてそうなれば、町には別の争いが生まれるものにゃ」
 よいしょと立ち上がって体を伸ばしつつ、猫耳少女は目を細める。
「今回は丁度良い機会かもよ?
 この街のパワーバランスがどうなってるかを知る、ね?」

 ◆◇◆◇◆◇◆

 居並ぶはクロスロードでも有数の実力を持つ妖怪種や魔族。人々に恐怖を与えるその姿もこれでもかと並べば一種の感動を齎す。それはまさしく『畏敬』と呼ばれるべきものだ。
 その先陣に立つのは妖怪種の王シュテン。彼に匹敵する者が他に居ないかと言えば議論を呼ぶが、混沌と悪意を好む彼らも人と同じように『ある一定の地位』を得るとそれなりの秩序というか社会性を身につける傾向にある。
彼らの祭りと承知し、この座の王は彼と譲っているのだ。
 もっともそのギラギラとした視線はお互いを値踏みしているようでもあるが。
 シュテンは手には煙管。棍棒と見間違えても仕方ないほどのそれから煙を吸い、吐き散らして目を細める。
 観客は祭りの実行委員が敷いたラインを踏み越えることなくその姿に歓声を挙げ、写真を取り、手を振る。泣きわめく子供も後を絶たないが、案外色々な地方で見られる『脅かし、怖がらせ』の祭りと勘違いしているのだろうか、親はあやしながらもその勇士を見るように促していた。
「ほほう、これは壮観でございますなぁ!」
 さて、一陣に紛れ込む者の中には少々場違いな面々も居た。
 姿形が実力ではないというのはこのクロスロードでの常識だが、こと彼の場合はお上りさん色が強く、どう見ても場違いだった。幸いというか落ち着き払ったマオウと呼吸を忘れそうな威圧感の中平気な顔で微笑んでいるクネスが傍に居るため、違和感は薄れている。
「そういえば、何でその子連れて来たの?」
「動けずに祭りの音を聞くだけというのも詰まらないものだからな」
 マオウの方にはクロスロードの探索者ならば誰もが知り、その上でちょっと眉根を顰める存在があった。ぶっちゃけ(=ω=)←こんなの
「爆発しないの?」
「不発弾ということらしい」
 極稀な確率でそういう個体がいるのだそうだ。伝聞係としてマオウに預けられたナニカは2本の棒線な目をきょろりと動かしながらたまにぷるぷると体を震わせていた。
「そろそろ出発ですかねぇ」
「そうみたいね。ただ、その前に何かありそうよ?」
 クネスの視線の先、行列の先に立ちふさがるように、一人の若い武士が居た。地球世界は日本の歴史に詳しい者が居るならばその格好は鎌倉〜江戸時代の『侍』でなく、平安時代の武士である事を見てとったかもしれない。
「大江山の鬼 酒呑童子に物申す!」
 まるで歌舞伎か何かのような明朗な声が夜闇を打ち据える。何かの演出が始まったかと観客たちはざわめきを沈め、若い武士の姿へと視線を集めた。
「我らが主はこの先、百鬼の集う場にて待ち受けたり。
 されど、汝らがそこに到る事は無し!」
「ほぅ、若いの。お前らがここだけじゃねえ、全ての足止めでもするってか?」
「否、我らでは叶わぬ」
 故にと男は言葉を継ぐ。
「しかし我らを統べる者、源頼光殿は人としての戦いを汝に突きつけん!
 即ち────」
 第二陣、三陣の出発するはずの場所で盛大な戦闘音が響き渡った。
「人としての策をごろうじろ!!!」
 若者の背後に居並ぶ武士が野太刀を引き抜くのを見、それから首を巡らせたシュテンは傍らの鬼へと視線を定めた。その鬼は体の全身に目玉を付けた百目鬼である。
「何が始まったのですか?」
 興味を抑えきれずに近づいたブランの声を聞いたか聞かずか。
 百目鬼は数多の目で困惑を表現するかのようにきょろきょろとさせて言い放つ。
「二陣と三陣に────」

 ◆◇◆◇◆◇◆

「あいつらは……」
 一陣は流石に見物するには人が多すぎると、それよりはマシな二陣へとやってきていたザザは訝しげに、しかしどこか楽しげに言葉を紡ぐ。
「ザザさんでしたっけ? 何が起きてるんですか?」
 背後から腕をつついたのは雷次だ。ザザはぐいとその腕を引っ張ると自分の肩に彼をかつぎあげる。人々よりも頭一つ高い位置からようやく視界を開けさせることのできた雷次は騒ぎの原因を直視して顔をしかめた。
「あいつら……なんですか?」
「律法の翼、しかも過激派連中だ。大層な事にルマデアの野郎も居るぞ」
 白銀の甲冑に身を包んだ男───このクロスロードに秩序と法を求め、犯罪者と定めた者を討ちとる暴力的自衛団。その長が赤の髪を祭りの明かりに晒して列の進行を妨げていた。
 その背後には獲物を手にした者達がざらりと居並ぶ。その全てが思い思いだが、翼をあしらった紋章がどこかしらに刻み、己の身を主張する。
 PBに律法の翼の説明を聞いた雷次はぐっと眉根を寄せる。
「なんであいつらが邪魔してるんだよ?」
「さぁな。挑戦者大歓迎の喧嘩祭りだ。元より無法が当たり前のケイオスタウンの連中を毛嫌いしている節があるヤツラには参戦するメリットがあったと言う事だろう」
「それにしたって祭りなんだぜ……って、応援に行ってくるぜ」
一瞬即発。今から開始だと言うのに高まる緊張に観客も危険を感じて距離を取り始める。もちろんはやし立てる者も居るが。
 警備担当は泡を食って妖怪側や観客を護る位置へと身を移していた。
「どうやら面白い事態にはなっているようだな」
 人を掻きわけ進む雷次の背を見てザザは自然と笑みを作っている自分に気付く。
 自分から喧嘩を売るつもりは無い。無法無鉄砲はもう自分が背負う言葉ではなくなっていたという事実に年齢を感じた物だが、自分が闘争の場から離れられたかと言えばそんな事は無かった。
 この場は安全だろう。法と秩序を標榜する彼らが観客に大きな被害の出る手段を取るとは思えない。しかしそれは聖か中立属性の者に限ってだ。
 かつて彼らはコロッセオで魔属性の観客全てを殺しかねない騒ぎすら起こしている。
 我が身をどこに置くか。
 警備担当でもない「ただの観客」のザザには選択の自由がある。
 無論巻き込まれる場所に行く事も可能だ。
「さて」
 早くも血の気の多い者達が間合いに踏み込んでいる。
 戦いは始まるのだ。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「絶景絶景と」
 祭りを飾る明かりが綺麗だ。空には光に関する妖魔や妖精。それから電灯やらを付けた竜族などが舞い踊っているのが見える。わがままな竜王とあだ名されるファフニールが調子に乗って三回転ひねりとかやって目を回しかけているのを見てぞっとする。流石にあれが落ちると大惨事である。
「ん?」
 祭りの喧騒とは違うざわめきを感じて一之瀬は視線を下方へと向けた。
 そこに異様な集団が祭りの進路をふさいでいる光景があった。
「あれって確か……」

「はーーーっはっはっはーーーーーーー!!」

 少女特有の甲高い声で造られたわざとらしい高笑い。
 エナメル系のボンテージと称すべき衣服をまだ幼い裸身に纏い、仮面を付けた赤髪の少女がそこに居て、その背後には7人の黒服と、全身黒タイツの無個性集団が続いている。
「ダイアクトー?」
 クロスロードのマスコット的な扱いを受けるイロモノ集団───秘密結社ダイアクトーの出現に周囲は状況の整理を求めるような困惑に包まれていた。
「そこの妖怪ども。あたしはずーーーーーーーーーーーーーーっと気にいらなかったのよ!!」
 びしりと指差す先には同じくらいの背恰好の少女、九尾狐の九十九が居た。彼女がこの第三陣のまとめ役である。
「なんじゃ、いきなり?」
「どーしてあんたたちがでかい祭りを仕切ってるのよ!
 この街はあたしの物よ!!」
 何の臆面もなく言い放つ彼女に、ファンの連中が歓声を上げる。
「そう、あたしこそがこの祭りの主役であるべきなのよ!
 それを毎年毎年我が者顔で! ずーーーーーーーーーっと許せなかったのよ!」
「……え−っと、それ、第一陣に向かって言うべきじゃないかなぁ?」
 幸いなことに建物の上に居る一之瀬の声は浸りきっているダイアクトー三世の耳には届かない。
「だから決めたわ!
 今年からこの祭りはあたしたち秘密結社ダイアクトーが乗っ取るの!」
「何を勝手な事を言っておる。このチビジャリが!」
「はぁ!? あんたの方がちっさいじゃない! このぺったんこ!!」
「何を言っておる! これは仮の姿で本当は傾国の美女と諸書に記される───」
「妄想乙」
「その喧嘩買った!!」
 いきなり始まった程度の低い喧嘩だが、すぐさま黒服や戦闘員が動いたのを見て、九十九の背後に居た妖怪種、妖魔種、魔族が動きを見せた。合わせて警備隊も被害の拡大防止とダイアクトーの鎮圧へと動き出す。
「こりゃ、大変なことになりそうだねぇ」
 突発的ヒーローショー、町の賑やかしとして認知されるダイアクトーだが、本気モードの集団戦闘力は決して侮れる物ではない。
「でも喧嘩を売ったのって武士か何かの集団って話だったよね?
 なんで彼女らが?」
 彼の抱いた疑問はある程度の町の事情を知る者たち共通の疑問だった。

「いっきなりいくわよーーーー!!!」

 それらを一瞬で吹き飛ばす轟音が夜闇を引き裂いた。
 ダイアクトーの一撃が九十九をかすめ、道路を激しく撃つと、まるで隕石でも落ちたかと錯覚するほどの破砕音が響き渡る。
「あっぶな!?」
 目を剥いた理由はその結果生み出された数多の石。飛散したそれらは銃弾に等しい速度で周囲にまき散らされる。
 もちろんそれは戦闘力皆無の観客にも少なからず向かったのだが。

「はいはーい。ここで管理組合よりお知らせします」

 それら全てが沿道に敷かれたラインで展開した薄膜によってはじき返される。視線を向ければ多くのセンタ君がバリアを張って居た。

「管理組合は乱入者 源頼光氏の要請を受けて、祭りでの被害拡大防止に介入いたします」

 アルカの声で響き渡ったそれが全てを説明していた。
 詰まり

 ◆◇◆◇◆◇◆

「律法の翼も、ダイアクトーも、その武士の連中が呼び集めたってこと?」
 Ke=iの言葉にヨンが難しい顔をしつつも頷いた。
 ここは第九陣。小人や比較的無害な妖怪種が集まる、異様だが微笑ましいパレードが始まったばかりである。
「……そう、みたい」
 アインも視線を北の方へと向け、困惑の表情を作る。
「一応HOCには護衛に参加する旨伝えましたけど自由参加ですからねぇ……。
 しかも律法の翼相手はちょっと……」
「でも過激派の方はヒーローの敵じゃないの?」
「一応は。でもダイアクトーが出ているということはそっちに集中しちゃいますね、きっと」
 何しろ明確な敵対集団であり、ヒーローのアイデンティティとしてはそちらを優先せざるを得ない。
「……上位陣の方の護衛の層を厚くするかって議論が始まってるみたい」
 護衛組の一人であるアインがPB経由の連絡を口にする。
「でもこれに乗じて何時もの連中の襲撃もあるのよね?」
「あるでしょうね。だからこそ、ここからは離れたくは無いのですが」
 と、不意にある物が目に付いてそれを探し追えば、翼の意匠を抱く集団がいつの間にか増えていた。
「……律法の翼?」
 アインの呟きに付近の警備隊が身を固くする。が、
「いや、彼らは穏健派の方ですよ。
 こちらの護衛応援ですか?」
「はい。ウルテ様の指示で。
 一応下位陣にはある程度の護衛を追加しています」
 律法の翼の隊員が優しげな笑顔で頷く。
「施療院の方々も展開しているそうです」
「なんだか大騒ぎになっていますねぇ」
 クロスロードの名だたる組織が動いている。これは場合によっては内戦と取られかねないほどの規模だ。
「……第四陣にヒャッハーズが出たらしい」
 追加情報にアインは珍しく困惑を浮かべた。ヒャッハーズと言えば重火器を愛してやまないマッチョ集団だ。トリガーハッピーな連中は大襲撃の際には常に前線で戦い敵の屍を築く。
「彼らまで……」
「こりゃ、のんびりして居られないかねぇ」
 Ke=iが自身の装備に緊急チェックを走らせつつ呟く。
 予想だにしなかった事態にどう動くべきか。
 それぞれが対応を脳裏に描き始めていた。

