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【inv25】『占いの裏側』
『占いの裏側』
(2012/10/11)
「これは禁断の愛なんスよ!」
 ぐっと握りこぶしを固めて力説する少女が一人。
「というわけで彼女に会いたいっスよ!
 どうしたら逢えるっスかね?
 あとこの恋は上手く行くっスかねぇ?」
「貴方が望むとおりの結果になりますよ」
 水晶玉占いの占い師はそんな奇行に動じることなく、穏やかな声でそう断言した。
「……望むとおりっスか?
 ではこの恋は上手く行く、と?」
「貴方の望むとおりになります」
 たらりと冷や汗が背に流れる。
「ええと、どこに行けば逢えるっスかね?」
「それについては占う必要もないですね。PBの住所検索を使えば仮に自宅を知らなくても逢いに行けますし、その方のお名前はご存じなんですよね?」
 アウトオブ占いでの真っ当なコメントにぐと喉を鳴らしてしまう。
 全部ばれてるとか……?
 そんな予測が脳裏をよぎる。そも前回の占いでもどういうわけかグシケーンというトーマが作った珍妙……もとい強力な格闘ロボットの存在を看破された節がある。
 これは……プランBっスね。
 そう判断したトーマは「わかったっス! その言葉を信じてやってみるっス!」と勢いよく立ちあがる。
「ええ、貴方に良き明日があらんことを。
 あと、もう随分と冷え込んできていますので風邪にはお気を付けくださいね。
 水難の相が見えますので」
「え?」
 ぎくりとする。
 何しろ今からやろうとしているのはほんの少し前に飼い慣らした(と思い込んでいる)チコリという少女と示し合わせた作戦だ。
 自身がニンギョノトイキを使ってサンロードリバーへと潜り、彼女が自分の居場所を占い師に聞く。
 魔術でも技術でもない「占い」にそんな奇天烈な行動の予測が果たして可能か。
 可能であればそれはどちらかに依るカラクリがあるのではないか。
 というのが彼女の脳裏に描かれた推測だ。
 しかしそれを実行する前に、まるで看破するかのような言葉が掛けられ、息を飲む。
「水難、っスか?」
「雨が降るか、お風呂でこけるかはわかりませんが、水には充分にお気を付けください」
「わ、わかったっス」
 頷いてそそくさと出るトーマ。
 それから占い師のテントからやや離れてしばし黙考。
「だ、だがしかし、ここで引いては女が廃るっス!
 当たって砕けろの精神でここはやってみるっス!!」
 相変わらずのポジティブシンキングを薄い胸に宿し、トーマは予定していた行動へと赴くのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「魔術師ギルドってないのですねぇ」
 魔法の事を調べるのであればそういう場所だと思ってPBに聞いてみたところ、世界ごとに魔術系統が違いすぎてギルドとしてまとめようがないし、まとめる意味もないという状況らしい。例外としては治療系の技術、魔術を全てまとめ管理する「施療院」が存在するが、こちらの主目的は技術管理と言うよりも、平時の治療場所の均等配置と有事の際の対応を円滑に行うための組織らしい。
 マジックアイテム関係は売り手がそれぞれ自由に作って販売している。中でも魔法技術を工業化し、一定の性能を一定価格で販売するシステムを構築している世界が、クロスロードでよく見られるアカイバラノヤリやニンギョノトイキを卸しているのだそうだ。
 一方でシーフギルドは存在していた。無法の町クロスロードで「犯罪者」という言葉は実は矛盾しているのだが律法の翼などの規律を求める組織がある手前、どんな世界でも非合法とされやすい品物や行為を取りまとめる組織は必要悪として存在している。
 無論情報も彼らの一つの商売だ。公的な情報はPB経由でいくらでも手に入るが、来訪者一人ひとりの後ろめたい話などを求めるならば、彼らに頼る事を誰もが思いつくだろう。
「そんな彼らが『知らない』と言いましたか」
 彼らの発する『知らない』という言葉は充分に価値のある情報だ。単なる無知無能ではない。彼らがそれを役割として対価と地位を確保している以上、それを主張できるだけの情報網を有している。それに引っかからないというのはかなり考えづらい、或いはそれだけ異常な存在が関わっているという意味になる。