◆◇◆◇◆◇◆

「こういう連中も居るわけね」
 どう見ても統一感の無い連中の乱入は管理組合の通知の直後から始まった。
 ここ、第六陣に護衛として参加していたクセニアは迫った一人に銃口を向けて皮肉下に笑う。
 彼らの目的は様々だが、中には誘拐とも言いかえられることを目的にした連中が居る。彼らから言えば式神化。あるいは使役化だが、同意も無くされる方はたまったものじゃない。
 警備隊と協力しつつ、迎撃能力を持つ者が応戦を開始していた。
「そっちは後で相手してやるよ!」
 後ろから迫る集団に煙幕弾を撃ち込んでから正面の敵に相対する。術師なのだろう、武者の亡霊を呼び出しこちらに差し向けてくるが、さらっと無視して術者を撃ち抜いてみる。
「面白いな。さぁ、列を進めようか。
片っ端から迎撃してやるよ!!」
勇ましい言葉に周囲の連中が応と応じて力を奮う。
次々と出てくる相手に鉛玉をプレゼントするが、その多くが術で造られた戦力らしく、霞のように散っていく。
術者を探すが観客に紛れられると最早分からない。猛禽類の視線を巡らせて、怪しいヤツに近づいてとりあえずブン殴って見る。どうやら当たりだったらしく、背後から迫っていた化け物が煙のように消えてしまった。
「ホントにワクワクするねぇ。さぁ、どんどん行こうか!!」
 喧嘩祭りはこうして開始直後から大波乱を迎えるのだった。




*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

はーい。開始直後10分程度までをお送りしました。
 というわけで最早クロスロード大決戦状態となっておりますが、遠慮なく行きます。止め時を失するといろいろとやばいことになりますので皆さん頑張ってね☆
 というわけで最終日中盤戦、はりきってよろしくおねがいします☆

『百鬼夜行の夜に』
(2012/10/31)

「で? どうするのかしら?」
 武士団の先鋒と百鬼夜行の戦いは妖怪側の優勢で推移していた。
 だが、武士団の戦いを見ればその消極的な動きから目的を推測する事ができよう。
 つまりは削りと足止め。
 この祭りの趣旨として9陣全ての百鬼夜行が集結してこそ目的達成となる。足止めはそれを阻害すると言う上では充分すぎる意味を持っていた。
 だが一方でそんな事どうでも良い者にとっては武士団が及び腰になって居るようにしか見えない。自身らの安全が確保されたと知った観客からは武士団への非難の声が降り注ぐが、彼らはただまっすぐに己の敵を見据え、じりじりと後退しながら消耗を与え続けている。
「どうするって何がだ?」
 若干の間があったため聞き流されたと思っていたが、おもむろにシュテンは問いを問いで返す。
「彼らの目的はこちらがどうあっても前進をしなければならない事を利用し出血を強いる事。でもそれが分かって乗ってやる必要は無いと思うのだけど?」
 クネスの言葉にシュテンは煙管をひと吸いして牙の間から煙を洩らす。
「必要はあるさ。これはそういう祭りだ。
 百鬼夜行。『行』って見せつける祭りだ。止まっちゃ始まらねえ」
「……まぁ、そうなるわよね」
 その答えは予想していた話だ。
「待ってるぞと言われて出向く魔王というのもそれはそれで面白いかしら、ね?」
「こちらからヒヨッコの勇者を捻り潰しに行くのは矜持に関わる……と言うわけでもないからな。大体は世界の制約がそうさせているだけだ」
 名の通り、かつて魔王であった者は前方へと視線を向け、足を踏み出す。
「いやいや、マオウさんは警備隊でもないのですから、ここは我々にお任せください!」
 やる気満々のマオウにブランがびっくりしたように口を挟む。
「ブランさん、この祭りの参加者って事はこう言う荒事を荒事ではじき返すって言うのも含まれているのよ?」
「いや、確かにそう言われるとそうかもしれませんが……
 いえ、本人の意志を尊重します。責任は取りませんよ!」
「自分の身くらい自分で守ろうと言うもの。
 それとも自分の身も守れぬと見えるか?」
 力を削がれようとも王の貫録は小揺るぎもしない物言いにブランはトンデモナイと首をぶんぶんと振った。
「まぁ、こちらと前の戦いに参入するのは力不足ですので、三陣、ダイアクトーの戦闘員とでも相手してまいりますよ」
「ブランさん、気を付けてね。
 彼らああ見えてかなり強いわよ?」
「そうなのですか?
 いつもやられているイメージしかありませんが」
 クロスロードを一週間も歩けばダイアクトーの高笑いに出くわす。
 その時の戦闘員と言えばヒーロー軍団にひと山いくらで吹き飛ばされているイメージしかない。
「やられているわね。毎日。
 その意味、わかる?」
「……毎日、ですか?
 あんな派手にブチ飛ばされて?」
 戦闘員の侮れぬ所。それはどんな凶悪な一撃を喰らってもなぜか撤収時には自分の足で退却する事は当たり前として、その後の片付けにもきちんと参加していることだ。
「心しておきます。それでは!」
 しゅたりと手を挙げ、乱戦を迂回して去るブランを見送って、クネスはマオウへと視線を向ける。
「あたしは回復支援に徹するわ」
「そうか。では軽く参加してくる」
 特に何かできるわけでもないだろうが、ナニカも(`・ω・´)とやる気を見せているのを見て「行ってらっしゃい」と微笑みを見せる。
 一陣の激戦は長く続きながらも百鬼の群れは前へと進んでいる。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「融通の利かないこって」
 エディは苦々しく呟きながらも町を駆けていた。
 彼が持ち出した策、早々に陣を終結させるというのは拒否されてしまった。
 理由はいくつかあるのだが、もっとも大きな理由は決めたルートから逸れる事は失敗に等しいという物だ。それに付随して多くの観客の存在が安易なルート変更を許さないし、ガードに徹してくれているセンタ君の配置換えも容易にできる物ではない。
 もう一つの案、幻覚系の能力で武士団のボスが待つという地点が攻撃されているという錯覚を起こさせる方法だ。
 これについては余りの激闘に手を出せていない、或いは両方を巻き込みかねないとして動けなかった警備組からいくらかの賛同を得て、行動に移って貰っていた。
 それらの手配を済ませて彼が向かったのは第四陣。
「れぇぇええええええっつぱぁああああああてぃぃぃいいいいい!!!」

『『『ヒャッハアーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』』』

 腹を絶え間なく打撃する銃声と衝撃。
 歓声と悲鳴とでカオスな状態となったそのルートでは確かに機械化兵団が重装備で陣どり、弾幕を展開していた。
「おい、あんたら!」
「ん?
 ああ、いつぞや遭ったな。警備組か。お勤め御苦労」
 白い歯を輝かせびしりと教本に乗せるべき綺麗な敬礼を見せたマッチョに毒気を抜かれたエディはコホリと咳払いし、
「何が目的だ?」
 ひたすら撃ち放たれる銃弾。その先の百鬼夜行を指差し問う。
「決まっているだろう? 百鬼夜行の足止めだ」
「それはあの武士団に勧誘されてか?」
「それもあるが、元よりこの祭りは乱入上等。
 ならば我々もその祭りに加わったまでの事。
 祭りとは踏まえておるぞ?」
 言って放り投げたのは一発の弾丸。受け取って見ればそれはゴム弾であることを銃使いであるエディは把握する。
「暴徒鎮圧用兵装で固めている。当たり所が悪ければ致命傷となるかもしれんが、喧嘩祭りとはそういう物だろ?」
 銃弾の雨を掻い潜ってきた魔族の一撃に隊員の一人がブチ飛ばされ二人の横を転がった。
「では主義主張は無く、単純な乱入と言う事か?」
「いかにも。ただ1つ目的はある」
 エディから視線を外さないまま後方へと伸ばした右上にはその巨体に見合うデザードイーグルの姿。ハンドキャノンとも呼ばれるそれを片腕かつ後方へ伸ばすと言うありえない姿勢で上空から襲いかかってきた怪鳥を見事に撃ち落とした。
「ダイアクトーのところのちっこいのは多分趣味だろうが、律法の翼や管理組合はこの場を試金石としているのだろう」
 ヒャッハーズは欠けた穴を鉄量であっという間に埋め、すぐに相手を押し返す。比較的個人主義、多くても3〜4人単位でチームを組むことの多い来訪者達にとって、ヒャッハーズの軍隊行動は抗しがたい物だろう。実際妖怪たちも一人二人がたまに突出してくるが、火線を集中させられて押し戻されてしまう。ここで数人がかりでフェイントや盾役などを分担すれば持ち前のポテンシャルで戦いを有利に進められるはずだが、彼らにそれらの動きを為す土台が存在しない。
 これは大襲撃の際にも見られる事だ。指揮官経験のある者の指示に従い大まかな行動は取れるが、個々の連携は脆く、場合によっては防衛戦の崩壊にもつながるケースがある。『再来』の時には衛星都市で右往左往し、防壁の一部が崩された後も適切な復旧ができないまま被害を拡大していた。
「試金石、ね」
「我らとて知る必要があるのだよ。
 誰に背中を預けられるかとね」
 示し合わせたようにヒャッハーズが後退を始める。それを見て好機と踏んだ数名があっさりカウンターに遭って転げ、足は再び止まる。
「我々はクロスロードでも屈指の制圧力を持つと自負している。
 が、弱点ももちろんある。君ならそれが分かるはずだ」
「……弾薬だな」
「その通り。どうしても補給のタイミングが我々の弱点となる。
 その時に誰が頼れるか。誰の傍であれば隊員を損なわずに戦えるか。
 それを見極めるのに丁度良い祭りではないか」
 町を使った総合演習。
 普通に考えれば馬鹿馬鹿しいにも程があるが、管理組合の持つ建築能力を考慮すれば町並みの少しばかりが破壊されても明日には修復しているだろう。
「よし、我々は撤収する。だが忘れるな。
 補給が弱点とは言え、補給さえすれば我々は戦い続けられる。
 そのための肉体でありそのための筋肉だ。行くぞ!」
 気持ち悪いほどシンクロした動きで投擲されたスプレー缶のような物にぎょっとして背を向ける。街道のセンタ君達も濃い色の障壁を一斉展開。