 こと今町で大ブームの占いチェーン。その親玉の姿を捉えられないというのは余りにも奇妙だ。
「実はそんな人は居ない。というのもありそうな話ですね」
 占い師全員、或いはコアとなる数人での口裏合わせ。居ない人間の影を追ってももちろん見つかるはずもない。
「まぁ、決めつけるのは早計というもの」
 もう一つの目当てであった魔力計については案外すぐに手に入った。魔術系統がばらばらのこの世界だが、その動力源、マナとも魔素とも言われる超常物質を扱う事は一致しているらしい。仙術思想にある「似ている物は同じである」という法則がこの世界でよく観測される事は有名である。
 つまり「魔力探査」という行為に対して別々の手法はあったとしても、結果はほぼ同じであるのだ。もちろん術の質には差異があるが100mの壁があるこの世界では分析力の差くらいで、有無を調べるのには安物でも何の問題もない。
「あとは協力者が欲しいところですね。
 確かトーマさんという方が積極的に動いているらしいのですが」
 積極的過ぎて思考が暴走し、どこをほっつき歩いているのか分からないのが問題だとも言われたのでとりあえずは運が良ければ逢える程度と思うしかないと割り切り、まずはこの魔力計での調査をしようと占いの館の一つへと向かう。
 と、聞いた特徴と全く同じ背恰好の少女がサンロードリバー河原に降りて行くのが見えた。
「……幸運と言うべきでしょうかね」
 一人ごち、追いかけた静樹はぎょっとする。そのままざぶざぶと水の中に入っていくではないか。
「ほ、本当にどこほっつき歩いているか分からないですよ!?」
 まさか自殺?! と一瞬思ったがそんな事は流石にないだろう。良く見れば何かマジックアイテムらしきものを手に水の中に入ろうとしている。
「あれは……ニンギョノトイキ。水の中でも行動可能になるアイテムでしたか」
 ならば水の中に何かあると言うのだろうか?
 流石にその用意をしていない静樹としては水に潜る前に交渉する必要があると駆けだすが、一歩及ばずにその小柄な頭魔でとぷんと水につかってしまった。
「……うーん。流石に読んで聞こえるものでもないですよね」
 サンロードリバーはかなりの水量を誇る大河だ。緩やかに見えてもごうごうと水が流れる音が響いている。大声くらいで水中の彼女に届くとも思えないし、少し先に進むだけでその水流に飲まれてかなり西へと流されることだろう。
「仕方ない、またの機会に……」
『救難信号です』
 何事かと思い、それが自身が身につけているPBからの物だと気付く。普段はこちらの疑問が無い限り返事をしない装置のはずのそれが発した言葉の意味に眉根を寄せ、不意に嫌な予感を感じて川を見ると
「……ちょ」
 小柄な体がすげえ勢いで流されていく。しかもぷかーと浮いたまま。
「さっきのアレ、水中で活動できるアイテムだったはず……。見間違えか? いや、そうとすれば入水自殺?」
 己の存在が人を喰らう物だったせいか、人の生き死にに達観気味な静樹は眉根を寄せて不可解な現象を考察し、
『救難信号です』
 繰り返されたPBのアラームのようなモノにハッとし、救助へ向かう。
 はにぃとらっぷでドキドキさせようかと考えていたのに、ドキドキというか、困惑させられたのは結局静樹の方となってしまったのであった。

 結論から言うとそれはニンギョノトイキの不具合品を使ってしまったために起きてしまった現象だった。
 そして、後でわかった事なのだが。
このシリーズのアイテムがまともに働かなかった事例は本当に、本当に珍しい事だった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふむ」
 エスディオーネに見解を聞いてみるつもりで大迷宮都市の占いの館に行ったマオウであったが、彼女はそこで発見されただけで。実際どこに住んでいるかは完全に失念していた。
 彼女の身分的にはどうも副管理組合長の1人、ユイ・レータムの配下(?)らしく、現時点での肩書もユイの補佐という事になっているらしい。
 そもユイ・レータムという少女についての話を聞けば、おおよそ目にする機会が少なく、なおかつその機会があっても8割以上寝ているという奇特な存在だった。機械技師が本職であるらしく、対して機械人形であるエスディオーネはユイの作品かそれに準じる存在というのが妥当な予測だろう。

「私に御用と言う事ですが?」
 では管理組合に行けば良いかと言えばそうでもなかった。
 副管理組合長と暴露されてから、うち3人が所属するアイテムショップ『とらいあんぐる・かんぺーたーず』は休暇気味になっていたのだが、彼女が店番を専属で行うことで元通りの営業時間に戻す事が出来ていた。元々依頼を受けてからの製作が多い彼女らの仕事だったため1人店番が居れば運営には支障が無かったのである。
 もっとも、めんどくさがりな風のアルカと常時睡眠なユイはいち時期の混乱を越した後は店に居る事も多いのだが。
「ああ、占いの店について調べていてな。
科学技術側の意見を聞きたいと考えたら思い当るのはお前だったというわけだ」
「ユイの方が専門ですが」
「まぁ、話を聞いてくれ」
 分かりましたと頷いたエスディオーネに一通りの事情説明をする。
「占いと呼ぶには不鮮明。これ先の人心掌握術と言うにはこちらを知りすぎている。そもこの世界には100mの壁があるため、1人の占い師がというならまだしも、徒党を組んで同じ精度の情報を共有できるというのは俄かに信じがたい」
「可能ですよ」
 さらりと、本当に何でもない様に見解を覆されてマオウは言葉に詰まる。
「……どういうことだ?」
「その方法はクロスロード成立時から確立されています」
 言いながら指差すのはPB。
 確かにそこにはこの世界における莫大な情報が常時更新され、来訪者の生活をサポートしている。
「……いや、確かに事実として存在しているな」
「但し、これはそれなりの手間を掛けて構築したシステムです。
 安易に同様の物が構築できるかは何とも言えませんが、可能か不可能かで言えば可能な技術です」
「情報共有は可能だとして、占いに来る客全員の情報を持っているのは不可解ではないか?」
「それについては、例えばですが1人1人の個人情報を調査する事は事実として可能ですが、時間や人員、方法や費用を踏まえれば難解と言えるでしょう」
 占いの報酬では釣り合わない事は想像に難くない。
「人の思考を読み取っているという可能性は無いか?」
「あります。方法としては2つ。
 直接相手の思考を奪い取る方法と相手の行動から行動を予測する方法です。
 前者は魔術的には精神系の魔術で、無論魔術抵抗力による効果の差異があります。人によっては魔術を掛けられた事を察知する事も可能でしょうから、誰にも気づかれないというのはおおよそありえないと思います。
 科学的には脳波からある程度の思考を計測する事もできますが、これは精神魔術ほどに精度はありません。頭部に電極なりをつけて定期的に観測すれば制度はあがりますが」
 もちろんそんな不可解な事をされた覚えは無いし、魔術を掛けられれば多少なりと分かるという自負はある。
「そのどちらもセンは薄い気がするな」
「では後者です。こちらは相手の行動から相手の心理を割りだす方法。
 魔術的には分類が難しいですが、科学的に見ると行動心理学となります。
 人間種の例で言えば思考時の目の動きで右脳、左脳のどちらを使っているかから、それが嘘を創造しているのか、記憶を探っているかを読み取ると言う事が知られています。
 これを魔術的に使うならば『天啓』系魔術のうち思考を加速させる類により、より正確な行動心理学に基づいた予測を深める事も可能でしょう。
ただし人間種に限らないこの世界では1種族の行動心理学から類推するのは非常に困難でしょう」
 まるで辞書を読み開いたかのようにすらすらと出てくる推論をまとめながらマオウは眉根を寄せた。
「その複合の可能性は?」
「あります。あとは科学系世界の占いの技術も応用すれば大体の客のニーズに合った予測と助言は可能でしょう」
 魔法も科学もそれ以外の技術もすべてを魔女の鍋に突っ込んだようなこの世界に不可能な事を考える方が難しい。そう言われたような気がしてマオウは思考を巡らせる。
 何らかの技術を複合的に使用すればあの占いの再現は可能。
 本当にそうか? 何か引っかかる気がする。
 そう、例えば過去は調べられるかもしれない。悩みに対し助言は可能かもしれない。
 だが、そう。何の関連性もない未来に対する忠告は可能なのか?