 カッと町が色を失うほどに光に照らされ、ドンという凄まじい衝撃が腹の底を揺らした。

 フラッシュグレネードの一斉投擲。
 それにより生まれた時間で瞬く間に撤収しきってしまったヒャッハーズの背を見てエディは彼の言葉を反芻していた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「二人目っ!」
 杓杖の先を突きつけると、そこに形成された雷が相手を打つ。
 すぐさまそれをひと振りして接近しようとした一人を牽制し、雷次は一度距離をとった。
 乱戦。
 まさにそう呼ぶにふさわしい光景が展開されている。
「お前は結構やるようだな」
 ずんと足音を響かせて雷次の前に立ったのは鬼だ。
「っと!? お前はこっち側じゃねえのかよ!?」
「こう言うナリでも律法の翼の一員、しかも番隊長を任されてるんでね」
 言うなり振るったのは刀。しかし2mを越える体躯の持つそれは柱か何かを見間違うほどにでかい。
「ぐぉっ!?」
 受けれるはずもない。咄嗟に身を捻りその質量と速度が派生させる巻き込みの風に抗いながら雷次はなんとか回避を成功させる。
「言っとくが、死んだら自己責任だからな?」
 余りにも軽すぎる言。だが継いで繰り出されるそれは掠るだけでも肉を持って行かれそうな暴風に違いない。
 打ち払う事も受け流す事も現実的ではない。全ては圧倒的な暴力が呑み込んで叩き潰す未来にしか繋がらない。さらに厄介なのはその圧倒的なリーチ。無理な回避から姿勢を戻しきれてない状態で逃れる目が無い。
「ぐ!?」
 一か八か杓杖を上段に掲げて受ける体勢を採った瞬間、さらなる巨体がその刃を上から踏みつけた。
 観客から上がる悲鳴と歓声。
 幅数百メートルという大通りにあってでかいという印象しか持たぬその獣が放つ蹴りを鬼は笑みを作って後方へ回避した。
「てめぇ、覚えがあるな。
 ザザとか言ったか」
『俺はお前を知らないがな』
「律法の翼三番隊隊長 ドイルフーラ。
 まぁ楽しく戦ろうや?」
「ザザ……さん?」
『割り込んで済まないな』
「いや、助かりました」
 介入が無ければ良くて腕一本持っていかれていた。それを思えば感謝すれども批難するなどありえない。
『律法の翼はクロスロードで一番冗談の通じない相手だ。
 一人で立ちまわるな』
「おいおい、ひでえな。冗談の一つも理解するさ。
 まぁ、冗談よりも楽しい事をないがしろにはできねえがな」
 ドイルフーラは肩を竦めてからぐっと身を下げ、迷いなく突撃。
「っ!」
 まるでダンプカーが突っ込んでくるかのような圧迫感。それをザザは正面から受け止める。
 どずんと物凄い衝撃音が周囲を打ちつける。助走の分衝撃が上回ったドイルフーラがザザを一気に押し込み、次いで踏み出した足が先ほどまでザザに踏みつけられていた剣の柄を叩き、切っ先を刎ね上げさせる。
「っぶな!?」
 そこに身を捻って刀身を打ちつけたのは雷次の杓杖だ。そうでもしなければザザの顎先に切っ先がめり込んでいたかもしれない。
「怯えた割には良い動きだ」
「ナメんな!」
 返す刃ならぬ返す杖でドイルフーラの腹へ突き込むが、左手で弾かれた剣の刀身を握ってブン回し、それを迎撃。手から血がにじむ事も気にせずにさらにザザの膝を狙う。
 そうと行くまいとザザは左肩へとアギトを剥けた。ガチリと物凄い音が響き、しかし外す。半身になったドイルフーラは手を離し、噛みつきのために前傾姿勢となったザザも一旦間合いを採った。
「即席の連携にしてはなかなかだ」
「上から目線で言ってるんじゃねえよ!」
 吠える雷次に呵呵と笑い剣を構えなおす。
「この場のツワモノはお前ら二人のようだな。
 さて、俺を何とかしねえと進めねえぞ? それに、俺だけじゃないしな」
 律法の翼のメンバーが妖怪や護衛隊と戦いを繰り広げているが、どう見ても律法の翼の方が有利だ。というのも
「多対一か」
「俺は逆を喰らってるがね」
 過激派と言われている彼らだがその前提は秩序の番人たる立場にある。捕縛術は当たり前のように習得しており、そしてその基本は常に多対一を作る事となる。
 寄って道と中央の戦いを利用され作られた戦闘区域にはうまく連携を採れない護衛組や妖怪が苦戦を強いられていた。
「さぁて、どうすぶぐぎぇら!?」
 鬼の頭に超重量物が落下した。
「お前は相変わらず喋りすぎだ」
 濁った声が呆れるように響く。ついでに雷次が顔を真っ青にして一歩退いた。
 巨大な蜘蛛の体に人のような顔。2陣を預かる土蜘蛛である。
「くっそ、てめぇ!? 空なんかとべたのかよ!?」
「できるかそんな事。単に建物よじ登ってジャンプしただけだ」
 ゲシゲシと8本の足で踏みつけつつも取り押さえながら土蜘蛛が顎をしゃくる。
「助かったぜお前ら。悪いが他の援護を頼む」
「了解だ」
『……まぁ、良いだろう』
「はっ、お前ら忘れてねえか?」
 その言葉がまるで剣圧を得たかのように、二人は息を飲み、それから己の無事を確認して振りかえる。
 何もしていない。
 動いてすらいない。
 なのに泰然とたたずむ男は彼らに斬られたという錯覚を与えていた。
 観客席からも悲鳴が響く。その剣気に中てられてショック症状を引き起こした者が続出したのだ。
「おいおい、鬼よりもバケモノってどういうことだよ?」
 律法の翼。過激派と呼ばれる荒くれ者共に秩序を与え使役する王。
 ルマデア・ナイトハウンド。
 『夜の咆哮』という字名が示す意味に驚愕し、二人は戦いの姿勢をとるのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「くく、空の王は悠然と見下ろしておけば良いと言う事だな」
 基本的に尊大なアホの子、ファフニールの言葉にアインはとりあえず肯定を示しておいた。とにもかくにもこの巨体が乱入してきたら収拾がつかないばかりか、確実に観客へ被害が出る。
「……些事は私達に任せて」
「うむ、良きに計らえ」
 念押ししてアインは身をひるがえす。目に付いた隊列でも戦闘は繰り広げられているようで、とりあえずそこへと突っ込んで明らかに進行を妨げている術師風の男の頭を蹴り抜いた。
「おう、アインとか言ったか?」
 銃弾が2発、傍らを通って呪文を唱えていた男の肩を抉り抜いた。
「手助け、居る?」
「ああ。戦力的には問題ないが、さっさと片付けて他の応援に行くべきだろうからな」
「了解。上位陣は凄い事になってる」
「音で分かる」
 クセニアは楽しそうに笑い、次々に現れる障害を打ち抜いて行く。
 それをくぐり抜けてきた鳥をアインが処刑鎌で切り捨てた。
「紙?」
 切り捨てた鳥が紙切れになり風に流されるのを見て眉根を寄せる。
「式神とか言うやつなんだと。
 そいつのせいでなかなか近付けなくてね」
「分かった。じゃあ遊撃する」
「頼む。こっちは派手に暴れるとするよ」
 これでもかと言うほどに弾丸をばら撒くクセニアに泡を食った襲撃者が身を隠す。それでも果敢に押し寄せる使い捨ての兵隊に彼女は笑みを濃くする。
 削れば相手は追加を出さざるを得ない。そしてその瞬間は自身の居場所を晒す事になる。
「……見つけた」
 建物の屋根から路地裏に飛び降りたアインが鎌の背の部分で術者の頭を思いっきり殴りつける。かなり良い音はしたが頭がい骨陥没とまではいかないはずだと次のターゲットを探しに行く。
 有能な遊撃手と乱暴な迎撃手を迎えた六陣はすう勢を妖怪側へと傾けつつあった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 乱闘。
 そう評するべき光景が眼下に広がって居た。
 既に戦いの渦中にある仲間もいる。
 だがすぐに飛び込まずヨンは黒服達の動きに着目した。
「……リーダー、行かないので?」
「我々の目的はダイアクトーの討伐でなく、人々の憩い、祭りの成功にある。
 派手に暴れて被害を拡大しては悪と何ら変わりない」
 ぴしゃりと言われて急かしたヒーローはなるほどと頷く。
「よし、半数はダイアクトーの相手を。すでに何段階か解放しているようだから決して無理はせず、少なくとも直撃だけは避けるように。
 残り半数は戦闘員を抑え込み、被害の拡大を防げ」
「「「はっ!!」」」
 ヒーロー達が建物の上から颯爽と舞い降りる姿を見て、年若い者たちが歓声を上げた。
「やっと出ましたかヒーローV!」
 びしりと指差す黒服の1人。それは忌々しさを込めつつも、どこか安堵した風にも聞こえる。
「ふ、今宵は悪が多すぎてな」
「ちょっとそれ! あたしよりも優先するのが居たって意味!?」
 セリフを続けようとしたら、なんか変なところで食いつかれた。
「はん、お前見たいなのに構う暇はないとのことじゃよ」
「うっさいチビ!」
「黙れ抉れ胸!」
 低レベルの喧嘩を今だ続行中の九十九とダイアクトーであるが、先ほどのヨンの言葉の通りすでに何段階かリミットを外している彼女の攻撃力はシャレにならない。それを避け、かわし、幻影でいなし続けている九尾狐は言う通り見た目以上の力を有しているのだろう。
「ふっ!」
 黒服の鋭くも的を外したパンチを受け払い、そのまま背負い投げるが、空中で身を捻って着地。肩の骨が外れるはずだが黒服は意にも介さず足払いを放ち、続けざまに顎へ蹴りを突きあげる。
 足払いを重心移動でいなし、続く蹴りは手で防ぎ、殺しきれない勢いは後方に飛ばされることで消費する。
 着地と共に再び接近、パンチの応酬が始まる。
 見る者に息を飲ませる展開だが、もう何十回も繰り返した行動であり、お互い語り合う猶予を持っている。
「で、今回の目的は何ですか?」
「お嬢様的には祭りの主役になりたいんだろうが……流石に年次行事になったこの祭りを乗っ取るのはまずいからな。落とし所を探している」
「素直に撃退されるのは?」
「来年はもっとひどいことになるぞ?」
 ヨンが来る前からリミットを外している事を考えれば確かに黒服の言う事はもっともだ。
「しかし主役と言われましても……」
「そうなんだよなぁ」
 小声でしみじみと会話しながらもその動きは紙一重の攻防を繰り広げている。
「ついでにあの妖怪狐殿が妙にダイアクトー様と気が合うらしくてな。
 もうどうにもならん」
「確かに、普通でしたらすぐさまこちらに殴りかかってきてもおかしくないですよね?」
「あちらのリーダーも狐殿だからな。彼女があのままでは陣の進行がままならん。
 代役でも立ててお嬢様と共に引き離すのが最良かもしれん」
「しかしそれでは来年の問題が残るのでは?」
「じゃあ妙案はあるのか?」
「むぅ」
 思考する必要があると判断し、お互いに強烈な蹴りをクロスさせ、その反動で距離をとる。
 さりとて両案がすぐさま浮かぶわけでもない。
 くるり周囲を見渡し、参謀系のヒーローを探す。
 戦闘員たちと軽くやり合いながらそちらに近づいたヨンはざっと事情を説明した。
「とりあえずダイアクトーさんの興味をこっちに引いて戦場を前に動かしましょう」
 彼はヨンと同じく大体の事情を正しく認識している。
「九十九殿を抑える役は妖怪どもに任せるほかありませんが」
「あの人の事良く知っている人いないしね」
 うんと頷いてヨンは再び移動。ダイアクトーの視界に入る位置から飛び蹴りを放つ。
 案の定気付いたダイアクトーがそれを左腕だけで受け止め振りはらう。
「邪魔しないでよ!」
「悪の邪魔をしてこその正義だ」
「ふん、何を今さら!
 良いわ! だったらあんたから捻り潰してあげる!」
「ほぅ、にげモゴ」
 すぐさまに挑発しようとした九十九の口をにょろりと伸びた手が抑える。着物から伸びるそれは小袖の手という妖怪のものである。
 ヨンはそちらに振り向かずままGJと呟き、ダイアクトーへと拳を向ける。
 じりじりと間合いを測るようにして背を進行方向へ。
 一歩間違うと大けがの撤退先が始まりを告げた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「うーん、危ないなぁ」
 一転大騒ぎとなったクロスロードを俯瞰しながら一之瀬は露店のおっちゃんからたこ焼きを受け取る。
 戦闘にそれほど積極的に介入したいわけでもない。
 というわけで露天巡りを行うことに決め込んだらしい。
 この時間、しかもあの派手な音に引きづられて露店はどこも閑古鳥状態。店をほったらかして見物に赴いた者まで居るようである。
「8陣とか9陣の方が平和そうだねぇ」
 争いが無い場所とは言え露天巡りをするのであればどうしても陣が通る道の脇となる。
 とすれば平和な下位陣をめぐるのが妥当ということになり、たこ焼きを下で転がして熱さを逃がしつつふらり歩く。
「しかしもっと平和にお祭りできないのかなぁ」
 1日目、2日目は普通に縁日と言う感じだった。が、本来の祭りはこちら側なのだ。荒々しいにも程がある。聞いた話によれば各々死なない程度には加減しているようでもあるのだが、それでも当たり所が悪ければあっさり死ぬことに違いない。
 中には元より犯罪紛いな事を狙っている者も少なくないと言う。
「あら、こんな時に一人でお散歩?」
 次はどうしようと視線を上げると目の前に息を飲む美女が立っていた。
「え? あ、はぁ。被害の無いところにでも行こうかと」
「それで良いの?」
 良いとは? という問いが近づけられた顔に遮られる。
「貴方だって来訪者なんでしょ?」
「そうですけど……」
「その銃は飾り?」
 背に背負ったバレルライフルに手を触れられる感覚。いくらなんでも自身の武器をこんなにたやすく触れさせるなんてありえないと頭が考えても体が動かない。
 美女に照れている? というのは違うと本能が告げている。
 どちらかと言えば逆らってはいけないという、そう、恐怖心。
「ふふ、そんな縮こまらないで良いわよ。
 君に一つ面白い事を教えてあげる」
 耳元に吐息が掛かるほどに近づけられた唇が一つの言葉を紡ぐ。
「100mの壁を誤魔化す方法はもういくつも考案されているわ。
 そして護衛組のその守備範囲から、絶対に目に届かない場所があるのよ」
「……っ、それは?」
「ふふ。じゃあね」
 トンと肩を叩かれたと思えば既に周囲には誰も居ない。
 白昼夢? にしてはまだ甘ったるい香水の匂いが周囲に残っている。
「なんだあれ……?」
 一之瀬は呆然とそう呟いたのだった。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

というわけで大激闘が続いております。
知らない人が見たら内戦ですねこれって位に派手です。うひひ。
 さて、次回が後半戦〜ラスト位を予定しております。
 場合によってはさらに被害拡大しますけどね。
 うひひ。
 んではリアクションよろしゅう。
『百鬼夜行の夜に』
(2012/11/17)

 町の空気は水と油を無理やりかき混ぜたような状態だった。
 その二つを別つのは来訪者か、見学者か。
 見学者達はこの戦闘が「いつもの祭りの一部」と思っているのだろう。被害を食い止めるセンタ君達の背後に陣取り、熱い歓声を送っている。
 一方の油は来訪者達だ。
 彼らはこの争いが通常でない事を悟り、どう動くべきかを考えていた。それは乱入という点だけではない。この場で争う者たちの誰に注目しその力量を見極めておくべきか。
 そういった別の意味で熱い視線が注がれていた。
 その視線の中の一つ。アインは上空から戦況を見つめていた。
 ここから見渡せる各戦場に知り合いの姿が相当数ある。特に一陣、二陣、三陣は相対する両方がかなりの難物揃いである。
「おーい、アイン!」
 ふと呼ばれた方を見れば銃を片手に手を振る女性の姿がある。
「……ええと、クセニアさん?」
「どっちが派手にやってるかい?」
「どうするつもり?」
「ここの連中は歯ごたえが足りなくてね」
「……元気だね。一陣と二陣が派手……。
 今だと二陣の方が派手かも」
「何が居るんだい?」
「……律法の翼の過激派」
 直接対面した事は無いがその悪名は嫌でも耳に入る。「そりゃ楽しそうだねぇ」とクセニアは笑みを作る。
「あんたもどうだ?」
「……鎮圧には協力する」
「そうかい。上のでかいのも誘うかい?」
「それはだめ」
 どきっぱりアインは拒絶を示す。
「そんなことしたら被害は避けられない」
「……なるほどねぇ」
 何もしない事が最善である存在だと悟ってクセニアは肩を竦める。
「じゃあ行こうかね。楽しい楽しいお祭りだ!」
 獰猛な笑みを伴い、銃使いは喧騒の夜を駆ける。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「まぁ、道理はあるな」
 エディの提案。それはヒャッハーズが撤収した事により戦力的に猶予ができた四陣から応援を派遣すると言うものだった。
「うん。じゃあ警備を全部連れて行け」
「あんたらは応援に行かないのか?」
「俺達の目的は決めたルートをただ往くだけだ。
 幸い管理組合が手伝ってくれているからな。お前らの仕事の半分はなんとかなる」
 観客のガードは数多のセンタ君により確かに心配の必要がない。
「これは力試しかもしれないが、意地の戦いでもある。
 シュテンの旦那はそれでも言っているのさ。押して参るってな」
 そう言われては無理と引き抜くわけにもいかない。
「全く、面子ってやつは面倒な限りだ」
「それを通してこその漢気よ。
 あっちは任せたぜ」
 エディは頷きを残し周囲の警備隊へと方針を告げる。
 向かうべきは1〜3陣。1陣は主力が揃っており、3陣は基本アトラクション集団なダイアクトー。となれば
「最低限の誘導班を残し二陣へ向かうぞ。そこを制圧すればかなり楽になる!」
 一様に頷き、行動を開始する。
 百鬼夜行はまだ始まって三十分も経過していないというのが信じられないほどに、全ては加速していく。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「良い機会です。
そろそろ決着をつけましょう!ダイアクトー3世!」
 びしりと指差す漆黒のヒーローの姿にダイアクトーは険悪な視線を向ける。
「良いわ、誰がこの街の支配者か教えてあげる!」
 黒服の一人が消えるのを視界の端に見る。
 これで第四段階。すでに岩位は粉みじんにするくらいのパワーは得ているはずだ。
 そう思った瞬間、少女の小柄な体は彼の目の前にあった。
「ばっ?!」
 それでも反応した。
 咄嗟に取った防御態勢。その上からの一撃は確実に仮面のヒーローVの両腕を砕いて肋骨までにその衝撃を捩じりこんだ。
 どこかのバトルマンガ宜しく弾丸の速度で吹き飛ばされたVはセンタ君の作るバリアに激突。抑えきれずにいくつかの防御壁が倒れ、悲鳴が上がる。
「ふん、口ほどにも無いわね」
「今のはあなたの力を試してみただけですよ」
 怒号と喧騒が渦巻く中からVが軽い足取りで飛び出し、軽く両腕を振るう。
「ふーん。確実に折ったと思ったんだけど。
 うちの戦闘員並みに頑丈ね」
「なら戦闘員も大した事は無いですね。
 あ、でも吹き飛ばされるのは中々楽しいですね。こー、風で気持ちいいと言うか」
「減らず口だわ」
 再び一足で目の前に少女が飛び込んでくる。Vは心のうちで舌打ちしつつ、致命傷を避ける事だけを目的としたガード。骨の何本かを持っていかれる音に内心ため息を吐きつつも吹き飛ばされる方向を調整し、派手に宙を舞った。
 大通りを漆黒のヒーローが舞う。しかし今度はすぐに体勢を立て直し、足からの着地に成功。
「ほらね?」
「っ!!」
 煽り耐性0な事で有名なダイアクトーは口の端を引きつらせてダンと地面を踏みつける。
 三度目の接近。だが
「流石に見切っちゃいますねぇ」
 反するように前に飛び出したヨンは即座に半身に捻り、その胸を擦過する風に目を細めながらも足を引っ掛ける。
 ごぎゃりと足首が嫌な音を立てる代償に
「ぶぎゃら!?」
 おもいっきり出された足にけっ躓いたダイアクトーが物凄い勢いで大通りをゴロンゴロん転がっていく。
「まぁ、この通りですね」
 痛む足を数秒我慢しつつ、すぐに修復されるのを感じ、余裕を崩さない。
 彼の自己修復能力は最早クロスロードでも選り抜きだ。元より特別な方法でしか死ぬ事のない吸血鬼に備わる力ではあるが、全ての力を一度制限されるクロスロードにおいて、そこまでの力を発揮するのは稀である。
「くぉのぉおおおおおおお!!」
 道の先で羞恥からの怒りに燃えるダイアクトーの姿。しかしこの位置関係はまずい。
「あ、そうだ。ダイアクトーさん」
「なによっ!?」
 駆けだそうとした瞬間に声をかけられて律儀に止まる当たりなんとも素直である。
「お尻の所、破けてますよ?」
「はぁっ!?」
マスクのせいで顔は見えないが、明らかに動揺してお尻を隠すような仕草をみつつ一気に前へ。
その傍らをすりぬけながら
「あ、嘘です♪」
「こ、こんのぉおおおお!?」
 怒り狂うままのバックハンドを右手を犠牲にしつつ受けながら一気に街道を吹き飛ばされる。
「はっはっは。可愛らしいところもあるじゃないですか!」
 痛みなどおくびも見せずに進行方向へ。
 ヨンの目的を悟ったわりかし分別のあるヒーロー達も戦いのパターンを彼の援護、特に回復の時間を稼ぐための目くらましに変化させつつ戦いを繰り広げる。
 第三陣はヒーロー達の導きにより、じわりと前へ進んでいた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「どうかしら?」
「……直近には何もないとは思います。
 100mの壁さえ無ければ……」
 体中に目玉を持つ鬼、百目鬼が悔しそうにつぶやく。
「仕方ないわ。でも罠がある可能性は否定できない……警戒は引き続きお願いね」
 その要請に頷きを返すのを見つつ、クネスは悠々と道を往く鬼の大将を見上げた。
 武士団はじりじりと後退しつつも、奮戦を続けている。
 無理に張り合わず、前方の者が押しとどめ、後方から一撃を入れると撤退。また陣を引き直して繰り返し出血を強いる戦い方をしていた。
「何も仕掛けが無いとも思えないんだけど」
「まぁ、何かは仕掛けているだろうな」
 人ごとのようにシュテンが言い放つ。
「踏みつぶせば良い、という程度のものじゃないだろう。
 が、踏みつぶす以外に手段はねえと思うがねぇ」
「向こうは殺す気で来ているかもしれないのよ?」
「かも、ではなく殺す気だろうよ。
 あいつとはそういう関係だ」
 気楽に言うとクネスは表情に苦みを乗せる。
「だが、同時に俺だけを狙うと思うがね」
「……大体どういう人かは分かったわ。
 そうするとますます罠の可能性が高いわね」
 他の陣からの情報も踏まえて相手が狙っているのは遅滞行動。
「やっぱり罠よねぇ」
 陣を張って待っているとはいえここは相手にとっては敵地だ。
 数にも劣る彼らの取れる手段など限られている。
「んー……」
 戦闘は任せ、周囲を確認し続けているもののそれらしき兆候も見られない。
 何か見当違いをしているのでは? という疑問が脳裏をかすめる。
 隊は少しずつ前へと進む。
 前へ、前へ。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「凄まじいですねぇ」
 それはダイアクトーに向けるべきか、それとも明らかに損傷を受けながらもわずかなインターバルで修復し、相手を続けるヒーローVへか。
 三陣へ参じたブランは戦闘員を処理しつつも派手な戦いを繰り広げる二人を眺める。
 戦闘経験者が多くを占めるこのクロスロードにあって、あの二人の力はその方向性は違えど群を抜いていることは見て分かる。その証明のように二人の戦い(?)に介入しようとする者は居なかった。
「こうなるとここは平和、と考えて良いのでしょうかね」
 戦闘員側との戦いは決して慣れ合いではない。というのもどっちかと言えばヒーロー側に超マジで攻撃を仕掛る者が多く、やむなく本気で相手をしているというあべこべの状態が続いているのだ。
「奇妙な関係ですねぇ」
 戦闘員の質も決して高くは無い。特筆すべきはVもかくやという耐久力だ。どんな攻撃を喰らってもなぜか十数秒で復帰してくるのである。
「どういう仕組みなんでしょうかねぇ」
 人形や式神といった非生物使役物でもないようだ。
「ダイアクトー三世が魔族と聞いていたのですが、彼女の能力でしょうか」
 神魔には契約により権能を分け与える者も多い。あれだけの力を振るうのだからそれくらいの事はやれそうである。
「やる気があるのは首領のみと言う感じですし。ぼちぼち参るとしましょうかね」
 どっちかと言えば何か大事になった時、戦闘員を含めて避難させる事も考えていたが、彼らのこの耐久力なら心配する必要もないだろう。
「それにしても興味深いですなぁ」
 強さは1つではない。
 当たり前の事ではあるのだがこの街にはあらゆる「強さ」が蠢いている。魔族はそもそも特化した個体が多く、その傾向に強い。それが研究の対象とする理由の一つではあるのだが、種族の垣根を越えればそのあり方も広くなる。
「ともあれ今は報告内容の調査をしませんと」
 きゅぴんと視線を走らせ、ブランはヨンの後ろを追い掛け始めた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ははは、やっぱり祭りにケンカは付き物ってか......」
 やや投げやりに呟きつつも一之瀬は銃口を暴れる乱入者へと向けた。
 即座に放たれるのは退殺傷のゴム弾だ。しかしそれでもまともに受けた乱入者は派手に転がって動かなくなる。
「それにしてもあの人、何者だったんだろう?」
 不意に現れて参戦しろとばかりに告げて去ってしまった。
 別に従う義理は無いのだがなんとなく無視してはいけない気がしてしまった。
 まぁ『踊る阿呆に見る阿呆〜』という言葉が脳裏に浮かんだからかもしれない。踊らなければ損ならばいっそ盛大に踊るとする。
「にしても、凄い人は本当にすごいんだな」
 住人の半分以上が探索者。そして戦闘経験の有無だけで論じれば7割以上がそうであるクロスロードはその実力値の幅も広い。
 この世界が開けて五年程になるらしいが、そろそろその勢力図も見えてきたらしい。だが
「このお祭りでそれも更新されるのかなぁ」
 参加しつつも安全策で。倒せる敵の鎮圧をしつつその戦闘を検分する。層の見えない管理組合は置いておくとして、それを除いた場合律法の翼過激派の持つ戦力は恐らくクロスロード随一だろう。特にコロッセオの戦闘ではダイアクトーの隠された力と共に危うくケイオスタウンの多くの住民を惨殺しかけたと言う。そんな連中が何故まだ町にのさばれるのか疑問に思うところだが、適切なトカゲのしっぽ切りと、有無を言わせぬ程の戦力。そして管理組合が何も言わない事が理由なのだろう。
 特に、今も猛威を奮う「番隊長」と呼ばれる小隊長の実力が驚異的だ。中には賞金を懸けられている者も居るらしいが、それでも大手を振って町を闊歩している事が既にその証明かもしれない。
 そしてそれを統括する男。ルマデアを見て
「関わりたくないねぇ」
 銃口を向けたら殺される。
 単なる妄想なのに現実が伴うような威圧感を動くことなく発している。
 ライフルでの狙撃には恐らく気付かれている。それでも放置されているのは自分が非殺傷談を使っているからだろうか。それでも頭に当たれば死ぬ可能性は大いにあるのだが
「そんな奴は不要だ、なんて渋い声で言いそうだよねぇ」
 現に、番隊長の1人を一度だけ狙ったが、そいつはこちらを見る事もなく弾速の早いライフルの弾丸を斬りはらって見せた。なんの冗談だ。
「ん……」
 そんな彼らの動きが変わった。
 周囲を見れば見知った顔がどうやら集まってきているようだ。
「二陣が主戦場になりそうだね」
 警備隊を率いたエディ。別方向からはアインとクセニア。
 そして既に眼下で戦っているザザと雷次の動きもそれを察知して変化を見せていた。
「こっちは支援射撃を継続ってとこ……」
 ぞくりと背筋が震え、疑問を捨てて横へと飛ぶ。
 横で見ている者が居たならば気でも狂ったかと訝しむような突発的かつ意味不明な行動だが、少なくともスナイパーライフルを扱っている時にその感覚を無視してはいけない事は身にしみて分かっている。
 そして
「あはは、どんな冗談だよ……」
 狙撃地点としていた建物の階段へと転がり込んだ一之瀬は銃を見て頬を引きつらせる。
 銃身の先、長いスナイパーライフル特有の長い砲口の先が抉り、砕かれていた。
 それは恐らく狙撃によるもの。同じく銃を扱う者の空間認識能力と銃身の損傷が物語るのは
「上空からでも狙撃されたのかねぇ」
 自分よりも高い位置からの狙撃。少なくとも一番高い建物を選んでいたため建物からのということは……
「……」
 脳裏に町のマップが浮かぶ。
 撃ちこまれた角度。その先を辿った先にある物は
「……塔?」
 ここから軽く3Kmは先にある扉の塔。
「角度も考慮すると軽く5km以上? いやいや、そんなのありえないって」
 例え小さな、そして速度と威力を伴う銃弾とはいえ、算数の問題のようなシンプルな弾道を決して取りはしない。微細な熱、風、その他あらゆる要素が小さな弾丸の行く手を阻み、それは距離を重ねるごとに大きな変化となる。
 一般道よりも高速道路の方が小さなハンドル操作で大きく進路が変わるように、スナイパーライフルであればその変化はメートル単位の誤差になる。
「ありえないって」
 言いながらも冷や汗が止まらない。
 勘がその否定を否定しつづけているのだ。
 ここは異世界。
 自分の持つ常識を尽く砕きまくっている世界。
 ならば思うべきは
「自分にもいつかできることなのかなぁ」
 少なくとも、居場所のばれたスナイパーがその場にとどまるなんて自殺行為だ。
 扉の塔と自身の位置を考慮しつつ一之瀬は震えと、それでも口元に浮かんでしまった笑みを携えて移動を開始した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 隊員達の猛攻もさることながら、ルマデアを動かさない事には陣は前に進まない。
 この場に居る誰もがそれを悟り、しかし行動に移れない。
 そんな中、
『ふん……』
 ザザの気配が変わった事を彼は悟る。
 やる気になった? そう思った瞬間、巨獣の腕が過激派隊員を盛大に吹き飛ばす。
 黒の暴風。そう称すべき速度とパワーがあっさりと平隊員を吹き飛ばす。
 恐ろしいのは攻撃の一切を無視している事だ。しかしその圧倒的なタフネスと防御力はそこらの攻撃に何の痛痒も得ていない。彼を攻撃の主軸と見た警護隊も治療班の支援をザザに回す事にしたらしく、一切の躊躇いを捨てた彼を中心に律法の翼の布陣は明らかに崩れ始めていた。
「今か」
 雷次は呟く。錫杖の先に生じさせたイカヅチの刃が膨れ上がり、周囲の視線が突き刺さるが無視。
「ハッ!伊達に神を殺してねぇってこと、証明してやらぁ!」
 ダンと足が地面を踏み砕かんばかりにその一歩を刻む。
 黒の暴風と化したザザを取り巻くように広がる隊員を一気に斬りはらい、前へ。
 視線の先、銃や魔術師といった遠距離攻撃持ちがこちらを対象にするのを見て周囲を確認。回避するだけのスペースはあると見て
「楽しそうじゃないか!」
 だが、不要だった。
 銃声と共に現れた新たな暴虐。クセニアがこれでもかと銃弾を叩き込み、一方には忍びよるようにして現れた処刑鎌が遠距離攻撃部隊をなぎ払っている。
「……こっちは受け持つ」
 アインの奇襲について行けず泡を食った隊員が壊乱する中、雷次はニィと笑って更に前へ。同じく、いや、それ以上にザザはその力を前へと向けている。
「ルマデアに挑むつもりかよ」
 ぞっとしない。というのは先ほどの口上を挙げた身としては余りに気弱か。
 しかし敵を知り己を知っての行動でなければそれは愚行であり蛮行であることもまた事実。
「はは、獣の旦那に蛮行を控えろと言うのもおかしな話か」
 10mの巨獣は聞こえたか聞こえていないか。構うことなく前へと走る。ならば
「手加減はできねぇぜ!」
 後ろ髪を祭りの灯よりも激しく輝かせ、雷次はその道を開けるべく加速する。
 割り込んできた2人を見て、一薙ぎ入れると、それは恐らく完全に防がれたと悟る。彼らは恐らく番隊長レベルの相手だと悟って
「行きな!」
 巨獣が空を舞い、応じようとする2人に雷次が仕掛ける。
 最早祭りともシャレとも言えない状況に観客のアドレナリンもおかしなことになっているらしい。耳をつんざくような歓声の中、巨獣は不動の男、ルマデアに肉薄した。