「……ラプラスの悪魔という言葉があります。
 これは世界全ての原子の位置と運動量を知る事ができるのならば、それら全ての次の状態を予測できるので未来を完全に予測する事が可能だと言う架空の論理です。
 これが架空の理由はそんな存在がありえないからですが。こと魔術の関係する世界では複合要素が多すぎますので」
「つまり魔術的に未来を見るのではなく、限定的に未来予測する事は可能、か?」
 全てを見る事は不可能でも限定空間内では可能ではないか。
「ですがこの世界ではその限界は100mです」
 やはりそれが引っかかる。
「……別の理由を考えた方がよさそうだな。参考になった。感謝する」
「いえ」
 何か礼をと口にしかけたが機械であることを任ずるような彼女にはどうにも無粋なような気がして、マオウは店に訪れた客の領分として小物一つを購入し、店を去るのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「うーん」
 店を2件ほど回って同じことを聞いてみたチコリは小休止とばかりにカフェのオープンテラスでココアの湯気を見ていた。
 恋愛運についてわりかし本気で聞いてみたのだが、残念なことに目は無いような事を言われてしまった。ここら辺かなり落ち込む話だったが、2人目の占い師によれば、本当に巡り合おうとしなければ縁は作られないとの事だった。待ちの姿勢ではダメということか。
 実際誰かと良い雰囲気になっているかと言えばそういうわけでもなく、思い浮かぶ男性と言われてもピンと来ないのだから当然だろうと自分を納得させてみる。
「でも……」
 もう一つのプラン。相手に商売気がどれほどあるかを計ろうとしたチコリは占いに盲信するような素振りを見せたのだが、2人の占い師は共に「また相談したい時に」とこちらに任せるような言葉で締めくくった。確かに客は大勢来ているのだから商売には困っていないのだろうが、これが詐欺師とか利益主義ならば怪しい壺の一つでも勧めてくるはずだという目論見は淡くも崩れ去った。
「とりあえず予定通りもう一軒くらい伺って見ましょうかねぇ」
 そう言いながら立ち上がり、わりかし空き気味な占いの店へと足を勧める。
 大人気の占いチェーンだが、やはり言い方や占い方が異なることから、同じく当たるにしても人の好みが出るようになりつつあった。余りの人気に並ぶのを諦めて客をもらっているような店もちらほら出てくるようになっているらしい。
 そう言った店だろうなぁと思いながら占い師の前に行くと、よぼよぼの老人が和服で変な竹ひごを前に座っていた。
「いらっしゃい」
 優しげな感じだが、ほっとくとそのまま寝てしまいそうな雰囲気に不安を覚える。このあたりがこの店が過疎っている理由だろう。
「え、あ。あのですね!」
 と、2軒で繰り返した恋愛相談をすると、老人は頷いているんだか、船を漕いでいるのか分からない様子で頷きを返す。
「そうかいそうかい、お嬢ちゃんくらいの頃には良い男の子を捕まえないと不安になるものなのかねぇ」
 確かに不安はあるが、と苦笑い。
「でも、本当に彼氏さん欲しいのかい?」
 と、前2軒と同じような事を言われて口ごもる。
「ほ、欲しいですけど……何と言いますか、どうすればいいか分からずに」
「うんうん。お嬢ちゃんは誰かに手を引いてもらう感じだねぇ。
 好きな物に向かって行くけど、最後までちゃんと人を好きと思った事はあるかい?」
 う、と口ごもる。LikeとLoveの違いを心情的に表せと言われるとやや迷いそうな自分を前2軒でなんとなく察していた。
 なにしろまぁ、犬の特性と言うかどうしても目先の楽しい事が好きなのである。もちろん好きな人は好きなのだが、それが恋愛かどうかと言われると口ごもってしまう。

 ついでにさっきは女の人に告白じみた事言われましたしね!!

無論それは何時も通り暴走しているトーマの発言で、整理して聞けばフリをする協力をしろと言う事だったのでセーフと割り切っているのだが。
ハーブ店の店員でも百合関係は遠慮したい。あ、自分今上手い事考えましたねとか一人ごちていると老人が竹ひご────筮竹を手にしゃかしゃかと振っていた。
「良い例がおったじゃろ?
前向きに関わっていけば必然と縁は生まれる」
丁度考えていた暴走娘の事を言い当てられたようではっと見上げると、老人は優しげな目でこちらを見ていた。
「それをどう育てていくかはあんた次第じゃがね。育てるのは得意じゃろ?
 今まではそれの勝手にさせていただけで、いつの間にか興味が移っておっただけ。
 真剣に見定めてゆっくり育てればお嬢ちゃんの縁はちゃんと育つよ」
「は、はい」
「それから今のところは悪いのに引っかかってないようじゃがね。
流されると良くない。そこはしっかり肝に銘じておくことじゃ。
……物理的に流されておるのもおるようじゃが。水難の相かのぅ。身近な人間に迷惑を掛けられそうじゃな」
「え?」
 水難の相と言われて思い当るのは、やはり先ほどから脳裏をかすめるトーマの事。
 確か彼女、状況が芳しくなければ占いじゃ当たらないような、そうサンロードリバーに潜って探せるか試してみたいとかなんとか。
「物理的、ですか?」
「うむ。水難の相。失せ物はすぐ見つかると思うが、これも縁じゃな。放っておけば切れて無くなる」
「ちょ、ちょっと急用がありますので!
 ありがとうございました!!」
「うんうん。良い方向は東じゃ。そっち側を探すと良い」
 この馬鹿でかいクロスロードの東側と言われても気が遠くなるが半分に絞られただけでもありがたい。
 縁と言う言葉を重く感じながらチコリはサンロードリバーへと走っていくのだった。
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ぶっちゃけエスディオーネは大あたりだったりします(=ω=)
さて色々と分からない事だらけと思いますがヒントはそれなりに出したかなぁと思っています。
ただこのシナリオ、どこにオチを付けるかはちょっと悩んでいるところでして。
うひひ。
では次のリアクションをよろしくお願いします。
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