 ガイン

 まるで鉄と鉄、それも超巨大物同士がぶつかり合ったような音がクロスロードの夜闇を激しく撃ち抜く。
 ルマデアの装備は白と銀を基調とし、神殿騎士を思わせる紋章の刻まれた物だ。
 掲げたのはカイトシールド。紋章が鮮やかに描かれたそれが1mはあろうかという巨大な拳を防ぎ、彼はほんの十数センチ石畳の上を滑った。
 ならばとザザの拳に力が宿る。装甲を無視して肉体を叩くその一撃を見てしかしルマデアは同じように盾を構え

ガイン

 受けきる。
 恐らくはザザも持つ貫通能力を無効化する力だろう。
 防御特化。恐らくはそう称して良い性能を持っていると踏んで、しかしやる事は変わらない。
『ならば、砕けるまで殴るのみ』
「……」
 笑み。
 ルマデアの口の端がわずかに吊りあがる。それは馬鹿にしているようなものでなく、どこまでも好意的な、力に対する賛美があった。
 だからザザはそれを嘲りとし、冷静に激昂する。
『がァアアアアアアア!!!』
 殴る。
 殴る。
 音で人を殺しそうなほどの、ガという音が幾重にも重なるような打撃音が場を埋め尽くす。
 まるでダンプカーの連続突撃のような衝撃を赤眼赤髪の偉丈夫は時に受け流し、打ち払い、いなしていく。
 恐ろしい事にその立ち位置はほとんど変わって居ない。じりじりと体勢を変えるために後退させてはいるが余裕がありすぎる振るまいと誰もが見た。
 だが、それは何時かは崩れる均衡だろうと戦闘の経験のある者なら見ただろう。
 ザザの攻撃は完全な無傷ではない。そして小さな傷の蓄積はやがて均衡を崩すに足りる。
 しかし────
「見事だ、君の力、欲しいな」
 漏れた賛美の言葉。それと同時に
『ぐぉ!?』
 ザザの拳が爆ぜた。
 ごぎゃりと嫌な音が響き、血がしぶく。
 何をしたか、見て分かる物ではない。唯一、ザザは

 ───返された……!

 何が起きたかを曖昧ながらも悟っていた。
 つまり、自分の攻撃をこの男はどういう方法かは分からないが丸ごと返したのだ。加減を伴わぬ乱舞の作用と反作用。その両方を一気に喰らった拳は耐えきれずに爆ぜたのである。
「これを使わせた者を番隊長に誘っているのだがね。君に興味は無いか?」
『……』
 余裕。ごぼりとザザの中でマグマのような熱が踊った。
 即座に飛んできた支援が拳の傷を癒していく。それすらも気付かぬまま、ザザはその身の通り獣の咆哮を挙げ、加速する。
「ほう」
 さらに激しい乱舞。腹の底を何度も叩く音が観客を狂乱させ、もはや麻薬にも近い熱狂をふりまいている。
 周囲の戦闘は決して止まったわけではない。
 だがその全てを飲みこむような打撃がそこにあった。
「おっかねぇ」
 雷次が笑い、背後を気にする戦士を打ち払う。
「ザザさん、大丈夫……?」
 警備隊も二陣のメンバーも、その熱気に後押しされ、前へと進み始める。そんな中でアインは一人眉根を寄せてその身を近くの建物の上へと躍らせる。
 ルマデアは強く、恐らく介入の必要もない。
 しかし彼らは集団だ。
 だから────
「……クセニアさん、右上!」
「おうとも!」
 発見した伏兵にクセニアは制圧射撃。容赦なく叩き込まれる弾丸に顔を引っ込めた隊員へ接近したアインが討ちとる。
「良い動きをする」
 余所見かとルマデアの言葉を意識の端に捉えて歯噛みする。
 届かない。多少の傷を与えつつもその焦れがザザの拳を加速させる。
 同時に、あれを使うべきかという思考かちらつく。
 『絶の一技』
 セイに魅せられ、自身も習得した果てへと至る愚直なる一撃。
 それを彼は弾く事はできないという確信はある。しかし

 反射は可能ではないか。

 理屈は分からない。だがそれもまた『絶の一技』と同じく極めた者が得た何かなのだろうという予測はあった。そして奇しくもそれは『絶の一技』と真逆の位置にある技だ。
 矛盾。しかし最強の矛を防げぬ盾はその矛の攻撃力をそのまま返す事を選んだらしい。
 だが
 冷静でない部分が持つ熱が思考を溶かしていく。
 足が、腰が、腕が、
 自然と最高の一撃を放つ動作へと移行する。
 返されれば当然死ぬ。
 そんな判断も熱にドロドロと溶けて行く。

 ルマデアの目がそんなザザを捉え、そして
「旦那、そこまでだ」
 二人の間を割るような弾丸。
 同時に背後から走り込んでくる増援の警備隊を見てルマデアは残念そうに距離をとった。
「今宵はここまでだ。
 では諸君、良い祭りを」
 撤退の合図。
 隊員たちは倒れた者など見向きもせずに彼の後に従った。
 その非情かつしかし見事な引き際を見送りながら、雷次は満天の星空を見上げる。
「とんでもねぇ所だぜ、まったく」
 しかし狂乱の夜は最後の時へと加速している。
 それを知らぬ雷次は倒れ込みたい衝動を抑えて錫杖をかつぎ直した。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「準備は8割がた整いました。
 各陣の進行は予想以上に遅れており、充分間に合うかと思います」
 百鬼夜行の集合地点。
 そこに陣取る武士団の長はその報告に月を見上げる。
「報告します。3陣は未だ戦闘継続中。その他の陣は要請した妨害を排除した模様です。
 小さな戦闘は引き続き起こっていますが、これ以上の遅滞はないかと」
「わかった」
 武士は手にした刀をゆっくりと抜く。
 童子斬り
 鬼殺しの至宝を手に彼は前方から響く戦の音に身を奮わせる。
 彼らのうち少なからず警戒している者は居るだろう。自身がこの場に立って動かぬという事に、罠の可能性を思って。
 しかし彼らの目は届くまい。
 なぜならば彼らはこの世界のルールを知っているから。
「しかし……成功するでしょうか」
「わからん。だが実験するわけにもいかないからな」
 ただ戦人としての勘が囁いている。
 その手段は恐らく通じると。
 あとは、物理的に阻害されなければ
「さぁ、祭りだ。皆、楽しめ」
 彼は宿願たる鬼の首を幻視して、小さくつぶやいた。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 風邪でちょい死にかけてる神衣舞です。
 死ぬ死ぬ詐欺ですので多分死にません。死にかけるのは何時もの事ですし☆
 というわけで遅れましたがお祭りの続きをお送りします。
 つか、ヨン様とザザさん、経験点400台だったのね……!
 と驚愕していたりとか。実は300点が中級ラインと思っていましたので。クロスロードでも指折りの実力者ってわけですよ。ええ。
 ともあれ、そんなこんなで次回恐らくラストと思います。
 狂乱の夜をどうぞお楽しみください。
『百鬼夜行の夜に』
(2012/11/28)

「まぁ、ありえるだろうなぁ」
 顎をひと撫で、シュテンは呟く。
「むしろそうだろう」
「分かっていたの?」
「いや? 最初は伏兵でも重ねてこっちをそぎ削りに来ると思っていたんだがな。
 あいつは人任せにして自分が動かねえってのは嫌いな性分だ。
 そんな奴がじっとしているんだ。あんたの意見の方が可能性は高い」
「だったら、このまま術に飛び込むわけにはいかないんじゃないのではないか?」
 わずかに肩を竦めたマオウの言葉に
「だなぁ」と余り興味なさげにシュテンは頷く。
 百人がかりの術式となれば戦術、あるいは戦略級の術式構成を組む事も可能である。かつて律法の翼の過激派がコロッセオでやらかそうとしたのがまさにそれであった。
ましてや地球世界は日本の祈祷術式は人が集まれば集まるほど効果が高まる性質を持っている。総合すると楽観視して良い状況では無かった。
「とはいえ、止まってるわけにもいかねえだろ?」
「力押しで砕くつもり?」
 クネスの避難するような視線にシュテンはぼりと頭を掻き
「俺一人ならそうするんだがな」
 一陣に集うのは比較的猛者と言うにふさわしい者ばかりだが、だからと無敵でもなんでもない。本格的な大規模術式を受ければどれだけの被害がでるか、或いは壊滅すらあり得る。そこに「祭」の参加者を誘導するわけにもいかないだろう。
「どうする? 本隊だけで突っ込むかい?」
 着物姿の女性状態の茨木童子が面白そうに問えば
「それもありだな。
なぁ、アンタ。術がどんなものなのか調べられないか?」
「……大掛かりにやればやるほど何かは分かりやすいとは思うけど……
 異世界の術式なんて簡単に解読は出来ないわ」
 同じく魔術に長けたマオウへ視線を投げるが他人の術というのは例え読めても理解するのは難しいと言う認識は同じようだ。
「だったらわしが協力しようかのぅ」
 すいと現れた好々爺に全員の視線が集まる。
「クネスさんが術式を読む。わしが何の術式かを確認する。
 それなら早いじゃろ? それにアレとはわしも縁がないわけではないしのぅ。
 ……もっとも、あちらとしては一方的に迷惑を掛けられた相手と言われるかもしれんがね」
 大図書館館長スガワラは愉快そうに眼を細める。
「ふむ」
 そんな光景を見ながらマオウはPBで調べた話を脳裏に反芻する。
 酒天童子と源頼光は地球世界は日本のある時代の物語の登場人物である。とはいえ偏に「地球世界」と言っても魔法や超常現象ありな世界から、魔術の欠片も存在しない世界、人族が滅びかけたなどなど類似する世界が最も多い。
その中で彼らがそのどこに所属するかを特定するのはまず不可能だろう。
 それはさておき、酒天童子は最初から鬼として生まれたわけではなく、後に業から鬼に変化した者であるらしい。一説には多頭竜の子だと言うのだから特異ではあったのだろう。
 それを討ったのが源頼光である。神から貰った酒を飲ませ、動けなくしたところで首を獲ったのだと言う。つまりは宿敵同士であるということだ。
 しかしその伝承とは裏腹にシュテンと名乗る鬼はこの地で妖怪種の頭目を務め、勝者であるはずの男は雪辱戦とばかりにこの地に現れた。
 ほとんどの類似世界での酒天童子はこの記述の通りに討たれたのかもしれない。だがこの鬼は例外として勝利し、しかしこの世界に逃れてきたのかもしれないとマオウは思考をまとめた。
「……スガワラさんなら話が早そうね。
 分かったわ、解析やってみる。
 できれば百目鬼さんも貸してもらえるかしら?」
 そんな思考を知ってか知らずか、クネス達は対応の話を進めていた。
「はい、私でよろしければ」
「おう、よろしく頼んだぜ」
 余りにも軽い声を背に受けて、クネスは2人を伴い行動を開始する。
「こっちの様子はどうだ?」
 と、入れ違いに現れた男にマオウは視線を向ける。
「今のところ小康状態だ。
 ただ相手が大規模儀式を用意している可能性があると調査に向かった」
「ああ、そりゃありえるだろうな」
 エディは嘆息漏らしてゴールの方向を透かし見る。
「ここまで色々動かして、最後は力押しですなんてお粗末すぎる」
「ただ問題は術式の場所がはっきりしすぎる事だ」
「本陣にあるはずだから、先に急襲して邪魔をすれば終わりってわけか。
 ……本当にそうかねぇ?」
「他に何かありえるのか?
 この世界には100mの壁という厄介な制約があるのは知っているだろう?」
「だが列車砲はキロ単位で届くぜ?」
 第三次大襲撃で戦果をあげた兵器を挙げつつエディは視線を四方へと巡らせる。
「相手だって切り札を分かりやすいところに置きたいとは思わないだろう?
 今までのようにあいつ1人で来ているなら仕方ないかもしれないが、今回は手駒だって大量に引き連れて来てやがる」
「今回は?」
 マオウが訝しそうにするのを見て「毎年この時期にちょっかい掛けて来てるんだよ。だな?」とシュテンへと視線を振ると「ああ、まぁ。そうだな」とどうでも良さげに応じた。
「だがどうして今さらになって部下なんて引き連れてきやがったんだ?
 確かお前は討伐されたって事になってるんじゃなかったか」
「おう。だがまぁ、全部ばらしてきたって事なんだろうねぇ。
 自身がどう思ってるかは知らんが、あいつには「瀬光四天王」とか呼ばれている連中を筆頭にシャレにならん部下が随分と居るからな」
「渡辺 綱のやつも来てるのかねぇ」
 イバラキが嫌そうに顔をしかめる。
「あいつが素直に留守居なんてするわけがねえな」
 旧友を語るような口調にエディは眉根を寄せつつも「宿命論」かと鼻を鳴らす。
 魔王や邪神などはやたら世界を闇に沈めたり破滅させたがる事がある。だがどうしてそんな事をするのかと考えてみても全く持って分からないケースが色々な世界で見られるのである。
 これは破滅をもたらそうとする者の意志でなく、世界にそういう役割を与えられているからであるというのが「宿命論」である。重力が地表側へ向かうように、邪神は本人の意志も意図もなく世界を滅ぼそうとしてしまうのだ。
 しかしひとたび世界から切り離されてしまえばその強制力は失せてしまう。一陣の後ろで魔王連中が飲み屋の話をしながら歩いているのが良い例だ。属性からいきなり真人間になってボランティアに励むような極端な行動に走りはしないが、クロスロードの一員として楽しく生活するのに支障のないコミュニケーション能力を獲得して、呑気に祭りに参加している。
 だから言って彼らの被害に遭った者が許せるかどうかは全く別の話だ。恨み辛みの刃を向ける先はやはり彼らでしかありえない。そんな事情による事件は過去数件起きていた。
「厄介だねぇ」
と、言いつつもこの変化はと考えれば
「浪花節を感じるねぇ」
 とも言葉が続く。
「あるいはけじめか」
 マオウの言葉は恐らく正しいのだろう。
 エディは先の合流地点方向へと視線を向け、まずは対応のための布陣を考え始める。
 急襲にせよ、術式を防御するにせよ、準備していなくては何も始まりはしないのだから。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「アレだけ強けりゃ何も、逃げなくても大丈夫だったんじゃないか?」
 獲物を逃したとばかりにぼやくクセニアを見てアインは小さく肩を竦める。
「……元々本気じゃなかった。
 多分ザザさんを見て、余計に居座ってしまっただけ」
「けっ、こっちにゃ興味もなしかよ」
「……遅れて来たようなものだから仕方ない」
 とは言いつつもそうでない事は重々に理解していた。
 アインも随分この地の探索者を見てきたが、番隊長達の力は一つ群を抜いており、更にルマデアはその上にあった。
 そして、ザザはそれに肉薄しようとしていた。
 自分も、クセニアも、そこらの来訪者達に後れを取るとは思わない。だが、あの戦闘にまともに介入できるとは思えないというのが純粋な感想である。
「ふん。じゃあ今度は一陣にでも行こうかね。
 あそこならまだドンパチはあるだろうしな」
「元気だなぁ。お前ら」
 雷次が呆れた視線をクセニアに向けると、隣にいたアインは「自分は違う」とちょっと距離を取って見たりする。
「まぁ、あっちも気になるけど俺は二陣に残るぜ。
 安心させて、って可能性もあるしな」
「伏兵とかも居そうだしな。
 よし、それを狩り出しに行くのも面白い」
「……同行する。遊撃の方が性に合ってるし」
「おう」
「あ、みなさんまた移動ですか?」
 銃を担いで近づいてきた一之瀬にクセニアは「お前もいくか?」と主語無しの問いをして「え?」という顔をされたりする。
「伏兵狩り。多分まだ色々居そうだし」
「ああ。なるほど。
 あ、それはともかくですね」
 と、彼は西方やや斜め上方向を指さした
「あそこ、なんか妙に明るくありません?」
 あそこ、というのがどこを指すのか?
 一応視線は向けたものの、焦点を定める事ができず改めて問いなおそうとしたアインは、ん?と違和感に視線を戻す。
「空が、明るい?」
「ああ、うん。ありゃ下からの光か?
 かなり淡い色だが……祭りのレーザー照明とかじゃないのか?」
「いえ、上から見たんですが防壁の向こう側っぽいんですよね。
 あと実は四方に似たような感じで。ここからだと南はほとんど見えませんけど」
 アインは首をかしげ、それからトンと空へと身を躍らす。
「……ああ、うん。ある」
「町の外でイベントとかやってましたっけ?」
「一般客も居るのにそりゃないだろうよ」
 昼夜問わず怪物はやってくる。そのほとんどは自動迎撃可能であるとはいえ、そんな場所を会場にするメリットは全くない。ましてや祭りの会場から遥かに離れた南門の向こうで何かをする意味など皆無だ。
「こりゃ、怪しいな」
 舌舐めずりしそうな感じでクセニアは呟き、アインは呆れたように彼女の横顔を見た。
「怪しいとはいえ、流石に警備隊の派遣はできないだろ。今から防壁の外なんて戻ってくる前にパレード終わるぜ?」
 雷次の言葉ももっともである。円形の都市であるクロスロードの直径は約30km。空を飛べる者であれば三十分もあれば目的の場所まで到達するだろうが、帰ってくる頃には百鬼夜行は終わっておかしくない。
「どうしたもんかね」
 誰かの勝手な趣向か、あるいは見間違いならばとんだ無駄足であるし、戦力を削る事にもなる。
 三人は顔を見合わせ、思案する。
 さて、どうするべきか。

◆◇◆◇◆◇◆◇

 癒された己の拳を眺めていたザザはふと顔を挙げた。
 クセニアとアイン、援護をしてきたのはあいつらだったか。
 最後に介入してきたのはエディだろうが、彼らは律法の翼が退いたと見るや次の場所へとさっさと移動したらしい。
 瞑目し、小さく首肯する。
 満足という言葉が胸をかすめた事をまずは喜ぼう。この縁はまた自分の納得と、先への渇望を生むのだろう。
 彼は何やら相談する三人の傍へと歩き、それから雷次の肩を軽く叩いて横を過ぎる。
「あ、ザザさん?」
 言葉に振りかえらず、ただ軽く背中越しに手を挙げて観客側へと歩を進める。
 さて、と内心呟く。
 この先なにかあるとすれば集合場所にして、武士団が陣取る地点であろう。
 その方向へと大股に歩を進める。
 各陣の進行はかなり遅々としてしまったため何の障害もなく進めばそれほど時間をかけずに合流地点にまで到着できる。
 そこは扉の園の外延部とニュートラルロードが交差する場所だ。ここからニュートラルロードは扉の園の外周を沿うように分かれ、橋を経由してまた扉の園を四半周しつつヘブンズゲートまでの直線道に戻る。
 ちょっとした広場になっているそこに物々しい集団が陣取って居る。
 彼らは中央に天幕をひとつ張り、周囲を武士で固めていた。
 あの中で何かやって居るのか、はたまたただ泰然と待ち構えているか。
 弓持ちも居るため、軽い気持ちで空から覗こうとすれば射られかねないだろう。
「焦りは無い、が、緊張はあるようだな。
 やはり何かを仕掛けようとしているようだ」
 自分はその何かを覗く必要があるのか?
 自問に対する答えを彷徨せながら彼は未だ続いているらしい派手な喧騒へと意識を向けた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ちょこまかとっ!!!」
 一応目的通りに3陣の進行を助けているはずなのだが、破れかぶれに近い精度で繰り出される彼女の拳がどんどん舗装された道を破壊するので、申し訳ない気分になってくる。まぁ。無駄に優秀な戦闘員が明日までになんとかしていそうではあるのだが。
 それにしても、とヨンは巻き込まれすりつぶされそうな程の拳圧を感じながら自分の現在位置を把握する。
 集合場所まであと10分も歩けば到着するだろう。そこでもダイアクトーが暴れるようであれば最早収拾がつかない。
 そろそろ退き時かとフォローに回って居るヒーローへと目配せを送る。
 それから足を止めてわずかに覚悟とその覚悟に伴う痛みに後悔しつつもダイアクトーの拳を受けようと動く。
 これで吹き飛ばされ、撤退する。
 そうすることで黒服達が上手くヨイショして撤退の流れに持ち込んでくれるだろう。
 敵との信頼関係というのもなかなかに珍妙だが、それで守れる精義と秩序があるのならば何も問題は無い。
 とまぁ、そんな事を考えた結果
「うぇ!?」
 焦り声を聞いて「は?」と抜けた声を上げる。
 ダイアクトーの拳の珍妙な軌道。それは思いつきでフェイントなるものを入れてみようとしたが、まるでそれを見透かしたように───その実、ただ覚悟して受けようとした彼が予想外過ぎて目測を誤り、
「みぎゃっ!?」
 なんか足を変なふうに捻って転倒する。しかしたかだか転倒とはいえ、そこに掛かっている速度とパワーは軽く人をというか家を破壊できるレベルである。
 そして受ける事を覚悟していたが故にヨンは体勢を崩したまま突っ込んでくる少女の体を避ける事はできなかった。
「ぐぇっ!?」
 ずごんと頭が胸板を叩く。狙った動きで無いため威力は格段に減衰しているが、一気に肺の空気が押し出され、更に変形ボディプレスを耐えるだけの力を振るえずに巻き込まれて転がる。
 ダイアクトーには勝利目前で余りにもコメディチックなミスをしでかして勝手にダウンするという妙な癖があるのだが、まさしくそれが今発動したようである。
「うごぉぉおお!?」
まるで地獄車。車輪の化した二人は物凄い速度で通を往き、途中で石か何かに引っかかって軸線を狂わせると、沿道を越えて近くの店にダイナミック入店してしまった。
 この街の扉にしては脆いと思うかもしれないが、大通りに面した店舗では各店舗主の好みで改装する例は多く、それに対して管理組合は何も言わないが協力もしない。解体時のみは手を出すような感じである。なのでこの店も見た目通りの建材を使っており、その結果被害に遭ったことになる。
「ったたたた……」
 幸いと言うべきか、傷は大したことなく、しばし放っておけば勝手に治るだろう。
 当面の問題は大の時に寝る自分の上に気絶したダイアクトーが居る事だ。
「あー、今のうちに黒服さん回収してくれませんかね」
 目を回すダイアクトーの両肩を掴んでまずは起こそうとして

 こつん

 ダイアクトーのマスクがヨンの胸元におちた。
「え……?」
 表に出るのは真っ赤な髪の美少女の顔。
「ってうぉぞおお!?」
 いやいや、最終回であるまいに、敵の素顔を見てしまうとか無いだろとセルフ突っ込み入れつつ慌ててマスクを拾おうとして、離された肩の方から崩れて再びヨンの胸に飛び込んだような姿勢になり
「うむ……?」
 起きた。
「と、とぅっ!」
 悪いとは思うも背に腹は代えられない。
 仮面を手にしたまま少女の顔に強めに叩きつける。
「ふぎゃっ!?」
 避ける間もなくそれを喰らったダイアクトーだが、ダメージは意図した通りそれほどでもないようだ。それよりもぽろりしそうな仮面に気付き、慌てて抑える方を優先したらしい。
「くっ、仮面が無ければ即死だったわ!」
 いや、そんな殺すような威力で女の子に顔殴りませんよ!とか内心思いつつも立ち上がって距離を取る。
「ふふ、その仮面の下、暴いてあげますよ!」
 言ってそれじゃこっちが悪役だぁとか、ちょっと自己否定しつつ
「ダイアクトー様、素顔を晒すわけにもいきません。ここは口惜しいですが一度退きましょう」と言ってくれている黒服を見た。
「ふ、ふん! 命拾いしたわね。
 良いわ、今日はここまでにしてあげる」
 仮面に押しつぶされる形になった鼻が痛いのか、ちょっと涙声の鼻声な感じでダイアクトーが捨て台詞を吐き、さっさと退場してしまう。
「な、なんとかなりましたね……」
 後は、自分がその素顔を見てしまった事にどうか気付きませんようにと
 彼はアンデッドの身で神に祈るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「三陣はヒーローがなんとかしそうですし、二陣も片付いた後のようですな」
 ブランは阻害なく進む二陣を眺め見て、それから一陣の進行ルートを確認する。
 こうなると激戦区は一陣に違いない。
 そう判断を下して行動を開始する。
 二陣の方も随分な被害が出ていたはずだ。その治療に行く事も考えたが一陣のルートをまたいだ向こう側とあって機会があれば程度でいいやと勝手に締めくくる。
「まぁ一陣ですかね。マオウさんとクネスさんの安否確認もしたいですし、観察対象も多いですし」
 自己確認の呟きを残して移動を開始しようとしたブランの真横を人間大車輪が通過。すぐ横の店のドアを破って店内に転がり入ってしまった。
「Vさんだったように思えますが?」
 そぉと覗くともつれるように倒れるVとダイアクトーの姿があった。
「おー、なんというラッキースケベ。やはり侮れません」
 見た感じダイアクトーに押し倒されているようにも見える。ブランの呟きはもちろん二人には届いていないので事態は進行。どけようとしたのかダイアクトーをぐいと押し上げると仮面がぽろりして
「今、思いっきり顔面凝視していましたねぇ……これ、悪の首領的にNGなのでは……?」
 どうやらダイアクトー本人は気絶っているようで、これ幸いと仮面を戻そうとしてのコメディ展開。ますます侮れないと妙な関心をしていると捨て台詞を吐いたダイアクトーが仮面を抑えつつ出て行ってしまった。
「……とりあえずですね」
 今の一件は世間様にお知らせしても余り良い事はなさそうなので、いざと言う時のために心にしまうとして、先ほどの思考通り一陣の方へと向かう事にする。
 どっちかというとヨンに気付かれる前にここから離れるべきだとそう思ったのである。
 切り札はそれがある事事態見せないべきである。
 むふんとそんな事を内心呟いてドヤ顔しつつ、ブランは町を往く。
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というわけで次回最終回の予定です!
 果たして武士団の狙いは!?
 というわけでリアクションよろしゅうおねがいします☆
『百鬼夜行の夜に』
(2012/12/15)
 この世界が開かれ、そして『来訪者』達がおとずれて現れてからすでに五年以上が経過している。
 様々な世界の技術が集結し、あらゆる難題を解決できる環境が整いながらもそれでもなおその生活圏が非常に狭いのはこの世界特有の法則が足かせとなっているからだ。
 その最たるが『100mの壁』
 純粋な光学と音振動以外の情報は100mを越えて正しく届かないという現象は、それと気づくまでに多くの混乱を招いたと言う。
 特に千里眼など、特異な知覚を持つ者たちは悲惨だ。その基本特性を封じられまるで暗闇に放り込まれたようになってしまった。
 また、召喚術師も一つの混乱の種であった。支配し、使役していたはずの怪物が突如その支配を断ち切って自由に動き回ったのである。逃亡するならまだマシだが術者へと反逆をするケース、周囲を適当に破壊したケースなど、挙げればきりがない。
 更には過去視、未来視といった時間に関する術。テレポート、アポートなどの空間に関する術もその力を大きく制限され、ほぼ使い物にならない。
 魔術だけではない。無線、電話、レーダー、光学標準器、無人偵察機などなども100mの壁を越える事はできなかった。
 この情報の遮断は人々がコアタウンであるクロスロードから大きく離れる事を許さない枷となり、時間が流れた。
 しかし、彼らも無為に日々を過ごしているわけではない。
 100mの壁についても、その他の法則についても。
 少しずつ、隠れ潜むセキュリティーホールを見つけつつあった。

 ◆◇◆◇◆◇

「100m以上の通信ねぇ。
 都の術師の中にゃ式使いが居たが」
 イバラキが目を細めて顎を撫でる。和装美女の姿をしていてもこういう仕草は男っぽいところがある。
「召喚術のようなものか?」
「詳しい原理は知らないけど、そう思っていいんじゃないか。疑似霊魂を宿らせているから死霊術とも違うし」
「ゴーレムに近いですねぇ」
ブランがひょこりと口を挟むと
「それならば100mの壁は無視するかもしれん」
 とエディは思考を巡らせる。
 あくまで100mの壁が遮断するのは情報だ。完全支配はもちろん100mを越えれば不可能になるが、プログラミングされた行動や自律的な行動は継続して行われる。実際クロスロードでも伝書鳩に類する通信手段は比較的多く使われている。
「しかし、アレとは関係なさそうではあるな」
「ですねぇ。あれは完全に射程外でございます」
 仮に式神を大行列させて力を伝達させると言う方法を取ったとしても余りにも悪目立ちが過ぎるだろう。気付かないはずがない。となればキロ単位で離れた光の柱はこの件と無関係と言わざるを得ない。
「だが、本当に無関係か?」
うっすらとした光の柱。言われねば気付かぬようなそれを訝しんですでに数名が行動を開始しているようだ。
「とにかくやっこさんが何かを仕掛けようとしているのは間違いなかろうな」
「ですがここまで来る間にめぼしい話は見聞きできませんでしたが」
 色々と寄り道してやってきたブランは逆に怪しいくらいに大した話題を聞く事が出来なかった事を訝しく思いながら鼻を鳴らした。「そも準備期間、祭りの2日間で警備隊が随分と町を見回りましたが大した仕掛けは発見できなかったのですよ」
聞けば去年までは野良術師などがいろいろ適当に仕掛けをして大いに問題を起こしてくれたらしいのだが、今年に限ってはそれすらも何者かに排除されている雰囲気があった。
 もちろん現在進行形でも調査は続いているのだろう。しかし本部にもそれらしい話は入って居なかった。
「考え込んでもラチがあかねえな。
魔術や探査に向いてるヤツはそこらへんを改めて調べてくれ。何かあったらすぐに報告」
 エディの号令に数人が動き始める。とは言えもうあまり時間は残されていない。どれだけの成果が上がるかは運次第かもしれなかった。
「発動前に潰さないと何が起こるかわかったもんじゃないしな」
 おおよそ『大規模術式』と呼ぶべきものを仕掛けようとする相手の懐に飛び込む趣味はエディには無かった。シュテンはどうだか知らないけれども。
「祭りも終わりが見えてまいりましたねぇ……」
 単純に「祭」と呼ぶには厄介な饗宴。
 その果てにして終着点はこの大道の向こうに見えつつあった。

 ◆◇◆◇◆◇

 太刀が向けられる。
 術式の調査のために先行したクネス、百目鬼、そしてスガワラ老。彼らの姿を見止めた武士が警戒の視線と共に刃を抜いている。
「これ以上踏み込むと切られそうね。
 ここからでも分かる?」
「はい。力の流れを見る事はできます」
 百目鬼の言葉にクネスは小さく頷きややあって全ての目をほんの少し大きく見開く。
「なんですかこれ、四方から力が流れ込んできていますよ」
「ほう、これは」
 その言葉を受けてスガワラ老は黄の陣幕と微かに漏れ聞こえる呪言に声を挙げた。
「祈祷、ね?」
「うむ。これまた随分なものを呼ぼうとしとる」
「呼ぶ? 召喚はこの世界じゃ使えないわよ?」
 世界間という距離をまたぐ召喚術もまたターミナルでは使えない技術の1つだ。
 例外としてはその場の精霊力を抽出し、形を与えるタイプの精霊術や、マジックアイテムに封じた召喚獣を呼び出すタイプだろう。
「正確には力に形と意味を与え、『顕現』させる術じゃな。術式は道教、神道、風水を混合させた陰陽五行術。しかし……」
 スガワラはあごひげをひと撫でして
「これほどの術、何百人集めたところで成功はせん」
「どういう事?」
「一言で言えば『場が悪い』。
 陰陽五行の条件が整っておらん。そもこの中央はニュートラルロードとサンロードリバーの交差する土地で水行と金行が強く、相乗して水行が圧倒的に場を占めておる。
 これでは玄武を呼び出すならともかく、アレを呼ぶ事などできまいよ」
「流石は天神殿」
 賛美の言葉と共に周囲の武士よりも一回りでかい太刀を担いだ髭だるまの男がのそりと現れた。
「学問の神に封じられる事はある」
「渡辺綱殿とお見受けするがね。
 『わしは』そんな大層な者じゃないよ」
「確かに。化生の臭いがするな」
「如何にも。わしは怪異の類じゃからな」
「……面白い。菅原道真公に対する畏敬の塊か」
「流石は妖怪退治のプロ。一目で見抜くか」
 クネスが「どういう事?」という顔をするが、百目鬼もきょとんとするばかりだ。
「しかし敬う念をも有しているということは、その才覚、この陣を見抜いたか」
「分かりやすいからのぅ。『天帝招来』か。なんともまぁ」
 クネスは素早くPBに情報確認。
 天帝。それはある文化圏における最高神とも言うべき存在らしい。しかしただ凄いという情報だけで詳細は不明瞭だ。
「しかし土の気、央を示すそれがなく、四方に四神も対応する竜脈もない状況で招けるとは思えんが」
「ないなら作れば良い」
 さらりと言い放ち、スガワラ老は視線を巡らせる。
 ほんのりと見える地から空へと昇る光。
「やはりあれ、か」
「ちょっと待って。あれ、遠目でも数キロ先よね?
 それじゃ意味がないんじゃなくて?」
「100mの壁というやつか。だが関係あるまい」
 クネスの言葉に武者はニィと笑みを見せた。
「ちょっと土地をいじったようなものだ。そして陰陽風水としては『あれば』それで良い」
「環境構築……別にあれ自体に干渉しているわけじゃないから、100mの壁も関係ないって事?」
 クネスの導きだした推論にスガワラ老はわずかに間を開けて頷く。
 そのやり取りを見て武者はカカと笑った。
 要するに雨乞いをしたければ晴天よりも雲がある方が良い。そういう類の準備ということだろう。
「さてあの鬼は相変わらずの傲慢だな。
だあが、ここに至れば全て一撃の元に吹き飛ばして見せよう。尻尾を巻いて逃げるならば今ぞ?」
「……」
「……」
 クネスと百目鬼の沈黙。それから一つ頷き
「でも到着までに崩してしまえば良いのよね?
 百目鬼さんは一陣へ連絡よろしく」
「……しかし」
「大丈夫。いざとなったらちょっかい出してくる人がいるから」
 視線を巡らせれば、3つくらいでかい巨体が腕を組んでこちらを見ているし、いつの間にかマオウも近くで成り行きを見守っていた。
「それにね。ここ以外でも邪魔は始まっているはずだわ」
 確信を持って呟かれた言葉。
 それは事実、始まっていた。
 
 ◆◇◆◇◆◇

「武士と術者みたいなのが居ますね」
 無事なスナイパースコープ越しにその存在を確認する。ここは町の北側。ヘルズゲートの上である。城壁から何やら儀式をする武士の姿を確認し、後ろに立つクセニアを見た。
「あいつらの仲間ってのは間違いないな。
 とすれば放っておくのも面白くないか」
「折角来たわけですしね」
「じゃあ援護は頼んだ」
 同じ銃使いでもクセニアと一之瀬では戦い方が大きく違う。銃というカテゴライズに対する戦い方としては一之瀬の方が真っ当なのだろうが、クセニアの戦い方が悪いというわけでもない。銃弾と言うのは一度放たれればよほどの事がない限り決まったラインをまっすぐに飛ぶ。それは距離があればある程相手へ対応の余裕を与えると言う事になる。無論常人からすればいくら距離があろうとも銃弾をどうこするなんてことは考えもしないだろうが、ターミナルの来訪者は射撃に対して物理で対応する者も少なくない。
 そういう者にとって前向きに突っ込んでくるクセニアの戦い方は見えない刃を持った敵のようなものだ。
「敵襲! ここを死守するんだ!」
 武士が慌ててクセニア達への対応を始めるのを見て、ここは壊すべきだと確信した。
 接近される前に三人の武士が吹き飛ぶ。派手に動くクセニアに隠れるようにしてある程度近づいた一之瀬が横合いから一発撃ち込んだのだ。
「くっ! 怯むな!」
 怪しい術には見慣れている妖怪狩りの名手達だが、実直な銃器に対してはどうやら慣れていないようだ。
「ふふ。楽しませな」
「余り無茶はしないでくださいよ。殺すのも気分のいい話じゃないですし」
 すっかりやる気のクセニアに一声かけて、一之瀬は非殺傷弾を装填するのだった。

 ◆◇◆◇◆◇

「怪しいなぁおい」
 一方ひがし東側の光の柱へやってきていた雷次もまた錫杖を手に武士を睨みつけていた。
「てめえら、何をしでかすつもりだ」
 無論答えは無い。代わりに刃を抜いた武士が綺麗に包囲を固め始めていた。
「こりゃ、一人じゃ荷が重いかな」
「……なら手伝う」
 舞い降りた漆黒が不意打ちとばかりに武士の一角をなぎ払った。
「ありがてえ」
 奇襲が生み出した隙と動揺。それらを見逃さぬと雷次もイカヅチの刃を奮う。
 吹き飛ばされた武士が青の陣幕をなぎ倒し、中に鎮座していた錫らしき金属を盛大にぶちまけた。その結果だろうか、立ち昇っていた光が揺らぎ、薄れていく。
「何を企んでいたかは知らねえが、これ以上好き勝手にはやらせねえよ」
「くっ、間もなくだと言うのに……!」
 一度は倒れた武士がよろよろと立ちあがって二人の前に立ちはだかる。その陰で術者達が術の再開を優先させようとするのを見て雷次は前へと飛び出す。
「余裕じゃねえか!」
「悲願のために、為さねばならぬのだ!」
 裂ぱくの気合いと共に放たれた言葉が刃に乗る。
 がぎんと凄まじい音を立てて錫場と太刀が交錯し、しかし纏った電撃が太刀を渡って武士を襲う。ガァと鳴いて男が崩れ落ちる光景を見てなお残った武士は二人への対峙を崩さない。
「……怖いくらいの覚悟」
「まったくだ。そこまでしてシュテンを殺したいのかよ?」
 無言。だがそれは肯定を意味すると悟り、雷次は錫場を構えなおす。
「ぜってぇ潰す」
 祭りの末まで後わずか。
 ここに来た者の責として、雷次とアインは術の妨害のために武士へと躍りかかった。

 ◆◇◆◇◆◇

 そして、時は満ちる。
 北と東。立ち昇る光が揺れるのを見て集団の長はゆっくりと立ち上がった。
「ここに来て妨害されるとは」
 なればと呟く。
 皆の協力を得てなお為せなかった責は取らねばなるまい。
 陣幕を出れば多くの観客を道としてその先に悠然と歩く巨体があった。
 彼は静かに刃を抜く。すると近くに居たこの地の者だろう数名が警戒の姿勢を取る。
「行って来いよ」
 男は笑い、並ぶ者たちも彼のために道を作らんと前を歩く。
「おう、人間の策ってのはやめにしたのか?」
 びりびりと腹の底に響くような大音声。鬼の発した声に観客がびっくりして静まる。
「貴様は……随分と人間臭くなったものだな」
「そいつはけなしているのか?」
 静まり返った故に二人の言葉は明朗に響く。
「……わからん。貴様が鬼道から外れると言うのであれば、それは人の理として歓迎せねばなるまいか」
 されどと武者の統括者は刃を抜く。
「過去が消えるわけではない」
「言い訳はしねぇがさりとて首をやろうとは思わんな。
 というか、何回目だこのやり取り」
「これで最後だ」
 それは勝利宣言とは誰の耳にも届かなかった。
 そして始まる戦いに一陣の参加者たちが祭りの締めだと躍りかかる。
 爆発するような戦場の音を見て
「行かないのか?」
「もう俺は充分に暴れたからな」
 気にいったのか(=ω=)を撫でながら問うマオウにザザは小さく肩を竦めた。
「俺が出張る必要もなさそうだ」
「そうかもしれないが」
 視線を向ける。建物の上にいくつかの影。
「そうでないかもしれぬな。ハイエナの臭いがする」
「やれやれ、無粋だな」
 とはいえ、二陣も三陣も、他の陣も結集しつつある今、ここにはこの祭りを守るための者、そしてそもそもの主力級戦力が集いつつある。
 が、毎年懲りずに蠢いていた連中の活動が余りにもなかった。
 それらがどうやら、この乱戦を好機と狙って集ってしまったらしい。
「無粋なちゃちゃは入れさせない。その程度なら」
「ふん。誰に言い訳している?」
 マオウの指摘にバツの悪そうな顔をしたザザはやがて苦笑いを浮かべて前へと出る。
「まぁ、乗りかかった船だ。
 シュテンの戦いに水を差しそうな馬鹿も多そうだしな」
「だから、誰に言い訳しているのだと」
 別に答えを求めるわけでもない問いを洩らし、マオウも漁夫の利を得んとする者達の討伐へと加わった。

 ◆◇◆◇◆◇

「夢の後って感じだねぇ」
 祭りの翌日。大喧騒の後をセンタ君達がせっせとゴミ拾いしているのを見ながらエディは余ったと言われて貰った酒を片手に眺めていた。
「結局最終決戦はどうなったんですか?」
 ヒーローのよそおいを解いたヨンが尋ねる。彼もまた集合地点へと急ごうとしたのだが、漁夫の利を狙う連中の対処に手間取り、その結末を見る事ができなかった。
「共に一撃、入れ合って終わりだ。
 とはいえ、シュテンの旦那はでけえからな」
 先制したのは瀬光の方だった。力自慢の来訪者達が見惚れるほどに綺麗で、鋭い一閃は鬼の胸板を切り裂いた。
 しかし、浅い。
 否、人間であれば肋骨を引き裂き、肺を真二つにしただろうそれも鬼の分厚い胸筋を削っただけに終わった。
 となれば鬼の手番だ。豪快な一撃は刃の戻しが間に合わぬ武士の腹にまともに決まり、人間がまるでボールかと錯覚するほどに跳ね、天幕に落ちて行った。
 余りにもあっけない幕切れ。しかしシュテンはガハハと笑い
「今度ばかりは殺されるかと思ったぜ」
 と、壊れた天幕へと声をかけ、前へと進んだ。
 武士たちが何をしようとしたのかを知らぬ者達からすれば、その言葉は挑発か嘲りかと思ったに違いない。しかし鬼はこの地に集まりかけていた力を読み取り、そして賛美を送ったのだ。
「それで終わりですか」
「終わりだったな。副将みたいな男が撤収命令を出した。
 シュテンも後追いするつもりは無かったしな。扉の園に武士団が撤退して終わりさ。
「それは何とも、拍子抜けかもしれませんね」
「やっこさんらは策を完全に潰されたんだ。仕方あるまい」
「でも、陣の構築とは恐れ入ったわね」
 新たに現れた吸血鬼にヨンはどうもと頭を下げる。
「彼らは力の流れる水路を作った。出来あがった水路は例え100mを越えようとも逆流はしない。上から下へと流れて行ったわけだわ」
「魔術のように意味を持った力なら歪んでしまうのでしょうけどね」
「純粋な威力は通常の減衰に留まるのだから、あえて力をそのまま流して集めるというのはこの世界でも有効な手段と言う事ね」
「それはそうと、あんたも祭りの余韻にでも浸りに来たクチかい?」
「百鬼夜行の打ち上げから逃げて来たばかりよ」
 打ち上げと称し、残った酒や食べ物をかき集めた大宴会の音はここまで響いている。
「二人は参加しなかったの?」
「逃げ出すにもコツがあるのさ」
 手にしたその余り者の酒は打ち上げの場でせしめたものだ。
「これから本格的に冬ですねぇ」
 いったん途切れた話題を繋ぎ直すようにヨンは呟く。
「今年は大襲撃が無ければ良いんですけどね」
「お前が言うとフラグに聞こえるからやめろ」
「まったくね」
「……同意」
 ふと増えた声に視線を向ければ疲れた顔のアインがちょこんと近くに座って居た。
「逃げだせた、って感じですねぇ」
「……雷次さんとか、クセニアさんとかはまだ絶賛飲まされ中だった」
「ブランさん見なかった?」
「……最初の頃は見た気がするけど、多分途中でどっかの輪に巻き込まれたと思う」
 下手に声を駆けまわれば付きだされるのはコップと酒だ。その果てがどうなるかは押して知るべし。恐らく調査のためにウロウロしていたのだろうが場が悪かった。
「だとすると、宴会場で見なかったのは一之瀬さんとザザさんかしらね」
「ザザさんはさっさと帰った見たいですし、一之瀬さんは銃壊されたとか言ってましたから修理とかしてるんじゃないでしょうか」
 ヨンの推測混じりの言葉を聞き流し、不意に刺しこんできた光に皆目を細める。
「来年はやっこさんら来るんだろうかねぇ」
 朝日をまぶしく見ながらエディは残った酒を煽る。
「案外観客として来るかもしれませんよ」
「……だったら、シュテンさんは喜びそう」
 そんな会話をもうしばらく続けた彼らは、誰かのあくびをきっかけにその場を後にする。
 百鬼夜行の夜は終わり、冬の朝が訪れる。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
 というわけで百鬼夜行祭りはこれにて終了です。
 最後はシュテンvs瀬光なのでプレイヤー的には横の話ということでカットしちゃいました。壊された天幕が1つだけならとっても愉快な御大がどーんと現れて比較的酷い事になって居たのですが、みなさんちゃんと対応してくれましたので事なきを得たというところでしょう。
 ともあれお疲れさまでした。
 次のシナリオもよろしくお願いします。
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